マルチバーステイオーと灰になった男   作:散髪どっこいしょ野郎

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last one まだ誰でもないトウカイテイオー

 目を覚ますと、小鳥の囀りが聞こえた。

 

 

「……」

 

 

 小鳥の囀りが聞こえる。

 

 

「……」

 

 

 小鳥の囀りが聞こえる。

 

 

「……」

 

 

 起き上がる。それだけで全ての体力を消耗しきったかのような疲労感が襲い来る。

 

 

「はぁ……」

 

 

 歯を磨かなければ。シャワーを浴びなければ。そう思いながらも体は動かず、結局ベッドから這い出るまで、三十分近くかかってしまった。

 

 

「……」

 

 

 床に散らばっているファッション雑誌の残骸と折れた歯ブラシ。拾い上げてテーブルに並べてみる。

 

 

「……何をやっているんだ俺は」

 

 

 自問しても自答ができない。連れの生きていた証を切り捨てるか後生大事に保管するか、決断を迫られていた。

 

 本当に、アイツと出会ってから俺はおかしい。

 

 

「……トウカイテイオー」

 

 

 そうだ。トウカイテイオー。アイツに会ってから決めよう。判断はそれからでも遅くない筈だ。

 

 景気づけにシリアルバーを囓り、シャワーを浴び、歯を磨き、俺は家を飛び出した。

 

 

▫▫▫▫▫

 

 

 つい最近まで満開だった桜は、もう緑色の葉が目立ち始めている。本来であれば入学時期に咲くのが好ましいが、今年はどうもおかしいらしい。

 

 おかしい。それは俺もそうだ。アイツと出会ってから俺は冷たかった俺を失いつつある。それは喜ばしいことなのかさえ分からない。

 

 そして……着いた。いつものベンチに。

 

 

「あっ、いたいた!」

 

 

 そして、アイツはやってきた。

 

 

「やっほー!いい天気だね!」

 

 

 いつも以上に元気なことに困惑して見てみると、ただでさえ小さい体躯が、いつも以上に小さい。その姿から察するにまだ幼い年齢なのだろう。

 

 

「随分と元気だな」

 

「うん!だってそろそろボクもトレセン学園の生徒になれるんだもん!」

 

 

 ……希望に溢れている。眩い程に。

 

 

「待ち遠しいか。学園生活が」

 

「もっちろん!憧れのカイチョーもいるし、ボクの力を思いっきり出せるし。あー楽しみだな~……!」

 

 

 やはり俺はコイツが苦手らしい。直視できない程に熱く、光り輝いている。

 

 

「……これから先、お前を待ってるのは決して良いことばかりじゃねぇ。それでもお前は、走るって言うのか」

 

「──当然。だってボク、ウマ娘だから」

 

 

 なるほど、確かにガキだが帝王だ。

 

 

「悪かったな。ガキって言って」

 

「……最近のキミ変だよ?急に優しくなったり厳しくなったり」

 

「それが、俺らしい」

 

 

 元より住む世界が違う。ならこれ以上引っかき回すのはよそう。……桜も仕舞いだ。物事の転換にはちょうどいい。

 

 

「……キミ、死なないよね」

 

「そう見えるか」

 

「いや……、……うん」

 

 

 何度も再確認してきたことだが、連れはもういない。何をしてもどれだけ待っても戻ってこない。

 

 だから死ぬのも悪くはないとは思うが、俺にはそうできない理由があった。

 

 

「トウカイテイオー。少し、歩くぞ」

 

 

▫▫▫▫▫

 

 

「どこまで歩くの?」

 

「この公園を一周する程度だ。そう時間は取らせねぇよ」

 

 

 並木道を二人で歩く。はちみーを奢ってやってもよかったが、今日の俺は持ち合わせがない。

 

 

「……勝手なこと言うけどさ、死なないでね?」

 

「安心しろ。その約束はとっくに取り付けてある」

 

 

 俺は連れに依存していた。それ故に、彼女は自分が先に死んだ後のことを言っていた。

 

 

″幸せになることを諦めないで″

 

 

 その遺言に従ったが最後、彼女のことを永久に忘れてしまうのではと思ったから。だから今まで無視してきた。

 

 それでも桜は散っていくし、人は変わってしまう。

 

 俺にとってトウカイテイオーは、どんな道を辿ろうと不変の輝きだった。

 

 だから別れを。連れと、世界のいたずらにさよならを言う。

 

 

「最近あったかくなってきたね」

 

「そうだな」

 

 

 気づけば公園を一周していた。これまでのように二人でベンチに座る。

 

 

「トウカイテイオー」

 

「なに?」

 

「お前の夢を聞かせろ」

 

「……ふふふー、ボクの夢はね、無敗の三冠ウマ娘になること!聞いたからには見逃さないでよねー!」

 

「……俺は、レースに興味がねぇ」

 

「えー!ここまで聞いといてー!?」

 

 

 元より繋がる筈のなかった関係だ。清算するのも、きっと間違いではない。

 

 

「そこはボクのレース観るって言う段取りじゃん!そんなにレース嫌いなの?」

 

「レースがっていうか、ウマ娘が苦手だ」

 

 

 どいつもこいつも、夢、夢、夢。灰になった俺には強すぎる光だった。

 

 

「……キミ、いなくなっちゃうの?」

 

「よく分かったな」

 

 

 この関係を断ち切る。そう意気込んでみても当のコイツはそれを望まないようで。

 

 

「俺たちは元々友人でもなんでもない。いなくなろうがお前はどうってことないだろ」

 

「そんなことない!」

 

 

 へえ、そこは否定するのか。

 

 

「確かにキミがいなくてもボクは走れるよ。……でも、でもなんか……違うんだよ!キミが消えちゃったら、ボクは……寂しいよ……!」

 

 

 ……泣いてもらえるとは思っていなかった。だが、連れの遺言に従うなら、今までの俺ではいられない。

 

 

「トウカイテイオー」

 

「ぐすっ……なに……」

 

「……頑張れよ」

 

「…………ッ!?」

 

「どうした」

 

「……初めて、笑ってくれた」

 

 

 俺は笑っていたのか。自分では確認のしようがないことだが、コイツが見たならそれは間違いではないのだろう。

 

 

「じゃあな」

 

 

 立ち上がり、ロングコートを僅かにはたく。トウカイテイオーは泣きながら俺を見ていた。

 

 

「……バイバイ。名前の知らないキミ」

 

 

▫▫▫▫▫

 

 

「フー……」

 

 

 家に帰った後、一通り連れの遺品をまとめた。分別は面倒だがしっかり行うことにする。

 

 

「さよならだ」

 

 

 幸せになることを諦めない。そのために、俺は俺の過去にケリをつける。

 

 大容量のゴミ袋にファッション雑誌の残骸を詰め込み口を結ぶ。そうすると家の中はこざっぱりした。

 

 軽く伸びをして骨を鳴らし、幸せになるための第一歩を踏み出す。

 

 

「まずは、職探しだな」

 

 

 今年も彼女がいない春がやってくる。

 

 

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