翌日、5月1日。
ベレスはいつも通り学校へ出勤してきたが、職員室に鴨志田の姿はない。
川上にそれとなく訊ねると、今日は体調不良で欠勤らしい。
(『改心』のせいか、『アレ』のせいか……まぁ、どっちもかな)
それ以降、特に連絡もないそうなので今日何か行動を起こすつもりはないようだ。
理事会は明日の昼以降だ。鴨志田に罪を償う気持ちがあれば、朝に行動を起こすはずだ。
(アレのせいで出てこられないとか……ないよね?
いや、その場合は理事会にも出られないから平気か……)
などと取り留めのないことを考えながら、本日最初の授業をはじめる。
3年生のクラス――生徒会長、新島真のいるクラスだ。
「授業を始めるよ。教科書を開いて」
いつものように授業をすすめる……が、なぜか真から視線を感じる。
授業を終えると、真から話しかけられた。
「先生……どう思います?」
「どうしたの?」
「えっと……昨日『心の怪盗団』騒ぎがあったじゃないですか?
それで、今日鴨志田先生が体調不良で休みって……何かあったのかなって」
相変わらず敏い子だな、とベレスは内心で関心する。
「怪盗団に欲望を奪われたってこと?」
「いえ、そこまでは……でもその怪盗、結構実績もあるみたいで。もしかしたら、って」
「そうなんだ……じゃあ、近いうちに動きがあったりしてね」
「『改心』――罪の告白……ですか」
「そうなったら救われる生徒もいるんじゃないかな。噂は聞いてるし、鈴井さんの件もある。まぁ、ないと思うけど」
「……すみません、つまらないことで呼び止めてしまって」
「気にしなくていいよ。生徒との交流が教師の醍醐味だから」
そう言って、ベレスは教室をあとにする。
真はそれを見つめて、ぽつりとこぼす。
「……あの時の先生、転校生と坂本くんと何か話してたけど……何だったんだろう?」
*
同日、放課後――屋上。
「ごめん、遅くなった」
体操部のあるかすみを除いた面々がそこに揃っていた。
「お疲れ様っす。鴨志田から何か連絡とかあったっすか?」
「いや、何も。ただ、明日はGW前の定例の朝礼もあるし出てくると思う」
ベレスは答えながら、適当な場所に腰掛ける。
「やきもきするね……もう改心自体はしてると思っていいのかな」
「さぁな。タイムラグがあるのか、罪と向き合う時間が必要なのか……信じて待つしかないな」
モルガナが眠そうに眼をこすりながら言った。
「じゃあ、今日は何もできねーし解散っすか?」
「そうだね。もう布石も打っておいたし……あとは待つだけだ」
「布石って?」
「それは明日のお楽しみ……かな。釣れないかもしれないし、期待はしないで」
そう言い残して、ベレスは立ち上がる。屋上の扉に手をかけたところで、それまで黙っていた雨宮から声がかかる。
「先生。『優勝』の権利、使ってもいいですか」
「優勝? ……ああ、あれか。いいよ」
「でしたら、その……先生のお部屋に伺ってもいいですか」
珍しく、おずおずといった様子で雨宮が提案する。
「私の部屋? うーん……さすがに男子生徒を部屋に連れ込むのはまずいかな……」
「時間をずらして訪問する形なら、どうですか」
「そんなに行きたいの? 仕方ないな……シェズもいるけど、いいの?」
「はい。よろしくお願いします」
「じゃあ、住所はここだから。キミだから教えるけど、他言無用でね」
ベレスが住所の書かれたメモ書きを手渡すと、雨宮は神妙に頷く。
「それじゃ、またあとで」
そう言って、ベレスは足早に屋上から去っていく。
「俺も行きてぇな……」
「そんなの、私だって行きたいっての」
「悪いな、勝者の権利だ」
雨宮は受け取ったメモ用紙を懐にしまう。
「ふん、ワガハイは羨ましくなんかねーぞ。もう行ったことあるからな……!」
「そうだったな……じゃあモルガナに聞けば――」
「絶対教えねーぞ! 蓮、先にルブランに戻ってるからな」
「分かった」
*
「いらっしゃい……早く中へ」
「失礼します」
ベレスのアパートを訪問した雨宮は誰にも見られていないことを確認し、素早くドアを閉める。
歩きながら室内を観察する――が、予想以上に女性らしさのない簡素な空間がそこに広がっていた。
「面白いものがなくてごめんね。生活に不必要なものは置いてないんだ」
「……合理的で素敵だと思います」
「無理に肯定しなくてもいいけど」
トイレや風呂、物置などに繋がる短い廊下を抜けるとリビングに辿り着く。
「お、来たわね雨宮くん」
そこにはソファに寝っ転がるシェズの姿があった。
パレスの姿とは違う、Tシャツに短パンといったラフな格好だ。
「シェズ、はしたないよ」
「いいでしょ、別に。あんた達の邪魔はしないから」
「……はぁ。雨宮くん、時間もないし早いとこ始めようか」
「はい」
雨宮はカバンを下ろし、ノートや教材を取り出す。
「教科は何がいいかな。理数系はあんまり得意じゃないから、英語や国語、歴史がおススメだけど」
「そうですね……じゃあ、英語で」
「分かった」
そこから、2時間ほどみっちりとベレスとの個人授業を受ける。
雨宮は知力が大幅に上がった気がした。
「ふぅ……この辺でおしまいにしようか」
「はい。ありがとうございました」
「佐倉さんには連絡しておいたから、晩御飯は食べていくといい」
「いいんですか? ありがとうございます」
「作るのは私じゃなくて、シェズだけどね」
そう言われて、キッチンに目を向けるとエプロン姿のシェズが手際よく料理する姿があった。
「料理できるんですね、シェズさん」
「傭兵団って女は少ないからね。手先が器用なシェズが料理担当で、それで上手くなったらしい」
「なるほど……」
しばらく待つと、シェズが料理を運んでくる。
「はい、どうぞご賞味あれ」
雨宮は一口、料理を口にすると目を丸くする。
「美味しいですね。なんて料理ですか、これ」
出された料理は素材はこちらのものだが、あまり見たことのない肉料理だった。
「キジの揚げ焼きデアドラ風……だったかな。キジ肉は流石になかったから、普通の鶏肉だけど」
「シェズが来てから家事はやってくれてるから助かってるよ。出費は増えたけど……」
「うるさいわね、悪いとは思ってるけどこんな平和な時代じゃ金稼げないし……仕方ないでしょ」
シェズが憮然とした顔をしながら、鶏肉をつつく。
「バイトとかしないんですか?」
「こちとら身元がはっきりしない人間でね。そういや、ベレスはどうやったの?」
「戸籍を作ってもらったんだ。たまたま、最初に会った人が
ベレスはもう食べ終わったのか、自分のぶんの食器を洗い場に持っていく。
「ふーん……私はそんな手は使えそうにないわね」
「……日雇いなら身元不明でも働けると思いますよ。フルタイムやパートだと無理でしょうけど」
「そうなの? じゃあ、何か紹介してよ」
「地下モールの花屋のバイトなら紹介できますよ。俺も今たまに行ってます。
花の知識は要りますけど、覚えればいいだけですし……何よりシェズさんほどの美人なら歓迎されるはずです」
雨宮は表情ひとつ変えずそんな提案をする。
「美人って……あんたそんなセリフ、よくすらっと吐けるわね」
「いえ、ただ思ったことを言ったまでですけど」
「ああそう……あんたって結構女を手玉に取るタイプかもね。杏やかすみならコロッと落ちるんじゃない?」
「やめてくださいよ。俺は――先生一筋ですから」
「えっ?」
キッチンでゴム手袋をつけていたベレスにもその声は届いてしまう。
「あーあ……言っちゃった」
「……」
雨宮は押し黙る。その顔と耳が仄かに紅潮しているようにも見える。
「えっと……本当に?」
「……はい」
「そっか……困ったな。私だって、一生徒として君を好ましくは思っているよ。
でもそれは恋愛の好きじゃない。ましてや生徒と教師だ。付き合うのは難しいよ」
「……分かっています」
だとしても、と言わんばかりに雨宮はベレスをじっと見つめる。
「……それに、私は
「それも……分かっています。でも、そんなことで俺は自分の気持ちに蓋はできません。
怪盗団を続ける理由と同じなんです。俺は先生が好きで――その想いに嘘をつくことはできません」
あまりに真剣な顔で言う雨宮に、ベレスは溜め息を吐く。
「そこまで言われたら無碍にもできないな……。分かった、じゃあこうしようか。
付き合うことはできないけど、今日みたいに二人で会う時間を作ってもいい。
だけど、生徒と教師という一線は守ってもらう。だから当然、
「それは……願ってもないことです。いいんですか? 本気にしますよ、俺」
「うん。ただし、この関係を続けるにあたって条件がある――試験で学年10位以内に入ること。
それができなかったら、即
「
その時、雨宮の脳裏で声が響いた……。
……我は汝、汝は我……
汝、ここに新たなる契りを得たり
契りは即ち、囚われを破らんとする反逆の翼なり
我、『永劫』のペルソナの生誕に祝福の風を得たり
自由へと至る、更なる力とならん……
「……!!」
これまで、何度か聞いたことのある声。
まさかベレスと
「……どうしたの?」
「いえ……何でもありません。今後とも、よろしくお願いします。先生」
「うん、よろしく」
握手を交わす二人。それを見てシェズが茶々を入れてくる。
「甘いわね、ベレス。この年代の男の性欲を甘く見過ぎ。女と同じ空間に居て何も起こらないわけないから」
「雨宮くんに限って、そんなことはないと思うけど……そうなったら鴨志田と同じことをするまでだよ」
「絶対にしません」
雨宮が真顔で答えた。
「冗談だから。本気にしないで」
「まぁいいわ。ベレスなら止められるだろうし。それより、バイト紹介の件も忘れないでよ?」
「はい、もちろん」
「傭兵以外の仕事ってしたことないし、ちょっと不安なのよね。フォローしてくれると助かるんだけど」
「いいですよ。そんなことでよければ」
快諾する雨宮に、シェズはほっと息を吐く。
「助かるわ。代わりに、バイト終わりにでも傭兵の戦闘術を指南してあげる。パレスやメメントスで役に立つはずよ」
「こちらこそ助かります。時間のある時に連絡するので……連絡先はどうします?」
「スマホっての、私は持ってないのよね。まず契約できないでしょうし……とりあえずここの固定電話にお願い」
「了解です。シェズさんも、今後ともよろしく――」
そう言って握手を交わした時、再び脳裏に声が響いた。
……我は汝、汝は我……
汝、ここに新たなる契りを得たり
契りは即ち、囚われを破らんとする反逆の翼なり
我、『道化師』のペルソナの生誕に祝福の風を得たり
自由へと至る、更なる力とならん……
(……シェズさんまで!? 一日に、一気に2つも……)
思いがけない展開に驚いたが、先程よりは動揺は少ない。
「もうこんな時間だ、今日はもう帰りなさい」
「はい。ありがとうございました、ベレス先生」
「送っていこうか……って、普通は逆か」
「大丈夫です。それじゃ、また明日」
*
翌日、5月2日。理事会で雨宮たちの退学が決まる日……だった。
だが、鴨志田の改心が成った今、その心配はない――はずだ。
「大丈夫だと思ってても緊張すんなぁ……」
「そうだな。先生の話だと、朝礼で動きがあるはずだ」
駅前で竜司と会った雨宮が、改心した鴨志田のことを話す。
そのまま校門前に着くと、見覚えのない女性が生徒と話している姿が見える。
「何だアレ」
「記者か。見た感じ、TV局とか新聞じゃないな。週刊誌か?」
耳を聳てて聞いてみると、女性記者はバレー部のことや鴨志田のことを取材しているようだった。
「今日、この日にたまたま週刊誌の記者が、バレー部の取材に……? 妙だな……」
「絶対先生の仕込みだろ!? 『布石』ってこのことか……」
「これで、情報の隠蔽は出来なくなったな……」
*
「あーもう、しょうもない話しか聞けないじゃない……。本当なんでしょうね、この
週刊誌記者、『大宅一子』は2日前の夜――行きつけにしている新宿のバー『にゅぅカマー』で奇妙なカードを受け取った。
怪盗の予告状のような形式で書かれたそれには、こんなことが書いてあった。
週刊誌『××』の記者、大宅一子殿。
貴殿が常、世間が驚く特ダネを求めていることは知っている。
貴殿が求めるものは、『5月2日の朝の秀尽高校』にある。
前日に校長にバレー部の取材だと言えば入り込めるはずだ。
最高の特ダネを独占取材したいのなら、この情報を信じてほしい。
『心の怪盗団』より
(心の怪盗団についても調べたけど、ガチなのか釣りなのかよく分かんないのよねー。
もう少し時間があれば書き込み主を特定して取材もできるけど、1日じゃネットの情報漁るのが精一杯)
結局、情報の確度は分からないままこうして秀尽高校に足を踏み入れることになった。
もうすぐ朝礼が始まるらしい。生徒もいなくなったので、大宅はその足で体育館へ向かう。
*
全校朝礼の準備をすすめる校長。そこに鴨志田がやってくる。
「校長先生……。約束です、警察を呼んでくれますか」
「鴨志田先生? それは……怪盗団の件ですか」
「はい。これから、
「特定できたのですか!?」
「ええ、まぁ……ですから、早くお願いします」
そして、全校朝礼が始まる。校長が自殺未遂の件や、GWの心構えなどを話す。
「えー、それでは……鴨志田先生からお話があるそうです。先生、どうぞ」
「――はい」
覚束ない足取りで、壇上に向かう鴨志田。それを、生徒が不審な目で見る。
「先日の予告状騒ぎについて、報告があります」
ざわ……とにわかに生徒たちが騒ぎ声をあげる。
「犯行予告状を送る行為、これは犯罪だ。脅迫、威力業務妨害などにあたる犯罪行為だ。
しかし……私は生まれ変わったのです。このことを警察に訴えることはしません。
なぜなら、私はあの予告状に書かれた通りの悪人だから……」
「か、鴨志田先生!?」
校長が鴨志田に駆け寄るが、鴨志田はそれを無視して話を続ける。
「バレー部の強化のため、監督を請け負った私はいきなり結果を出し……尊敬を集めた。
気分の良さと同時に、重い期待感が圧し掛かりました。結果を出し続けなければいけない。
何が何でも、どんな手を使ってでも――私は、生徒に暴力を振るうことをよしとした。
部員を見てみるといい。怪我や痣だらけだろう? あれはすべて私の暴力のせいだ。
最近は躾けと称した体罰ですらない、ただの暴力だ。気に入らない、口答えをした、そんなくだらない理由で振るわれた暴力だ。
そんな体罰や暴力による統制で、結果が出た。出てしまった……。
校長先生も私を賞賛してくれましたね? あれは良くなかった……暴力が正しいことになってしまった」
そこまで喋って、はぁ、と深くため息を吐く。
「そして……私はこの学校の『顔』になった。バレー部の活躍のおかげでね。
それはつまり、誰も私に意見できないという環境が生まれたことを意味します。
私はこの学校を自分の城だと思うようになりました。この学校の支配者なのだと。
それを聞いた校長の額に冷や汗が浮かぶ。
「先日、自殺未遂を起こした鈴井志帆さんは、私の性被害に遭ってあんなことになってしまいました。
ベレス先生のおかげで、骨折だけで済んだことに今となっては安堵するばかりです。
鈴井さんにもいずれ面会が叶えば、直接謝罪に向かいたいと思います……。
そして陸上部も、己の栄光が陰ることを気にして……暴力を振るわせて廃部に追い込みました。
当時のエースだった坂本くんの脚は、私が壊してしまいました。もう取り返しがつかない……!
謝って済む問題じゃないでしょうが、謝らせてほしい。本当に、申し訳ございませんでした!!」
鴨志田が坂本に向かって、土下座して謝罪をはじめる。
「ハッ、もう済んだことだ。ちゃんと罪を償うんなら、もうどうでもいいぜ」
竜司はそう言って、鴨志田から顔を背ける。
「もちろん、そのつもりです……。退学の件も、当然撤回する。私にそんな資格はない。
もう、警察は呼んでもらっています。自首という形になりますが、罪が軽くならないようにお願いするつもりです」
鴨志田は立ち上がって、深くお辞儀をして謝罪する。
「これまで私の暴力・性被害に遭われたすべての生徒の皆さんに謝罪いたします。
本当に申し訳ございませんでした。警察で、すべての罪を告白し、償います……!!
……私の話は以上です」
とぼとぼと壇上から降りる鴨志田に、大宅が手をあげて駆け寄る。
「か、鴨志田先生! 警察が来るまでの間だけでも取材よろしいでしょうか!?」
「……記者? もちろんです、すべてをお話します」
それを聞いて、呆然としていた校長がすっ飛んでくる。
「こ、困りますよ! 今のを記事にされては……」
「許可は頂けましたよね。バレー部の取材の範囲内では?」
「ぐっ、し、しかしねぇ……」
尚も言いよどむ校長の肩を、ベレスが掴む。
「校長先生、無駄な抵抗はするべきじゃない。こうなった以上は、彼女に取材を許可した上でダメージコントロールを図ったほうがいい」
「……わ、分かりました。君、くれぐれも悪評を助長するようなことは書かないでくれ。頼むよ」
「分かってますよ。それじゃ、鴨志田先生」
「ええ……行きましょう」
*
「マジで心が変わっちまったな……ちょっとビビったわ」
「確かにな。本当に全部告白してくれたし、スッキリしたんじゃないか」
「うん。失ったものはもう戻らないけど……これで前に進めるよね」
杏が涙を拭いながら、晴れやかな笑顔で語る。
「しかし、俺ら的にはアレだな。やっぱ一番気になったのはさ――
あいつなんかずっと内股気味だったよな?」
「それな」
「ちゃんと不能になったみたいだね。これで未来も安心――私達の完全勝利、だよね?」
杏が手のひらを雨宮と竜司のほうに向けてくる。
雨宮と竜司は交互にその手を叩いてハイタッチをする。
「ああ、鴨志田卓の
次は4月中には何とか……