6月某日。長谷川善吉は怪盗団の資料とにらめっこしていた。
自身で作成した関係者のリストもあり、その中には『ベレス』や『雨宮蓮』などの名前がズラリと並ぶ。
「どいつもこいつも、怪しいと言えば怪しいが……結局これといった証拠じゃないんじゃな……」
はぁっ、と溜め息をついて資料を束ねて席を立つと、「すいません」と背後から声がかかる。
「長谷川先輩……今いいですか」
「あ? 誰かと思えば堂島か。どうした」
堂島刑事は善吉の後輩で、公安に所属する前はコンビを組んで捜査にあたっていたこともあった。
ちなみに
「とあるひき逃げ事件を担当していたんですけど……」
「……ひき逃げか」
善吉は妻をひき逃げで亡くしている。
そういった事情もあり、ひき逃げと聞いただけで善吉の表情は苦くなる。
「まず死亡事故ではないです。重傷ですが一命は取り留めました。そして……一応犯人は捕まってるんです。翌日に自首してきたので」
「自首? まさか『改心』か?」
「いえ、そういう感じじゃないです。ただ、一応目撃した証人がいるんですが、顔が違うって言うんです」
「顔が違う? どういうことだ」
「証人が言うには轢いた車には2人乗ってたらしいです。で、運転席に座ってたのはそいつじゃないと」
「つまり……
善吉の脳裏に苦い記憶が蘇る。妻を轢いた犯人もまさに替え玉だった。真犯人はいるし分かってもいるが……善吉の力では届かなかった。
「はい。そう思って捜査の継続を主張したんですが……上は『自首してきたんだからもういいだろう』と言って打ち切るつもりでいるようです」
「ちっ……相変わらずだな。それで、お前はどうしたいんだ」
「もちろん、真犯人を捕まえたいです。今回は目撃証人もいますから、その後押しがあれば上も動くと思うんです」
「確かにな。で、目星はついてんのか」
「いえ、捜査は止められてますから。だから、
堂島のありえない言葉に善吉は「は?」と溢しながら、手に持った書類もバサバサと落としてしまう。
「何やってんすかもう」と言いながら堂島が書類を広い集めるが、善吉はこめかみを押さえて呻く。
「俺に捜査してもらうってのは……どういう意味だ?」
「そのままの意味ですけど? 先輩、ぶっちゃけ暇でしょう」
「んだとぉ……」
「さっきの独り言聞こえてましたよ。怪盗団の手がかりは何もないんですよね?」
「うぐ……だが、別に暇じゃねぇ。雲を掴むような事件だが、前に進んでる……はずだ」
堂島が書類を集め終えて、善吉に返す。
「さっきは否定しましたけど、自首してきたってことで『改心』と関連付けても不自然じゃないでしょう? 上に目をつけられる心配もない。
捜査も行き詰ってるならいい息抜きになるんじゃないですか? 頼みますよ、先輩」
「お前なあ……」
「まぁ、先輩がやらないならこのまま迷宮入りになるだけです。俺の立場じゃ何も出来ませんから」
「はぁ……分かったよ。捜査するだけならしてやる。検挙に目途ついたらお前も手伝えよ」
「もちろん。では、お願いします。これ、出頭した被疑者の資料です」
「おう。とりあえずこいつの身辺を洗ってみるしかねぇか……」
*
「――『安達 斗真』。こいつか……?」
善吉は堂島の依頼を受けてから3日、被疑者の交友関係を聞き込んでいた。
真犯人に気付かれては口を閉ざす者も出てくるかもしれないと考え、遠回りになるが近すぎる人物はなるべく避けることにした。
時間はかかってしまったが、ようやくそれらしい人物に辿り着いた。
安達という男は最近業績を鰻登りに上げているという会社の創業者の息子だという。
金遣いが荒く、札束をちらつかせて無理矢理言う事を聞かせるようなクズらしい。
「あとはこいつがひき逃げしたって証拠があればいいんだがな……」
善吉は堂島が用意した事件の資料に目を通す。
もし安達が運転していたのなら、車の名義も安達であるのが自然だが――車の名義は間違いなく被疑者のものらしい。
「いざという時に身代わりにするために、金を出してやったのか……? そこまでやるかね、普通……」
証拠が残っているとすれば、事故車両だろう。事故翌日には自首したため、鑑識などは入っていないらしい。
今は修理工場に入っているとのことなので、早速向かうことにする。
「まだ作業に入ってないので事故当時のままですよ」
「そうか、助かる」
善吉は髪の毛など、安達が乗っていた痕跡を探す。が……見つからない。髪の毛一本すらもだ。
「証拠隠滅したのか……そりゃ一日あれば可能だが、そこまでするのか」
捜査は暗礁に乗り上げた。あとはもう目撃証言に頼るしかない。
捜査の過程で安達の顔写真を入手していた善吉は、それを手に目撃証人の元に向かう。しかし――
「すいません、勘違いでした」
「……は?」
「運転していたのは捕まった人で間違いありません。この写真の人は全然知りません。それでは」
目撃証人が証言をひっくり返すことはまれにあるが、ここまで露骨だと何らかの圧力が加えられたと見るべきだろう。
脅迫か、口封じの金か。安達の性質を考えれば後者だろう。
「俺や堂島みたいなのが現れるのも考慮のうちかよ。そこまで慎重なら運転するなっての……」
真犯人が安達だと示す証拠は何もない。証言も覆された。分かっているのに検挙できない。
「クソ……あの時と同じかよ」
渋谷駅前に戻ってきた善吉は、タバコをふかしながら悪態をつく。
ひと気の少ない場所に座り込み、途方に暮れていると近くから若者の声が聞こえてくる。
「ここでいいか――『メメントス』」
その単語にどこかで聞いた覚えがあるような気がしたが、思い出せない。
何とか思い出そうと瞑想していると、目の前の光景がぐにゃりと歪んでいく……。
*
「な……んだ?」
目の前が赤黒い、地下鉄のような空間になる。何故か、強烈な既視感がある。
「そうだ……あの時、シェズに助けられた場所。夢だと思ってたが……」
頬をつねるがしっかりと痛い。しっかりと現実感があり、夢なんかじゃない。
「だが、この場所はなんだ……?」
考えても分かるわけはなかった。ネットで調べてみるかとスマホを取り出すと謎のアプリが起動していた。
「イセカイナビ……これ、何度アンスコしても復活してたあのアプリか。メメントスってのは――この場所の名前か?」
疑問は尽きないが、とりあえず脱出することにした。あの時は化け物に追いかけられ、死ぬところだったのだ。
シェズもいない今、長居する意味はない。あの時はどうやって脱出したのか、思い出そうとしていると……そこに一羽の青い蝶が目の前を飛んでいく。
「――蝶? こんなところに、何で……」
呆然とその行方を追っていると、青い蝶から声が漏れ聞こえてくる。
『貧乏人ってのは便利でいいな。小金を渡すだけで身代わりになったり、何でもやらせ放題だ』
「……!?」
『男も女も斗真さん、斗真様~って俺に媚び諂うのに必死で笑えるぜ。まぁお蔭でいい気分だがな……』
「斗真だと……安達斗真か!」
なぜ蝶から声が聞こえてくるのかは意味不明だが、声の主は安達斗真らしい。
この声を録音すれば証拠になるかもしれない、と思ってスマホを取り出す。しかし、その間にも青い蝶はどこかへと羽ばたいていく。
「お、おい待てっ」
善吉はアプリの起動を諦め、青い蝶を追っていく。化け物を思い出し、一瞬逡巡するがこれを見逃すのはありえない。
蝶とは思えない速度で移動する蝶を見失わないように追いかけていく。
坑道のような迷宮を、青い蝶に導かれるように進んでいく。時折、化け物が徘徊しているのが見えるが蝶が回避しているのか目の前に相対することはなかった。
「どこまで行くんだ……」
追いかける間も、薄っすらと安達の声が聞こえてくる。どれも胸糞が悪くなるような言葉ばかりで反吐が出る。
やがて、青い蝶は行き止まりの黒い空間に辿り着く。そして、その黒の中に溶け込むように消えていく。
「入れってか……」
蝶を追いかけることに夢中で、どうやってここまで来たのか分からない。
今引き返したところで帰れる保証はない。もはや進むしかないと覚悟し、足を踏み入れる。
「蝶は……? 嘘だろ、消えた!?」
あたりを見回すが、蝶の姿は見えない。奥にいるのかと思い、歩を進めると――黒い人影が見える。
「誰だ!?」
豪勢な椅子に座る黒い影は次第にその輪郭が露わになる。
「……安達……斗真!!」
『誰だ、あんた。もしかして警察か? 俺に疑いを向けるとは大したもんだ……』
「何でお前がこんなところに……本物か?」
『そんなわけないだろ。俺は安達斗真のシャドウ……つっても分かるわけねぇか。要はもう1人の安達斗真で、本物じゃあない』
シャドウ安達は不敵な笑みを浮かべて、立ち上がる。
『それで、俺を怪しんだあんたは……俺が罪を犯した証拠を何か見つけたのか? くくく……』
「…………」
『見つかるわけないよな。替え玉を使った時点で、俺は入念に証拠という証拠を潰している。誰も俺は裁けないんだ……はははっ』
「クズ野郎が……」
善吉がシャドウ安達を睨みつけるが、シャドウ安達はどこ吹く風といった様子だ。
『俺がクズだって? クズなのは金なんかのために替え玉になったり、証言を覆す貧乏人のほうだろ。あいつらが応じなきゃ、俺は破滅してたんだぜ?』
「責任を他人に擦り付けてんじゃねぇ! 罪から逃げたお前が悪いに決まってるだろうが……!」
『罪から逃げた、ねぇ。そういうお前はどうなんだよ。随分しょぼくれたツラしてるが、
「な……」
2年前、妻を交通事故で亡くした。ひき逃げだ。捜査の末、犯人は捕まった。
しかし、目撃証言とは食い違う人物が、被疑者として逮捕された。
目撃証言は俺の娘、長谷川茜。茜はある人物が真犯人だと主張し続けたが、圧力があったのか上は取り合わなかった。
人身御供として捧げられた『身代わり』を犯人とすることで、事件は幕引きとなった。
娘は善吉を詰めてきた。「真犯人を捕まえて」と。だが、善吉には何もできなかった。
堂島のように捜査は止められていたし、真犯人と目される男は大物の政治家だ。下手に手を出せば間違いなく不幸なことになる――それを思えば手は出せない。
善吉は見捨てた。被害者である妻を。身代わりにされた犯人とその家族を。
すべては家族の――娘のために。善吉は自分の正義を捨てた。
「そうだ……俺は逃げた。娘を守ることは正しいことだからと……正義を捨てた。被害者を見捨て、悪を……見逃した」
『ふーん、そうなんだ。じゃあ俺も見逃したほうがいいかもな。現実の俺は探偵を雇ってる。俺の周りを嗅ぎまわってたであろうアンタを、今にも特定するだろう』
「お前……まさか」
『金持ちに出来ることは金を恵むだけじゃないぜ。借金を背負わせたり、お前の娘を傷物にすることも出来るんだ』
「……外道が」
善吉は拳を握り締める。ぎりぎりと、爪が食い込むほどに。
『今捜査をやめるなら何もしないさ。どうせ俺は捕まえられないんだから、問題ないでしょ?』
「あぁ、そうだな……客観的な証拠がないんじゃ捕まえられっこない。自白でもしない限りはな……」
『だろ? だからもう諦めて――』
「だったら自白させてやるよ。これからお前をぶん殴ってな!!」
善吉はスーツを脱ぎ捨てて、ファイティングポーズを取る。
『んなっ……け、警察がいいのかよ。傷害罪だろ!』
「現実のお前を殴ればな。でもお前はシャドウとかいうもう1人の安達なんだろう? なら問題ねぇ」
『できるわけがねぇだろうが!! お前のようなくたびれたオッサンに!!』
シャドウ安達の姿が崩れ、仮面の裏に隠れた本当の姿――
「ははは……すげぇな。化けモンに変わっちまった。これやっぱ夢じゃねぇのか……?」
かつて三毛別に出たという
「で――それがお前の本性か。それを見せれば俺がビビると思ったか?」
『思ってるよ。足が小鹿みたいにガクガク震えてるぜ、オッサン』
「あぁそうだよ。くそほどビビってる。でもな……俺は逃げねぇ。震えても、チビっても……悪からは逃げねぇ」
あれからろくに口を聞いてくれなくなった茜の姿が、善吉の脳裏に過ぎる。
「あの時、俺がやるべきことは娘を守るために正義を捨てることじゃない……。
娘を守りながら、正義を貫くべきだった。父親か刑事かを選ぶんじゃなく、父親で刑事なのが俺なんだ……!」
その時、善吉の頭の中で声が響く。
善吉の顔を仮面が覆う――服装も黒づくめのロングコートに変わり、西部劇に出てくるような帽子を被る。
善吉はその仮面を、渾身の力で引き剥がす。脳内に響く名前を叫びながら。
「――『バルジャン』ッ!!」
善吉の背後に監獄と鎖の意匠が施された、今の善吉とよく似た姿の偉丈夫が現れる。
『そ、その姿……お前まさか――』
「喋ってんじゃねぇよ駄犬。お前が発していいのは、罪を認める言葉だけだ!」
背中に背負った大剣を突きつけて、善吉は吠える。
「何がどうなってんだか分からんが……すこぶるいい気分だ」
――ならば、存分に力を奮うがいい。我が半身よ――
「ああ……そうさせてもらう!」
善吉の脳裏に
「――『指弾』!!」
バルジャンから放たれた銃弾が
「痛いだろう!? 早いとこ吐いて楽になっちまえよ!!」
『っざけんな!! この悪徳刑事がぁ!!』
「今は刑事じゃねえ。公安の捜査官だ!!」
オルトロスの
「火力が足んねぇか――なら、これか? 『タルカジャ』」
――それも良いが、それでも足りぬなら『狂化』を使え。肉体の限界を超えた力を得られよう――
「狂化ぁ? まぁいい、やってみるか!」
『狂化』を発動すると、善吉の身体を赤いオーラが包み込む。力が噴き上がるのを感じるが、代わりにジワジワと体力が削られていく。
「おい、こちとら40代のおっさんだぞ。これじゃ俺のほうが先に倒れちまう!」
――フッ、心配するな。狂化中は攻撃によって敵の生気を吸収できる――
「はーん、なら……とにかく暴れまくればヨシ! ってことだな!!」
善吉は何も考えず斬った。敵の手を、脚を、胴体を、頚を。時に攻撃を回避し、何度も攻撃を喰らいながらも、一歩も退くことなく斬り続けた。
『も、もうやめてくれぇ!! 反省するからこれ以上は――』
「あ~何だって? 聞こえねぇな、悪人の命乞いなんざ!!」
善吉は大剣を中段に構え、態勢を低くする。バルジャンも呼応するように同じ構えを取る。
「罪の重さを思い知れ――『電光石火』ぁ!!」
巨大な斬撃の波状攻撃がオルトロスを襲い――それが過ぎ去った頃にはもう獣の姿はなく。
だらりと肩を落とし、力なくただ立っているだけのシャドウ安達の姿があるだけだった。
『最初はただ、金を見せびらかして
そのうち、金をせびってくるもんだから対価としてパシらせたり、女を連れて来させたり……それが次第に面白くなってエスカレートしていった。
金があれば人なんか簡単に操れる、そう思った俺は……』
「あー悪い、その話長くなるか? 俺が聞きたいのはたった一つ。お前が罪を認めるかどうかなんだが?」
『……認める。これから警察にいって自首する。それでいいんだろ、怪――』
「よし。――ってお前は本物の安達じゃないんだから認めさせても意味ねぇか……」
善吉は
正義を燃やした熱が冷め、冷静になると(何やってんだ俺は……)と下を向く。
「……って何だこの服は!? 暴走族でも着ねえぞこんなの!?」
善吉が今更変化した自分の格好に驚いていると、シャドウ安達の胸のあたりから光る何かが浮き出してくる。
『早く
「あ? 何のことだよ……まぁいい。貰えるもんは貰っとくか……」
その
「……消えた。何だったんだ、こりゃ……」
呆然とする善吉を、突如猛烈な疲労感が襲う。膝をつき、立つこともままならない。
ドサッとその場に倒れ伏し、動けなくなる。ペルソナ覚醒後の虚脱現象だが、善吉は知る由もない。
「くそ……年甲斐もなくはしゃぎすぎたか……? まぁいい、どうせ夢だろ、これも……」
動けない善吉の前に、再びあの一羽の青い蝶が舞う。
善吉を讃えるように、ひとしきり善吉の周りを舞ったあと何かを落とした。辛うじて動く右手でそれを掴む。
「なんだこりゃ……『カエレール』?」
*
「おい、おっさん! 大丈夫か?」
呼びかけられて善吉が目を覚ますと、そこは先程タバコをふかしていた場所だった。
「……やっぱり夢だったか」
「なぁ、しんどいなら肩貸すぜ。立てるかよ、おっさん」
「ああ、大丈夫だ――……ってお前らは」
目の前に立っていた2人の男子高校生には見覚えがあった。金髪のヤンキーと黒髪のメガネ。
明智と秀尽高校で聞き込みをした時に最後に話した相手だ。
「久しぶりですね。警察の……公安の捜査官でしたっけ? 名前は確か……」
「長谷川だ。長谷川善吉……そういやお前には名刺を渡してたっけな」
「その公安が何でこんなとこで寝てんだ……?」
「うるせえ。大人には色々あんだよ……」
疲労感はまだ残っているが、路上で寝ていたせいだろうと善吉は自分を納得させる。
スーツの砂埃を払いつつ。善吉はしっかりと立ち上がる。
「迷惑かけたな。最近の若い奴らなら黙って通り過ぎるところを……見直したぜ」
「普通のことだろ。あ、でもよ……もし恩に感じるんなら怪盗団追うのやめてくんね?」
「そんなわけにいくか。ったく……だが感謝はしておく。ありがとよ」
善吉は2人に別れを告げて自宅へ帰っていく。
翌日が非番なこともあり、その日は泥のように眠り――そして翌朝。善吉の部屋に電話の呼び出し音が響く。
「もしもし、長谷川だが」
『あ、堂島です。先輩、大変ですよ!』
「何だよ、朝っぱらから……」
『あのひき逃げの真犯人が自首してきたんですよ!!』
「……何?」
善吉の脳裏に昨日の出来事が過ぎる。夢じゃないようで、やっぱり夢だったあの出来事。
『しかもですよ? ひき逃げだけじゃなく、色々吐いてるみたいで……上は怪盗団の仕業じゃないかと』
「か、怪盗団?」
『安達斗真って奴なんですけどね。昨夜から罪の意識に苛まれた、って供述してるそうですよ』
「安達……いや、まさか……」
『先輩? どうしたんですか?』
もしあれが現実の出来事だったなら、善吉がやったことは――
善吉は通話終了ボタンをタップして、ブラウザを立ち上げる。
怪盗お願いチャンネル。怪盗団への依頼は大物も小者も、すべてこのサイトで依頼されたものだ。
しかし、どんな依頼でも怪盗団は受けるわけではない。被害の大きさや、警察で手に負えない悪人かどうかで選んでいる。
そして、もう一つ怪盗団への依頼に欠かせないものがある。
『俺の兄が警察に捕まってしまいました。犯人じゃないのに。
真犯人に脅されて、金をやるからって言われて自首してしまったんです。
あいつを改心させてください。お願いします!』
・・・
『改心してくれてありがとうございます!
今警察から連絡があって真犯人が自首してきたって言われました』
「名前が書いてねぇ……ってことは怪盗団は改心できないはず……だよな」
つまり、あの安達斗真を改心させたのは――
「俺じゃねえか!!」
*
同月某日。ベレスは秀尽で授業を終えた後、雨宮を呼び止める。
「雨宮くん、ちょっといいかな?」
「どうしました?」
ベレスはスマホを取り出し、怪盗お願いチャンネルの依頼を雨宮に見せる。
「この依頼って……やってないよね?」
「名前が書いてないので……それに全会一致で決めるので先生が知らないってことはないですよ」
「……だよね。たまたま……ってことかな」
ベレスは首をひねりながら、その場をあとにした。
*
同月某日。長谷川茜が住む善吉の実家に、一件の留守番メッセージが録音された。
『あー、茜? 善吉だ。お前がこの留守電を聞いてるかどうか分からんが、決意表明としてここに残しておく。
俺は、大和田を検挙することを諦めない。どんな方法を使っても、奴を豚箱に放り込む。
今まで俺は大和田を追うことで茜が不幸になることを恐れてた。
ぶっちゃけ今も怖いが……他でもないお前が望んでることだ。
俺はお前を守って、なおかつ大和田を捕まえる。
二兎を追うものは、なんて言わせねぇ。俺はお前の父親で、公安の捜査官だ。それぐらい、やってみせるさ。
今まですまなかった、茜。
そういや聞いたぞ、怪盗団のファンなんだってな?
実は今、俺は怪盗団を捜査している。色々お前と話せることもあるかもな――』
次話から3章です。