星野アクアはどう見えますか?
黒川あかね
とても凄い人だと思います。彼の出演したドラマを見たのですが、あのストーカーの演技は真似出来ません。言葉にするのが難しいのですが様々な悪が融合してアクア君に憑依したように見えました。現場での彼はムードメーカーというか、目立つ時もあるけど、一歩引いて相手を輝かせる助演男優の立ち振る舞いを演じているのを見て、彼を知りたいと思いました。
陽東高校の教室でアクアは机の上に倒れていた。別に体調が悪いのではなく、現在出演している【今ガチ】についてである。問題を起こした訳ではない。「黒川あかね」についてである。きっかけはSNSに投稿された【黒川あかね、マジ空気】という文字を目にしたことが気になり、事務所で放送された内容を視聴すると殆ど映っていなかった。ゆき達が6割・アクアとMAYちょの絡みが3割で、彼女の出演シーンは殆どカットされていた。
「カメラ演技と舞台演技のギャップの差ね」
ソファーでスマホを操作していた有馬が呟く
「アクアは台本通りに動けるけど、状況に合わせてアドリブに切り替えることも出来るでしょ?黒川あかねは確かに天才だけど、壇上の経験はテレビに活かすのは難しいの」
先輩、俺の肩に足を乗せるのはやめて下さい。あっ叩かないで
「アクアどうしたの?随分グロッキーに見えるけど、膝枕してあげようか?」
「そうしてほしいのは山々だけど、俺の胃が持たない」
「あら残念、SNSにアップすれば話題になると思ったのに」
この女優のメンタルは鋼ではなくダイヤモンドで出来ていると思う。漫画のタイトルでも砕けないって言うし
「そのSNSが問題だ」
「【今ガチ】の黒川あかねのこと?」
「正解、露骨に出番が削られていてね、MAYちょと画策して、自分たちのフィールドに呼んでも、撮れ高が無くてカットされたし」
「確か前回、全員で集まってエピソードトークを語る企画を見たけど、彼女の肩や髪の毛しか映ってなかったわ、そんなに盛り上がらない話だったの?」
「次はアクたんの番だよ、さぁサイコロを振って」
アクアはMAYちょから手渡された巨大なサイコロを振って、出てきた目には【再開の話】と書かれていた。
「俺が小学1年生だった頃かな?妹がいるから、母親に『自分のモノには名前を書きなさい』って言われてね。ボールペンで教科書やノートに名前を書いたんだけど、財布の中に入っていた千円札にまで名前を書いちゃって、その千円札をいつの間にか使ってね、名前を書いたことも忘れていたんだけど、去年コンビニで1万円を払って、お釣りを貰ったらその中に、俺の名前が書かれた千円札が入ってて、これなの」
アクアは財布から抜き出した千円札を見せて、彼の指さした先には汚い字で【ほしのあくあまりん】と書かれていた。周りからは「すごーい」と言われたり、千円札を見て「夏目さんの次ってこれだったね」というMAYちょもいた。
「じゃあ次は、黒川さんね」
彼女にサイコロを手渡したアクアは彼女の手が震え、汗ばんでいるのに気付いたがスルーしてしまった。出た目には【今世紀最大の失敗】と書かれていた。
「そうですね。まだ劇団に入りたての頃なんですが、いや違うな、小学6年生の頃だったかな?期末のテストが近づいて、練習の空き時間に勉強していたんです。周りも手伝ってくれたんですが歴史の問題で、言い合いになってしまって本番のテストでも、そのことが気になって結局答えられなかったのが失敗ですね」
「流石に酷くない?それ」
窓ガラスに背中を預け、腕を組んでいたフリルは嘆息していた。
「その場では俺とMAYちょが囃し立てて、場を繋いだけど、もちろんカットされたよ。もし放送されていたら【黒川あかねを起用したのが最大の失敗】って書かれていたと思う」
「彼女、相当追い込まれているね。ねぇアクア、部外者の私が言うのはお門違いかもしれないけど、黒川あかねのこと注視した方がいいわ」
「無論そのつもりだが、彼女次第だと思う。ありがとうフリル、話したら少し気が楽なった」
「じゃあ、何かで返してもらおうかしら?」
「無理のない範囲でお願いします」
アクアは放課後、考えながら下校していた。黒川あかねについてである。今のままでは彼女は過激な手段を用いてくる可能性が予見される。真面目な性格のせいで空回りしている。歯車さえ噛み合えば面白い存在になるのに、上手くいかないのは当然焦る。【何か爪痕を残さなければ駄目だ】この思考に陥ると自分が見えなくなる。堂々巡りをしていると、誰かにぶつかってしまった。
「あっすいません。考え事をしていたので、だいじょ」
目の前に倒れていた女性は大丈夫ではなかった。彼女は持っていたジュースをぶちまけてしまい、衣服がオレンジ色になっていた。アクアのズボンにも掛かっていたが、微々たる量だった。
「ごめんなさい ごめんなさい、私が悪いんです。フラフラして歩いてしまって、ズボンを汚してしまいましたよね?これ少ないですがクリーニング代に」
バリバリバリとマジックテープの財布を開けるが中にお札は入ってなかった。アクアは彼女を制し
「俺の不注意ですし、それにそっちの被害が大きいでしょ、スグそこに馴染みの店があるので、着替えを購入しましょう。女性をこのままにするのは流石に駄目です」
「え?あの、ちょ」
アクアは彼女の手を取って、目と鼻の先にあった洋服店へ駆け込み、店長に「この子の衣服を見繕って」と頼んだ。なお店長の泉京水はクネクネしながら「分かったわよ、アクアちゃん」と言って彼女を連れて行った。
15分後、着替え終えた彼女を出迎え、アクアは代金を精算した。店頭で頭を地面に突き刺す勢いで彼女はお礼を述べていたが、お腹の虫が特大の爆音を鳴らした。
「ふ~~ん、MEMさん?声優なんだ」
「ふぁい、ほうでふ」
彼女は山盛りのパスタを口いっぱいに頬張っていた。5日ぶりの炭水化物に歓喜している。
「でもwikiにMEMっていう名前なんてないよ」
「ふぉれふぁ」
「まず、食うか喋るかどっちかにしてくれ」
ズルズルズル、食べる方を選ぶ彼女であった。しばらくして息をついた彼女は水を一気飲みして、ようやく落ち着いた。
「ありがとうございます。久々のご飯だったので」
「おそまつさまです。っで?声優さんがなんでお腹を空かせてたの?」
「はい、実は」
彼女の話は壮絶な内容だった。星野アイのファンでアイドルなることを夢見ていたが、母親が倒れてしまった。命は無事だったが彼女は母の代わりに家計を助け、二人の弟の面倒も見ていた。母の容態も良くなり「夢を追いかけてほしい」と言われ、20歳を超えてアイドルを目指すのは難しいと思い、ふと目に入った声優の専門学校へ入学・卒業した。
「んで?仕事でミスを連発した結果、端役でも呼ばれなくなり、オーディションも全滅、事務所で電話番ぐらいしか仕事がなくて、切り詰めた生活をしていると」
「正確には事務所もクビになりました。今は貯めていた分と動画編集のアルバイトで生計を立ててますが常に厳しくて、タオルに醤油を垂らして吸って飢えを凌いでいます。」
アクアはコーヒーを飲みながら彼女の話の続きを聞いていた。
「駄目ですよね。私なんか夢を見ようとして、背伸びしちゃって」
「夢を見るのは自由ですが、叶えるのは別物です」
「そうですよね」
「なら、叶えるまで続ければいい話だ、結局成功する人って最後まで夢を叶えようと努力をした人でしょ」
アクアの言葉に顔を上げたMEMだが
「でも、もう夢を追うなんて」
「どうぞ」
アクアはポケットから名刺を出して、後ろにサインを書いて渡した。
「俺、苺プロに在籍しているけど、この前、事務員さんが寿退社してね、人を募集してるの」
「えっと、どうゆう?」
「少なくともアルバイトよりマシな給料は出ると思うし、まずは衣食住を安定させてから夢を追えばいいと思う。夢を追うのに年齢制限なんて無いよ。とりあえずやる気があるなら履歴書を持って来てください。この名刺を見せれば話は通るから」
「ありがとうございます。でもなんで見ず知らずの私に手を差し伸べてくれるのですか?」
「【人を助けるのに理由なんて要らない】って言えれば最高だけど、人手が欲しいってのが本音ですね」
アクアはおどけた口調で言うが、彼女は笑いながら
「ありがとうございます。アクアさん、ところでアクアさん何歳ですか?大人っぽく見えますが?」
「今年で16ですよ、MEMさんは?」
「女性に年齢を聞くのはタブーですが、教えてあげます。23歳です」
「へぇ、23には見えないですね」
「よく言われます。童顔で年相応に見えないって」
「いえ、【可愛い人に見えます】という意味で言ったのですが、じゃあ俺はこっちなので失礼します」
可愛いと言われ呆然と立ち尽くすMEMであった。彼女の23回目の春は新たな出会いと可能性に満ち溢れることを、まだ誰も知らない。
「MEMちょ」ではなく「MEM」です。起用理由は今ガチ編が終わる時に後書きで書きます。とりあえず彼女の簡単なデータだけを記載します。
MEM(本名は内緒)
年齢:23歳
職業:声優だった
星野アイに憧れていたが、母親が大病を患い、家計と弟を育てる為に大黒柱として支えていた。母の病も良くなり「貴女の夢を目指してほしい」と言われたが20歳でアイドルになるのは難しく、ふと目にした声優養成学校のポスターを見て入学し卒業したが、仕事でミスを連発してしまい、事務所をクビになりアクアとぶつかって出会ってしまった。なお見た目は原作の「MEMちょ」だが角は無い。
なおタオルに醬油を垂らして吸っていたは、男性声優の斉藤壮馬さんの実話です。