やはり俺達の高校最後の青春一年が、異世界でなんて間違っている。   作:翁月 多々良

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 今回、難産でした。最後の方めっちゃ書き直して遅くなりました。
 あんまり俺ガイルっぽくないと思うかもしれませんが、なるべく俺ガイルにするよう頑張ります!


第4話∶事実、雪ノ下雪乃は最強である。

 

 

 「うむ。まず比企谷、お前の“探求者”だが一応は戦闘職だ。だがあくまで斥候や他の仲間のサポートを役割とする天職だ。違和感の発見を得意としているから、迷宮とかでは罠を発見するのに重宝されるな。いくつか気にる技能もあるが……まぁそれは追々だな。これから色々と大変だろうが、気張れよ!」

 

 「……うっす」

 

 先の騒動が終了後、俺達3人はようやく自分のステプレをメルド団長に見せに行った。

 

 因みにさっきの騒動の顛末だが、そもそもの発端は南雲のステータス。本来チート集団であるはずの俺たちの中で、何故か南雲はステータスオール10の一般人。天職もそこまで特殊性のない“錬成師”。

この世界ではありふれた職業なんだと……。

技能も、皆が複数所持している中でコイツだけ“錬成”と“言語理解”の2つのみ。言語理解が全員共通して持ったものであることから実質一つだ。

 あの小物四人組は、これ見よがしにその事を論った。その件に関しては俺が諌めたから事無きを得たが、その後畑山先生が南雲を励ましにかかる。

 

 「南雲君、気にすることはありませんよ! 先生だって非戦系? とかいう天職ですし、ステータスだってほとんど平均です。南雲君は一人じゃありませんからね!」

 

 そう言って「ほらっ」と畑山先生は南雲に自分のステータスを見せた。

 

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畑山愛子 25歳 女 レベル:1

 

天職:作農師

 

筋力:5

 

体力:10

 

耐性:10

 

敏捷:5

 

魔力:100

 

魔耐:10

 

技能:土壌管理・土壌回復・範囲耕作・成長促進・品種改良・植物系鑑定・肥料生成・混在育成・自動収穫・発酵操作・範囲温度調整・農場結界・豊穣天雨・言語理解

 

===============================

 

 

 先生ェ……。それは励ましではなくトドメなんだわ。

 

 確かに全体のステータスは低いし、非戦系天職だろうことは一目でわかる。だが……魔力だけならあの勇者様に匹敵しており、技能数ならそれをも上回っている。おまけに、先生の天職は“作農師” 作農……そう、食を司る力だ。

 糧食問題は戦時中に於いてはどうしても切り離せない要素。なんなら最優先事項である。  

 言い方は悪いが、南雲のようにいくらでも優秀な代わりのいる職業ではない。つまり、畑山先生も十二分にチートであったのだ。

 

 世知辛い現実に今の南雲は俺以上に目が腐ってしまっている。

 

 天職に関して言えば、俺も他人事ではないのだが……。

 

 まぁ、それ以前の問題だよな。

 

 なんというか……もう、ご愁傷さまである。

 

 

 

 「次に、雪ノ下。お前の“指導者”だが、こいつはなかなかに珍しい天職だ。」

 

 話は戻って現在。俺の次は雪ノ下が説明を受けている。

 

 「戦闘職の区分けではあるが、戦闘から支援までと何でもこなせる万能型だ。しかし、その本質が“指導”教え導く事であるから、それぞれの分野を極めることまではできない。」

 

 つまり、あらゆる事をこなせるがそれ一つ一つの造詣はあまり深くは触れられない。万能型とは良く言ったもんだ。

要するに器用貧乏ってことじゃねぇか。

 

 「ステータスの偏りも激しいから、お前はその穴を埋めるような鍛錬をしよう。」

 

 「……。」

 

 その説明を受け、雪ノ下は考え込むように押し黙っているが、その瞳の奥はメラメラと燃えているように見える。

 

 そうですよね。そんな事言われちゃったら、負けず嫌いの君としては逆に燃えちゃいますもんね。圧みたいなのがひしひしと伝わってきてますもん。ワナワナと揺れる長髪はまるでギリシャの怪物、メデューサの様だ。

 おっかねぇ〜ッ

 

 「最後に由比ヶ浜。お前もなかなか珍しい。狂戦士かぁ〜。」

 

 次は由比ヶ浜。彼女の天職も雪ノ下同様に特殊な職業らしい。3人の中で俺だけそこまで珍しくない職業……。なんというか、我ながら相変わらずって感じだ。

 

 「基本運用は重戦士や拳士と大差はないが、中でも狂戦士を特殊たらしめているのは、この“狂化”の力だ。」

 

 そう言って、メルド団長は説明するが、一方で由比ヶ浜は、腕組をして真剣には聞いているんだろうけど、脳内に宇宙が広がっているような顔をしている。多分あれは、八割も理解していないだろう。

 仕方が無いから、代わりに俺がしっかりと把握しておく。

 

 「狂戦士の“狂化”は発動させれば、一定時間であるがステータスが何十倍をも増大するシンプルに強力な力だ。だが、その名が表すようにこの力を使う一定時間。狂ったように暴れ回る。

 破壊衝動に苛まれ理性が無くなる為、敵味方問わずに攻撃してしまうんだ。」

 

 おいおい、かなりピーキーな力だな。力の増大率はまだ定まってないから何とも言えないが、それを使うのは現状最強の勇者と筋力パラメータが同じな由比ヶ浜だ。その破壊力は凄まじいものだろう。それが無差別に繰り出される。

 俺はその力が齎す危険性に戦慄するが、メルド団長が示すこの力の危険性は他にあった。

 

 「他にも、この力の特性上、発動と同時に人間に元来備わったリミッターが自動的に外れてしまう仕組みになっている。」

 

 人間は自分の体が壊れないよう、一定以上の力が出せないように安全装置が存在する。それがリミッターだ。

 誰もが一度は聞いたことのあるその話。それを聞いて俺は嫌な予感に額から汗が滲む。

 

 「つまり、それが外れるということは、力を使う度に体が壊れてしまうんだ。絶大な力を得る代わりに大怪我を負う。それも理性が無いため痛覚が飛び、怪我したとしても気付かないまま攻撃をし続ける。まさに諸刃の剣だ。」

 

 怪我と言っても治癒師の力で十分癒せる。━━とメルド団長は最後にそう付け加えたが全く安心できる要素がない。由比ヶ浜も大怪我と聞いてかなり動揺している。

 それに、俺の“心透眼”みたく勝手に発動する危険も━━

 

 「━━そう気負わなくても良い、詠唱と魔法陣がなければどの道使えんのだ。“狂化”が無くてもお前は充分戦える。最後の手段くらいに考えておけば良いぞ!」

 

 ……はい?

 

 詠唱と魔法陣がなければ使えない?それが、普通なのか?

でも俺、さっきポンポコ使ってましたよ?魔法陣なんて無くても、無詠唱で。どゆこと?

 

 

 ……と、言いつつ心当たりが無いわけではない。

 

 “無唱発動”これが、俺が他と事情が異なる理由なのだろうか?

メルド団長に聞くか?……いや、あまり不必要に敵方に情報を与えるのは悪手だ。相手が俺たちに付け入る隙を与えることになる可能性がある。

 

 俺の人間観察+“心透眼”ブーストで、独自に情報を集めていく他ない。

 

 「いやはや、頼もしい者たちが集まってくれて何よりだ。これから共に戦う者として期待しているぞ!」

 「メルド団長。その事について一言よろしいでしょうか?」

 

 由比ヶ浜を最後に全員のステプレを確認し終えたメルド団長は満足げに言葉を締めようと声を掛けるが、雪ノ下がそれを遮るように手を挙げる。

 

 「既に聞き及んでいるかと存じますが、この世界に来て最初に申し上げた通り。現在、私達に戦争参加の意志はありません。」

 

 何の後ろめたさも感じさせない。あまりに堂々とした態度でそう言い放つ雪ノ下を、俺と由比ヶ浜は緊張の面持ちで見守る。

 

 「ですので、そのような意思を誘導、いえ強要と捉えられる発言は控えていただいても構いませんか?端的に言って迷惑です。」

 

 「ちょっ雪ノ下先輩!!」

 

 天之河が攻撃的な雪ノ下の発言を諌めようと前へ出るが、雪ノ下の鋭い氷柱のような視線が逆にそれを制する。

 可哀想に……完全にトラウマになってるじゃないですか……。

 

 まぁ、天之河が止めたくなるのも無理はない。俺達はこの国、挽いては教会側に命の手綱を握られているような状態なのだ。下手に反抗して刺激したら放り出されるかもと懸念するのは最もでもある。

 だが、その心配は今のところ皆無に等しい。

 忘れてはならないのは、彼等もまた同じく窮地であるということ。自分たちではどうしょうもない状況を何とかするために、神頼みで俺たちを呼び出したのは他でもない彼等だ。

 

 故に、彼等が一番望まないのは俺達がこの国から出ていくこと。

 

 下手に不信感を与え、逃げ出されでもするのは彼等としても都合が悪い。その為、俺や雪ノ下のような彼等にとって邪魔な不穏分子を排除するにしても、城内での暗殺は他の生徒達に恐怖を与える可能性があるためそう簡単に取れる手段じゃない。やるとしたら、訓練中の事故に見せかける、とかだろう。

 

 幸い、俺の天職は“探求者”奇襲、騙し討ちなどにはめっぽう相性がいい。よって訓練時には、そういった僅かな違和感、異変を一切見逃さないように気を配るし、奴等に付け入る隙を与えないためにも、俺も雪ノ下もこの強気の姿勢を崩すわけにはいかないのだ。

 先日は色々と急過ぎて、ここまで考えが至らず無駄に警戒する羽目になってしまった。まぁ、何事も警戒するに越したことはないんだが……。

 

 本当なら、俺一人でやるつもりだったのだ。だが、俺のやり方を受け入れない雪ノ下は勝手に動いてしまう。それによって雪ノ下へ向けられるヘイトを俺が肩代わりする形で立ち回るため、強制的に協力せざる終えない状況にさせられるのだ。

 

 雪ノ下曰く。

 

 『大河の流れに貴方程度の石ころを投げ込んだところで、流れを変えるどころか簡単に押し流されるだけよ。だから私のような巨岩がその流れをせき止めるの。

 貴方はせいぜい……私の周りで……その、チョロチョロと転げ回ってなさい……ッ』

 

 とのこと。

 人を小石扱いとはさすがの自尊心ではあるが……。

 

 そういうこと言うときはもっと毅然な態度でいてほしいです。

 特に最後……、何でそんな顔真っ赤なの?

 何なの!もぉうッ!ほんとに意味わかんない。やめてよねそう言うのッマジで!!不意にやられるとこっちがときめいちゃうでしょうがぁ〜ッ!!

 

 

 閑話休題(ゲフンッゲフン)

 

 そうして、真っ向から余計な小細工のない雪ノ下の強気な発言をメルド団長は静かに聞いた後、雪ノ下を真っすぐ見据えてゆっくりと返答する。

 

 「うむ、当然聞いている。しかし、この場では(・・・・・)俺の個人として、その主張に何か言ってやることもしてやれることもない。俺は、お前たちを鍛えるようにとしか言われていないからな。騎士は只、王の命令に忠実に従うのみだ。」

 

 この場では……ね。

 

 

 一通りの座学を熟し、メルド団長のサインを目敏く察知して今日のこの時間は幕を下ろした。

 

 

 そう思っていたんだが……。

 

 

 「雪ノ下先輩ッ!!」

 

 メルド団長の終了の合図と共に次々と席を立つ生徒達。そんな中で俺と由比ヶ浜を伴って退出しようとした雪ノ下を呼び止める声が俺達の背後から発せられる。

 

 この無駄に溌剌とした爽やかな声は振り返るまでもなく奴。天之河光輝である。

 

 またかよ、何?まだ懲りてないのコイツ?……俺はもう今日のところはお腹いっぱいでうんざりなのだが、ご指名を受けた雪ノ下は律儀に振り返る。

 

 「何か用かしら?天之河光輝君。」

 

 髪をかき上げ高圧的な態度を隠しもせず天之河と相対す雪ノ下。その傍らで、警戒の目を向けながら大事なものを守るように雪ノ下の腕にしがみつく由比ヶ浜。

 俺はその二人の横で視線だけ天之河に向ける。

 

 雪ノ下に冷たい圧を受けた天之河は最初だけ怯むも、負けじと声を上げた。

 

 「俺は……やっぱり俺はこの世界の人達を助けるべきだと思います!」

 

 まだ言うのかコイツはと、俺は自分でもわかるほど苛立ちに眉間にシワが寄るのを感じる。その俺の顔を見て何人かの女子の悲鳴が聞こえたが放置する。別に、気にしてなんて……無いんだからからねッ

 

 雪ノ下は天之河の主張が終わるまで黙って聞いている。

 

 「先輩達も見たでしょう!俺達はこの世界の人間の何倍、いや何百倍も力を持ってる。鍛錬を積んでない今の状態でもこれだけの力があるなら、鍛えれば……きっとさらに強くなります。だから━━ッ」

 「だから何だと言うのかしら?」

 

 「ッ!!」

 

 最後まで聞こうとした雪ノ下は途中、これ以上聞く意味なしと判断したのか、容赦なく天之河の話をブッチした。

 

 「この男が前にも言ったわね、そんな物が私達が死なない理由にはならないと……。」

 

 そう、いくら力を持っていたとしてなんだと言うのか。

 扶強扶弱、ノブリス・オブリージュ、弱きを助け強きを挫く、

 

 強者が弱者を救う、あるいは強きものが責任を負うという意を持つ言葉は幾つかある。

 

 では、ここで言う強者とは何を指すのか?

 

 筋力、権力、財力。そのどれもが不正解。

 

 正しくは、

“見ず知らずの人に分け隔てなく犠牲を許容できる人格の持ち主”である。

 

 わかりやすい例で、子供たちが大好きアンパンのヒーロー様であろう。

 

 彼は文字通り自らの身を切り、他者の空腹を満たす。その行為が自らを追い込むことも厭わずにだ。

 他の追随を許さない正に強者(犠牲者)の鑑だろう。

 

 他だと、日朝に放映されるみんなのアイドル。紳士の嗜みプリ◯ュアだ。

 

 彼女達も正に強者と呼べる存在だ。妖精という、得体のしれない存在の要請を受けて悪とされる存在に立ち向かう。(駄洒落じゃないよ)

 

 アンパン様程の高尚な心持ちはなくとも、世界という不特定多数の他人のために力を振るう姿は正しく強者(犠牲者)と言わざるおえない。

 

 だから、彼等は愛される。皆が彼等に夢を見て心の底から応援するのだ。

 

 あくまで彼等は夢……フィクション。現実という聞くのも嫌になる言葉の対義に位置する存在。

 

 偽物だ。

 

 結論を言うと、現実に真の強者など存在せず。世の中の争いは全て弱者同士の諍いが占めている。

 だってそうだろう?利益を求めるから、犠牲を許容できないから争いとは起こるのだ。

 それが人間の本質。もし、現実にアンパンやプリキュアのように自らが犠牲を厭わぬと言うやつが居るのなら、ソイツは現実(ニンゲン)じゃない。弱者の為に奔走する奴隷だ。

 

 俺は人間だ。奴隷などクソ喰らえ、誰がお前たちのために犠牲になんてなってやるものか。

 それは雪ノ下も、由比ヶ浜も、そして天之河も例外はない。

 

 俺達のような唯の人間。ましてや社会も知らないガキんちょに、命を賭してまで赤の他人の為に戦うことはできない。

 

 やらないのではなく、できない……やってはいけないのだ。

 

 

 戦争……これは、俺たちみたいなガキが

『“力を持っているから”』などという浅い理由で首を突っ込んでいい話ではない。

 

 でないと……

 他者に言われるがままに歩んだ道の先なんて、後悔しかないのだから。

 

 

 「これ以上何もないのなら、行かせてもらうわね」

 

 

 押し黙る天之河から視線を切り、雪ノ下はこの場から立ち去ろうとする。

 

 「待ってくださいッ!」

 

 しかし、アレだけ雪ノ下に否定されても尚こいつ、天之河は食い下がってくる。なんなのこいつ?マゾなの?

 

 俺初めて、材木座以上にしつこい人間を見たかもしれない……いや、アイツとどっこいどっこいか?

 

 そんな俺史上初かもしれない気色悪さから来る嫌悪の眼差しを天之河へと向けていると、天之河はそんなのお構い無しに言い放つ。

 

 「雪ノ下先輩。俺と一対一で勝負してください!」

 

 

 

  ・  ・  ・  はぁ?

 

 コイツに対してこんな反応になるのはこれで何回目だろう?

 

 「ごめんなさい、少し意味が分からないわ。どうしてそういう話になったのか説明してもらえないかしら?」

 

 あの雪ノ下ですら、少々困惑気味に聞き返している。そんな雪ノ下に嬉々として答える天之河。

 

 「理由も何も、雪ノ下先輩達は死ぬのが怖いとおっしゃいました。だったら俺が、その心配は無いのだと、俺が雪ノ下先輩に勝って証明してみせます。大丈夫です。雪ノ下先輩も由比ヶ浜先輩も、俺が守ってみせますからッ」

キランッ

 

 

 

 

  ・  ・  ・  うわっ

 

 当然の如くそう言った天之河に俺達は戦慄する。

 

 コイツ、なんにも理解していない。今までの話を聞いていたのか?強い弱いの問題ではないのだと何度言われれば理解できる。

 

 『死ぬのが怖い』確かに俺達の今の行動原理は此処に集約するだろう。だがそれは、誰もが持つ当たり前の恐怖だ。例え異世界だろうが、地球だろうが、皆その危険を常日頃から伴っている。

 

 それが生きるということに一生付いて回る問題だ。

 

 故に、それを避けようとするのは当たり前で、その最低ラインである戦争不参加の姿勢を貫いている。そこから、俺達は更にその先 『五体満足で如何にして、無事に生きて地球に帰るか』 という目標を見据えているのだ。

 

 しかし一方通行思考のコイツは、人間族の勝利挽いては戦争への参加しか見えていない。

 死傷……戦いにおいて切っても切り離せない。その当たり前の物を、さも自分にはその心配は無いのだと口走り、剰え自分さえ居れば何とか出来ると傲慢にも思い上がっている。

 

 天之河はそのキラリと輝くイケメンスマイルを向け、まるで握手を促すように手を差し出して来る。

 

 その姿に呆然と立ち尽くす雪ノ下。当然見惚れているなどというわけもなく。只、目の前の生き物を理解できず、驚愕と動揺に言葉を失っているのだ。傍らで侍る由比ヶ浜も流石に、キザなセリフと場違いな笑顔の気持ち悪るさに嫌そうな顔を隠さない。

 俺も見事に目腐れワースト1位の座を取り戻している。

 

 ……ところで、そこでさり気なく俺をハブっているのは仕様ですか?

そうですか……。

 

 そして、自分の意見を通そうと選んだ手段が決闘……暴力とはこれまた最高に矛盾している。勇者どころか気持ちヤンキーじゃねぇかコイツ。こんなもんにバカ正直に付き合ってやる義理はない。

 

 「なぁおい━━」

 「待って」

 ようやく振り返り天之河へと詰め寄ろうとした俺を雪ノ下が制す。何のつもりだと雪ノ下に視線を向けた瞬間。

 

 「良いわ、やりましょうか。その真剣勝負……。」

 

 「ッ!?」「ゆきのんッ!!」

 

 まさかの雪ノ下の返答に俺も由比ヶ浜も驚きに目を見開く。その返答に天之河も満足げに微笑んでいる。

 そして、何より不快なのが、周りの一部の連中がこの了承に興奮し沸き立っている事だ。緊張感がなさすぎる。なんかのイベントとかと勘違いしてんのか?

 

 「おい、どういうつもりだ?」

 

 今度こそ俺は声に出して雪ノ下に聞く。

 

 「恐らく何を言っても彼には響かないわ。」

 

 返答はすぐに返ってきた。いつもの川の清流を思わせる冷静な声で紡がれる。

 

 「だから見せつけるの。彼に、そして大衆に、私に意見するとはどういうことなのかを……。」

 

 しかし、その顔に貼り付けた笑みは彼女の姉たる魔王を彷彿とさせる。だが……

 

 「いつもの負けず嫌いさんか?勘弁してくれこんな時まで……。」

 

 相手はオール100。ステータスは圧倒的に不利。ただでさえ男子と女子のハンデもある。それに相手は現役で道場に通う剣術少年だ。楽な勝負ではない。

 そんな俺の不安が顔に出ていたのか雪ノ下が毅然として答える。

 

 「大丈夫。ちゃんと考えてあるの。このやり方が一番手っ取り早いし、誰もが納得するようにするつもり。それとも……」

 

 そこまで言うと、雪ノ下は俺の顔を覗きこむように目線を上げる。

 

 「あなたは、私が負けると思っているの?」

 

 「そ……れは……」

 

 

 

 俺も、雪ノ下が負けるなんて思っていない。……だが、勝てる確証もない。

 ボッチは用心深い生き物だ。間違えたらそこで終まいだから。他の奴等みたく、間違いを美談にはできるほど器用ではないから。

だからこそ、間違えないように慎重に手順を踏む。

 

 『信じている』なんて無責任な言葉で、万が一にも彼女が傷付くような事態にしたくない。

 

 彼女の問いの応えに言い淀む俺の手に、覚えのある温もりが灯る。

 

 「ヒッキー……」

 

 「由比……ヶ浜……。」

 

 それは俺の手に重ねられた由比ヶ浜の手。

 

 いつもはガキや子犬みたいに騒がしいくせに、時たま見せる大人びた微笑みで、まるで此方を安心させるように優しい声で囁く。

 

 「ヒッキー。ゆきのんを信じよう。」

 

 「……。」

 

 なんてこと無いように、俺が嫌厭していた言葉をポロッと言ってのける由比ヶ浜。

 コイツは本当に、俺……俺達に出来ないことを軽々とやってしまう。そこに痺れも、憧れもしないが……常に、そんな彼女に助けられてきた。

 

 「ねっヒッキー……。」

 

 もう一度聞き返す由比ヶ浜が俺の揺れる瞳を捉える。

 

 

 「頼ってくれるのでしょ?」

 

 そんな俺に横から声をかける雪ノ下。それは昨夜、彼女から乞われた命令(ねがい)だった。

 

 

 つくづく情けなく思う。未だにこうやって理由を与えて貰わなければ、何かを選ぶ決心一つつけられない。

 

 

 「……勝てるのか?」

 

 「言われるまでもないわ。私を誰だと思っているの?」

 

 

 俺の問いかけに即座に応える雪ノ下は、どこぞの兄貴みたいな事を言いながら髪をかき上げる。その相変わらずの自信過剰ぶりに、つい気持ち悪く吹き出してしまう。

 

 いつしか俺は、他人にも自分にも期待することをやめた。愚かな自分を戒めに戒めて……。だが、それでもかつての雪ノ下雪乃に勝手な理想を押し付け、勝手に失望した過去がある。

 

 だけど……今なら……今のこいつらなら……。

 

 大切で特別で、手放したくないと思えたこいつらになら……

 

 俺のどうしようもなく醜く身勝手な期待を……押し付けて、分かち合っても良いのだと……そう…思えるのかもしれない。

 

 

 「まぁ……あれだ……」

 

 こういう事を言うのは慣れておらず、顔にバーっと血が集まり、俺の視線は右往左往する。視線の端で映る彼女達はそんな俺に焦れることなく、優しく微笑んで待っていてくれる。

 

 「……その………………勝て……よ」

 

 絞り出した俺の細やかな、そして珍しい激励に雪ノ下は一瞬目を丸くするも、すぐその表情を綻ばせフフッと小さく笑みを吹き出す。

 

 「当然よ。知っているでしょ?」

 

 

 そしてこういう時。勝ち気な笑顔を見せた彼女は、腰まで伸びた長い後ろ髪を翻し……

 

 いつだって、その言葉を口にするのだ。

 

 

 「私……負けず嫌いなの

 

 「知ってるよ……嫌ってほどな。」

 

 

 

 

  ✕    ✕    ✕

 

 

 

 

 

 所変わって、俺達はコロッセオのような建造物の中央の開けた場所へと移動する。どうやら明日からここで、俺達は軍事教練を行うらしい。

 

 だが、今日ここに訪れた理由は別にある。

 

 中央に立つ二つの影。雪ノ下と天之河の二人だ。

 

 そう、今からここで2人の模擬戦が行われる。それを観戦する俺達は、2人を中心に離れた所をぐるっと囲っている。

 

 雪ノ下と天之河の二人は、制服から支給された動きやすい服装に着替えている。念の為俺の“心透眼”で雪ノ下の服を見たが、特に細工場された形跡はなかった。勿論、天之河も同様だ。

 これで一応は最低限の公平性は保たれていると見ていいだろう。

 

 あぁそうそう、公平性といえばあともう一つ。

 

 「この勝負。私が勝ったら、今後あなたも私の言うことに従ってもらうわね」

 

 セコンドの由比ヶ浜と組んで柔軟をする雪ノ下は、物のついでのように天之河にそう切り出す。

 

 「なっ!なんでそんな事を!?」

 

 「不服かしら?貴方が突き出した“召集令状”よりかは良心的だと思うのだけど?」

 

 天之河は『あんまりだ!!』と言いたげにしているが、これは当然の交換条件だ。

 

 なんせ天之河は、自分の勝利条件に俺達の戦争参加を要求してきた。こんなもんほぼ“徴兵召集令状”だ。

 よってこの勝負の末、そちらが何かしらの要求をしてくるならこちらも何かしら要求するのは公平な条件だろう。寧ろ命の危険が無いのだから、雪ノ下が言うようにこっちの方がかなり良心的な条件である。

 

 そこまでの旨を雪ノ下が説明してやれば、天之河も流石に理解は示した。見たところ納得はしていないようだが……。

 

 なんか……マジで子供みたいなやつだな?言動とか器の狭さとか色々と……。

 

 まぁ最終的に、レフェリーのメルド団長の一声によってその賭けは成立した。

 

 俺は“心透眼”でメルド団長を監視する。万が一雪ノ下に不利になるようなジャッジをしよう物ならすぐに分かるようにするためだ。

 この場合、俺の“心透眼”並びに“無唱発動”が白日のもとに晒されるが、雪ノ下が矢面に立つ以上俺だけ安全圏にいるわけにはいかない。やむを得ない措置として諦めよう。

 

 まぁ、あのおっさんに対してはその心配は皆無かもしれないが……。

 

 さて、そうこうしているうちにお互い準備が整ったようだ。

 

 両者共、動きやすい服装の上から安全面を考慮して胸当てや肘当て膝当て等の革でできた装備を纏い、それぞれの利き手には訓練用の剣が握られている。

 

 ただし、お互いの獲物は全くの別物だった。

 

 天之河はスタンダードに西洋剣を模した木刀に対して、雪ノ下はさきっちょにゴム球みたいなものが突き刺さった鉄の細い棒。

 

 レイピア……いや、刃抜きされてるから正確にはフルーレと呼称したほうが良いか。

 

 「雪ノ下先輩。そんな細い武器で戦うつもりですか?」

 

 「ええ、私。運動でも何でも人並み以上にできるけれど、体力にだけは自信がないの。タダでさえステータスに差があるアナタと戦うのなら長期戦は不利。だから、しなやかで軽いこのフルーレを選んだの。何か不満があるかしら?」

 

 「……いえ。」

 

 異世界のチートパワーを得ても、雪ノ下の唯一の弱点“体力”は未だに弱点のまま。元々のミジンコレベルだったのが一般人に毛が生えた程度には進化してはいるが、相手は体力だけでなく筋力、敏捷共に人外レベルのバケモンだ。雪ノ下が言うように長期戦は得策ではない。

 

 「ではこれより、神の使徒同志の模擬戦を始める。」

 

 「ゆきのん!頑張ってね!」

 

 「えぇ。」

 

 レフェリーのメルド団長の掛け声により、由比ヶ浜は雪ノ下へと激励を残しセコンドから俺の隣へと移動する。俺達を視線で追う雪ノ下に俺も激励の意味を込めて頷いておく。

 

 「ルールを説明する。お前たち二人には、この直径50メートルの円陣の中で戦ってもらう。此方が戦闘不能と判断するか、または場外に出た者を敗者とする。」

 

 直径50メートル、1対1の勝負において少々広すぎな気もするが、今は黙って説明を聞く。

 

 「剣術、体術、何を使っても良いが、故意に相手を殺すような技は認められない。戦の前に仲間内で殺し合っていては世話無いからな。そして、魔法の使用も禁止する。そもそもお前たちはまだ魔法の知識がない。そんな状態で無理に魔法を使えば大事故による被害は免れん。これらの注意事項を破った者もルール違反により敗者とする。」

 

 確かに妥当なルールだと思うが、これが雪ノ下を不利にするために設けられた条件では無いと否定できない。

 雪ノ下が天之河に勝っているステータスは3つ。

敏捷、魔力、魔耐だ。魔力を使ってはならないのなら魔力と魔耐はこの場では意味をなさない。

 俺はメルド団長の心を覗く。少しの悪意も見逃さないためだ。しかし、おっさんの心には一切やましい感情はなく、純粋に俺たちの身を気遣ったのだと分かるだけで徒労に終わった。

 

 「そして最後。賭けの内容の変更、放棄は一切認めない。お互い悔いの無い勝負をするように。」

 

 さて、そうなると雪ノ下に取れる手段は先手必勝。唯一勝った敏捷によるスピードで相手を翻弄し、いかにして隙を付けるかが勝負の鍵になってくるだろう。

 

 「それでは……始めッ!!」

 ドパンッ

 

 「「!!?」」

 

 「!?ッ」

 

 メルド団長の始めの合図と共に響いた、何かが爆ぜるような音。しかし、会場にいた者たちは俺を含めその音ではなく円陣の中央にいる二人に驚愕する。

 

 試合開始時。2人の間には10メートル程の距離があった。しかし今は、その距離は一瞬にして0へと縮まっている。

 

 縮めたのは雪ノ下だ。先ほどまで雪ノ下が立っていた地面が隕石でも落ちたのかと言うように爆ぜている。先程の音は雪ノ下が地面を思いっきり踏み抜いた音だったのだろう。

 

 超スピードから繰り出される雪ノ下の突きを、天之河は首をずらし頬の皮1枚切って何とか躱していた。その表情は驚愕の一色に染まっている。しかし、驚いているのは俺達や天之河だけでなく、攻撃を放った雪ノ下本人もだった。

 

 直後、直ぐ正気に戻った天之河は木刀を横に一閃させるが、それを雪ノ下は跳躍で外し、天之河を空中で一回転しながら飛び越えた。そして、2人はお互いにもう一度距離を取る。

 

 天之河は木刀を正眼に構え、警戒の姿勢をとる。遅れて頬から一筋の赤い線が冷や汗のように垂れる。

 

 対して雪ノ下は自分の足を見つめ、何かを確認するように足首を回したり地面を踏みしだいたりしていた。

 

 「なるほど……予想以上ね。これは慣れるのに苦労するわ。」

 

 そう、雪ノ下が驚いていた訳。それは己のスピード、地球とここトータスでの自らの身体能力のギャップであった。

 

 10メートルの距離を一瞬で無いものとするスピード。

なるほど、つくづくチートだ。50メートルも戦闘スペースを確保する訳である。いや、実際見ると逆に狭い気もしなくはない。

 

 その長くも短くも感じる間を経て、戦闘は再開する。

 

 仕掛けたのはまたもや雪ノ下。再び素早く距離を詰めて連続で突きを見舞う。天之河はそれを剣の背で防御する。俺の想定していた展開とは大きく外れ、雪ノ下はガンガン天之河を攻める。

  

 一見、雪ノ下の優勢に見えるが、天之河も伊達に剣術を修めていない。少しづつ雪ノ下の猛攻に慣れてきたのか、上手く往なし更には天之河も木刀による攻撃を入れ始めた。

 

 やはり強い。天之河が調子が出始めてから、あの雪ノ下が防戦一方を強いられている。

  

 「速さには驚かされましたが、随分と単調な攻撃ですね。勝負を焦りましたか?雪ノ下先輩。」

 

 こんな煽りを入れてくるくらい、今の天之河には余裕が感じられる。

 

 「ゆきのん……」

 

 俺の隣から由比ヶ浜の不安げな呟きが漏れる。そんな由比ヶ浜に俺もボソリと呟く。

 

 「大丈夫だろ。」

 

 「ヒッキー」

 

 此方を振り返る由比ヶ浜。その視線と、らしくもない事を言った羞恥に俺は由比ヶ浜を視線から外す。

 

 「多分……知らんけど」

 

 そうやって予防線を張るのも忘れない。そんな俺に呆れたように笑みをこぼした由比ヶ浜は、

 

 「そうだよね。大丈夫……。」

 

 そう言って戦う雪ノ下を見つめていた。

 

 しかし、戦況は芳しくない。一気に優勢は天之河へと傾く。斬り、払い、突きと流れるような剣術が雪ノ下を襲う。

 

 「いい加減、諦めたらどうですか?先輩ッ!」

 

 「おしゃべりする暇があったら黙って打ち込んできたらどうかしら?」

 

 「ッ!……言われなくとも!!」

 

 苛烈さを増す天之河の攻撃を受け流し、往す雪ノ下。

 

 圧倒的に雪ノ下の不利、彼女が押し負けるのも時間の問題。誰もがそう思うだろう。

 しかし俺は、そんな彼女の姿に違和感を感じ始める。雪ノ下は防戦一方。単純な正面衝突では木刀相手にフルーレでは受けきれない。

 

 では何故、雪ノ下は尚も近接戦闘をやめない?

 

 雪ノ下のスピードをもってすれば容易にその場を離脱して仕切り直すこともできる。そもそも、こんな正面衝突の姿勢を取ることが間違いなのだ。ヒットアンドアウェイで隙を作る方がよっぽど可能性がある。

 相手の方が筋力も上、頑丈な木刀の攻撃に対して撓り曲がるフルーレでは防御なんて………

 

 ……待て、撓る?曲がる?……受け流す……

 

 あっ!なるほど

 

 

 「そういうことね……」

 

 俺が言う前に真剣な顔で試合を見据えていた八重樫雫が、訳知り顔でそう呟く。

 

 「どういう事?雫ちゃん」

 

 八重樫の呟きに黒髪の美少女、白崎が聞き返す。その問いに対して八重樫は「見てたらわかるわ」と応え、視線を2人に戻す。

 

 天之河の木刀の振り下ろしが雪ノ下を襲う。それを雪ノ下のフルーレがかろうじて防御。グニャンと撓んだフルーレがその勢いで天之河の木刀を跳ね返す。しかし、今までまともな衝突を避けていたフルーレは今回、真正面から木刀の衝撃を受けたことで、撓んだ先からボッキリと折れてしまう。

 

 それを好機と見た天之河は跳ね返された勢いを利用して再び雪ノ下へと木刀を振り下ろす。

 

 「これで、終わりです!!」

 

 先程よりも早く、そして強く迫る木刀。後輩連中はこの後に起こるだろう痛々しい結果を確信する。中には目を背けるように目を固く瞑るやつもいる。

 

 俺と由比ヶ浜そして、八重樫を除いて……

 

 

 瞬間、雪ノ下の瞳孔が猫のように細まると同時、何の苦も無く天之河の打ち下ろしを躱した雪ノ下。

 

 ギリギリまで引きつけたことにより、天之河からしたら通り抜けたと錯覚するだろう。強い打ち下ろしが地面を強烈に打つ━━

その寸前に、雪ノ下のフルーレを持たない反対の手が天之河のピンッと伸びた腕をガシッと掴む。

 そしてそのまま雪ノ下の細腕でやったとは思えない程、天之河の体は派手に投げ飛ばされた。

 

 大の男が女子の手によって軽々と宙を舞うのは圧巻の一言だ。周囲の奴らが、信じられないものを見る目で凝視している。

 

 ドガッと天之河の背中から落ちる鈍い音が響き、『ガハッ』と苦悶の表情と共に天之河の掠れた声が漏れる。

 

 何が起きたのか分からない天之河は、何とか起き上がろうとするもその眼前に折れて尖った雪ノ下のフルーレの先端を突きつけられ思わず静止する。そんな天之河を雪ノ下の冷たい眼差しが見下ろす。

 

 

 再び、一瞬とも永遠とも思える静寂が訪れる。

 

 

 「勝負あり!勝者。雪ノ下雪乃!!」

 

 「やったーー!!ゆきの〜〜〜ん!!」

 

 

 その静寂を。メルド団長の勝利宣言と由比ヶ浜の喜びの声が打ち破る。

 

 「ま、待ってください!!」

 

 しかし、納得いかないと言うように天之河から抗議の声が上がる。

 

 「雪ノ下先輩の筋力で俺を投げられる訳が無い!!そうだ、先輩、アナタ今魔法を使ったんでしょう!?これは雪ノ下先輩の反則負けではないんですか!?」

 

 天之河の主張に、後輩クラスの何人かはそれに同調するような雰囲気になる。

 

 

 ……確かに、ステータス以前にお世辞にも筋肉がついているようには見えない華奢な雪ノ下が、高身長で現役運動部であるため筋肉もあって重い筈の天之河を持ち上げるどころか投げ飛ばすなど、魔法の存在を疑いたくなるだろうが……。

 

 何も、不思議なことは異世界だけにあるわけじゃない。戦いとはステータスにある数値だけで決まるものではないのだ。

 

 「呼吸投げ……。」

 

 「え……」

 

 由比ヶ浜に抱きつかれ頬擦りされるという何とも緊張感のない姿からボソリと呟かれる静かな声に天之河が呆気にとられる。

 

 そんな奴を無視して雪ノ下は説明を続ける。

 

 「あなたも武術を習っていたのなら知っているでしょう?私が使ったのは合気道の呼吸投げよ。一応お礼は言っておくわ。最後、あなたがキメるつもりで強く打ち込んできてくれたから、アレだけ派手に投げられたもの。

 私、合気道が一番得意なの。」

 

 そんなどこか煽るように勝ち誇って言う雪ノ下。余程勝てて嬉しかっただろうことが見て取れる。

 

 振り返ればこの戦い、終始雪ノ下の掌の上だった。

 

 まず最初、戦い始め━━では無く、それ以前の掛け合いから雪ノ下の駆け引きは始まっていた。

 

 武器にフルーレを選んだ理由。軽く、しなやかである事。それも真実であろうが、それもその真実を隠れ蓑に真の狙いを隠すための布石。

 そう、天之河に武器で戦う事を印象付けさせたかったのだ。そうする事で最後は体術、合気道で勝負を決める狙いを隠し通すことができる。

 

 唯一の誤算は、この世界での自分の身体能力。あまりに人間離れした挙動に、下手に天之河を冷静にさせて視野を広げられてしまい、選択肢を増やされ狙いに気づかれるのを危惧していたが、天之河は常識的で悪く言えば型にはまった応用の利かない性格をしていたため、その心配は杞憂に終わった。

 

 最後まで近接戦闘を選択したのも呼吸投げを使うタイミングを見計らうのと、武器での戦闘に意識を集中させること。

 

 よって最後。わざと武器を壊させることで天之河にこれ以上は無いと、仕留めた!と、そう思わせて最高の隙を作ることに成功したのだ。

 

 しかし、雪ノ下にはわざわざこんな面倒なことをしなくても、もう一つ確実な勝ち筋があった。

 

 それはスピードキャラに許されたヒットアンドアウェイ戦法。

 

 長距離を一瞬で詰められるスピードで離れて攻撃、離れて攻撃を繰り返し、一方的に相手を甚振る方法だ。体力の無い雪ノ下には遠い場所に逃げて休憩できるという一石二鳥の戦法でもあったはずだ。

 

 なのに、それをしなかった。

 

 模擬戦の前、雪ノ下は言った。

 

 『誰もが納得するようにする』と。

 

 確かに、安全圏からちまちまとダメージを蓄積していくよりも、真正面からぶつかり、派手に立ち回った方が見栄えも良い。俺が思いつくような根暗戦法では無く、正々堂々と圧倒的に勝利した方が万民受けして支持も得やすい。

 

 皆の人気者、絶対のリーダーを圧倒的頭脳と力でねじ伏せた少女。

 確かに、そんな奴が言うことなら誰もが聞き入れ納得せざるおえなくなるだろう。

 

 「それじゃあ、賭けは私の勝ち。今後は私の言う事には絶対服従。良いわよね?」

 

 「そ、それは……。」

 

 尚も渋る天之河を雪ノ下はドライアイスのような、冷えるどころか火傷しそうな視線で射抜く。

 

 「模擬戦前にメルド団長が言っていたわね?賭けの内容の変更、放棄は一切認めないと……。あなた自ら持ちかけた賭けなのにそれを反故にするの?どこまで都合のいい脳みそをしているのかしら?」

 

 「ぅ………。」

 

 そんな風に詰められて、真っ青な顔でいよいよ何も言えなくなった天之河。そんな奴を一瞥後、雪ノ下は踵を返すと由比ヶ浜と共にその場を立ち去る。

 

 「安心なさい。あなたと違って(・・・・・・・)私は、人の人権を脅かすような事は言わないから。」

 

 最後にそんな皮肉を残して………。

 

 

 俺は、そんな2人の後ろ姿を見送った後、この場に残る者たちの思考を覗いて回る。

 

 メルド、『興味と感心』

 

 八重樫、『謝意大半に僅かな羨望と尊敬』

 

 先生含め、他大半が『動揺』

 

 中には僅かに『私怨』も感じる。

 

 そして問題の天之河は『困惑と不理解』

 

 ここで不理解が入るあたり、呆れを通り越してもう逆に流石って感じだ。

 

 しかし、概ね天之河から意識が外れているところを見るにまずまずの結果だ。これで天之河の先導による大勢での暴走の危険は回避したと見ておこう。

 そんな彼等を一瞥した後、俺もその場を後にした。

 

 

 

 

 

 他者の思考を覗く。これほど便利な力はない。面倒な事態にならないよう、相手の望む反応、望む答え、言葉の裏に隠された意図。それらを吟味できるこの力は会話が下手な俺にはとても合った力だった。唯一欠点と呼べるかもしれないモノは、他者の心を読むことに対する心理的ハードルであるが、オレにとっては大した欠点になり得なかった。

 メルドに八重樫、そして天之河。こいつらの心は遠慮なく覗ける。何か配慮をしてやるほど関係値が高いわけではないからな。必要に駆られれば全然覗く。

 

 “心透眼”この力は、かつて俺が幻想と吐き捨てた『言わなくてもわかる』を可能にしてしまえる力だ。

 

 何の配慮もせず、他人の心を土足で踏み荒らす最低の力。

 

 だから、俺はこの力をまだ一度も、

 

 “雪ノ下”と“由比ヶ浜”には使っていない。

 

 俺は知りたい、知っていたい、理解して把握したい。それを叶えられる力を世界を超えて手に入れた。

 

 ……手に入れてしまった。

 

 俺が今、一番全てを知りたい人達に、手を伸ばせば届く場所にそれがある。だが、それは俺が一方的に知っていては駄目なモノだ。面倒を避けるために、どうでもいい他人を覗くのとは訳が違う。一方的に把握して、網羅して、知り尽くして、こんなもんただの盗撮犯、ストーカー。見当違いも甚だしい紛い物だ。

 

 だから、2人の心は絶対に覗かない。

 

 それが俺の結論で、どうしょうもない意地だった。

 

 

 

 

 だから……

 

 

 そんな意地も、望みも全て放り出して、無遠慮に、無神経に、力を使っておけば良かったと、今でもそう考える。

 

 そうしておけば、もっと別の選択があったかもしれないと思うから……。

 

 しかし、この世界はファンタジーであっても、紛れもない現実だ。過ぎ去った過去を変えるだなんて、そんな都合のいい話は存在しない。

 

 

 

 だから、

 

 俺はこの時の、間違えた自分を……

 

 

    一生、許す事はないだろう……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 interlude…

 

 

 

 「本当に大丈夫ゆきのん?」

 

 「えぇ、ありがとう。でも少し疲れたからちょっと一人でゆっくりしておくわ。」

 

 模擬戦を終え、由比ヶ浜さんに連れられ私達は自室に帰ってきていた。

 

 「でも一人になって大丈夫?ゆきのんとヒッキー、狙われてるかもなんでしょ?」

 

 「平気よ。比企谷君も言っていたでしょ?城内では襲われないって。戻ったばかりで由比ヶ浜さんには悪いと思っているのだけど……。」

 

 「ううん!あたしは全然大丈夫!そういうことならゆきのんはゆっくりしてて、あたし部屋の前で待ってるから!!」

 

 「えぇ、ありがとう。」

 

 そう言うと彼女は元気に部屋の外へ出て行った。

 

 

 この部屋が広い部屋で良かった。

 

 扉から離れてしまえば、たとえ部屋の前に誰かいたとしても、室内の音が聞こえることは無いから……。

 

 ドサッ

 

 この日、私は初めて“腰が抜ける”という現象を体験した。

 

 人と剣を打ち合う、人に剣を向けるなんて、稽古で何度も経験した。……した筈だった。

 

 でも、あれは地球でやってきたこととはあまりに別物だった。

 

 知っていたつもりだった。分かっているつもりだった。

 

 人に剣を向けること、人と剣を交わすこと、

 

 その、本当のリスクを……。

 

 地球にはモラルがあった。秩序があった。だから本来、そんなリスク考慮せずに済んでいた。

 

 それを今日。改めて思い知らされた。

 

 

 

 私はベッドに蹲る。背を丸め、目を固く閉ざす。

 

 

 

 

 私は……大丈夫……彼が居るから……。

 

 私は……大丈夫……彼女が居るから……。

 

 私は……大丈夫……2人が、側に居てくれるから……。

 

 私は…………

 

 

 

 

 「だいじょうぶ……。」

 

 胸の奥底から溢れそうな感情を。

 

 私は、『大丈夫』という言葉で蓋をした。

 

 

 





 戦闘描写って難しいですね。




 なぜか最近、読者様があげてくれた感想がめっちゃBANされる。

 なぜに!?そんなひどいこと書かれてなかった気がするが……。

 取り敢えず、自分は感想貰ったらめっちゃ嬉しい民なのでこれを気に感想送るの怖いって思わないでバンバン感想書いてくれると嬉しいです。

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