綱手の兄貴は転生者   作:ポルポル

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プロットというか、ネタの一部を誤って放出してしまった……。見てしまった人は心に秘めておいてください……(焦った


幕間
それぞれの修業


「エロ仙人エロ仙人! オレ達ってばこれからどこ行くの?」

 

 爺と小僧。木ノ葉隠れの里を出発した男二人。むさい旅の道中で、リュックを背負ったナルトが、自来也を見上げながら訪ねた。

 ナルトに問われ、自来也は空を見上げた。何やら迷っているような素振りを見せている。

 

「……? まさかエロ仙人。言い辛いとこ(・・・・・・)に行くつもりなんだってばよ……。おっちゃんと姉ちゃん達に報告しなきゃ……」

 

「ち、ちがわい!! 何を人聞きの悪いことを抜かしよるんじゃ!! ちゅーかそれはやめて!? お願い!! 畳の兄さんはともかく、姐さんと()にはそういう冗談は通じんからのォ!! 知っとるだろお前も!!」

 

 血相を変えた自来也は、ナルトに縋りつくように言った。

 子供を、子供に言い辛い場所(・・・・・・・・・)に連れて行くなど、一端の大人ならまず在りえないことであるが、自来也は自他ともに認めるスケベであり、そういったことにだらしがない。少なくとも、周囲はそのように自来也のことを認識している。

 ゆえにナルトが、「エロ仙人がオレに大人の階段登らせようとしたってばよ」と誰かに言えば、自来也ならばやりかねないという判断が、無慈悲に下されることになる。当然そうなれば、その話は畳間夫妻や綱手の耳にも遠からず入ることになる。

 畳間はまだ良い。あれで本人もムッツリスケベであるし、子供たちに対しては、本人の自主性を尊重するスタンスである。なので、「それはさすがに早過ぎるだろ……」とは言いつつも、ナルトが自らの意思でそれを決めたならば受け入れ、最終的には「ほどほどに」と自来也に注意を促すくらいで終わるだろう。問題は姑と小姑二人である。まず間違いなく、あの二人は激昂し、問答無用に襲い掛かってくる。仮に冤罪であったとしても、聞く耳を持たず、強制有罪判決が下され、自来也は市中引き回しの末打ち首獄門に処される。

 

「にしし。冗談だってばよ」

 

 しれっと言ってのけるナルトに、自来也は苛立ちを覚え、眉をひくつかせる。

 

(このクソガキ……。どこがミナトの息子だ。似ても似つかん。ミナトはもっと素直で穏やかで従順だったというのに……。誰に似たんだのォ誰に。あ、畳の兄さんか……)

 

 ベクトルは違うが、畳間も素で人を恐怖に陥れるきらいがある。紛れもなく親子だなと、自来也は思った。

 

「そんでさそんでさ! どこ行くの?」

 

 自来也は陽気に笑うナルトに毒気を抜かれたのか、疲れた様に肩の力を抜いてため息を吐いた。そして乱暴に髪を掻きむしりながら、もうどうにでもなれとばかりに、言った。

 

「……雲隠れに行く」

 

 そう言った自来也の表情は、何かを憂うようでいて、しかし何かを期待しているかのような色を滲ませている。 雲隠れの里は、現在唯一木ノ葉に対して敵対的な姿勢を続けている。弟を実質的に人質に取られていたがゆえに、情に厚い雷影は、木ノ葉隠れの里との和平条約にサインをした。だが、いつそれを反故にしてもおかしくない程度には、木ノ葉隠れの里―――五代目火影に対して、雷影は悪感情を抱いている。畳間がナルトに世間を知ることを望み、ひいては自来也の旅について行くことを許したのは、きっとそういうことなのだろうと、自来也は思っている。

 

 木ノ葉隠れの里は平和で、温もりに満ちている。ナルトの中に封印された九尾に対して、思うところがある者がいたとしても、そういった者は決してナルトには近づけない。シスイの仙術により敵意は感知されるし、畳間子飼いの暗部たちが秘密裏に阻止するからだ。ビーや我愛羅など、暗部の者達が関われないような特殊な事情がある者以外でナルトに近づける者は、必然、優しく穏やかな心根の者だけとなる。ナルトは優しい人たちとの関わりの中で育ち、敵意というものとは無縁だった。それこそ、九尾から溢れる出るチャクラ―――その憎悪の波動すらも、分からない(・・・・・)ほどに。ナルトは九尾を『おっかない狐』と認識している。九尾が時折見せる本物の殺意と憎悪すら、『なんかよくわかんないけど、すげーおっかない』程度にしか、受け取っていない。真剣に向き合えていないのである。

 それも当然だ。ナルトは憎悪とは無縁の世界で生きて来た。大蛇丸や鬼鮫との交戦で初めて、『殺意』とは何なのかを知った。相手を殺そうとする意志―――知ったのは、それだけだ。何故相手が―――九尾が自分に殺意を向けるのか、それが分からない。なぜそんなに殺意を振りまくのか、それが分からない。うずまきナルトは、殺意すら伴う『憎しみ』という感情を、理解できないでいる。ナルトのその無垢さゆえに、九尾がナルトに向ける憎悪と殺意は空回りし、気の抜けたような関係が構築されているように見えるが、実際には、九尾の中の憎悪は何ら衰えてはいない。我愛羅と守鶴の関係とは、根本的に異なるのである。

 

 里にいたのでは決して知り得ぬ世情。

 ナルトが絶対視する、優しく偉大で完璧な忍者―――五代目火影という虚像。それを打ち砕くことこそが、畳間が自来也にナルトを任せた理由。自来也はそう思っている。それは木ノ葉隠れの里では絶対に為すことは出来ない。畳間の弟分であり、今現在、本当の意味で畳間を諫められる唯一の男―――すなわち自来也だけが出来ることだ。アカリや綱手は、畳間に近すぎるし、ナルトの純粋さを壊すことに賛成はしないだろう。

 

 カカシやガイは、かつて「里の問題児」と言われた少年期の畳間を知らないし、戦争中からその背を追い駆けていた。良い意味で『悪く捉える』ことは難しいだろう。

 

 それに、仮に、今、名をあげた者達がナルトと共に雲隠れを訪れたとして―――確実に雲の者達と口論になる。畳間が悪く言われているのを聞いたとき、耐えられる者はいないだろう。

 特に雲隠れは畳間や綱手の両親を殺害しているし、戦争の発端となった里だ。そんな里が、痛みに耐え戦争を終わらせた畳間を侮辱したとして、畳間を敬愛する彼らが耐えられるとは思えない。カカシならあるいは耐えられるかもしれないと自来也は思うが―――。

 

(しかし、アレ(・・)はまだ若い。それに……、父親を奪われておる。それ(・・)をさせるのは酷というものだのォ……)

 

 いくら畳間が自身の後継者と目するほどの火の意志を持つ忍者であっても、戦争の渦中を生き、家族や友を奪われた来たカカシに、雲隠れの視点に立てというのはあまりに酷だ。いずれは出来なければならないことではあるが―――そういうことは、年寄りの仕事だろう。

 自来也とて耐え難いことではあるが、しかし自来也は長い旅を経て、客観的に物事を捉える力に長けている。唯一戦争に参加せず、旅の最中、身分を隠して雲隠れにも訪れたこともある。どちらの里の痛みも、苦しみも知っている。そんな自来也だからこそ、曇隠れの視点に立つことが出来る。木ノ葉隠れの里の視点しか持たぬナルトに、完全な別視点を教えることが出来る。

 

 戦争は確かに雲隠れから仕掛けてきたことであり、木ノ葉は降りかかる火の粉を払っただけに過ぎないが、しかし木ノ葉の者が雲の者達を殺害したことは紛れも無い事実である。木ノ葉側からすれば、納得できかねる主張であるが、雲隠れからすれば、木ノ葉は自里の成長を妨げ、同胞の多くを殺害した憎き障害でしかない。

 

(責任重大だのォ……)

 

 今の雲隠れの里がどうなっているか自来也は知らないが、戦争が終わり栄えている木ノ葉程では無くても、雲隠れの里も栄えているはず。ナルトに雲隠れの里を見せ、そこに生きる人々の暮らしに寄り添わせ、その上で、かつて木ノ葉隠れの里の者―――千手畳間が、彼らの家族の多くを殺した過去を伝える。

 ナルトは純粋で、人懐っこい。身分を隠して雲隠れに赴いたとしても、そこで新たな友を得るだろう。そして、知るのだ。雲隠れで友となった者の両親や祖父母を殺した忍者こそ、ナルトが尊敬する養父―――千手畳間であることを。きっと、ナルトは激しくショックを受けるだろう。

 例え雲隠れから始めた戦争であったとしても、殺し合ったという事実に変わりはない。雲隠れには雲隠れの、木ノ葉隠れには木ノ葉隠れの道理があり、互いに譲れぬもののために戦い、血を流し合った。

 

(願わくば、どちらの痛みにも寄り添い、新たな道を進んでもらいたいものだ……。とはいえ、雲隠れが戦争の意志を捨てない限りは、難しいことでもある……)

 

 もうこれ以上殺し合うのは止めようと語り掛ける木ノ葉隠れに対し、殺し合ってでも通すべき道理があると考える雲隠れ。雷影の義弟であり、雲隠れ最強戦力たるビーの尽力もあって、現在は条約の下、戦争は行われていないが―――。

 

(畳の兄さんを(カシラ)に、ワシ等は次の世代のために、耐え忍ぶ道を選んだ。だが、木ノ葉だけが耐え忍んでも、意味はない。必要なのは、互いに分かり合うこと。『夢の先』へと進む手段だ……。戦争の辛さを知り、繰り返してはならぬものだと知り、ワシ等には出来なかった、新たな道を模索する……。そこに、辿り着いてくれれば良いが……)

 

 ナルトは優しい子だ。それで畳間を嫌悪する、というようなことにはならないだろう。しかし、その事実を知ってしまえば、もはや知らぬふりをすることは出来ない。困惑、動揺、胸を掻きむしられるような痛みを、知ることになる。雲隠れの者と仲良くしたいと思えば思うほど、血に濡れた背景を直視することになる。そして自分が、それを向けられる側の人間なのだと、気づくのだ。ナルト自身が何もしていなくとも、先祖の因果だとしても、火の意志を受け継がんとする者であるならば、無関係ではいられない。火の意志とはただ煌びやかに輝く黄金の光ではない。光あるところに必ず影が在るように、数多の犠牲を薪として燃ゆる炎なのだ。これは、それを知る旅となる。

 

 自来也は表情を曇らせた。

 

(……この生意気だが純粋な子が、何故そのような……過酷な運命を……)

 

 我愛羅のときとは訳が違う。砂隠れは里の存続の要を火の国に握られているため、もはや木ノ葉隠れに歯向かうことは出来ない。例え屈辱を感じていたとしても、砂隠れは木ノ葉隠れに対し、敵意を見せることは決して許されない。だが、この十数年の間、畳間も火影として、砂隠れの里には惜しみない援助をしてきた。禍根が絶たれたとは言えないが、それでも、互いに痛みを押し隠し、手を握り合える程度には、友好を築いているのが現状だ。

 だが、雲隠れの里は違う。和平条約とは名ばかりの、仮初の不可侵条約。未だ木の葉や火影に対する悪意は衰えることは無く、いつか来たる復讐のときを待っている。

 鬼鮫や大蛇丸との戦いで、ナルトたちが知った『殺意』とは根本的に違うそれは、任務による義務ではなく、私怨による渇望だ。それは、明確な理由を以て個人に向けられる、むき出しの敵意。

 

(……やはり。まだ早いのでは……。身の安全は保障されていても、その心は……)

 

 ナルトに刻まれた九尾の封印に何かあれば、畳間はいつ何時でも、木ノ葉から飛んでくる。加えて、自来也は畳間より、飛雷神の術の術式が記された巻物を一つ預かっており、それを開けば、ナルトに何かがあったとき同じように、畳間が飛んでくる手筈となっている。

 自来也という木の葉でも五本の指に入る実力者が、常にナルトを護衛している。しかしそれでもなお足りない(・・・・)場面に遭遇することがあるかもしれない。強大な力を持ち、かつ九尾を狙うのではなく、『五代目火影の愛息子』を狙う輩が現れた時など、九尾の封印式に異常が起きる前にナルトが殺されれば、畳間が駆けつけたところで無駄になる。そのための保険が、その巻物であった。

 里を出て世間を旅しながら、うずまきナルトという少年は、常に巨大な千の手によって守られているのである。

 

(可愛い子には旅をさせよとは言うがのォ……)

 

 ナルト本人は、自来也という頼れるのか頼れないのかいまいち判断しかねる忍者との、未知の世界への旅立ちに、胸を躍らせている。

 自来也もまた名の知れた忍者がゆえに、功名を求める抜け忍や犯罪者たちから、その命を狙われることもある。ウラシキのように、ナルトを狙う者が、外界にはいるかもしれない。今、そこの草陰から、刃を持った忍者が襲い掛かってくるかもしれない。以前波の国へ向かう際に襲い掛かって来た忍者たちのように、風景に溶け込んで襲い掛かる時を待ち、その牙を研いでいる者がいるかもしれない。まさに、危険と隣り合わせの旅だ。ナルトはそう思っている。

 しかし実際には、完璧に舗装された道を、そうと知らずに歩いているのだ。何か起きれば、忍界最強の男が秒で駆けつけて、あらゆる障害を殲滅する。必要なら、ナルトを連れて里に戻ることも出来る。危険など在って無いに等しかった。

 とはいえ、世間を知らぬ子供、それも人柱力を里の外に出すとなれば、それくらいの警備体制は整えてしかるべきだろう。

 

「ねえねえ。エロ仙人」

 

 思案する自来也に、ナルトは明るい笑みを浮かべて、訊ねた。

 

「雲隠れって確か、ビーの兄ちゃんがいるところだっけ?」

 

「確かにその通りだが……。お主、雲の人柱力を知っとるのか? まあ、出会っていても不思議ではないか……。長く木ノ葉に滞在しとったからのォ」

 

「やっぱり! ガキの頃以来だから楽しみだってばよ!」

 

「今も十分ガキだのォ」

 

「む!」

 

 ナルトが失敬だなと頬を膨らませる。

 自来也は自然とナルトの頭に手を乗せて、その髪を乱暴に撫でた。

 

「わわ!? 何するんだってばよ!!」

 

 可愛らしく不快気な視線を向けるナルトに、自来也は少し困惑したような表情を浮かべて、ナルトから手を離した。

 

「畳の兄さんや姐さんたちがしても何も言わんくせに……」

 

「おっちゃんたちは良いの!」

 

「このガキ……」

 

 自来也は苛立たし気に眉をひくつかせた。可愛げのない小僧だと、ため息を吐く。

 色々と悩んでいたが、考えても仕方がない。ナルトのことを誰よりも大切に思っている畳間が、今がその時だと思い、ナルトを旅に送り出したのならば、ナルトを任された者として、その責務を果たすだけだ。

 それに、このクソ生意気な小僧に、少し灸を据えるのも悪くないだろう。

 

「ナルト。これから、長い旅になる(・・・・・・)ぞ」

 

「……? うん? 知ってるってばよ?」

 

「このガキ……」

 

 自来也が言葉に含ませた意味を、ナルトはまるで察しようとしていない。

 自来也の苛立ちに気づいていないナルトは、リュックの紐に手を掛けて、背負い直すと、言った。

 

「エロ仙人。何か新術教えてくんない? 我愛羅に勝てるようなやつね!」

 

「お前遠慮って言葉知っとる?」

 

「螺旋丸も口寄せも駄目だったから、何か派手で、すげー術を教えて欲しいってばよ」

 

「……螺旋丸も十分派手ですげー術なんだがのォ。ミナトが泣くぞ。まあ、あるにはあるが」

 

「あんの!?」

 

「当然、ある。ワシを誰だと思っとる! 何を隠そうワシこそが!! 北に南に西東―――」

 

「あ、それはいいってばよ」

 

「このガキ……」

 

 自慢の見栄切を途中で叩き切られた自来也が、苛立たし気に眉をひくつかせる。

 

「あ、そうだ!」

 

 自来也の怒りのボルテージが上がってきていることに、さすがのナルトも気が付いた。ナルトは少し慌てた様子で、取り繕うように声を出す。

 

「エロ仙人って、父ちゃんの師匠なんだってばよ? おっちゃんからも色々教えてはもらったけど、オレの父ちゃんってエロ仙人的にどんな人だったの? おっちゃんは、父ちゃんとオレは似てないって言ってたけど、オレってば、本当は似てるんじゃないかと思ってるんだけど。髪の色も一緒だし、オレってばそこはかとなくカッコイイじゃん?」

 

「はぁ? 寝言は寝て言えってんだのォ。ぜんっぜん!! 似とらんのォ! これっぽっちも! これっぽォォォおおおおっちも、似とらんのォ!!」

 

 自来也が人差指と親指で小さな隙間を作った。それは米粒一つすら通り抜けられないような、隙間とも言えないものだ。

 

「ミナトは穏やかで、素直で真面目だった! 忍術の―――特に時空間忍術に関しては里始まって以来の天才で、瞬身の術にすら、口伝と見取りによって、自力で辿り着いた俊英だぞ! お前と同じ年の頃にな!! 人柄もよく、皆からも慕われておったし、ワシの言うことをよく聞いて、瞬く間に火影となった!! お前なんかがミナトに似とるもんか!! 身の程を知れ! お前が似とるのは便所コオロギが関の山だのォ!! 恥を知れ恥を!! このバァァアアカ!!」

 

 これまでの意趣返しも込めて、自来也が徹底的にナルトを叩きのめした。

 

「カッチーン!! オレってば怒ったもんね!!」

 

「おーおー!! 怒れ怒れ!! お前なんかが怒ったところで、これっぽっちも怖かねェのォ!!」

 

「吐いた唾は呑めねェってばよォォおおおおお!!」

 

 嫌味満載の自来也の口ぶりに、ナルトの頭に血が昇る。ナルトはリュックを放り出すと、自来也に飛び掛かった。

 自来也は薄ら笑いを浮かべてナルトに張り手を繰り出すと、ナルトは頬を打ち抜かれて地面に叩きつけられた。ナルトはぐぬぬと唸りながら、立ち上がろうとするが、自来也はその足を蹴りで掃い、ナルトを再度地面に転ばせる。立ち上がろうとするたびに転がされるナルトは、立ち上がることを諦めて、四肢を地面につけたまま、地面を押し返すように、蛙のような動作で跳ね上がると、再び自来也に飛び掛かった。

 しかし自来也はいとも簡単にそれを迎え撃ち、先ほどと同じ個所を張り手で打ち抜き、ナルトを地面に転がした。そしてナルトは再び立ち上がろうとするが、自来也はすかさずナルトを足払いで転ばせて、それを阻止する。ナルトはやはり立ち上がることを断念し、四肢を駆使して飛び上がり、自来也へと飛び掛かった。

 だがやはり自来也は同じ個所を張り手で打ち抜いて、ナルトを地面に転がした。ナルトは立ち上がろうとして、しかし自来也に足払いで転ばされ、悔し気に唸り、四肢を駆使して飛んだ。

 そしてまた自来也が―――。

 そしてまたナルトが―――。

 

 ―――その日、自来也とナルトは、木ノ葉隠れの里からあまり離れていない場所で、野宿した。

 

 ナルトの頬は腫れあがり、ナルトは痛みと悔しさに、静かに枕を濡らした。

 

 

 

 

「……アスマはもう少し精神的に成熟してからの方がいいか。所帯を持てばまた変わるかもしれんが……そればかりは縁だからな……。急かすわけにも……。紅はまだ若いし……。となればやはり相談役が言うようにガイが適任か……。……お?」

 

 数日後の木ノ葉隠れの里。

 火影の執務室で書類に目を通していた畳間の前に、サスケがのそのそと現れた。

 

「なんだ、サスケか」

 

「なんだとはなんだ」

 

「いや、すまん……」

 

「謝るなら許す」

 

「そうか……」

 

 落胆が滲む畳間の声音に、サスケは不快気に眉を寄せた。

 いつもならこの時間、ナルトが侵入してくる頃合いだ。習慣というのはなかなか抜けず、畳間はナルトが里を旅立ったと理解していながら、執務室に近づいてくる気配に、「ナルト!?」と少し期待してしまったのである。

 

「それで、何の用だ? まさか、もう紫電をものにしたのか?」

 

「いや、まだだ。コツを聞こうと思ってカカシを探していた。里を散策したが見当たらなくて、アンタに聞きに来たんだが……カカシはどこだ?」

 

「ああ。カカシなら所用で里を出てるぞ」

 

「……」

 

 サスケが舌打ちをする。

 

「いつ戻ってくる?」

 

「あいつ次第だなぁ」

 

 畳間は体中に重しを縛り付け、封印術でチャクラを練りづらくした状態で、崖の下に放置して来たカカシのことを思い出す。死んではいないのでいずれ帰ってくると思うが、それがいつになるかは、畳間にも分からない。

 

「……」

 

 沈黙するサスケが何かを言おうとするのを察して、畳間が先に口を開いた。

 

「悪いが、オレは雷遁は門外漢だ。岩隠れの土遁を突破するために最低限身に着けてはいるが、カカシの練度には大きく劣る。今は木遁螺旋丸(物理)もあるし、雷遁の修業はしていない」

 

「……螺旋丸か」

 

 困ったように眉を寄せるサスケに、畳間はふむと思案気に顎を摩る。

 

「言っておくが、約束は約束だ。オレがお前に教えるのは弟子入り後だぞ」

 

「分かっている」

 

 とは言いつつも、サスケは残念そうな雰囲気を隠し切れていない。

 畳間は仕方ないなと苦笑し、指を鳴らした。

 瞬時に、暗部の者が姿を現し、サスケがびくりと身じろぎする。

 畳間は暗部の者に視線を向け、指示を伝える。

 

「次回の中忍試験についての草案を記した巻物の運搬の件だが、やはりガイではなく、シスイに任せる。班の下忍達と……そうだな、一度岩隠れに滞在していたイタチも同行させろ」

 

「イタチはダメだ」

 

「ちょっと黙ってろ」

 

 サスケが間髪入れずにイタチ出向の中止を呼び掛けて来たので、畳間も間髪入れずにサスケを黙らせる。

 

四人一組(フォーマンセル)で岩隠れに出向くよう、シスイに伝えろ。中忍になって初の遠征任務だ。良くも悪くも癖のある班員を纏める経験もさせておきたい。班長をシスイに、イタチは保険だ。イタチには万一の時以外影に徹しろと伝えてくれ。……アカリにはオレから言っておくから、バレないうちに出立の準備をさせてくれ」

 

「御意」

 

 畳間は、近づいてきた暗部の者に巻物を渡した。

 巻物を受け取った暗部の者が姿を消した後、畳間はにこやかにサスケに語り掛ける。

 

「さて、サスケ。話を戻すが……お前は写輪眼を持っているから、将来的には、雷遁活性による高速攻撃が、カカシや、雷影よりも高いレベルで出来るようになるだろう。雷遁の使い手は木ノ葉では珍しい。イタチを始め、うちは一族の中でも、お前だけが持つ素晴らしい長所だ。オレはそう見ている」

 

「!!」

 

 畳間から突然投げられた期待の言葉に、サスケは瞠目し、嬉しそうに瞬きをした。

 

「いずれお前には、忍界最速を誇ったオレの師や四代目を越えた速さを身に着けて欲しいと思っているが……。それだけでは勿体ないとも思っている」

 

「どういうことだ?」

 

「カカシが写輪眼を―――膨大なチャクラを消費してやっと使える技術を、お前はさほど苦労せず使える土台がある。つまり、余力を他に回せるということだ」

 

「……なるほど。つまり……どういうことだ?」

 

「……。つまりだな、俊足に、剛力を合わせることが出来るということだ」

 

「それは……最強に見える」

 

「そうだとも」

 

 畳間は仰々しく頷いた。

 

「アカリの火遁活性もあるが、雷遁との同時併用は出来ない。途中で切り替えることは出来るだろうが……例えば、雷遁で素早く敵に近づき、接触のタイミングで火遁に切り替え、剛力を以て敵を討つ、とかな」

 

「……」

 

 サスケが分かりやすく目を輝かせるが、畳間は首を振る。

 

「非常に難しい技術だ。ラグも出て来るだろう。実戦では使えない、机上の空論だ。下手に切り替えるより、最初から最後まで雷遁で突き抜けた方が良い」

 

「……」

 

 サスケが分かりやすくしょぼくれる。

 

「そこでだ。お前はカカシが戻るまでの間、基礎を磨け。確かここに……余った地図が……」

 

 畳間が言いながら、机の引き出しを開けると、紙束をぺらぺらとめくり、何かを探し始める。

 目当てのものが見つかったのか、畳間は一枚の紙を取り出すと、赤い筆でどこかに丸を記した。次いで、メモ用紙にすらすらと文字を書き始める。

 書き終わった畳間は、メモ用紙を無造作に契って折りたたみ、クリップで最初に取り出した紙に重ねた。

 ちょいちょいとサスケを手招きする畳間に従い、ほいほいと近づいて来るサスケに、畳間は机越しにその紙を渡した。

 

「紹介状を書いておいたから、その丸のところに向かえ。あいつも部下を持つ身だから、本格的な指導を受けることは難しいかもしれないが……。あいつの技は基礎にして奥義。修業のやり方だけでも学び、それを実践できれば、違うはずだ」

 

「どう違う?」

 

「最強になれる」

 

「行ってくりゅ!」

 

 気が逸ったサスケが噛みながら、駆け足に去っていく。

 そんなサスケの背を、畳間は懐かしいものを見るような笑みを浮かべて、見送った。

 

 ―――しばらく後。任務から戻ったイタチは、緑のタイツに身を包んだ弟の姿を目の当たりにすることになり、素直な弟を唆した畳間に、さすがにキレた。

 

 

 

 

 緑のタイツを身に着けたうちはの少年が、里中を逆立ちで走り回る奇行が確認され始めて、数日後。

 

「ここに来るのも久しぶりよね……」

 

 桃色の髪の少女が、巨大な屋敷―――孤児院『木ノ葉の家』の前に立っていた。

 班員の一人が旅に出て、班員の一人が明らかに頭の可笑しい行動を取り、先生が行方不明になり暇をしていた少女は、一大決心を抱き、新たな道を進まんとしていた。

 

 木ノ葉のくノ一が目指すところは、二つ。

 医療忍者の頂点、蛞蝓姫。そして―――敵と旦那を薙ぎ払って来た、青い鳥。

 会えば罵り合う赤い髪の少女も、今はいない。いわば、絶好の機会である。

 お義母さん(・・・・・)にお近づきになっておきたいという打算もあって、少女は今、孤児院の門を開いた。


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