「(あいつに会ったのは、私がまだ天才子役と周りから言われている時、コネでやってきたアイドルのバーターだった。彼の妹が控え室でビービー泣いていたから、注意してやろうと思った、あいつは幼いながらもイケメンで、ちょっと良いかもと思ったのは内緒だ、あいつの演技は異質だった。私の方が先輩で経験を積んでいるのに【敵わない】と思ってしまった)」
「(そのあと共演した女性はアイドルとして大活躍し、東京ドームライブは身体上の都合で1回中止になったが、代替えライブを成功させ、アイドル引退後はマルチタレントとして活躍している。そして星野アクアは表舞台から消えてしまった)」
「(再び会ったのは、あいつが陽東の芸能科に受験しに来た時だ、やはりイケメンに成長していた。隣には妹がいたが頭から煙をふかしていた。アクアを呼び止めたが、私のことを覚えていなかった。最初は「嘘でしょ」と思ったが、話を聞くと、私との共演後に記憶を失っていると言ってた。「不安じゃないの?」と尋ねても、悲観せず、あっけらかんとしていて昔の印象から変わっていた)」
「(アクアは俳優ではなくモデルとして活動していた。ドラマで共演している鳴嶋メルトとも繋がっていた。私はアクアにドラマの出演依頼を打ち明けた。これは賭けだ。無論、今のアクアと昔のアクアは違うと分かっていたが、彼の可能性に賭けてみたかった。その場では返事は保留となった、良い返事は貰えなかったけど、一緒にドラマを見ている時に彼が握っていた拳が真っ白になっていたのを見て大丈夫だと思った)」
~ドラマ収録日~
「なぁ、かなさん」
「なによ、アクア緊張してるの?」
雑多な控え室で隣にいる、かなさんに話かけるが何故か距離が近い
「いや、撮影スケジュールがカツカツなのは理解するけど、ここまで時間が無いの?」
「仕方がないでしょ、予算だって限られているんだし」
「せめて、練習する時間がほしかった。一応事務所でも練習してきたけど」
「なら背筋を伸ばして、自信を持ちなさい」
そう言って背中を叩かれる。何故かスリスリされた。
今回アクアが演じるのはストーカー役で出演シーンも僅かである。主演のメルトとは撮影前にLINEで参加することを伝えると、「終わったら遊びに行きましょう」と言われた。鏑木プロデューサーにも挨拶したが、何故か値踏みをされるような目で、少し嫌な感じがした。壱護社長が言ってたが「鏑木に原作リスペクトという文字はない、知名度の低い若手を番組に起用することで恩を売る。恩の貸し借りを続けることで、のし上がった。普通そういった輩は業界から弾かれるが、売れた役者には相応の場所を用意出来るコネや力を持っている」
「(しかしストーカーに殺された男がストーカー役をやるなんて、ギャグだとしても笑えないな、まぁ殺された時の記憶は無いけど)」
彼は自虐的になりながら、本番前のリハーサルのことを思い出していた。
「(メルトの奴、完全に【心ここにあらず】だったな、さっさと撮影を終わらせて遊びに行きたい雰囲気だったし、他の面々も、この現場を遊び半分な気持ちで空気が緩んでいる。漫画家にとって作品とは自分の子供だ、その子供を蔑ろにされたのでは吉祥寺先生も気分が悪いだろう。なら俺がやるのはただ1つだな)」
アクアは隣にいる有馬の耳元に口を寄せて、あることを伝えた
「アクア本気で言ってるの?」
「最終回なら好きにやろう。少なくとも史上最低の駄作のレッテルぐらいは剥がせると思う、それに」
「それに?」
「かなさんも、全力で演技してみたいでしょ?」
「わかってるじゃない?頼むよ共犯者君」
そう、アクアたちがやろうとしているのはアドリブである。無論台本を全く無視する内容ではなく、大根役者である。鳴嶋メルトにリハーサルとは違う内容で恐怖感を与え、彼に感情演技をやらせるのが目的である。無論褒められることではなく、ご法度なことで場合によっては今後に響く可能性もある。
「今まで、抑えた演技ばかりしていたから、錆びついてませんよね先輩?」
「当たり前じゃない、有馬かなを馬鹿にしないでよ、そっちこそ初めての演技でしょ?足を引っ張らないでね後輩君」
この2人本質的には似ている。作品を面白くする為に全力を出すのは当然のことだが、有馬は過去に天狗になって仕事を失ってしまい、今では周りの雰囲気に合わせる調整役のような立場に甘んじているが、妥協なんて許さない性格である。妥協・限定・満足は人の成長を止めてしまう最悪な三要素である。妥協した演技に満足するほど、有馬かなは落ちぶれていない。
「アクアの復帰作が、やぶれかぶれになるなんて誰も思ってないもんね」
「かなさん、やぶれかぶれじゃないよ」
「じゃあ、何ていうの?」
「【めちゃくちゃしたれ】」
「何よそれ?」
「理解しなくていいよ、言葉にするのは難しいから」
そう言って控室から出ていく二人であったが、その顔には悲壮感の文字は全く無かった。
「復帰作が、かなさんとの共演で良かった」
「何よ、急に!?」
「頼れる人が高校の先輩になるし、俺は幸せ者ってこと」
突然のアクアの告白に顔を赤らめながら
「バカ言ってないで、行くわよ」
そういって促すのであった。