女性向け恋愛ゲームの学園長は、悪役令嬢から逃げ切れるか   作:姫川琴

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破滅が無ければ成功は無く、矯正が無ければやり直しもない

「「「「「優れた者も劣った者も己の価値を磨き上げよ」」」」」

 

「「「「「努力の前にも優劣は存在し、努力の後にも優劣は存在する」」」」」

 

「「「「「優れた者は己の存在を至上の歓びとし、劣った者は養分となる事を当然とせよ」」」」」

 

「「「「「強者は弱者を救おうと思うな、救われた感謝は何時からか当たり前とされ、不足を不満とされる」」」」」

 

「「「「「弱者は強くなれ、さもなくば死ね」」」」」

 

「「「「「強者は更に強くなれ」」」」」

 

「「「「「人間ならば優秀に生まれよ、優秀に育て、そしてその優秀さを証明せよ」」」」」

 

「「「「「国民は国家の為にあり、世界はこの国の為にあり、国家は未来の国家の為にある」」」」」

 

「「「「「優秀な者は国家の為にあり、只人は優秀な者の為にあり、無能は何の為にもならぬ」」」」」

 

「「「「「優秀な者は国家の為にあり、只人は優秀な者の為にあり、無能は何の為にもならぬ」」」」」

 

 

 

 入学式の次の日の朝。

 其々のクラスから、校歌を歌う声が聴こえてくる。

 私が学生時代の時にも歌ったものだ。

 同級生達からは、歌声が『清楚なオーボエ』のようだという、自分では良くわからない評価を頂いたが、未だに良くわからない評価も今となっては良い想い出だ。

 我が校の伝統ながら凄いなと思うのが、他国からの留学生がいながらも、世界はこの国の為にあると歌う部分にあると思う。

 

 洗脳を続けて、卒業後には潜在的な上下関係を植え付けるという狙いが露骨に過ぎるが、他国の気持ちを慮って強国であるゴルドラーク唯一の学園が譲歩する意味も理由も必要もない。

 自国の利益を手放す理由が、他国のお気持ちなんてふざけた理由であって良いはずがないのだから。

 

 

 また、校歌に幾度と謳われる徹底した実力主義(メリトクラシー)は、優れた生徒でないと、厳しい教育についていく事も出来ないという現実的な理由もある。

 

 この学び舎には未来の縮図がある。

 青銅の生徒には学費が必要であり、白銀以上の生徒には必要ない。

 そして、黄金の生徒には報奨金が与えられる。

 将来税金を納める為の人生を送る者と、その税金を運用する者とがこの時点で決まる。

 学園が教えなければいけないことは、学費を払うのは当然の事で、嫌なら出て行けば良いだけということ。

 そして、報奨金を与えているのは学園であり、黄金の生徒は青銅の生徒ではなく学園からお金を得たと認識するべきということだ。

 

 黄金出身の代表だって、白銀出身者の用意した答弁を読み、青銅出身者の出した成果を受け取るだけじゃないかという嫉妬まみれの嘲りもあるが、それについては王族や貴族達の中では既に答えが出ている。

 

 有名な古文にある。

 王国歴三七三年、ヘトアレイ女王は真の友を得た。

 その友人は全てにおいて有能であり、幼くして両親を亡くし女王となった彼女は、その友の考えた内容を述べるだけで上手くいっていた。

 それを知る多くの者は批判した。

 表立ってこそいないものの、現在の王家を軽んじる勢力は、女王をお飾りとして嗤い、過去の王家を重んじる者は、女王が傀儡にされていると憤った。

 そのどちらも、女王を操る者こそが己達の政敵であり、己達が打ち倒し成り替わる立ち位置と判断していた。

 そして、女王のただ一人の友人は、己の一族以外の全ての貴族を敵に回して戦い、そして斃れた。

 友の亡骸を抱いた女王は、貴族達に語った。

 

「貴様らは、私の右腕が振るった剣で敵を殺した時、それは私の右腕が成した事であり私が成した事ではないと言うか?

貴様らは、私の左腕が書いた法律を読んだ時、それは私の左腕が成した事であり私が成した事ではないと言うか?

貴様らは、私の頭が考え私の口が発した命令を聞いた時、それは私の頭と口が成した事であり私が成した事ではないと言うか?

答えよ!!

今直ぐにその是非を!!」

 

 貴族達の誰もが否定し得なかった。

 女王は止まらなかった。

 

「我が友は私の頭として働き、私の腕として成した。

それは私が決めて成した事ではないと、貴様らは言うのか」

 

 

 貴族達の誰もが否定し得なかった。

 女王は止まらなかった。

 

 

「何故否定せぬ!! 何故否定しないのだ!!

答えよ!!!!」

 

 

 

 貴族達の誰もが何の返答も出来なかった。

 女王はそれを見て、遂に黙った。

 その後、女王は絶対的な王権を持ち、人を使役しながらもその成果の全てが女王に帰属する事を誰もが肯定した。

 

 

 これは人を使う者に尊さが宿る証明として、今も語り継がれる話だ。

 語り継がれなかった内容は、その友こそが私の先祖であるヘルクラフトであることくらいであろう。

 女王とヘルクラフトの一族は、女王が死ぬ迄の間、女王と彼等以外がヘルクラフトの名を呼ぶ事を禁じた。

 それは彼女達の怒りであり、ヘルクラフトの工作活動であった。

 

 現代ゴルドラーク語でも古レクトリィア語でもこの古文を全文暗唱出来る程度には記憶している。

 

 

 

 人には生まれながらにして格差があるというのは、当たり前の事であり、それは神学、考古学、魔法学、生物学、統計学等のどの分野を勉強したとしても、最終的には格差が正しいという結論に至る。

 実際にそれら全てを修めた私も同じ結論になった。

 

 例えば神学において。

 ゴルドラークの国民を構成するレクトリィア民族は、神に愛された民族だとされている。

 優れた魔力と身体能力と、それを証明する容姿。

 そしてレクトリィア人が過ごしやすい様に作られた土地。

 それらは、神が真面目に成功作として創ったからこそ与えられる愛情に他ならない。

 逆に、海の向こうにいるバババビロイという民族は、神が玩具として弄る為に創られた使い捨ての存在とされている。

 暗く茶色い肌に毛深い身体と毛のない頭皮、つり上がった単眼と四つの大きな穴を持つ楕円形のシワがあるダンゴ鼻、口は閉じられず絶えず涎を垂らし、性欲を抑える理性は無く、小さな陰茎又は女性器を背後に持ち、体液を直ぐに垂れ流し、短い手で補助しながら短い足で腹を擦りながら移動し、ゴブだけはヤケに大きな声で語尾に付けて話す人間だ。

 彼等を人間として定義するからこそ、優れたレクトリィア人と劣ったバババビロイ人という、人種間の格差が正式に認められる。

 世界にレクトリィア人やアマツミカ人やブレンデクス人の様なスペックが一定以上の民族しか人間として認められなければ、もしかしたら民族には優劣が無いとされた世界もあった…かも知れない。

 しかしバババビロイ人の様な、嫌悪される為、見下される為、嗤われる為に設計された生物を幾つも人間として扱う以上は、人間の中に民族単位で優劣を決める事に不自然が何一つ無くなってしまう。

 アマツミカ人が醜醜し(シコシコシ)尾生る人(おうるひと)と呼び、ブレンデクス人が腐った泥の人(ゴーブリン)矮蛮(チョーチョー)人と呼ぶバババビロイ人が住む巨大な島には、他の地域では絶滅した巨大両生類が大量にいて、不思議と濃い周囲の塩水を嫌い島から出られない両生類達が、同じく泳げないバババビロイ人を浜辺で襲う姿は遠見の魔法を使ったり、近年発明されたガラスを使い遠くのものを見る道具を使えば海を隔てた国々から眺める事が出来る。

 神が人を慰める為に、人より劣った人を創ったと語られる神話の通りになっている。

 

 そういったものがこの世界に存在する事から、全ての生命が平等であるはずが無い事は簡単に証明されている。

 

 他にも、同じ平民であったとしても、父親が実は貴族で戯れに女に孕ませた子供は、他の平民の子供よりも優秀であったりするというのは有名だ。

 実際には性犯罪者にして、統計学の父とされるラマセール・ラメーは既に子供を持つ平民女性を強姦して妊娠させたり、妊娠させた女性が出産した後に平民の男に強姦させて妊娠させたりして、様々な統計を取った所、ラマセールの種で産まれた子供は平民同士の子供よりも優秀である確率が高く、また、一度ラマセールの種で妊娠した女性は、その後、平民の男の種で妊娠しても子供に僅かながらだが、ラマセールの特徴が見られる事も発見した。

 

 ラマセールは色々やり過ぎたので、貞操帯を一生着ける刑罰を与えられた結果、その事に対して憤死したとされている。

 

 世界が、神が、生まれながらの格差を肯定しているというのが分かるのだ。

 若しくは、生物の生物足らんとする最小単位にして最大の意義自体が、格差を求めているのかも知れない。

 

 なればこそ、格差を無くすのではなく格差をより大きくする流れに寄与しながらも、己は格差の上座に立てる様に努力する事こそが、真に人間として、真に生物として振る舞うべき当然の事。

 

 それを否定するような言動を初日から行ってくれている王子と聖女には、多くの教師が問題視しているが、私はそれを宥めている。

 教師の目には私がどう映っているかは、概ね把握しているつもりだ。

 一部の教師からこの行動が王子達に漏れた時には、王子達には己の思想の共感者や庇護者として映るのだろうが、それは想定の内というか、狙いの一つだ。

 

 更に王子を生徒会長にする事を問題視する教師達を諌めてさえいる。

 剰え、王子や聖女の取り巻きを、生徒会や要職の役員に付けさせるつもりだ。

 

 多くの貴族は平民より優秀な血を持って生まれてくるが、それでも時折欠陥品とも云うべき低能な者は生まれてくる。

 地の能力は低くとも、平民より幼い時から多くの自由時間をとって事前に学べる環境がある故に、入学して最初の半年こそ黄金クラスにいるものの、地の能力が高い天才的な平民に抜かされて白銀クラスに落ちた貴族の多くは劣等感に歪み、努力を放棄して落ちこぼれとして荒れる。

 所謂不良生徒の多くはこのパターンだ。

 そういった不良生徒を処分する役目も、生徒会長を含む役員や風紀委員に与えて、自らの手で有害なモノを排除して切り捨てる気風も醸成させる。

 …私は、辛うじて環境に恵まれなかった天才には追い付かれなかったが、環境に恵まれた天才達には追い付けず三番手で終わったが、それは当然の事だろう。

 当然の事に苦悩して転落する勇気も愚かさも持たなかったから、無事に大学まで進めたというだけ。

 

 

 学生が学生を裁く力を与える事で、学生間にも上下関係があるのだと無意識に根付かせる。

 人間は平等であるべきだと宣う彼等に、上下関係があるからこその強権を振るわせる。

 これで格差があって然るべきだと理解して矯正されるのなら、それはそれで良し。

 理解出来ぬまま、平等を叫びながら格差の持つ力を振るう姿を晒すのなら、それも良し。

 教育者として、チャンスと破滅の両方の選択肢を与えてあげる事は当然だ。

 どちらか片方しか与えない教育者は、私にとっては及第点とは言えない。

 

 私の数少ない教育者としての美学だ。

 

 

 敢えて平等思想に被れていた嘗ての同級生を、教育実習生として黄金クラスに付け、彼の学園長()に対する気安い態度を見逃しているのも、同級生自身と学生達に破滅と矯正の二つ機会を与えてあげる為だ。

 

 無論、そんな事はおかしいと正しき怒りを持つ生徒や教員をフォローする準備もしている。

 担任であるアマツミカ系のハーフであるツルクサル・ドクウォータには、平等思想へのそれなりの理解を示すフリをしつつもその動向を報告し、格差思想の生徒を上手くフォロー出来る様にと命じている。

 彼には特別に学園長としての(・・・・・・・)目論見の一部は伝えてある。

 

 「閣下も恐ろしい方だ」とは言われるものの、彼には彼にとって恐ろしい私しか見えていないのかも知れない。

 人には多くの側面があるが、その全てを見る必要も見せる必要もない。

 彼だって、私を恐れる自分を見せればそれで十分だと考えているからそのように振る舞っているだけだろう。

 

 彼には彼の都合があり、彼のキャパシティがあり、彼の目的がある。

 私はそれも配慮しよう。

 

 

 

 

 

 

 

 そんな私を配慮してくれない王子には、やや疲れてしまうが彼もまた大切な生徒だ。

 

「学園長!! 何故この学園のトップてある貴方がイジメや不平等を見逃しているのか!!」

 

 人前でそのように聞いてくれる王子に、内心は疲れを覚えつつも、教育者としての面を向けて対応する。

 

 

「成る程? この学園の大人の中で一番権力がある私が動けば一番早く進むとそう考えているのかな?」

 

「当然でしょう」

 

 成る程、イジメや不平等を無くすこと自体を目的に学園を運営するのならそれも出来たかもしれない。

 しかし教育を目的とせず、イジメや不平等を無くすことを目的とした場所に、どんな生徒が学びに来るというのか、どんな生徒の親が学びに行かせようとするのかは疑問だ。

 

「それは、私という格上の力を持って格下の生徒を支配して…ということにはなりませんか?

ふむ、それでは平等とは程遠い。

ところでスティラ殿下、生徒会長というのは一年生でもなれるのですよ。

その努力を今から諦める必要も無いのではないですか?

誰かに助けてもらうのではなく、誰かを助けられる人間を私は勇者だと思いますよ。

精々私に出来るのは、魔法使いのお仕事くらいでしょうか」

 

 勇者、という言葉に王子は強く反応した。

 困難があって始めて英雄は輝く。

 誰かの嘆きを救うから英雄は英雄と呼ばれる。

 そんな風に付け加えれば、王子は己の道を見付けたかの様に、その瞳を輝かせた。

 輝く瞳の奥に何があるかは人それぞれで、己の信念に自信を持って強く瞳を見開いたとしても、その信念の内容が他人にとって価値あるものかどうかは分かったものではありませんが、まあ良いでしょう。

 

 学びを受ける者達が己の道を決めるのは良い事だ。

 教育者冥利と呼んでも良い。

 その道が誰に仕向けられたものか、その道の先に何があるのか。

 その道を仕向けた者が、道の先に何を用意しているかは、告げぬのが花。

 私は彼に、矯正と破滅のどちらの機会も与えてあげたいのですから。

 

 

 私が生徒会長は学園に一つだけ要望をあげられると伝えると、王子は直ぐにその内容を発表してくれた。

 

「もし私が生徒会長になったら、黄金クラスへの報奨金を廃止して、代わりに青銅クラスの授業料を免除したい」

 

 それは学園の運営を無視した意見だった。

 青銅クラスの授業料の総和は、黄金クラスへの報奨金の総和よりも多い。

 つまり、その差額はアルストロメリア学園が、ひいてはヘルクラフトが負担せよということ。

 私達に損をせよということだ。

 実にゴルドラークらしい。

 上の二人のゴルドラークと違うのは、その影響を理解していないにも関わらずそう発言しているということだけだ。

 

「それで黄金クラスからの票が取れるのなら良いでしょう。取れたとしてもそのルールは殿下が生徒会長に在籍中のみとさせて頂きます」

 

 そう告げると、王子は理解出来ないといった表情をしていた。

 

「何故だっ!?」

 

「殿下が正しい事をしても、それをその後の者達に押し付けては自由意志とは言えません。

己の命令が永続して強制力を持つ事を願うのは、もはや独裁に他なりません。

殿下の正しさが理解されたなら、後任の生徒会長も同じ願いを告げるでしょう。

殿下に決められたからではなく、自発的に再現される平等こそが在るべき姿とは言えませんか?」

 

 そもそも私は独裁を悪い事とは考えていませんが、それを伝えるのは野暮というもの。

 

「くっ!!」

 

 王子には、己の願いこそが己の行く道を阻害する事も覚えて頂きましょう。

 これは矯正の機会というもの。

 リスクがあるからこそのリターンがあり、決定的な破滅を避けられるから新しいリスクに挑戦出来る。

 矯正と破滅の両輪が地面に接しているからこそ、人は成功出来る。

 私は、ちゃんと教育してあげているのですよ。

 これでも学園長ですから…。

 

 まあ、彼は王子の肩書を以て生徒会長になれるでしょう。

 それでいて平等を求める事で、どうなるかは想像がつきます。

 通常、平等を求める者の本質は、平等になる事でプラスになる者。即ち平均より劣る者。

 逆に平等を求めない者の本質は、平等になる事でマイナスになる者。即ち平均より優れた者。

 但し例外として、優れていても平等を求める者がいる。

 

 一つは、平均より劣った者達の支持を集めたい者。

 一つは、平等を求める権力者に取り入りたい者。

 一つは、既存の秩序を破壊したい者。

 一つは、複雑さを理解出来ないお花畑。

 

 一つ目と二つ目は多いし、三つ目は外国の息が掛かった勢力に多いが、最後の者は珍しい。

 何故なら、そんなお花畑が実行力を持つ側にいる事が珍しいからだ。

 だからこそ、三つ目の類は最後のカテゴリーに含まれる者を見逃さない。

 

 私の狙いの一つは、王子を使って三つ目の勢力や潜在的にその支持者となる者を炙り出す事。

 税金が多いと領主や財務大臣を批判してデモを起こそうとする者が、他の領主や他国の財務大臣の手下でしたなんてのは、裏を知ればよくある常套手段でしかない。

 

 有事は兵による戦が為され、平時は金による戦が為される。

 前哨戦である平時の戦いで負ければ、有事での逆転の芽はほぼ無い。

 つまりは、侵略行為に他ならない。

 

 国家の殆どの者からすれば、侵略される位なら貧民が飢えて死ぬ位に重税がされても構わない。

 逆に貧民は他国が資金や食料を提供する代わりに、自国の支配層を殺しに他国が侵略してくるというのなら喜んで侵略を待ち望むだろう。

 どちらにもどちらの都合があるが、決定的な違いが一つある。

 貧民は自分すら救えないから貧民なのであって、スポンサーがいる間しか役に立たないのだ。

 そもそも外国の工作としては、侵略が成功した後に無駄に正直に貧困層に資金や食料を配り続ける意味も無い。

 それが分からないから先祖代々貧困層なのだとも言えるが…。

 

 

 とはいえ、階層が固定化される必要性はそれなりにあるので、貧困層が先祖代々貧困層であっても特に問題はない。

 数代おきに貧困層と富裕層が入れ替わる必要もなく、そうしたとしても国内の幸福の総量は変わらず、効率が落ちるだけだ。

 優秀な兵士五十人に質の悪い装備を持たせ、無能な兵士五十人に良い装備を持たせた軍と、優秀な兵士五十人に優秀な装備を持たせた上で、無能な兵士に質の悪い装備を持たせて肉の壁にした軍では、百回戦っても九十回は後者が勝つ。

 優れた遺伝子に優れた環境を与える方が効率的だからこそ、貴族というものがどの国でも自然発生する。

 無論、無能な兵士が質の悪い装備を持てば死ぬ確率は高いが、自分が無能な兵士にならないように努力すれば良いだけだし、努力して尚無能ならば生物としての能力が低いということでしかない。

 自分すら助く事の出来ない者を助けたところで、助け合い(・・)など成立するハズもなく、神ですらそんな者は救おうともしない。

 伸びる事業にこそ投資が行われる様に、成長する者だけが助けられる価値を持つ。

 成長する者相手なら、神だってその者を救いたくなるし、人だってその者を救いたくなる。

 そしてこの学園もその為にこそある。

 

 平等というのは非効率。

 天才だけが非効率を超えて、次の既得権に回れる。

 

 それは全て分かった上で、教育者として王子を励ましてあげましょう。

 これは教育者としての義務であり、権利ですから。

 

 

「殿下、貴方はこの学園では王子である前に一人の生徒です。

一人の生徒として大勢の生徒に選ばれた王に、自分の力でお成りなさい。学園長として肩入れは出来ませんが、貴方に期待していますよ」

 

「学園長…!!」

 

 王子であることも自分の力の一つと割り切った理解を持てるのか、王子であるから選ばれたのでは自分の力ではないと考えるのか。

 さて、これも矯正と破滅の両輪です。

 王子の選択がどちらにせよ、私の目的には調整の範囲内。

 それは当然の事であり、当然の事でない方があり得ぬ事。

 

 スティラ殿下。私の可愛い生徒の一人。

 さあ、その車輪を回しなさい。

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