綱手の兄貴は転生者   作:ポルポル

100 / 156
優しい夢

「大きいな……」

 

「でっけェ!!」

 

 アカリたちの先導に従い、孤児院にやってきたサスケとボルトは、その屋敷の大きさに目を見張った。大きい。あまりにも大きな屋敷である。サスケの知る木ノ葉に、これほど大きな屋敷は存在しなかった。うちは一族や日向一族の本家であっても、これほど大きくはない。

 

「畳間は戦争で寄る辺を失った子供たちを保護するための、孤児院を運営していてな。この屋敷を建てた当時は、これだけ大きくないと、子供たちが入りきらなかったんだ。畳間は子供たちに、出来れば一人部屋を用意してやりたいと材料制作に意気込んでいたが……、これほどの大きさでもそれは難しく、相部屋で生活させざるを得なかった。それだけ、戦争で親を亡くした子供が多かった。……当時は騒がしく、楽しい日々だったが……。今は……空き部屋の方が多い……」

 

 アカリは、孤児院が里一番の大きさとなった理由を説明し、そして少し寂し気に目を伏せる。

 

「あの戦いは、本当に大変だった……」

 

「それは……」

 

 サスケはアカリの心中を察し、仮面の下で目を伏せた。孤児たちを保護しながらも、戦争のため、里のために駆り出さなければならない矛盾。それこそが、里の闇。やはりどこの世界でも闇はあるのだ。サスケは一族の生存によってどこかこの世界の、この里を神聖視していたが、厳しい現実は、どこの世界でも変わらないらしい。少しの落胆と共に、サスケは哀しみを抱く。

 そんなサスケの雰囲気を察したシスイは、伺うようにサスケを見て、小声で口を開く。

 

「……あの。母さんの言い方だと紛らわしいですが、兄弟たちはうちを卒業して一人暮らしをしているだけで、戦争に駆り出されて死んだとか、そういうことではないので。うちが建ったのは、戦争の後ですし。母さんの言う戦いというのは、”マザー”が来るまで一人で家事育児をしていて大変だったというのと、たびたび起きている父さんとの夫婦喧嘩のことです」

 

「……」

 

 アカリの心中など、まるで察せていなかった。

 仮面の下で、サスケが頬を少し染めた。

 

「あっちに遊具とかいろいろあるんだってばよ!」

 

 門を開けて敷地内に入ったナルトが、裏庭に続く方向を指さし、ボルトに言った。

 

「遊具ってそんな今更……」

 

 ボルトは、遊具の在る無しで一喜一憂するような年齢ではないと、呆れた様に言った。しかし、色々な種類の修業器具や、今は使っていないプールなどがあることをナルトが伝えると、ボルトは「ふーん」などと興味が無いような素振りで言いつつも、その足はナルトの方へと向かっていた。

 

「……明日にしておけ」

 

 サスケが、そんなボルトを咎める。

 ちえ、と小さく言ったボルトは、すたすたと歩いていくアカリの後に続いた。

 

 ―――少しして、アカリに今日泊まる空き部屋に案内されたサスケは、外套と暗部の仮面をコートスタンドに掛けると、食堂へ向かうために、部屋から出た。部屋の外にはシスイだけが待っており、アカリたちの姿は見えない。

 

「母さんたちには、先に食堂へ行ってもらった」

 

「……先ほどの話の口裏合わせか?」

 

「……話が早くて助かるよ」

 

 シスイが一人残っていることの意味を察したサスケは探る様に、微笑むシスイを見下ろした。

 シスイはサスケの警戒を感じ取っているようで、その微笑みを絶やすことなく、サスケを見上げている。

 

「さっきのことで分かってるとは思うけど、オレはあなたたちの事情を詮索するつもりはないし、何かあればフォローに回ろうとも考えている。如何なる事情を抱えているのかは知らないが……、弟を守って貰ったという事実だけで、あなた達は十分信頼に足る。オレはそう思っている」

 

「……」

 

 サスケは驚いているのか、困惑しているのか、静かに瞬きを数回してみせる。

 そんなサスケのよく分からない反応に、シスイは訝し気な表情を浮かべながら、話を続ける。

 

「さっきオレがナルトに言ったことが、口からの出まかせということはあなたが一番よく理解しているとは思うが、以後はそのように振舞って欲しい。父さんにはオレから伝えておく。最終的に、あなたは木ノ葉ではなく、新たな故郷で生きることを決めた―――と言うことにして、ナルトにもその旨を伝えるつもりだ」

 

 本来は“里抜け”はご法度であり、最悪の場合、追い忍から命を狙われ続けることになる。だが、此度の貢献が大きいため、五代目火影はそれに目を瞑った―――そういう筋書きにすると、シスイはサスケに伝える。そうすることで、ナルトも、自身の恩人の命に関わる重大な秘密を、軽々しく口にしようとは思わないだろう。これでサスケについての、咄嗟に考えた出まかせが、うちは一族に伝わることは無い。

 

「母さんのことだが……。母さん自身も、自分が下手なことを言うと、事態を悪化させる自覚はしてると思うから、これ以上、自分から何かを言うことは無い……と思う」

 

「……本当か?」

 

 サスケが疑わし気にシスイを見ている。

 シスイは天真爛漫で元気溌剌の母の笑顔と、その笑顔で無自覚に騒動を起こす母の姿を脳裏に浮かべる。何をしでかすか分からない母は、子供心を忘れていないという言い方をすれば、聞こえは良い。シスイとしては、時折頭痛を感じることはあるが、母のそういった純粋なところは好意的に捉えている。父が母との結婚に踏み切ったのは、そういうところが可愛らしいと感じたからなのだろうなと、思う程度には。

 

 息子が実の母に対して下す評価としては不遜だろうが、あの怜悧な美貌で、あのポンコツ具合を見せられれば、確かに心を動かすに足る衝撃は生まれる。普段の強気な態度は、何かあればすぐに掻き消えてしょぼくれるし、どこか寂しそうな横顔を見せたかと思えば、今が幸せで堪らないという笑顔で、家族を慈しむ。ギャップ萌えの塊のような女性である。

 

 寂しがり屋で誰かに構って貰いたいくせに、最後の一線では、男として自分が癒してあげたい、甘えられたい、しっかりしていたいという、拗らせた性根を持つ父のような男には、これ以上ない女性であろう。シスイは冷めた頭で両親の考察をした。辛辣であった。

 とはいえ、これは畳間とアカリの半生を知らず、二人が何故そのような性格になったのか、その経緯を知らない息子による、客観的な感想である。

 

 畳間は最も敬愛していた祖父を幼くして失い、慕っていた師とは突然死に別れることとなった。そして多くの友人たちをも失った心の傷は深く、だからこそ、人の温もりを尊び、絆を大切にする。それが寂しがり屋として映るのである。畳間もそれは自覚しているので、調子に乗りやすく脇が甘いと言う弱点を素直に曝け出し、誰もが簡単に自身の心の内に入って来られるように、懐を広く開けている。これで自分の弱点を下手に隠そうとして見栄を張ると、かつての問題児に逆戻りとなる。

 

 アカリは幼少期、初代火影の治世において起きた“うちはマダラ”の乱に呼応し反乱を企てた両親を、兄の手で殺されている。アカリ自身は、兄がそうしなければ、後の二代目火影千手扉間に一族単位で抹殺されていただろうことを当時から理解していたので、兄に対する感情は愛憎入り混じった、複雑なものだった。そしてその兄もまた、任務中の殉職と言う形で、他でもないアカリを守るために、その命を散らしている。だからこそ、アカリは家族と言うものに深い愛情を寄せ、寂しさと母性を同時に滲ませるのだ。

 

 余談だが、アカリがあれだけのポンコツになったのは、兄に対する愛憎が限界を超えて頭がショートしたのだろうと、畳間は思っている。強気な態度は憎しみが、ポンコツさは兄に甘えたいと言う愛情が、それぞれ強く顕れ、定着してしまったのだろう。考えても仕方のないことであるが、悲劇を経験せず、平穏な暮らしの中で成長した場合の、アカリの性格はどんなものであったのだろうと、畳間は密かに気になっていたりする。妻の色々な側面を知りたいと思うが故の思考であり、旦那も妻に劣らず愛が深い(重い)

 

 そんな両親の下で、しっかり者のお兄さんとしてすくすくと育ったシスイは、サスケがアカリに対して、シスイと似たような見解を持っていることを察知していた。

 明らかにサスケの表情は、不安げである。先ほどの初邂逅から今に至る僅かな時間で、アカリの性格をある程度把握したサスケは、色々な意味で信用できない女として、アカリのことを認識しているようだった。

 息子としては遺憾であるが、残念ながら反論できる余地も無いため、シスイは素直に胸の内を打ち明けた。

 

「……断言はしかねる、かな。下手な取り繕いや、分かりやすい沈黙はあるかもしれない……。オレも、母さんのことを十全に把握できているとは言い難くてね……。だけど、母さんは基本的に父さんの言うことにはなんだかんだ従うから、父さんがしっかりしていれば大丈夫だと思う」

 

「……しっかりしているのか?」

 

「……普段は」

 

 シスイは言葉を濁した。

 普段はしっかりしている、と言いたいのか。あるいは普段はしっかりしていないけど、やるときはやると言いたいのか。サスケには判断しかねた。

 アカリからはナルトに並ぶアホさを、畳間からは柱間に並ぶ間抜けさを感じているサスケは、その二人の息子であるシスイに対し、同情するような視線を向ける。もっとも、畳間には二代目火影譲りの冷厳さがあることはサスケも分かっているので、畳間の脇を固める者達が、柱間を支えていた扉間よりも苦労しているとは思っていない。とはいえ、畳間は分かっていて部下に無茶ぶりをすることがあるので、我が道を邁進し無自覚に問題を積み上げていた柱間とは違う。そういった意味では、そういうものだと諦めて淡々と兄の尻を日常的に拭っていた弟よりも、ある日突然問題を押し付けられる畳間の側近たちの方が、局所的な気苦労は大きいかもしれない。

 

 サスケは普段里を離れていることの方が多いため、七代目火影としてのナルトのすべてを知っているわけではないが、ナルトはあれで火影としてはしっかりしており、むしろプライベートを犠牲にする傾向が強いので、側近に気苦労を掛けないという点では、ナルトが頭一つ抜けて優秀だろう。密かに親友の評価を上げるサスケであった。なおサスケとナルトの両名が父親としてはどうなのか、という点には、サスケは触れないし、考えることはしなかった。

 

 ただもう少しだけ、娘と過ごす時間を―――とは思った。娘を持つ父として、サスケがやってきたことはあまりに少ない。幼いころに死に別れた父との邂逅は、サスケが幼少期から抱えていた心のしこりを一つ溶かしたが、だからこそ新たに一つ、抱いたものがある。父となり、(フガク)の思いを理解できるようになったからこそ、理解できてしまう辛さと言うものがある。

 

 一族の長として、“死”へ向かわざるを得なかった父。兄の手に掛かることを選ばざるを得なかった父。幼い息子を孤独の闇に残し、世を去らねばならなかった父。

 同じ父親(・・・・)として、そして家族として、その胸中が今になって分かることが、辛かった。当時は、残された者として、哀しみと憎しみのみが、サスケの心の中にあった。だが今、残す者(・・・)としての気持ちも、サスケには分かる。

 桃色の髪の女性と、眼鏡をかけた黒髪の少女が、サスケの脳裏に過る。何故だか無性に、サスケは二人の顔が見たくなった。

 

 そんなサスケの様子に気づきながらも、自分がそこに触れるべきではないと感じたシスイは、気づかぬふりをして話を続ける。

 

「ともかく、ある程度の口裏は合わせておきたい。あなたたちが、いつ頃木ノ葉を去るのかは知らないけど、もしも今しばらく滞在するつもりなら、現地に協力者は居た方が良いと思う。山中一族や、犬塚一族。日向に、うちは。挙げたらキリがないけど、木ノ葉には優れた感知能力を持つ者が多い。単独で秘密(・・)を隠し切るのは難しいと言わざるを得ない。木ノ葉は結束が強いから、もしも気づいてしまった(・・・・・・・・・)者の認識を幻術等で操作すれば、却って警務隊や暗部を刺激する。父さんなら問題なく抑えられるとはいえ、オレとしても、木ノ葉の者に幻術を掛けるというのは、あまり良い気分じゃない。だから、互いのためにも、協力をさせて欲しい」

 

「……」

 

「……? どうかした?」

 

 サスケが、困ったような、驚いたような、感心したような、何とも言い難い微妙な表情を浮かべている。

 何か変なことを言ったかなと、シスイは怪訝な表情を浮かべる。

 

「いや……。お前本当に、あの二人の子供なのか?」

 

「……よく言われるよ」

 

 乾いた笑いが、シスイの口から零れた。

 

 

 

 

 ―――??

 

 シスイの先導に従って食堂へ辿り着いたサスケは、騒がしくも楽し気に食事を取っている孤児院の子供たちを見て、首を傾げた。

 

 ―――香憐がいる。小さいが。

 

 ―――重吾がいる。小さいが。

 

「……」

 

 サスケは諦めた様に、深いため息を吐いた。

 もう、考えるのも面倒くさかった。自身の歩んだ歴史とは違うと頭では分かっていても、心が追い付かない。何故、もともとは大蛇丸の配下であり、木ノ葉とは縁もゆかりもないはずの二人が、ここで呑気にご飯を食べているのか、理解しがたい。

 

「……」

 

 サスケは視線を流す。

 その先にいる者達を見て、頭痛を堪えるように頭を押さえた。

 まだ下忍時代、僅かな接点があっただけであまり覚えてはいないが、数人、見覚えのある顔がある。

 彼らは、音の四人衆と呼ばれていた、子供たちである。イタチへの憎しみに苦悩していた当時の自分の前に現れ、里抜けを唆した者達だ。里を抜けた自分を追って来たシカマルたちや、増援に駆けつけた我愛羅たちと交戦し、殺されたと聞いていたが―――この世界ではなんの因果か、彼らは木ノ葉隠れの里で下忍をやっているらしい。だって額当て付けてるもの。サスケは白目を向いた。

 そんなサスケの奇妙な様子に気づいたらしい香憐が、サスケの方へ視線を向けた。

 

「……あ? なんだその恰好」

 

 先に食堂についていたナルトの隣で御飯を食べていた香憐は、シスイと共に入って来たサスケを見て、食事をしていた手を止めて、訝し気に眉を寄せる。

 

「お前、サス―――もごもご」

 

「かりーーーーん!!」

 

 ―――お前サスケだよな。そう続けようとした香憐は、瞬身の術を使って背後に回り込んだシスイに口を塞がれたことで止められる。

 

「香憐。少し話をしよう」

 

「は? 今飯食ってんだけど」

 

「いいから!!」

 

 香憐を小脇に抱えたシスイは、瞬身の術で香憐ともども食堂から消えた。

 

「……はやい。また腕を上げたな、シスイ」

 

 君麻呂の隣で御飯を食べていた重吾が、シスイの瞬身の速さに舌を巻く。

 

「はあ……」

 

 やはり来るべきでは無かったと、サスケは内心で思いつつ、再び深いため息を吐いた。

 そんなサスケの傍に、アカリが近寄ってくる。思わず身構えたサスケは、悪くないだろう。

 

「……そう警戒するな。シスイから、なんとなく聞いてる」

 

「……そうか。すまない。我々はあまり素性を明かすことが出来ない。結果として嘘をついてしまったことは、謝罪する」

 

「構わん。是非もない」

 

 アカリは深く頷いた。シスイから多少の事情をチャクラを通して伝えられており、サスケが未来のサスケであることは、アカリも既に把握した。

 

「ところで、一つ訊ねたいんだが、シスイの将来のお嫁さんが誰か知っているか?」

 

 ―――嘘を吐いたな、シスイ。何が大丈夫だ。なにも大丈夫じゃなかった。 

 

 サスケは思った。

 しかしアカリとしては、それだけは聞いておきたかった。かなり切実とした理由がある。シスイが最近、山中一族の娘と仲が良いと、アカリは小耳に挟んでいる。山中一族は、アカリにとっても、畳間にとっても、縁深い一族である。もしもシスイが将来、山中一族の娘と結婚すると言うのなら、アカリとしては、その心構えを今からしておきたかった。ある意味で、アカリは畳間を奪った(・・・)とも言える立ち位置にいる。それが彼女(・・)への侮辱かもしれないと思いつつも、アカリはそのことに対して、罪悪感を抱いていた。仮にシスイが山中一族の娘と結婚するとして、アカリは胸に秘める思いを、誰かに教えるつもりは無い。墓まで持っていくつもりである。それはきっと、畳間も同じだろう。

 だが、サスケはシスイが将来誰と結婚するかなど知らない。そもそも、サスケの世界には、“うちはシスイ”はいても、“千手止水”は存在しない。「シスイ」と言う同名の者はいたが、二人の年齢は大きく異なるうえに、うちはシスイは、サスケが幼いころに、若くして亡くなっている。当然、結婚もしていない。

 

「悪いが、教えることは出来ない」

 

「……むう。なら、仕方ないか……。無理を言って悪かった」

 

 あっさりと引き下がったアカリに、サスケは安堵する。食い下がられたら面倒だった。

 サスケはノノウと言う見慣れぬ女性の先導で空いている席に着き、用意された御飯を食べ始めた。この女性はサスケの胃を刺激することは無い。ノノウがサスケの世界では壮絶な最期を遂げ、カブトという一人の忍者の人生を狂わせる一端となったことを知らない。この世界では、ダンゾウ亡き後、暗部の長として活躍していることも、当然知らない。ノノウこそがサスケの胃を苛める彼らを世界各国からかき集めた元凶であることを、サスケは知らない。

 

「どうぞ。お茶ですよ」

 

 ノノウは微笑みを湛え、サスケにお茶を差し出した。

 

「……すまない。ありがとう」

 

 ―――うまい。

 

 サスケはノノウが淹れてくれた暖かい茶を啜り、気の利く家政婦だなと、ほっと溜息をついた。

 

 一方そのころ、香憐がシスイに攫われたのを見送ったナルトは、口に含んでいたものをごくりと飲み込むと水を呷り、正面に座っているボルトに話しかけた。

 

「なあボルト。お前オレのこと父ちゃんって呼んでなかった?」

 

「ぶーーー!!」

 

 ボルトが飲んでいたスープを吐き出した。ナルトの顔にスープと唾液が吹きかかる。

 サスケとボルト(あとシスイ)の夜は、まだまだ終わらない。

 

 

 

 

 翌日の昼下がり。

 カカシを連れて、演習場を訪れていた畳間。その手には花束が握られている。

 畳間は演習場の慰霊碑にその花束を供えると、ウラシキの手に掛かり殉職した偉大な二名の暗部を偲び、静かに両掌を合わせ、黙祷を捧げた。

 

「……ウラシキは討った。里は穏やかな日常に戻るだろう。どうか安らかに。今まで……オレの暗部として生きてくれて、本当にありがとう」

 

 合掌を終えた畳間が、慰霊碑に語り掛ける。

 亡くなった暗部の葬儀は、執り行われることは無い。静かに、闇から闇へと消えていく。その遺族には十分な支援を行うつもりだが、遺族からすれば、そんなものよりも、ただ彼らが生きている未来をこそ望んだだろう。例え口では、里のために命を賭したことを誇りに思うと、言って見せたとしても。

 戦争が終わり、岩・砂と同盟を結び、霧・雲と和平条約を結んだ今、任務中に殉職する者は珍しい。だが、無いではない。五大国の均衡を保つことが、今の畳間の精一杯だ。雲隠れを牽制し、霧隠れの戦火が火の国に及ぶことを防ぐ。それが、今の畳間の出来ることである。戦争で揺らいだ里の基盤を、いつか来る六代目火影の時代のために、整えるという役割もある。戦争が終わり、12年。地盤が固まったとは、未だ言い難い。

 抜け道はある。木ノ葉への敵愾心を未だ燃やしている雲隠れは、小国の忍や抜け忍を用い、暗躍を続けている。交戦が発生し、木ノ葉の者が命を落とすという事例は、無いではない。里の者が任務中に行方不明になることも、稀にある。もしかしたら―――これまで発覚していなかっただけで、暁と交戦していた事例も、あったかもしれない。

 

「―――家族を失うのは……いつになっても、慣れるものじゃない」

 

「五代目……」

 

 沈痛な表情でつぶやく畳間の背中を、カカシが痛ましげに見つめる。

 

「あ、五代目だコレ!!」

 

 演習場に、修業に来たのだろう。いや、その雰囲気からすれば、修業と言うよりは、まだ楽しく遊ぶと言った様子だろうか、畳間に気づいた子供たちの一人が、畳間に声を掛けた。

 

「おお、木ノ葉丸か! 元気そうだな!! モエギもいるなぁ! ……ウドンはどうした?」

 

「うんこだコレ!!」

 

「ちょっと木ノ葉丸ちゃん汚いよ!!」

 

「はは、うんこならしょうがないな!!」

 

「ご、五代目様まで!?」

 

 振り返った畳間は、アカデミーの生徒二人を視界に捉え、暖かな笑みを浮かべて歩み出す。直前まで湛えていた悲哀に満ちた表情は、欠片も残ってはいない。

 

(たいした人だ……)

 

 大人としての責務を全うせんとする畳間に、カカシは敬意と、悲哀を抱く。

 

「お前たちは修業に来たのか?」

 

「そうだぞコレ! オレは将来すっげー偉い(・・)火影になるんだコレ! 爺ちゃん(・・・・)みたいに!!」

 

爺ちゃんみたい(・・・・・・・)に、か……)

 

 木ノ葉丸の祖父は、三代目火影・猿飛ヒルゼンである。木ノ葉丸は生まれた時から、祖父母を既に亡くしていた。両親から伝え聞く猿飛ヒルゼンの姿、アカデミーで習う三代目火影の生き様は、その孫である木ノ葉丸にとって、憧れるに値する“神話”であった。

 その姿に、かつての自分を―――そして亡くなった弟の姿を重ね、畳間は突発的に湧き上がってきた寂しさと哀しみを隠し切り、暖かな微笑みを湛えて、木ノ葉丸の頭を撫でる。

 

「……そうだな。今のオレがいるのは、あの人が見守ってくれていたからだ。お前の祖父は、本当に、偉大な(・・・)火影だった。……お前がそうなってくれれば、オレは嬉しいぞ! もちろん、三代目―――お前の爺ちゃんも、それは喜ぶことだろう!」

 

 自身の目標を暖かく肯定された木ノ葉丸は嬉しそうに目を細め、畳間の掌を受け入れた。

 

「……そうだ、良いこと思いついた。木ノ葉丸お前、下忍……いや中忍試験を受けることになって、その気があるなら、オレのところに来い」

 

「―――え? それはちょっと……」

 

 カカシが凄まじい速さで畳間へと首を向ける。

 畳間は木ノ葉丸に気づかれないように気を付けながら、カカシに苛立たし気に目線を向けて黙らせると、その後笑みを湛えて木ノ葉丸を見つめる。

 

「うちの嫁さんは、三代目火影の弟子のひとりでな。三代目が契約していた口寄せ獣と契約しているんだ。お前が火影を目指すなら、力になってくれるだろう」

 

「ほんとかコレ!? オレ頑張るぞ!!」

 

「ずるいよ木ノ葉丸ちゃん!!」

 

「はは。そうだな。じゃあ、モエギも木ノ葉丸と一緒に来ると言い。何か教えてやろう。オレじゃなくても、うちには忍者が多いからな。お前に合う術の一つや二つ、使える者はいるだろう」

 

「……五代目に師事するのは止めといた方が良いよ。この方、修業のときは鬼だからね」

 

 畳間的に盛り上がっていたところに水を差してくれたカカシに、畳間は再び細めた視線を向ける。

 しかしカカシからすれば真心からの忠告なので、そこは譲れない。

 

「カカシ君?」

 

「いやぁ……あはは」

 

 しかし次の瞬間には、カカシは畳間の圧に屈し、乾いた笑いを零した。

 

「……火影様。綱手様がお待ちです」

 

「わ、びっくりしたなコレ!?」

 

 畳間の傍に突然現れた暗部の者に驚いた木ノ葉丸が飛び上がる。

 

「……子供を驚かせるな」

 

「も、申し訳ありません……」

 

 畳間に窘められた暗部の者が謝罪を口にした。

 職務を全うしただけなのに叱られるのはちょっと可哀そうだなと、カカシは思った。

 

「木ノ葉丸。そしてモエギ。お前たちもそう遠くないうちに、忍者に成ることだろう。班分けがどうなるかは分からないが、仲間は大切に(・・・・・・)な」

 

(まーたヒント教えてるよこの人……)

 

 カカシが内心で呆れる。

 そんなカカシに気づいていない畳間は、にこやかに語り続ける。

 

「例え班が分かれても、同期との絆は、大事にしておけ。誰しも、壁にぶつかる時が来る。そんなときにお前たちを助けてくれるのは、育んだ絆―――友情だ」

 

「……? よくわかんないけど、モエギとは一生友達だコレ!!」

 

「木ノ葉丸君……」

 

「はははは! そうかそうか!! いや、余計なお世話だったかな? じゃあ、またな」

 

 木ノ葉丸が元気に言い切って、モエギが少し複雑そうな表情を浮かべた。小さくても女の子である。

 畳間は豪快に笑い、二人の頭を撫でると背を向け、綱手が待つ火影邸へと飛び去った。

 

 

 

 

「……お兄様。やはり、見つからない」

 

 ウラシキと交戦をし、今は穴ぼこだらけとなったかつての草原に飛んだ畳間と綱手、そしてカカシは、各々しばらく周囲を探索し、何の成果も得られないまま、集合時間を迎え、顔を合わせていた。

 

「……カカシ、お前はどうだった?」

 

 畳間がカカシに視線を向けるが、カカシも静かに首を振った。普段額当てで隠されている写輪眼に万華鏡の文様すら浮かべている。

 

「オレもだ。仙術で周囲を探ってみたが、あるのは岩と土くらいで、他にはなにも感じられない」

 

「まさか、あれだけの攻撃を受けて、まだ生きている……?」

 

 カカシが信じられないと言った表情で呟いたが、畳間は首を振って否定した。

 

「いや、それはない。あのとき、オレは仙術チャクラを練り、ウラシキを捉えていた。頂上化物は直撃し、ウラシキは確かに死んだ。飛雷神のマーキングも消えている。奴は自分の輪廻眼を喰らい、その能力を喪失していた。時空間忍術で逃げることも、時を戻すことも出来なかったはず。他に手があったと言うなら、話は変わるが、確かにウラシキは殺したはずだ」

 

「となれば……一晩でウラシキの肉片を回収し、持ち逃げした者がいる、ということかしら?」

 

 強張った表情で言った綱手に、畳間は首肯する。

 

「それは……まずいですよ。もしもそれが“暁”だとすれば!!」

 

 カカシが、焦燥が滲んだ表情で言う。

 暁に所属する大蛇丸はもともと木ノ葉の“根”の長であり、穢土転生を始めとした多くの禁術を持ち逃げしている。大蛇丸が大っぴらに動いたのはカカシが交戦した波の国の一件くらいで、里を抜けてから長く木ノ葉隠れの里に情報を掴ませず隠遁し続けており、その目的は定かではないが、もしも里に仇なすつもりなら、凶悪な手札を手に入れたということになる。少なくとも、大蛇丸が所属する“暁”は、木ノ葉に仇為す者であることに間違いはない。

 

 もしも復活したウラシキが里を襲えば―――。

 カカシは最悪を想定し、顔を青ざめさせた。

 

「穢土転生で蘇った者は、その力を大きく削がれた状態で世に現れる。例えばオレが殺され、穢土転生で蘇った場合―――」

 

「お兄様!」

 

「五代目!!」

 

 縁起でもないことを言わないで欲しいと、綱手とカカシが畳間の名を呼ぶが、畳間は手で制し、話を続ける。

 

「落ち着け。例え話だ。……オレが穢土転生で蘇った場合、そうだな。恐らく、仙術や木人は使えない状態で世に現れるだろう。使えて樹海降誕……。飛雷神の術もおそらくは使えない。それくらい、穢土転生での蘇生は弱体化されるんだ。穢土転生は、情報収集と攪乱、敵陣での自爆が主な使い方だ。戦闘力は本来、付随しない。穢土転生のウラシキなら、オレ一人で問題なく対処できる。飛雷神の術からの封印術で終わりだ」

 

 ―――そうなら良いが……。

 

 安心させるためだろう。大丈夫だと笑い掛けて来る畳間に、カカシは言い知れぬ不安を、胸中に抱いた。

 

 

 

 

「本当に、もう帰るのか……?」

 

 夕刻の木ノ葉隠れの里―――火影邸の庭で、畳間がサスケに言った。

 自来也、シスイ、綱手、カカシ、畳間と、サスケ、ボルトが向かい合う。

 ボルトは両手いっぱいに買い物袋や箱を抱えている。どうやらお土産のようである。今日一日でたくさん観光と買い物をしたらしい。

 

「もう少しここにいても良いんだぞ?」

 

 畳間が言った。

 

「……耐えられない」

 

 サスケが目を伏せる。

 サスケとシスイ、そしてボルトの眼には隈が出来ている。どうやら、昨夜はあまり休めなかったらしい。

 

「……?」

 

 畳間が不思議そうに小首を傾げたのを見て、サスケとシスイの眼に苛立ちが浮かぶ。一晩の間に、時空を超えた奇妙な友情が、二人の間に芽生えたようだ。

 

 ―――術式展開。

 

 ボルトとサスケを中心に、輝く方陣が形成される。立ち上るチャクラの光。

 畳間たちは一歩、二歩と下がり、術式に巻き込まれないように距離を取った。

 

「……サラダ。引き留めるという訳ではないが、お前、サスケに修業を付けてやるんじゃなかったか? 病院でも避けていただろう」

 

「……」

 

 光の中で、サスケが黙る。熱くなって、幼いころの自分に対し、修業を見ると言ってしまったが、さすがにそれはマズいだろうと、考えを改めたサスケである。

 歴史が地続きでは無いことは既に分かっているが、似通った点もある。これから先、幼いサスケが里を抜けないと言う確証はない。そのとき、あまりに強くなりすぎていると、止められるものも止められなくなる。異邦からの来訪者である自分の影響で、この世界が進む道筋を狂わせるようなことは、したくなかった。もしかすると、今の自分たちのように、この世界の未来からウラシキを追って、この時代に別の来訪者が現れる可能性もある。

 自分たちの干渉が、この世界の未来にどれだけの影響を与えるか、分からない。自分たちの世界ではないからこそ、サスケは慎重に考え、結論を出した。これ以上、関わるべきではないと。

 平和に暮らす元“鷹”のメンバーや、因果応報とはいえ、そうならざるを得ない道を進み、幼くして世を去った者達が笑い合う姿は、サスケにその決断の後押しをした。

 

「……すまない」

 

「……そうか。いや、余計なことを言ったな」

 

 それに、次に兄や父に会った時、自分が静かに背を向けられるという自信も、サスケには無い。

 

 ―――この世界はサスケにとって、あまりに眩しすぎた。

 

 これ以上は野暮だと、畳間は引き留める類の言葉を切り上げて、ふと思いついたように、口を開いた。

 

「最後に一つ、聞かせてくれないか」

 

 光の中に消えゆくサスケ達へ―――畳間は最後に一つ、訊ねたいことがあった。

 

「どうだった、この里は」

 

「……“夢”を、見ているようだった。本当に……。優しい……夢を……」

 

「……そうか」

 

 かつて、失ってしまったものがあった。かつて、奪われてしまったものがあった。焦がれ渇望し、しかし二度と戻らぬ、決して叶わぬ未来があった。

 僅かな間だったが、サスケはそれを垣間見た。その一時はまさに―――夢のような一時だった。

 だが、夢とはいずれ覚めるものだ。

 サスケはすべてを失って、しかし残る者が胸にある。兄より受け継いだ―――火の意志がある。

 例え目覚めた先に待つ現実がどれほど過酷なものであろうとも、地に足を付け、歩んでいかなければならない。夢に囚われ、浮いた足で留まることは出来ない。今のサスケには、命を賭してでも守るべき家族が、決して断ち切ってはならない絆が―――確かに存在しているのだ。

 サスケは決して、忘れない。父の誇りを、兄の決意を。サスケが見て来た、サスケの世界の現実は、確かに、サスケの心にあった。

 この世界を、優しい夢を見て―――だからこそ、すべからく守るべき今を、改めて理解した。

 だから、これは、一時の夢物語。覚めて然るべき、束の間の幻。

 

 ―――ありがとう。

 

 ―――穏やかな微笑みと共に、サスケたちは激しい光の奔流の中へ、姿を消した。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。