1日だけの公演となる東京ブレイドのチケットはとてつもない高い倍率で、勝負に負けた予約組は一般販売の方に回ったがチケット発売10秒で完売してしまった。なお転売ヤ―対策をしていたが、どのオークションサイトにもチケットは出品されてなく、割と民度は高いことが証明された。また演者がチケットを購入して近親者や友人に配るのも出来ず、アクアや有馬を当てにしたクラスメイトや【今ガチ】の面々も夏までのお預けになった。なお不知火フリルは一般販売組でチケットを用意していた。
アクアは既に衣装に着替え、精神を落ち着かせ心を整えていた。修正された内容と動きは全て頭に叩き込み、怪我の影響で稽古出来る回数が少なかったが、事務所では有馬が遅くまで付き合ってくれた。母のアイも最大限のサポートと指導をしてくれた。MEMは夜食を作り内助の功で支え、ルビーは寝ていた。自分の周りには頼れる人がいる。なら結果をだして期待に応えなければならない。
「(さて、行きますか)」
姫川とメルトは既に集合場所で待機していた。【今日あま】の悲劇とも言われ原作者の吉祥寺先生からも冷たい目で見られた彼は、アクアや姫川、ララライのメンバーに頭を下げ自身が今まで甘い考えで生きてきたことを吐露し、『鍛えてほしい』と懇願した。彼のことを良く思わない団員もいたが、稽古のある日は誰よりも早く来て自己鍛錬に励んでいた。そんなメルトに手を差し伸べたのは姫川であり、時間の許す限り徹底的に彼を鍛え上げていった。
隣で震えていたメルト見た姫川は
「鳴嶋、客席にいる奴らはお前になに1つ期待してない。いわば0点の状態だ、ならあとは点数を加算するだけでいい、今までやってきたことを魅せてこい」
「うすっ」
有馬と黒川は並んで集合場所までの道のりを歩いていた。有馬としてはアクアと一緒に入りたかったが精神統一をしている彼の邪魔をするのは野暮だと思って、歩を進めたら同じように、控室手前でウロウロしていた黒川を見つけたので、引っ張ってきた形となった。
「こんな大きな箱で、あんたとやるなんて1年前の私に言っても信じてもらえないね」
「うん」
「切っ掛けと言うべきか、起点となったのは、お互いにアクアがいるなんて神様は何を企んでいるんだろうね」
「うん」
上の空のような返事で、心あらず黒川に有馬は
「じゃあ、アクアは私が貰うね、式に呼ぶときは1番良い席を用意してあげるから」
「うん・・・・・え?」
「ビジネス彼女からの、お墨付きを貰ったしアクアも式場の総支配人と仲が良いし、どんな式にしようかしら?和装も似合いそうだし」
「アクアは和装は好まないよ、かなちゃん」
「ようやく、まともに喋るようになったね。大根役者」
「え?」
「もうすぐ本番なのよ、しかも失敗の許されない1回限りの1発勝負、不甲斐ない姿なんて見せる訳にはいけないの、まぁ怖くなったらいつでも変わってあげるよ、アクアの隣込みで」
それは彼女なりの激励なのかもしれない。落ち込んでいる私を見て喝を入れたくなるのも分かる。だけど
「かなちゃん、元天才子役に負ける程、私は落ちぶてれない。そして譲らないよ」
天才役者と元天才子役、互いの心火はたぎる炎になって空気を震わせていた。
観客席には関係者特権を使い、会場内に入り込むことが出来た人たちが続々と着席し、苺プロからはミヤコと変装した星野アイが来場していた。なおルビーも『行きたい』と駄々をこねていたがチケットが用意出来ず、事務所でお留守番している。
「アイ、アクア大丈夫かしら」
「大丈夫よミヤコさん、誰の血を引いてると思ってるの?」
ミヤコはため息を吐いていたが、続けて
「子供が頑張っているの、なら大人はそれを信じていかないと駄目でしょ」
演者たちが揃い、それぞれの立ち位置についた
「さぁ開幕だ、全部出してこい」
金田一の号令で1日限りの東京ブレイドが開演となった。
序盤は姫川演じるブレイドと有馬のつるぎが出会い
「バカなやつ、地獄で後悔しな!」
いきなりワイヤーアクションを使った剣劇となった。つるぎが舞台上を縦横無尽に飛び回り、短い2刀を振り回し、ブレイドに迫っていくが
「やめてけれ! おらまだ死にたくねぇだ!!」
「なら俺の方が強いと認めるか?」
「認めるだぁ!アンタの方が強いだぁ!」
盟刀に認められ、主となったブレイドにつるぎは敗北を認め、彼の軍門に下ることになった。その後、場面が切り替わり新宿でメルトが演じるキザミとの勝負に勝ったブレイドは次第に勢力を強め、組織の長として名を馳せるようになる。
メルトが魅せた大立ち回りは、彼に期待していなかった観客たちを大いに沸かせ、関係者席に座っていた鏑木勝也も目を点にするほど驚き、見ない間に成長した彼に心を打たれていた。
舞台袖にはけたメルトにアクアは言葉を掛けず、彼の背中を叩き、文句を言ってきた彼にサムズアップして返した。
「新宿クラスタ、厄介な奴等みたいだな」
「何も考えていない、ただのバカの集まりですよ!」
匁が、床に座る刀鬼に向けて報告をしていた。本来なら刀鬼も立っているのだが、アクアの状態を考慮した結果、座る形になった。
「どうします?あいつら攻めてきますよ?」
「俺は、姫の懐刀だ!主の指示に従うだけだ、それがたとえ死を選ぶことでも」
「君に意見を求めたのが間違いでしたね。鞘姫様ご決断を!」
ほぼ脚本通りの動きだが、刀鬼の動きが制限されるは仕方がない。しかしそれをカバーするようにアクアは言葉の間を使い、表現するように務めた。ただ
「(座っているだけでも、クソ痛い)」
彼の怪我は完治などしていない。本人は顔に出ないように振舞っていたが、体は正直で次第に痛みが熱を帯びていくようになる。無論素人目には気付かれないが、観客席にいるアイとフリルには見破られていた。
「新宿と渋谷、相いれぬことのない二つの徒党は、ついに決戦の時を迎える」
百目のメガネはいつもの2倍輝き放つ
「いくぜ!」
「おおー!」
ブレイドの号令により、新宿クラスタが渋谷に向けて攻勢を仕掛ける。それぞれの場面で決戦の火ぶたがおろされ、舞台上から1人ずつ姿を消していく
「出てきなさい!鬼の姫!」
壇上には1人になった、つるぎが鞘姫を呼びつける。後ろの幕が開き、威風堂々とした姿で鞘姫が姿を現した。
「あんたが、鞘姫ね!っ混血?」
「あなたも混血は、純血に劣ると思っているのですか?」
「(ったく、本番前は上の空だったのに、壇上に上がれば天才役者ですか、そんなあんたが大嫌い。あとから出てきた癖にアクアの唇を奪って彼女面、優しいあいつに甘える女の子、いいかげん虫唾がはしる)」
「(かなちゃんには渡さない。アクアは私のモノ、だって彼に告白したのは私が先、いくら付き合いが長くても、好きを伝えなきゃ何も始まらない。うさぎとかめなら、かなちゃんはうさぎだよ、絶対に勝てない負けうさぎ)」
アクアを好きになってしまった同士の心情はドロドロと言えるほど黒く、憎しみあっていた。
「刀を抜きなさい!」
「あなたには、これで十分です」
「舐めてくれて、それがあんたの敗因だ!」
決して褒められた感情ではない。だが互いのプロ意識は、その感情すらも演技に昇華させる。黒川あかねは嘗て有馬かなに憧れていた。だが今の彼女は憧れのなんて微塵も思ってなかった。自分の大切なアクアを奪う泥棒猫、あなたは私たちの幸せを遠くから見ているのがお似合いなの
「「(アクアは私のモノだ!!!)」」
お互いの思考がリンクし、壇上の中央で激しい剣劇が始まった。つるぎはワイヤーを自在に操り、まるで空を飛ぶように斬りかかれば、鞘姫は最小限の動きでそれを躱しカウンターの要領で返していく、観客や舞台袖にいる面々は圧倒的なアクションに見惚れてしまった。
場面は切り替わり、ブレイドと刀鬼が対峙するシーンに移行した。
「お前が渋谷で一番強い奴か」
「貴様には、志があるのか?」
「ん?(星野のやつどうした?なんであんなに汗が)」
姫川もアクアの変化に気付いていた
「鞘姫にはある」
「志ね~、ないこたないと思うが、俺は口で説明すのは得意じゃねぇんだ」
「だからよ、語ろうぜ俺達の刃で!」
「いいだろう」
ブレイドは刀を抜いたが刀鬼はそのまま立っていた
「どうした?なぜ抜かない。怖じ気づいたか?」
「俺は、ウサギを狩るのに全力を出すほど愚か者ではない」
「じゃあ抜かせてやるよ!」
突っ込んでくるブレイドを半身で避けるように躱し、ダンスのステップのようにリズムよく刻んでいく、本来ならここも剣戟となるがアクアは刀を抜くことが出来ない。
「対比構造ですか」
舞台袖では、モニター越しで見ていたメガネが口にしたのを団員の1人が聞き返した。
「姫川は『動』アクア君は『静』、二つの対比構造を魅せることでメリハリをつける。しかしアクア君の素は『動』です。真逆の演技をこなすのは並大抵のことではありません。良い指導者に恵まれたのでしょう」
彼のメガネは鋭く壇上に向けられていた。
「避けろ、つるぎ!」
ブレイドがつるぎの背中を引っ張り、鞘姫からの攻撃を回避させた。台本では床に転ぶだけだったが勢いがついてしまい、つるぎが刀鬼の腕の中に収まる形になってしまった。完全に姫川のミスだ、有馬は瞬時にアドリブに切り替えようとするが
「女、遊んでる場合か?」
「(アドリブ!! アクア?手が震えてる?それに目も映ろって、まさか)」
「命を賭して死に合うのは、男だけでいい」
「(姫川の野郎、あとで殴る。オマケでメルトもだ)」
つるぎを受け止めたことで、全身に激痛が走り地面をのたうち回りたい気持ちに駆られるが、気合いで制し
「漢に守られなければ、戦場に立てないようなら、去れ」
「(やってくれるね)私は戦える」
「女、強がりはよせ!切っ先が震えているぞ」
「舐めないでよ」
「いずれにせよ、俺は雑魚を相手にするほど暇ではない」
刀鬼はその場を離れ、背を向けた。脚本には書かれていないアドリブ、本来のアクアならもう少し演技を続けるが、彼の体はそれを許してはくれなかった。
背を向けた刀鬼にブレイドが攻撃を仕掛ける、鞘姫が庇った。倒れる彼女を抱きしめる刀鬼は感情の全てを爆発させ、ブレイドに一太刀を加えようとするが、刀を弾かれてしまう。アクアが苦手としていた感情演技だが彼は
「(短期間における2度の臨死体験、冷たくなる俺を見下げる俺、泣きわめく家族、潰える夢。全部揃った)」
彼が追い求めていた感情演技が完成した。ほぼぶっつけ本番だったが完璧に近く、満身創痍の状態も相まって最高のリアルを演出した。
「(アクアやめて、壊れる。そんなことしたら)」
「(アクア、あなたも役者なのね)」
フリルとアイは遠くから眺めるしかなかった。
「戦は終わった!怪我人の治療を」
「もう遅い、出血が多すぎる。鞘姫は助からない」
つるぎが鞘を拾い
「これは傷移しの鞘、自分が負った傷を、他人に移し替えることができる支配者の力、でもこの子は、その力を仲間の傷を、自分に移し替えることに使っていた。どんだけ優しいのあなたは」
刀を拾い上げたブレイドと共に、光が彼女たちを包み鞘姫は息を吹き返した。こうして1日限りの東京ブレイドは終幕を迎えた。
東京ブレイドの舞台編はここまで、次回はその後になります。この舞台の全体を文字化するの無理です。自分の力量だとこれが限界です。メルト君の成長シーンはバッサリ切ってますが、彼は確実に成長しています。
アクア君はヒロインです。
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