黒川あかねは悩んでいた。それは図書室で言われた【自分がやりたい黒川あかね】についてである。今まで「我」を持たない彼女にとって、自分のやりたいというワガママな感情は封印していた、これは東大入試より難しい問題になっている。
「(私のやりたい黒川あかねってなんだろう?そもそも私って何?)」
何時間も考えていたが、思考が堂々巡りをしてしまい、いったん考えるのを止めにして、気分転換と称して外に出た。
日用品の購入を終えた彼女は、帰りのバスの中で答えを探していたが何も浮かばない。ふと天井に張られていた書籍の広告が目に入った。
「欲望」鴻上光生
知らない著者で胡散臭いタイトルであるが、今の黒川あかねには惹かれるタイトルだった。すぐに電子版を購入しようとアプリを立ち上げようとしても、これは電子化されてなく、彼女はバスを降りて書店に立ち寄り購入することが出来た。
表紙を開くとデカデカと「ハッピーバースデー」と書かれていたが中身は自己啓発本であった。しかし彼女は【欲望こそが真理、人間の本性】という一文に目を奪われ、あることを思い出す。
「(アクア君に助けてもらった時に抱きつかれたけど、いい匂いだったな、息づかいも荒くて心臓の鼓動も早くて、もっと聞きたかったな、アクア君が伴侶になってくれたら毎日抱きついてもいいよね)」
彼女の欲望はこの瞬間を持って顕現した。
「(まずはアクア君について調べないと、過去の出演作は2本しかない。ファッション誌だとノイズがあってプロファイリング出来ない。【今ガチ】を見直してみよう」
・ケンゴ君とノブユキ君と話している時は、笑顔は少ないけど相手の話を嫌な顔をしないで聞き役に徹している。しかも話の腰を折らずに合いの手を入れている
『普段から年上と接する機会がある。しかも自慢話をする人との対話が多い』
・MAYちょとゲームしている時は子供のように振舞っている?いやMAYちょに合わせているんだ、しかも初心な反応をしているのに彼女が抱き着いた時には、支え方にぎこちなさが無い
『空気を読むことに長けているのか?しかしMAYちょとの反応が全くの逆、顔の状態を見ると初心な反応は演技だ、思考外の行動をさせると素に戻る』
・番組内で浮いてしまった私やケンゴ君をゲームに誘っているのは?
『疎外感の空気が嫌なんだ、幼少期に似た経験があるのか?』
黒川あかねは寝食を忘れ星野アクアについて調べ続けた。彼女の母は心配していたが反応はあったので心を撫でおろした。ある程度プロファイリングを終えた彼女だが1つの疑問が頭に残っている。
「(かなちゃんと共演した映画とネットドラマ、同じアクア君なのに中身が別人に感じる。【今日あま】出演までに大きな心境の変化があったのかな?心身の成長というだけで片付けることは出来ない。これは保留にしよう)」
「な~んだ、簡単なことだったんだ。灯台下暗しって本当にあったんだ」
全てプロファイリングを終え、あかねはベッドに体を預け笑っていた。自分が求めていた【黒川あかね】が見つかってご満悦である。
「まさか自分自身に、仮面を付けて演じていたなんて滑稽だね。そうだよ周りから『真面目だね・頑張っているね』って言われ続ければ、それが人格として作られる。演劇の世界に身を置いていたから、自然的に作られた。本当の私って、もっと欲張りなんだ」
「待っててね、アクア」
~今ガチ収録現場~
「あかね?」
「どうしたのアクア?何?私に見とれちゃって」
黒川あかねの突然の変貌に驚くアクアを、あかねは笑いながら彼の手を取り
「やっぱ冷たいねアクアの手」
「あぁ冷え性だから」
アクアにいつものキレがなく、おどおどしているのを楽しむように
「じゃあこうすれば、寒くならないよね」
あかねは後ろ向きになり、アクアに体重を預ける形で寄りかかり、彼の手を自分の両手で包むようにしている。
「どぉ?ポカポカするでしょ?」
「あぁ」
この光景を教室の端から見ていた、ゆきとMAYちょは
「ねぇあれ、あかねだよね?」
「流石女優だよね。短期間でここまで仕上げるなんて」
「いや、あれが本来の【黒川あかね】なんじゃない?」
「まさか?」
彼女たちの推理は当たっていたが、正解と教えてくれる人はどこにもいない。
「MAYちょに聞いたよ、あの動画、アクアが作ってくれたんだね」
「俺だけじゃない」
「知ってる。でもアクアが中心になって頑張ってくれたんでしょ?」
「あぁ」
「アクたんの様子も、変じゃない?」
「うん、いつものキレが無い」
「確かめよう」
「アクたん、そこのポーチ取ってくれない?」
「自分で取ってくれ」
「とってあげなよ、女の子の頼みを聞かないとダメだよ」
「あぁ、分かった」
アクアが机に置かれていたポーチを持ってMAYちょに渡した。
「やっぱ変だ、あかねにだけ甘い」
「そんなんじゃ、そんなこと」
「ほらほら、こんなあかねが好きなんか?」
「好きなのか~?」
「違う、違うんだ」
アクアは顔を赤らめ教室から出て行ってしまった。
「いや、あれマジな反応じゃん」
「えぇ、アクア君って、あんな顔見せるんだ。そりゃ先輩も襲いたいって言いたくなるよ」
「アクアも照れちゃって、お姉さんのこと、もっと見せてあげないと」
「あかね、それ演技だよね?」
「ん?違うよ、これが私の本性、今まで真面目な仮面を被っていただけ、アクアのお陰で外すことが出来たんだ」
~苺プロ~
この映像を見ていた4人の女性は言葉を無くしていた。そりゃそうだ普段のアクアは絶対に、あんな表情や態度をとらない。口火を切ったのはルビーだった。
「ねぇお兄ちゃんのあれ、演技だよね?映像映えする為に、あんなレアな表情を見せるなんて、流石役者だね」
「ルビー、声が裏返っているわよ」
「ミヤコさんも、演技だって分かるよね?」
「違うわ、あれはアクアそのものよ」
「え?」
ルビーの脳がフリーズし、口を開けたまま動かなくなっている。
「アクアは、今まで人と接する時は相手との壁があったの、でもそれは分厚い壁じゃなくて、ゴムのように弾性に優れていて、相手からは壁があるとは感じないほど薄いの、有馬さんは気付いているようね」
「あいつは、自分のテリトリーギリギリまでは引き付けるのに、防衛ラインの絶対領域には、決して開かないようにしている。初対面の時は普通の壁だったのにね」
「それを黒川あかねさんが破った」
「違うよ副社長、破ったんじゃない、すり抜けたという表現が正しい」
「すり抜けた?」
「現にMAYちょとの会話では、普段のアクアなのに、黒川あかねが間に入ることで平常心を失っている。アクアの壁が破られているなら、MAYちょにも似たような反応をしている」
有馬かなの考察は的確にアクアの状態を射抜いていた。
「アクアも自分の壁が、抜けられていることに気付いていないと思う。だからリアクションに困っているの、理詰めで考えるから対策を立てても、黒川あかねは簡単にすり抜けてしまう」
「蝶のように舞い、蜂のように刺す」
「その表現が合っていますね、副社長、アクアって子供の時って、ワガママを言ったり甘えることってありました?」
「無かったわ、ルビーがワガママでね、対照的にアクアは静かな子だったわ」
「黒川あかねの母性に惹かれたのかな?」
有馬かなの考察を耳にしていた、アイは静かにある決心をした。
今ガチが佳境を迎え世間では、ゆき×ユキの王道カップルについて話す人もいれば、あか×アクを推す人達もいる。彼女が番組に復帰して以降、アクアと絡むことが多くなり、世間では年上の女性にタジタジになるピュアなアクアの画面受けがよく、溢れたMAYちょとケンゴは蚊帳の外になってしまった。
いつもの通学路を歩くアクアであったが、隣にルビーは居ない、起こしても「あと5分」を4回続けたので、見捨てることにした。今年で7回目である。
「ヘイ!そこの金髪の彼氏ーーー」
耳にしたことがあるような声が聞こえたが無視しよう
「ちょっと無視しないでよ、流石に泣いちゃうよ」
彼は溜息を吐きながら振り返ると
「あっどう?似合う?久々に制服を着てみたんだけど、まだまだ現役JKに見えるでしょ」
ルビーの制服を着た、母の星野アイが立っていた。アクアはスグに向き直り、走り去ろうとしたが
「だ~め、こんな可愛い子を置いて逃げるなんて、薄情すぎない?」
残念、大魔王からは逃げられなかった。
「何やってるんだ?それルビーの制服だろ?」
「いや~寝てたから借りちゃった」
「借りちゃったって、30過ぎた母親の制服姿を見るって罰ゲームか?」
「じゃあ行くよ」
「行くってどこに?」
「アクア、学校サボってデートしよ」
さぁて次回の「途中から星野アクアになりました。」は、メルトです。最近出番が無いですが、この先の展開で俺の出番ってありますよね?ねぇ?誰か答えて、答えてよー
次回「アイとアクアの制服デート」
筆者の体力があれば、その先も書く予定
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