【あーくん誕生秘話】
2月の宮崎旅行後に星野アクアと黒川あかねは破局した。このことが世間に公表されるやいなや彼の周りには後釜を狙おうとする女性が溢れアクアも辟易していた。別れた当初は問題無く過ごしていたが時が経つにつれて喪失感によるものなのか奇行化してしまい、深夜に起きては大量のキャベツの千切りを量産してアイとルビーにご機嫌な朝食を振舞ったり、事務所や学校のトイレに書かれている『TOTO』の後ろに油性マジックで『RO』と書き込んだりしていた。そんな彼が事務所の自室で横になっていると
「見事に腑抜けているわね」
「なんの用だ?あとせめてノックはしてくれ」
「したわよ2回」
「ここはトイレじゃないぞ」
ドラマの撮影が終わった有馬だった。彼女として彼が腑抜けているのは見るに絶えないのである。彼女は寝ているアクアの背中に乗ると
「おい!なんのつもりだ?」
「あら丁度いい座布団だと思ったけど、少し硬いわね」
「お前なぁ」
乗っている有馬をどかそうと体を反転させたが、今度は逆にお腹の上に跨られる形になってしまった。
「なに、そんなに私の顔が見たいわけ?」
「あぁ表情がコロコロ変わるから見ていて飽きない」
「言ってくれるわね、その減らず口を塞いであげるわよ」
「どうやって?」
「こうやってね」
有馬はアクアに覆い被さり、右手で彼の鼻をつまみ自身の唇でアクアの口を塞ぎ、呼吸させないようにした。息が続かなくなり藻掻き苦しむ表情を見つめながら彼の口内に舌を入れ、少しずつ息を送り込んでいく、時折アクアの舌を歯で甘嚙みしていくが段々と力が抜けていくのを感じ取り、顔をゆっくり離した。
「てめぇ・・・・・ころ・・・す・きか?」
死の手前から復活したアクア君は口元が唾液まみれになりながら、有馬を睨みつけると
「ようやくいつもの顔に戻ったわね」
「そんなに腑抜けていたか?」
有馬は彼の質問には答えず、再び彼に覆い被さり、心臓の部分に耳を当て
「あーくんのお陰で私は役者として息を吹き返すことが出来た。なのに手を差し伸べてくれた本人が死んだような顔をしてるのは見てて嫌なの」
「心配かけたな」
「そうよ私を心配させた罪は重いんだからね、あーくん」
「ちょっと待て『あーくん』ってなんだよ?」
「アクアだから『あーくん』よ、それともマリンで『まーくん』にする?」
「そっちだと完全に別人を思い浮かべるよな」
「じゃあやっぱ『あーくん』にしよう。大丈夫これで呼ぶ時は今のところ二人っきりの時だけだから」
目からハイライトが消えた彼女の温もりを抱きしめつつ、自分を鼓舞してくれる女性が近くにいることに安心を覚えるアクアであった。
【商魂逞しい奴ら】
有馬かなと星野アクアの入籍によって、精力的に動いたのは東京ブレイドの作者であるズボラ漫画家で家が汚い鮫島アビ子である。既に述べた通り週刊誌の執筆作業の傍らSNSに1枚絵の投稿と二人が演じるキャラクターの結婚を描いた脚本を仕上げ、雷田とGOAに「もちろんやりますよね」と通達している。総責任者の雷田は彼女からこの話を聞いた瞬間に脳内で算盤を弾いていた。
「(アクア君と有馬ちゃんが結婚したことで世間は『東ブレ婚』と揶揄されている。ここはマジのマジで狙いに行かないと、まずは金田一さんに連絡を取ってキャストの選定と日程の確保、あとは上と掛け合ってグッズも作らないと、今回もハデにいくよー!)」
彼の行動は早く、翌日にはキャストと日程が内定し、アビ子先生監修のグッズ製作の手筈を整えた。本来ならロングラン開催を予定させていたが金田一が「下手にダラダラやるよりも短期間の方が印象に残る」と言い2週間開催となった。なお黒川あかねに鞘姫役を打診したが返答がなく、前回と同じく女優の片寄が起用された。
「つるぎ役を務めさせていただきます。苺プロ所属の有馬かなです」
「同じく苺プロで、刀鬼役を務める有馬アクアです」
稽古場に今回の主役を務める二人が現れたことで、既に集まっていた演者たちは彼らに群がり、二人は男女のグループによって引き離され質問攻めにあった。2.5次元役者である鴨志田朔夜はその輪に加わらず、離れたところから二人をみていた。
「どうしてそんな所から見てるんですか?」
彼に気付いたメルトが話しかけると
「星野って変な奴だなって」
「アクアは元々変ですよ」
「お前の思ってる変と俺の変は違うんだよ!あいつ、せっかく合法的に遊べる年になったのに結婚するなんて」
「アクアをエサに使って女遊びするつもりだったんですか?」
「・・・」
「いや黙らないでくださいよ、あと流石に人妻には手を出さないでくださいよ」
「出さないよ、人が手を付けた中古なんて」
その瞬間、鴨志田の首筋に冷たいモノが突き付けられ
「鴨志田さん、誰のことを中古って呼びました?」
目から光が消え、漆黒の意志を宿した瞳には殺意しかなく、彼が手に持っていた模造刀は真剣のように輝き、今にも鴨志田の命を刈り取ろうとしていた。
「なななな、んでもないですよ、アクア君、誰もが羨む夫婦だな~って、なぁメルトくくくん」
「動揺しすぎですって」
「かなは俺の妻です。そのことを
アクアの雰囲気に気圧された鴨志田はパンツの中にデカいモノをひり出す程に恐れていたが、首を縦に振り、彼の怒りをスルーすることが出来た。これを機に鴨志田の女遊びが少しでも改善してくれればと思うメルトであった。
なお稽古で、つるぎと刀鬼のキスシーン場面で
「んっちゅっ・・うぅぅん・・ちゅっ、れろ・・・・はぁ、ちゅうっ、んん」
普段の二人のキスをやってしまい
「誰がラブシーンをやれと言った!」
と金田一がキレてしまったのは言うまでもなかった。熱烈な二人のラブシーンを直視してしまった女性陣は頬を赤らめ、メルトは先日の合コンでお持ち帰りされてしまったトラウマを引き起こし、姫川は稽古の合間に所持金が0円になってしまった。
本番の舞台では結ばれた二人の宣伝効果も相まって連日の満員御礼、グッズの売り上げも順調であり、本来予定していなかったDVD化も行われ関係者たちも満足顔であった。
「おめでとう二人とも」
藍色の髪の女性は観客席から二人を祝福し消えるように去って行ったが
「あかねでしょ?」
かつて共演したYouTuberに呼び止められ
「なんで戻らなかったの?みんな心配してたのに、今からでも遅くないよ」
「ありがとうMAYちょ、もういいんだ」
そう言って彼女は雑踏の中に姿を眩ませてしまった。アクア達も彼女を式に招待する手紙を送ったが差し戻され、彼女の住んでいた場所は別の名前の表札が掛けられていた。なお後日談だが、つるぎと刀鬼が結ばれる東京ブレイドの18巻の売り上げは凄まじく単巻だけで432万部売れてしまい年間売上1位を記録した。
【二人を支える人たちと妹】
妻のかなが臨月を迎える頃になると、アクアが仕事で自宅にいない時はアイ・ミヤコ・MEM・ルビーの誰かが訪れ、急な出産に対応出来るようにバックアップしていた。特に出産を経験しているアイとアクア達を育てたミヤコの存在が大きく、夫が居ない時でも安心に過ごすことが出来た。また双子を出産してからは、アクアが育児休暇の取得と弟の面倒をみていたMEMの活躍も相まって、育児ノイローゼになることはなく、ストレスフリーで過ごしていたが
「で、あんたは何しに来てるの?」
「いや~昨日は夜更かしをしちゃって」
「それで?」
「ごめんなさい。子供達の布団で寝てしまいました」
ルビーが全く戦力にならなかったのである。最初は「大船に乗ったつもりで任せてください」と言っていたが、設計ミスの船は丸太で作ったイカダよりも脆く沈んでしまい、有馬夫婦に余計な仕事をプレゼントする羽目になっている。今回も子供達の布団で爆睡してしまい、まだ小さい姉と弟は抱き合う形で部屋の隅で寝息を立てていた。
「ルビーあんたねぇ」
土下座をして額を床に擦りつける現役アイドルに向けて冷たい視線を送る母親は溜息を吐きつつ
「顔を上げなさい」
「先輩」
「なんで、あーくんと同じ日に産まれて同じ環境で育ったのに、こうも違うのか」
「すいません」
「別に怒って無いわよ、あきれているだけ」
「それが1番ダメージがデカいです」
旦那のアクアもルビーの行動に関しては頭を悩ませていて「反面教師にしかならない」と言っている。
「正直言うわ、これが続くのなら家には入れないわ、子供達に悪影響しかないもの」
「そんなぁ」
「面倒を見てくれるのは感謝するけど、大音量でアイドル時代のアイさんのライブ映像を見せたり、乃蒼向かって『将来はママや私みたいなアイドルになろうね』って、勝手に娘の進路を強制させるのも、いただけないわ」
「出過ぎた真似をしてしまい反省しています」
母は強し、現役アイドルに向かって着実にダメージを与え続けた
「っで?ルビーは予定あるの?」
「なんのですか?」
「将来についてよ、気になっている人ぐらい居るでしょ」
「流石にまだいいかなって、お兄ちゃんやママ達が早過ぎるだけで」
「そんなこと言ってると、あっと言う間に適齢期を過ぎるわよ」
「ウグッ!」
既婚者の言葉は重く的確に彼女の芯を貫いていた
「どうせ高望みしているんでしょ?」
「分かりますか」
「大方あーくんと比較して、相手を見定めているんでしょ」
「返す言葉もありません」
「先に言っておくけど、ララライの姫川だけは止めておきなさい」
「それは大丈夫です。タイプじゃないので」
「あと鳴嶋メルトのようなことも駄目よ」
「なにかあったんですか?」
義理の妹は「?」マークを浮かべていた
「あーくんから聞いたけど、合コンで一服盛ってお持ち帰り」
「あの人、そんなことしたんですか?」
「違うわ、された方よ」
「マジですか?」
「しかもその相手と1発でご懐妊よ、来年には2人目が産まれるって」
おめでとうメルト君、これで君にも守る家族が出来たね
「焦っても流石にそんなことは」
「しないって言い切れる?同級生の結婚式に参加する度に仲間が1人ずつ消えていくのよ、次第に小さくなる独身者たちのテーブルに最後まで残るのは誰かしら?」
「先輩、良い人紹介してください」
涙目で懇願するルビーだが
「嫌よ!自分で探しなさい」
「お願いします。お代官様~」
「見苦しいわよ」
「私も先輩のように、学校で隠れてディープキスをしていれば」
「なんで、あんたが知ってるのよ」
「せんぱ~い、駄目じゃないですか神聖な学び舎の屋上で、お兄ちゃんと抱き合って、いかがわしいことをするなんて」
「ルビー見てたのね?」
「みなみちゃんとフリルちゃんも一緒です」
「今すぐ忘れさせてあげるから、頭を出しなさい」
「いやですよ~、じゃあ私は仕事があるので帰ります。ママからの伝言ですが『偶には、こっちの家にも遊びに来なさい』って」
「いずれ行くわ、伝えておいて」
なんだかんだで騒がしい義妹だが、アイドル時代からの長い付き合いである。お調子者だが旦那と同様に優しい所もある。早くあの子にも良い人が見つかりますように
【真実は闇の中】
月日は流れ双子たちが産まれて16年が経過した頃
「ねぇ父さん」
「なんだ蒼磨?」
双子の弟の蒼磨が、目の前にいるアクアに禁断の質問を投げかける
「アイ婆ちゃんって人間だよね?」
その瞬間、飲んでいたコーヒーが気管支に入ってしまい咳き込むアクア
「どうした急に?」
「この前ルビーちゃんがアルバムを持って来たでしょ、その中に事務所で撮った写真があったんだけど、5歳ぐらいの父さんを抱っこするアイ婆ちゃんの見た目が今と変わってなくて」
「確かにそうだよな」
「というかミヤコさんも今の方が若く見えない?」
「現代医学って凄いな」
父は現実から目を逸らそうとしていたが、あることを思い出した
「父さんが蒼磨ぐらいの時にルビーの制服を着た母さんとデートしたことがあった」
「それ罰ゲーム?」
「いや現実だ。あとお前が産まれた直後もドラマで女子高生役をやってた」
「流石に浮いていたよね?」
「いや、見事に女子高生を演じてた」
父は当時のことを思い出して、息子は祖母が40手前でヤバい恰好をしていたことを想像し頭を抱えた。
「ねぇ婆ちゃんって石仮面でも被ったの?」
「せめて波紋使いって呼んであげよう」
なおこの会話の数時間後に制服を着たアイ・かな・乃蒼の3人並んだ写真がSNSに投稿され、トレンド1位を獲得するのは別の話である。
もし体調が良ければ日曜日に最後の番外編(女装したアクア)を執筆し投稿する予定です。
感想や評価を書きこんでくださり本当に感謝しています。
トイレの「RO」は筆者が昔見たお笑い芸人のネタの1つで、実際にやりました。もちろん怒られました。この芸人を知っている人いるかな?(24年前ぐらいかな)