秀尽学園の非常勤講師、ベレス   作:女主人公スキー

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お待たせしております。
長いので分割しようかと思いましたがそのままお送りします。


16.虚飾の美術館②

「そのヌードモデルの話、私じゃダメかな?」

 

 

 

 ベレスがそう告げた時、最初に反応したのは祐介――ではなく、雨宮だった。

 

 

 

「ダメです。やめてください」

 

「……キミには聞いてないんだけど」

 

 

 

 ベレスが祐介との間に割って入った雨宮をあきれ顔で見る。

 

 

 

「先生は本当に脱ぐつもりでしょう?」

 

「うん。だって裸にならないと裸婦画は描けないよね?」

 

「だからダメだって言ってるんですよ……」

 

 

 

 頭を抱える雨宮を無視して、ベレスは再び祐介の目の前に立つ。

 

 

 

「で、どうかな? 私では杏の代役にはなれない?」

 

「……」

 

「喜多川くん?」

 

「う…………美しいッ!!

 

 

 

 祐介はベレスの手を取り、興奮を顕わにする。

 

 

 

「貴女はまるで神話の女神のようだ……! その緑の髪、目つき、身体のライン……そのすべてが芸術的だ。

老若男女問わず魅入られるカリスマをひしひしと感じる! 貴女に比べれば高巻さんは――」

 

 

 

 祐介はちらりと杏のほうを見て、改めてベレスを観察する。

 

 

 

「ダイヤの原石かと思ったが……今はもう珍しい形の石にしか見えないな」

 

「ちょっと!! それどういう意味よ!!」

 

 

 

 杏の怒声を無視して、祐介はベレスの手をとる。

 

 

 

「ぜひ貴女にお願いしたい。必ず良い作品にすると約束します。ところで、お名前は?」

 

「ベレスだ。受けるのはいいけど、杏に謝ってほしい。さっきのは言いすぎだ」

 

 

 

 ベレスに低い声で窘められ、たじろぐ祐介はそのまま杏に向き直る。

 

 

 

「すまなかった。興奮のあまり、君を傷つけるような発言をしてしまった。反省している……」

 

「気をつけてよね……ねぇ先生、本当にやるつもり? 裸をこんな人に見せてしまっていいの?

 

私にだって恥じらいはあるけど……彼を信用するよ。斑目の内情をある程度知ってて尚、斑目に師事する。

それはつまり、斑目に着想を盗まれてでも画家を続けたい――そういう情熱の顕れだと思う。

そんな彼が、不埒な真似をするとは思えない」

 

私が言いたいのはそういうことじゃないんだけど……もういいです

 

 

 

 互いの耳元でこそこそ話をする杏とベレスに首を傾げながら、祐介は話を進める。

 

 

 

「それで、日時はいつがいいですか? 俺はいつでもいいです。何なら今日でも」

 

「今日は流石に無理だね。明日……はダメか。テストの採点作業がある」

 

「採点? 貴女は教師なんですか?」

 

「そうだよ。この子たちの高校で非常勤講師をしてる。意外だった?」

 

「いや、そんなことはない。そうか、教師か……ベレス先生の授業を……羨ましいな」

 

 

 

 想像を膨らませる祐介をよそに、ベレスはスケジュール帳を取り出して予定を確認する。

 

 

 

「5月20日の放課後にしよう。試験結果も出ていいタイミングだ」

 

「分かりました」

 

「場所はどうしよう?」

 

「俺の家……斑目師匠(せんせい)のアトリエに来てください」

 

「斑目って、『サユリ』の?」

 

「はい、師匠(せんせい)は俺の育ての親で。小学生から、絵の師匠でもあります」

 

 

 

 思惑通りに事が運んでいる。なぜか、雨宮は難しい表情をしているが……。

 

 

 

「良い絵を期待してるよ」

 

「はい。それでは、失礼します」

 

 

 

 そう言って、立ち去ろうとする祐介を雨宮が肩を掴んで止める。

 

 

 

「おい……本当に芸術目的なんだろうな」

 

「俺をみくびるなよ。師匠の斑目の名にかけて、俺に猥雑な気持ちは…………ない」

 

何だ今の間は!?

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌日、5月15日(日)。

LINEで情報共有して、20日までの間は自由に過ごすことになった。

 

 ベレスはというと、自宅で採点作業に追われていた。

シェズはそんなベレスをリビングでくつろぎながら横目に眺めていた。

 

 

 

「教師って大変ねぇ……」

 

フォドラ(あっち)のほうがまだ楽だったね。でも、苦しいことばかりじゃないから」

 

「なんか、こうしてだらけてるのも悪い気がしてきたわね……」

 

「バイトは?」

 

「今日は人手足りてるってさ。メメントスで身体動かしてこようかな~」

 

「いいけど、1人ならあまり深くへ行かないでね」

 

「分かってるって。んじゃ留守番よろしく」

 

 

 

 そう言ってシェズはアパートを出て、駅前を目指して歩いていく。

その前に腹ごしらえでもしようかと飲食店に入る。

 

 

 

「申し訳ありません、お客様。ただいま満席になっておりまして……」

 

「え? そこ、空いてるじゃない」

 

 

 

 シェズが指差した先には、髪を伸ばし顎髭をたくわえた30代ほどの男性の座る席がある。

対面式のテーブルで、片方の席は空いていた。そこへ近づき、男性へ声をかける。

 

 

 

「ここ、良いかしら?」

 

「ん? ああ、どうぞ」

 

 

 

 シェズは了解を得ると席に座り、店員に注文を告げる。

注文を待つまでの間、ベレスから借りた2台目のスマホで情報を探る。

いずれ立ち去るであろう予定の世界の情報は正直興味が湧かないが、暇つぶしにはちょうどいい。

 

 

 

「ふーん、『精神暴走事件』ね……」

 

 

 

 シェズがニュース記事を見てそう呟くと、目の前の男がピクリと反応する。

単語への反応と、立ち居振る舞いからシェズは男の職業が分かった気がした。

 

 

 

「ねぇ、あなたってもしかして――」

 

 

 

 男へ言いかけたシェズの言葉を店員の叫びが掻き消してしまう。

 

 

 

「おい、待て! 止まれ!」

 

 

 

 シェズと男は何事かと声のほうへ目を向ける。

出入口に近い席の椅子が倒れ、出入口が開け放たれている。

 

 

 

「食い逃げだぁー!!」

 

 

 

 店員の1人が追いかけて肩を掴むが、振り払われて突き飛ばされて倒される。

食い逃げ犯はそのまま店から走って逃げていく。

 

 

 

「チッ……こちとら非番だってのについてねぇ」

 

 

 

 男は立ち上がると、レジに代金を雑に置いて食い逃げ犯を追いかける。

 

 

 

「警察だ!! 待ちやがれ!!」

 

 

 

 男――長谷川善吉はそう叫んで猛然と食い逃げ犯を追走する。

 

 

 

「やっぱり警察官だったのね……」

 

 

 

 シェズはどうするべきか思案したが、元々は身体を動かしに来たのだからここは彼に協力することにした。

 

 

 

「店員さん、この席置いといてくれる? 戻ってくるから」

 

「え? あ、はい!」

 

「お願いね」

 

 

 

 シェズはそう言い残して、店を飛び出す。

歩道は通行人で溢れているが、善吉と食い逃げ犯がそれを掻き分けて走ったことでわずかな隙間が生まれている。

その軌跡を辿るようにシェズは猛スピードで駆けだした。

 

 

 

「うわっ!?」

 

「速ぇ……陸上選手か?」

 

「なんだ、今の」

 

 

 

 大きく出遅れたはずのシェズが、あっという間に善吉に追いつく。

 

 

 

「は? あんた、どうして……もう追いついたのか!?」

 

「まぁね。それにしても、もう息あがってるじゃない。運動不足なんじゃない?」

 

「かもな……あんたなら追いつけるのか?」

 

「余裕よ。まぁ見てなさい――」

 

 

 

 善吉のペースに合わせて併走していたシェズはそこから急加速し、ぐんぐんと食い逃げ犯との距離を縮めていく。

 

 

 

「速すぎだろ……!」

 

 

 

 呆然とつぶやきながら、善吉は懐からスマホを取り出して応援を呼ぶことにした。

そしてシェズは、食い逃げ犯の背中に手が届くところで大きくアスファルトを蹴り上げて飛翔する。

 

 

 

「そこまでよ」

 

 

 

 シェズは飛翔した勢いのまま、食い逃げ犯の背中に飛び乗って制圧する。

 

 

 

「ぐぁっ!? は、離せ……っ」

 

「大人しくしなさい……あ、きたきた」

 

 

 

 食い逃げ犯の片腕をホールドしたうえで膝で背中を押さえつけていると、善吉が息を切らしながら追いついて来た。

 

 

 

「はぁ、はぁ……っ、すごいなあんた……何者だ?」

 

「そんなのどうでもいいでしょ。それより、後は任せても?」

 

「ああ、もちろんだ。協力感謝する」

 

「それじゃ、よろしく頼むわね」

 

 

 

 食い逃げ犯を引き渡し、シェズは小走りで店へと戻っていく。

店に戻ると席は空いたままだったので再び座り配膳を待つ。

 

 

 

「お、お待たせしました……」

 

 

 

 店員がおずおずと注文した料理を持ってくる。

それを受け取り、黙々と食べる。すると、しばらくして善吉が再び店内に入り店員と事件の顛末を話す。

その後、こちらに気付いたのか再びシェズの席に座る。

 

 

 

「警察に引き渡してきた。改めて協力感謝したい、名前を伺っても?」

 

「シェズよ。そういうあなたは? 警察って言ってたけど」

 

「公安の長谷川善吉だ。それはそうと、あーシェズさん? 民間人が犯人逮捕に貢献した時、感謝状を贈ることになっているんだが……」

 

「いらないわよそんなの。何かくれるなら、奢ってくれればいいわ」

 

 

 

 シェズはそう言ってテーブルの上の注文票をつきつける。

 

 

 

「そんなんでいいのか。なら、払ってきてやるよ」

 

 

 

 注文票を受け取って、レジに行き支払いを済ませるとまた戻ってくる。

 

 

 

「それにしてもあんた、一体何者だ? 見たとこ、外国人みたいだが……日本語もうまいし」

 

「元傭兵――と言えば納得してくれるかしら?」

 

「傭兵……中東やアフリカ辺りか?」

 

「まぁそんなとこ」

 

 

 

 そんな話をしている間に食べ終わり、シェズは席を立つ。

 

 

 

「それじゃ、私は行くわ」

 

「おう、そうか。なぁ、あんた元傭兵って言ってたが……仕事は何してるんだ?」

 

「花屋のバイトぐらいね、今は……もう少し増やす予定だけど」

 

「お、思ったより穏健な仕事してるんだな。俺はてっきり……用心棒でもしてるのかと」

 

「それも悪くないけど、あんたみたいなのに目つけられたくないのよね。それじゃ、また」

 

 

 

 手をヒラヒラ振りながら、シェズは店から出てメメントスへ行くため駅へ向かった。

 

 

 

「さて……」

 

 

 

 人の少ない場所に移動して、キーワードを口にする。

 

 

 

「――メメントス」

 

 

 

 景色が切り替わり、メメントスの入口である改札が目の前に広がる。

シェズはそれを越えて、ひとまずは低層階のシャドウを相手に身体を温めていく。

 

 雑魚シャドウを蹴散らし、次の階層に降りようとしたところでシェズのペルソナのラルヴァに声をかけられる。

 

 

 

『ねぇシェズ。何か声が聞こえないかい』

 

「声?」

 

 

 

 耳を澄ますと確かに誰かの叫び声が遠くに聞こえる。

 

 

 

「他に誰か来てるのかしら。そんな話、聞いてないけど」

 

『怪盗団じゃないと思うよ。さすがにここで苦戦はしない……一般人が紛れ込んだのかもしれない』

 

「一般人が? どうしてよ」

 

『キミと一緒に来てしまったんじゃない? 例のアプリがあればあり得る話だ』

 

「……仕方ないわね。死なれたら寝覚めが悪いし、探しに行くわ」

 

 

 

 シェズは踵を返し、階層を隅から隅まで探し回る。

入口にほど近いところでシャドウに追われている男性の後ろ姿を捉える。

 

 

 

「あの人、もしかして――」

 

 

 

 見覚えのある背中が誰なのか察しをつけつつ、男性を追うシャドウを斬るべく剣を抜く。

 

 

 

「――『影刃』ッ!!」

 

 

 

 シャドウを一撃で切り捨てると、それに気付いた男性がこちらを振り返る。

 

 

 

「え……しぇ、シェズさん……なのか?」

 

「……やっぱりあんただったのね、長谷川」

 

 

 

 シャドウの消滅を見て、へたり込む善吉にシェズが手を貸して立ち上がらせる。

 

 

 

「なぁ、ここは一体……あの化け物はなんだ?」

 

「さぁね……とにかく危ない場所なのは確かよ。出口に案内するから、ついてきて」

 

「あ、ああ……」

 

 

 

 シェズは善吉の手を取って出口に向かいながら、どう始末をつけるか思案する。

そして答えを出すと、立ち止まり剣を抜いた。

 

 

 

「おい、どうした!?」

 

「シャドウの気配がするわ。気をつけて」

 

「気をつけろったって……」

 

「後ろよ、長谷川!!」

 

 

 

 シェズが剣で善吉の背後を指し示すと、善吉は「何だとっ!?」と言って振り返る。

その瞬間に後頭部に鋭く打撃をくわえ、善吉の意識を刈り取る。

 

 

 

「……これでよし。後は現実に戻って起こしてやれば夢だと思うでしょ」

 

『ねぇシェズ、今のうちに彼のスマホを見てみてよ。例のアプリが入っているかどうか」

 

「いいけど…………うん、確かに入ってるわね」

 

『やっぱりか……。このハセガワという男、もしかして……』

 

「悪いけど、後にしてくれる? 本当にシャドウが来る前にこいつ背負って出口まで行かないと」

 

『おっと、そうだね。急ごうか』

 

 

 

 現実に帰還したシェズは、気絶した善吉を適当な場所に下ろして彼の頬をぺちぺちと叩いて起こす。

 

 

 

「……はっ!?」

 

 

 

 目覚めた善吉は辺りを見回して今居る場所が現実だと知り安堵の息を漏らす。

そして目の前にいるシェズに気付く。

 

 

 

「なぁ、シェズさん。さっきの禍々しい地下鉄みたいな場所は……」

 

「何それ? 夢でも見てたんじゃないの」

 

「夢……? でもあんた、さっき剣で化け物倒してたよな」

 

「剣なんて持ってるわけないでしょ。何なら持ち物検査でもしてみる?」

 

「……マジで夢なのか? 疲れてんのかな、俺……」

 

 

 

 頭を抱える善吉だったが、すぐに頭を切り替えて立ち上がる。

 

 

 

「今のが夢であれ現実であれ……シェズさん、あんたには二度も助けてもらったことになるな」

 

「食い逃げ犯のことは私が勝手にやっただけよ?」

 

「だとしても、俺は恩義を感じている。この恩はいつか必ず返すよ」

 

「義理堅いわね……ま、いいわ。楽しみにしとく」

 

 

 

 そう言ってシェズは立ち去ろうとするが、ふと感じた疑問を振り返って善吉にぶつける。

 

 

 

「そういえば、何でこっちに来てたの? もしかして私を尾行してたとか?」

 

「う……まぁそうだ……すまん。念のため、と思って……職業病だな」

 

「そうだったのね……感覚は鈍くないはずだけど、全然気づかなかったわ」

 

「まぁ俺もプロだからな。それにあんたは目立つし耳目を集めるから、尾行しやすかったぜ」

 

「なるほどねぇ……じゃ、私は帰るわね」

 

 

 

 当初の目的は殆ど達成できなかったが、善吉が近くにいる状態で再びメメントスに行くわけにもいかない。

シェズは足早にその場から去り、アパートへ帰っていくのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 5月17日。ベレスから怪盗団へLINEでメッセージが送られた。

 

 

 


 

ベレス『今日警察が聞き込みをしに校内を回るそうだから、心構えをしておいて』

 

雨宮『了解です』

 

竜司『お前ら、ヘマするなよ』

 

杏『あんたが言うな!』

 


 

 

 

 メッセージを送り終えたベレスに同僚の川上貞代が声をかけてくる。

 

 

 

「ベレス先生、警察の方が次は私達に話を聞きたいって」

 

「わかった、今行くよ」

 

 

 

 二人は連れ立って警察が教師への聞き込みに使っている応接室へ向かう。

ノックをして足を踏み入れると、そこにはスーツ姿の長髪と顎髭が特徴的なスーツ姿の警察らしい男性とスラっとしたモデル体型で茶髪の学生服の男性がソファに座って待ち構えていた。

 

 

 

「お忙しい中御足労頂きありがとうございます。私は警察庁公安部の長谷川。で、こちらは……」

 

「明智吾郎と申します。お二人の名前を伺ってもよろしいでしょうか?」

 

 

 

 ベレスと川上は名乗るとソファに座る。

 

 

 

「警察と聞いていたけど……明智さんは学生?」

 

 

 

 ベレスは素朴な疑問を明智にぶつける。

 

 

 

「えっと……聞いたことありません? 『2代目探偵王子』って呼ばれてるんですけど……」

 

「テレビは見ないんだ。新聞もとってないから……有名なの?」

 

「えぇまぁ……って自分で言うことじゃないですけどね」

 

 

 

 明智は苦笑しながら、自身のWikipediaをベレスに見せる。

 

 

 

「へぇ……『精神暴走事件の一つ、連続暴行事件をスピード解決』か。すごいね」

 

「運がよかっただけですよ。偉大な初代にはまだまだ及びません」

 

「ところで、この『精神暴走事件』って何?」

 

「それも知らないんですね……そのページから飛べるはずですから読んでみてください」

 

 

 


 

 精神暴走事件とは、容疑者の供述がいずれも「何故こんなことをしたのか分からない」

「心の暴走を止められなかった」など、精神の暴走が起因として発生した事件のことを指す[1]。

 

 最初の事件は2015年からあり、最も悲惨な事故としては2016年4月に発生した地下鉄〇×線の――

 


 

 

 

「こんなことがあったんだ。知らなかったな……」

 

「実は警察は精神暴走事件と怪盗団は関連があると考えているんです」

 

「そうなの? どちらも心が関係しているから、ということかな?」

 

「ええ。とは言え、仮に関連があったとして手口は不明。怪盗団を逮捕できても、解明できないかもしれませんが」

 

 

 

 明智はお手上げのポーズをしたかと思えば、真面目な顔で向き直る。

 

 

 

「正直、怪盗団を罪に問える可能性は低いです。だとしても怪盗団を逮捕・特定することには意義がある。何故か分かりますか?」

 

「そうだね……怪盗団の()()()()()()()()()()()可能性があるからかな?」

 

「正解です。正義感というのは攻撃性を多分に含んでいますからね。今は悪人の範囲に留まってますが、それが拡大していく可能性は否定できない」

 

 

 

 明智の結論にそれまで黙っていた善吉は深く頷いて口を開いた。

 

 

 

「ですので、警察としては人数は割けないが捜査はしておきたい。それで我々が動いているというわけです」

 

「高校生を駆り出すなんて警察も人手不足ですよね。望んでいたので別にいいんですけど」

 

「余計なことを言うなっ。そういうわけなんで、少しでも情報がほしい。何かありませんか?」

 

 

 

 そう問われてベレスと川上は首をひねる。

 

 

 

「そう言われても……ねぇ?」

 

「うん。警察が捜査した以上のことは知らないよ」

 

 

 

 その返答を予想していたのか、善吉はすぐさま質問を変える。

 

 

 

「分かりました。では事実確認をさせてください。まず鴨志田元教諭について。

彼の所業は、学校関係者にどの程度知られていたんでしょうか?」

 

 

 

 その質問にベレスと川上が答える。

 

 

 

「体罰や暴力については知っていたと思うよ。私は見かければ止めていたけど……その場でやめてくれるだけだったね」

 

「性的暴行については知りませんでした。女子生徒に手を出している、みたいな噂はありましたが」

 

 

 

 明智が証言をメモし、善吉は次の質問に移る。

 

 

 

「では怪盗団について。某掲示板に改心を依頼したのは2年の生徒ということですが、ご存じですか」

 

 

 

 二人は頷き、冷静に答えを返した。

 

 

 

「坂本くんと転校生の雨宮くんだね。それとバレー部の三島くんも。本人達からもそう聞いているから、間違いない」

 

「特に三島くんは相当怪盗団に入れ込んでるみたいですね。なんかファンサイトみたいなのを開設したとか……」

 

 

 

 二人の証言に満足した様子で頷く善吉。

 

 

 

「こちらも把握してます。聴取したら熱心に語ってくれましたよ……適当に切り上げないとずっと喋ってましたね、ありゃ」

 

「まさに怪盗団信者、ですね。他の2人はそうでもないんですか?」

 

 

 

 明智の疑問にベレスが回答する。

 

 

 

「かなりのファンではあると思うよ。悪く言われれば怒るだろうから気をつけて」

 

「まぁ人生救われてますからね。忠告ありがたく受け取っておきます」

 

 

 

 明智は手帳を仕舞い、善吉に目配せする。それを受け取って、善吉は聴取を切り上げることにした。

 

 

 

「ご協力ありがとうございました。これから校内を周って生徒に聞き込みをしていこうと思いますが……

依頼者の生徒以外に今回の事件に深い関りがある生徒っていうと、誰がいますかね」

 

「高巻さんかな。被害者の鈴井さんとは親友だったから……怪盗団には感謝してると思う」

 

「なるほど。参考にさせていただきます」

 

 

 

 その会話を最後にベレスと川上は応接室から退出する。

それを見届けてから、善吉は「はぁ」と溜め息をついた。

 

 

 

「収穫なしか……分かってたこととはいえ簡単にはいかねぇヤマだな」

 

「いえ、収穫はありましたよ」

 

「いや、知ってる情報ばっかりだっただろ……」

 

「ええ、ですが……僕の推理の補強材料はあったんです」

 

 

 

 そう言うと明智は姿勢を正して推理を語り始める。

 

 

 

「まず、怪盗団はこの学校の関係者だという仮定で話します。怪盗団は鴨志田の改心前にも動いていますから、確信はありません。

しかしそう考えたほうがしっくりはきます。鴨志田以前の活動は予行練習のようなものだったと考えれば……」

 

「確かにな……それで?」

 

「僕は怪盗団のメンバーは学生だと考えています。改心させる方法があったとして、わざわざ目立つ必要ありませんよね?

大人なら、リスクを取らずにこっそり改心させると思うんですよね。そうしないところに幼稚性を感じるんです」

 

 

 

 明智は水分を補給して、考えをまとめながら再び口を開く。

 

 

 

「しかしその半面、リスクを低減するような策を的確に打っている。予告状や、生徒が怪盗団なら鴨志田以前の活動もそうです。

そこに違和感を感じているんです。よほど頭のいい学生なのか、もしくは大人のブレーンがいなければ説明がつかない」

 

「ブレーンねぇ……」

 

「もし大人のブレーンがいる場合、怪盗団に手を貸す大人って誰でしょう?

そう考えた時に、『彼女』がブレーンだとしたら納得できる――って思ってしまったんですよね」

 

「……彼女?」

 

 

 

 明智はくすっと微笑んで、善吉に向き直る。

 

 

 

「もちろん、今会った秀尽学園の非常勤講師――ベレス=アイスナーですよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 帰り際、中庭のベンチで座っていた雨宮の元に再びベレスからLINEが届く。

 

 

 


 

 

ベレス『警察の件。2人組で1人は2代目探偵王子の明智くんだった。有名人らしい』

 

 

雨宮『テレビで聞いたことある名前だ』

 

竜司『あー、そんなんいたな』

 

杏『最近よく見るよ。女子の間で結構人気だし』

 

 

ベレス『彼の探偵としての実力は分からないけど、ある程度アタリはつけられてる可能性はある』

ベレス『全部バレてると思っておくぐらいでちょうどいいと思う』

 

 

雨宮『分かりました。警戒してあたります』

 

竜司『大げさすぎじゃね? と思うけどボロが出たらやべぇか』

 

杏『カマかけてくるかもしれないよね。気をつけます』

 

 

ベレス『それと、出来れば3人で一緒に下校してほしい。いつ聴取されてもいいように』

ベレス『うまくお互いにフォローして乗り切ってほしい。それと坂本くんは出来るだけ喋らないで』

 

 

竜司『ひどくね?』

 

雨宮『的確な指示助かります。今中庭にいるから集まろう』

 

杏『わかった。今から行くね』

 

 


 

 

 

 暫く待つと、竜司と杏がやってきた。

 

 

 

「うっす」

 

「お待たせ。それじゃ、帰ろっか」

 

 

 

 二人の姿を確認して、雨宮はカバンを持って立ち上がる。

 

 

 

「たぶん校門のあたりで待ち構えてると思う。回避はできないから、心の準備をしておこう」

 

 

 

 そうして、3人で連れ立って校門へ向かうと予想通り2人組がバレー部の生徒などに聴取しているのが見えた。

 

 

 

「全力ダッシュで通り抜ければよくね?」

 

「それだと後ろめたいことがあるみたいだろ。印象悪くなるぞ」

 

「うん。堂々としてたほうがいいよ」

 

 

 

 そのまま歩いて通り抜けようとすると、スーツを着た警察官のほう――善吉が声をかけてきた。

 

 

 

「キミ達、ちょっといいかな。私はこういうもので――鴨志田先生の一件と怪盗団を名乗る集団を捜査しているんだ」

 

「怪盗団を……?」

 

 

 

 恩人が逮捕されると思い、不快感に眉を寄せる――という演技をする3人。

 

 

 

「いや、安心してほしい。証拠も方法も不明な以上、立件はできない。せいぜい予告状絡みの軽犯罪ぐらいだが、それで立件しても警察が馬鹿にされるのがオチだ」

 

 

 

 善吉は慌てて今は怪盗団を捕まえるつもりはない、と弁明する。

 

 

 

「……じゃあ何で捜査なんかしてんスか」

 

「情報は集めておきたい。心を変える……考えようによっちゃ怖い力だ。大きな事件に繋がる可能性は捨てきれない」

 

「怪盗団が力を悪用するかもってことかよ。そんなこと、怪盗団は絶対しねーよ」

 

 

 

 善吉の説明に竜司が反発する。喋るなと釘を刺されたはずだが、怪盗団への思いの強さから言葉が溢れてきてしまう。

興奮する竜司をなだめるように、それまで黙っていた明智が割り込んで口を開く。

 

 

 

「そう信じたいのは僕も同じだよ。キミが坂本竜司くん、でいいのかな?」

 

「あ? そうだけど……お前は?」

 

「僕は明智吾郎だ。世間では2代目探偵王子って呼ばれてるんだけど、知らないかな?」

 

「えっ、ウソ!? あの探偵王子が秀尽に!?」

 

 

 

 杏がわざとらしく驚く。セリフも少し棒読み気味だが、大丈夫だろうか……と雨宮は不安を抱く。

 

 

 

「探偵王子だか何だか知らねぇけどよ……怪盗団を売るような真似はしねぇぞ。こっちは人生救われてんだ」

 

「そうだな。何か知ってたとしても警察に教える義理はない」

 

 

 

 あくまでファンとして、頑なな態度を貫く雨宮と竜司。だが……

 

 

 

「もし怪盗団が『精神暴走事件』の犯人だとしても、かい?」

 

「……あ? てめ、今なんつった!?」

 

 

 

 明智の挑発に、竜司が胸倉を掴んで叫ぶ。

 

 

 

「もしもの話だよ。改心も精神暴走も、心の変容が共通点だ。同一犯と考えるのは自然な考えだと思うけど?」

 

「てめぇ、ふざけたこと言ってんじゃねぇぞ!! 怪盗団はそんなことしねぇ!!」

 

 

 

 尚も詰め寄り、壁に追い詰めて殴りかかろうとする竜司を雨宮が腕を掴んで止める。

 

 

 

「やめろ、竜司」

 

「明智、挑発はやめろ。口喧嘩しに来たわけじゃないだろう」

 

 

 

 善吉も仲裁に入ったことで、お互い冷静になり距離をあける。

 

 

 

「悪い……ついカッとなっちまった。暴力はちげーよな……」

 

「こっちこそごめん。でも、警察がそう考えてることは事実なんだ。怪盗団の嫌疑を晴らすためにも、僕たちは真実が知りたい」

 

 

 

 明智は頭を下げて捜査の協力を乞う。

 

 

 

「最初からそう言ってほしかったな……でも、俺達も怪盗団については何も分かってないぞ」

 

「そこはこっちも期待してねぇよ。それとは別に聞きたいことがある……んだったな、明智?」

 

「はい。聞きたいことは3つ。1つは『怪盗団を知ったきっかけ』は何だい?」

 

 

 

 想定された質問だったので、代表して雨宮が答える。

 

 

 

「某掲示板を見ていた時に見かけた。正直信じてなかったけど、改心の報告なんかもあって……」

 

「それで依頼をした、と」

 

「ああ。ダメ元だけど、やらないよりはいいかなと思って」

 

「なるほど。じゃあ次だ。『怪盗団の手口はどんなものだと思う?』」

 

 

 

 僅かに逡巡して、雨宮が答える。

 

 

 

「分からない。超能力とかじゃないか?」

 

「まぁそんなとこだろうね。じゃあ最後、『怪盗団の次のターゲットは誰だと思う?』」

 

 

 

 雨宮は首を振って答える。

 

 

 

「そんなの分かるわけがない。ただ、悪人の大人ということだけは確かだな」

 

「鴨志田がそうだったから、ということかな」

 

「そうだ。小者も大物も、改心させないと解決できない悪人のみを狙ってると思う。

鴨志田もそうだった。巧妙に立ち回っていて学校にも守られていた。歯向かえば退学させられる……俺達みたいに」

 

「分かった……ありがとう。最後に、僕の推理……いや予想を聞いてもらってもいいかな」

 

 

 

 明智はアニメやドラマの名探偵のように、3人の前を歩き話し始める。

 

 

 

「僕の予想では、怪盗団の次のターゲットは画家の『斑目一流斎』だと思う」

 

「……!」

 

 

 

 3人はピクリと反応する。ベレスの忠告がなければもっと大きな反応を返していたかもしれない。

 

 

 

「『怪チャン』に依頼はまだないけど、某掲示板やSNSで盗作疑惑が噂になってる。

それが事実なら怪盗団は動くんじゃないかな。他にめぼしい大物は表に出てないし、可能性は高いと見てる」

 

「……面白い予想だな。もし改心させたらかなりの騒ぎになりそうだ」

 

「そうだね。怪盗団は『本物』、そういう声も出てきそうだ」

 

 

 

 明智と善吉は目配せをして、聴取を切り上げる。

 

 

 

「協力ありがとう。もう行っていいぞ」

 

「……うっす」

 

 

 

 3人はぺこりと頭を下げて、足早に明智と善吉から離れていく。

声が届かない場所まで行ったことを確認して、善吉が明智へ問いかける。

 

 

 

「で、どうだった? 俺としては特に怪しいとは思わなかったが」

 

「そうですね。僕も同感です。でもだからこそ怪しいというか……難癖みたいになってしまうんですが」

 

「探偵の勘ってやつか」

 

「まぁそんなとこです。彼らが怪盗団の可能性は低いですが、注視しておいたほうがいいかもしれません」

 

 

 

 明智の結論に善吉は渋い顔で頷く。

 

 

 

「わかった。つっても俺とお前の二人じゃ、出来ることなんざたかが知れてるがな……」

 

「ですね。とにかく、今は怪盗団の動きを待ちましょう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして来る5月20日。

雨宮、竜司、杏の3人はマダラメパレスの庭園前で待機。

ベレスとモルガナは祐介が待つ斑目のアトリエに向かうべく移動中だった。

 

 

 

「……見られてる気がする」

 

「何? 尾行されてるってことか」

 

「たぶん。でも、対策はあるから大丈夫」

 

 

 

 ベレスはスマホを取り出して、電話をかける。

 

 

 

「シェズ、今どこに?」

 

『近くのビルの屋上よ。あんたの緑髪、目立つから分かりやすいわね』

 

「私を尾行している人物はいる?」

 

『んー……あぁ、いるわね。あれ、あの人もしかして……長谷川?』

 

 

 

 最近聞いたことのある名前が聞こえてきて、思わず訊き返す。

 

 

 

「長谷川って、もしかして公安の?」

 

『そうよ。前に言ったじゃない、メメントスに巻き込んだ人がいるって。そいつよ』

 

「……なるほど。何とか、尾行を中断させられる?」

 

『できるわ。任せなさい』

 

 

 

 

 

 

 

 

 長谷川善吉は怪盗団の捜査とは別件で署に戻る途中、明智が注視すべきとして名前を挙げたベレスを見かけたので急遽尾行を始めることにした。

対象は退勤したあとのようで、駅に向かっているようだが……。

 

 

 

(あの路線は彼女のアパートには向かわないはずだが、買い物か何かか、それとも……)

 

 

 

 通行人を装った尾行術にはそれなりに自信がある。振り向かれてもいないので、気付かれてはいないはずだ。

ベレスがスマホを取り出して誰かと通話を始める。距離があるので会話は聞こえない。

 

 

 

(誰かと待ち合わせでもしてるのか……?)

 

 

 

 もう少し近づいて会話を聞いてみるか、と思っていたところ思いがけない人物に声をかけられた。

 

 

 

「長谷川、こんなとこで何してるの?」

 

 

 

 声の主はシェズだった。食い逃げ犯を出遅れながら超人的な速度で捕まえた元傭兵の女性。

 

 

 

「シェズさん!? お、俺は今尾行中なんだ……邪魔しないでくれ」

 

「そうなの? もしかして、結構やばい相手だったり?」

 

「いや、そんなことはないが……」

 

「じゃあさ、ちょっと付き合ってよ。この前のお礼の一環ってことで」

 

「いや、しかし……あっ!」

 

 

 

 10秒ほど目を離した隙に、ベレスの姿を見失っていた。

 

 

 

「……分かったよ。でも尾行じゃなくても仕事中なんだ、手短かに頼むぞ」

 

「はいはい、じゃついてきて」

 

 

 

 善吉はベレスの尾行を諦め、シェズの用事に付き合うことにした。

 

 

 

(あとはうまくやりなさいよ、ベレス)

 

 

 

 

 

 

 

 

「来てくれたんですね、ベレス先生」

 

「うん、今日はよろしく喜多川くん」

 

 

 

 斑目のアトリエのインターホンを押すと、しばらくして喜多川祐介が出迎えてくれた。

モルガナはバッグの中に潜んでいる予定だったが、施錠された部屋に踏み込む時に猫を探すという方便があったほうがいいと思い、腕に抱えた状態で来ることにした。

 

 

 

「先生、その猫は……?」

 

「私の飼い猫なんだ。一緒に描いてもらおうと思って……ダメかな?」

 

「いえ、別に構いませんよ。大人しそうな猫ですね……名前は?」

 

「モルガナだよ。ところで、今日は斑目先生は?」

 

「今は所用で出掛けてます。でもすぐに帰ってくると思いますよ」

 

 

 

 作戦はどうやらうまくいきそうだ。施錠された部屋に踏み入った瞬間、斑目には立ち会ってもらわねばならない。

問題はその時、何が起こるか予測できないところだが……。

 

 祐介の案内のもと、祐介がアトリエとして使用している部屋へ入る。

その時にモルガナを地面に下ろし、そのまま家探しを始めてもらう。

 

 

 

「ごめん、喜多川くん。連れ戻してこようか」

 

「いえ、構いませんよ。それより、その……」

 

「そうだね。それじゃ、はじめようか」

 

 

 

 ベレスはカバンを床に下ろして、まず上着を脱いでいく。

その様子をまじまじと見ていた祐介をベレスが窘める。

 

 

 

「裸になると言ったけど、ストリップショーをするとは言ってないよ」

 

「あっ、す、すみません。後ろを向いていますので、どうぞごゆっくり」

 

 

 

 祐介が背中を向けている間に、脱衣を続けていく。モルガナの家探しの時間を稼ぐために、出来る限りゆっくりと。

衣擦れの音がするたびに、祐介の心臓は跳ねる。

 

 気を紛らわせるため、別の音で誤魔化すためにスケッチの準備をすすめる。

随分時間がかかっているなと内心思ったが、女性経験もないのでそんなものかと納得させる。

10分ほどして、ベレスから声がかかる。

 

 

 

「いいよ」

 

「で、では失礼して…………っ!?」

 

 

 

 ベレスは宣言通り祐介の前に全裸を晒していた。

細い首と鎖骨のライン、豊満な乳房、キュッと締まったくびれと、ちょうどいいサイズのお尻……そして、僅かに陰毛の生えた局部。

そのすべてが祐介の前に余すところなく公開されていた。

 

 

 

「それで、どうすればいいのかな? ポーズの指定とかはある?」

 

「えっと……その前に聞きたいことがあるんですが――その傷跡は?」

 

 

 

 ベレスの身体には無数の細かい傷があった。主に前面部分で、背中にはない。

 

 

 

「前職は傭兵だったんだ。その時の傷だね……がっかりした?」

 

「いえ、むしろ……とても美しい」

 

 

 

 祐介は丸椅子に座り、カンバスをセットして鉛筆を手に取る。

 

 

 

「ポーズですが、サンドロ・ボッティチェッリの『ヴィーナスの誕生』を先生は知ってますか」

 

「もちろん。あれと同じポーズを取ればいいのかな」

 

「はい。あの絵画をモチーフに描いてみたくなりました。お願いします」

 

 

 

 ベレスは『ヴィーナスの誕生』と同じく、胸と局部を隠したポーズを取る。

 

 

 

「……やはり見込んだ通りだ。先生、貴女は……現代に舞い降りた女神のようだ」

 

「大げさだな……」

 

 

 

 ベレスの中にいる存在を思えば、あながち間違ってはいないが。

 

 

 

「……」

 

「……」

 

 

 

 しばらくの間、部屋を沈黙が包む。

シャッシャッ、と祐介が鉛筆を走らせる音だけが響く。

 

 

 

「くっ……駄目だ、こんな程度では……」

 

 

 

 祐介は納得いかないのか、消しゴムで消したり紙そのものを破り捨てたりしている。

鉛筆の勢いも衰え、次第に頭を抱えるように俯く。

 

 

 

「スランプなの?」

 

「ええ、呼び出しておきながらこの体たらく……本当にすみません」

 

「気にしないで。キミの気が済むまで付き合うよ」

 

「いえ、そういうわけには……もう服を着てください。今日はやめにしましょう」

 

 

 

 そう言われ、背中を向けられては裸でいる意味もない。ベレスは下着から足を通していく。

ブラジャーを手に取ったところで、モルガナの声が聞こえてきた。

 

 

 

ニャァァァァ!(開いたぞ、ベレス!)

 

「モルガナの声だ。ちょっと見てくる」

 

 

 

 その声に反応したベレスは残りの衣類と鞄をまとめて掴んで部屋を出る。

 

 

 

「えっ、ちょ……その格好でですか!?」

 

 

 

 祐介の引き留める声を無視して、服で胸を隠しながらモルガナを探す。

 

 

 

「モルガナ、どこ?」

 

「こっちだ、ベレス!」

 

 

 

 声のするほうへ急ぐ。家の構造を知り尽くした祐介が追ってくるが、それより早くその部屋へ辿り着く。

転がり込んだベレスは祐介が来る前にその扉を閉める。

 

 

 

「待ってくださいッ! そこはダメだ!! そこは斑目先生のッ!!」

 

「ごめん、とりあえず着替えさせて」

 

「……っ、着替えたらすぐ出てください! もう先生が帰ってくる!」

 

 

 

 ベレスは着替えながら室内を観察する。

どうやら斑目の描いた絵画の保管室のようだが……。

 

 

 

「ベレス、おま……っ、なんつー格好で来てんだ!?」

 

「裸になってたんだから仕方ない。私の着替えより部屋を見てよ」

 

「お、おう……そうだな」

 

 

 

 所狭しと同じ絵が並んでいる。その絵は『サユリ』のようだが……?

 

 

 

「なんでこんなに『サユリ』があるんだ?」

 

「贋作……かな。恐らく斑目が模写して描いたんだ。売却目的で」

 

 

 

 ベレスは手にしたスマホで写真を撮って保存する。

そうこうしているうちに、扉の外の祐介から怒号にも似た声が部屋に響く。

 

 

 

「先生、まだですか!?」

 

 

 

 そろそろ斑目も帰ってくる頃だろうと思い、鍵を開け祐介にもこの部屋を見てもらうことにする。

 

 

 

「ごめん、でも驚いたよこの部屋……」

 

「何がですか……なっ! 『サユリ』!?」

 

「どう思う? この『サユリ』を」

 

 

 

 ベレスに問われ、言葉を詰まらせるが……意を決して口を開く。

 

 

 

「模写……のようだが細部が違う。色遣いや背景が……間違い探しみたいに」

 

「ちなみに、この中に本物は?」

 

「……見た限りではありません。すべて模写……タッチからして斑目先生のもので間違いない」

 

 

 

 かすかな足音にベレスが振り返ると、そこに斑目が立っていた。

 

 

 

「……見られてしまったか。鍵をかけておいたと思ったが……」

 

「先生、これは一体!?」

 

「お前が察している通りだ。これは私が描いた模写だ……実は借金を抱えていてな。

そんな時、模写でもいいから『サユリ』を手元に置きたい、という声を聞いて描き始めたのだよ」

 

 

 

 斑目は訥々と語り始める――が、ベレスの存在に気付く。

 

 

 

「祐介、彼女は誰だ」

 

「こちらは、絵のモデルをしてもらった秀尽学園のベレス先生です」

 

「ふむ、そうか……部外者には出ていってもらいたいが」

 

 

 

 矢を向けられたベレスは会釈をして改めて名を名乗る。

 

 

 

「秀尽で非常勤講師をしているベレスだ。久しぶりですね、斑目先生……昔絵を教えてもらったことがあるんだけど、覚えてないかな?」

 

「申し訳ないが、記憶にない」

 

「そうか、残念。出ていくのは構わないけど、一つ質問してもいいかな?」

 

 

 

 斑目は怪訝な目でベレスを見つつ、黙って頷く。

 

 

 

「このずらっと並んでいる『サユリ』の模写……()()()()だったりする?」

 

「……何だと?」

 

「だって、売るつもりにしたって数が多すぎる。コッソリ売るにしたって、こんなにばら撒いたら模写の存在がバレる。

何よりさっき祐介くんが指摘してくれたけど、細部が違うのが違和感がある」

 

 

 

 ベレスの指摘に図星なのか眉根を寄せる斑目。

 

 

 

「売れたのは、正確に模写されたもの……?」

 

「そう。手元に置きたい、なんて言う人達は多少の審美眼がある。『サユリ』に憧れがあるなら尚更、正誤は分かるはずだ。

こんな不完全な模写が、そんな人達に売れるとは思えない」

 

「――だとしたら、何だと言うのだ」

 

 

 

 黙って聞いていた斑目が、怒りをにじませた低い声で凄む。

 

 

 

「私が気になるのはそんな不完全な模写を描いた理由だよ。自分の代表作をそんな風に改変する意味が分からない。

それは『サユリ』の、ひいては斑目一流斎の価値を下げる行為に他ならない」

 

「じゃあ、どうして……」

 

「一つ考えられるとすれば……『サユリ』が自分の作品じゃないから」

 

「……は?」

 

 

 

 祐介が目を見開いて間の抜けた声をあげる。

 

 

 

「貴様……一線を超えたな。名誉棄損で訴えてやってもいいんだぞ」

 

 

 

 斑目は憤怒の形相で凄み、ベレスを睨みつけるが……ベレスは無視して話を続ける。

 

 

 

「もし『サユリ』が他人の作品なら説明はつく。世間じゃ巨匠なんて呼ばれてるのに、他人の作品を模写して金稼ぎをしなければいけない。

芸術家にとってこれほど惨めなことはない。模写する際にオリジナリティを出したくなっても不思議じゃない。けど、それじゃあ売れない」

 

「……」

 

 

 

 祐介は黙り込み何かを考え込む。

 

 

 

「貴様……!」

 

「あなたには盗作の噂がある。その噂は『サユリ』の発表後にまことしやかに囁かれはじめた。

『サユリ』の成功で味を占めて、今度は弟子のアイデアを盗んで自分の名声に利用した……と考えれば辻褄は合う」

 

 

 

 ベレスの推理に祐介が口を挟む。

 

 

 

「ま、待ってください。もしベレス先生の言う通りだとして……じゃあ『サユリ』の作者はいったい……」

 

「もちろん、斑目さんの最初の弟子――キミのお母さんじゃないかな」

 

「母さん……!? だとしたら、『サユリ』は自画像なのか……?」

 

 

 

 斑目の額に青筋が浮かび、怒りが今にも爆発しそうだ。緊迫感が高まる中、モルガナがベレスに呼びかける。

 

 

 

「おいベレス、この隠されてる絵……匂うぜ」

 

 

 

 モルガナが指し示したベールで隠された絵をベレスが勢いよく取り去る。

そこにはやはり『サユリ』の絵があった。

 

 

 

「これは……!? 本物だ……本物の『サユリ』だ」

 

「これが本物……」

 

 

 

 ベレスと祐介が『サユリ』に近づいて確認しようとすると、斑目から怒号が飛ぶ。

 

 

 

「近づくなァッ!!

 

 

 

 斑目は懐からスマホを取り出して何か操作して告げる。

 

 

 

「警備会社に連絡してやったわ。住居侵入に名誉棄損……貴様、満足に教職を続けられると思うなよ」

 

「斑目先生……本当に……?」

 

「祐介、お前もだ。しばらく警察の厄介になるといい。誰のおかげでお前が生きているのか、よーく考えろ」

 

 

 

 あと数分も経たずに警備会社が飛んでくるぞ、と斑目は凄み勝ち誇る。

 

 

 

「……まずい展開だぜ、ベレス」

 

「そうだね。もちろん捕まるわけにはいかないしやることは一つだ。モルガナは背中に……祐介くん、走るよ」

 

「えっ? あ、ちょっと!」

 

 

 

 背中にモルガナを乗せたベレスは祐介の手を掴んで走り出す。

その背中へ向けて斑目が吼える。

 

 

 

「絶対に逃げられんぞ、貴様ら!!」

 

 

 

 斑目から距離を取ったあと、ベレスはスマホを取り出してイセカイナビを起動する。

 

 

 

「『斑目』」

 

「『美術館』!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 現実から逃れ、マダラメパレスへ入れたのは良かったが何故か空中で投げ出されるベレス達。

 

 

 

「うおおおお!?」

 

「何だ、何が起こっているんだっ!?」

 

 

 

 ベレスは冷静に祐介の掴んだままの腕を引き寄せ、足が地面につかないように横抱きにする。

 

 

 

「先生、何をっ」

 

「黙って。舌を噛むよ」

 

 

 

 10mほどの距離を落下し、何とか着地を決めるベレス。

 

 

 

「……っ」

 

「大丈夫か、ベレス」

 

「足を挫いたかも。流石に無茶だったかな……」

 

 

 

 祐介を下ろすと、パレス内にサイレンが鳴り響いて周囲からわらわらとシャドウが現れる。

足を挫いたベレスは咄嗟に動けず、あっという間に3人はシャドウに拘束されてしまう。

 

 

 

「しまった……!」

 

「パレスの警戒度が急上昇してやがる……」

 

 

 

 10や20で済まない数のシャドウをかき分けて、金色の趣味の悪い着物を着た男が姿を現した。

 

 

 

「絶対に逃げられないと言っただろうが。馬鹿な賊どもめ……」

 

「斑目のシャドウ……か」

 

 

 

 マダラメはつかつかと3人に歩み寄るとシャドウに両腕を掴まれた状態のベレスの髪を掴んで引っ張る。

 

 

 

「貴様は楽に死ねると思うなよ。この美術館(世界)の神とも言える儂をコケにしたのだ……相応の報いを受けて貰わねばな」

 

 

 

 マダラメはシャドウにベレスの口を開けさせて、懐から取り出した液体を無理矢理飲ませる。

 

 

 

「うぐっ……これは……毒か」

 

「その通りだ。塗料には毒のあるものも多数ある。それを調合したものよ……放置すれば苦しみながらのたうち回って死ぬぞ」

 

 

 

 ベレスの額に脂汗が滲みだし、呼吸がしづらいのか次第に荒くなっていく。

 

 

 

「くそっ……しっかりしろ、ベレス!!」

 

 

 

 モルガナは拘束から抜け出そうと暴れるが、どうすることもできない。

そんな中、祐介はただ目の前の現象も理解できないまま、蛮行をただ眺めることしか出来ずにいた。

 

 

 

「このまま、この女が死んでいくのをそこで見ていろ。儂があの女を見殺しにしたようにな……」

 

 

 

 訳が分からない祐介だったが、斑目らしき人物が発した言葉に思わず反応を返す。

 

 

 

「何もかも意味不明だが……なぁ、あなたは斑目先生なのか? あの女とは誰のことを言っている……!?」

 

 

 

 マダラメはシャドウによって地面に倒れ伏す祐介を見下しながら、淡々と質問に答える。

 

 

 

「無論、儂はマダラメだ。あの女とはもちろん――お前の母親のことだ、祐介」

 

「何だと……!!」

 

 

 

 祐介が見上げた先のマダラメは、下卑た顔を浮かべていた。

 

 

 

「あの女は元々病弱だったが、お前を産んだことで身体へ更に負担がかかったのだろう。みるみる病状は悪化していった。

恐らく死期を悟って、何か証を残したかったのか……必死の思いであの『サユリ』を描き上げた。

その矢先だったよ……あの女の容体が急変したのは。儂は閃いた……これで死んでくれれば『サユリ』は儂のものになると!」

 

「それで、見殺しにしたというんですか……!」

 

「そうだ。どのみち、いずれ死ぬ女……タイミングが前後するだけのこと。あの女の名義で『サユリ』を発表しても大した話題にもならん。

儂の名義で発表したほうが、絵の価値もあがるというもの。儂は遺された絵を最大限高めることをしたのだ」

 

「ふざけるなッ!!」

 

 

 

 祐介が怒りを顕に叫ぶが、マダラメは意に介さずむしろ祐介を足蹴にする。

 

 

 

「それが師匠に対する口の利き方か。従順だから置いてやったが、天涯孤独のお前が野垂れ死なずにいるのは誰のおかげか分かっているのか!」

 

「くっ……母さん、ベレス先生……ごめん。俺が無力なばかりに、こんな男に……」

 

 

 

 打ちひしがれる祐介に、息も絶え絶えのベレスが声をかける。

 

 

 

「キミは……無力なんかじゃない。スランプを抜け出そうと……あがいているキミは……斑目なんかより才能がある。

この男は……スランプに向き合わず、他人の才能を盗むことしかできなかった……キミは無力じゃない――逆流に抗う力がある

 

「……!」

 

 

 

 祐介の目が大きく見開かれ――彼の瞳と心に反逆の意志が宿る。

 

 

 

「そうだ……俺は斑目とは違う。他人の未来を奪い、悦に浸るクズなんぞに、俺は負けん……!!」

 

 

 

 

 その時、祐介の顔面を狐の仮面が覆い――脳内に声が響く。

 

 

 


 

『ようやっと目が覚めたかい』

 

『世の理不尽に抗う、それが俺達の本質よ』

 

『流れ流され、真実から目を背け続けた自分から、決別する時だ』

 

『人世の美醜の誠のいろは……今度はキサマが教えてやるがいい!』

 

『いざや契約、ここに結ばん……』

 

『我は汝、汝は我……我が名は――』

 


 

 

 

(きた)れよ――『ゴエモン』ッ!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 時間は少し戻って、雨宮たちは閉ざされた扉が開いた後、その先の警備室でシステムをダウンさせる。

これでパレスの攻略を再開できる……と思い帰ろうとしたところ、非常ベルが鳴り響く。

 

 

 

「何だ!?」

 

「……向こう(現実)で何かあったのかもしれない。隠れて少し様子を見よう」

 

 

 

 物陰に隠れ、様子を眺めていると空から人が落ちてきて――それに呼応するようにシャドウが庭園に集結していく。

その数、20体はくだらないだろう。雨宮達にとっては、帰還ルートが塞がれてしまった形になる。

 

 

 

「おい、どうすんだジョーカー……!」

 

「今、落ちてきた人……恐らく先生(マスター)達だ。どのみちあそこを突破しなければ現実には戻れない……行くぞ」

 

「「了解!!」」

 

 

 

 3人は意を決して物陰から飛び出して、シャドウの群れへ突貫する。

数的不利なのは明らかなので、囲まれたり分断されないように立ち回りながらシャドウを確実に倒していく。

 

 

 

「くそ、キリがねぇ!」

 

「落ち着け。焦っても疲弊するだけだ、ここは着実に行こう」

 

「分かってる、けど……!」

 

 

 

 逸る気持ちを抑え、全体の1/3を倒したところ、中央で強い光と共に状況が大きく動いたようだ。

シャドウたちの注意がそちらに向けられ、散漫になったところを雨宮は見逃さず指示を飛ばす。

 

 

 

「今だ! 一気に突破して中央と合流するぞ!!」

 

 

 

 総攻撃でシャドウの数が薄くなったところを、強引に突破すると――そこにはぐったりとしたベレスと、拘束されたモナ。

 

 

 

「「「先生ッ!!」」」

 

 

 そして1人拘束を外して、たった今ペルソナを覚醒させた狐面の剣士――祐介が立っていた。

 

 

 

「お、お前……それ……」

 

「……何だ、お前たちは。まさか、斑目の手先じゃあるまいな」

 

「俺達はお前の味方だ。その男……斑目一流斎を改心させる為にここに来た」

 

「改心……改心だと!?」

 

 

 

 雨宮たちはターゲット――マダラメへ向き直りそれぞれ自分の仮面に手をかける。

 

 

 

「喜多川くん、私だよ。こんな格好だけど、声でわかるでしょ?」

 

「その声、まさか高巻さん!? ということは、お前は……!」

 

 

 

 祐介は不敵に笑う雨宮のほうへ振り向く。

 

 

 

「そうだ。だが、ここでの俺達はただの学生じゃない。俺達は――」

 

 

 

 雨宮、竜司、杏の3人は一斉に仮面を剥がし、それぞれのペルソナを顕現させる。

 

 

 

「怪盗団『ヴィジランツ』!!」

 

 

 

 マダラメを守るように前に出てきたシャドウたちを蹴散らして、雨宮は腕を振って祐介に参戦を促す。

 

 

 

「切り抜けるぞ。聞きたいこともあるだろうが、話はあとだ」

 

「――分かった。ベレス先生は毒を飲まされた。のんびりしている暇はないぞ」

 

「誰に物を言っている――行くぞ」

 

 

 

 祐介は仮面を剥がし、彼のペルソナと共に剣を構える。

 

 

 

「斬り捨てろ、『ゴエモン』!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

「拘束が緩くなった……今しかねぇ、来い! 『ゾロ』ぉ!!」

 

 

 

 モルガナが拘束を抜け出しペルソナを発動させる。パチンコと魔法(ガル)を駆使して、自身とベレスの周りのシャドウを吹き飛ばす。

 

 

 

「無事か、ベレス!?」

 

「無事……とは言い難い、けど……大丈夫。毒なら……治せる」

 

 

 

 ベレスは紋章に意識を集中し、彼女の生徒『リンハルト』を喚び出した。

 

 

 

「また無茶してますね、先生。懲りない人だ……」

 

「ごめん……解毒頼めるかな」

 

「仕方ないですね……『レスト』」

 

 

 

 ベレスの身体が暖かな光に包まれると、ベレスの青ざめた顔色が生気を取り戻していく。

 

 

 

「挫いた足は自力で治してくださいよ。それで、あと僕は何をすれば? 眠いんですけど……」

 

「ありがとう、リンハルト。キミの魔法でシャドウを蹴散らしてもらいたいところだけど……適任はやはり彼女かな」

 

「でしょうね。それじゃ、僕は昼寝に戻ります」

 

 

 

 リンハルトはふらっと消え、再び紋章に意識を集中し、今度は『エーデルガルト』を喚び出す。

周囲を見回して状況を把握したエーデルガルトは、溜め息を吐いてベレスに顔を向ける。

 

 

 

「いつものことながら、鉄火場に呼び出すのね? (せんせい)

 

「頼りにしている、と受け取ってほしい」

 

「そう言われれば、悪くない気分ね。身体は平気? 無理はしないで頂戴よ」

 

「剣を振るくらいは出来る。行くよ、モナ、エーデルガルト……反撃開始だ」

 

 

 

 

 

 

 

 

「くそ、数が減らねぇ!」

 

「まずいな、こちらも魔力(SP)が心許なくなってきた……」

 

 

 

 後方に控えるマダラメが「出会え、出会え」と声をあげるたびシャドウが流れ込んでくる。

着実に数は減っているはずだが、感覚的には減ったとは思えない。

 

 また、ベレス達を助けるため仕方ないとは言え敵陣の中央に飛び込んだこともあり休まる暇がない。

疲弊は大きくなり、このままではいずれ体力も尽きるだろう――と思ったその時。

 

 

 

「――『狂嵐』!!」

 

「『破天』……!」

 

「吹き飛べ、『マハガル』ッ!!」

 

 

 

 『天帝の剣』の薙ぎ払うような斬撃、『アイムール』の多段衝撃波とモルガナの風魔法(マハガル)でシャドウが次々と倒され、吹き飛ばされていく。

 

 

 

先生(マスター)……! 毒は!?」

 

「リンハルトに治してもらった。でも足を挫いているから、満足には戦えない」

 

「すみません、先生(マスター)。俺のせいで……まだ状況を把握し切れてないんですが、あれは斑目なんですね?」

 

 

 

 祐介が油断なく構えながら、ベレスに説明を求める。

 

 

 

「そうだよ。ここは彼の認知が表れた心象世界だ。あれは斑目の隠している人格(シャドウ)……本人じゃないけど、彼の一部であることに間違いない」

 

「心象世界……この趣味の悪い美術館が、か……」

 

 

 

 深い溜め息を吐いて、つかつかと守る者も少なくなったマダラメに近づいていく。

マダラメを守ろうと祐介にシャドウが1体襲ってくるが、一刀のもとに斬り伏せる。

 

 

 

「斑目先生……あなたには感謝している。俺が画家の道を志せたこと、最高の環境で絵を描けたこと……すべてあなたのおかげだ。

素晴らしい才能を持った兄弟子、弟弟子に出会えたことも、俺にとって良い刺激になった」

 

 

 

 もう一体のシャドウが突っ込んでくるが、その足をゴエモンが凍結させて止まらせる。

 

 

 

「盗作の噂は俺も知っていた。兄弟子から直接聞かされたこともある。

『たまたま被っただけ』『先生がそんなことをするはずがない』……ずっと目を曇らせてきた。

すべては虚像、虚飾だったわけだ。集めた弟子は名声の糧に消され、母が描いた『サユリ』は金儲けの道具でしかない」

 

 

 

 ついに守る者のいなくなったマダラメに、刀が届く距離まで近づく。

 

 

 

「だがあの日々が、俺の人生にとってかけがえのないものだというのも事実だ。

あなたを育ての父と慕い、『サユリ』のような絵を描くことを原動力としてがむしゃらに描き続けたことまで、虚ろとなったわけじゃない。

呆れられるかもしれないが、本当に感謝しているんです。でも、だからこそ……」

 

 

 

 祐介の刀の切っ先が、マダラメの目の前に向けられる。

 

 

 

「俺は貴様を絶対に赦すことはできない。母のため、弟子の皆のため……その罪は贖ってもらう」

 

 

 

 祐介が大上段に刀を構え、振り下ろそうとしたところをベレスが腕を掴んで止める。

 

 

 

「喜多川くん、斬れば斑目は廃人になる。そうなれば、現実の斑目に罪を償わせることはできなくなる」

 

「……廃人か。似合いの末路にも思えるが、それで済ませては納得してくれないでしょうね……」

 

 

 

 祐介は天井を見上げると、頭を振り……ゆっくりと剣を下げ、鞘に納めていく。

 

 

 

「この恩知らずめが……! お前の画家の道は今断たれたぞ。儂に歯向かったことを一生かけて悔いるんだな……!」

 

 

 

 後退り、震えながらも尊大な態度を崩さないマダラメを、祐介は複雑な表情で見送る。

マダラメが踵を返し逃げ出そうとしたところで、ベレスはどこからか殺意が飛んでくることを察知した。

 

 

 

「――皆、後ろに誰かいる!」

 

「「「「「えっ!?」」」」」

 

 

 

 全員が振り返ると、そこには()()()()をつけた全身黒づくめの人物が銃を構えていた。

 

 

 

パァン!!

 

 

 

 一発、銃弾が放たれる。

その銃弾は怪盗団ではなくシャドウマダラメを狙うもの。

 

 

 

「させない!」

 

 

 

 ベレスが素早く反応し、剣の腹を銃弾に当ててその軌道を逸らすことに成功する。

わずかに軌道が逸れた銃弾は、マダラメのこめかみスレスレの壁に着弾する。

 

 「チッ」と舌打ちをすると黒い仮面の人物は足早にその場を去っていく。

「待てよ、おい!」と言って竜司が追いかけようとするが――

 

 

 

「追わないで。殺されるよ」

 

「殺され……っ!?」

 

 

 

 ベレスの強い忠告に思わず足が止まる。

 

 

 

「正体は分からないけど、単身でパレスに入ってる時点でかなりの強者だよ。私と互角以上と思ったほうがいい」

 

「あいつは、マダラメを殺そうとしましたよね」

 

「……少なくとも廃人化させるつもりだったんだろう。理由は分からないけど」

 

 

 

 気が付けばマダラメの姿はなく、シャドウが出てくる気配もなくなった。

 

 

 

「何者なんだろう、あの黒い仮面……。男っぽかったよね?」

 

「体型だけ見ればそうだったな。だが、そういう先入観は危ないなパンサー。ここは認知世界だぞ?」

 

 

 

 杏の推理をモルガナが窘める。

 

 

 

「確かに、割と何でもアリの世界だもんな……」

 

「例えば、自分が男だと認知している女って可能性もあるな。そうでなくても偽装する方法はいくらでもある」

 

 

 

 『黒い仮面』について、あーでもないこーでもないと話していると……祐介がばたりと倒れる。

 

 

 

「喜多川くん!!」

 

「覚醒の反動ってやつだな。今日はもう戻ろうぜ……こいつに色々説明もしてやんなきゃだし」

 

 

 

 モルガナがベレスと雨宮にそう進言すると、二人は頷き祐介を肩に担いで現実に戻ることになった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「なるほど……それで鴨志田という教師は罪を告白――『改心した』わけか」

 

 

 

 ベレスと怪盗団一行は意識を取り戻した祐介と共に近くの喫茶店で祐介にこれまでのことを語って聞かせていた。

 

 

 

「そうだ。斑目も同じようにオタカラを盗めば『改心』できるはずだ」

 

「……心の怪盗団か。本当に実在するとはな」

 

 

 

 祐介は少しの間物思いに耽り、意を決して決意を口にする。

 

 

 

「……俺も怪盗団に加えてくれ。斑目は、俺の手で改心させたい」












雨宮
「ところで……お前は見たんだな? 先生の裸を」

祐介
「ああ、見たが?」

雨宮
「喜多川祐介……お前を怪盗団から追放する」

ベレス
「横暴すぎる……」
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