翌日、4月12日。
『パレスに関わるな』とベレスに釘を刺されていた雨宮と竜司だったが、
結局、こっそりと『城のパレス』へ行く方法を探していた。
「……くそ、また学校に出た」
「適当に行ってもダメなんじゃないか? 何か条件があると思う」
「条件って何だよ……。呪文でも唱えろってか?」
「呪文か……いい線いってる気がする」
「マジ? でもまぁあんな世界だもんなぁ」
竜司が途方に暮れる。
「坂本は鴨志田に何か被害を受けたのか?」
「陸上部を潰されたんだ。挑発して、俺に暴力を振るわせてな。
俺、インターハイ出場できそうなエースだったから――バレー部の功績が霞むと思ったんだろ。
脚もあいつのクソトレーニングでダメになっちまった……今思い出してもムカつくぜ」
「……許せないなそれは」
「あいつが、今も大手を振って教師やってやがるのが許せねー。
今もバレー部の奴らは、鴨志田の功績のためにボロボロになってんだろ?
どうにかしてぇよ……ベレ先には止められたけど、あの『パレス』……絶対何かあるぜ」
竜司は学校を見上げてうんうん唸りだす。
「ああ、俺もそう思う。でも、二人で行くのは危険じゃないか?」
「あの猫……モルガナもいるし平気だろ」
「今日、いるとは限らないけどな……」
あまりに楽観的な竜司の考えに頭が痛くなる雨宮。
「とりあえず、もう一回りしてみるか?」
「……スマホで調べてみよう。『パレス 行き方』……駄目だな」
「そういやさ……あん時スマホから声がしなかったか?
ナビゲートとか、帰る時もホームに帰還、とかなんとか……」
「待て……そういや謎のアプリがあったな。何回消してもインストールされるやつ」
「呪いのアプリかよ……ん? 俺のスマホにもあるぞ。『イセカイナビ』……!?」
「『侵入履歴』……これで入れるのか?」
雨宮がアプリを操作しようとしたその時、二人の肩に手が置かれる。
「何してるのかな? 二人とも」
「げっ……ベレ先」
竜司は引き攣った顔でベレスのほうへ振り返る。
「……どうも」
「やっぱりパレスへ行くつもりだったか。そのアプリ」
ベレスは二人からスマホを取り上げる。
「ということは、行き方はこれで正解ってことですか」
「うん。たぶんね。でも行っちゃダメだよ」
「……先生は興味が湧かないんですか、あのパレスに。
もしかしたらあそこで、バレー部を鴨志田の横暴から救う手立てが得られるかもしれないのに」
「興味がないと言えば嘘になるね。でも、キミ達が関わる必要はない」
ベレスには取りつく島もない。絶対に関わらせる気はないようだ。
「俺は鴨志田を何とかしてぇ理由はあるぜ。知ってるだろ、陸上部の件」
「そうだね。でも、キミは戦うための力がない」
「力なら、俺は持ってますけど」
「確かに。でもキミは鴨志田に何の被害も受けてない。
坂本とも昨日今日の関係だし、危険を犯す理由にはならない」
二人はベレスに完全に言い負かされてしまったかのように見えた。だが……。
「先生は俺の『前歴』のこと、詳しく知ってますか」
突然、雨宮が話題を変えてきてベレスは思わず当惑する。
「傷害事件ってことしか知らないけど……何?」
「あれは冤罪なんです。確かに結果的に怪我させたのは確かですけど――」
雨宮は語る。
帰りが遅くなった夜、女性の助けを求める声がしてそこに駆けつけた雨宮。
そこには嫌がる女性を無理矢理車に連れ込もうとする悪漢がいたという。
雨宮は女性を助けようと割って入り、男と女性を引き剥がそうとした。
しかし、男は酔っていたらしく、ふらついて道路のポールに頭をぶつけてしまう。
雨宮にとって最悪だったのは、男はきわめて高い地位にある大人だったことだ。
そこからあれよあれよと警察に逮捕され、保護観察処分を受けることになった。
「んだよそれ……クソすぎんだろ!?」
「酷い話だね……それが?」
「ベレス先生は、俺が女性を助けようとしたことが間違いだと思いますか?」
「思わないよ。キミは正しいことをした」
「はい、俺もそう思います。前歴は悔しいですけど、行動に悔いはない。
だからこそ、俺は誰かを助けるチャンスがあるなら逃げたくないんです」
「――それが無関係の人間でも?」
「そういう問題じゃないんです。もし助けられるのに助けないなら
それはあの時の俺自身を否定することになる。
間違いだった、余計なことをするべきじゃなかった……そう思いたくはない」
そこまで話しきると、雨宮はじっとベレスを見つめて黙る。
「そう……キミは思ったより立派な人間みたいだね」
「俺に『人助け』をさせてくれますか、ベレス先生」
「……しょうがないな。その代わり、私も同行するよ。
色々考えたけど結局、鴨志田先生を追い詰める手段は限りなく少ないみたいだし」
ベレスはそう言って二人にスマホを返却する。
「俺もついていっていいよな、ベレ先!?」
「……私の指示をちゃんと守れるなら。あとちゃんと先生って呼ぶこと」
「っし!! 雨宮、早速行こうぜ」
「ああ」
雨宮がスマホの画面をタップしようとした、まさにその時。
「ベレスせんせーーーっ!!」
赤髪赤リボンの女子生徒――芳澤かすみがこちらに手を振りながら駆け寄ってくる。
「かすみ!? 雨宮くん、ストッ」
『ナビゲーションを開始します』
ベレスの制止もむなしく、景色は学校から『城』へと変わっていく……。
*
「な、何ですかこれっ!? が、学校が中世のお城に!?」
口に手を当て、驚愕に染まった表情で変わり果てた学校を見るかすみ。
その傍らでベレスは頭を抱えていた。
「迂闊……かすみを巻き込んでしまうなんて……」
「今のはしょうがねーよ」
「でも、どうします? 彼女は関係ないですよね」
「……非戦闘員を2人は抱えられない。かすみは外へ連れ出すしかない」
「……だな。てわけだ、芳澤。悪いな」
竜司は驚愕に呆けているかすみをUターンさせて、その背中を押して出口へ向かわせる。
「ちょ、せ、先生? これって……それにその格好は!? どういうことなんですか??」
「ごめん、後で説明はする。そこを抜けたら学校に戻れるから、大人しくしていて」
「約束ですからね!? 絶対説明してくださいねぇーーーー!?」
そう叫びながらかすみは現実へ戻っていった。
「で、どうするよ先生」
「まずはモルガナと合流したいな。この世界で何が出来るのか、確認したい」
「そうですね……ただ危険なだけの場所なら、本当に来る意味はないですし」
などと話していると、ひょこひょこと足音が近づいてくる。
「ワガハイならここにいるぜ――ってかお前らうるせーよ。シャドウに気付かれたらどうすんだ」
「シャドウ?」
「あの仮面を被った敵のことだ。ペルソナに対するシャドウ……常識だぜ」
「ペルソナとシャドウ……そういや、心理学用語でそんなのがあったような」
「詳しいな、先生」
「知り合いにカウンセラーがいてね。でも聞きかじった程度の知識だから、詳しくはないよ」
ベレスは肩をすくめてかぶりを振る。
「ところで、モルガナはもしかしてずっとここに? ちゃんと食べてる?」
「流石にずっとってわけじゃないぜ。いつも夕方には現実へ戻ってる。
メシは満足には食えてないが……まぁ気にするな」
モルガナはお腹を押さえながら、3人を見上げる。
「まぁどう見ても野良猫だもんな、お前」
「だから猫じゃねーって……で、何だって? パレスで何が出来るか?」
「うん。あの鴨志田って男に現実で苦しめられてる人たちがいるんだ。
どうにかして助けてあげたいけど、現実だと難しい。何とかならないかな」
「なら、いい方法があるぜ。このパレスのどこかにある『オタカラ』――
『歪んだ欲望』を盗んじまえばいい。そうすればそいつは自分の悪行に耐えられなくなる。
つまりは『改心』だな。罪を告白させて、罪を償わせることができる……はずだ。
認知世界でのことは記憶にも残らないし、足もつかない」
モルガナはドヤ顔で説明を一息で言い切った。
「おお、すげーじゃん! そんな方法があんなら……!!」
「パレスに侵入する価値はあるね。あとは……本当に鴨志田が体罰をしているかどうかだね」
「何言ってんだよ先生、やってるに決まってるだろ!?」
竜司がベレスに喰ってかかるが、ベレスは冷静にそれを手で制する。
「私達はボロボロのバレー部員しか見てないよ。それだけじゃ確信はできない。
例えば、鴨志田の本気のスパイクを部員に受けさせたとして、それは体罰?」
「……体罰じゃねーの?」
「そうとも言えるね。でも、「練習の一環」と言われれば何も言えないんだよ。
だから、実際に暴力とか、やるべきことをやってないという確信、できれば証拠が欲しい」
「そこまで慎重になる理由は?」
ベレスは雨宮の質問には直接答えず、モルガナへ向き直る。
「モルガナ、その『改心』って何かリスクがあるんじゃないの?」
「よく分かったな。まず、ワガハイはそれをやったことがないから
知識として知っているものの、実際やったらどうなるかは分からないのが一つ」
「やったことないのに何で知ってるんだ?」
「それは……ワガハイも分からない。で……もし、『改心』が起こらなかった場合――
最悪、『廃人化』もあり得る。心から欲望を取り除くわけだからな……」
「廃人って……」
「もう一つは、『不可逆』ってことだな。『改心』にせよ『廃人化』にせよ、元には戻せない」
「……分かった? 私が慎重になる理由」
ベレスが2人に向き直る。
「はい、とても」
「いくら鴨志田が嫌いでも廃人になるかもって考えたらな……。で、どうするんだ?」
「この前の地下牢を詳しく探索したい。どうかな、モルガナ」
「ワガハイとしてはお勧めできないな。警戒もされてるだろうし……。
まぁでも……ベレスがいれば何とかなるかもな」
「よし……早速行ってみよう」
*
何体かの敵を倒し、『鴨志田 愛の修練場』と書かれた扉を見つける。
「愛の修練場だぁ? ふざけやがって鴨志田の奴……!」
「行ってみよう……うまくいけば証拠が掴めるかも」
ベレスを先頭に、一行は愛の修練場と題された地下牢を探索していく。
「先生、あれ……!」
雨宮が指差した地下牢では、兵士たちに体罰を受けているバレー部員の姿があった。
「こっちもだぞ、先生……」
竜司が指差した地下牢では、休みなし給水なしで走り込みをさせられる部員の姿があった。
「こりゃひでぇな……」
モルガナが覗いている地下牢には、強烈なスパイクを全身で受けている部員の姿があった。
「スマホのカメラで撮っておこう――あれ、使えない」
「パレスでは電子機器の類は使えないぜ? 何でかはワガハイも知らん」
「そうなのか……困ったな」
思わぬ落とし穴に考え込むベレス。
「デジタルがダメならアナログな手段を取るしかないだろ。
こいつらの顔全員覚えて、現実で問い詰めてやりゃあいい!」
「なるほど……坂本にしては冴えてるな」
「おめーはいちいち辛辣だな!?
とりあえず一番顔見知りの多い俺が覚えっから、ちょっと待ってろ」
10分ほどかけて、竜司がすべての部員の顔を記憶する。
「それじゃ、脱出するぞ」
モルガナが先導して、正面ホールまで一気に駆け抜ける。
そこに辿り着くと、モルガナが突然足を止める。
「ちっ、長居しすぎたか……」
ホールのあちこちからゾロゾロと兵士が出てくる。
そして中央の階段から城主――カモシダが降りてくる。
「また貴様らとはな。過ちを二度も繰り返すとは……救いがたい愚かさだ」
「鴨志田……! もう学校はテメェの城なんかじゃなくなるぜ。
あいつらの顔はもう覚えた。観念しやがれってんだ!!」
「負け犬が……。お前が何をしても俺様の支配は揺るがん。
暴力で陸上部を潰し、今は素行不良のお前の言葉など、誰が信じると思う?」
「てめぇッ!!」
鴨志田に殴りかかろうとする竜司を、ベレスが肩を掴んで止める。
「下がって。私の指示は聞くって約束したよね」
「くそっ……」
「先生、この状況は……」
「うん、かなりまずい。一番まずいのは、私達の侵入ルートがバレることだ。
だから、次を考えたら強引に逃げるわけにはいかない」
「こいつらを退かせる必要があるってことか……!」
兵士達が一歩、また一歩とベレス達ににじり寄ってくる。
「そうそう、今日は特別ゲストを用意しているぞ」
「……特別ゲスト?」
「ふん……貴様は特別強いようだからな。おい、早く来いッ」
鴨志田が虚空へ呼びかけると、何者かが目の前に降りてくる。
「あんたの指図は受けないって言ったでしょ」
「何だと……?」
「あたしの目的はただ一つ」
紫の髪と、右目が髪で隠れているのが特徴の女戦士――いや傭兵と言ったほうが正しいかもしれない。
その女傭兵が剣でベレスを差して宣言する。
「『灰色の悪魔』を殺すこと――それだけよッ!!」