綱手の兄貴は転生者   作:ポルポル

107 / 156
喪中なんであれですが
今年もよろしくお願いします


〇〇〇解放編
そんなこんなで疾風伝


「なっつかしィー!! 全然変わってねーってばよ!」

 

 昼下がりの木ノ葉隠れの里。電柱の上に、オレンジ色の服を着た、黄色い髪の―――青年となったうずまきナルトが立ち、里の空気を味わうように、両の手を広げている。

 

「はしゃぎおって……」

 

 その下では白髪の大男―――自来也が苦笑を浮かべて、ナルトを見上げている。

 

「みんな元気にしてっかなぁ」

 

「……でかくなったな、ナルト」

 

 少し離れた民家の屋根の上に、見知らぬ大男が座り、本を読んでいた。自来也と同等か、それ以上の巨体である。

 名前を呼ばれたので知り合いだとは思うが、心当たりがないナルトは、疑問符を頭上に浮かべ、首を傾げた。

 

「よっ」

 

「……え?」

 

 男が気軽な様子で、手を挙げた。

 ナルトは腕を組んで唸りながら、さらに大きく首を傾げた。しかし考えても分からない。

 

「……すみません。どちら様だってばよ?」

 

「誰、って。酷いなぁ。オレだよオレ」

 

「そういう詐欺が流行ってるって聞いたってばよ」

 

「詐欺って、酷いこというねェ。カカシだよ。はたけカカシ。ほら、お前の先生の。お前の子守をしたことだってあるのに。忘れたわけじゃないでしょ? 久しぶりだからって、そんなもったいぶらなくても良いじゃない? 焦らすねェ、ナルト」

 

「え、いやだって……。え? カカシ先生?」

 

「そうだよ。見れば分かるでしょ?」

 

「見れば分かるって……。え? カカシ先生? なんかでかくね?」

 

 ナルトは驚愕に瞠目した。

 三年ぶりに会ったカカシは、かつてより一回り体が恵まれている。かつてのカカシも、180を越える長身の男だったが、今目の前にいるカカシは、さらに大きくなっていた。引き締まっていた体も、筋肉で厚みが増している。木ノ葉隠れの里の支給品である緑色のベストを、下から大きく押し上げていた。ズボンもパンパンに膨らんでいる。まるで丸太のような脚である。まるで雲隠れの雷影や、キラービーのような巨体であった。さらに言えば、妙に目力が強く、眉が太い。顔のしわや影も多い。

 

「あー。ちょっと鍛え直したからね。ガイより大きくなっちゃって。ほれ」

 

 本をポケットに仕舞いながら。カカシは立ち上がった。ナルトが自身の全身を見られるように、手を大きく広げて、その場でくるりと回って見せる。

 

「いや、木ノ葉で今のカカシ先生よりでかい人見たことないんだけど……。っていうか、カカシ先生? その眼どうしたんだってばよ」

 

 カカシのトレードマークともいうべき、額当てでの目隠しがされていなかった。

 

「ああ。これね。そうだった。もうずっとこれだからうっかりしてたよ。ナルトは知らないんだっけ」

 

 実は、とカカシが話し始める。

 

「五代目が封印術を掛けてくれてさ。目隠しをしなくてもよくなったのよ、オレ。なんでも、昔五代目が御婆様に施して貰った写輪眼封じの術をもとに作った改良版だそうでね。オレの意志でオンオフを切り替えられて便利なんだな、これが」 

 

 カカシは自分の左目に手を当てながら、嬉しそうに目じりを緩ませる。

 カカシが左目にチャクラを込めれば、写輪眼が浮かび上がった。逆に左目からチャクラを霧散させれば、黒いだけの瞳がそこには現れる。まるでうちは一族のようである。

 何度かそれを見せた後、カカシはその巨大な掌をナルトの頭に乗せて、言った。

 

「いやぁ、しかし。大きくなったねェナルト」

 

「大きくなったって……。カカシ先生に言われてもあんまりうれしくないってばよ……」

 

「なにそれ。失礼しちゃうねェ……。っと、これはこれは自来也様」 

 

 カカシは、下にいる自来也に気づいた。見下ろすのも失礼だと思い、カカシは地面に軽やかに降り立ち、自来也の前に立った。しかし普通に立っていても、カカシの方が自来也よりも僅かに大きいので、見下ろす形になってしまい、あまり意味は無かった。

 

「自来也様もお久しぶりです」

 

「お、おう……。で、でかくなったのォ、カカシ……」

 

 十代の頃からカカシを知っている自来也は、何度か同じ言葉をカカシに掛けている。しかし、カカシが三十を越えてなお、この言葉をカカシに言うことになるとは思っていなかった自来也は、戸惑いがちに瞬きをする。自来也もかなりの大男であるが、カカシはさらに大きい。縦はそれほど変わらないが、厚みが違う。

 

「何があった……?」

 

「……色々と」

 

「そ、そうか……。ま、まあ! わざわざ思い出すこともないのォ!」

 

 自来也はカカシの肩を力強く叩いた。分厚く硬い肩の感触に、自来也は内心で舌を巻いた。

 

「あ、そうだ。カカシ?先生!」

 

「だから、カカシだって」

 

「はは。やっぱなんか違和感が……。って、そうじゃねぇ。カカシ先生に、お土産があるんだってばよ」

 

 続いて降りて来たナルトが、腰に巻いたカバンに手を入れて、ごそごそと何かを探し始めた。

 そして出てきたのは、一冊の本。

 

「こ!! こ!!! こ!!!」

 

 ナルトから本を受け取ったカカシは、全身と声を震わせている。

 

「鶏かのォ?」

 

「これはァァァアア!!??!?!?!?」

 

「これってばイチャイチャシリーズの新作! 先生も好きなんだろ? ―――っ!?」

 

 ―――突如。頭上を黒い影が凄まじい速さで過った。

 

 自来也は咄嗟に上を見て、それが何かを理解した後、肩の力を抜いた。カカシは呆れた様に目を細める。

 

 ―――雷鳴が響く。

 

 ナルトが一歩下がった。

 ナルトがいた場所に凄まじい勢いで、何かが激突した。地面が抉れ、土埃が舞う。

 土埃を切り裂いて、何かがナルトの顔面に向けて放たれた。ナルトは咄嗟に半歩引いてそれを避ける。それは、人の拳であった。その拳は内側に巻き込むように引き戻され、そして流れるような動きで放たれた肘撃が、ナルトの鼻先を狙った。ナルトは瞬時に両の掌を、迫る肘と顔の間に挿しこみ、それを受け止める。ナルトは両腕を下に押し下げ、襲撃者の態勢を崩し、顔面へ向けて膝蹴りを放った。

 襲撃者はナルトの膝を掌で抑えると、それを起点として軽やかな動きで宙へ飛んだ。空中で体勢を立て直した襲撃者は、ふわりと、地面に降り立った。

 

「腕は鈍ってねェようだな、ナルト」

 

「へへ! サスケェ!! お前の方こそ腕を上げて……。 ……え? ……サスケ?」

 

 土埃が消え去って現れたのは、うちはサスケであった。 胸元が大きく空いた着物を身に纏っている。

 またチャラスケやってんのか、とナルトは思ったが、それを口にすることは無かった。ナルトの驚愕の視線が、サスケの胸元に吸い寄せられる。

 

 ―――胸筋がヤべェ。

 

 はち切れんばかりに鍛え上げられた胸筋がそこにはあった。

 

「……え? ちょ、え? サスケ?? なんでそんなムキムキなの?」

 

「それほどでもない。それよりお前だ、ナルト。オレもかなり鍛えたと思っていたが、対応されるとは思わなかった。感知能力を鍛えたのか? お前もかなり腕を上げたようだな。……背は……そんなに伸びてないようだが」

 

「てんめェ! 言って良いことと悪いことがあるってばよ!! てか、お前だよお―まーえー!! お前の背が伸びすぎなの! オレだって結構伸びたってのに!! 嫌味にしか聞こえねーけど!? カカシ先生といいサスケといい、どういうことだってばよ?!?! 木ノ葉って今筋トレ流行ってんの!? オレも結構でかくなったと思ってたのに!! でかくなりすぎィ!!」

 

 ナルトも170を越える程度の身長を手に入れているが、サスケの背はそれよりも高い。およそ180と言ったところだろうか。ナルトは悔しさに歯噛みする。

 ナルトの叫びを聞いて、自来也が確かにな、と頷いた。

 

「成長期のサスケはまあ常識の範囲内だろうがのォ……。カカシはやっぱりおかしいとワシも思う」

 

「今のオレと自来也様の背丈はそう変わらないのでは?」

 

 カカシが上げた手の指先を曲げて、自来也と自分の頭の間を水平に動かした。

 

「歳を考えろ歳を。三十になって10センチも身長が伸びるやつがあるか」

 

「何やったらそんなでかくなるの?」

 

「色々、ね……」

 

「色々、な……」

 

「「そ、そう……」」

 

 ナルトの言葉に、何を思い出したのか、サスケとカカシの瞳孔が開き、遠くを見つめた。

 自来也とナルトは気押された。

 

(恐らくは畳の兄さんの地獄の修業ファイナルを乗り越えた者達……。三年前とは面構えが違うのォ……)

 

「ま、冗談はこれくらいで!」

 

 カカシは言うや否や、小さな破裂音と共に煙に包まれた。煙が晴れて出て来たのは、三年前のはたけカカシその人であった。三年前と違うのは、両目が共に晒されているということと、その肉体の厚みが増していることだけだ。背は伸びていない。

 ナルトは安堵のため息を吐いた。

 

「ほっ……。良かった。一人だけ作画が違うカカシ先生はいなかったんだな……。たく、カカシ先生たちってば、オレをびっくりさせようとしてたんだなぁ!? ま、オレってば全部お見通しだったけどな!!」

 

「めちゃくちゃ狼狽しとっただろーに……。まあ? ワシは乗っかってやっただけで、気づいとったがのォ!」

 

「めちゃくちゃ困惑してたくせに……」

 

 ナルトは自来也をじとっ見つめるが、自来也は、がははと豪快に笑った。ナルトは自来也がいつものように白を切るつもりだと悟り、こういう大人にはなりたくないと改めて思った。だが残念なことに、既になっている。

 自分のことを棚に上げて、自来也をダメな大人として改めて認識したナルトは、にやりと厭らしい笑みを浮かべて、サスケへと視線を向ける。

 

「サスケちゃ~ん? いつまでその恰好でいるつもりかなぁ~? どうせそれも変化の術なんだろ? オレが身長伸びてたからって、カカシ先生に便乗したんだよな? 悔しいよなぁ。うんうん。分かるってばよ」

 

「は? お前何言ってんだ?」

 

 ナルトも成長期でそれなりに背が伸びた。サスケは帰還したナルトを見て自分の身長が抜かれていることを知り、咄嗟にカカシに便乗して、低い身長を隠したのだ。ナルトはそう推理した。 

 それを明かしてやれば、サスケは心底困惑したように目を瞬かせた。

 カカシは哀れなものを見るように、ナルトを見つめる。

 

「あー、ナルト君ナルト君」

 

「なに?」

 

「サスケ、これが素だから」

 

 カカシが言った。

 

「……? ちょっと何言ってるか分かんないってばよ」

 

「だから、サスケは別に変化の術とか使ってないってこと」

 

「……? つまり……、どういうことだってばよ」

 

「現実逃避しとるのォ……」

 

 ナルトが眼を濁らせて、首を傾げた。

 自来也は哀れむようにナルトを見た。

 カカシは無慈悲に、断頭の刃を振るった。

 

「―――つまり。サスケは普通に、オレと同じ高さまで背が伸びたの。変化してたのは、オレだけ」

 

「まあ、イタチも背はそこそこ高いしのォ。あまり覚えとらんが、今のサスケはイタチよりちと高いくらいか? ありえん話ではないのォ」

 

「……うっそおおおおおおおおおお!?!?」

 

「……ウスラトンカチ」

 

 木ノ葉隠れの里に、叫びが木霊する。その声を聞いた者達は、また騒がしいのが帰って来たなと、楽し気に肩を揺らした。

 

 

 

 

 ナルトの帰還から少し後、サスケやカカシと別れ、木ノ葉の家に帰還したナルトは、目の前に立つ二人のちびっ子に目を丸くしていた。

 

「なゆと!」

 

「なゆと!」

 

 黒髪の幼児、男女二人が、つぶらな瞳を輝かせて、ナルトを見上げている。

 そんな幼児二人の間に立ち、二人と手をつないでいるアカリが、それは健やかな笑みをナルトへと向けた。

 

鏡間(かがみま)心乃(ここの)だ。双子だぞ。もちろん私と畳間の子だ。お前の義弟と義妹というわけだな。鏡間、心乃。このお兄さんがナルトだぞ」

 

 幼児二匹は、自分の名を呼ばれると、それぞれアカリと繋いでいない方の手を挙げた。

 

「お、おう……。オレがナルト……です……?」

 

「ふふ、お前の弟と妹だぞ」

 

 困惑して幼児に敬語なんて使い始めたナルトへ、アカリは慈しむような笑みを浮かべる

 

「そ、それもそうだってばよ……」

 

 ナルトも世間を知った。特にエロ仙人と呼ばれるエロ爺と共に旅をした時間は、ナルトを無垢な少年から、年相応の青年へと変貌させている。50を越えて出産―――忍界広しと言えど、聞いたことがない。容姿に関しては三年前から何も変わっていない二人であるので、見た目だけで言えば違和感はないが―――。

 兄弟が増えたことは素直に嬉しい。だが初めて耳にした事実は、喜びよりも困惑をナルトの中で肥大化させた。まさかお爺ちゃんとお婆ちゃんと呼んでも差し支えない義父の間に、新たに子供が出来ているなどと、誰が想像するだろうか。いや、見た目も、身体機能も二十代を保っている二人である。その夫婦間の情愛が冷めさえしなければ、そういうこともあるだろう。子育てを熟す環境は十全に整っているのだ。あとは本人たちの気持ち次第である。あの仲の良さを見続けて、在りえないとは言い難いのは、ナルトも承知のところである。

 

 ゆえにナルトが受け入れ辛いと感じてしまうのは、別の場所に理由がある。それは、長く最年少として甘やかされていたという立場だ。年齢的にナルトより小さな子は何人かいたが、精神的には自分が一番低いという自負がナルトにはあった。畳間の前だけではある。計算して行っていたわけではない。ただ畳間が甘やかしてくれるので、それに甘えて居たら精神的に退行するというだけの話である。

 

 ゆえにナルトの中には、畳間にとっての一番は、結局自分なのだという自負もまた、無意識下で存在していた。それが失われることを認め難いが故の困惑である。

 要するに、次男が生まれて両親のスキンシップを掻っ攫われた長男の気持ちである。うずまきナルト、16歳にしてようやくそれを知る。すっ飛ばしていた親離れの第一歩が、時を越えて追いついて来て、その甘ったれた頬を殴りつけたのである。

 

「いや……そりゃ、そうだよな。しょうがないというかなんというか……。そりゃそうなんだけど……なんつーか。普通、逆だってばよ……? 数年ぶりにオレが帰ってきて、『すげー成長したなナルト!』みたいな展開を、普通は期待するじゃん……? なんで()にいたみんなの方が滅茶苦茶変わってんの……? オレってばエロ仙人と一緒に色々旅して来たんだけど……。雪国にも行ったし、遺跡ですげェ戦いとかもしてきたんだけど……」

 

 ナルトはぶつぶつと何やら呟きだした。

 自来也はそんなナルトを放置して、少し離れた場所で困ったように頭を掻いている畳間のところへと近づいていく。 

 近づいて来る自来也に気づいた畳間は、嫌そうに眉を顰めた。何か揶揄われると確信しているようである。そしてそれは、当たりであった。

 

「これは畳の兄さん。恥かきっ子と言うやつですかのォ……? しかし教えてくれても良かったのでは? まったく水臭いですのォ! このこの!」

 

 自来也は曲げた肘で、畳間の脇を何度か小突いた。

 畳間は鬱陶し気な様子で、それを掃うように手を振った。

 

「自来也。笑うなら笑え。オレはあの子たちを愛しているし、後悔もしていない」

 

「いえ、ワシが兄さんを笑うなど! そんなことは在りえません! 真面目な話、お二人が仲睦まじいことなど、里の者ならば誰もが知っておることです。むっつりすけべェな畳の兄さんが遂に嫁を娶って、しかし儲けた子がシスイ一人だけというのも、ワシからすれば、妙な話でしたからのォ」

 

「むっつりすけべェは余計だ。……まあ。アカリとの実子がもう一人くらいいても良いかなとは、内心思ってはいた。子供たちも育って来ていたし……。オレ達に実子が出来て、そちらに掛かり切りになったところで、今更寂しい思いをすることは無いだろうと判断した」

 

「うーん……」

 

「なんだ……?」

 

 自来也が妙に考え込む所作を取るので、畳間は訝し気に眉を寄せた。

 

「嘘ですな。大方、姐さんに迫られて勢いで仕込んだのでは?」

 

「おま―――っ!」

 

 畳間はそれ以上言葉を紡げなかった。正解だったからである。

 

 それは、シスイが独り立ちするとアカリに伝えた日の夜のことだ。

 畳間はルンルン気分で、残業から帰宅した。夜も更けてしまい、子供たちとの触れ合いの時間は減ってしまったが、それを踏まえても、すばらしい一日であった。

 岩隠れの里から、使者が来る。かねてより予定していた、木ノ葉隠れの里に岩隠れの領事館を設置するという政策の最終的な打ち合わせが終結したのである。

 現五影のうち、畳間に次ぐ実力を持つ岩隠れ三代目土影に楔を打ち込むという意味合いもあって、木ノ葉隠れの里は岩隠れの里に対し、早々に領事館の設置を実行したが、木ノ葉の者は岩隠れの里の領事館を設置することに対し、渋る者も多かった。三代目火影を殺害した、直接的な仇である。それも無理からぬことであり、畳間はこの件に対して、慎重に事を進めていた。そして地道な努力の末に、ようやく、それが可能となった。

 これにて晴れて、木ノ葉隠れの里と岩隠れの里は、同盟国にして、戦友となる。オオノキの息子と孫娘が、土影の名代として訪れて、承認を示したのだ。

 アカリはどのような反応を示すか、畳間は気になった。アカリの意見でこの案件を反故にすることは在りえないが、アカリは三代目火影の壮絶な最期を目の当たりにした、木ノ葉隠れの里唯一の忍者であるし、三代目火影の弟子でもある。すけべ爺と揶揄していたが、三代目火影への敬愛は本物だった。アカリの火の意志の本質はきっと、実兄であるカガミではなく、師であり兄貴分である三代目火影猿飛ヒルゼンから受け継いだものだろう。そして、かつての自分と二代目火影のように、問答を経て、アカリは次代を担う若き火の意志として、守られた。託された者としての責務と、私怨の狭間で、揺れ動いてしまうかもしれない。かつての自分がそうだったが、あの痛みを耐え忍ぶのは、本当に過酷なことだ。

 

 真数千手の上で、オオノキの謝罪を受け、復讐と平和の間で葛藤したあの時、畳間は確かに、二代目火影の暖かく―――実際はかなり冷たい手をしていた人だったが―――大きな手が、頭を撫でてくれた感覚を覚えた。少年時代の自分の姿―――夢のために耐え忍ぶ道を選び、痛みと憎しみを断ち切るため、涙を堪え、握った拳を震わせるかつての『里の問題児』の頭を、二代目火影になる前、『初代火影の弟』であった頃の扉間が、優しく微笑みながら撫でてくれた。

 『――――』と、あの人らしい、素っ気ない褒め言葉を聞いた。そんな憧憬を、畳間はあのときに見たのだ。だから、アカリにもきっと、そういったもの(・・・・・・・)が必要だ。まあ、幼少期、扉間から頭を撫でられたという記憶は畳間には無いし、実際に貰ったのは拳骨の嵐である。記憶の美化って怖い。

 ともかく、畳間はアカリに寄り添うつもりで帰宅した。

 

 そんな畳間を待っていたのは、いつもならば必ず畳間を出迎えに玄関で待っているはずのアカリではなく、困った顔をしたノノウであった。

 畳間は最初首を傾げた。火影装束をノノウに手渡し、ぴっちりと着込んだ紫色の着物を少し着崩しながら、自宅に戻ったという安堵から、小さく吐息を漏らす。

 

「アカリはどうした?」

 

「それが……」

 

 畳間が何気なく聞けば、ノノウは、恐る恐るといったように、説明を始めた。

 

「は? シスイが一人暮らし? 本当かよ、それ」

 

 孤児院の廊下を進み、千手本家へ続く渡り廊下を静かに歩きながら、畳間が小声で言った。

 

「あまり、動揺されていませんね?」

 

「いや、驚いてはいるぞ……。寝耳に水であることは確かだしな……。とはいえ、ナルトのこともあったからなぁ。シスイへの信頼もある。あいつがそう決めたんなら、色々考えてのことだろうし。それにイルカたちのおかげで、見送りにも慣れて来てはいる」

 

「しかし、シスイは本家の……」

 

「直系、か? 確かにノノウの言う通り、一昔前なら直系の子の一人暮らしなんて、言語道断だっただろうな……。だが、今は昔とは違う。直系だからと命を狙われることもそうは無いし、それを撃退できるだけの実力も、あの子にはある。問題は無いだろ。オレも、親父には良くも悪くも好きにさせて貰ってたしな。シスイにも、自由に生きさせてやりたい」

 

「……」

 

「なんだ、ノノウも寂しいクチか? あいつは人気者だなぁ。オレに似たのかな?」

 

 揶揄うように小さく笑った畳間を、ノノウは呆れたように見つめた。

 畳間は面食らったようにたじろいで、困ったように頭を掻いた。

 

「オレなんか変なこと言った?」

 

「長年連れ添うと似る、とは言いますけど。ええ、アカリさんに似て来たなと思いまして」

 

「え、どの辺が?」

 

「知りませんよ」

 

 そんなやり取りをしながら、二人は千手邸にあるアカリの個人部屋の前に辿り着いた。

 ノノウは「お前が開けろ」と言わんばかりに、畳間の後ろに黙って佇んでいる。

 畳間はノノウの冷たい態度に気づかないようにしながら、扉を開いた。

 

「びえええええええええええええええええええ」

 

 ベッドの上で、畳間から贈られた高級抱き枕を抱きしめながら、アカリがギャン泣きしている。枕はびしゃびしゃに濡れていた。

 

「……これはひどい」

 

 歳を考えろ、と言えないくらい、悲惨な有様である。齢50のおばさんがギャン泣き。しかも理由が、息子が一人暮らしをするのが嫌だからと来た。見た目が二十歳のそれでなければ、畳間はそっと扉を閉めていただろう。

 いや、見た目が二十代のそれでも、畳間は静かに扉を閉めた。

 

「……シスイは?」

 

 閉じたドアノブを握ったまま、畳間は背中越しにノノウへと視線を向けた。

 

「念のため、イルカくんのところに避難させました」

 

「賢明だな」

 

 畳間は小さく頷いた。

 何をしでかすか分からない、そんな判断が下されてのことであった。とんでもないモンスターマザー扱いである。夫も、育児の友として親友となったノノウも、孤児院の息子第一号であるイルカからも、そのように思われているということである。

 

「……では、私はこれで」

 

 ノノウは静かに去っていく。引き留めることも出来ず、一緒に去ることも出来ない畳間は、一つため息を吐いて、再度扉を開けた。

 

「びえええええええええええええええええええええええ」

 

 うるせえ……、耳を劈く泣き声に、畳間は顔を顰める。

 扉を閉めて、畳間はアカリが転がっているベッドの縁に腰かけた。

 

「ただいま、アカリ。聞いたよ。シスイのこと」

 

「だだびばあああああああああ。ばだじのごだどでぃ(私の子なのに)ぃいいいいいいい」」

 

 私が腹を痛めて産んだ、大変な時期に一生懸命育てたと、アカリは涙ながらに語り始める。

 畳間はアカリの言い分を、アカリの頭を優しく撫でながら、根気強く聞いた。気づけば日が変わっていた。

 畳間に聴いて貰って落ち着いて来たのか、アカリはしゃっくりをする程度にまで落ち着いた。畳間はアカリの頭を自身の膝の上に乗せて、優しく髪を梳き続ける。

 

「アカリ。お前も分かってんだろ? あいつの、珍しいお願い事だ。オレはこれを、我儘(・・)だとは表現したくない」

 

「……」

 

 黙りこくるアカリの髪を梳きながら、畳間は続ける。

 

「オレ達は今まで、何人もの子供たちを育てて、見送って来た。そして……ここを出て、立派にやってるあいつらを見てるとなぁ。本当に、誇らしい気持ちになる。あんなに小さかった子らが、世に絶望していた子らが、世に憤っていた子らが、痛みを乗り越えて、青春を過ごし、今は光の中を生きている。それが本当に、嬉しい。お前だってそうだろ?」

 

 アカリが畳間の膝の上で小さく首肯した。

 

「あいつらはオレたちが育てた、なんて馬鹿みたいに胸を張れることが、こんなに嬉しいことなのだと、オレは知らなかった。子の巣立ちってのはやっぱり、寂しいもんだよ。オレだってそうさ。でも、それだけじゃない。見送る時こそ寂しくてもな。イルカやカブトも今、それぞれの道を立派に進んでる。オレは旅立ったあいつらを誇りに思ってるが、アカリはどうだ?」

 

 泣きつかれて喋るのも億劫なのか、アカリは畳間の着物をぎゅっと握り締めた。

 それを同意の意思表示だと受け取った畳間は、嬉し気に笑う。

 

「シスイもきっとそうなる。なんたって、オレ達の子だぞ? ……オレ達の子だ」

 

 自分で言って、少し心配になる畳間である。

 

「まだ子供の年齢だと言えばそうだけど。あいつは同年代の頃のオレ達よりよほどしっかりしてる。……どうだったっけ? 14、5の頃のオレ達って」

 

 二人のそのころは、中忍試験の頃だ。一方は恒例の調子に乗るムーブで大失敗をして大怪我を負い、一方は写輪眼は最強なんだ!と浮かれ、しかし一人だけ中忍試験に合格出来ずに不貞腐れていた時期である。

 

「あんまり深く思い出すと傷が開きそうなんでやめとくが、ともかく、シスイはしっかりしてる。シスイにやりたいことがあるって言うんなら、親として見守ってやろう。オレ達も見守って貰って来た。お前が言ったんだろ? 先達から貰ってきたたくさんのものを、今度はオレ達が、次の時代を生きる子供たちに還す番だよ。それでいつか、老いさらばえた時に言ってやろうぜ? 『あいつはオレ達が育てた!』ってな! カガミ先生や、猿の兄貴の分まで……さ」

 

 畳間たちを見守り育んだ者達は、既に世を去って久しい。彼らは畳間たちの大成を見ることは出来なかった。もしもヒルゼンが生きていれば、ヒルゼンのことだ。嬉し気に、『アカリはワシが育てた』とでも老獪に笑ったことだろう。だが、そんな平和が訪れる前に、彼らは散ってしまった。

 そんなしょうもない自慢話が出来る世を、彼らは待ち望んでいた。畳間たちだって、そんなことを言ってもらえる日が来ることを望んでいた。

 畳間たちがそんなことを言って貰える日は、来ない。ならば自分たちがそれを言うのだ。そのためにすべきことをするのだ。

 言えなかった先達、言って貰えなかった自分たちの分まで―――次の時代を生きる者達が、『しょうがない老人たちだ』と呆れ、しかし嬉しそうに笑う。そんな日を、迎えるために。

 

 ―――そんな、イイ感じで締めたつもりの畳間だった。しかし数日して、シスイが屋敷を出たその日の夜から、それはそれとして寂しさが爆発したアカリによる、襲撃が始まったのである。

 そして畳間は敢え無く敗北し、今に至る。

 

「―――いやしかし!!」

 

 顔を真っ赤にして何かを言おうとする畳間を、自来也が大きく遮った。

 

「御見それしましたのォ、畳の兄さん!! 火影としての精力的な活動と、大躍進は耳に届いておりましたが! いやしかし! 50を過ぎてなお、あっちの方(精力的に)お盛ん(・・・)とは!! 老いて益々と言ったところでしょうか!? いやはやこの蝦蟇仙人自来也、心底感服いたしました! これはワシのエロ仙人という称号も返上―――ォ!?」

 

「自来也ァ!! よォーくわかった! 谷行きてェんだな谷ィ!!」

 

「これは昔の兄さん!? 反省したのでは!? 堪忍をー!! 可愛い弟分の不器用な祝辞ですのォ!!」

 

「何が可愛いだ! ごついナリしやがって!!」

 

 話の途中で、自来也がだっと駆け出して、間髪入れず畳間が自来也に襲い掛かった。

 あっという間に見えなくなった二人を、アカリは呆れた様に見つめた。そして「照れちゃって可愛いな」と小さく呟く。子供が増えたことで、妻として、そして母としての貫禄が増したアカリである。

 そしてナルトは―――時代の流れに置いて行かれる感覚に耐えかねて、変わらぬ者がどこかにいないかと、ふらふらと外へと歩き出した。

 

「夕飯までには帰って来るんだぞー!」

 

「くゆんだぞー」

 

「くゆんだぞー」

 

 可愛らしい山彦を背に、ナルトは振り返ることなく、小さく手を振った。

 

 

 

 

 ナルトは絶望していた。

 シカマルは中忍になっていた。チョウジも中忍になっていたし、キバも中忍になっていて、赤丸はでかい犬だった。ヒナタは色々と大きくなっていたし、正直凄くどきどきした。養い親と師父がスケベェなのが悪いと、ナルトは自己弁護した。孤児院の多くの兄弟たちは独り立ちして己の道を進んでいた。住所を聞いて家を訪ねたシスイは、半ば通い妻となっているいのと旅行に行っているらしく不在であった。そのように、シスイのお隣さんから聞いた。

 ナルトはとぼとぼと里を歩く。日も暮れて来た。そろそろ家に帰らなければならない。

 

「あれ? ナルト! アンタ帰って来てたの!? わあ、大きくなったわねー!」

 

 背中から駆けられた声に、ナルトは振り返った。

 見れば、一升瓶が覗く籠を腕に下げた桃色の髪の少女―――サクラが、手を振っている。いくつか、果物やらの食品も覗いている。御遣いだろうか。

 

「ああ、これ(お酒)? 師匠に頼まれて……。あ、そうそう! 私、綱手様とアカリ様に弟子入りしたのよ! 医療忍術とか、とっておきを習ってるんだから! もうアンタたちの足手纏いにはならないから、期待しててよね!」

 

「サクラ……」

 

 ナルトは感極まったような声で、サクラの名を呼んだ。

 サクラの言葉を聞いているのか、いないのか、ふらふらと近づいていく。

 

「え? ちょ……ナルト……?」

 

 俯いているナルトがサクラのむき出しの両肩を掴んだ。ナルトの手は震えている。

 

「サクラ……よかった……」

 

「よかった……? あ、えっと……。私も、会えて嬉し……」

 

 サクラが頬を染めて、恥じらうように目を泳がせながら、ぽつりとつぶやいて―――

 

「―――サクラってばぜんっぜん!! 変わって無いってばよ!!」

 

「ばあああああああああああああああ!!」

 

 ナルトの視線は、サクラの胸部へと注がれていた。

 サクラはナルトの頬を殴りつけた。

 ナルトが錐もみ回転を死ながら、遥か彼方へと吹っ飛んでいく。

 結局―――ナルトが孤児院へと帰ったのは、一週間後の夜だった。




熱にうなされながら

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。