マルチバーステイオーと灰になった男 作:散髪どっこいしょ野郎
今日は目覚ましをセットしていたため、早朝に起きることとなった。
何故わざわざ早くに起きたのか。その訳は連れが遺した言葉にある。
″早起きは三文の徳″
そう、俺はさしたる理由も無いのに早起きしたバカだ。
「……はぁ」
勢いで目覚ましを設定したことを今になって後悔している。どうせあの公園で空を仰ぐだけだ。何か特別なイベントが起こるわけでもあるまい。
……まあ、アイツが来れば暇つぶしにはなるか。
シリアルバーを開封し半分胃に収めるも、食欲が湧かずポケットにねじ込む。もう半分の始末をどうしようかと考えながらシャワーを浴びた。
▫▫▫▫▫
朝霜が木々を彩っている。雨上がりの空は澄み渡っており、骨身に染みる冷気が辺りに充満していた。
公園のベンチは案の定湿っていたため、ショルダーバッグからタオルを取り出し水気を拭き取る。そうすれば冷たいが座れる程度にはなった。ベンチには元々撥水加工が施されてあったため尻が濡れる心配はなし。
空を眺める。雲一つ無い、澄み切った晴天。
……暇だ。
「や」
「……来たか」
アイツはやはりやってきた。今回は何やら表情が曇っている。
「で、どうしたんだよ」
俺がそう言うとトウカイテイオーは目を丸くした。
「キミから聞いてくるなんて……。……これ、夢?」
「はったおすぞ。……はぁ、その顔だとまたなんか言いたいことでもあんだろ。話してみろよ」
「……初対面の頃と比べると本当に変わったね、キミ」
語り出す。三度に渡る骨折。叶えられなかった夢。それでも尚憧れを追い続けるのはあまりにも辛すぎた。だから諦めることにした、とのこと。
「……かっこ悪いところ見せちゃったね」
「俺からしてみればこれまでのお前も今のお前も等しくガキだ。今更気にすることじゃねぇ」
「キミ、慰めるの下手だねー……」
「うるせえ」
改めて空を仰ぐ。蒼天の中には相応しい言葉は見つからず、息を吐いた。
それでいいのかとは聞かない。これ以上何かの責任を背負いたくなかった。
それに、諦めることが悪いことだとは限らない。人生は取捨選択の連続だ。切り捨てたものの重さに煩悶するのも一興。
「まあ、なんだ。お前は間違ってねぇよ」
「皆の期待に応えられなかったのに?」
「期待ってもんは歩いた跡から勝手についてくる。否応なしにな。だからそれを背負おうが振り払おうがお前の自由だ」
「キミも誰かに期待されたことあるの?」
「さあな」
……らしくない。いつもの俺ならこんな面倒事に口を挟んだりはしなかった筈だ。
確か、いつかのコイツはこの状況から再起していた。だが今回はダメだった。何の差があるのかは知らんが、諦めることは成長にも繋がる。頭ごなしに否定するのも違うだろう。
「……でもやっぱり、ボクは」
「やっぱり?なんだよ」
「……走りたいなあ」
「そうか。だったら好きなだけ周りを頼れ。お前なら許されるだろ」
認識を改めよう。トウカイテイオーというウマ娘は、不屈の闘志を持っている。俺のような心の流れ者とは根本から違っている。
「じゃあ早速キミを頼っていい?」
「あんま面倒なことは言うなよ」
「大したことじゃないよ。カラオケ行かない?」
「……は?」
▫▫▫▫▫
「~♪」
諦めかけていたとはいえ、競走ウマ娘。歌も上手かった。……なんとなく思ったが、コイツなんでもできるんじゃないか?
「あー歌った歌った。キミはいいの?」
「……一曲だけだぞ」
付き合いとして一曲だけ
「~♪……って、オイ。どうした」
「…………」
俺が歌っているとトウカイテイオーは泣いていた。曲の途中だったが演奏停止ボタンを押す。
「どうしたんだよ」
「……やっぱり、ボクは無理なのかなって思って」
「面倒くせぇな。今日は俺を頼るって言ったろ。なら俺以外のことを考えるんじゃねぇよ」
「……」
「なんだよ」
「今の、すっごい殺し文句だったよ?」
「あ?」
「無自覚なんだ……」
思春期に食らった挫折ということで色々と不安定なのだろうが、俺には細かい気遣いができない。だったら無理やりにでも俺だけを見させてやる。
「で、満足したか」
「……ごめん、今日一日、もうちょっと付き合ってくれる?」
「はぁ……しょうがねぇな」
▫▫▫▫▫
「どう?この服、似合うと思う?」
「俺はそういうのに疎い。そこらのウマスタグラマーでも参考にしたらどうだ」
「つれないなぁ」
▫▫▫▫▫
「……」
「……」
「……クソ映画だったな」
「結構ハッキリ言うんだね」
▫▫▫▫▫
「これでボクの十勝目……。……ゲーセンでボクに勝てると思わない方がいいよ?」
「……チッ」
▫▫▫▫▫
「今日はありがとね」
あちこち回る内に時は過ぎ、辺りには夜の帳が下りていた。
トレセン学園まで送っていく最中、いきなり感謝を伝えられ俺は一瞬動揺した。
「暇つぶしで付き合っただけだ。礼を言われる筋合いはねぇよ」
「それでもだよ。ありがとう」
面と向かって礼を言われると何故だか居心地が悪い。このガキのどこが俺は気に入らないのか、今日一日では分からなかった。
コイツといると疑問符が尽きない。自分の行動にも説明がつかなかった。
「仮に。仮にだよ?ボクがもう一回走ったとして、キミは見てくれる?」
「前にも言った。興味がねぇ」
「……やっぱりそう言うんだね」
「俺はお前のトレーナーでもファンでもない。……それでも、少し頼るくらいなら好きにしろ。どうせ暇だ」
「キミってこんな優しかったっけ。もっと冷血だった気がするんだけど」
「はったおすぞ」
「ふふっ、冗談だよ」
今日初めてコイツの笑顔を見た。陰りを帯びているが、それでも笑っている。
「皆、まだボクを待っててくれてるかなぁ」
「さあな。期待されてるって分かってたなら、そうなんじゃねぇのか」
「……ボク、もう少しだけ頑張ってみるよ」
「好きにしろ。お前の人生だ」
俺には夢が無い。コイツの思いを汲み取れるわけではない。コイツの見た景色を計り知ることなど、この先一生叶わないだろう。
だとしても、お前がトウカイテイオーだと言うのなら。足掻いてみろ。お前を待つ奴らはきっといる筈だ。
……なんて、らしくないことを考える。俺はいつからこんな感情を取得したんだ?連れとの死別で、もうこんなものは感ぜられないと思っていたのに。
「じゃあな。精々励め」
「うん。バイバイ」
今回のトウカイテイオーがどんな道を辿るか。それは俺の知ったことではない。アイツが夢を叶えようが俺が得をするわけではない。
だが。アイツは俺とは違う。俺のような人間など、一人で充分だ。
「……あ」
ポケットに手を突っ込むと半分残ったシリアルバーがあった。食欲は無いがとりあえず口に放り込む。
……晩飯、どうするか。そんなことを考えながら歩いて結局牛丼チェーン店に入った。
タッチパネルで注文を済ませてから今日の振り返りをする。
今日はアイツの脆い一面を知った。輝いてばかりいた今までからは考えられない姿だった。
俺は同情でもしたのか?いや、違うな。諦めるならそれでもいいと思った。しかし頼りにしろと言ったのは何故か。余計な荷物を背負い込む余裕などないのに。そこまで考えて注文した牛丼が目の前に届いた。
「……いただきます」
″いただきますとごちそうさま、ありがとうとごめんなさいはちゃんと言うこと″
連れの言葉に従い続ける俺は、諦めているのだろうか。
ひとまず目の前の肉と米を処理することに専念した。