結局、俺は芸能界に身を置くこと決めた。とは言っても演技の世界ではなく、ファッションモデルとしてである。このことを家族の前で話すとアイは喜び、ルビーも、はしゃいでいた。別に俳優になるのが嫌だった訳じゃない、あの映画を観てしまうと、記憶を失う前の俺を意識してしまうからだ、なら母から継いだ顔の良さと、顔の知らない父から貰ったイケメンの素養を前面に出すということでモデルとなった。壱護社長のプランとしてはモデルとして経験を積んで、「俳優としてデビューさせる」と言ってた。まずは業界人に顔を売るのが目標である。
星野アクアは中学3年生になっていた。職業はモデルである。最初は母であるアイのバーターで仕事を貰っていたが、外見はトップアイドルから受け継いだ出で立ち、中身は30代半ばの気配りできる大人なので現場からの評価は高まり、ご飯を食べていくには問題の無い収入を得ている。外ではモデル、事務所に帰れば天才役者である星野アイから直々の演技指導を受ける日々である。なお妹のルビーも「ママみたいなアイドルになる」と言ってレッスンに励んでいるが、、まだまだ先の長い話である。
アクアは頭を悩ませていた。自分のことではなく妹のルビーについてである。何故かと言うと
「だから何で、この式を代入して、この答えになるんだ?」
「だって、こっちの方が合ってそうだもん」
「すかたん、数学を感覚でやるな」
「うわ~~ん、暴力教師」
丸めた教科書で頭を叩くアクアであった。そうルビーの頭が悪かった。言ってしまえば馬鹿だった。彼女が転生者ということも知っている。人生経験は年相応以上にあるはずなのに知識が乏しかった。アクアは彼女の為に家庭教師をしていたが状況は芳しくなかった。彼等が受験するのは陽東高校であり、芸能科がある高校で芸能活動と並行して通うことが出来る。なお芸能科に所属するには事務所に所属していないとNGである。
「次は歴史をやるぞ」
「やだよ~、アイドルに勉強なんていらないよ」
「確かにバカを前面に出すアイドルは、一定数いて視聴者からの受けもいいが、その場合、ずっとバカの肩書きが残るぞ」
「うっ」
「お前のことを見ているファンが、「星野ルビーって馬鹿だよね」って言い続けるぞ」
「ウぐ!」
「それに馬鹿キャラというのは簡単に量産出来るから、敵も多いし埋もれてしまう。お前生き残れるのか?」
アクアの正確無比な一撃はルビーの心を撃ち抜きノックアウトさせることに成功した。
結局、入試前日まで彼女に付きっきりとなり、無理やり頭の中に答えを詰め込むことで受験日を迎えることになった。
入試が終わり、ルビーは頭から煙を出し、口からは「徳川家康、底辺×3.14 わらび餅、お兄ちゃんは星野アクアマリン」など意味不明なことを言っているが、アクアは無視をして学校を後にしようとした矢先
「ねぇ!アクアって言われたよね?アクアなの?」
廊下で突然、美少女に呼び止められた。
「そうだが、どちら様?」
「有馬よ、有馬かな、昔、映画で共演したでしょ」
「ごめん、覚えてないよ」
「本当なの?あの時の控え室でのやり取り、忘れたの?」
有馬かなは悲しそうな表情を見せて、この世の終わりのような雰囲気を出す
「そう、わたしのことなんて」
「ルビー、先に帰ってくれ、彼女と話してくる」
「分かった、気を付けてね、お兄ちゃん」
「さて、有馬さん、話せる場所ってある?出来れば人目のつかない所がいいんだけど」
「二人だけ?まさか襲う気じゃないよね?」
「違う、あまり知られたくないことがあるんだ」
「じゃあ私の家に来る?」
「どんな距離間の詰め方してんだ」
結局、アクアと有馬は二人でカラオケボックスの個室に入った。防音もしっかりしているので、声が外に漏れる心配はない。二人は隣同士で座った。
「さて、俺からなんだが、過去の記憶が無い」
アクアのカミングアウトに有馬は口を大きく開けて驚いていた。
「それって記憶喪失ってこと?」
「概ね正解だが、少し違う、知識の部分は残っているが、特定の記憶が抜け落ちている」
「子供の時に私と共演したことも?」
「覚えてない」
「跪いて、「かな様に一生の忠誠を誓います」って言ったのも?」
「それは絶対に言ってないと断言出来る」
セルフで用意したジュースを飲んで一息ついた
「ねぇ記憶が無いって不安に感じないの?」
「最初はあったよ、病院で知らない顔の人が、母さんで双子の妹がいたからね」
「記憶を戻したいって気持ちはあるの?」
「それ散々言われたんだ、結局それって今の俺を否定してるんだよ、目の前にいるのに周りの人たちは俺の背後にある、過去のアクアしか見てないってことだし」
「じゃあ、今は何やってるの?陽東を受けたのなら芸能界にいるってことだよね?」
「今はモデルとして活動中」
「役者じゃないの?」
「今はね、社長が言うにはモデルとして知名度を上げてから、役者にステップアップさせるって」
「へぇ、そうなんだ」
「なんで嬉しそうな顔をするんだ?」
その後はお互いに、今までのことを話し合い、有馬が「今日は甘口で」という少女漫画原作の実写ドラマにヒロイン役で出演していること、まだ決まっていない役があって、自分が上に掛け合えばアクアをねじ込むことが出来ると言っていた。流石にその場で決断することは保留にして、二人で第1話を見たが
「(酷すぎる、棒読み以前の問題だろ、オンドゥル語や「俺の名前は天空寺タケル」よりヤバい、原作者なんでこれにOKを出したんだ?)」
アクアはドラマを見て、心の中で怒涛のツッコミを入れていた。中の人が生前見ていた特撮ドラマにも滑舌が悪くて、話の内容を壊してしまうことがあったが、ファンや有識者によって思い出として評価されている。だがこれは評価されるレベルではない。人々に魅せるモノではない。
「あっメルトじゃん」
「知ってるの?」
「ジャンルは違うけど、同じ職業だし、現場で顔を合わせる」
アクアはスマホの電話帳を有馬に見せて
「ほら、メルトとはメル友」
「それ、寒いよ」
渾身のギャグも滑ってしまったが、ドラマよりマシである。しかしアクアはあることに気付いた。
「なぁ有馬さん」
「その他人行儀な呼び方やめて!」
「じゃあ、かなさんで」
「よろしい」
「演技のレベル落としてる?男性陣の演技レベルがマイナス2なら、かなさんは2ぐらいに感じる」
「しょうがないでしょ!」
有馬は机を叩き、立ち上がると
「見りゃ分かるよ、でも私が普段の演技をしたらどうなると思う?明らかに場違いな空気になって視聴者がポカンとするでしょ、仕方がないのよ」
椅子に座り、肩を落とすが、横にいるアクアの方を向いて
「お願いアクア、頼める間柄じゃないのは分っているけど、作者の吉祥寺先生に恩返しをしたいの」
「とりあえず、俺だけの判断じゃ無理だ、社長に伝えるから返事を待ってくれ」
そう言って有馬との連絡先を交換し、カラオケボックスを後にした。
アクアは事務所までの帰り道、さっきのことを考えていた。漫画やアニメの実写化が成功したためしがない、唯一の成功作と言えば、教師が極道の娘や元暴走族のヤンキーの作品しかない、まぁヤンキーのリメイク版は大失敗だったが、原作を蔑ろにする行為をアクアは基本許さない。そりゃ原作通りにやれと言っても、空は飛べないし、黒龍を呼び出すことは不可能だ、だがやってはいけない境界線はあるはずだ。
「社長やミヤコさんは何て言うかな?」
事務所に着いたアクアは彼等のいる部屋のドアをノックして入室した。母のアイを含めた3人が勢ぞろいしていて、手間が省けると感じた。
「おかえり、入試どうだった?まぁアクアなら大丈夫だと思うが」
「特に問題無かった、強いて言えば面接の時に名前で驚かれたぐらいかな?」
「まぁアクアマリンだもんな」
「母さんが名付けてくれた名前だし、いいよ」
「あと帰りに、有馬かなに会った」
「有馬?あぁ天才子役だった有馬か?なんだ早速絞められたか?」
「自分が出演しているネットドラマに空きがあるから、出てみないって?」
「なんて作品?」
遠くにいたアイが聞いてきた
「ネットドラマで放送されてる【今日は甘口で】というやつ」
「あれか?アクアやめておけ、業界からの評価も芳しくない、顔が良いだけで演技の「え」の字も知らないヒヨッコ、いや卵以下の面々を集めた品評会って言われてる」
「そんなに酷いの?」
「見てみれば分かる」
そう言って壱護社長はタブレットにドラマを映し出す。3人とも形容出来ない顔をしていて、母さんがこういった表情を見せるのは久々に見た気がする。
「酷いわね」
ミヤコさんが嘆息気味にツッコムと
「プロデューサーはやっぱり、鏑木か、あいつならこういった外道をやるからな」
「アクア、有馬さんに断りの連絡入れておきなさい」
ミヤコさんがアクアに促すと
「ねぇアクア?」
「なに、母さん」
「今、アクアの考えている事、当ててあげようか?」
アイがアクアの胸に手を当てながら言ってきた。
「原作者の作品を売名の為に汚しやがって、最低以下の演技で視聴者を失望させるなんて」
アイは淡々と述べていく
「なら、1発デカい花火を打ち上げてやろう、このドラマを見てる人たちを見返してやろう」
「どう?合っているでしょ?」
名探偵ばりの推理でドヤ顔を披露するが
「1つ足りないよ、母さん」
アクアは胸に置かれた手を握り
「可愛い女の子の頼みを無碍にしたら男が廃る」
「まぁ鏑木に恩でも売ってみるのも1つの手か」
壱護社長は頭をかきながら
「アクアも受験が終わったし、少し早いが俳優デビューといこう、でもいいのか?再デビューがこれで?」
「構わない、さっきも言ったろ?女の子の頼みを断るのは寝覚めが悪い」
「わかった。有馬に伝えておけ」
「ありがとう」
有馬かなの懇願に応えることになった星野アクア、彼の俳優再デビューがどうなるか?次回のお楽しみに
原作では五反田監督のところでの会話でしたが、アイが健在で壱護社長もいるので事務所での描写になりました。