女性向け恋愛ゲームの学園長は、悪役令嬢から逃げ切れるか 作:姫川琴
イグドレシアは卒業式の後に当時の学園長、即ちレルーンの父親に聞いたことがある。
────本当に、己の成績が一番だったのか、と。
そして、────貴方の息子の成績は
当初学園長であったルウラ・ヘルクラフトは渡した成績が全てだと答えた。
イグドレシアはもう一度問うた。
それは、本当なのか、と。
他でもないイグドレシア自身が分かっていた。
彼が自分に劣るハズがないと。
その程度であるハズがないと。
ルウラは目を逸らした。
それが答えだった。
「やはり───────」
「その通りだ。我が息子はヘルクラフトの完成形だ。休む事なく躓く事なく成長した。最初から性能は高く、教育の始まりは常軌を逸していたがそれでも息子には遅かったかと思わされる理解の早さだった。そして、その速度さえ異常だった。
私が学園長という立場を持たなければ、同年代の人間と隔離した幼少期を与えなければ、息子に己の劣等を肯定させ続ける事は出来なかった。
私と息子という関係性があったからこそ、息子は己を凡百だと思い続けた。
…
……成功させてしまったよ。
イグドレシアは、己の想い人を卑屈に貶した存在に烈火の如き怒りを視線に乗せて向けた。
「仕方なかったとは言うまい。他にもやり方は幾らでもあった。
だが、それでもそうするのが最善であった。
私は…息子が今ある国家を奪い取るようには育てたくは無かった。
息子には、己に妥協せず、然してその上で誰かに敗北する事は当然だと思わせなければならなかった。
息子も今では己の能力が全体の中でどの位置にいるかは理解しているだろう。それでも、己は勝者にはなり得ないという闇は残り続ける。
これは必要な事だった。父が私に受け継がせようとして、息子がいずれ誕生する孫へと引き継がせるべき、ヘルクラフトの歴史そのものだ。
主席卒業生であり、そして息子の良い
学園長の目は、誰よりも恐ろしく強かな、それでいて敗北者の目をしていた。
既にその傾向は薄くなく存在して、いずれはこうなるレルーンの未来が其処にあった気がした。
「シルヴァガーデン君、最後に一つだけ言っておこう。君は理解するべきだ。────ヘルクラフトに救いはない」
それは、諦観であり誇りのようでもあり、そして明確な絶望であった。
「────私が、私が救います。例え今でなくとも、いつか必ず…!!」
それは、救いのようであり、夢想のようであり、叶う事はない誓いであった。
一瞬だけ、学園長の瞳が今のレルーンに似た瞳に近しい色になったと思えたが、それは直ぐにより透明に濁った。
イグドレシア・シルヴァガーデンが聖女が発見されなかった場合の王族の妻候補として内定したのは、それから暫くの事だった。
無論、学園長の仕業である。
この程度の
イグドレシアには夢が出来た。
それはこのゴルドラークごと、ヘルクラフトを壊すというものだ。
自分が壊すか、その気になればゴルドラークを壊せるレルーンをその気にさせるか。
やるならば後者だ。
前者であれば自分が王家に嫁いで内側から壊すのが最適解だが、それは恋する乙女としてあり得ない。
後者であれば、他ならぬ後継者候補の序列一位と二位自身がその挑戦を望んでいる。
なればヘルクラフトをゴルドラークの贄から解放する為に最も困難な敵とは、ヘルクラフト一族自身に他ならない。
己を贄としたゴルドラーク王族への怨恨と侮蔑を潜めながらも、それを仕方無いとする愛国者一族故に。
DV妻こそがDV夫を最も肯定する事に近く、しかも性質の悪い事にそういった心理学を十分に理解した上で自らそれを施行するという悪辣さ。
本当に救えないのだ。
救いのなさを、他ならぬヘルクラフト一族自身が肯定するが故に。
だからこそ、イグドレシアは現在の状況を最大限に利用しなければならない。
彼が遊びのつもりで、そして王族兄妹の為に、何よりこの王国そのものの為に仕組まれたイベントで、本来利益を得るハズの王族そのものを圧倒してしまわなければならない。
聖女と不出来な王子を操り、優秀な次代の王を打ち倒す。
イグドレシアにとっては、これはそういったチャンスと言えた。
そして、教会の小道具と出来そこないであれば、処分するのにも心がそれ程は痛まない。
だが、そういったイグドレシアの本性を聖女に「悪役令嬢」と言い当てられたのは痛手だと判断している。
秩序を保つには、悪辣も必要である。
弱者は常に圧力の低い楽な方へと流され続けるのだから、強制的な不利益を与える逆らえない存在は必要だ。
悪と悪役には違いはあるが、周囲から見れば同じであろう。
イグドレシアには聖女が何処まで他人の邪心を読み取れるのかは分からない。
だからこそ、警戒はし過ぎても丁度良い。
寧ろ足りないとも言えた。
最も取り込むべき駒に、最初から最も警戒されているというのは、余りにもハードルが高くないかとは思うが、ゴルドラークを壊すには、これくらいで丁度良い。
寧ろ、レルーンが本気になれば、これくらいではハンデにならないとさえイグドレシアは考えている。
イグドレシアは、レルーンが好きだ。
レルーンの不要な争いを好まない所が好きだ。
争いを好まなければ誰でも良い訳では無い。
イグドレシアは争いを好まない弱者の事を嫌悪している。
そういった連中は、争えば負けるから争いを忌むに過ぎない。
無害さは弱者の最後の拠り所。
弱者の優しさは弱さを包み隠す言い訳。
多くの女性はそういった男には存在価値を感じない。
そこに関しては彼女も同じであった。
争えば勝てるにも関わらず、争わないから価値がある。
争う力があり、それでも争わない者が、自分の為になら争う事には極めて高い価値がある。
強者が尊重してくれているのと、弱者が媚びているだけなのでは、同じ丁寧な態度でもその価値が全く異なるのは、弱者以外には当然として受け容れられている事実だ。
美しい女性が貞淑にして誠実であるのと、醜い女性に男が寄り付かない事の違いと同じ理屈であり、優れた所が無いから真面目さを取り柄にする男性を、真面目な男性で素敵と女性が心から思わないのと同じ理由である。
イグドレシアは思う。
狂信的な熱量で未来を描く。
冷徹な思考で想いを思いに落とし込む。
彼は言った。
あの日、確かに言ったのだ。
「私は既に百合の花」だと。
────ああ、やはり。
ああやはり、
‡‡‡‡
イグドレシアはそう考えている一方で、セノリリア・オーヴム。前世の名前は瀬乃りりあ、はこう考えていた。
えっ、学園長マジイケメンなんですけど…?
イラストが一枚も無かったせいで、有能便利なおじいちゃんかと思ってたら、ハイスペそうな超絶イケメンだった!?
イケメンは生物としてハイスペ。
これは間違いない。
前世でもそうだったけど、今世ならもっと当然だよね。
前世の大学でもイケメンだから優秀なんじゃなくて、生物は無能となる特徴が容姿とリンクする部分を醜く感じるって習った。
本能に刻まれた統計学から、見た目で能力が低いと判断される特徴を持つ個体を弾くというのは、視覚を持つ全生物共通の本能なのだとか。
つまり欠点がある人は不細工に見えるということで、逆説的に優秀な人は不細工ではなく見える(≒イケメン)ってコト。
この世界なら、
そういえば学園長は基本はお助けキャラで、前世でも悪い噂なんかなかった。
っていうか、寧ろ噂になる程のキャラとも思われてなかった。
そりゃあ、「救う力のある私と、救う価値のない君へ」と呼ばれるバッドエンドルートに学園長が関わっていたのでは?という説はあったけど、それはそれ。
キャラクターの画像がない学園長なんて、映像にする価値も無い老人かと思ったら、まさかの美形。
あり得ない程の美形。
ハーレムルートにブチ込みたくなる程のビジュアルの暴力。
…実は隠しキャラだったりする?
そうだよね。そうじゃなきゃイケメンにする理由もないもん。
美しくなければ恋される事は無く、優しくなければ愛する事はないという感じのフレーズがゲーム内にあった気がするけど、まさにこのキャラクターの為にあるようなものね。
恋活も婚活も政治家の支持率も、結局は誠実さよりも顔よ。
だって、弱者の誠実さというのは所詮は媚でしかなく、顔の良さは生物として優秀な証だもの。
多くを選び取れる強者が誠実だからこそ、誠実さの価値があるの。
ああ、私のものにしたい…。
私だけのものにしたい……。
あの優秀な遺伝子となら、子供を作ってあげても良い…。
攻略キャラ級のイケメン一人に付き、一人の子供を生んであげたい。
イケメンは正義。
イケメンが正解。
話していて楽しい人が好きだけど、イケメンと話すから楽しくなれる。
イケメンってそういうものなの。
イケメンが歌うから華がある。
イケメンが踊るから惹き込まれる。
イケメンが話すから面白い。
つまり、イケメンにあらずは男性である意味が肉体労働者くらいしかない。
そう思って接近したら、イグドレシアのババァがいた。
メインヒーローである第二王子を攻略しようとする際に、好きでもないのに権力目的で婚約者になって、挙げ句その目的は国家の破壊という、ぶっ飛んだキチガイババァ。
割と有名な隠しキャラの一人である第一王子が相手の時にも同じ様な展開になる上に、他の攻略キャラに対しても、第一王女に悪い噂を流して操る事で妨害してくるという害悪。
悪役令嬢というか、悪党ババァだよ。
今世の十五の私より十歳も歳上だし。
ストーリーの様々な所で、特に第二王子であるスティラを攻略する際、様々な所で手助けしてくれる有能お助けキャラクターは、絶対に私のものにする。
イグドレシアが妨害してくるだろうけれど、私は負けない。
あの便利さが直接私に全力で向けられたら、有能キャラってレベルじゃなさそうだし、割とイージープレイかもしれない。
よーし、頑張るぞ。
一番はハーレムに学園長を加える事。
それが駄目なら、学園長ルートを目指そう。
取り敢えずは学園長が最も絡んできやすいスティラルートをベースにして、立ち回るのが具合が良いのだと思う。
そして最後に怪鳥と化け花とワームを打ち倒してハッピーエンド!!
我ながら完璧な計画よね。
‡‡‡‡
ソラリス・ゴルドラークにとって、レルーン・ヘルクラフトは何でも無かった。
…より正確に言えば、何になっても貰えなかった。
優れた存在だと知り、友人になろうとしてもなれなかった。
配下にしようとしても、何時だって無感動な肯定しか得られず、そもそも格下とも思えなかった。
だからといって敵対者とは思えず、無理に戦いを挑んでもレルーンによって
弱者は弱者を救えない。
強者こそが誰を救うか救わないかを選べる。
だからこそ、自分さえ救えない弱者はこの国に必要ない。
最低限の強さを持つ者だけを国民として認める。
その後強者の中でも新たな強弱は生まれるが、その中の弱者でさえ他国の強者と張り合えるのなら問題ない。
この国総出で、他国から搾取すれば良いだけだ。
搾取し尽くしたら、また淘汰すれば良い。
この国はそうやって成功し続けて来た。
他でもないヘルクラフト一族のお陰で。
先々代は当時それなりの勢力を誇った民族を纒めて奴隷にした。
先代は三つの大国を植民地へと変えて、ゴルドラークをより豊かにした。
更に、平民の税金無料と現在の全ての貴族の廃止を叫んで扇動した他国の工作員諸共、反乱に賛同した連中のほぼ全てを抹殺したのも実は先代ヘルクラフト当主のお陰だ。
そしてそれらは、全て当時の王の功績として発表された。
結局、奴隷の多くはゴルドラーク法第十三条、第三十一条及び第三十三条により激減したが、それはそれで悪くない。
ゴルドラーク法第三十一条は、デモやストライキの禁止。
ゴルドラーク法第三十三条は、犯罪を外国人が行った場合の重罪。
そして、ゴルドラーク法第十三条は特定の国籍又は民族の犯罪率がゴルドラーク国民の二倍を超えた時に、その国籍や民族に対して施行される法律であり、その内容は一つの犯罪に付き、該当の国籍保有者又は民族の全追放又は処刑する。この際に犯罪者当人の家族はその対象には含めない。追放又は処刑し終える迄に犯罪者当人の家族が全員死亡した場合には、全員の追放又は百人の処刑はその時点で終了する。というものである。
明確に法律に記載された内容であり、正当な執行であった。
犯罪を犯せば、自らの同胞に家族を
その自浄作用を魂で理解する迄には、多くの奴隷達が死んだが。
この国で良く例えられる話に、二十五名乗りの小舟という話がある。
三百人乗りの大きな船が沈む中、船の中には二十五人だけが乗れる小舟があった。
この船には船長が一人、船員はなし、自国民の優秀な官僚とその家族が合計二十人、残りは自国の貧困層と外国人が乗っているとする。
大きな船が沈没した時、船長はどうやって助けるべきかという問題は、この国では幼等学校で習う。
結論から言えば、官僚達二十人だけを乗せたら脱出するというのが正しい。
先ずは三百人皆乗せようとすれば、船が沈むか蹴落とし合いになる。
次に二十五人だけ乗せるとして、その内訳を考えるとする。
一つはランダムでバラバラに乗せる。
次は自国民だけランダムで乗せる。
最後は自国の官僚達を乗せて、残り四人の枠を自国民からランダムに選んで乗せる。
実はこれは、国の利益を誰に使うかという問題でもあり、正解は最後の官僚達と残りの枠を適当な自国民だと思うが、これは正解に近いが正解ではない。
何故なら、助けられた人間は自分の家族も救えと要求するからだ。
外国人を助ければ、その外国人は「未だ自分の家族が助けられていない。それまで待て。他に大勢がこの船に向かっている?もう乗れない?そんな事より自分の家族を助けろ」と要求して、今乗っている誰かを降ろすか、舟ごと沈む事になる。
自国の貧困層であっても同じだ。
だから、官僚と家族の合計二十名を乗せた時点で、速やかに去るのが正解なのだ。
一人乗せたら、その一人の家族を乗せるよう要求され、時には反逆され、そしてその間にも他の人々が舟に群がってしまう。
これはこのゴルドラークで十数世代前にあった実話を元にした例え話であり、税金を投入する先として、優れた人々だけを掬い上げて、劣った人々や外国人には一切の救いを与えず、沈み消える事を求めたヘルクラフトのやり方をゴルドラーク全域で真似た訳だ。
そして、今後もそのやり方を続ける為に、幼等学校から例え話で、それを学ぶのである。
ヘルクラフトヘルクラフトヘルクラフトヘルクラフト、王族にのみ伝わる秘伝書を読む度に、私はゴルドラークがヘルクラフトから貸し与えられているだけのように感じてしまった。
ソラリス・ゴルドラークの弟に対する関心自体がこれ迄は無かったが、今となってはそうではない。
以下が、現在のソラリスのスティラに対する関心だ。
愚かなる弟よ。
これ迄に私はお前に何一つ期待した事は無かった。
味方としての価値も敵としての脅威も感じた事は無かった。
だが、それも背後にあの男がいるのなら話は別だ。
あの男はお前を私の対抗馬にまで引き上げて、そして最高のタイミングでお前を突き落とすだろう。
この国にとって最高の結末を手に入れる為に。
奴が自ら手を引こうとする時に、それを封じる事。
即ち、最後の最後まで私とあいつの全力の戦いとしての結末を迎えさせる事。
それだけ、ただそれだけが私がお前に期待する唯一の価値だ。
全てをかけて成してみせろ。
‡‡‡‡
ミナス・ゴルドラークにとって、レルーン・ヘルクラフトは特別であって欲しい人だ。
ミナスは自身の兄に良く似ている。
ミナスもまた、幼い頃から目鼻立ちが整っていて、そして極めて聡明であり、父である国王に「ソラリスと同じ時代に生まれなければ、間違いなく女王として君臨させていた」と言わしめる程であり、スペアとしてというのには余りにも確りとソラリスと同じ帝王学を学ばされた。
ミナスは処世術として歳上には敬語を使っているものの、ほぼ全ての相手には敬意を持ってはいない。
基本的にはミナスは己が国家にとって最善の行動を取るべきと考えており、そして国家はミナスを満足させる為だけにあると考えている。
国家がミナスの満足の為だけにあるのならば、国民の一人一人など配慮にすら値しない。
それが平民であろうと貴族であろうと。
そんなミナスにとって、兄を上回る能力がありながら、兄に敗北したいかのように見えるレルーンは異端に見えた。
そしてその異端への興味は、何時の日にか執着へと変わっていた。
最初は兄が羨ましかった。
レルーンに突っかかって競い合えるのは彼と同性だからだ。
「レルーン様に挑めて、相手にして貰えて、手心を加えるための配慮までして頂ける。少なくともその配慮の間は己の事を深く考えて頂ける。ああ、お兄様が羨ましいですわ」
ミナスは心から思っている事を兄に告げた。
一瞬、ソラリスは激昂しかけたが、直ぐに冷静になり妹に答えた。
「…手心を加えた扱いしかして貰えないのは、奴の配慮と私の弱さに拠るものなのだろう。それは事実だ。
いっその事、お前があの男と結託して、本気で私を殺しに来てくれるのならば、その結末に関わらず我が人生全ての幸福と呼べるだろう。……なに、戯れ言だ」
兄の自嘲を聞いたミナスは、己がレルーンと同性で無い事を喜んだ。
自分ならば兄とは違いレルーンの伴侶になれると。
本気のレルーンと違う陣営で殺し合えるとしても幸せだが、レルーンと同じ陣営で他の者となら絶対に不可能な事を成し遂げるというのは、それに適う程には幸せであると理解した。理解してしまった。
それを明確な目標にすると、もはや国家の事などどうでも良くなってきた。
どうでも良いとしながらも、王女の身にして幾つかの事業を成功させているあたり、ミナスが優秀なのは間違いないのだが、常人には為せぬ国益を幾つも生み出しておきながら、そんなものには内心価値を感じておらず、暗黒魔導でも極めてヘルクラフトと共に世界の敵となり、ゴルドラークを含めた世界中と戦ってみたいという破滅願望に似た実現性だけは高い欲望を燻している。
今日も彼女は理想的なお姫様を演技ではなく
ああ先輩。貴方と二人ならどんな地獄でも幸福で居られます。
貴方が私に与える苦難なら、それは私への祝福に他なりません。
もし、貴方が望むのなら、二人で地獄を創りましょう。
世界を地獄に墜としましょう。
王国の持ち主として、価値のない世界を価値ある貴方に捧げましょう。
その時きっと私は、────幸せです。
‡‡‡‡
スティラ・ゴルドラークは己の通う学園の長を評価してこなかった。
スティラ・ゴルドラークにとって自分より上の存在は父親である国王と兄と姉しかおらず、学園長だろうと公爵だろうと格下でしかないからだ。
だからこそ、自分に興味も親愛も警戒心さえと向けない兄と姉がやたらと執着するレルーン・ヘルクラフトという男が疑問だった。
何故、王族である自分にさえ興味を向けない兄と姉が、公爵にそこまで執着するのか。
それ程までに特別な存在がいるとしたら、神話に出てくる勇者や聖女だと思ったが、とてもではないがそういった話は出て来なかった。
だからこそ、
後は自分が勇者にでも選ばれたら、兄達と己の立場も入れ替わるのに…。スティラはそんな思いに耽る事がままあった。
そして、そんな事は無いこともスティラは知っていた。
結局は現実なんてそんなものだと。
聖女であるリリアの近くにいれば、自分も選ばれたかのように感じられる反面、時折自分は選ばれし勇者という訳ではないのだと突き付けられる気持ちになる事もある。
それらが全て
学園長のパフォーマンスに巻き込まれたリリアが起こした奇跡は不発…かと思われたが、天使の力がスティラに宿ったのだ。
状況を説明している学園長は、何が起こったのかを理解しているのだとスティラには感じられた。
何かをしたとは思っていなくとも、何がおきたのかを理解して、それを周囲に広めてくれた学園長はスティラにとって、己の始まりに関わった人間と意識されることとなった。
そう、勇者に選ばれてもおかしくない、“
ここに正当な序列は逆転した。否、正当な序列に正されたのだとスティラは確信した。
頭の中に、地上に揺蕩う穢れた存在を滅せよと告げる声は間違いなく天使のものであろう。
即ち天の声を聞き、天の方を代弁する己は、人の法如きに囚われる兄や姉、或いは父よりも高貴にして高潔であるのだと、スティラ王子は信じた。
他国を圧倒し、自国の武力や経済を高め、反逆を防ぎ或いは鎮圧する為に秩序を布くという人の定めた法律よりも、弱い者達にも幸せを分け与えその存在を肯定するという真理があるハズであると信じてきたスティラにとって、己が天の法の預言者として扱われる事で、己の理想を布く世界を作れるのだと信じている。
その為に、学園長であり己の門出を祝った男を最大限に利用してやろうという感情と、自分を
────そんな彼の背後から眺める男がどのような内心でいるかは知らないままで。