木ノ葉隠れの里の門の前に立つナルトと自来也は、旅装束を着込み、何やら色々と入っていそうな、膨らんだリュックを背負っている。二人は遂に、今日、木ノ葉隠れの里を旅立つ。
その旅立ちに、畳間たちは立ち会っている。その後ろには、ナルトの同期達や、孤児院の兄弟たちが、見送りに集まっている。
「本当に行くつもりか? 私を置いて。私以外の奴と!」
アカリは里を旅立とうとするナルトに、引き留めようとする言葉を掛けた。
「え、行くけど……。姉ちゃんいきなりどうしたの? もう散々話し合ったってばよ?」
「ぐぬぬ」
既に話し合い折り合いをつけたはずの旅立ちを引き留めようとする言葉に、ナルトは小首を傾げ疑問符を浮かべた。天然というべきか、あるいはデリカシーが無いというべきか、ナルトに対し、アカリの遠回しな物言いは通用しない。意外な天敵である。
アカリは悔し気に唸った。
「何がぐぬぬだ。歳考えろ」
そんなアカリの左隣に立つ畳間が、呆れたような表情を浮かべて、窘めるように言う。
「黙れ畳間!」
アカリは恥ずかしそうに頬を染め、畳間のすねを小さく蹴り始める。畳間は脛にチャクラを集めて強化しており、平然とした様子を崩さない。そんな畳間の態度が気に障るのか、アカリの機嫌がますます悪くなっていく。
「あはは……」
(関わらないでおこう……)
アカリより先に、ナルトとの別れの挨拶を終えていたサクラは、畳間の右隣で困ったように笑い、さらにその隣にいるカカシは、下手に巻き込まれたくないので無言を貫いていた。
「歳を考えろとはなんだ歳を考えろとは!? なんて失礼な奴だ!! そもそも、畳間も同い年だろう!!」
「オレはそんなこと言わねェもん」
「あー!!」
突然、叫び出したアカリが、畳間に人差指を突きつけた。何か探し物を見つけた時のような、なんとも嬉しそうな表情である。
「今、
アカリの物言いに、畳間は呆れたように目を細めて眉を寄せる。
「まったく、しょうがねぇなぁ……」
困った妻だと、畳間はため息を吐き、小さく笑った。
むっとした表情のアカリが、続けて何かを言おうとするのを遮って、畳間はアカリの頭にそっと手を置いた。
「はいはい。
アカリがびくりと震え、硬直する。
それは、アカリが強気な態度の裏に隠していた本心だった。寂しい気持ちを素直に表すことが気恥ずかしいアカリは、いつものように畳間に甘えていたのである。
畳間は、よしよしとアカリの頭を撫でて、笑い掛ける。
「オレはお前の夫だから、オレにはそれで構わねぇけどさ。ナルトはオレ達の
「……む」
本心を見抜かれ、真っすぐに指摘されては、黙るより他はない。アカリは唇を尖らせて俯いた。
畳間は慈しむような手つきで、アカリの髪を梳くように優しく撫でる。
「これが今生の別れという訳じゃないが、しばらくは会えないんだ。見送りのときくらい、素直になってやれ。それじゃあナルトには伝わらんぞ」
畳間は、ぽんぽんとアカリの頭を優しく撫でる。
「ほら。行って来い」
畳間はアカリの頭から手を放すと、その背に手を添えて、優しく押した。香憐がナルトに素直になれないのは、義母親に似たかなと、畳間は内心で笑った。
アカリは戸惑った様子を見せたが、しかしすぐに腹を括ったのか、大股でナルトの方へと近づいていく。
威圧感すら感じる所作で歩み寄って来るアカリに、ナルトは少し腰が引けている。
そんな二人を、少し離れた場所で見ているのが、自来也である。自来也はナルトを連れていく張本人であり、アカリの怒りの矛先が向き得る第一候補でもある。下手に関われば、地獄を見ることになるだろうということを、自来也は長年の経験から理解している。ゆえに沈黙を守っていたが、その内心では、畳間の手腕に対し、唸り、感心を向けていた。
(さすがに長年連れ添ってるだけあって、姐さんの扱いが上手い……。下手につつけば烈火の如く暴れ出す
「さすがは畳の兄さんだ」と誇らしげに頷く自来也は、何を隠そう、アカリが苦手である。少年時代、まっさらだった股間を踏み潰されそうになったトラウマは、今もなお健在であった。
そんな自来也は、畳間の少し後ろ、自来也から向かって正面に見えるシスイの表情に気づき、「あっ」と何かを察したように眉を上げた。
(父さん、母さん……。観衆の前で何やってるの……)
シスイは、まるで酸味の効いた梅干を食べてしまったかのような表情を窄めながら、その頬を染めている。
齢五十にもなろうとしている両親が見せた、甘い空気。
「……?」
そのとき、羞恥に耐えていたシスイは、両肩に掌の感覚を感じた。
左、そして右へと視線を向ける。そこにいたのは、先日晴れて病院を退院した、二人の友人。
「ネジ……、リー……」
優しい微笑みを湛えた二人が、シスイを労わるように、その肩に手を乗せている。二人は、静かに頷いた。
いくら青春フルパワーの二人であっても、甘ったるいコミュニケーションを観衆に晒している両親を見ていなければならない息子の気持ちは、さすがに慮ることが出来た。
今、二人はシスイの心に寄り添っている。
三人の心が近づいていく。今、真の友人となる。そんな感覚が、シスイの中に芽生えた。
「二人とも……。ありが―――」
「―――素敵!!」
そのとき、男たちの友情に亀裂が入る音がする。
「いの……?」
シスイが戸惑いながら言った。
リーを押しのけて、いのがシスイの隣に割って入り、その腕を絡め取ったのである。
いのはシスイの言葉を聞いているのか聞いていないのか、高揚した表情で、口を開く。
「火影様御夫婦―――
「……まあ、仲は良いと思うよ」
「歳をとってもあんなに仲良しでいられるなんて、本当に素敵なことよね!! よく見れば五代目様って包容力がある(気がする)し、アカリ様も甘え上手というか、可愛らしい(ところもある)し!! 私もぉ、あんな仲良し夫婦に(あなたと)なりたいなぁ。羨ましいなぁ憧れるなぁ。ねえねえ、シスイ様はどう思う?」
上目遣いに、猫なで声。あなたを意識していますと言わんばかりの露骨さである。物理的にも精神的にもすり寄ってくるいのに、シスイは面食らう。
シスイはいのからさりげなく離れようとするが、下忍の少女とは思えない凄まじい力で掴まれた腕は、微動だにしない。力任せに振り払うことは出来るが、さすがにそれは避けたいシスイである。いのからは純粋な好意を感じている。好意を向けられていること自体に、悪い気はしない。好意に悪意で返すほどシスイは性悪ではないし、それをして泣かれても困る。
ゆえにシスイは、いのにされるがままであった。シスイは諦めた様にため息を吐き、いのの質問に答えた。
「……そうだね。人前で見せられると、さすがに少し恥ずかしいんだけど……。父さんと母さんが仲良しなのは、素敵なことだと思う」
「でしょ!? 私達って気が合うね! 私、山中一族の長女だけど、(あなたなら)嫁いでもお父さんは許してくれると思うの! (あなたの)子供をたくさん産んで、次男に山中一族を任せれば良いし! シスイ様は(私のこと)どう?」
「……いのは将来のことをよく考えているんだね。凄いと思う」
一呼吸おいて、シスイは続ける。
「そうだな……。あまり考えて来なかったけど、オレも一族の直系としての責任がある。……しっかり将来を見据えておくべきか……」
「そういうのって、早いに越したことは無いと思うの!!」
いのが、ここぞとばかりに押しまくる。さらに、さりげなくタメ口である。そして遥か先の将来設計まで語り始めた。思考回路と計画が、およそ戦国時代のそれである。
シスイであっても、いのの語る言葉の裏に隠された意味に気づかなかった。さすがは心に精通する術を操る山中一族の直系である。隠すのが上手い。真っすぐ、惚れた相手を必ずモノにするという決意を抱いた恋する乙女は、強かった。
いのは満開に咲き誇る花のような、満面の笑みを浮かべている。天真爛漫な、ひまわりのような笑みだった。
(この子……。なんとなく、母さんに似てるかも……)
シスイはふと思った。シスイ自身は理解していないが、それは、シスイにとっては、最上級に位置する褒め言葉である。
母親の光を取り戻すことを忍道に据え、その生涯を懸けて取り組むつもりである親孝行息子―――やはりうちはの血を引くシスイは、実際マザコンであり、ファザコンである。孤児院の兄弟たちのために一歩引いていたがゆえに、シスイの心の奥底にある両親への愛情は、人一倍大きく育っている。ゆえにシスイは、両親を褒められれば、その懐が甘くなる。
思えば、今までシスイに寄って来た少女達は、破天荒な五代目火影夫妻に対し、良くも悪くも微妙な表現を用いて評価していた。それらの評価は客観的に見て的を射ており、シスイ自身も肯定することは多かったが、だからと言って、それをそのまま受け入れられるほど、大人でも無かった。多少なりとも、心はささくれ立つ。それを表に出すことは決して無かったが、思うところはあった。
つまり、ここまで真っすぐに、シスイの両親を褒めた者は、いなかったのだ。現在シスイの中で、いのへの評価は鰻登りに上昇している。
(……? ……おかしいな。さっきまで普通の女の子だったのに。どうしてこんなに輝いて見えるんだ……)
そして―――シスイの眼が狂い始める。人は純粋に好意を向けられ続けると、その相手に好意を抱いてしまう習性があるとされる。
いのの笑顔から、まばゆい光が放たれているかのような錯覚を、シスイは覚えた。
千手止水。その青春の到来である。
いのは今もなお、シスイに満面の笑みを向けている。
まるで花のような人だと、シスイは思った。
気は強いが、優しく、芯のある女性。そして、一生懸命だ。意中の異性に対し、振り向いてもらおうと、真っすぐ、裏表なく、心を寄せる。
―――とんでもない。
その眼はシスイですら見抜けない奥底で
周囲から見た今のいのは、「花」などと生易しいものではない。「食虫植物」である。その胸中には、絶対に逃さないと言う、どろどろとした溶解液のような決意を秘めている。シスイは、その大きく開かれた口の中にふらふらと迷い込んだ、哀れな蜻蛉であった。
それに、シスイはアカリといのが似ていると感じているが、それは違う。むしろ正反対である。
アカリは気は強いように見えるが、実際はとても繊細で、脆い。例えば畳間に本気で罵倒されれば、喧嘩を買って言い争うなどということも出来ずに、ぽろぽろと泣きだすだろうし、恋敵と本気で潰し合うような度胸も無い。絶対に譲らないという固い意思も、押し切ってモノにするという勢いも、終ぞ持つことは出来なかった。畳間がアカリの
さらに言えば、そういう強がりをした後のアカリは、畳間と二人きりになると、素直になれず八つ当たりしてしまった謝罪の意味を込めているのか、畳間に甘えまくる。畳間が理不尽な目にあっても爆発しないのは、ただ心が広いと言うわけではなく、その後の
もっとも、畳間は、アカリの強がりを正面からねじ伏せるだけの強さを持っており、また、自身が本気で窘めれば、アカリが借りて来た猫のように大人しくなることを知っている。そのことを踏まえれば、周囲から見て獅子の飛びつきとも思えるアカリの理不尽な言動は、畳間から見れば、猫のじゃれ付き程度でしかない。
そして畳間は、その自他ともに認める
シスイは人の感情の機微に敏いが、しかし未だ恋も知らぬ小僧である。両親の間に結ばれた太すぎる絆や、
しかしそれらに自力で気づくには、やはり未だ少年のシスイには荷が重い。
「オレは千手の長男だから、奥さんを貰うことになると思う。だからこそ、もし伴侶を得たら、父さんが母さんにしているように……、それ以上に、大切にしたいと思うよ。子供は……オレがまだ子供だからよく分からないが……。オレは一人っ子だけど、同時に、たくさんの兄弟がいる。賑やかなのは嫌いじゃないし……そうだな……」
シスイはいのの言葉をそのまま受け取って、思案気に目を伏せた。そして、騒がしい兄弟たちに囲まれ過ごした、自分の幼年期を思い出す。イルカやカブトといった頼りがいのある優しい兄達を慕い、やんちゃな弟たちの面倒を見る。充実した、幸せな日々だったと、心から思う。
一拍置いて顔を上げたシスイは、自分でも納得の答えを携えて、いのに満面の笑みを向けた。
「子供はたくさん欲しいね」
「―――うっ」
いのが胸を押さえて蹲る。その頬は赤く、息も荒い。
「いの!?」
慌てたシスイが掌仙術を発動して、いのの身体に触れる。
「ひゃあ!?」
シスイに触れられたいのが奇妙な声をあげる。
「……」
「……」
沈黙を以て二人から離れていくのは、日向ネジとロック・リーである。二人は強く舌打ちをして、シスイに背を向けた。
二人は何かに導かれるように歩いた。自然と、足が進んでいく。
二人が辿り着いたのは、能面のような表情を浮かべている女性―――ノノウの隣だった。二人はノノウとは初対面だが、なんとなく同じ波長を感じ、その隣に居心地の良さを感じた。
見れば、香憐や次郎坊、鬼童丸、右近左近と言った孤児院の面々も集まっている。集まった理由は、ノノウが孤児院のマザーであるというだけでは無いだろう。
皆の眼は澄んでいるようで、どこか濁っていた。
(……気を付けよう)
息子と
アカリとの関係は、出会った時からこうであったので意識していなかったが、人前でするにはいささか不適当なやり取りかもしれない。これが若いカップルなら微笑ましさもあるだろうが、畳間とアカリは見た目こそ若いが、中身は爺と婆である。
畳間は思う。
アカリと本格的に縁を結んだのは、まだ十代の頃。無邪気で、無知な少年だったころだ。あの出会いから40年近い時が流れ、今、夫婦となっている自分たちを見て、当時の「里の問題児」は、何と思うだろうか。
あの頃、自分たちには、背負うものなど何もなかった。偉大な先達が向けてくれていた「見守る眼」にも気づかずに、自分が「背負われている」という自覚も無く、ただ、自分のためだけに生きることを許されていた少年時代。壮大な「夢」を謳っても、その中身は空っぽで、ただ、見てくれだけが大きかった。
そんな少年も成長し、今や、里を背負う影となった。「だいたいのことは千手が悪い」と暴走していたへっぽこくノ一は、数多の出会いと別れ、数々の戦いを経て、多くの子供たちを慈しみ育む母となった。
畳間は、ナルトの前に立つアカリの背を見つめた。ふと、あの時の少女の、小さな背中を幻視する。ぴょこぴょこと揺れていた可愛らしいツインテールは、いつしか短く整えられた。その背に「うちわ」の文様は既に無く。千手一族の家紋が、記されている。
(思えば……遠くに来たもんだ……)
畳間は佇まいを直す。義息子の門出である。しっかりと、「カッコイイ
「……ナルト」
アカリが小さく名を呼んだ。
ナルトはじっと、アカリを見つめている。
「風邪、引くなよ。……行ってらっしゃい」
絞り出すように言い切ったアカリが、ナルトの頭を乱暴に撫で回す。
「うん!!」
アカリの言葉に、ナルトが嬉しそうに、心からの笑顔を浮かべる。
「行ってくるってばよ!
ナルトの言葉に、アカリの手が止まる。
次の瞬間、アカリは感極まったように、勢いよく手を広げた。
「わわ!?」
ナルトが驚いて声をあげた。
アカリが膝をついてしゃがみ、ナルトの身体を強く抱きしめたのである。
表情に困惑と驚きを滲ませるナルトの顔と、ぎゅっとナルトを抱きしめるアカリの背を、畳間は目を細めて見つめる。アカリの姿が、その後ろ髪が、紅に染まったような、そんな幻を見た。
(クシナ……。ミナト……)
―――本当なら……ここには……。
生まれたばかりの我が子を残し、世を去った夫婦のことを、畳間は思い出す。
本来は畳間がいる場所にミナトが立ち、今、ナルトを抱きしめているのは、クシナであるはずだった。二人に託された未来への遺産を、畳間は大切に育ててきたつもりだ。ミナトやクシナに恥じない親として、火影として、里を率い、家族を守ってきたつもりだ。
だが、ナルトが成長すればするほど、ふとしたときに、ミナトやクシナのことを思い出す。今更、「あの時に死ぬべきはオレだった」などと、言うつもりは無い。その考えは、里の未来のために命を捧げた四代目火影夫婦や、五代目火影を信じてくれた今を生きる木ノ葉の者達への侮辱だ。ただ、思ってしまうのだ。
両親から流れ出て生み出された血だまりの中、世の不条理も、大人たちの壮絶な覚悟と意志も、重たいしがらみも過酷な運命も、忍の世の痛みも知らず、穏やかに眠っていた無垢なる赤子。二人の偉大な忍者、偉大な両親から生まれた、運命の子。
この子の成長した姿を、二人に見せてやりたかったと。
(いかんな……。寂しくて感傷に浸ってしまった……)
畳間が薄暗い思いを振り払うべく、小さく首を振った。ナルトの旅立ちに関して、実はアカリ以上に寂しさを感じているのが、何を隠そう畳間である。その気になれば飛雷神の術で里を抜け出して、畳間はすぐにでもナルトに会えるのだが、それはそれとして、寂しいものは寂しいのである。
「おっちゃん!!」
ナルトが大きな声で畳間を呼んだ。
満面の笑みを浮かべたナルトが、アカリの肩越しにちらと畳間を見て、サムズアップをして見せる。
「オレってば
畳間は目を丸くして、数回瞬きをすると、嬉しそうに微笑み、強く頷いた。
「……ああ。それは……楽しみだ」
いつの日か、本当に、ナルトが畳間をすら越えて、立派な火影となったなら―――きっとその時、畳間は胸を張って、ミナト達に会いに行けるだろう。
「……」
穏やかに笑って見せる畳間の隣から、少年が一人、前に歩み出る。畳間は横目にその少年を見ると、アカリの背に向けて、呼びかけた。
「アカリ」
畳間の呼びかけを受けたアカリは、畳間の隣に立つ気配に気づき、その意図を察したようだ。
ナルトを名残惜し気に解放したアカリは立ち上がると、畳間の傍に向かう。
入れ替わる様に、少年―――うちはサスケが、ナルトの前に立った。
「……ナルト」
「……サスケ」
二人の少年が見つめ合う。
サスケとナルトは、奇しくも同時に、数日前のことを思い出していた。
旅立つナルトと見送るサスケによる、最後の戦い。そのときに語り合った、互いの夢。火影になるという夢は同じでも、その先に描くものは、違った。
ナルトは、風の国砂隠れの里との、さらなる親睦。我愛羅が影となり、ナルトが影となったとき、砂と木ノ葉は更なる発展を遂げるだろう。
サスケは、警務隊の更なる発展。うちは一族だけでなく、一族や里にすら囚われない、国際的な警察機構の発足。世界各地にいる、大蛇丸のような下劣で凶悪で邪悪な犯罪者や抜け忍を取り締まり、陰ひなたに、世界の平和を守る。
サスケが胸の前で人差指と中指だけを立てた、片手印を結ぶ。
その意味に気づいたナルトは瞠目し、次いで嬉しそうに笑うと、同じように片手印を結んで見せた。それは終末の谷に立つ木ノ葉の里を創設した二人の忍者の像が結んでいる印と同じもの。忍組手の印であった。
これで、今この時より、いつかナルトが里に戻るまで、二人は“組手”の最中にある。それは、次に会った時は互いの全力を出し合った戦いをしようという誓い。絶対に負けないと闘志を向け、己を磨くという決意を抱く。
二人は何も語らず、印を解くと同時に、背を向け合った。
「お、おい。もういいのか?」
歩き出してしまったナルトを追い駆けて来た自来也が、ナルトに声を掛ける。
もはや未練はないといわんばかりのナルトの様子に、自来也の方が戸惑ってしまう。
「男の別れに言葉はいらないってばよ、エロ仙人」
「めちゃ喋っとった気がするが……」
キリッとした表情で言ったナルトに、自来也は呆れた様な表情で頭を掻き、立ち止まった。
しかしナルトは足を止めず歩いて行ってしまう。困った自来也は振り返り、畳間たちの方を見た。
畳間は苦笑してはいるものの、ナルトの逸る旅立ちに関しては特に何も言う様子はなく、小さく手を振っている。
年頃の少年の、
「ナルトォーーー!!」
サクラの声が響き、それを皮切りに、見送りに集まった多くの者達がナルトの名を呼んで、手を振った。
ナルトは振り返らず、拳を天に掲げて、それを別れの挨拶とする。
(そんなカッコつけんでもよかろうに……)
これから共に旅をする小さな弟子の、精一杯の強がりだ。敢えて指摘することも無いだろう。
自来也は苦笑を浮かべ、もう一度振り返り―――見送りの衆の後方で、寂しげに立っているように見える金髪の女性に対し笑みを向け、大きく手を振った。
★
「カカシ」
「お? サスケ、どうかした?」
ナルトが旅立ってすぐのこと。ナルトの背が見えなくなり、見送りの者達が解散し始めた頃、サスケはカカシを呼び止めた。
カカシは、じっと自分を見つめて来る部下を、不思議そうに見つめ返す。
「次の中忍試験はいつだ」
「年に一回だから、来年だけど」
カカシの返答に、サスケは小さく舌打ちをする。早く中忍になり、五代目火影の弟子になりたいと思っているサスケからすれば、一年後というのは長すぎる。サスケは苛立たし気に眉を寄せた。
「サスケ」
「……五代目か」
サスケは、声を掛けてきた畳間にも、苛立たし気な目を向ける。
畳間は苦笑した。サラダと名乗っていた異邦人に、修業を付けて貰うという約束を反故にされたことが、よほど腹に据えかねているらしい。
「サスケ。カカシから聞いたが、お前は雷遁と火遁に適性があるんだったな?」
「そうだが。それがどうかしたか?」
「サスケ。せめて敬語を……」
カカシの言葉はサスケに無視される。
「カカシも雷遁を得意とする忍だ。木ノ葉一の雷遁使いはカカシだろう。そんなカカシに師事し、お前は何ができるようになった?」
「千鳥と、影分身。弱っちいのを二体だけしか出せないけど」
「……カカシお前、多重影分身を教えたのか」
多重影分身は術者のチャクラを使用しすぎて、チャクラ量が少ない者が使用すれば命の危険もある禁術である。そんな術を、さほどチャクラ量が多いとは言えない、まだ忍者として出来上がっていない少年に教えたのかと、畳間はカカシを責めるように見た。畳間の身体から、僅かにチャクラが漏れ出している。
カカシは慌てた様に、胸の前で手を振った。
「影分身だけですよ!! 多重影分身は、ナルトのを見て、サスケが勝手に……!! 下手に放置する方が危険かと思って、分身を出し過ぎないように、きちんと教えたんです」
カカシが焦って説明する。畳間が子供たちを大切にしていることはよく知っている。そんな畳間に、命の危険がある多重影分身の術を子供に教えたなどと勘違いされては、どれほど悲惨な未来が待っているか、想像もつかない。
「そうか」
納得したのか、頷いた畳間はカカシから目を離すと、再びサスケに視線を向ける。カカシはほっとしたように胸を撫で下ろした。
「サスケ。多重影分身の使用は当面の間禁ずる。これは五代目火影としての、下忍への命令だ」
「な……!!」
サスケが憤りを込めた言葉を零す。影分身の術は、忍術の修業にはこれ以上無いほど優秀な術である。それを奪われたとあっては、修業が捗らない。
「ナルトの多重影分身を見て、独学で覚えたというのは大したもんだが、だとすれば、お前は影分身の術の本来の使い方を知らない。ナルトがよくやる影分身の使い方は、決して真似するな。―――死ぬぞ」
脅しではない。事実に基づいた忠告である。
畳間の鋭い眼光に、サスケは身を震わせて息を呑んだが、強く畳間を見つめ返した。ナルトが特別と言われて、引き下がれるライバルではないといったところである。
「だったら、アンタがその使い方ってのを教えてくれよ」
「そのつもりで言ったんだが?」
噛みついたサスケに、畳間が言った。
「え?」
そしてそんな畳間の言葉に、サスケが驚きを見せる。
「オレが中忍になって、アンタの課す試練ってやつを越えてからって、言ってなかったか……?」
「そのつもりだった。が、お前は放っておくと、何をしでかすか分らんということが、今の話を聞いて分かった。だから、少しだけ条件を緩めてやる」
ナルトが自来也の弟子になるというのなら、自来也がナルトをオレから奪うというのなら。オレはフガクからサスケを奪ってやる。
などと畳間が考えているかは定かではないが、不器用ながら真っすぐに火影を目指している少年に、現火影として、多少はサービスをしてやろうということである。
「カカシから紫電を教わり、完璧に修めてみせろ」
「へっ。すぐにでも覚えてやる。そしたらアンタの弟子ってことでいいんだよな!」
「ああ」
畳間の挑発するような言葉を聞いて、サスケの瞳に闘志が燃える。
―――試練を課さないとは言ってない。
畳間の万華鏡が、怪しく輝いた。