綱手の兄貴は転生者   作:ポルポル

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はやくクレイジーサイコホモに会いたい……マダラァ!!(フルフルニィ


兄ちゃん?

 里を出立した木ノ葉隠れの軍勢は、霧隠れの里へ向けて、最短ルートを突き進んでいた。

 霧隠れの里が解放軍との戦いでの勝利に酔い、油断している隙を突く、電撃作戦である。とはいえ、大陸と霧隠れの里がある水の国は海で分かたれているため、一度火の国の海岸線付近の森に潜伏し、準備が整い次第海を越えて奇襲を仕掛けることになる。

 その最中、休息地で一息をついていたナルトは、カカシの許可を取り、一人、陣地を離れていく。森の中を少し歩き、ナルトは探していた人物を見つけて、立ち止まった。

 濃い緑の匂いが、鼻腔を湿らせる。森の中は、ほの暗い。木々が茂り、その影が日光を遮っているからだ。しかしナルトの目線の先にいる人物周りだけは、まるで自然に愛されているかのように、日の光が差し込んでいた。その肩や腕には森の小鳥や小動物が乗り、可愛らしく甘えている。

 芸術に詳しいわけでないが、まるで絵画のようだと、ナルトは思った。

 

「なあ。白、っていったよな?」

 

 ナルトが少し離れた場所から、その人物―――白に、声を掛けた。 

 ナルトが踏んだ木の枝が折れ、その音に驚いたのか、白の肩に乗るリスが怯えたような様子を見せる。白は振り返りながら、慈しむように指先でリスの頭を撫でた。

 

「君は……うずまきナルト君、でしたね。ぼくに何か……?」

 

「ちょっと、話を聞きたくてさ」

 

「ぼくに話を……?」

 

 面を被っている白の表情は伺い知れない。しかもその声音は短調で抑揚が無く、無機質だった。感情、と言うものを読み取れない、忍者らしい忍者と言えばそうだろう。しかしナルトは少しだけ、胸を刺す痛みを感じる。

 ナルトはそれを押し隠して、いつも通りの自分を意識して、明るく笑い掛けた。

 

「おう! 良いかな?」

 

「構いませんが……」

 

「ありがとう! あのさ。怖くねーのかなって、思って」

 

「怖い……? 何がです?」

 

「……戦い。その、色々あったって、聞いたから。オレと歳、ほとんど変わんねーのに、たくさん、大変だったんだろ?」

 

「……ああ。そういうことですか。別に、戦うことは怖くはありませんよ。……もしかしたら、怖かったときも、あったかもしれませんが。……忘れてしまいました」

 

「……そっか。じゃあ、白はなんで……。そんなふうに(・・・・・・)なるまで、何で、戦ってんだ?」

 

「何故……? 理由など、どうでもいいことです。ぼくは、再不斬さんの道具(・・)ですから」

 

「……道具? どういうことだってばよ……? 兄ちゃん?は、人間だろ?」 

 

 以前までのナルトなら、道具じゃない!と定型句を叫んでいただろう。だが今のナルトは、少しだけ成長している。

 うずまきナルトは、自来也と旅をする中で、その実力を大きく伸ばした。精神的な成長はそれほど大きくないかもしれないが、しかし一つだけ、ナルトの中で芽生えた考え方があった。それが、対話である。

 多くの人と出会い、そして別れた。それなりの数、戦いの経験を積んだ。その数だけ、様々な思想に触れた。許せないと感じた意思があれば、あるところで共感を抱いた思想もあった。人それぞれ抱く意思があり、自分の考え方が無数にあるそれの一つに過ぎない、と言うことを学んだ。

 自来也はあまり熱心な啓蒙家では無かったが、しかしこれだけは覚えておけと、言い聞かせていたことがある。それが、「対話」と「忍道」である。

 自来也はずっと、予言の子を探すため、旅を続けていた。多くの思想に触れて来た。木ノ葉が悪いと言う者、別の里が悪いという者、今の世界が憎いという者、戦争が憎いという者、様々な思想に触れて来た。その中で自来也は、分かり合うことの重要性を知った。

 互いに譲れないもののために命を奪い合う。それは確かに、致し方ないことなのかもしれない。しかし、相手にとって、何が譲れないものなのか、どこまでなら譲歩できるのか、それを知るだけでも、戦いの数を減らすことが出来ると知った。ウラシキのような、どうしようもない悪意に対し、譲歩することは出来なくとも、しかし互いに分かり合えば、減らせる争いもあることを、自来也は知っている。

 ゆえに自来也は、呑気で甘ったれ、世界の狭いナルトに対し、とにかく、「話を聞け」と説き続けた。相手が何を思っているのか、自分とどう違うのか、それこそが、理解を深め、前に進むために必要なことだと伝え続けて来た。

 物覚えの悪いナルトだが、とにかく「話を聞け」とだけ言われ続けたことで、ようやくだが、それが思考に根付いている。そうして、話を聞くこと―――すなわち、相手を受け入れることを覚えたナルトに、自来也は「忍道」について、教えた。

 

 忍道を早々に据えろ、ということではない。むしろ自来也は、ゆっくりでいいから、決してブレない道を見つけろと、言い聞かせている。たくさんの話を聞いて、たくさんの思想に触れて、いつか、自分だけの意志を見出す時が来る。そのとき、その道を信じて突き進み、決して諦めるなと、教えたのである。

 

 たくさんの意志がある。儚いものがあれば、苛烈なものもあるだろう。「話を聞け」「相手を知り受け入れろ」と自来也は説いたが、しかしそれをしたとき、自分の意志が弱ければ、相手の意志に「呑み込まれる」こともある。そしてそれは軸を歪ませ、道に迷うきっかけとなる。例えば、誰かの悪口を聞かされ続けたとき、その人と出会ったこともなければ、何をされたというわけでもないにも関わらず、悪印象を抱いてしまう、というように。大切なのは、人の評価に踊らされない、自分の中の強い芯。

 ナルトは未だ、明確な忍道と言うものを、見据えられていない。それは自来也が常日頃、「焦るな。ゆっくりでいい。だが決してブレぬ道を探せ」と言い聞かせているからだ。ゆえにナルトは、「あれでもないこれでもない」と、ナルトなりに色々と考えている最中である。

 

 一度ナルトはその参考にしようと、自来也に、自来也自身の忍道と、そして養父である畳間の忍道を尋ねたことがある。自来也は答えてくれたが、しかし「何も考えずに(あやか)ることはするな」と、珍しく、厳しく言いつけた。

 借り物の理想は、脆い。尊敬する人がそうだからとただ肖るだけでは、己を貫き通すための軸としては、あまりに弱い。極端に言えば、道自体は何でもいい。大切なのは、それが『自分の心の底から湧き出た思い』、『決して譲れないと感じた意思』なのか、ということだ。その思いが本物かどうか、その一点である。

 人柱力―――しかも憎しみの塊とされる九尾の器―――である以上、己を揺らす未熟さは、ナルトだけでなく、周囲の人間すべての危険に直結する。

 だが実のところ、自来也はナルトをそれほど心配していない。

 ナルトは馬鹿だ。だからこそ難しく考えることが出来ず、自来也の教えを素直に受け入れることが出来る。分からないことを聞く素直さが、根っこのところにはある。―――生意気で己惚れやすいのは、玉に瑕だが。

 難しいことを教えるのは無理だな、と早々に諦めた自来也の教えとはすなわち、人として基本のところにあるものだ。

 

 ―――ちゃんと人の話を聞きましょう。

 

 これに尽きる。サスケの、真面目にやれ、という言葉をすぐに受け入れられたのも、自来也の教えに依るものだ。火影として様々な意見に耳を傾ける必要があった畳間はともかく、ナルトの教育に一番関わっていたアカリは、あまり人の話を聞かないきらいがある。母親に似たその部分の、矯正だった。

 あとは、ナルト次第だ。運任せというのか、放任ではある。しかし多くの人の思想に触れ、その是非は置いて、とりあえずそういう考えもあるのだ、と受け入れることを繰り返していれば、いずれは、「あ。オレの譲れねぇとこって、ここだ」というのが、見えて来る。

 そうすれば、いずれ、木ノ葉憎し、という思想に触れることもあるだろう。ナルトも、木ノ葉がかつて四大国に攻め込まれたことは知っており、木ノ葉はかつての被害者であるという考えを持っている。実際その通りであるが、相手にも事情はあったんだな、という考えは持って貰いたい。第三次忍界大戦も過去となり、皆がようやくその痛みを乗り越えようとしているからこそ、それを、繰り返さぬための教訓として欲しいと、自来也は思っている。

 というわけで、ナルトは律義に、疑問に思ったことは聴く、という自来也の教えを守っている。それ聞いちゃう?というような、地雷を踏み抜く危険性もあるが、それもまた経験である。何度か爆発させていれば、そのうち覚えるだろう、という自来也の考えは、よく言えば豪快さ、悪く言えば無責任さの表れであった。

 

 ―――ちなみに。もっと普通の、まともな大人はおらんのか。全員素晴らしい長所を持ってはいるし尊敬に値する人たちだが、その欠点がでかすぎると、密かに、イルカが嘆いていたとか、いなかったとか。

 

「……君には分からないと思います」

 

 白が話を切る様に、素っ気なく言った。

 

「分かんねーから、聞きたいんだけど」

 

 ナルトが言った。

 

「……言っても、分からないと思います」

 

「聞いてみねーと、それは分かんねーってばよ」

 

「……」

 

「……」

 

 静寂。

 

「……怒った?」

 

「怒っていませんよ」

 

「ほんと?」

 

「本当です」

 

「じゃあ、教えて欲しいんだけど」

 

「……」

 

「……」

 

 なんとなく、感情が読み取れない白の、その仮面の下から、ほんの少しだけ、苛立ちのようなものを感じるナルトである。

 

「あの、なんつーか……。嫌なら、いいんだ。ただ、オレには夢があって。師匠と、おっちゃん―――五代目火影の夢を、継ぎてぇんだ。でもオレってば馬鹿だし……。ちょっと、ほんとにちょっとだけだけどさ。ちょーっと、視野ってのが狭いんじゃないかなーって、思っててさ。近い歳で、オレなんかよりずっとつれぇこと色々知ってる兄ちゃん?の、話を聞かせて欲しいなって思って。霧隠れのこと、オレってば全然知らねーし、分かんねーからさ。……オレの義兄ちゃんにも、霧隠れから逃げて来た人がいるんだけど、あんまり覚えてないって、言ってたから。だから、いますげー大変なことになってる霧隠れのことを、同年代の視点で、知りてぇって、思ったんだ」

 

 ナルトはぎこちなく、不器用ながら、自分の考えを一生懸命伝える。

 白は黙って、聞いていた。

 

「……」

 

「それにさ! オレってば将来、火影になる男だから!! 仲良くしておいて、損は無いってばよ?」

 

「……」

 

「えっと……あの……。教えてください、ってばよ」

 

「……君は、勉強熱心ですね」

 

「え? そう? そんなこと、初めて言われた……。嬉しいってばよ。ありがとう!」

 

 ナルトが嬉しそうに笑う。自来也からは、馬鹿だの間抜けだの、自信を無くすようなことを言われたことの方が多かった気がする。

 白は小さく嘆息し、肩の力を抜いた。

 

「……聞いても、楽しい話では無いですよ? 血の濃霧に覆われた、腐った匂いのする、記憶です」

 

「……それでも、聞かせて欲しい。オレがこれから戦っていくのは、そういうモン……だって、思ってっから」

 

 ナルトが額当ての位置を直しながら、真剣な表情で言った。

 そしてその後、額当てから手を離したナルトは、その表情を少し曇らせて、僅かに目線を下げた。

 

「それと……こういう言い方すんのは、ちっと偉そうだけど。……兄ちゃん?にも、そりゃ、色々あるんだろうけど。オレ、まだなんにも知らねェけど。でも、忍者は……道具じゃない(・・・・・・)って、オレは思うってばよ」

 

「……」

 

 ―――ずきり、と胸を刺す痛みに、白は押し黙った。

 

 そんな白の心中を察することが出来たのか、ナルトは慌てた様子を見せる。

 

「あ、違うんだってばよ! 別に兄ちゃん?を否定するとかじゃなくて。ただちょっと、寂しいなって、思ったんだ」

 

「……寂しい?」

 

「そう。上手く言えねーけどさ……。今まであった奴ら(忍者)はみんな、何かやりてェ(・・・・)ことをするために、戦ってた。オレだって、やりてェことはたくさんある! でも道具(・・)ってのは、そういうのも無い、ってことだろ? だから、寂しいって思ったんだ」

 

「……言っている意味が、よく分かりません」

 

「うーん。これ以上うまく言えないってばよ……。……あのさ」

 

 唸りながら悩んでいたナルトは、何かを思いついたのか、再び話を切り出した。

 

「オレ、義兄ちゃんの故郷を助けるために、参加したんだってばよ」

 

「言っていましたね。ぼくも、あの場には居ましたから」

 

 ナルトが説教されていたところは、白も目の当たりにしている。

 

「でも、それだけじゃねェんだ。オレは、兄ちゃん?のことも、助けてやりてェ。……そう、思ってる」

 

「……ぼくのことを? 会ったばかりの、君が……?」

 

 ナルトには白が呆れているように聞こえた。実際には感情の機微を読み取れない平坦な声音であったが、ナルトは気圧されたように頭を掻く。

 

「そう言われると弱ェけど……。 でも、聞いちまったからさ。……話」

 

「……話?」

 

「……兄妹同然に育った奴らをみんな、亡くしちまったって……」

 

「ああ……。その話ですか。……どうってこと、ありませんよ」

 

「……嘘だ。オレも、義兄弟がたくさんいる。だから、兄ちゃん?の気持ちは、分かんねぇけど、でも、分かるってばよ。……兄ちゃん?の気持ちを考えると、なんでかな……。ここが、すげェ、痛ェんだ……」

 

 ナルトは胸を掻きむしる様に、自分の服を掌で鷲掴む。

 

「みんな死んじまうなんて……考えたくもねぇ、けど……。でも、兄ちゃん?は、それを耐えて、今も故郷のために戦ってる。すげーって、心から思う。オレってば、兄ちゃん?のこと、すげー尊敬してんだ。だから、よければ……話して貰えないデショウカ」

 

 慣れない敬語を使い、頭を下げたナルトを、白は仮面の下からじっと見つめる。

 

(この子は……)

 

 別に、他人の不幸など知らずに、呑気に暮らすことも出来るだろう。

 だがナルトはしっかりと、未熟なりに、忍びの闇に向き合おうとしている。

 白はナルトの言う「夢」を知らないが、ナルトのその表情と強い意思を感じる言葉に、自分とはまた違う強さ、というものを感じ取った。

 確かに、おこがましいと思う。何も知らない小僧が、会ったばかりの自分を助けたい、などと宣うなど、あまりに不遜である。だが、白は今まで掛けられたことの無い言葉に、不思議な高揚を感じていた。自分が救われる、など。自分を救いたいと思ってくれている人がいるなど、白は考えもしなかった。

 

 ―――自分は、自分を拾ってくれた再不斬の道具。そう思っていたし、そう思うようにしていたし、そのように徹して来た。そのようにしなければ、道具にならなければ、兄弟たちを守れなかった己の無力さに、耐えられなかった。

 

 再不斬も白を道具として扱って来たが、それは再不斬が、白の脆く崩れそうな心に気づいていたからだ。そうしなければ白が壊れてしまうと、気づいていたからだ。

 

 そして白もまた、それが再不斬なりの不器用な気遣いであることに、気づいていた。しかし同時に、再不斬が、「自分では白を救えない」と諦念を抱いていたことにも、無意識に察し、受け入れていた。メイもまた白のことを気に掛けていたが、しかし同時に戦力として―――戦いの道具として―――期待していたこともまた事実であり、白はそれを感じ取っている。そして白は、心を刃で押さえつけた。それで良いと思っていた。

 

「ナルト君……」

 

 だが、うずまきナルトは、それは違う、と口にした。あまつさえ、自分を助けたい、と宣った。

 ナルトは忍びの闇の何たるかも知らない、子供である。少し話しただけでも、白にはそれが分かった。

 しかしその純粋さは、白にとってはとても眩しく、同時に憎らしくも映った。羨望、感嘆、嫉妬。道具に徹していた白にとって、それらは久しく感じていなかった感情だ。

 凍っていた白の心は、その起こりがどうあれ、少しずつ、溶け始めようとしていた。

 

「君は……どうやって、ぼくを救ってくれるの?」

 

 純粋な疑問。少しだけ、気になった。

 木ノ葉隠れという増援は、これまでなかった光明だ。再不斬もメイも、霧隠れ解放の目途が立ち、少なからず浮足立っている。それに感化された、ということもあるだろう。

 それは好奇心であり―――白は気づいていないが、僅かに芽生えた希望であった。

 

「分かんねぇ」

 

「……」

 

 落胆。短い希望だった。

 白の纏う空気が凍る。実際、足元の草花が凍り付いている。

 ナルトは驚愕しつつ、慌てた様に手を振った。

 

「だ、だから、話を聞かせて欲しいんだってばよ! 兄ちゃん?の話を聞いて、一緒に考えたいんだ!!」

 

 おっちゃんもそうしてたらしいし―――というナルトの言葉は、白の耳には届かなかった。

 

 嬉しいことを言ってくれる。

 白はその言葉を自分の中から見つけ出すことは出来なかったが、しかし心の中に、温もりが広がる感覚を抱き、白はそれに酔いしれる。もしも新しい義兄弟になる、などとナルトが宣えば、それで話を切り上げているところであった。しかし、ナルトはそうは言わなかった。

 

 その言葉は単純で、頼りないものだった。期待して良いのかも分からない、不確かなもの。

 だからこそ、その言葉は白の心に響いた。凍り付いた心を無理に溶かそうとはせず、ともすれば砕け散るかもしれない脆い心を、ナルトは不躾に、しかし優しく抱きしめたのだ。

 白の心は、ずっと、痛みを発し続けている。しかし白の心はその痛みに耐えられないがゆえに、痛みを感じないように、その心を凍り付かせた。

 

 無理もない。確かに、人はいつしか、「痛み」を乗り越えることが出来るだろう。しかしそれは一方で、一人では絶対に不可能なことでもある。

 

 あるいは育んだ別の絆。

 畳間にとってのアカリやカカシのように、多くの繋がりにより、人は失ったものの痛みを耐え忍び、乗り越えることが出来るようになる。

 

 あるいは、「失った人」との絆、そのもの。

 畳間にとっての、初代火影の意思。

 それは確かに胸に残っているのだと、己を見つめることで、人は忍び耐える力を得る。これまでのすべてを決して無駄にはしないと、己を奮起させることが出来る。

 それらが無ければ、人は痛みを耐え忍ぶことは出来ない。そうなれば人は心を殺すか、闇に堕ちる。

 

 畳間は前者によって、闇に堕ちる寸前で立ち止まった。そして後者に気づき、歩みを再開させた。

 しかし白は幼いころから過酷な環境に置かれていたがゆえに、そのどちらも十分とは言えず、心を殺さざるを得なかった。しかし、戻れないわけではない。ギリギリのところで踏みとどまれているのは、何か(・・)が、残っているからに他ならない。それに、気づくことが出来たなら。

 

 多くの兄弟に囲まれて育ったがゆえに、人の本質を見抜く力に長けたナルトは、白の心底に、無自覚に気付いた。

 ゆえにナルトは、白の心に寄り添おうとしている。一人じゃないよ(・・・・・・・)、と伝えようとしているのだ。

 

 それは、ナルトの義両親である畳間とアカリが、通ってきた道だった。

 孤児だからこそ理解できる、絆の尊さ。『当たり前』が、『有難い』のだということへの、無自覚な理解。

 それは、ナルトが義両親より受け継いだ無自覚な優しさであり、たくさんの家族に恵まれ愛されてきたがゆえの、温もりだった。幸せの御裾分けとでも言うべき、サスケにもサクラにもできない、ナルト本来の、長所であった。

 

「……君は、強いですね」

 

 白は言った。ナルトの優しさは、白にとって強さに映った。そして白は気づく。それが、絆を失う前の、かつての自分の姿だということに。

 

「ありがとう。でも、その言葉は、まだ受け取れねぇってばよ」

 

 しかしナルトは、白の意図を察しているのかいないのか、静かに首を振る。

 

「ですが……、君からは……何か、大きな力を感じます。君は恐らく、ぼくよりもずっと強い。それなのに、何故?」

 

「だって、オレはまだ何にもしてねぇし、出来てねぇ。それにオレはもっともっと、強くならなきゃなんねーから」

 

「……それは、何のために(・・・・・)? 誰かのためですか? それとも、自分のために?」

 

 白が続けて尋ねる。

 ナルトが白のことを知りたい、と思うように、白もまたナルトのことを知りたい、と思うようになっていた。

 

「何のために……? やりてぇことは色々あるけど……。 ……何のために? おっちゃんのため……? 里のため……? そりゃそうなんだけど……。なんかしっくりこねぇってばよ……」

 

「……」

 

 ナルトは腕を組んで、うーん、と唸り首を傾げた。養父のために何かしたいとは思っている。里を、家を守りたいとは思っている。だが、それが全てかと言われると、何故だかナルトにはしっくりとこない。

 世界のため、世のため人のため、口で言うのは容易だが、軽いなと、ナルトは思った。良いことを言っている、大きなことを言っているだけだと、ナルトは感じてしまい、それを口にはしなかった。たくさんの思想に触れて来て、その言葉の重みを、無意識に理解しているのだろう。

 

 白は仮面の下で、少し悩むように、そして何かを思い出すように―――そして意を決したように、少しだけ眉を寄せた。

 

「……ナルト君。……君には、大切な人がいますか?」

 

「そりゃ、いるけど……」

 

 言いながら、ナルトが指を折り数え始める

 

「おっちゃんだろ? アカリ姉ちゃんだろ? イルカ兄ちゃんだろ? シスイ兄ちゃんだろ? エロ仙人に、マザー。それに、カブト兄ちゃんと兄ちゃんと兄ちゃんと兄ちゃんと兄ちゃんと姉ちゃんに兄ちゃんに綱手の姉ちゃんと兄ちゃんに姉ちゃんに兄ちゃんに、サスケにサクラに、あと香憐。まだまだいるってばよ!」

 

「……」

 

 白の脳裏に、失ったものと、残ったモノ―――かつての記憶が浮かび上がる。辛い記憶だ。乗り越えることなど出来やしないと、そう確信できてしまえるだけの苦しみと痛みがまとわりつく。

 だが―――。

 

「ぼくもです。ぼくにも、守りたいものが……。まだ、残っていました」

 

 白は思う。

 心を閉ざし、凍り付いていた時間。道具に徹することで、守ってきた自分。守られてきた自分。

 だが、少しだけ、思い出せた。自分にはまだ―――守りたい人がいる。

 

「人は……大切な何かを守りたいと思った時に、本当に強くなれる(・・・・・・・・)ものなんです」

 

 白は穏やかな声で、続けた。

 その声音は、まるで、自分に言い聞かせるような音色でもあった。

 ナルトはぱちりと、瞼を瞬かせた。

 

 波の国での戦い。先生の背中。

 ウラシキとの戦い。眺めた養父の背中。

 ナルトの脳裏に、「守る者の背中」が浮かぶ。

 

「―――ああ! それはオレも、よく分かるってばよ」

 

 ナルトが元気よく笑った。

 

「……そっか」

 

 白はゆっくりと、己が仮面に手を掛ける。

 仮面越しではない、本当の顔。

 

 別に、何が変わったわけでもないが―――。

 別に何かを期待するわけではない。この痛みの先に自分が辿り着けるとは思えない。

 ただ―――この、昔の自分を見ているような暖かな子が、助けてくれる、というのなら―――少しだけ。

 それに、道具ではない、忍者(・・)であった頃のことを―――人の痛みと、確かにあった温もりを、少しだけ、思い出させしてくれたお礼に―――少しだけ。

 そして―――やりたいことが、出来たから。この昔の自分を見ているような暖かな子が、同じ痛みを、知ることが無ければいいな、なんて甘い(・・)ことを考えて―――。再不斬さんには怒られちゃうかな、なんて。久しぶりに自嘲した。

 

 ―――だから、少しだけ。

 

 ―――少しだけ、待ってみようかな。

 

 ―――いつか彼がもう少しだけ大きくなって。止まった時の中で凍り付く自分に、暖かな手を伸ばしてくれる、その時を。少しだけ……待ってみようかな。

 

「……」

 

 取られた仮面。

 白の素顔が、暖かな光の中に照らし出される。

 それを直視したナルトは、頬を真っ赤に染めて、停止した。

 

「頑張ってくださいね。君はきっと、強くなれる(・・・・・)

 

 そういった白の顔には―――穏やかで優しい、自然な微笑みが、讃えられていた。

 

 …

 ……

 ………

 

 

「……いつ以来かねェ……。あいつの笑顔を見るのは」

 

「……霧隠れの鬼人ともあろう者が、若人たちの逢瀬の盗み聞きかい? やらしいねぇ」

 

「―――白い牙か……。テメーも人のこと言えねえだろ。うさんくせぇ顔しやがって」

 

「うわ、ひどい!」

 

 ナルトと白のやりとりを、物陰に隠れ、自慢の隠遁を駆使して完全に気配を消した大人二名―――カカシと再不斬が、見物している。互いにしか聞こえない囁き声という、無駄に高度な技術を駆使した出刃亀であった。

 再不斬は嘆息し、頭を掻いた。

 

(会議に乗りこんで来たときは「とんでもねェクソガキだ」と思ったが……僥倖だった)

 

 不器用な自分では、「今の白」を守ることで、これ以上壊れないように維持することで精いっぱいだったと、再不斬は思う。

 

(……だってのに。あの「クソガキ」は……。さらっとやりやがって。……これだから、ガキは面白ェ(・・・・・・)

 

 正直、再不斬にも不安はある。うずまきナルトは、出会ったばかりの小僧。その言動は幼稚で、クソガキにしか見えない。あの心意気が、果たして、いつまで保つ(・・)ものか。

 だから再不斬は誓う。よくも悪くも変化の兆しを白に与えた、落とし前(・・・・)。昔の白が戻ればよし。今より好転しても良し。悪化するようなら―――刀の錆にしてくれる。

 再不斬はカカシに向き直り、言った。

 

「……今回の件。頼んだのはオレ達だが……正直、望みは薄いと思っていた。どうして、オレ達を助ける? あのガキもそうだが……」

 

「……言ったと思ったけどね。聞いてなかった?」

 

「茶化すな」

 

 再不斬から怒気が滲む。

 短気だな、とカカシは思った。

 

「……とはいえ、言った通りだ。霧隠れは盟友。そして、木ノ葉の忍者は、仲間を決して見捨てない」

 

「……」

 

「義を見てせざるは勇なきなり。勇将の下に弱卒無し。先代の火影の教えだ。これが木ノ葉の―――いや、忍者の生き方(・・・・・・)だと、オレは思ってる。お金だけで動くわけじゃない。……君だって、そうなんじゃないの? 桃地再不斬君」

 

 フン、と再不斬は鼻を鳴らす。そういうの(・・・・・)は嫌いだった。

 再不斬はカカシに背を向けて、歩き出す。

 

「素直じゃないねー」

 

 カカシが苦笑して肩を竦めた。

 再不斬は苛立たし気に眉を寄せ、しかしカカシの言う通りになるのは不服だったので、立ち止まり、小さく言った。

 

「……礼を言う」

 

 再不斬は思う。

 悩める五代目火影の背を押したのはこいつだ。白に変化の兆しを与えた小僧を連れていくことを提案したのも、こいつだ。だらしなく見えて、ふらふらしているように見えて―――中心には、こいつがいる。僅かな付き合いだが、再不斬はそのように感じた。恐らく、木ノ葉隠れの里の次代を担うのは―――。

 だが、どうにも合わないな、とも思う。しかし、通じ合う何かを、再不斬は何故か、カカシに感じていた。

 

「いいよー」

 

 カカシの軽い態度に、再不斬はより強く眉間にしわを寄せる。やっぱりこいつとは合わないなと、再不斬は思った。

 立ち去ろうとする再不斬に、カカシが続く。

 再不斬は、ついてくんな、とぶっきらぼうに言う。

 まあまあ、と再不斬を宥めたカカシは、真剣な表情を浮かべて、言った。

 

「霧隠れの怪人、干柿鬼鮫。―――知ってる?」

 

 カカシが言った。

 聞き覚えがあるのか、再不斬の足が止まる。

 

「その反応……。知ってると捉えて話すが……。暁には、そいつがいる。ま、火影様から預かった資料にも書いてあるから、承知のこととは思うけど」

 

「鬼鮫……」

 

「同じ霧隠れなら―――」

 

 カカシの言葉を遮る様に、勢いよく振り返った再不斬が、凄まじい怒気を放ち、鋭い視線をカカシに向けた。

 

「奴は霧隠れの面汚しだ。同じ(・・)じゃぁねェ」

 

 再不斬にとって、鬼鮫は特別な存在である。忍刀七人衆の先輩であり、自分よりも強かった忍者。何を考えてるのか分からない、鮫のような顔をした男だった。鬼鮫は、その意志を水影に認められ、暗部としての側面も持っており、再不斬とて僅かながらも尊敬を抱いていた、凄腕の忍者であった。彼がいれば、先日の霧隠れ解放戦において、あれほど無様な敗北をすることは無かっただろう。これまでとて、多くの命を救えたはずだ。だというのに。

 鬼鮫は逃げた(・・・)。里に残り面従腹背で時を待つのでもなく、里を抜け解放軍として戦うのでもなく。ただある日、霧隠れのすべてを捨てて、鬼鮫は姿を消したのだ。

 

「穏やかじゃないね……どうも」

 

 まさに鬼人のような表情を浮かべ再不斬に、しかしカカシは怯むでもなく、だらしない所作で頭をポリポリと掻く。空気を和ませようとしているのだろう。

 

「ま、いいけど。鬼鮫のことを知ってるなら、詳しい情報をくれないか? 砂のサソリ、岩のデイダラ、湯の飛段、滝の禁術使い―――火影様が昔に殺したはず(・・)の、角都。そして、うちの里の大蛇丸。とりあえず最低限の情報はあるとはいえ、暁は手強い。まだ未確認の構成員がいないとも限らないし……。恥ずかしながら、実はオレ、前に一度、大蛇丸と鬼鮫には負けててさ。対策は万全で行きたいんだ。弱点とか知らない?」

 

「……知らねェな。悪い」

 

 少し考えて、再不斬が首を振った。

 

「そうか……。ならしょうがないか……。いやしかし、改めて口にすると、暁の構成員はとんでもないな。これから、そのうちの誰が出て来るのやら……」

 

 カカシの嘆息に、再不斬が訝し気な表情を浮かべる。

 

「……正直、そこはオレも気になっていた。確かに、木ノ葉からはかなりの上忍が出てる」

 

「かなりと言うか、ほとんど全員? 名家の当主と、里の守りの要のうちは一族以外は。とはいえ、上忍に匹敵するだけの秘蔵っ子が、うちはからは来てるけどね」

 

 カカシの言葉に、「それは、正直にありがてェと思う」と再不斬は小さく、言った。

 

「だが……五代目火影が寄越した資料を読めば読むほど、暁ってのが、やべェ連中だってのが分かった。仮に暁が総力を挙げて来たとして……足りるのか?」

 

 それは、木ノ葉の上忍達の力を結集してなお、暁を打ち破れるか分からない、と言う不安である。

 カカシは即答した。

 

「厳しいね。自来也様も、ガイもいないし」

 

「……おい」

 

「ま、大丈夫だよ。それは、暁が全員霧隠れに出てきたら、の話だから」

 

「あん? どういうことだ」

 

「来る前に、急遽編成を変えたでしょ?」

 

「あの騒がしい小僧が来たから、だろ?」

 

「それに関しては申し訳ない。……だが、それだけじゃない。それも確かに理由の一つではあるが、本命は別にある。……自来也様が暁の本拠地を突き止められた。霧隠れへの侵攻と同時に、自来也様達、五代目火影直轄の精鋭部隊が、暁の本拠地に襲撃を仕掛ける手筈になっている。―――暁は、ここで潰す。火影様は、そう考えておいでだ」




ヒロイン……?
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