翌日、4月16日。放課後、一同は屋上でまず、それぞれの報告会をした。
「……ってことがあったんだ」
まずベレスが鴨志田との食事会で会ったことを話した。
3人の卒業の確約と引き換えに結婚しろという鴨志田の提案。
そしてその直後、睡眠薬を盛られて襲われそうになったこと。
「……っざけんなよ鴨志田の野郎……下衆すぎんだろ」
「それもだけど、睡眠薬盛ってまでって……ほんとに先生が無事でよかった」
「先生、まさかその提案、受けないですよね?」
「もちろん……でも、『改心』できなければ……致し方ないとも思うよ」
ベレスの示した覚悟に、雨宮と坂本の表情が曇る。
恐らくそうなった場合、仮に止めても止まることはないだろう。
「そんなっ! 先生が犠牲になるなんてダメですよ」
「だから、そうならないように確実に『改心』は成功させるんだ。皆の力でね」
「そんなこと言われたら……ガチで頑張るしかねーじゃねぇか」
坂本は拳を握りしめて、決意を新たにする。
「じゃあ、次は俺から報告します」
次は雨宮から報告がされる。
鴨志田から退学を通告されたこと。即時ではなく、理事会まで2週間ほど時間があること。
そしてその勢いのまま、パレスへ向かったこと。
「とりあえず、パレスへ向かう時は私に許可をとってほしい。
加えて、私が同行しない場合は必ずモルガナを入れて4人以上で向かうこと。
絶対に無理しないこと。|魔力≪SP≫が少なくなってきたら、すぐに帰還すること」
「はい……すみませんでした、先生」
雨宮が改めて頭を下げると、坂本も追随して頭を下げた。
モルガナも、控えめに頭を下げる。
「あまり強く言ってこなかった私も悪いからね、今回はこれぐらいで不問にするよ。
それで、まだ何か報告はある?」
「えっと、そうですね……俺がパレスのシャドウをペルソナとして使えるようになりました」
「……え」
さらりととんでもないことを言ってのけた雨宮に、ベレスは固まる。
「何それ、すごっ」
「それって、私達もできるんですか?」
「いや……たぶん無理。色々試したけど、こいつ以外には無反応だったぜ」
坂本は肩をすくめて悔しそうに答える。
「特別な力……まさしく『
「ジョーカー? ってーと、トランプのあれか」
「そうだ……ついでに提案なんだが、全員パレスでは『コードネーム』で呼び合わないか?」
モルガナが突然そんなことを言い出す。
パレスという認知世界で本名で呼び合っていては、本人にも何らか影響が出ないとも限らない。
コードネームで呼び合うことで、万が一が起こらないようにしたいという。
その後、全員で話し合いそれぞれのコードネームが決まった。
雨宮蓮が『ジョーカー』。
坂本竜司は『スカル』。
モルガナは『モナ』。
芳澤かすみは『ヴァイオレット』。
高巻杏は『パンサー』。
「で、先生のコードネームなんだが……」
「別に何でもいいよ。でも教師って分かるのは避けてほしい」
「じゃ、『先生』はダメか……じゃあ『師匠』とか?」
「指揮官みたいな感じだし、『コマンダー』とか」
「『フィクサー』、『フューラー』……はまずいか」
「『マスター』なんてどうです?」
生徒たちの案を聞いて、ベレスは適当に決める。
「じゃあ……『マスター』か『師匠』でいいよ」
「呼びたいほうでってことですね? 分かりました!」
「……話が脱線したね。雨宮の特別な力に話を戻すよ。
それが使えるようになったのは、何か心当たりはある?」
「そう、ですね……その――こっちに来てから夢を見るんです。牢屋に入っていて、
少女の看守2人と、鼻の長い老人によく分からないことを言われる、そんな夢で」
「……それで?」
ベレスは説明を咀嚼しながら、続きを促す。
「何度も見るのと、言われる内容も毎回違ってるんです。
それに、いやにリアリティがあって……俺は夢は忘れるタイプなんですけど
あの夢ははっきり覚えてるんです」
「……不思議な夢、としか言えないね。それぐらいしか思い当たるフシはない、ってことでいい?」
「はい。また見たら、先生に報告しましょうか」
「そうだね……何かいつもと違うことがあれば、お願い」
雨宮の報告はそこで終わり、最後にかすみの報告。
ベレスから電話を受けた後、パレスに入ったが杏を巻き込んだこと。
説明を躊躇っていたら、杏が城へ突っ込んでいき、浚われてしまったこと。
「それで、助けようと思ってまず雨宮先輩と合流しようと探してた時にですね。
あの……シェズさんとばったり会ったんです」
「えっ……シェズと? 襲われなかった?」
ベレスの上擦った問いに、かすみは勢いよく首を振って否定する。
「いえいえ、寧ろこの前殺しそうになったのを謝られたんです。
それで、お詫びもかねて杏先輩が連れていかれた場所まで案内してくれて……」
「……良い人じゃね?」
竜司が第一印象とのギャップに首を傾げる。
「そのあと、カモシダとひと悶着あって、高巻先輩が覚醒して……
カモシダが呼び出したシャドウと、認知存在のベレス先生が出てきまして。
なんと、シェズさんも一緒に戦ってくれたんです」
「良い人じゃんッ」
「坂本、うるさい」
「すんません」
「私も、ベレス先生の命を狙ってることを除けば良い人だと思います」
かすみが力強く断言すると、杏もうんうんと頷いた。
「そこが一番問題なんだけど……まぁ、少なくとも悪い人ではないね」
「何とか仲間に引き込めないかな?」
「そりゃ難しいと思うぜ、アン殿。ベレスに仲間を殺されてるんじゃな……」
「そうだね……でも、逆に言えば
「どういうこったよ?」
「つまり、カモシダの改心を何らかの形で手伝ってもらうんだ。
その報酬として、私と戦ってもらう。今度こそ、対等な形でね」
「……勝てるんですか」
雨宮が最初の戦いを思い出し、心配そうな声を出す。
「まだ分からない。でも、それにはきっとキミ達の成長が不可欠になる。
もし、カモシダとオタカラを巡って戦うことになった時、キミ達がピンチになれば
私はきっと自分の命よりも、キミ達を優先してしまうだろうから」
「……先生」
「もっとも、シェズとは次いつまた会えるか分からない。だからこの話はここでおしまい。
さて、報告会はこれで終わりだ。次は……鴨志田の改心について話そうか」
ベレスはパンパンと手を叩き、話題を切り替える。
「いよいよ改心するんだな……」
「うん。というかするしかない。できないと2人が退学するか、私が鴨志田と結婚することになる」
「どっちも嫌です! だから、頑張りましょう! みんなで!」
かすみが大声で宣言すると、全員が黙って頷いた。
「そこで、モルガナに聞いておきたい。『改心』はパレスのオタカラを盗み出せばいいんだったね?
それだけでいいのかな?」
ベレスの問いに、モルガナは頭を振る。
「いや、そう簡単にはいかないぜ。『オタカラ』は見つけただけじゃ盗めないはずだ。
パレスを持つような歪んだ欲望は、もはや本人そのものと言ってもいいものになっちまってる。
周りから見たら歪んでるように見えても、本人はそう思ってねー……。
鴨志田も色々事件を起こしているが、本人は自分が悪いとも思ってねーだろうぜ。
だから、その歪みを自覚させてやる必要がある。その上で「そいつを奪ってやる」と予告するんだ。
そうすれば、『オタカラ』はパレス内で物質となって現れるはずだ」
「つまり、犯行予告みたいなことをしないといけないのか」
「そうだ。まさしく怪盗だな。
『今夜、お前のオタカラを頂戴する』ってな感じで、予告状を出せばいい」
「予告状……か」
ベレスが物憂げな表情で考え込む。
「どしたよ、先生」
「いや、予告状を出すのは普通に犯罪だからね……」
「え? あ、そっか……」
軽く考えていたのか、ベレス以外全員の顔に汗が浮かぶ。
「威力業務妨害、脅迫、民事なら名誉棄損か。
パレスでの怪盗行為は取り締まれないとしても、こっちはバレたら確実に逮捕されるよ」
「イタズラでは……済まねーよな」
「うん――
ベレスが呼びかけると、
「もちろんだ」「たりめーだろ!」「当然でしょ」「愚問だぜ」「やりましょう、先生!」
と生徒たちの声が食い気味で次々と挙がる。
その声を聞いてベレスは神妙な顔で頷く。
「みんなの意志は分かった。
予告状は犯罪、だからこそ、しっかり対策する必要がある。
今から考えておいて損はない」
ベレスはモルガナへ向き直る。
「モルガナ、予告状は鴨志田1人に渡せばいいのかな?」
「どうかな……それじゃ鴨志田はイタズラって思っちまうんじゃねーか?
学校中にばら撒いて、騒ぎにしちまったほうが意識すると思うぜ」
「確かに……。
その場合、予告状を何枚作らないといけないけど、これは物的証拠になる。
ばら撒いたあと回収なんてできない。必ず警察の手に渡る。
予告状から特定されることだけは避けたいところだね」
「えーっと……じゃあ手書きは筆跡とかでバレるし、パソコンとか?」
竜司が思い付きを口にする。
「作成したデータがパソコンに残るから、それはやめたほうがいい。
消しても復元できるとか言うしね。
それに、パソコンは印刷しないと出力できない。
プリンターに履歴が残るとそれもまた証拠になってしまう」
「履歴は消せばいいですけど……もし消し忘れてたら終わりですしね」
かすみが神妙な顔で呟く。
「だから、手作りが一番バレにくいと思う。
文字は新聞や雑誌の切り抜きを使えばいい……よくある手口だけど、それが確実」
「あとは……どうやって届けるの?」
「そこはワガハイに任せろ。この身体なら、学校に夜のうちに忍び込める」
「うん、それが一番いいと思う。予告状に関しては、こんなところかな」
ベレスがふぅと一息ついた。
「……まだ何かあるんですか?」
「うん。このパレスを使った『改心』……今後も続けるのかどうか」
「鴨志田以降も……ってことスか」
「そう。続けるなら、最初の『予告状』と『改心』が鴨志田ということで
警察がこの学校関係者を捜査対象にする可能性が極めて高い」
「今回で終わったら、どうなります?」
「その場合も学校関係者は捜査対象になり得るけど、
『予告状』にまつわる犯罪が取り沙汰されるだけで、そこまで大掛かりなものにはならないはず。
でも『改心』が続けば、それが犯罪に問えるかは別として、警察も捜査せざるを得ない。
続けるつもりなら、それ相応の対策をしないと逮捕の可能性が高まる。
だから今聞いておきたい」
ベレスは全員を見回して意志を問う。
「正直、今は先のことは分かりません。
でもこの力で誰かを助けられるとしたら、俺はその選択から逃げたくありません」
「俺も、世の中のクソみてーな大人を『改心』できるなら、やらない選択肢はあり得ねー」
雨宮、竜司が決意を口にする。
「私も、鴨志田みたいな大人が他にいるなら、『改心』させたい。
危険なのは分かるけど、今の段階では続ける可能性を残しておきたいです」
杏も続ける意思を固める。
「私は……何だか成り行きでここまで来た感じがあって……。
でも、続けるならお手伝いはしたいです」
かすみは少し申し訳なさそうに答える。
「かすみはそれでいいよ。新体操もあるし、できる範囲で参加してくれたらいい」
「……はい、すみません」
かすみが頭を下げる。
「気にすんなって」
「芳澤さんって『特待』だっけ? 大変だよね……」
「手伝ってくれるだけでも助かる」
ベレスはこほんと咳ばらいをして、話を先に進める。
「最初の『改心』が鴨志田となると、その被害者にあたる坂本くん、三島くん、
鈴井さん、その友達の高巻さんに疑いの目が向けられるのは間違いない。
だから、その前から『改心事件』があって、その噂から
そういう形なら、疑惑は残るもののかなり薄まるんじゃないかと思う」
「先に鴨志田以外を改心しておくってことか? それ厳しくないっすか……その、時間的に」
「それが無理なら、続けるのはリスクが大きすぎるよ。別に鴨志田みたいな有名人じゃなくてもいいんだ。
その界隈の人間しか知らないような小者でもいい……できないかな、モルガナ」
「できるぜ。パレスを持たない、歪みの小さな一般人も改心する方法がある。
*
渋谷駅。目立たない場所でイセカイナビに『メメントス』と入力すると風景は一変した。
全体的に赤黒い地下鉄を思わせる異様な空間。
「これがみんなのパレス……?」
「ああ。小悪党はここに空間を持ってる。
通常は行き止まりになって入れないが、名前が分かっていれば入口が見えるようになるはずだ……たぶん」
モルガナが自信なさげに答える。
「で、先生。どうやってその小悪党を見つけんだ?」
「Webサイトでも作って募集――というのを考えてたけど、すぐ特定されるだろうしね。
そういうのは怪盗が話題になってから、ファンに作ってもらったほうがいい。
というわけで、今の段階で出来るとしたら、匿名掲示板で募集するぐらいかな」
「匿名掲示板って、5ちゃんねるとか?」
「そっちも発信元は特定されるのでは?」
「いや、それは問題ないよ。実はハッカーの知り合いがいてね……
その子が『絶対に特定されない』と豪語する改造スマホがあるんだ」
ベレスが懐からスマホを取り出す。
「先生、顔広すぎません?」
「そうかな……ともかく、これで掲示板でスレッドを立てて反応を待つとしよう」
※2025/04/19 コードネームのあたり改訂