綱手の兄貴は転生者   作:ポルポル

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邂逅

「じゃあ、まあ! 久しぶりに第七班集合ってことで! 演習しよっか」

 

「待ってましたァ!! オレってばカカシ先生追い越しちゃったかもだし! オレがどんだけ強くなったか見せてやるってばよ!!」 

 

 木ノ葉隠れの里の演習場。やる気なさげに立つカカシの前に、ナルト、サクラ、サスケの三人が立ち並ぶ。

 時折暇を見つけては、水遁の稽古を付けてやっていたサクラや、兄弟弟子となったサスケのことは、ある程度把握しているカカシだが、ナルトのことは全く分からない。ナルト本人は覚えていないようだが、ナルトは帰郷して早々、無様を晒している。たいして成長していないのではないか、と思わないでもない。

 ただ一つ言えるのは、ナルトの教育係が、あの生きる伝説として称えられる自来也であることだ。自来也が五代目火影である千手畳間を慕っていることはカカシも知っており、それを踏まえれば、五代目火影から預かった愛義息子を、中途半端な実力のまま里に戻すとは考えづらい。

 ナルト自身も、自身の成長には大きな自負があるようで、先生であるカカシに対して少しばかり横柄な態度を見せている。

 もともと、ナルトは甘やかされて育ったが故か、調子に乗りやすいきらいがあった。カカシやガイ、そして自来也と言った、木ノ葉隠れの里において、上から数えた方が早い実力者たちに対しても、まるで同年代の友人に接するような態度を見せていた。しかし波の国の一件の折、カカシの強さを目の当たりにしてからは、カカシに対しては一定の敬意を払っていたこともまた事実である。現在、それが薄れているということは、少なくとも、三年前のカカシに迫る程度の実力は、備えたと考えて良いだろう。

 

「意気込むのは良いけど、ナルトは退院明けだからね? あんまり無茶はしないよーに。……とはいっても、綱手様やカブト君に治療をされた以上は、予後に問題があるわけはないんだけど……。手が折れても足が折れても、関係ないからねぇ……あの人たち」

 

「……そうだな」

 

「……そうね」

 

 カカシ、サクラ、サスケが、しみじみと口にした。三人揃って、同じように頷いている。実感の籠った評価であった。

 しかしナルトは、不思議そうに腕を組んだ。

 

「……あのさ! それなんだけど、オレってばなんで入院してたの? カカシ先生知らない? 里に帰ってきて、カカシ先生に会ったところまでは覚えてんだけど……」

 

 サクラが気まずそうに顔を背けた。ナルトのあまりに失礼な物言いが原因ではあったが、やり過ぎたという自覚はある。綱手からも、きつく説教を受けている。綱手は綱手で、覗きをした自来也を半殺しにした過去があるので、師に似たのだろう。

 畳間やアカリは、帰還したばかりで病院送りになった息子を嘆き哀しみはしたが、サクラが綱手からきつく叱りつけられていたことと、サクラ本人も重く受け止めて反省していたこと、そしてナルトの言動にも原因があったことを踏まえて、二度としないという約束の下に、静観を選んでいる。

 カカシはナルトの問いに、さあ?と首を傾げた。

 

「転んだんじゃない? よそ見してて、電柱に頭ぶつけたとか」

 

「えー? そうかなぁ……? そんなこと今更すんのかなオレ……。自信無くすってばよ……」

 

 ナルトはうーん、と腕を組んで首を傾げている。

 

「サスケは何か知らねぇ?」

 

「知らねぇ」

 

 サスケは知らん顔をしている。何やらイラついているようにも見える。

 カカシは読んでいた本―――ナルトのお土産の新刊―――をポケットにしまうと、代わりに二つの鈴を取り出して、三人に見せつける。

 

「そろそろ始めるけど、いい? いいよな?」

 

「ダメって言っても、聞く気ない癖に……」

 

 サクラが呆れた様に目を細めた。

 

「まあね」

 

 カカシがあっさりと言った。

 

「へへ! そういうとこは変わって無いってばよ! ……? 変わってない……? あれ? なんか引っかか―――」

 

「先生! さっさと始めましょう!! しゃんなろーよ!!」

 

「元気があっていいねぇ」

 

 ナルトが何やら思い出しそうな空気を出していたので、サクラが声を張り上げて握った拳を胸の前に持ち上げた。カカシは楽しそうに笑い、服の裾に二つの鈴を結び付ける。

 

「ルールは前と同じだ。どんな手を使っても良いから、オレから鈴を取ればいい。期限は……明日の日の出までにしておこうか」

 

 カカシがやる気も無さそうに見える所作で頭を掻いた。

 サスケは周囲を静かに見渡して、小さく笑う。

 

「懐かしいな。オレ達の最初の演習も、ここだった」

 

 サスケ達の後ろには、直立する三本の丸太。かつて丸太よりも小さかった三人の背丈は、すでに丸太を追い抜いている。しかし、あの時から変わったのは、背丈だけではない。

 

「あの時はすげーひでー先生だって、思ったってばよ」

 

「言えてる! 胡散臭いしだらしないし」

 

「今もな」

 

 ナルトとサクラの言葉に、サスケが追撃を重ねる。

 ナルトはサスケを人差指を向けて、楽し気に肩を揺らした。

 

「サスケ! それ言えてるってばよ!」

 

「お前ら、うるさいよ。まったく、三年前は先生先生って懐っこくて可愛かったのに」

 

 カカシが苛立たし気に目を細める。

 

「そうだっけ?」

 

「記憶にないな」

 

「先生もうボケちゃったの? 私で良ければ診てあげましょうか?」

 

「お前らな……」

 

 カカシは、疲れた様にため息を吐いた。

 

「……んー。どうもオレ、舐められてちゃってるみたいだねぇ……。これはちょっとばかし、先生としての威厳ってやつを、見せなきゃいけないかな? ……じゃ、始めるよ」

 

「そういうのって、負けフラグって言うんだってばよ、カカシ先生。オレってばすっげー強くなってっから―――」

 

「―――始めるって、言ったでしょ? あと、ちょっと気になってたんだけどさ、ナルト」

 

 ナルトたちの目の前から、カカシの姿が消えた。

 次の瞬間、ナルトは肩に重さを感じた。同時にナルトを襲ったのは、凄まじいまでの殺気だった。呑み込まれたナルトの身体が委縮する。咄嗟に動かせたのは、眼球だけだった。重みを感じる左に眼球を動かせば、太い腕が乗っていた。誰かが、肩を組んでいるのだ。

 

「―――舐め過ぎだ」

 

「―――ッ!?」

 

 右の首筋を、冷たい声が撫でる。声の方へ眼球を向ければ、そこにあったのは―――。

 

 ―――金縛りの術。

 

 写輪眼を直視したナルトの身体が硬直する。

 

「「―――ナルト!」」

 

 同時に、両側からサクラとサスケが翻って、カカシへと襲い掛かった。

 

「紫電!!」

 

「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛」

 

 紫の電光が、カカシの身体から迸る。

 直撃したナルトの体がびくびくと痙攣する。

 

「―――ッ!!」

 

 サクラの拳が、雷によって弾かれる。練り上げたチャクラを、その緻密なコントロールによって拳に全集中させていたが、雷によってそれを狂わされた。今突撃しても、非力な女のか弱い拳でしかない。サクラは悔し気に後方へ飛んだ。

 

「―――千鳥!!」

 

 だが、サスケは手刀に纏った自身の雷を矛として、紫電の盾を容易に突破し、カカシへと肉薄する。

 

「紫電・改!」

 

 カカシは紫電の放出を制御し、サスケの前に高密度の雷の壁を発生させる。

 

「なにッ!?」

 

 サスケの身体が、すり抜けた。

 いや、違う。すり抜けたわけではない。カカシに直撃する瞬間、サスケが曲線を描き、カカシの前を通り過ぎたのだ。カカシを狙って真っすぐに進んでいたというのに、体はサスケの意志に反し、カカシを避けるように駆け抜けてしまった。密度を上げた紫電によって、サスケの千鳥を操作、誘導したのである。斥力を利用した術である。

 

「ま、雷遁を使う相手(・・・・・・・)にしか使えないけど」

 

 態勢を崩され、勢いよく地面に突っ込んでいくサスケを見送って、カカシが呑気な様子で言った。

 

「しゃんなろォおおォォおおお!!」

 

 突如、サクラが咆哮を上げて、地面をすさまじい勢いで殴りつけた。―――轟音を上げて地面が破壊される。局所的な地割れが、カカシを襲う。カカシはナルトを放り投げて、飛び上がった。

 

(綱手様に相当仕込まれたようだな、サクラ。オレが教えた幻術と水遁、綱手様とアカリ様譲りのチャクラコントロールと怪力……。そして医療忍術。これは綱手様やアカリ様以上のくノ一になるかもね)

 

「しゃあんなろォォォおおおお!!」

 

 サクラが足元に出来た岩石を持ち上げて、カカシへ向かって勢いよく放り投げる。 

 

「これはマズい!!」

 

 剛速球。当たれば人間の身体など一瞬で肉塊に変貌するだろう質量と速度であった。カカシは影分身を作り出し、本体を投擲させてその攻撃を避ける。影分身に岩石が直撃する直前、その影分身を消滅させて、チャクラを本体へと還元させた。

 

「影分身の応用! さすがに上手いな、カカシ!」

 

「どーも!」

 

 体勢を立て直したサスケが瞬時にカカシに詰め寄った。

 サスケが手を伸ばし、腰の鈴を狙う。カカシはサスケの手を掴み、それを阻止する。サスケはさらにもう片方の手を伸ばそうとするが、その手もまたカカシに掴まれる。そして足を動かそうとすれば、踏みつけられ、四肢を封じられる。

 拘束し合う二人。目と目が合う、手と手が触れる。二人の眼が見開かれる。片やうちは直系の写輪眼、片や写輪眼の先、万華鏡。幻術を仕掛け合い、解除し合う二人はその場で動きを止めた。だが―――

 

 ―――天泣。

 

「なに!? 殺す気か!!」

 

 カカシの口を隠していたマスクが突如として破れ、口から水の針が放たれる。

 サスケはその術の危険さを承知しており、目をひん剥いて驚愕し、思わず恨み言を零した。しかし両腕を掴まれているサスケは、逃げることが出来ない。咄嗟に上半身を後方へと倒し、サスケはこれを避けた。目の前を通り過ぎていく水の針を見送った。

 

「しゃ、写輪眼が無けりゃ即死―――。うお―――ッ。マズ―――ッ」

 

 腕がカカシによって勢いよく引き戻され―――胸部に、カカシの頭突きが直撃した。

 

「―――ガ」

 

 心臓が止まったかと思うほどの衝撃。肺の中の空気が押し出される。視界が一瞬、白く染まった。サスケの身体から力が抜ける。

 カカシが、ぱっ、とサスケの手を離した。サスケは後方へゆっくりと倒れていくが―――カカシは飛び上がり、空中で回転する。

 

「―――木ノ葉旋風! なんちゃって」

 

 カカシの足の裏がサスケの顔面に直撃し、サスケは鼻血を巻き散らしながら吹っ飛んでいく。

 

「顔はマズいってばよ! ボディにしろボディに!!」

 

 カカシに放り投げられた後、救出してくれたサクラに掌仙術を掛けて貰い回復したナルトが飛び出し、サスケの身体を受け止めた。

 

「は―――ッ!!」

 

「カハッ」

 

 白目を向いていたサスケに、ナルトが背後から気合いを入れた。サスケが意識を取り戻す。

 カカシの追撃を、岩石を投げてサクラが阻害する。

 

「大丈夫かよ、サスケ!」

 

「……すまん。助かった。オレは……大丈夫だ……。それより―――」

 

 サスケは鼻血を拭いながら、立ち上がる。そして責めるように、ナルトを見た。

 

「真面目にやれ……ナルト……! カカシは五代目火影の右腕(・・・・・・・・)だぞ!! ―――ッ」

 

 叫んだことで胸が痛んだのか、サスケが酷く咳き込んだ。だが次の瞬間には、写輪眼を研ぎ澄まし、カカシへと吶喊していく。

 

 ―――雷鳴が轟く。ぶつかり合う金属音が響く。

 

 楽し気に笑うカカシだが、サスケは話す余裕も無いのか、苦み走った表情を浮かべている。その額には汗が滲んでいた。

 カカシとサスケが、肉弾戦を行っている。だというのに、その周囲では手裏剣と苦無が幾度となくぶつかり合い、火花を散らしていた。

 カカシがサスケの顔に放った掌底を、サスケは上に跳ね上げる。お返しとばかりに掌底を放てば、カカシは一瞬でしゃがみ込んで足払いを仕掛けた。

 サスケは僅かに飛んでそれを回避するが、カカシが回転。回し蹴りを放ち、サスケは体を丸め、肘でそれを受け、吹き飛ばされる。

 そんな戦いの中でも、手裏剣と苦無の激突は続いている。どのタイミングで暗器を放っているのか、把握できない。凄まじい速さの攻防である。

 

「さすがに速いわね……。私じゃ追いきれない……っ!」

 

 焦るな、とサクラは自分に言い聞かせる。実力は身に着けたが、やはり速さでは大きく劣り、仮に直接対決となれば、為すすべなく敗北するだろう。だがこれはチーム戦。サスケがカカシを釘づけにしている間に、その動きを見極めて、反撃の一手を打つ隙を作る。それが、己の役目なのだと自答する。

 サスケとカカシの戦い方は、似通っている。もともと師弟なのだから当然ともいえるが、互いに雷遁と瞬身による肉体活性と俊足を以て相手を翻弄し、一撃必殺を以て仕留めるスピードタイプだ。割って入るのは却ってサスケの邪魔になるだろうし、イージーキルを与えるだけだ。

 

 ―――では、どうする?

 

 水遁で援護するか?

 ダメだ。雷遁を伝播させる水遁では、利用される恐れが高い。それにカカシは水遁であっても、高い実力を誇る。同属性の術は、実力で勝る方の術に呑み込まれ、その威力を増加させる薪となる。塩を送るだけだ。

 

 幻術は?

 ダメだ。写輪眼を相手に通じるとは思えない。そもそも幻術の大半はカカシから教わったものだ。対策とてあるだろう。

 

 肉体活性は?

 ダメだ。強化した拳は一撃必殺。カカシであっても耐えられるものではない。だがそれは、当たりさえすればの話である。あの速さのカカシを相手に、決してスピードに自信があるとは言えない自分が突っ込んでも意味は無い。

 

 他に手は?

 あるにはある。しかし演習で出すには殺意が高すぎるし、一度使えば最低一年は使用できないというデメリットもある。

 

 ―――あれ? 私とカカシ先生って、相性最悪なんじゃ……。

 

「火遁・業火滅却!!」

 

「水遁・爆水衝波!!」

 

 サスケの放った火遁と、カカシが放った水遁が激突する。爆発的に発生した霧の中に、カカシが姿を隠す。

 

「チィ! 水の無いところでこのレベルの水遁を!!」

 

 サスケは悔しさを滲ませる。

 サスケの火遁は、相性で劣る水遁を相手に競り勝つほどの威力を有していたが、しかしその威力は大幅に減衰させられた。生半可な水遁であれば、その熱量を以て圧し潰せるだけの力をサスケは有しているが、さすがに相手は二代目白い牙。不利属性で押し切れるほど、甘く無いということである。

 

「―――木ノ葉秘伝体術奥義」

 

 サスケは肛門付近に凄まじく鋭い殺気と寒気を感じ、咄嗟に飛び上がった。気配探知の分野において、カカシはその経験と才能により、凄まじい精度を誇る。視界の悪いこの場での交戦は不利と考えて、サスケは濃霧と化した蒸気の中から飛び出した。

 カカシもまたサスケとほぼ同時に濃霧の中から飛び出し、距離を取ろうとするサスケに襲い掛かった。

 

「やっぱ強ぇな……カカシ先生。サスケも強くなってっけど、カカシ先生はそれ以上だ。……しょうがねぇ!! ―――多重影分身の術!!」

 

 ナルトの周囲に、三体の影分身が現れる。

 うち二体が、何故か後方へと逃げて行った。 

 

「え?」

 

 それを見て、サクラがぽかんと瞬きをする。

 ナルトは変化の術で巨大な手裏剣に化け、もう一体のナルトがそれを投擲した。同時、ナルトが走り出す。

 

「サスケ! 一旦引け! サクラに回復してもらえ!」

 

 カカシと交戦を続けているサスケの動きが、みるみる悪くなっているのを見て、ナルトが叫んだ。肋骨に罅が入っている可能性がある。

 

「……頼む!!」

 

 自覚はあったのか、サスケはナルトの声を聴いて、すぐさま後方へと飛び、サクラの方へと向かった。

 逃すまいと追撃を仕掛けようとするカカシへ、手裏剣から人間に戻ったナルトが襲い掛かる。

 

「行かせねぇってばよ!!」

 

(情けねぇ!!)

 

 サスケに代わり、カカシとの交戦を始めたナルトが、内心で自責する。

 確かにもともと出しゃばりなきらいはあったが、しかし分を弁えるだけの分別は持っていた。鬼鮫とカカシの対決の折、突如として発生した非現実的な出来事により冷静さを欠き、浮ついていたサクラとサスケを諫めたこともある。この三年間、外に出て見分を広め、実力を磨き、多くを経験して来たがゆえの慢心を、カカシに一瞬で叩き折られたこと、そしてサスケに真面目に叱られたことで、ナルトの思考は切り替わった。

 

「―――ぐッ」

 

 カカシの拳を顔面に受けたナルトが、消えることなく痛みに呻く。影分身ではなく、本体だったのである。影分身が、手裏剣に化けた本体を投げていたのだ。万華鏡写輪眼を持つカカシであっても、影分身の真偽を見抜くことは容易ではない。

 

「本体か!?」

 

 カカシは驚愕の声をあげた。

 虚を突かれたカカシは、殴られながら前進して来たナルトに、伸ばした腕を抱きしめられる。

 

「捕まえ―――」

 

 幻術・写輪眼。言い終わらぬうちに、ナルトが幻術に落ちた。

 

「写輪眼を直視すんなってばよオレ!!」

 

 影分身が苛立たし気に叫んだ。

 本体との連携を以てカカシを打倒せんとしていた影分身は、急遽、本体の救出に目的を変える。影分身は本体に触れ、その幻術が解除したが、しかし間髪入れずカカシに殴られ、消滅させられる。

 幻術を解除されたナルトは、再び幻術を掛けられることを避けるために咄嗟に目を瞑った。しかし交戦中に目を瞑るなど、あまりに大きな隙である。

 

「カ―――ッ」

 

 ナルトはカカシに腹を蹴り飛ばされて、呻きながら吹っ飛んだ。しかし、ナルトは攻撃の手を止めようとはしなかった。

 

「―――手裏剣影分身の術!!」

 

 吹き飛ばされながら、ナルトが一枚の手裏剣を放つ。それは瞬く間に無数に増殖し、カカシへ向かって襲い掛かった。

 

「分身大爆―――」

 

 無数の手裏剣影分身を爆発させんと、ナルトが拳を握ろうとした瞬間。

 

「―――芸がないねぇ。オレに同じ術が通じるとでも?」

 

 既に前方にカカシの姿は無く、宙を飛ぶナルトの耳元で、カカシの声が囁かれた。

 無数の手裏剣は標的を見失い、空を切って飛んで行く。

 

「また―――!! くっそ、はええ―――。ぐァ―――っ」

 

「ナルト!!」

 

 地面と平行に飛んでいたナルトの背中に、カカシが膝を叩き込んだ。ナルトの身体は無理やり止められ、背骨が軋む音が鳴る。ナルトの体はカカシの膝の上で大きくしなり、今度は地面とは垂直に、上空へと蹴り上げられた。 直後、天空に浮かぶナルトの動きに沿いながら、カカシがナルトの背後に現れた。

 その動きに、サクラの治療を受けているサスケが眼を剥いた。

 

「あれは影舞踊! ガイ先生の蓮華か!?」

 

「ガイには『先生』なんだ……」

 

 天空で、カカシが落ち込んだように呟いた。

 カカシは、逃走しようと空中で身を捻るナルトの両太ももを握り、その体を振り回すことで、その自由を奪う。そしてカカシは空中でナルトを頭上に振り上げると、ナルトの首を自身の肩に乗せ、太ももから手を離し、両足首を掴み直した。

 その体勢を見て、サスケが眼を剥いた。

 

「あ、あの体勢は!!」 

 

「知っているの、サスケ!?」

 

「ああ! あれは四十八の木ノ葉流体術、極意! 五所蹂躙絡み!! ガイ先生ですら使用を禁じた殺人技だ!! 凄まじい勢いで落下することでGを発生させ、動きを封じ、脱出を困難とする! 一撃で首、股関節、背骨を破壊する禁じ手中の禁じ手!!」

 

「ナルト!! しゃんなろおおおおおお!!」

 

 サスケの熱い解説を聞いたサクラが、地面に拳を叩き込んで、勢いよく引き抜いた。サクラの拳を、巨大な岩石が覆っている。

 サクラはそれを、勢いよくカカシへ向かって投げつけた。

 

「神威!!」

 

「それずるい!!」

 

 カカシが目前へ迫る岩石を異空間へと飛ばす。

 サクラはカカシの大人げない行為に罵声を浴びせかけたが、カカシは素知らぬ顔。技を完遂しようと地面へと向かっていく。

 

「―――千鳥!!」

 

 サスケが三つ巴の写輪眼を赤く輝かせ、千鳥による肉体活性を以て地を蹴り、ナルトの救出へと向かおうとするが―――突如、地中から延びた手に足首を掴まれて、地面に引きずり戻された。

 

「影分身!?」

 

「忍者は裏の裏を読め。上を向かせたのは、下へ意識を割かせないためだったんだなこれが」

 

 先ほどの濃霧の中で、地中に影分身を隠していたカカシが、したり顔で言った。そしてついに、カカシが地上に到達する―――。

 

 しかしその時、凄まじいまでのチャクラの暴風が吹き荒れた。

 ナルトの両掌に、チャクラの球体が出現する。名を、螺旋丸。四代目火影の遺産の一つ。

 カカシは咄嗟にナルトを放り投げた。螺旋丸を握るナルトの両手が宙を切る。

 

「……あぶないあぶない。さすがに螺旋丸二つを背に喰らったら、病院送りだよオレも。―――しかし、なんだねぇ……。やっぱり親子(・・)、ってことか。いや、さすがに驚いたよ、ナルト。オレを越えたっていうお前の嘯きも、満更嘘でも無かったらしい」

 

 カカシが写輪眼を細めて、ナルトを注意深く見つめている。その口調は普段通りの余裕を崩していないが、その表情には、油断や慢心は見られない。

 カカシの瞳に映るナルトは、確かに、以前とは見違えるだけの威容を湛えている。

 

「―――仙術。修めたのか、この短期間で」

 

「へへ。対我愛羅用の、とっておきだったんだけどな!! ……カカシ先生相手じゃ、出し惜しみは出来ねぇってばよ」

 

 眼の周囲に隈取を浮かばせ、瞳孔が蛙のように横に伸びた状態で、ナルトがにやりと、笑みを浮かべた。

 

「そりゃ光栄だね。……それで、その恰好は?」 

 

「カッケぇから」

 

「あ、そう……」

 

 ナルトは先ほどまでの装いに加えて、火影装束にも似た赤い外套を風に靡かせている。一瞬で着たのだろうか。

 

「アカリ様や火影様と同じ、仙術……!! ナルトも出来るようになってるなんて!!」

 

「ナルト……。また、お前はオレの先に……」

 

 サクラが素直にナルトを褒め称える一方で、サスケが悔し気に、しかし嬉しそうに言葉を漏らす。

 サスケはひたすらに基礎を鍛え上げて来た。体を造り、チャクラのコントロールを磨いてきた。いずれは仙術を、と五代目火影からも伝えられている。そのために徹底的に基礎を鍛え上げていたが―――ナルトは、既にその先にいた。さすがはナルトだと、親友のサスケが笑う。このウスラトンカチがと、ライバルのサスケが歯噛みする。そして両方のサスケが、負けてられるかと、雄たけびを上げる。

 サスケの雰囲気が変わったことを察したカカシは、嬉しそうに笑った。

 

「これはさすがに、オレも本気でやんなきゃ不味いかな?」

 

 カカシが中腰に構える。その両足は雷を帯び、小さく雷鳴が響く。

 

 感知能力と柔軟性のナルト、速さと鋭さのサスケ。

 二人同時の攻撃を、圧倒的な速さと技術によって、カカシは受け流し続ける。

 カカシは足払いを仕掛け一方の態勢を崩し、もう一方にぶつけた。一方の拳を小さな挙動で流し、もう一方へと激突させた。そして一方が負傷すればすぐさまサクラの下へ戻り回復を受けて、再び参戦する。ゾンビ戦法であった。

 

「お前らね、ちょっとしつこ過ぎ……!」

 

「おおおおおお!!」

 

「らああああああ!!」

 

 実力では未だカカシに及ばないまでも、二人はゾンビ戦法で徹底的にカカシを攻め立て、休む暇を与えなかった。カカシは写輪眼と雷遁の同時発動を強要させられ、じわじわと体力を削られる。

 カカシは速いが、ナルトは仙術による感知能力を以て、カカシの放つ決定打に成り得る攻撃のすべてをいなし続けている。ナルトは防御に徹し、ナルトの防御によって崩されたカカシの攻勢、その隙を、サスケが鋭く貫こうとする。どちらかがサクラに治療され戦線を離れているとき、残った方はそれこそ死に物狂いでカカシに喰らいついた。

 カカシが距離を取ろうとすれば、サクラが後方から岩石を投げたり、水遁で阻害、あるいは幻術によって数瞬の隙を作り、二人の攻撃の支援を行った。

 疲弊するカカシ。途切れない猛攻。

 

 ―――そして、ナルトの仙術チャクラが切れる。

 

 守りの要として機能していたナルトの急激な弱体化を、カカシは見逃すことは無かった。影分身を使った仙術チャクラの補給も、既に使い切ってしまったナルトは、カカシの蹴りを腹部にもろに喰らい、後方へと吹き飛ばされた。

 ナルトの回復まで時を稼ごうと気合を入れるサスケだが、しかし先ほどまでとは違い、ナルトは仙術チャクラの回復をも行わなければならない。戦線復帰まで、これまでと比べて、あまりに時間が掛る。

 そして疲労困憊のカカシが、それを待つ理由は無く―――奮戦虚しく、ナルトの復帰を待たぬまま、サスケもまた蹴り飛ばされて、サクラの足元に転がった。

 

「「「はぁ……はぁ……」」」

 

 ナルトとサスケが倒れながら、大きく肩で息をする。カカシもまたチャクラを使いすぎ、その呼吸は荒い。

 カカシは顔を器用に隠しつつ、破れたマスクを新しいものへと付け替えながら、よろよろと三人に近づいて来る。

 

 サクラは親の仇を見るような視線をカカシに向けている。

 

 ―――今ここでやられるわけにはいかない。切り札を切ってでも、二人を逃がす。

 

「―――陰封印」

 

「ストップストップ!! 終わり終わり!!」

 

 サクラが額に浮かび上がった◆の印にチャクラを込め始めたのを見て、カカシは慌てて手を伸ばし、掌を上下に揺らした。 

 

「……合格だよ。正直ね、お前らがここまでやるとは思ってなかった。おめでとう。全員、中忍だ(・・・)

 

「……は?」

 

 息も絶え絶えなナルトとサスケの分も、サクラが困惑を浮かべる。

 

「いやほら。お前らもう下忍どころのレベルじゃないからさ。今更お前らが中忍試験受けても、競争にもなりやしないし。却って、他の下忍たちの成長を妨げかねない。歳も歳だし」

 

 ナルト、サスケ、サクラの三人は、すでに中忍どころか、上忍に匹敵するだけの実力を有している。現在の中忍試験の内容では、今の三人にはあまりに簡単すぎるのだ。仮に受験すれば、今代の下忍たちを容易に薙ぎ払い、悠々と決勝の舞台にまで歩を進めるだろうことは想像に難くなく、それでは試験として成立しない。ナルトたちにあった試験内容を用意するとなれば、他の下忍たちが軒並み脱落することになる。

 そこで上層部は考えた。五代目火影、自来也、綱手+アカリに各々弟子入りし、目覚ましい成長を遂げた三人の下忍たちに相応の試練を課すにはどうすべきか。すなわち、カカシによる(物理的な)圧迫試験である。

 

「正直、ナルトは落とそうかなとも思ってたんだけど。己惚れてたし」

 

「うぐっ……」

 

 呼吸が整って来たナルトが、カカシの言葉に胸を抑えた。

 

「だが……、途中から見違えた。力じゃない。チームワークが、だ。個を捨てて、各々の最適に徹した。ナルトは中核の司令塔として。サスケは前線を率いる隊長として。サクラは支援―――危機に陥った仲間を生きながらえさせる医療忍者として……。それぞれ部隊を率いるに足る力があると、オレは感じた。だから、合格」

 

「……カカシ先生」

 

「ん? なに?」

 

 サクラが呆れた様に、力なく言った。

 兵糧丸をぽりぽりとかじり、呼吸を整えたカカシは、にこやかに首を傾げる。

 

「先生ってホント、良い性格してますよね。普通、数年ぶりに集まった班の、久しぶりの演習で、中忍試験なんてやります? しかも黙って、素知らぬ顔で」

 

「やだなー。だから試験になるんじゃないの」

 

「それは、そうですけど……」

 

「……やっぱりアンタ、五代目の弟子だな。カカシ」 

 

 むくりと起き上がって胡坐を掻いたサスケが、疲れ果てた様子で項垂れながら、恨みがまし気にカカシを視線を向けた。

 

「いやぁ、照れるね」

 

「エ、エロ仙人って……実はすっげー……優しかったんだな……」

 

 大の字で横たわるナルトは、乱暴ではあるが、自来也が懇切丁寧に、ゆっくりと自身を指導してくれていたことを悟り、今更になって感謝したのであった。

 

 

 

 

 翌日の木ノ葉隠れの里。中忍合格祝いにと、ナルト、サクラ、サスケの三人は、少しばかり豪勢な昼食を取り、のんびりと商店街を歩いていた。

 三人は、この数年間の出来事を互いに語り合う。里にいた二人は、共通の話も多く、やはり里を出ていたナルトの話が最も盛り上がった。そういう反応を期待していたナルトも満足げに、自分が体験した出来事を、大袈裟に、面白おかしく語った。

 旅先で出会った、ある女優のこと。スタッフの女性の色香に釣られた自来也のせいで、護衛をすることになり、雪国で戦ったこと。自来也と喧嘩して家出した後、成り行きで奇妙な組織と関わり合いになり、風の国砂隠れの里から派遣された我愛羅達と共に、秘密裏に戦争を止めたこと。

 

 サクラとサスケは、まるで物語の主人公のようなナルトの活躍に聞き入った。

 

「……?」

 

 途中、ナルトが立ち止まった。訝し気な表情で振り返り、今しがたすれ違った巨大な刀を背負う物騒な雰囲気の大男と、仮面をつけた青年、そして栗色の髪の女性の背を見つめた。

 

「あんな人達、木ノ葉にいたっけ? 久しぶりだから分かんねーけど。でも、只者じゃないってばよ」

 

「……オレも初めて見るな。どこの(しのび)だ?」

 

 ナルトの言葉に、サスケが同意する。

 

「額当ては付けてなかったけど……。でも、抜け忍が堂々と里に入れるわけないし……」

 

「気になるな……。付けてみるか」

 

「へへ。オレもそう思ってた!」

 

「え、ちょ……っ!? もー。ショッピングはー!?」

 

 サクラは、好奇心に駆られさっさと尾行を開始してしまった二人に辟易しながらも、いそいそと二人の後に続いた。

 

「……ここに、五代目火影が?」

 

「ええ。そうよ」

 

 火影邸を見上げる大男の呟きに、栗色の髪の女性が答える。

 

「物好きなもんだな。本当にオレ達に会うつもりか?」

 

「口の利き方には気を付けて頂戴ね。本当に」

 

 皮肉気に笑う男。

 栗色の髪の女性は、お願いだから、と口にする。

 そして女は、男の名を呼んだ。

 

 ―――再不斬、と。

 




霧隠れ解放編開始

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