鮫島アビ子先生のアクア告白騒動はとりあえず沈静化し、彼女は師匠の吉祥寺先生の説得により、彼女は雷田さんと話し合い、GOAさんを含めた面々でオンラインでリアルタイム会議を行って、脚本修正をすることになった。会議は夜から始まり、修正が終わった頃には朝陽が登っていた。なお雷田さん以外は満足した顔でパソコンの前から消えていったが、彼だけは苦笑いをしていた。
「なぁアクア、この台本」
「言うなメルト、こっちだって頭が痛いんだ」
後日、渡された改訂用の台本を目にしたアクアとメルトは顔を真っ青にしていた。最初の頃より大幅に改訂され、台詞による説明を大幅に削除し、アクションを多く取り入れた内容になっている。アクアとしては稽古前に考察していた部分を答えてくれたので問題は無かったが、台本の後ろに『またご飯を作りに来てください』と書かれていた。なお有馬・黒川・姫川は満足している様子で、みたのりお氏に至っては新調したメガネがキラリと光っていた。
「アクアなら問題ないと思うけど、あと半月間に合うのかこれ?」
「嘆いている暇があるなら、さっさと頭に入れろ、時間なんてあっという間に過ぎ去ってしまうんだ」
彼は泣き言を叫ぶメルトを鼓舞するが心情は穏やかではなかった。
「(前半は作り上げたイメージでいいが、後半は真逆になるな、一気に作り変えるのではなく心情の変化を徐々にしていかないと観客側は混乱するな)」
金田一が入室し
「全員いるな、時間が無いからさっさと始めるぞ」
各々が持ち場について、稽古が始まった。ララライや2.5次元を経験している面々は台本が改訂されても、スグに対応し動きと台詞の誤差を修正していた。メルトも必死にくらいつき周りから厳しい言葉をぶつけられるが心を折らずに頑張っている。しかし
「刀鬼、そこはお前の見せ場だ、もっと本気を出せ」
アクアがスランプに陥っていた。金田一が言うには原作に近い心情でアクアの作り上げた刀鬼の演技は問題無いが、舞台の性質上、感情を爆発させなければならない、アクアはそれを苦手としていた。80点の演技が出来ているが金田一の求める水準に達していない。壁際に下がった彼は思考の海に漂っていた。
「アクアが悩むなんて珍しいね」
隣に座った鞘姫の黒川が茶化す感じで話しかけてきた。
「頭では理解しているんだが、実際に演じるのが難しいんだ」
「アクアってコメディやってる時は感情が乗るのに、こういった役柄だと難しいの?」
「あーゆー時は素でいられるというか、何も考えてないに近いな」
「つまり、舞台役者のフィルターが掛かると能力が落ちると」
「ゲーム的な解釈ならそうなるな」
黒川は顎に手を当てて悩んでいた。アクアの彼女として劇中の許嫁としてアドバイス出来ることはないのか?
「アクア、簡単な手法だけど、演技に感情を乗せる方法があるよ」
その後の一言は彼女にとって光明ではあったが、アクアにとって闇であった。
「子役が泣く演技の時にやるんだけど『お母さんが死んじゃったらどうする?』って思い浮かべるの」
「母親の死?」
「別にお母さんじゃなくてもいいよ、大事な人や動物でもいいの」
「なるほど、子供ならそれで泣くな」
「あくまで、1つのやり方だから、さぁ稽古の続きだよ」
黒川は先に立ち上がり中央に進んだ。
「(『死』か、大切な人を失う悲しみ、やってみるか)」
アクアは目を瞑りイメージを膨らませた。ただ黒川の言った母親の死ではなく、何故か自身の死を思い浮かべていた。
「(朦朧とする意識、冷たくなる体温、浅い呼吸、溢れる血、鼓動を止める心臓)」
彼は死に直結するイメージを連想を始め、次第に意識を没入させ精神を深く闇の底に沈めていった。
「(己の死を俯瞰しろ、作り上げろ他者の悲しみを)」
更に深く、イメージを脳裏に浮かべた瞬間
「(なんだ、これは?俺がナイフで刺されて、なんだこんなきおく何て、ないはず。母さん、るびー)」
それはアクアが記憶を失う前の出来事だった。今の彼が持つ記憶ではなかったが、想像したリアルなイメージは、自身が死んだときの情景を克明に作り上げてしまった。アクアの脳は膨大な情報を処理することが出来なかった。
「(マズイ、このままじゃ)」
最初に異変に気付いたのは雷田だった。彼が心配そうに近づいてきたが、手で制したアクアの顔が真っ青になっていた。彼が声を掛けようとした瞬間、アクアは背中から倒れてしまった。
「アクア君」
「アクア!!」
「星野!大丈夫か?」
倒れた衝撃で意識を取り戻したアクアは「大丈夫」と言っていたが、金田一が医務室に行くよう指示し、みたのりおが肩を貸して退出した。
「アクアの奴大丈夫か?」
メルトが心配していたが
「倒れている奴を今心配しても意味はない、稽古を続けるぞ」
「姫川さん、冷たくないですか?」
「心配するのは終わってからでいい、あとで見舞いにでも行くぞ」
「はい」
姫川なりの強がりで、激励なのだろうと思うメルトだった。
結局稽古中にアクアは復帰することはなかった。黒川は急いで医務室に向かおうとしたが
「あんた、アクアに何を吹き込んだの?」
稽古場の出入口で有馬に止められていた。
「かなちゃんには関係ないこと、いいから早くどいてよ」
強引に突破しようとしたが、有馬の圧力が勝り
「どいてよ、アクアのところに行かないと」
彼女の大声に、メルトや姫川が気付いて、こちらに顔を向けていた。
「チッ、場所を変えるよ、付いてきなさい」
彼女たちは部屋を出て行き、それを姫川は遠くで見つめていた。
有馬は黒川を会議室に連れ込み、表には使用中の看板も掛けておいた。
「ここなら人は来ないわ、でっ稽古前にアクアに何て言ったの?」
「アクアが舞台の感情演技に戸惑っていたから、アドバイスで」
「だから、その言葉を聞いてるの!」
腕を組んだ有馬の怒りが更に上昇する
「子役が泣く時に使う『お母さんが死んだらどうする』って言ったら、アクアが、もういいでしょ行かせてよ、早く会いたいのに」
黒川の言葉を聞いて、有馬は考えてこんだ。
「(母親の死?確かに子役の感情演技に使うやり方だけど、それだけでアクアが倒れるのは変だ。多分あいつのことだからイメージを強く膨らませたはず、「死」?まさかあのバカ、自分が死ぬことをイメージさせたの?それに耐えれなくなって)」
有馬の推理は概ね正解していた。
「黒川あかね、あんたやってくれたね」
「えっどうゆうこと?」
有馬は大きく息を吸い込み
「あんたは、アクアの特大の地雷を踏みぬいたの!」
「それって?」
「優しすぎるだろ、あのバカ、あんたには教えてなかったみたいだね」
「ねぇ一人で納得してないで、教えてよ!」
懇願する黒川に有馬はもう1度息を吸い込み
「アクアは事故で1度死んでいるの、そしてそれが原因で記憶を失っているの!」
「えっ?・・・それって、どうゆう?」
知らされていなかった真実だが気付いてしまった。映画とドラマに出演していた時に感じた違和感を
「記憶を・・・どうして?おしえ」
「あんたに教えなかった理由は簡単、あいつなりの優しさと、憐れみを持ってほしくなかった」
「そんな・・・わたしどうしよう」
黒川は突き付けられた現実を受け止めることが出来ずに、膝から崩れ落ちてしまう。
「無論あんたの言ったことに落ち度は無かった。アクアを助ける為にアドバイスしたことは間違いじゃなかった。あんたはあいつの過去を知らなかっただけ、何も悔やむことは無いよ」
有馬の言葉に行き場の失った感情は涙となって、彼女の目から溢れさせた。
「今のあんたじゃ、アクアに顔向け出来ないでしょ、私が何とかするから今日は帰りなさい」
黒川を残し、会議室から去っていった。
部屋を出た有馬は医務室に向かいながら、今後のことを考えていた。
「(今のアクアをルビー達の所に帰すのはやめたほうがいい、家族を心配させることは最も嫌う。私の家なら大丈夫だと思うが、週刊誌の記者が狙っている可能性もある。鮫島先生は論外、吉祥寺先生なら大丈夫だと思けど、いやアクアって五反田監督と仲が良かったはず、それでいくしかない)」
医務室のドアを開けて、上半身を起こしていたアクアを見つけた有馬は
「体調はどう?」
「大分良くなった。みたさんにお礼を言わないと」
「それは、今度でいいでしょ」
「そうする」
回復していた彼の顔を見て、ホッとした有馬は本題を切り出し
「アクア、今日は家に帰らない方がいいよ」
「え?」
「今のあんたの顔、相当ヤバいよ、ルビー達が見たら心配するでしょ、おまけに稽古中倒れたって聞いたら、どんな反応すると思う?」
「よく知ってるな、俺のこと」
「あんたは忘れてるけど、長い付き合いでしょ」
「空白期間は長いけどな」
たわいのない会話だが、アクアの心を落ち着かせるには十分だった。
「五反田監督のところなら大丈夫でしょ?」
「いや、監督は今、撮影で忙しくてピリピリしてるんだ。仕事の邪魔をするのは不味い」
「じゃあどうするのよ、いっそわたし」
有馬が自分の家にアクアを招待しようと思った矢先
「なら、俺のところに来い」
姫川がドアを開けて入室してきた。
「姫川さん」
突然の登場に驚く二人だが、姫川は有馬に向かって頭を下げ
「有馬すまん。会議室での話を聞いてしまってな」
「最悪だわ」
「なぁ、まさかその話って?」
アクアは有馬に恐る恐る聞くと
「ごめんなさいアクア、アクアの過去をあかねに伝えちゃって」
彼女は床に手をつき頭を擦り付けるように下げた。
「顔を上げてくれ、伝えてしまったのは仕方が無いが、これからは止めてくれ」
「星野、お前器がデカいんだな」
「違いますよ、女の子が罪を認めて頭を下げているんです。しかもプライドが服を着ている彼女がここまでのことをしてくれる。許すのが男の務めです」
アクアの言葉を聞いて、有馬は顔を上げていた。
「とりあえず、俺の家なら大丈夫だろ、後輩を演技指導の為に呼びましたなら、言い訳にもなる」
「分かりました。家族にもそう伝えます」
「もう表にタクシーを用意してある。さっさと準備していくぞ」
姫川は先に部屋を抜け出し、表に向かっていた。アクアは隣にいる有馬に
「ありがとう心配してくれて」
「ふんっ、後輩の面倒を見るのは先輩の務めよ」
「頼れる先輩がいて、俺は幸せ者だよ」
そう言って医務室を後にした。
「ったく、カッコつけちゃって、でもそれがアクアの好きなところだから」
~姫川家~
「まっ、適当に座ってくれ、何か飲むか?酒はダメだよな」
「ハイボールありますか?」
「俺は日本酒派なんで、入れてないよ」
アクアの目の前にメローイエローが置かれた。
「また、マニアックなモノを」
「味わって飲めよ」
男同士の会話は気兼ねなく、腹を割ることが出来る。
「もう1度言うが済まない、お前の過去を聞いてしまって」
「別にいいですよ。今を生きている俺にとってどうでもいいことです」
「辛くなかったのか?」
「最初は辛かったけど、いつまでもウジウジ悩んでも意味ないですから、さっさと前を向いて歩きました」
「強いよ、お前は」
その後、コンビニで買ったホットスナックやお菓子を食べながら、二人はお互いのことを話していく、好きな作品・推しのアーティスト・女性のどの部分を最初に見るか?など時間を忘れて語り合った。
「なぁ星野、お前倒れた時に何を思った」
姫川としてもタブーな質問ではあったが、興味が勝ってしまった。
「あの時ですか?自分の死を少し上から俯瞰して見てました」
「それって」
「死んでいく自分をもう一人の自分が眺めて、周りには家族がいて泣いている」
「すまん、興味本位で聞くべきじゃなかった」
「いや、おかげで最高の感情演技が出来るって実感出来ました」
アクアの顔は獰猛だがニヤついていた。
「あんまり、オススメ出来ないな自身の死を連想させて演技するなんて、飲み込まれるぞ」
「なら、こっちが飲み干してしまえばいい、我慢比べは強いんで」
「ったく、無理はするな本番中に倒れられたら、目も当てられない」
「善処します」
こうして夜は更けていった。なお朝帰りをしたアクアはアイとミヤコさんから、説教を受けてしまい、ルビーも「いや~お兄ちゃんも悪い男になりましたな~」と言っていた。
ただ一人
「ねぇアクア、なんで教えてくれなかったの?」
彼女の心に小さなヒビが入った。
とりあえず、アニメや原作にあったルビー達が劇団に訪れるのはバッサリ切りました。
作中のアクア君は父親捜しには興味を持たないので、姫川さんとの義兄弟関係はスルーして、妙に気が合う先輩・後輩の立場にしようと思います。
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