やはり俺達の高校最後の青春一年が、異世界でなんて間違っている。   作:翁月 多々良

2 / 4

 ちょ〜長くなった


第2話∶すでに、比企谷八幡は元の道へは戻れない。

 

 現在俺達は、イシュタルってじっちゃんの案内で10メートルの長机が並ぶ大広間へと移動して其処で色々と説明を受けていた。当然、このクラスからしたら部外者の俺たち3人は最後尾の席に3人固まって座る。右から俺、雪ノ下、由比ヶ浜の順だ。

 その際、絶妙なタイミングで現れたメイドの集団が俺達にそれぞれお茶菓子をカートに乗せて運んできた。どのメイドも、容姿が整っておりその所作も俺たちの世界のメイド喫茶のメイドとは、比べ物にならんくらい精錬されているように見える。

 さすがの雪ノ下はメイドを気にもとめずにイシュタルに集中しているが、由比ヶ浜はアホっぽいことを隠しもせずにそのメイドさんの完璧な所作に魅入っている。

 

 「どうぞ」

 

 そう言ってメイドさんはにこやかに微笑んで、俺たちに紅茶と菓子を手渡してくる。

 

 一連の流れを観察して、俺は悟る。

 

 なるほど、コレは茶番だと……。

 

 この親しみやすそうな、もっと言えば見え麗しい美女を宛てがってこちらの警戒心を解きほぐし、懐柔するためのプロセス。

 

 俺たちを懐柔して何かあちら側の優位になる交渉がお望みならば、この紅茶と菓子に口をつけるのは憚られるな。人間を大勢世界の壁を越えて呼び出す魔法なんかがある世界だ。飲み物や食い物に細工されている可能性は十分にある。

 

 残念だったな、並の男子高校生じゃいざ知らず俺ほどの鍛えられたエリートボッチともなればこんなわかりやすいトラップにまんまと嵌るほど間抜けじゃあない。しかし、此方がそっちの思惑に気づいていることを悟られれば面倒だな。一先ず形だけでもお礼は言っておこう。此方も笑顔を意識して━━

 

 「あ、ありがとうございまひゅ……」

 

 恥っず!嚙んじまったよちくしょうッ

 

 だってしょうがないじゃないっエリートボッチだからこそ、美少女とは相性が悪いのよぉ!雪ノ下と由比ヶ浜、あと一色と言う例外を除き、俺の女子とのバッドコミュニケーション力は尚も健在なのである。決して見惚れていたからとかではない!

……だからね雪ノ下さん、由比ヶ浜さん……。そんな怖い顔してこっち見ないで!童貞男子にとっての習性なの!条件反射みたいなもんなの!初対面の美人な異性を前にしたら緊張しちゃうのも必然なの!!

 

 ゴホンッえ〜取り敢えず俺は先ほどの考えを二人にしか聞こえないような小声で共有する。別に話を逸らすためとかでは断じてない。

 

 「え〜それヒッキーの考えすぎじゃない?」

 

 「……。」

 

 少し懐疑的な由比ヶ浜とは対照的に雪ノ下は何処か考えるように顎に手を当て押し黙っている。

 

 「まぁ、あくまで俺個人としての意見だ。無理して付き合う必要は━━」

 「いいえ、比企谷君の言うことにも一理あるわ」

 

 「お?」

 「え!ゆきのん!?」

 

 珍しく、雪ノ下が俺の意見に同調する。

 

 「由比ヶ浜さん。ここは私たちの常識通用しない未知の場所。楽観視は身を滅ぼすわ。紅茶なら後で私が淹れてあげるから、少し我慢して頂戴。」

 

 「ゆきのん……ッうん!わかった。じゃあお菓子もいっしょに作ろうね!」

 

 「え、えぇ……そうね。」

 「露骨に嫌そうな顔!うへぇ〜んゆきのぉ〜ん!」

 

 

 由比ヶ浜の発言に少々げんなりと答える雪ノ下。多少上達したとは言え由比ヶ浜と料理と言う組み合わせは未だにトラウマが拭えないものがあるようだ。

 俺の左隣で咲き乱れる百合の花を横目に、俺はイシュタルのじっちゃんの話に耳を傾ける。

 

 ……どうでも良いんだが、イシュタルってとある赤い悪魔っぽい見た目の女神を思い出しちゃうから嫌だなぁ〜。あの美少女と目の前の胡散臭い爺さんを同一視したくない。これからは、“教皇のじっちゃん”と呼ぶことにしよう。

……ホントにどうでもいいな。

 

 「くだらない妄想を捗らせてないで、しっかりと説明を聞きなさい妄想谷君。」

 

 「ヒッキーホントキモい……。」

 

 「ちゃんと聞いてるよ。てか何、人が妄想してる前提で話してるわけ?たとえ妄想してるのが事実としても、何でわかっちゃうの?あれなの?エスパーなの?」

 

 「そのヌボーっとした顔に書いてあるわよ」

 

 「うん、いつもより目が腐ってた!」

 

 どうやら表情に出ていたらしい。さっきのじっちゃんの下りはともかく、他はちゃんと話聞いてたつもりなんだけどなぁ〜。ちょっと悲しくなった俺は先ほどからの教皇のじっちゃんの話を振り返る。

 

 まずはじめに、この世界トータスには3つの種族が存在する。

  

 ここにいる、俺達と同じ見た目のじっちゃん達の人間族。

 

 この大陸の北を支配する人間族と争っている南を支配する魔人族。

 

 大陸の東、巨大な樹海でひっそりと暮らしているというエルフやケモミミ、ドワーフと言ったファンタジーの鉄板種族の福袋とも言える亜人族。

 

 この内、人間族と魔人族が何百年も戦争を続けている。

 

 全体数は少ないが個が優れた魔人族、圧倒的物量の人間族、この2つは拮抗しており、ここ数十年は膠着状態故に大きな争いは起きていなかったらしい。

 しかし、それがここ最近になって魔人族が魔物を使役しだしたことにより状況が一変する。

 

 魔物とは、通常の野生動物が魔力を取り入れ変質した異形のことだ、と言われている。この世界の人々も正確な魔物の生態は分かっていないという。それぞれ強力な種族固有の魔法が使えるらしく強力で凶悪な害獣。要するにゲームとかでお馴染みのモンスターの事だ。

 

 今まで本能のままに活動する奴等を使役できる者などほとんど居らず、例え使役できても、せいぜい一、二匹程度だという。その常識が覆された。

 これの意味するところは、人間族側の“数”というアドバンテージが崩れたということ。つまり、人間族は滅びの危機を迎えているのだ。

 

 「あなた方を召喚したのは〝エヒト様〟です。我々人間族が崇める守護神、聖教教会の唯一神にして、この世界を創られた至上の神。おそらく、エヒト様は悟られたのでしょう。このままでは人間族は滅ぶと。それを回避するためにあなた方を喚ばれた。あなた方の世界はこの世界より上位にあり、例外なく強力な力を持っています。召喚が実行される少し前に、エヒト様から神託があったのですよ。あなた方という〝救い〟を送ると。あなた方には是非その力を発揮し、〝エヒト様〟の御意志の下、魔人族を打倒し我ら人間族を救って頂きたい」

 

 

 なんか長々と語っていたが、要するにあれだ。

 

 このじっちゃん等は、何の関係もない俺達に自分達じゃ勝てないから代わりに戦って犠牲になってくれと宣っている。

 

 冗談じゃない。何故俺達が、見ず知らずの連中や信仰もしとらん神の為に命をかけにゃならんのだ。悪いが俺は無神論者だ。いや違うな、強いて言えば大天使戸塚エル教と大妹神小町エル教の信者である。小町と戸塚の為なら命を張れる自信はある。二股だって?じゃぁかぁしぃッ!!

 

 はぁ、小町に会いたい……。

 

 

 まぁ、この様に信仰というものは様々でありその信仰に対する姿勢も人それぞれだ。

 

 だが 教皇のじっちゃんによれば、この世界において人間族の九割以上が創世神エヒトを崇める聖教教会の信徒であると言う。コレがこの世界の常識と言われればそれまでだが、教皇のじっちゃんの信託を受けたと語るときの恍惚とした表情、そしてその周りの部下らしい人やメイドの人たちまでも似たような表情をしている。

 この、“神の意思”とあらば疑うこともせず、嬉々として従い時には命をも投げ出す事さえ躊躇わなそうな狂気をヒシヒシと感じる。

 歪んだ世界の有様に人知れず恐怖を抱く。俺の左にいる雪ノ下も、真剣かつ嫌悪感丸出しに教皇のじっちゃんを見据え、由比ヶ浜は聞き慣れない言葉のオンパレードに目を回していた。ガハマさんは、相変わらずのアホの子さんだった。

 

 ついでに補足だが、度々降りる神託を聞いた者は例外なく聖教教会の高位の地位につくらしい。

 

 そんな時、バンッと突如机を叩く音が響いて、つい体をビクンッ!と跳ねさせる。べ、別にビビってなんて無いんだからね!

 

 「ふざけないでください!結局、この子達に戦争させようってことでしょ! そんなの許しません!えぇ、先生は絶対許しませんよぉ!」

 

 音がした方に目を向ければ、最前列の席で猛然と抗議の声を上げる小柄な女教師、畑山愛子先生だ。にしても、小柄とは聞いていたが予想以上に小さい。小町よりも背が低いんではなかろうか?

 そんな俺のどうでもいいことを思考している他所で、ぷりぷりと私怒ってますと言いたげに抗議を行なっている。

 

 「私達を早く帰して下さい! きっと、ご家族も心配しているはずです! あなた達のしていることはただの誘拐ですよ!」

 

 その懸命な抗議の声を上げる先生の姿を見て、何故か周囲からほんわかと和んだ空気が漂う。

 随分と呑気な連中だなぁ、今の状況をちゃんと理解してんのか?

 

 「危機感の欠如、ね……。」

 

 「あ、あはは……。」

 

 雪ノ下も俺と同じ事を考えたのか、周囲に呆れの視線を向けながらポツリと呟いた。さしもの由比ヶ浜も困った様に苦笑を漏らす。

 

 さて、問題はここからだ。畑山先生は当然というように「元の場所に帰せ」とは言うが、そう簡単な話なわけが無い。その答え合わせは教皇のじっちゃんからすぐに提示された。

 

 「お気持ちはお察しします。しかし……あなた方の帰還は現状では不可能です」

 

 一瞬で周囲の空気は凍りつき、誰もが何を言われたのか分からないという表情でじっちゃんを見やる。

 喚べたのなら返せるんじゃないのか? 先ほどとは違い、縋るように畑山先生は問いかけるが……

 

 「先ほど言ったように、あなた方を召喚したのはエヒト様です。我々人間に異世界に干渉するような魔法は使えませんのでな、あなた方が帰還できるかどうかもエヒト様の御意思次第ということですな」

 

 「そ、そんな……」

 

 あっさりと返された言葉に畑山先生は脱力したようにストンと椅子に腰を落とす。周りの生徒達も今更ながら口々に騒ぎ始めた。

 

 「うそだろ? 帰れないってなんだよ!」

 

 「いやよ! なんでもいいから帰してよ!」

 

 「戦争なんて冗談じゃねぇ! ふざけんなよ!」

 

 「なんで、なんで、なんで……」

 

 

 パニックでざわつく後輩達。

 

 俺は、なんとなく察していたからなのか思ったよりも混乱はない。

 

 左にいる二人に目を向ける。

 

 「ゆきのん……ヒッキー……」

 

 不安げに潤む瞳で俺達に身を寄せる由比ヶ浜。雪ノ下も表面は冷静を装っているように見えるがその額には冷や汗が滲んでいる。

 

 

 

 

 

 

 ……俺は座っている席を少しだけ左側に寄せて机に左肘を置いて頬杖を付く。

 丁度……左に重心を置きたい気分だったのだ。

 

 

 その時、2人がこっちに顔を向けたあとお互いに視線を交わし、そして表情が若干和らいだように見えた。

 

 それを横目で捉えながらも俺は我関せずと教皇へと視線を移す。

 

 畑山先生や後輩連中が狼狽える様を静かに見据えている。

 

 ただ普通に現場が落ち着くのを待っているだけのように見えるが、俺の百八の特技の一つ。人間観察を持ってしてみればその仮面も無いも同然。

 

 その瞳の奥から読み取れる感情は……侮蔑と、ほんの僅かな困惑。

 

 ここまでの流れで把握した彼らの価値観から照らし合わせれば、大方「エヒト様に選ばれておいてなぜ喜べないのか」とでも思っているのかもしれない。

 嫌になっちゃうねホント。

 

 バンッ

 

 うわびっくりしたぁ〜ッ さっきの畑山先生以上に大きな音で机を叩く音に完全に虚を突かれる。……こう言っとけばなんかカッコいいだろう。ガチビビりしたことを誤魔化してるわけじゃ無いんだからッ!

 

 さて、さっきの騒音の下手人は身長が180はある好青年━━

━━何で身長がわかったんだ俺……?

 まぁいいか。それで、その何処か葉山を思わせる茶髪の爽やかなイケメン君は自分に視線が集まったのを確認するとおもむろに話し始める。

 

 「皆、ここでイシュタルさんに文句を言っても意味がない。彼にだってどうしようもないんだ。……俺は、俺は戦おうと思う。この世界の人達が滅亡の危機にあるのは事実なんだ。それを知って、放っておくなんて俺にはできない。それに、人間を救うために召喚されたのなら、救済さえ終われば帰してくれるかもしれない。……イシュタルさん? どうですか?」

 

 「そうですな。エヒト様も救世主の願いを無下にはしますまい」

 

 「俺達には大きな力があるんですよね? ここに来てから妙に力が漲っている感じがします」

 

 「ええ、そうです。ざっと、この世界の者と比べると数倍から数十倍の力を持っていると考えていいでしょうな」

 

 「うん、なら大丈夫。俺は戦う。人々を救い、皆が家に帰れるように。俺が世界も皆も救ってみせる!!」

 

 

 

 ・ ・ ・ はぁ?

 

 何を言い出してんだコイツは。救う?戦うだと?馬鹿も休み休み言いやがれ。

 

 これで俺等が特殊な訓練を受けた精鋭の特殊部隊とかなら話は違うだろう。だが残念だが俺達はただの学生。戦争のせの字も知らない平成生まれのゆとりに甘やかされたケツの青っ白いガキンちょだ。

 

 まともな奴なら、誰もこいつの意見になんて賛同しない。だがあのイケメン君の妙に鼻に付くこの感じ。俺の予想が正しければおそらくは……。

 

 「へっ、お前ならそう言うと思ったぜ。お前一人じゃ心配だからな。……俺もやるぜ?」

 

 「龍太郎……」

 

 「今のところ、それしかないわよね。……気に食わないけど……私もやるわ」

 

 「雫……」

 

 「え、えっと、雫ちゃんがやるなら私も頑張るよ!」

 

 「香織……」

 

 

 華のある男女三人組が前に出て口々にイケメン君に賛同する。それを期に他の生徒たちも次々に賛同して彼ら四人組に集まっていく。それはもう、夜の街頭に群がる蛾や羽虫のようにワラワラと。

 

 そう、あのイケメン君は葉山同様『ザ・ゾーン』の使い手だ。

 

 前にも説明したが、『ザ・ゾーン』とは、真のリア充が持つ場を整える力。教師である畑山先生の静止の声も届かないとは流石のカリスマではあるが、俺達3人を含め所々人が残っているのを見るに、葉山のものよりかは数段劣るレベルであるようだ。

 

 その残っているメンツというのは何処か冴えない感じの、そう。俺と同類の気配、ボッチの気を感じる人種だ。

 彼らの支持を得ていない辺り、あのイケメン君はボッチにはあまり優しくない類の、つまり弱者を蹴落とす俺の嫌いなタイプのリア充なのだろう。

 

 だが、同調圧力というものは恐ろしいもので、例え憎たらしいやつでもそいつがトップを張る集団の中ではそいつの言う事に同調しなければならない。もし、その中で一人反抗しようものなら、その直後に周囲からの恰好な的となる。

 王国の正義に歯向かう異分子を排除するための攻撃。

 

       “ イジメの始まりだ ”。

 

 だから彼らは心のなかでは反対していようとも、それを表に出せずにいる。声なき声は弾圧され、無言は肯定と捉えられてしまう。

 酷い……。あの爽やかスマイルでどれだけの人間を抑え込んで、貶めてきたのか。想像に難くない。

 

 赤信号、みんなで渡れば怖くない。

 

 リーダーが渡れと言うだけで、皆思考を捨てフルスロットルで走る車の前へと、その身を投げ出すのだ……。

 

 

 

 だが、そんなの俺には関係ない。

 

 ここは俺の所属するクラスではない。俺達は部外者、孤高、真のボッチ。

 

 故に、対岸から声を上げることができるのだ。

 

 

 「あのさぁ

 

 「「「「?」」」」

 

 気持ち強めに、やや苛立ちを孕んだ低い声で言葉を投げる。イメージはそう、とある白髪のなんちゃってハーレム司教様だ。

 

 「それ、当然だが……拒否権はあるんだよな?」

 

 お祝いムードをぶち壊す声と言葉に、イケメン君含めその周りの奴らも鳩が豆鉄砲食ったような顔で此方を向く。

 

 「きょ、拒否権って何の……ですか?」

 

 答えたのはイケメン君。俺が先輩だからか一応敬語を使っている。マメだねぇ。

 

 「言わなきゃ分からないか?今話してる戦う戦わないってやつだよ。俺はごめんだ当然拒否らせてもらう。」

 

 「なぁ!?」

 

 面白いように慄くイケメン君。そんなに驚くことでもないだろう。それとも、自分の意見が否定されるなんて思わなかったのか?どんだけお気楽なのやら。

 

 「ちょっヒッ━━」

 由比ヶ浜が俺を止めようとするのを手で制する。彼女の従来の空気読み気質か、俺を慮った優しさ故か。

 対して雪ノ下は何も言わない。だが目だけは真っ直ぐ俺を射抜く。その中には僅かな義憤が垣間見える。それはこの王国(後輩クラス)に反逆する愚かな俺の行いに対してか、はたまた別の理由か……、

 

 わかっている。

 

 こんな事、彼女達は望んでいない。むしろ傷つけている。そんなの等に理解している……。

 

 それでも、俺は止まれない。

 

 

 「せ、先輩は、この世界の人たちがどうなってもいいって言うんですか!?」

 

 「あぁ、知ったこっちゃない。そもそも、見ず知らずの奴らの事情で何で“()”が命を張らなきゃいけない。俺は死にたくないんでな断るのは当然だろ。」

 

 「そんな身勝手なッ!」

 

 「身勝手?それはこの世界の奴らだろ?勝手な理由で、勝手な事情で連れてきて。もしこれで俺が死んだら、この世界の奴らはなんか保証してくれんのかよ?向こうの世界で待つ家族に、何か詫びてくれんのか?」

 

 「そんな事は俺がさせない!誰も死なせない!」

 

 「どうやって?この世界に来て貰ったチート能力ってやつでか?何だっけ?この世界の人間の数倍、数十倍?それで死なない保証がどこにある。ここは物語の世界じゃなく現実だ。ご都合主義な正義側も悪側もない。予定調和なんてなんにも無い。敵と味方しかいない場所で、何が起こるかも分からない戦場が待ってんだ。

 同仕様もなく強い魔物が現れるかもしれない、強力な、それこそ核みたいな威力の魔法があるかもしれない。それらすべてから、お前は俺を、俺達を、ここにいる奴ら全員守れんのか?」

 

 「ぐぅ……そ、それこそどうなるか分からないだろう!そ、それに、元の世界に帰るには、魔人族を倒して人間族の皆を救うしかないんだぞ!」

 

 「それこそ答えの決まってない話だ。探せば見つかる可能性がある。旅でもして探索したほうが取れる手は多いだろう。戦争は死ぬか、殺すしかの手段しかない。こっちの方がずっと建設的だ。」

 

 「屁理屈ばかり言うな!!」

 

 「屁理屈も立派な理屈だ。無視はできない重要なファクターだろ?」

 

 そう、俺が口にするのは屁理屈。それは言っても同仕様もないって言うものばかり。だからってイケメン君が正しいことを言っていると聞かれれば、勿論そんなわきゃあない。

 

 奴が言う言葉はすべて理想論。こうだったらいい、ああだったらいいと言う実感も無い、実現性のない空虚なものだ。

 

 俺達の言葉は水と油、交わることのない平行線。このままだったらいつまでたっても収拾がつかない。

 

 だからこそ良い。

 

 そう、俺がやりたいのは場を収めることではなく混乱だ。

 

 イケメン君の向こう見ずな意見で纏まりかけてたこの歪な空間に混沌を呼び込んだ。

 

 国語学年3位の俺から繰り出される理路整然としたマシンガントークと、先輩と言う教師よりも身近な年上と言う紙切れ程度の安い見栄(ブランド)が、彼らの支配体制に大きなヒビを入れる。

 

 イケメン君やその取り巻き達のクラスでの今後を考えたら悪いとは思うが、彼らからこのクラスの王権を奪取する。

 カースト上位人の地位と信頼を揺るがし、クラスから拠り所を奪う。だからと言って、俺がその後その拠り所、クラスの指導者の椅子に座るわけじゃない。

 何も、クーデターを起こした本人がその国のリーダーになる必要はない。旗印にはしっかり当てがある。

 

 俺は雪ノ下に一瞬、さり気なく目線を送る。

 

 そう、雪ノ下にはこのクラスの女王になってもらう。あの向こう見ず特攻イケメンよりかは全然良い。

 

 俺の視線を受け、何かを察したように呆れのため息を漏らす雪ノ下。

 

 雪ノ下には俺が齎した混乱を颯爽と解決してもらう。イケメン君の楽観視しまくりな理想論も、俺の下を向きすぎるネガティブイメージもすべて綺麗に踏襲して、少しはマシな状況にしてくれるだろう。

 

 本来は教師である畑山先生の果たすべき役目なのだが、何分彼女には役者不足だ。すべては彼女がしっかりと大人として纏められなかったことも遠因となっているのだから。

 

 「絶対俺が、皆を守ってみせる!」

 

 「だから、具体的な話をしろよ。目的語だけドドンと出されても誰も納得なんてしない。俺は集団自殺をする趣味はないんだよ。」

 「そんな事にはならない!そんな事は絶対させないッ!」

 「だから根拠は?お前の言うやり方でホントに無事に元の世界に帰れるのか?実行するプランと、それが成功する根拠を言え。」

 

 「そ、それは……」

 

 てかこのイケメン君、口喧嘩が弱すぎる。同年代と話している気がしない。何処か葉山みたいだなんて言ったのは訂正しよう。葉山に失礼だ。敬語もいつの間にか取れてるし……。

 これだけクラスの意思がコイツに向いているのだから切り崩すにはそれなりに苦労する覚悟をしていたのだが、思いのほかあっさりと瓦解した。

 周囲の空気もイケメン君支持から、オロオロと不安げなものに変わっている

 

 まぁ、すべては俺が今冷静に思考を纏め、言葉を選んでいるからできること。

 

 いつか、雪ノ下姉から言われた『理性の化け物』と言う言葉が脳裏を過るが……

 

 

 

 明らかに異常だ。何で俺はこんなにも冷静なんだ?

 

 どこまでも凪いだ水面のような心境。周囲の状況が分かりすぎる視野。人の機微にも、もとより敏感だったが、更に過敏になった気がする。感度3000倍とはこの事か?

 

 いや〜ッ酷い目に遭わされちゃうぅ〜ッエ◯同人誌みたいにぃ〜!!

 

 なんて冗談はこのくらいで真面目に考える。

 俺の身に一体何が起きているのか?異常過ぎる状況に、逆に吹っ切れてしまっただけだと思いたい。それともコレが所謂チート能力とか言うものなのだろうか?そうだとしたら……俺のチート能力地味じゃないかぁ!?

 

 まぁ、どっちにしろ材木座が羨みそうなシチュエーションではある。

 

 閑話休題、

 

 舞台は整った。俺は合図のつもりで雪ノ下に目配せする。

 

 それを受け雪の下は「ふぅ」と一息ついて、わざとらしく椅子から音を立てながら立ち上がる。

 

 「天之河光輝君、だったかしら?」

 

 「ゆ、雪ノ下先輩」

 

 流石はユキペディアさん、後輩の名前もしっかり把握してるのね。彼女自身も流石の知名度だ。

 

 「随分と実現性のないことをペラペラと語っていたようだけれど、幼稚なヒーローごっこがやりたいのなら、他所でやってくれないかしら?」

 

 「な!?」

 

 のっけから良いパンチ打ちやがる。雪ノ下の鋭い口撃が炸裂し、これまた面白いようにイケメン君が狼狽える。

あとはこのまま、俺のことも否定して誰もが納得のいく折衷案に話を持っていけば、雪ノ下は瞬く間にこのクラスの救世主となる。

 

 

 筈だった。

 

 「この男が言うように(・・・・・・・・・)、あなたの言葉には何の根拠も、保証もない。救う、守ると、口では幾らでも言えるでしょうが、そんな見切り発車でこの先本当に犠牲が出た時。貴方に、その責任を……命の重さを背負えるの?」

 

 「「ッ!!」」

 

 

 イケメン君こと天之河だけでなく、俺も彼女の発言に耳を疑う。なんせ雪ノ下が行ったのは仲裁では無く、天之河の完全否定。そして俺の意見への同調だった。

 

 「お、俺が、犠牲なんて出させませ━━」

 「聞き飽きたわ、同じ事を繰り返すことしかできないならレコーダーの方がまだ優秀よ。」

 

 今までに無いってくらい、雪ノ下の氷のように冷たい蔑む瞳が天之河を射抜く。

 

 「何をやるかなんて聞いていないの。その『何か』をやるために『どうするつもりのか?』私達(・・)が聞いているのはそういうことよ。答えられないのなら下手に口を出さないでちょうだい。」

 

 「━━━━ッ」

 

 あ〜あ、何か言いたくても何も言えないと言うように、天之河は水揚げされた魚の様に口をパクパクと動かすことしか出来ていない。

 

 「おい、どういうつもりだよ」

 

 こんな勝手をされたら俺の計画がパァだ。俺は、雪ノ下の真意を問うために小声で囁く。しかし……

 

 

 「何が?」

 

 「ッ!?……」

 

 返ってきたのは、いつか俺がやったことの意趣返し。雪ノ下のすっとぼけたような答えだった。

 その時一瞬、雪ノ下と由比ヶ浜が視線を交わし合う。その時の2人の顔は力強くほほ笑んでいた。

 

 雪ノ下は視線を外して目を瞑る。一呼吸置いて真っ直ぐと天之河達を見据え、先ほどよりも少し大きな声で言い放つ。

 

 「自分の器も計れない短慮で矮小な思考。貴方の咄嗟の思い付きに巻き込んで、私たちの命を脅かすのは辞めてくれないかしら?

 

 

 ………

 

 止めだった。

 反論の余地など許されぬ静寂が、この場を支配する。取り返しのつかないほど崩壊した気まずい空気が流れる。

 

 「あ、あはは…えっとね」  

 

 そんな空気の中、場違いに明るい声が響く。由比ヶ浜だ。

 

 

 「……ここで色々と言い合ってても多分、答えって出ないと思うんだ。ほらッこれってそんなすぐ答えを出していいような問題じゃないよ。私たちの今後を決めていく重要な事なんだし……ど、どうかな? ね?」

 

 「へっ?あぁその……はい」

 

 「ね?」

 

 「あ、はい、私もすぐは、決められない……です。」

 

 

 そう言って由比ヶ浜は近くの席にいた平凡な見た目の男子生徒と、前髪を上に結んで纏めた女子生徒に伺うように聞く。

 

 「ゆきのん」

 

 「……そうね、私も少し冷静じゃなかったわ。……それで良いですよね畑山先生?」

 

 「え、あ!はいッ勿論です!」

 

 そう言って最後に雪ノ下にお伺いを立てたあと、流れるように雪ノ下は畑山先生へと話を持って行った。

 

 

 

 そこまでして、俺は悟った。

 

 これが雪ノ下と由比ヶ浜の作戦だ。

 なんてことは無い、俺が雪ノ下にやらせようとしたことを、雪ノ下が由比ヶ浜、そして畑山先生へと押し付けたのだ。

 そこからは教皇と畑山先生が交渉し、俺達の戦争参加への意思は、一旦保留と相成った。

 

 

 だが、俺達が頭を捻ってやった事は、最悪の暴走を避けるための次善策……逃げ道を作っただけだ。

 

 俺達が危機的状況にいるのは何も変わらない……。

 

 

 

 

 

   ✕    ✕    ✕

 

 

 

 

 

 「なんで邪魔した。」

 

 「それは、言わなくとも理解しているんじゃないかしら?」

 

 

 

 この会話より数時間前

 

 あの説明室での出来事後、俺達は教皇に連れられてこの教会がある【神山】と言う山を降りた麓の国【ハイリヒ王国】へと移動した。

 その際、教皇が何かしらの呪文を唱えると同時、魔法陣が輝き、光る台座のようなものが現れるとそのままロープウェイよろしく地上へと下って行った。

 

 教会がある場所が高山の上だと気づかなかったことや、目の前で繰り広げられる摩訶不思議な現象の数々に、ここが異世界なんだと言うことを改めて実感させた。

 

 「ゆっゆゆっゆ、ゆきのん!!空飛んでるよ空!!」

 

 「由比ヶ浜さんあんまりくっついて暴れないで、危ないわ。……それにしてもこの足場、一体どういう原理で?……」

 

 「あ~科学的根拠とか考えても無駄だと思うぞ〜。」

 

 

 他の生徒たち同様に2人は初めて見る魔法にキャッキャと騒いでいる。いや、由比ヶ浜はともかく雪ノ下はブツブツと呟いて足元を踏み踏みしているが……。

 

 俺はそんな情景をぼんやりと視界に収めながらこの後のことについて思考を巡らせていた。

 

 

 

 【ハイリヒ王国】に迎え入れられた俺達は、生活環境を整え、訓練やこの世界の教養を身につけることになっている。

 今後、俺達が戦争に参戦しようがしまいが、この法の影響力が弱い中世ぐらいの価値基準の異世界で、気の身の気のまま放り出されれば生き残ることは不可能。

 だから俺達がどう考えていようとも、この世界の一般常識や最低限自衛できる技術を身につける必要がある。

 

 しかし俺達に戦争参加の意志は無い。そんな相手にそれらの支援をするメリットは奴等にはない。

 なら何故、何の淀み無く訓練などの支援を受けさせてくれるのか?

 それは至極単純。今現在示されている帰還の方法が戦争の勝利以外に無いことで、現状俺達はこいつらの世話になる他に術が無いからだ。

 

 それがわかっているからか、先ほど畑山先生と交わした戦争参加への保留の旨もすんなりと受け入れられたのだ。

 

 俺達が何を言おうが、どうせ戦う以外に道はないのなら鍛えておいて損はない。そういう魂胆なのだろう。喰えいじいさんである。

 今はお互い言質を取れていない、都合が悪くなればどうとでも言い訳が可能な均衡状態。最悪ではないが最低状況だ。こっちが少しでも弱みを見せれば一気に巻き返される。

 故に、俺は今のスタンスを崩すわけにはいかないのだ。

 

 

 

 雲海を割いて開けて見えたのは自然の中に佇む中世ヨーロッパを思わせる石造りの街並み、その奥に聳え立つディスティニーランドの城をも超える美しい城だった。

 

 「うわぁ~ちょ~綺麗ぇ〜!あたし、海外に来たの初めてかも〜!」

 

 「正確には()外だろうけどな。海じゃなくて世界超えちゃってるから」

 

 「ほえ?」

 

 「由比ヶ浜さん、ここは異世界よ。地球ではないのだから海外と言うには語弊があるかもしれないわ。」

 

 だめだこの子、早くなんとかしないと。

 

 それにしてもと、俺は城下を見下ろす。此方を振り返る人々は皆俺たちを羨望の眼差しで見上げている。

 

 なるほどよく出来た演出だ。雲海を割り光の道に乗って舞い降りた“神の使徒”。俺達だけでなく聖教信者が教会関係者を神聖視するのも無理はない。

 

 俺はなんとなしに戦前の日本を思い出した。政治と宗教が密接に結びついていた時代のことだ。それが後に様々な悲劇をもたらした。だが、この世界はもっと歪かもしれない。なにせ、この世界には異世界に干渉できるほどの力をもった超常の存在が実在しており、文字通り〝神の意思〟を中心に世界は回っている。

 

 この先のことを考えたら鬱になってくるな。……こんな事考えてたら歴史の課題のこと思い出した。

 

 そもそも歴史の課題を出しにきたからこんな事なってんだよなぁ……。

 

 はぁ〜、歴史が嫌いになりそうだ。

 

 その後、所謂王との謁見の間みたいな場所に行って、教皇の方が実質立場が上な場面を見せつけられげんなりしたり、晩餐会が開かれたりした。

 ついでに、その晩餐会では一悶着あったりした。

 

 その時、俺の目の前に出された料理をただ黙って眺めていた。

 見た目は地球の洋食とほとんど変わらなかっが、たまにピンク色のソースや虹色に輝く飲み物などが混ざっている。

 見た目以前に何が入ってあるかもわからんものに手を付ける気にはなれない。俺の様子を伺うように雪ノ下と由比ヶ浜も手を付けずに待機している。

 

 「いかがなさいました使徒殿。お食べになられないので?」

 

 恐らく大臣であろう人物の一人が俺にそう聞いてくる。その問いに対して俺は

 

 「ど、……毒とか入ってたら、やだなぁ〜って、へへ」

 

 ………

 

 空気が死んだ。

 

 だってしょ〜がないじゃんよ!ボッチは初対面と会話する際、あらかじめ会話内容シュミレートしとかないと喋れないんだよ。

 

 いや、さっき俺達はかなり悪目立ちしたから、邪魔と判断されて毒とか盛られそうって懸念したのは事実だけど。咄嗟のことでつい本音を漏らしちまったよ全く!同じく料理に手を付けてない両隣に座る雪ノ下と由比ヶ浜にもとばっちり行ってるし散々だ〜。

 

 そんな絶望の淵にいる俺を救ったのは意外や意外、教皇のじっちゃんだった。

 

 「ホッホッホ、使徒様は実に用心深い御方のようだ。その度量ますます頼もしく思いますぞ。ですがご安心めされよ。我々はエヒト様から使わされた貴方方を敬いはすれ、害を与えようなどとは全く考えておりませんよ。」

 

 お?なんだコイツご機嫌取りか?

 そんなんで心開くほど、このハチマン。チョロく無いんだからねありがとうございます!

 

 その後も、料理は皆同じ調理器具で作られているから毒があるなら全員の杯にある筈だと、説明される。いや、その杯に毒を塗ってる可能性もあるだろ!読書家舐めんな!ミステリーの初歩中の初歩のトリックだろ!

 

 だが、全員が見ているこの場所でこうも堂々と言うのであればここで殺すつもりは無いってことだろうな。

 

 一定納得した俺たちはようやく料理に口をつけた。普通に美味だった。

 

 晩餐会が解散され、各自に一室ずつ与えられた部屋に案内され用とした時。そこで雪ノ下が待ったをかける。

 

 「一人になるのは危険よ、最低でも2人で一つの部屋を使うべきでしょうね。」

 

 と言うわけで2人一組のペアを作ることになっ……おいちょと待て雪ノ下。これは俺の嫌う悪しき風習。

『好きなやつとペアを組め』じゃないのか!?俺は抗議の視線を雪ノ下に向ける。すると、

 

 「別に、一人になりたい人はそれでも良いわ。夜中の奇襲には気をつけることね」

 

 なんて、この場にいる全員に言っているようで特定の誰かに向けての嫌味を飛ばす。まぁ、今回の場合俺もその案には同意できる為泣く泣く了承しようと思ったその時。

 

 「いい加減にしてください雪ノ下先輩。何故そんなにみんなが不安がることばかり言うんですか!」

 

 懲りずにこの男、劣化版葉山こと天之河光輝が声を荒げる。

 

 こいつまじで言ってんのか?あまりにも脳天気過ぎる発言に俺が目を見開いていると、雪ノ下は逆に天之河を一瞥もすること無く素気なく返事を返す。

 

 「天之河君。いい加減現実を見なさい。そうやって楽観的に考えていてはいつか本当に死ぬわよ。この人目の多い場所では一人になるところが一番狙われる。ここが王城という閉鎖的な空間で相手も権力側の人間なら、最悪強引な手段を取る可能性も高いわ。」

 

 最後に分かったなら言う通りにしなさいという捨て台詞を残し、雪ノ下は由比ヶ浜と今後を話し合うため畑山先生を伴って部屋へと向かった。もともとこのクラスの女子は偶数な為、あぶれる子が出る心配はない。

 

 ……あの、

 

 俺を置いていかないで欲しい!

 

 いや、男女に分けるから仕方ないんだけどさ!他人しかいない空間で一人にされたら針の筵なんだが?特に、天之河からの刺すような視線がつらい……。

 

 

 結局案の定というか、必然と言うか俺のペアは余った奴となった。このクラスの男子が奇数ということもあり、あぶらずには済んだが、何分まじで知らんやつだからめっちゃ気まずい。

 

 

 「……じゃ、行くか」

 

 「あ、はい」

 

 俺とペアになったのは平凡な見た目でやや小柄の少年。確かあの説明を受けてた部屋で最後、由比ヶ浜に声かけられてた奴だな。

 

 コイツもどうやらボッチみたいだし、お互い弁えているだろう。それだけが唯一の救いだ。

 

 その後部屋に入ってみたら部屋の広さとか天蓋付きのベッドとか、とんでもないセレブ仕様に2人の驚きの悲鳴がハモったのは御愛嬌。

 

 

 

 

 

 

 

 

 異常に寝つきのいい相方を置いて俺は部屋の外に出る。するとそこには俺を待つ人物がいた。

 

 「自分から呼んでおいてこの私を待たせるなんて、いい度胸ね比企谷君。」

 

 未だに制服の俺とは違い、異世界情緒溢れる寝巻きを纏った雪ノ下がそこに居た。

 

 そう、俺はあらかじめ雪ノ下を呼び出していた。

だが、この世界に来てから電波が存在しないため携帯でのやり取りが叶わない。だから俺の部屋の扉には『八』と爪で傷をつけておくことで目印にした。俺の意図を読み取って部屋に当たりをつけて待っていたのは流石と言っておこう。

 

 そうして現れた雪ノ下は……見慣れない白のロングワンピースっぽい服に朱色に熱った頬、少し湿り気を帯びて纏まっている艶のある黒髪とを見るに、風呂上がりであろうことは見て取れる。その立ち姿に見惚れつつ俺は言葉を絞り出す。

 

 「ちょと話良いか?」

 

 「ええ、場所を変えましょう。」

 

 俺達2人は人けのない場所を探して、たどり着いたのは月明かりに照らされた中庭だった。

 

 俺達2人は悪目立ちし過ぎた。咄嗟の奇襲に対応できるように見晴らしのいい場所を選んだが……どうやら選択ミスだったらしい。夜風で冷えて寒いのか、自分の体を抱きしめて腕を擦る雪ノ下が目に留まる。

 

 そんな彼女に俺はブレザーを被せる。

 

 「ッ!?」

 

 「あ、いや、汗臭かったら……言ってね」

 

 驚いたように此方を見た雪ノ下にそう返せば、クスリとした笑みが彼女から漏れる。

 

 「構わないわこのくらい。もう慣れたもの」

 

 「それは安易に、俺が普段から臭いことを揶揄しているんですかね?」

 

 「そんな訳無いじゃない。……所で、最近納豆を食べていると貴方の顔が過るのよね。何故かしら?」

 

 「納豆臭いってめっちゃ揶揄してんじゃねえか!いや最近は毎朝チーバくん納豆食べてるんだけどさ」

 

 「そこのチョイスは相変わらず千葉なのね」

 

 「当たり前だ。千葉県産のあの大粒が良いんだよ。館山あずまのこだわりだぞ?」

 

 

 中庭のベンチに隣合って座り、たわいない話に花を咲かせる。やはりこの瞬間が一番心地良い。だがいい加減本題を切り出さなければならない。その口火を切ったのは呼び出された側の彼女であった。

 

 「それで、話って?」

 

 

 空気が変わる。先ほどの温かかった雰囲気を消し去るように夜風の冷たい風が中庭の木々を揺らす。

 

 

 「なんで邪魔した。」

 

 「それは、言わなくとも理解しているんじゃないかしら?」

 

 一瞬の間もなく返された答えに口をつぐむ。本来であればここでマッ缶のあの甘さに頼って、この苦い心情を誤魔化している。だが、ここにあの千葉のソウルドリンクは無い。

 

 

 分かっている。彼女が何故邪魔したのかも、何を思って邪魔したのかも。

 

 だからって

 

 「お前がやる必要はなかった。」

 

 「だからって貴方一人でやる必要もないでしょ?」

 

 「あれは、俺一人だから良いんだよ!俺一人だったら━━」

 「貴方一人が警戒されていた。」

 

 「ッ!?」

 

 俺が答えきる前に差し込まれる雪ノ下の言葉。俺が続ける前に彼女は更に言及する。

 

 「いえ、正確には、貴方一人だけが命を狙われていた。」

 

 「………。」

 

 ぐうの音も出ない。俺の狙いをすべて看破され恥ずかしいとか惨めとか、ほんの僅かな後ろめたさとか……そういう感情が渦巻く。

 

 「また、そういうやり方を選ぶの?」

 

 「いきなりだったし、なんて言ったけあいつ、天之河を放置は出来ないだろ?あの状況じゃあぁするしか無かった。」

 

 「ッ………。」

 

 

 俺に何かを言い返そうとした雪ノ下は、此方を振り返るが寸前でそれを呑み込み下を向く。

 

 

 「なぜ……頼ってくれなかったの」

 

 代わりに絞り出したかのような嗚咽混じりの声が漏れる。

 

 「頼っただろ。最後の締めはお前に任せるつもりだった。」

 

 「違うわ……あれは……私を、私達を」

 

 そう、頼ったなどとは名ばかりで、俺はあの場から彼女と彼女を遠ざけようとした。

 大切だから……以前よりも素直に、そう思えるようにはなった。助けたかった。守りたかった。でもそれらは言葉にできなくて、正しくないと、誰も望んでいないと知りながら俺はこの方法を取り続ける。

 

 「変わらないのね、貴方は……。」

 

 奇しくも彼女が言葉にしたのは、俺と同じ心情だった。

 

 「……ッ必要に駆られれば俺はまた同じ事をする。その方が楽だし俺が使えるのは俺の命だけだだから」

 

 ドンッ

 

 焦りか?動揺か?俺が一息に早口に話していると、突如俺の胸を打つ少し強めの軽い衝撃が走る。

 

 ブリキ人形のようにぎこちなく眼下を見下ろすと、雪ノ下が俺の胸に飛び込んでいた。

 

 「ゆ、雪ノし━━」

 「勝手に……勝手に使わないで!」

 

 「ぇ…、」

 

 戸惑う俺を置いて彼女は弱々しくしがみつきながら声を漏らす。

 

 「あなたの命は……あなたの人生は、私のものでしょ(・・・・・・・)……」

 

 「ぅあ……」

 

 その言葉は、あの夜交わした彼女の重い、想いの吐露だった。

 

 ……あ、あれ?な、何だこれ?夜風で冷えているはずなのに、俺の顔が異様に熱い。

 

 「あ、あれは……言葉の綾って奴だろ」

 

 「じゃあ、あの時の……あの夜での言葉は……嘘だったの?」

 

 顔が近い、そんな捨てられそうな子猫のような潤んだ目をしないで欲しい。あまりにも可愛すぎて直視ができない。別に走っているわけでもないのに、心臓はバクバクと忙しなく鼓動を刻む。

 

 「う、嘘じゃ……ねぇよ」

 

 「じゃあ、誓って」

 

 息苦しいのを誤魔化すように、無駄だと分かっていながらも顔を背けて呼吸を整えようとする。だが、雪ノ下はそれを待ってはくれない。

 

 「もう、私の許可無く、勝手な事はしないで。私を、私達を頼って……あなたは、私の………なんだから……。」

 

 

 俺に人権は無ぇのかよ……なんて悪態は出てこなかった。

 

 弱々しく未だ嗚咽が漏れる震える声で、俺の胸板と呼べるほど厚くもない胸に顔を埋め、服をその細い指先でぎゃゅと摘んでしがみつく。顔は隠れて見えないが、髪の隙間から覗く彼女の耳は月明かりの青白い光に負けないくらい、ポッと仄かに赤く照らされていた。

 

 

 

 ふぅ~ と一息ついて、体にこもった妙な熱を排出する。燻る衝動を押さえつけ、瞳に映す彼女の小さな肩を片手で抱え、反対の手をその頭に添えながら考える。

 

 彼女達は、俺のやり方を許容しない。傷つく姿を見たくないから、俺は、彼女達の犠牲を許容しない。大切故に、守りたいから。

 

 2つの思いは同じはずで、それでも尚すれ違う。

 

 いつか、もっと上手くできる時が来るのだろう。でも、今はこれしかやり方を知らなくて、未だ手段を一つしか選べない俺は……、

 

 たった今、その唯一の手段をも失った。

 

 

 

 

 

 どうしたもんかなぁ……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 今はただ。

 

 この呟きが……

 

 彼女の前で漏れていませんようにと

 

 切に願う。

 

 

 

 

 遠くから感じる覚えのある気配に、

 

 気付かないふりをしながら……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 interlude…

 

 

 

 

 今日はいろんなことがあった1日だった。

 

 ヒッキーとゆきのん、あたしの大切な二人の友達。この3人で過ごす、かけがえのないもの。

 

 それが、奉仕部での毎日。

 

 ここに、いろはちゃんとヒッキーの妹の小町ちゃんも加わってもっと楽しい場所になった。

 

 明るくて楽しくて、けれどちょっぴり苦い。あたしの大切な青春。

 

 卒業まで……ううん卒業してからも、ずっとこれが続くと思ってた。

 

 でも、その日常は突然ガラリと姿を変えた。

 

 

 

 イセカイ。神様や魔法なんかが本当に存在するすごい場所。

 

 最初、戦争するとか聞こえてすごく怖かったけどゆきのんとヒッキーの2人が一緒にいてくれるから、少し余裕が生まれて初めて見る物にわくわくした気持ちになれた。

 

 ちょっと不謹慎かな?

 

 でも、戦争の話になった時。またヒッキーがあまり気分が良くない方法で、何とかしようとしてくれた。

 少しさみしくなったけど、やっぱりどこに居てもヒッキーはヒッキーだなとそんなふうに思って安心した。

 

 でも今回は少し違った。

 

 ゆきのんが、彼が背負うはずだった重荷を肩代わりした。

 

 彼の隣に立ったのだ……。

 

 

 その様に呆気に取られたけど、ゆきのんはあたしにも締めの役割をくれてちゃんと頼ってくれた。

 

 嬉しかった……嬉しかったよ。

 

 けれど、隣り合う二人を見て……ちょっとした疎外感を覚えた。

 

 分かってる。あたし達は3人お互いが大切な友達だって、ちゃんと分かってる。

 

 でも、やっぱりあたしでは入れない空気が前からあって

 

 彼女とあたしの間には、どうしようもない差があった事を、

 

 

 ……今更ながらに実感した。

 

 

 

 今日はホントに色んなことがあった1日だった。

 

 だから、ゆきのんと一緒にお風呂から上がり、とっても大きくて豪華なベットに飛び込んだら、心労からかすぐに寝落ちした。

 

 「うぅん、あれ?……ゆきのん?」

 

 突然の喪失感から目が覚める。するとそこには、愛ちゃん先生←(今夜話してて呼ぶようになった)しかいなくて、隣で寝ていた筈のゆきのんがどこにもいなかった。

 

 クンクンッ

 

 

 ゆきのんの匂いが少し離れた場所から感じる。

この世界に来てから、あたしは妙に鼻が効くようになった。

 

 雪解け水が滴る初春の木々の葉の隙間を流れる風のような匂いと、あの奉仕部で何度も嗅いだ、優しい紅茶。その2つを混ぜた爽やかな匂いが彼女から香る匂いだ。

 

 更に匂いをたどると、彼女の匂いがコーヒーの苦さと練乳とミルクの甘ったるい匂いが混ざった匂いと重なった。

 

 この匂いは彼の……ヒッキーから出る匂い。

 

 こんな夜更けに二人……。再びの疎外感、邪魔しちゃいけないと思った。

 

 でも、いろはちゃんの言葉が頭を過る。

 

 

 『“諦めなくて良いのは女の子の特権”』

 

 

 そうだ……。諦めるまで、諦めないって決めたんだ。

 

 踏み出すって、その扉を開けるんだって決めたんだ。

 

 

 あたしは駆け出す。二人の匂いがする場所へ……。

 

 

 二人はお城の中庭っぽい場所にいた。月明かりがきれいに照らす中庭のベンチで、二人は隣り合って談笑する。

 

 それをあたしは、物陰から覗いていた。

 

 もう涙は出し尽くしたから、このくらいで泣いたりしない。

 

 それでも、結局……

 

 疎外感は消えなかった。

 

 

 

 「なんで邪魔した。」

 

 

 「それは、言わなくとも理解しているんじゃないかしら?」

 

 

 

 しばらく談笑した後、二人はさっきの説明室での話をし始めた。

 

 途中、空気が悪くなる。

 あたしはゆきのんの心情に近い。あたし達を遠ざけないで欲しい。貴方が私達に抱いてくれている思いも、あたし達も同じく持ってるんだよ

 

 だから、全部一人で背負い込まないで欲しい。あなたに助けられたように、今度はこっちも、あなたを助けるために戦うから……。

 

 

 

 「もう、私の許可無く、勝手な事はしないで。私を、私達を頼って……あなたは、私の………なんだから……。」

 

 

 ゆきのんは変わった。ヒッキーも変わってきてる。

 

 あたしだけ、まだ、その扉の前で足踏みしてる。

 

 あたしだけ、何にも変わらない。

 

 

 

 

 

 

 今夜は月が綺麗なのに、屋根がある場所なのに……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あたしの周りだけ……

 

 

           雨が、降っていた。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。