有馬に拉致されたアクアと黒川は、意外な人物と合流した。
「あら、アクア君と黒川さん?」
「吉祥寺先生?」
【今日あま】の作者である。吉祥寺頼子(34歳独身)先生だった。
「有馬さんの言ってた助っ人って二人のことだったんだ」
「助っ人?どうゆうことですか?」
アクアの指摘に吉祥寺が答える前に、席を外していた有馬がやってきた。
「先生ご多忙のところありがとうございます」
「いいのよ、それに今回のことは私も思うことがあるから」
二人で盛り上がるが
「かなちゃん、そろそろ説明してほしいんだけど」
黒川の額に怒りのマークが見えていた。
「別にあんたは、アクアのオマケよ近くにいたから、グリコのオモチャみたいなものよ」
「かなちゃん!」
やはり口喧嘩では有馬の方に分があるみたいだ。
「なぁせめて、何をするのか教えてくれ」
アクアが有馬に懇願すると、顔をニヤつかせた彼女が
「鮫島アビ子先生の自宅に行くわよ、タクシーを呼んであるからさっさと乗って」
「はぁ!?」
車内で有馬が説明してくれたのは、脚本家のGOAさんと喧嘩別れをしたあと、吉祥寺先生は元アシスタントであった彼女にひとこと言おうと思い、彼女の自宅に向かったのだが、そこは想像を絶する現場だった。暗い部屋で鬼気迫る表情で原稿を書き込み、床には足の踏み場もなくゴミが散乱していて、人が生きてはいけない環境だった。また彼女はアシスタントをクビにしていて、全て仕事を1人でこなしていた。睡眠時間など存在せず、命を削り作品を仕上げる姿は、人ではなく鬼であった。
「(岸辺露伴でも、もう少しマトモな生活してたぞ、人格は破綻してたが)」
アクアのツッコミを返してくれる不知火フリルはここにはいない。とどのつまりアクアは家事代行サービスとして召喚されたのである。彼らを乗せたタクシーは鮫島アビ子先生の住むマンションに着いて、吉祥寺先生を先頭にしてドアの前に立った。アクアがドアノブを持った瞬間動きが止まった。
「どうしたのアクア」
黒川あかねが聞いてきた
「なんだろう、このドアを開けるのはマズイ気がする」
「早くしなさい」
有馬がせかすので、アクアは意を決してノブに力を入れて回した。ドアを開くと、そこは異空間だった。ゴミ屋敷のことを汚宅というが、そんな表現が可愛いと思える程の惨状が広がっていた。床一面がゴミで溢れ、足の踏み場が存在しない。
「吉祥寺先生、本当にここに鮫島先生が住んでいるんですか?」
アクアの疑問に
「そうよ、これでもマシになった方だから、さぁ上がって」
吉祥寺先生は躊躇することなく、ゴミの山をかき分けて奥の部屋に進んで行った。
「なぁ、聞くけど逃げていい?」
「駄目に決まっているでしょ」
「ですよね〜」
有馬はアクアの腕を掴んで進み、黒川も後に続いた。仕事部屋のドアを開けると更にヤバい状況だった。脱ぎ捨てられた服や下着が散乱し、お菓子やカップ麺、エナジードリンクなど空になったゴミが山のように積もっていた。その中で鮫島先生は黙々と原稿を書き込んでいたが、目が完全に死んでいた。
「アビ子先生」
「あっ先生どうしたんですか?」
声に力がなく、今にも倒れそうな女の子がそこにいた。
「あれから睡眠は?」
「すいません。締め切りをオーバーしてて、いっす・・・」
椅子から転げ落ちそうになった彼女をアクアが抱き抱える形で受け止めたが、体が軽く肌もボロボロで健康状態が最悪であることを見てとれた。
「(こんな小さい女の子が命を削って書いているのか?)」
アクアは腕の中で眠る、アビ子を黒川に預け、ゴミの少ないスペースを片付け座れるようにした。
「あかね、鮫島先生の傍についていてくれ」
「うん」
アクアはこの部屋を片付ける計画を頭の中で組み立てていた。ルビーの部屋よりマシだが、無計画で進めれば時間は足りなくなる。
「アクア君、私は原稿の処理をしなくちゃいけないから」
「お願いします」
「あと有馬さんを借りていい?」
「私ですか?戦力にはなりませんよ」
「原稿というより、私のサポートを、お願い出来る?」
「分かりました」
アクアは近くにあった袋を用意して、床に散乱しているゴミを集めていった。燃える・燃えない・衣服に分けていったが、あっという間に7袋が満杯になってしまった。次に着手したのは台所であったが、ここは更に魔境で夏だったら完全に虫が湧いていたと思う。1つ1つ片付け、目の前にあった冷蔵庫のドアを開けたら消費期限が半年前のサラダとカルピスの瓶だけが入っていた。
「(食事はウーバー頼みか、外に出た時に保存が出来そうなモノを大量に買い込んでいたってところか?)」
洗面台とお風呂も覗いたが、ここにもゴミが散乱し、洗濯機の中はギュウギュウに押し込められた衣類が詰まっていて悪臭を放ち、お風呂の水も黒く変色していた。
「アクア、先生が起きたよ」
「そのまま寝かしておいて、最悪羽交い締めしていいから」
「(流石にこれで洗濯機を回したら故障するし、仕方がない)」
アクアは風呂の水を抜き、軽く水洗いをしてから浴槽内に洗濯物を半分入れて、洗濯機と併用して衣類を洗い始めた。途中で高級そうなランジェリーが出てきたが臆することなく洗い続けて、1時間で終わらすことが出来た。
「(女の子が住む家じゃないよな、ファンが見学に来たら絶対にドン引きするぞ)」
ある程度、掃除が終わり人が住める環境になったが、アクアは頭を悩ませていた。
「(明らかに健康状態は最悪だし、外食やウーバーだと完全に栄養が偏る。しかしこの家には食料は存在しない。鮫島先生は料理なんてしないだろうし、簡単に作れて栄養があって保存出来る食べ物ねぇ)」
完全にオカンモードのアクアは料理の献立で悩んでいた。週間連載の漫画家は多忙で食事を疎かにする。ジャンプでアメフト漫画を描いていた人も乾パン片手に原稿を仕上げていた。妖怪漫画の第一人者の漫画家は食べることと睡眠を最優先にしたおかげで天寿を全うした。
「(悩んでもしょうが無い、とりあえず買い物に行くか)」
「吉祥寺先生、食料の買い込みに行ってきます」
「お願いします。あと栄養ドリンクも」
「待って、私も行くわ」
有馬が奥からやって来た
「先生いいんですか?」
「大丈夫、こっちもある程度、終わったから」
「じゃあ行くわよ、アクア」
有馬がアクアの手を取って外に出て行った。その様子を恨めしい表情で見つめる黒川に見せつけるように
「でっ、何を買うの?やっぱスタミナをつけるから肉よね?」
スーパーに入った有馬がアクアに尋ねてきたが
「それでもいいが、鮫島先生の食生活は乱れている。消化の悪い肉類を食べたら一気に体調を崩す可能性もある。それに明らかに栄養不足だ。となると野菜を中心とした食事になるな」
「アクアって、たまにお母さんみたいになるよね?」
「いや~照れちゃうね」
「褒めてないって」
まるで同棲するカップルのような会話だが、帰る場所は元ゴミ屋敷なのでロマンも何もない。アクアは目についた食品を無造作にカートの中に放り込み、保存食を作れるようにジップロックとタッパも購入した。帰り道に有馬が
「結局なにを作るの?」
「台所に立って考える。ノープランでやっていく」
鮫島宅に戻ったアクアは台所に立って調理を始めた。なお女性陣はアビ子をお風呂に入れる為に近くの銭湯へ繰り出していた。
「(料理って計画的にやると面倒くさくなるし、適当が丁度いいんだよね)」
アクアは慣れた手付きで肉や野菜を切り刻み、脳内で献立を組み上げていった。自宅では母のアイよりも台所に立つことが多く、ルビーの偏食もあったが作るのは嫌いではなかった。モデルになってからは、ぴえヨン指導で健康的な食事を取り入れることを優先し、病気無く健康で生きていることで、自分は周りから支えられているんだと実感した。
結局アクアは『ポテトサラダ』『えびきんぴら』『鳥大根』『豚肉の黒酢あえ』『ナムル』『ツナピーマンの炒め物』『塩鮭の炊き込みご飯』を作り終えた。女性陣が帰って来る前にテーブルを拭いて、保存用と分けた料理をお皿に盛り付け並べた。
「ただいま~」
吉祥寺先生たちが帰宅し、顔色が少し良くなった鮫島先生がアクアを見て顔を赤くしていた。のぼせたのだろうか?
「これ全部アクア君が作ったの?」
先生がアクアに尋ね、首を縦に振ると
「アクア君、今から名字を星野から吉祥寺に変える気はある?」
アクアの手を両手で握って目をキラキラさせて聞いてきた。頼むから冗談であってほしい。未成年に手を出す34歳は色々とシャレにならない。有馬と黒川に引きはがされ、先生のテンションが落ちてしまった。
全員がテーブルに座り、アクアの作った料理を食べるのだが女性陣からは
「なんだろう。女として負けた気分がする」
有馬と吉祥寺は、自身の女子力の無さを嘆き
「アクアまた腕を上げたんだね」
黒川は自身の彼氏が料理上手になっていることに喜び
「あむあむあむ」
アビ子は黙々と箸を進めて食べていた。
テーブルの上にあった料理が全て片付き、アクアは皿を洗おうとしたが有馬と黒川に止められてしまい、皿洗いは彼女たちに任せて、コーヒーを飲んで一服していた。目の前には吉祥寺とアビ子が座っていたので、アクアは1つ気になっていたことを質問した。
「鮫島先生って、誰かと付き合っているんですか?」
「ふぇ?」
「アクア君、どうしてそう思ったの?」
吉祥寺が尋ねると
「洗面所を掃除した時に、歯ブラシが2本あって『彼氏でもいるのかな?』って」
「あ~それね、実は彼女は」
再び彼女が口を開いて答えようとすると
「歯ブラシを2本使って、磨いた方が早く終わるじゃないですか」
黙っていたアビ子が答えた。少し思案したアクアは
「じゃあ2本を2倍の速度で磨いて4倍、歯磨き粉を3倍多く使えば12倍になるから、もっと早く終わりますね」
ウォーズマン理論を展開していた。
「あなた天才ですか、今度から、いや今からやります」
洗面台へ駆け込むアビ子だったが、吉祥寺が彼女の首を掴んで
「アクア君、そんなのはロシアのロボ超人しか出来ないわよ」
洗い物が終わり、有馬と黒川も席についた。
「先生ありがとうございます。あのこちらの男の人は?」
「あぁ、アクア君よ東京ブレイドで刀鬼を演じるの」
アクアは軽く会釈して
「ありがとうございます。ご飯美味しかったです」
「どうも、作った甲斐があったよ」
「っで、いつからこんな生活してたの?確か前に来た時はアシスタントいたでしょ?」
「3ヶ月前から1人でやってます。アシスタントも使えなくて」
彼女の話を要約すると、編集が連れて来たアシスタントは戦力としては乏しく、こっちが注意すると辞めていなくなってしまう。情報の伝達に齟齬があって求めることが出来ないのであれば自分が全部やればいい、という結論になり、1人で漫画を描き舞台の脚本も同時並行で作っていた。
「なんでも1人で出来るって、どこのヒーローですか?」
「え?」
アクアの目は彼女を真っ直ぐに見据えていた。それは過去の自分を見るように
「俺ん家って、ちょっと複雑な家庭環境だからガキの頃から、妹の世話やりながら家事をやってた。無論モデルになってからも変わらずに」
彼はひと呼吸おいて続けた
「それが当たり前のことだと思ってた。次第に人に頼る方法を忘れてしまってね、いつの間にか『まぁいいか、俺がやればいい』って思考を放棄するようになった」
「アクア、あんた」
有馬が言葉を紡ごうとしたが、彼は目で制し
「でも尊敬する先輩に言われたの『あなたはヒーローじゃない、もっと大人を頼りなさい。あなたが傷ついて悲しむ人だっているの』ってね、まぁそれでも長年続いた習慣だからスグには出来ないけどね」
「そんなの理想にすぎません」
「先生?」
「だって、あなたには頼れる人がいて、それに応えてくれる人がいる。私にはそんな人なんていない、なら全部1人でやるしか」
「その結果が、後ろの惨状で先生もボロボロ、どうするんですか?先生が倒れて連載がストップしたら読者はどう思います?」
「それは・・・」
「5000万部売ろうが、1億万部売ろうが作るのは血の通った人間だ。無理をすれば簡単に死んでしまう」
アクアは手で銃の形を作り、自分の頭に向けて撃つアクションをした。
「俺より年上なら理解してくれ、まだガキの方が素直だよ」
「あんた自分のこと棚に上げてない?」
有馬にツッコミを入れられたが
「いいよ、あとでフォークリフトで降ろしておくから」
いつものアクアのように切り返していた。
「先生、隣を見てください。少なくとも吉祥寺先生はあなたの味方ですよ。干支が1周違う後輩の為に、ひと肌脱いでくれる人なんて早々いませんよ」
「アクア君、年齢を弄るのはちょっとやめて、ダメージが」
彼女は胸を押さえて耐えていたがHPはレッドゾーンに突入しているみたいだ
「頼っていいんですか?」
「いいんじゃないですか?どっかの先生じゃないですが、『人』って言う字は支えあってますからね」
「じゃあ」
鮫島アビ子は1回深呼吸して、アクアに向かって
「私と交際を前提に結婚してください」
「え?」
時が止まった
「えっと間違えました。結婚を前提に結婚してください」
「あの~鮫島先生?」
有馬と黒川がフリーズしていたが
「あ~もう、私と結婚してください。そして私を支えてください。あなたのことは私が支えます。印税が多く入るので生活には困りません。生涯をかけてアクアさんを頼ります」
アビ子の暴走は深夜まで続き、落ち着いてくれたが彼女の眼はアクアのことを完全にロックオンしていた。
アビ子先生を見た時に「可愛い」って思ったよ、しかも吉祥寺先生と泣きながら原稿を描いているシーン見て、完全にハマりました。でもアビ子先生はヒロイン化はしません。
なお作中のサラダとカルピスは、石ノ森章太郎先生の実話で、下宿先に来ていて赤塚不二夫先生が倒れている石ノ森先生を見つけた時に冷蔵庫の中に存在したものです。