綱手の兄貴は転生者   作:ポルポル

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受け継がれる戦い

「なあ、サスケ」

 

「なんだよ」

 

 静けさに包まれた森の中で、小さな声で口を開いたのは、ナルトだった。明日に迫った戦いを前に、落ち着かない心を鎮めるために、ナルトは森の中を歩いている。そしてその隣には、サスケの姿があった。

 ナルトの呼びかけに、サスケはぶっきらぼうに応えたが、ナルトは気にした様子はない。ただ、当てのない散歩を続けた。

 

「お前は、なんで参加したんだ?」

 

「はあ?」

 

 その問いを聞いたサスケは、隣を歩くナルトを、呆れた様に見つめた。

 

「や、だってさ。うちは一族の仕事って、基本的に里の守衛だって話だろ? おっちゃんの側近やってるイタチさんはともかく、お前は里を離れる理由ないんじゃねーの?」

 

「……お前、オレの夢知ってるだろ」

 

「ああ、そういうことか」

 

 サスケの夢は国を越えた治安機構の設立である。今現在、暁こそが世界の平和を脅かす、最大の敵であるのなら、サスケが参加しない理由は無い。

 納得、と頷いたナルトの横顔を、サスケはじっと見つめる。

 

「……それだけじゃないけどな」

 

「ん? なんか言ったってばよ?」

 

「べつに」

 

 サスケは素っ気なく顔を背けた。

 お前を守るためだ、なんてことを素面で言えるほど、サスケは子供ではなくなっていた。

 

 暁の強さは、サスケも知るところ。手も足も出ず、己の弱さに嘆いたあの日のことを、サスケは一度だって忘れたことは無い。脚を引っ張り、兄に重傷を負わせた。大蛇丸からは『敵』としてすら認識されず、路肩の石ころのように打ち捨てられた。カカシが、イタチがいなければ、あのときサスケは死んでいた。

 

 少年時代から時を経て、サスケは強くなった。それでも、勝てる、とは言い切れなかった。あのとき、鬼鮫、そして大蛇丸に刻みつけられた恐怖は、拭いきれていないのだ。

 しかし、サスケにとって忌むべき敵たちが、ナルトを狙っている。ナルトの中にいる尾獣を狙っている。ならば、サスケが待機組でいる理由は無い。

 うちはサスケは、誇り高きうちは一族の一員である。戦国時代において、多くの敵を殺し、千手一族と最強の称号を二分した、忍界最強の一族こそが、うちは一族だ。

 しかしそれは既に過去のこと。サスケにとって最強の意味は、そこ(・・)には無い。

 うちはは『里の最後の砦』にして、『守りの要』。あらゆる敵を払い除ける『木ノ葉の団扇』。仲間を守ることこそが、うちはの誉れ。サスケは、そう信じている。

 

「ナルト。生きて帰るぞ。全員で。そうしたら、約束の戦いをしよう」

 

「おう!」

 

 サスケが掲げた拳に、ナルトは自分の拳をぶつけた。こつり、と軽い音がして、二人は同時に笑みを浮かべた。

 

「……そろそろ戻ろう。サクラに怒られる」

 

 散歩に出てから、長く時間がたった。夜も更けている。もしかしたら起きて二人の帰りを待っているかもしれないサクラのことを思い出したサスケが、やばいな、と呟いて、頭を掻いた。

 

「サクラって、そんなことで怒るっけ? あいつ頭いいから、あんまり馬鹿やってっとそりゃ怒るけど。怒るより、心配してくれんじゃねーの?」

 

 ナルトが小首を傾げた。

 

「サクラは結構短気だぞ」

 

 お前殺されかけたばかりだろ、とは口にしないサスケである。

 そんなことは覚えていないナルトは、納得できないようで、眉を寄せて腕を組む。

 

「そうだった? あんまり怒ってる記憶ないってばよ? 何かと心配してくれてた気はするけど」

 

「そりゃナルト。お前だから―――。……いや、なんでもない。……それこそ、殺される」

 

「??」

 

 ナルトの不思議そうな表情を見て、サスケは深くため息を吐いた。チャラスケ時代、靡かないサクラにちょっかいを掛け続けていたサスケは、サクラに頭があがらないのである。なんであんなことしてたんだろーな、なんて、認めたくない若さゆえの過ちに、頭を悩ませるサスケであった。

 

 

 

 

「進軍、開始」

 

 夜明け前。木ノ葉隠れの軍勢が、霧隠れの術で作られた濃霧に覆われる海上を、水上走りの法によって、駆け抜ける。

 

 ―――第一目標は、四代目水影の解放。幻術に落とされているがゆえの乱心であるならば、幻術さえ解けば、味方になるということだ。そうなれば、「水影という立場」に従っている者もまた、味方に引き込める。敵陣の中に突如として味方の一団が生まれ得ることとなる。すなわち、解放軍の勝利である。

 

 水影の速やかな解放が、霧隠れ解放戦における勝利条件。

 

 ―――暁との接触時は、必ず忍頭へ報告。指示を待て。やむを得ぬ交戦の際は、死なぬことを第一にせよ。

 

 火影の勅命である。暁は強い。だが、木ノ葉の白い牙はもっと強い。カカシには、暁相手であっても勝つだけの力がある。畳間の全幅の信頼であった。

 

 夜明けを駆ける軍勢。決戦の時は、目前に迫っている。

 

 

 

 

 

 上陸した軍勢は、メイからの情報をもとに把握した地理を脳裏に思い浮かべ、一度散開した後、一直線に水影のいる屋敷へと進軍していく。西側から反包囲するような陣形である。これは霧隠れの戦力が少ないだろうことを見越して、敵戦力の混乱と分散を狙ったものである。敵戦力を分散させれば、だからこそ重要な拠点―――すなわち、大将にして人質である水影の下に最高戦力が集まると、カカシと畳間は踏んだのだ。

 

 宣戦布告と同時に発生した木ノ葉の軍勢による進軍に、霧隠れの忍者たちは動揺し、瞬く間に鎮圧されていく。殺された者もいるし、ただ無力化された者もいる。先頭に立つメイは、『殺さない方が良い者』を無力化し、『殺しても良い者』は放置した。放っておけば勝手に戦いを挑み、軍勢を前に殺されるだろうからだ。

 確かに、戦闘経験は霧隠れに分があるだろう。だが、片や二つに分裂し、戦いによって疲弊している霧隠れ。片や木ノ葉隠れの決戦以後、一つに纏まり、里を守るために己を磨き続けてきた、万全の木ノ葉隠れ。戦いになるはずもない。

 水影邸は目前。

 しかし―――メイは立ち止まった。目の前には、仇敵―――飛段。あの子の言ったとおり(・・・・・・・・・・)だな、とメイは思った。

 

「懲りずにまた来―――」

 

 ―――水遁・大水牢の術。

 

 飛段の軽口を完全に無視し、凄まじい速さで印を結んだメイの口から、多量の水が吐き出された。水は飛段を囲うように蠢きながら、球状へと変化する。

 

「うお!? いきなり水責めかよ!?」

 

 メイの目の前の人影―――飛段は、大鎌を振り回しながら、迫りくる波を切り裂いた。しかし水は変幻自在。効果は無く、飛段の体は足元から水へと沈んでいく。

 

「えげつねえ殺し方しやがる!! 趣味悪ィぜババア!!」

 

 びきり、とメイの血管がぶちぎれる音がする。

 水が、粘性を帯びる。飛び上がろうとした飛段の脚を絡め取り、地面へと引きずり戻す。球体の中に引きずり込まれ、藻掻く飛段の身体に、粘性の液体が纏わりついた。

 

「あちィ!! いてェ!! あついあつい!! いてェいてェ!!! なんだ!? なんだ!?」

 

 余裕な表情を浮かべていた飛段だが、にわかに血相を変えて、騒ぎ出した。

 何が起きているのか理解できず、激痛に顔を歪め、困惑と驚愕を表情に浮かべている。

 粘性の液体が赤色に染まっていく。服がみるみる消えていく。肌色が見え、そして赤色に代わり、白い何か(・・・・)が露わとなった。それは、飛段の骨であった。飛段の身体は、溶けていた。

 メイは一枚の、札にしては少しばかり厚い紙を取り出すと、飛段を丸のみにして完成した球体に向けて、放った。球体に付着した札は、しかし溶けることなく張り付くと、輝きだした。札は鎖のような形状の術式を展開させて、球体を縛り上げる。

 

 ―――封印術式。時空間結界・金剛封鎖。

 

 大蛇丸が穢土転生の術を持ち逃げしたと知った当時の畳間が起案し、そして長い年月をかけて作り上げた、対仮面の男用(・・・・・・)の切り札である。

 外部からのあらゆる干渉を他方へと飛ばし(・・・)、内部からの忍術の発動を制限する、結界忍術。この術を発動する札には畳間の細胞が練り込まれており、封印された者のチャクラを吸収するという、木遁にも似た性質を持つ。

 一度発動すれば、術の継続に必要なチャクラは、封印された者から吸い上げて、発動し続ける。すなわち、封印された者のチャクラが吸い尽くされるまで、この術が解除されることは無く、時空間忍術であっても、術の発動そのものを阻害されるため、脱出は基本的に(・・・・)不可能。これこそが、得体の知れぬ時空間忍術を扱う仮面の男へのカウンター。

 

 祖父の木遁、二代目火影より受け継いだ『飛雷神の術』、そして祖母ミトより受け継いだ、チャクラの発動を阻害する結界・封印術を併用した、畳間の技術―――その集大成であった。

 飛段という忍者が不死身であるという情報を入手した畳間は、それを一枚だけ、メイに―――いや、盟友・霧隠れに、託したのである。。

 飛段を封じたメイは、冷ややかな目線を、飛段へと向けている。

 

「……あなた。不死身、なんですってね?」

 

 メイの冷え切った声。くすり、とメイが笑った。

 

「でも……。どろどろに溶けてさえ、生きて居られるのかしら? どうなるか……私が見ていてあげるわ」

 

 わずかに口元を歪ませる程度の笑みは、メイの美貌を冷たく引き立たせる。

 

「あ゛……」

 

 飛段の声が途絶える。その口腔内に、粘性の液体―――あらゆるものを溶かす酸が、入り込んだのである。粘性の液体は歯を溶かし、舌を焼き、喉を燃やし、気道を潰した。まさに地獄のような苦しみの中、飛段はその不死身の身体がゆえに、死ぬことが出来ない。もしかすると、飛段の特異能力により、現在進行形で飛段と同じ苦しみを感じている者がいるかもしれないが、メイはそんなことを気にするような情は持ち合わせていない。すべては、地獄の中にある故郷のため。故郷を救うためならば、なんだって出来る。

 土下座だってしよう。兵器として、あるいは女として、この身を差し出すことだってしよう。そして、仲間を犠牲にすることだって、耐えて見せよう。すべては、未来のために。

 

 メイは印を結んだ姿勢のまま、球体の中で溶け行く飛段を、氷のような視線を以て見つめている。

 油断は無い。溶解水牢は解かない。

 不死身、その再生能力は未知数。もしかすれば、解放した水の一滴からでも、再生することが出来るかもしれない。ゆえにこそ、水影の救出が完了するまで、こいつはここで封じ続ける。それが、メイの役割だった。

 飛段を溶かし続けている溶解水牢の術を強固に固定している、五代目火影の切り札である結界術は、しかし札に術式を刻み込むという性質上、畳間自身が術を発動した場合と比べれば、時空間結界による外部から干渉の阻害や、対象のチャクラを吸い上げる量など、その効力は大きく劣る。また、正式な使用はこれが最初だという。思わぬところから、綻びが出かねない。

 

 飛段と言う忍者は、原理は分からないが、不死身の肉体を持っており、かつ自分の負傷を他者にトレースする忍術を扱う。

 乱戦において、これほど厄介な敵はそうはいないだろう。

 傷を付けても怯まず、殺しても死なず、その体を傷つければ傷つける程、隣にいる仲間が、あるいは自分自身が、全く同じ傷を負って、死んでいく。敵を速やかに殺害することが求められる戦場にあって、敵を傷つけることが出来ない、というのはあまりに理不尽である。

 精神的にも肉体的にも、飛段と戦う者が感じる疲弊は計り知れない。年若いが、飛段と言う忍者は確かに、暁と言う最悪の抜け忍集団に属するにふさわしいだけの力を、有しているのだろう。

 

 ―――でも、とメイが眼を細める。

 

「……タネさえ割れてしまえば。あなたみたいなクソガキ(・・・・)、たいしたことないのよ」

 

 しかし、そのタネは割れた。リーダーの遺した白眼の情報などから、五代目火影を筆頭とする木ノ葉の情報班は飛段の能力を推察し、その対策を練り上げた。

 

「―――我ら霧隠れを辱めた報い。地獄の苦しみの中、受け続けるが良い」

 

「それは困るな。こいつがいないと、金稼ぎが面倒になる」

 

「―――新手ッ!!」

 

 突如、黒い影がメイの頭上を覆った。

 メイは空を見上げた。黒い無数の触手の雨が、逃げ場なく降り注ぐ。しかしメイは印を結んだ状態のまま、動こうとはしなかった。今術を解除すれば、中途半端に溶解した飛段が解放される。飛段も暁の一人。基本的な能力とて、並みの上忍程度にはある。初動の遅い水牢では、再度取り込むのは難しいだろう。

 

(木ノ葉の白い牙が四代目の救出を成功させるまで、暁はここに釘付けに!! 信じるわよ!!)

 

 死んでもこの術は解除しない、というメイの壮絶な覚悟が瞳に燃える。

 メイは瞬き一つせず、目の前に迫る死を焼き付けた。

 

 

 

 

 霧隠れの里から少し離れた場所の木陰の中。待機する医療部隊とともに、ナルト達はいた。

 座っていたナルトは、ぱちり、と閉じていた目を開いた。目元に浮き出ていた隈取が、みるみるその色を消していく。

 

 ナルトの肩に乗せられていた山中一族の上忍の手が、ナルトから離された。ナルトが仙人モードによる広範囲感知を切り上げたことで、戦場で戦う木ノ葉の者達への情報伝達の役割を終え、その精神接続を解除したためであった。

 

 山中一族の上忍の額からは、脂汗が滲み出ている。

 ナルトから読み取った情報を、戦場で戦う多くの忍者たちへ逐一、正確に飛ばすというのは、並大抵の技術ではない。戦場に新鮮な情報をタイムロス無く送り届けるというのは、こと戦争において、凄まじいアドバンテージを生み出すことが出来る。初代火影の代より山中一族が重用されて来たのも、ひとえにその術の有用さゆえである。また、かつて、後の五代目火影である千手畳間の幼馴染として、山中一族の少女が傍に居たのも、初代火影を有した千手一族と、里の上層部が重用した山中一族間における、密接な関係の表れでもあった。

 

 しかし一方で、山中一族の秘伝は、非常に大きなリスクを孕んでいる。

 他者のチャクラ・精神と同調するという術の性質上、その発動と維持にはかなりの集中力とチャクラを消耗することになる。さらに、同調する相手が敵であれば、術者のむき出しの精神を破壊されるリスクがあり、味方であったとしても、仮に同調していた者が殺されるようなことがあれば、その苦痛や恐怖を、己が事のように受け取ってしまうのだ。しかし情報を入手することが最上の使命である山中一族の者は、そのリスクを抱えて、限界まで同調を続けなければならない。解除するのは、被同調者が殺される直前となる。それすなわち、直後に殺されるであろう同胞を見殺しにせざるを得ないということでもある。同調を切り上げるタイミングを計る洞察力と決断力、そして仲間を切る捨てることへの罪悪感に耐えるだけの精神を、戦場の山中一族の者は求められるのだ。

 

 ナルトは軽く手を挙げることで、それを山中一族の者への労わりの仕草とした。仙術による感知の中で、何名かのチャクラが失われたことは、ナルトも把握している。戦場から離れたこの場であっても、木ノ葉の忍者は、共に戦っているのだ。

 山中一族の者がナルトから離れ、地面に座り込んだ。顔は青ざめている。無理もない。まだこの上忍は年若い。戦争は―――同胞の死は、始めて見るものだろう。

 別の山中一族の者と連携し、霧隠れへ攻め込んだ医療忍者達の指揮を捕るカブトが、座り込んだ山中一族の者に駆け寄って、毛布をその肩に掛けた。

 

「すまない。すまない」

 

 山中一族の者は震える声で繰り返しつぶやくと、その顔を両手で覆い隠した。そうしてなお、その顔を覆う手の下からは、くぐもった謝罪の声が漏れ出している。

 

「君はよくやったよ。よくやったんだ。君のせいじゃない。謝ることは無いよ。大丈夫。大丈夫だよ」

 

 カブトは山中一族の者に寄り添い、その震える肩に優しく手を添えた。

 そんな様子を黙って見ていたサスケとサクラは、ナルトの傍に近寄った。心配そうにカブトたちへ視線を送り、次いで、ナルトへと視線を向ける。

 

「……何があった?」

 

「……広場の石碑に名を刻まれる英雄が、増えた」

 

「それって……」

 

「……そうか」

 

 サスケが痛ましげに目を伏せ、サクラが口元を手で覆った。ナルトもまた、拳を力強く握りしめた。

 

「サスケ。サクラ」

 

 ナルトは自身のすぐそばに置いていた巨大な巻物を脇に抱えると、勢いよく立ち上がった。

 

「もうすぐ、メイの姉ちゃんが暁と接触する。カカシ先生の読み(・・)はあたりだ。オレ達も出るってばよ」

 

 ナルトは巻物を背に担ぎ、外套を揺らめかせる。

 

「ついに、私達の出番ってわけね」

 

 傍で控えていたサクラが勇猛さを口にしながら、手袋を付け直した。 

 

「フン……。腕が鳴るな」

 

 サスケは腰に帯びた刀に手を掛け、鯉口を鳴らす。

 

「……」

 

 ナルトは少し思案した。戦場へ赴く前に、二人に言って置きたいことがあった。

 

「カブト兄ちゃん」

 

 ナルトはカブトへと目配りする。カブトはナルトの意図を察し頷くと、未だ平静さを取り戻せていない山中の上忍に肩を貸して、後方へと退いていく。

 それを見送ってから、ナルトはゆっくりと口を開いた。

 

「……感知してて、分かった。戦場ってのは、地獄だってばよ。ウズメの姉ちゃんと、タンゴの兄ちゃんのチャクラが消えた」

 

「それって……?」

 

 サクラが言った。

 

「殺されたってことだってばよ。他にも、何人か殺されてる」

 

 ナルトが名前を挙げた忍者は、出立前に、第七班のことを気に掛けてくれた上忍だった。死ぬなよ、と笑い掛けてくれた人たちだった。

 サクラが動揺に瞳を揺らす。サスケが眼を細めた。

 ナルトは二人に背を向けて、続ける。

 

「……それだけじゃねェ。最初はたくさんあったオレの知らないチャクラ……たぶん霧隠れの忍びだと思うけど、それもだいぶ減った。この数十分で、敵味方関係なく、かなりの人が……死んでるってばよ」

 

「……」

 

 ナルトの言葉に、サクラが押し黙った。戦争、というものを目の当たりにし、平静を保てないようだ。サスケも黙って、ナルトが何を言いたいのか、それを理解しようとしているようである。

 ナルトは続ける。

 

「オレってばこの三年の旅で、いろんな人から話を聞いた。エロ仙人からも、たくさん。……オレ達の生まれた年に終わった戦争で、たくさん死んだって、アカデミーの授業で習ったよな? 木ノ葉は、攻め込まれたって」

 

「……そうね」

 

 サクラが頷いた。

 

 木ノ葉は多くの同胞を殺された。だが同時に、木ノ葉も多くの者を殺した。

 しかし、そればかりは、致し方ないことだ。

 人が、家族が殺される、という事実には、確かに胸が痛む。旅の途中、ナルトと仲良くなった人の家族が、実は木ノ葉隠れの決戦や戦争に参加していて、五代目火影を始めとする木ノ葉の者に殺された、ということは、何度もあった。

 しかしその過程を思えば、自業自得という思いは否めない。戦争をする気など更々無かった木ノ葉に攻め込んできたのは、彼らだ。理不尽な痛み(・・・・・・)を味わったのは、あくまで被害者の木ノ葉側なのだ。

 しかし、今は―――。

 

「今オレ達は、そっち側(・・・・)にいるってばよ」

 

 ナルトが振り返り、二人を見つめる。

 事情はある。霧隠れは内側に巣食った闇に浸食され、助けを求めている者が多くいる。義は木ノ葉にある。それは間違いない。だが同時に、今の霧の現状をこそ、受け入れている者もいる。そんな者達からすれば、木ノ葉は理不尽な侵略者でしかない。

 

「……正直、舐めてた。こんな呆気なく、人っていなくなるんだなって、思った。オレ達も、もしかしたら……」

 

 ナルトの周りで、顔見知りが死んだのは、これが初めてだった。少し話をして、身を案じてくれただけの人だったが―――それでも、この胸を苛む苦しみは、途方もない。

 同時に、自分たちもまた呆気なく命を落とすという可能性は拭えない。そして、この手が血で汚れることも。

 

「サクラ、サスケ。今ならまだ引き返せるってばよ」

 

「ナルト。……あんたは、どうするつもりなの?」

 

「オレは、霧隠れを助けるって約束した。戦争も、始まってる。仲間を置いて逃げてちゃ、火影になんてなれねェ」

 

「……ふん」

 

 ナルトの力強い言葉に、サスケが小さく鼻を鳴らした。

 

「火影になるのは、オレだ。ウスラトンカチが」

 

「……あのなあ、サスケ。オレは真面目に―――」

 

「オレは、里を―――世界を守るうちは警務隊当主の息子だ。義を見てせざるは勇なきなり。うちはは勇を失わない」

 

「……私も、当然行くわ! ……私の医療忍術で、救える人がいるかもしれない。戦うだけが、忍者じゃないでしょ?」

 

 サクラが握った拳を、胸の前に持ち上げる。

 ナルトはぱちぱち、と目を瞬かせた。

 

「……すげえな、サクラは」

 

 感嘆して見せたナルトに、サスケが呆れた様に視線を向ける。

 

「なんだナルト。今更気づいたのか? サクラは昔から、オレ達の中で、一番すごかっただろ。こいつがいたから、オレ達はいつも、道を踏み外さずに済んだ」

 

「……お前が人を褒めるのって、珍しいな。サスケ」

 

 ナルトが意外だ、とばかりにサスケに視線を向ける。

 

「かもな。だが……サクラじゃしょうがない」

 

 サスケが優しく笑う。

 

「そっか。……そうだな。そうだってばよ。別に、戦うだけが忍者じゃねェんだ」

 

 ―――おっちゃん……。

 

 ナルトは瞑目する。その脳裏に過ったのは―――風で外套が揺れる、五代目火影の背中。

 

 敵を倒すためでなくて、仲間を守るために、戦う。受け継ぐべきは力ではなく―――。

 

「……サクラ、ありがとな! 土壇場で、一番大事なこと、思い出せた。サクラはやっぱり、第七班の柱だってばよ!!」

 

 力が他二人に劣ったからこそ、ずっと見続けて来た背中があった。その背をどうすれば守れるのか―――それだけを考えて来たサクラは、決して、その軸をずらさない。

 ようやく歩き始めたナルト、ぶれやすいサスケにとって、サクラは確かに、自分たちを支える柱であった。

 

「ちょ……! やめてよ、もー! さっきから、持ち上げすぎィ!!」

 

 顔を真っ赤に染めたサクラは、火照った頬を冷ますように、手を仰いで顔に風を送っている。憎からず思っている男の子二名から絶賛されて、満更でもない様子である。

 

「サクラと結婚する男は幸せだってばよ! めっちゃ支えてくれそうだもんなー」

 

「同感だな。生半な奴にはサクラはやれん。少なくともオレ達を倒して貰わないことには話にならんな」

 

「ほんとそれ! だってばよ!」

 

「……」

 

 憎からず思っている男の子二人の言葉を聞いて、サクラの目が死んだ。

 しかし。二人は恋愛よりも修業、熱い青春こそを掲げる純朴な少年たちであり、また自分たちが同世代では突出した実力を誇ることを理解している。ゆえにその言葉の意味は、いわゆる「脈無し」とは少し異なっており―――少なくともサクラは二人の男の子から、第七班を措いて余所の男に入れ込んでほしくない、程度には思われているということである。とはいえ、そんな男の子たちの無自覚な、女性からすれば面倒くさい感情の裏をくみ取れるほど、サクラは大人の女では無かった。

 

 

 

 

 メイは目前に迫る漆黒の死を目の当たりにしている。

 逃げることは出来ない。精密さを欠く咄嗟の回避行動は、チャクラの均衡を崩し、飛段を封じた溶解水球の構築を崩壊させる要因と成り得る。

 たとえ死んでも、術は維持しきる。

 壮絶な覚悟を抱いたメイを、疾風迅雷が攫った。

 一瞬だった。最初、メイは何が起きたのか分からなかった。ただ、脇と背中、そして膝の裏に人肌の感触を覚え、そして逞しい香りが鼻を擽った。

 

「待たせたな。子猫ちゃん」

 

「サスケお前、ちょっとチャラスケ出てんぞ」

 

 年若い男たちの、軽口が聞こえた。メイを抱えた男は、婦人にはそれくらいで良いって父さんが……などと少し慌てた様に言っている。

 メイは気づけば、木ノ葉隠れの里の青年―――うちはサスケに、横抱きに攫われていた。その隣には、土遁の印を結んだ春野サクラと、その背に手を当て―――恐らくサクラにチャクラを供給している―――ナルトの姿があった。

 メイが先ほどまでいた場所は触手の群れが突き刺さり、地面はずたずたに荒れ果てている。

 サスケに優しく降ろされたメイは印を結んだまま、地へと降り立った。 

 

 ―――同時に、地面から引き抜かれた触手の群れが空中で角度を変えて、メイ達へと襲い掛かった。

 瞬時に、土遁の壁が前方に形成される。触手が壁に突き刺さる音がする。まるで岩石のような、硬い音。

 

「ナルト! もっとチャクラ回して!!」

 

「おう!」

 

 サクラの土遁における練度は影クラスに匹敵する、と驚愕と共にメイは感心を抱いたが、しかしナルトからチャクラを供給されているらしいことを理解し、認識を改める。 

 ナルトは「木ノ葉の三仙」の一角、「蝦蟇仙人」自来也の弟子であり、仙術を扱うと聞いている。仙術によるブーストで、サクラの土遁の強度を上げているのだ。

 サスケの修めている性質変化は、雷と火。ナルトは風。それらは攻撃に依った属性であり、守ることには向いていない。そこで、水と、守ることに依った性質である土の性質変化を修めているサクラをナルトのチャクラで強化している、ということだ。

 

「……たいしたチームワークね」

 

 メイはひとまず、ほっと、息をついた。

 

 

 

 

「ナルト」

 

 サクラの一言に、ナルトはその言わんとするところを汲み取った。

 このままでは、土遁の壁は破られる。チャクラの量が足りない、というわけではない。一度退いた触手が一つに重なり、巨大な槍となったのだ。土遁の弱点は一点突破。一撃目はなんとかしのいだが、今再び触手は後退し、タメ(・・)に入った。次は突破されるだろう。

 

「サクラ」

 

「任せて」

 

 ナルトの一言に、サクラは即答し、力強く頷いた。

 それを受けて、ナルトはサスケへと視線を向ける。

 

「サスケ。火だ」

 

「―――! 任せろ!」

 

 壁の向こうで、触手の槍が放たれるのを、ナルトは感知する。

 

「来るぞ!!」

 

「―――土遁! ―――偽・真数推手!!」

 

 サクラが印を結ぶ。土の壁が形態を変える。地面から、そして目の前の壁から、無数の土の手が伸び、槍を迎え撃つ。

 

「土遁でこれほどの精密操作を……!? さすがは白い牙の弟子といったところね……」

 

「へへ! まあな!」

 

 メイがサクラの技量に瞠目し、何故かナルトが嬉しそうに笑った。当のサクラはチャクラコントロールに全集中をしており、メイの言葉は聞こえていない様子で、真剣な表情を浮かべている。

 

 ―――偽・真数推手。

 それはかつて、波の国においてサクラが見た五代目火影の秘奥、真数千手を目指して作り出した術だった。規模も精度も、真数千手には大きく劣る。しかしその無数の手は敵を打ち倒すためのものではあらず。敵を拘束、あるいは「仲間を守る千の手」として機能する、さらにもう一つの絶対防御。

 我愛羅の「守鶴の盾」、日向の「回天」と比べればその強固さにおいて後れを取ろうとも、その柔軟性において、他二つの追従を許さない。「千の手」はサクラの意志のもと、縦横無尽に動き回り、仲間の支援、敵の妨害を巧みにこなす。それは、今では綱手を抑え、里随一のチャクラコントロール力を誇るようになった薬師カブトにすら迫らんとする、サクラの天才的なチャクラコントロールセンスが為せる術であった。

 

 触手の槍と、岩の手。

 一本の槍とかした触手へ、岩の手は向かう。一つ、二つと撃破されても、次から次へと取り付いて、握り締め抑えつけ、その侵攻を阻む。

 

「―――く……っ!! まだ足りない!! ―――陰封印・解!!」

 

 サクラの額、白毫の印から黒い線が伸びる。

 数年間掛けてチャクラを額に集め、必要なときに開放し、自身にブーストを駆ける、綱手の編み出した奥義である。それを解放しなければ、食い止められない。

 つまりナルトの仙術チャクラと、通常時のサクラのチャクラを足してもまだ足りない、ということだ。仙術チャクラによって強化された土遁の壁の強度をも上回る、槍の破壊力。

 そして、陰封印を解放してもなお、止められる気がしなかった。

 

 ―――こいつ、強い。

 サクラの額に汗が滲む。

 

「サクラ……」

 

「大丈夫! ナルトは、ナルトのやるべきことを……っ!!」

 

「……おう!」

 

 サクラの苦し気な表情に、ナルトはさらにチャクラを回そうかと、心配げに声を掛ける。しかしサクラは心配は無用、と言ってのける。

 ナルトは頷き、一歩、二歩と前に出る。サスケもまた、それに続いた。

 

 ナルトが眼を細める。サスケが眼を赤く変貌させる。

 薄くなった土壁を、回転する槍が抉り取る様子と、それを阻止せんとする無数の手が、しかし一瞬で破壊されているのを感知した。

 

「もう持たない! お願い!!」

 

 サクラが悲鳴を上げる。

 サスケが、ナルトが、それぞれ凄まじい速さで、印を結んだ。そして、同時に、息を吸い込み、溜め、頬を膨らませたのち、唇をすぼませて―――吐き出した。

 

「―――火遁!」

 

「―――風遁!」

 

 土の壁が突破された瞬間、サクラは水の障壁を薄く展開し、自身とメイの周囲を覆った。

 

「「―――爆風乱舞!!」」

 

 ナルトの口から猛烈な突風が、サスケの口から膨大な火炎が吐き出された。

 二つは合わさり、さらに大きな火炎旋風へと成長し、触手の槍を呑み込んで、上空へと巻き上げながら、焼き尽くす。

 

「―――サスケ、そんなもんか!?」

 

「ナルトォ! 火傷しても知らねェぞォ!!」

 

 ナルトが煽るように笑った。

 サスケは獰猛に笑うと、さらに吐き出す炎の量を増大させる。

 にわかに、火炎旋風が爆発的に規模を増大させる。天すらも巻き込み、空を焼き尽くさんとする思えるほどに巨大に成長した火炎旋風は、しかしナルトの仙術により強化したチャクラコントロール技術により完璧に制御され、ナルトやサスケ、後方のメイやサクラには、一切の被害を与えない。

 天空へうねり舞い上がった火炎旋風が触手を焼き尽くしたのを感じたナルトは、風の方向を転換。前方の敵目掛けて、振り下ろした。火炎旋風が本来在りえざる軌道を描き、地面へと激突する。

 

 ―――やったか!?

 

 とは、誰も言わなかった。ナルトは仙術で、サスケは写輪眼で、サクラはその感知能力で、それぞれ敵の生存を把握していたからだ。

 

 爆炎の中から、まるで散歩でもするような足取りで、人影が近寄ってくる。

 

「……てめーが、角都ってやつかよ」

 

「いかにも」

 

 完全に姿を現した人影―――それは、角都その人だった。

 角都は、黒い長髪を後ろへ流し、大きな傷が目立つ額を晒している。上半身はタンクトップに灰色の外套の身を纏う。肩幅は広く、縫合痕だらけの褐色の腕は、丸太のように太かった。角都の背からは、黒い触手が蠢き出て、まるで羽のような形状を象っている。

 ナルトは角都のチャクラを感知、そしてその姿を注意深く観察し、目を細める。

 

「穢土転生、ってのじゃねーな」

 

「ああ。五代目から聞いた、穢土転生の特徴は見られない。間違いなく、生きてる」

 

「……」

 

 角都は黒い触手を伸ばし、離れた場所で浮遊する水球へと挿しこんだ。しかし反対側に突き抜けたのち、触手からチャクラが抜き取られる感覚を覚え、切り離す。

 

「ふむ……すぐに解くのは難しそうだ」

 

 つまらなさそうに水球を見ながら、角都が続ける。

 

「死なぬから、と敵を侮るな―――そう、日ごろから忠告しておいたはずだぞ、飛段。不死を排除する方法など、いくらでもあるというのに……。……さすがに死んだか?」

 

 角都の煽るような口ぶり。わずかに、水球が揺れたようにも見えた。

 角都は水球から視線を切ると、あざ笑うかのように目を細めてナルトたちを―――その額当てを見つめた。

 

「サスケ」

 

「やってる」

 

 ナルトが小さくサスケに声を掛ける。

 サスケは写輪眼を角都の目線に合わせ、幻術に落とそうとしているのだ。しかし角都は写輪眼の幻術を、蠅を振る掃うかのような容易さで解除してきている。

 サスケは小さく舌打ちをした。それを聞いて、愉快気に、角都が笑った。

 

「……写輪眼に火遁。土の壁に、仙術チャクラ。……そして、その額当て。思い出すな……。昔戦った(・・・・)木ノ葉の―――」

 

「お前が無様に負けた、五代目火影のことをか?」

 

 角都の言葉を遮って、サスケが嘲笑を浮かべて言い放った。

 角都は嘲笑を潜めて、苛立たし気に眉を寄せた。

 

「……小僧。口の利き方には気を付けろ。オレは、負けてない」

 

「負けただろ? そんで怖くて隠れてたんだよな?」

 

 間髪置かず、ナルトが言った。

 

「……」

 

 角都は静かに目を細めた。

 

「黙ってるってことは、図星ってこと? やっぱり負けたんじゃない。今更出て来て恥ずかしくないの?」

 

 後方から、サクラの声が飛んでくる。

 三人の露骨な挑発。それは、畳間からの指示だった。

 

 畳間は霧隠れに向かった者達に対し、もしも件の禁術使いが「角都」であるのならば、まずは怒らせて冷静さを奪え、と伝えている。

 畳間の知る角都は冷静で思慮深く、高い戦闘技術を持つ老練な忍者であった。しかし一方で、その沸点が低いため激怒しやすく、冷静さを欠きやすい、という弱点を知っている。

 

 当時の雲隠れ撤退戦での、千手畳間と角都の交戦。

 その結末を、畳間は覚えてはいないと、当時から皆に言っている。体力の限界を超えていたがゆえに、角都の奥義を耐え忍ぶ中で、ほとんど意識を失っていたのだと。

 しかし、畳間や三代目火影は、角都が死んだものと処理をした。それは、畳間が眼を覚ました時、あの戦いが起こった場所には、二代目火影の仁王立ちの遺体だけが残り、角都の姿は消えていた、という事実があったからだ。

 二代目火影が何故あの場にいたのか、その理由を誰も知らない(・・・・・・)。畳間と、そして居合わせたダイの二人ともに記憶の欠落が見られたがゆえに、二代目火影の死闘は、語られぬものとなった。

 

 ゆえにこれは畳間の憶測でしかないが、一つの仮説が立てられた。

 それは、畳間が角都に後れを取った後、二代目火影が駆けつけ、角都を始末してくれたのだ、というものだ。もしも、二代目火影すらも角都に敗北したとするならば、あの場にいた者達の心臓は、残らず抜き取られているはず。しかし生き残った畳間やダイは当然として、死亡していた二代目火影にも、その体中には無数の壮絶な傷、胸部には、鋭利で巨大な刃物のようなもので刺し貫かれて絶命した―――という痕跡は残っていたが、しかし心臓そのものは残されていた。

 

 二代目火影が敗北したのではないのなら、取り逃がすとは思えない。壮絶な傷を負っていながら、しかし畳間や三代目火影にそう思わせるだけの実力を、彼は有していた。

 仮に角都が生きているのなら、二代目火影を殺したと、早々に、悠々と畳間の前に姿を見せているだろうという確信もあった。

 

 だが、角都は生きていた。

 いかなる手段で生き残り、どのような理由で潜伏を選んでいたのかは定かではない。そもそも、二代目火影があの場にいた理由すら、判明していないのだ。畳間の尻拭い、という仮説は、あくまで仮説。角都と二代目火影が交戦していないという可能性すら十分にある。

 

 ―――であれば、二代目火影は一体何と戦い、壮絶な最期を遂げたのか。そして畳間は、霧隠れの里へ皆を送り出してから―――ようやく、真実に辿り着くこととなる。

 

 だが、霧隠れ解放部隊を送り出したときの畳間はまだ、そこにはたどり着けていない。

 しかし、一つの確信はあった。それは、『千手畳間に負けた』という言葉は、プライドの高い角都にとって、逆鱗になる、ということだ。だからこそ、畳間は霧隠れ解放部隊の皆に、当時の角都の戦法と共に、「とにかく煽れ」と伝えたのである。

 

 ―――乗って来た。

 

 角都は、若き日の五代目に敗北した。それで間違いないのだろう。

 角都から湧き出るチャクラと怒気の濃度が増えたことがその証左。

 ナルト達は挑発が成功したことを内心でほくそ笑み、同時に、少しの寒気を感じる。それだけ、角都のチャクラが強大だったのだ。

 角都は大きく息を吸うと、吐いた。気持ちを落ち着けているのだろう。

 

「少しは成長したのかよ? 趣味のわりィひじき野郎! さっさと海へお帰り? 家族が待ってるってばよ!!」

 

 冷静さなど取り戻させないとばかりの、ナルトの更なる煽り。

 さすがに、口の悪さなら右に出る者はいない。さすがだ、とサスケは内心で賞賛を送る。

 角都の片腕がぴくり、と動く。怒りで衝動的に暴れようとしたのだろうか。

 

「ぷるぷる震えちまって、哀れな奴だってばよ!! 海底でわかめと一緒にゆらゆら揺れてろタコ!」

 

「木ノ葉の忍者は本当に……オレをイラつかせるのが上手い」

 

 角都がゆらり、と動いた。

 ナルトとサスケが戦闘態勢に入る。

 

「一つ聞く。千手畳間はどこにいる? 来ているはずだ(・・・・・・・)

 

「教えるわけねーだろ! 聞いたら何でも教えてもらえると思うんじゃねーってばよ!! 土下座してオレの尻舐めるくらいしろ、バーカ!!」

 

 ナルトの暴言。

 角都が瞠目する。その眼は血走しり、額には野太い血管が浮かびあがった。

 

「―――死ね、木ノ葉!!」

 

 ナルトがクナイを構え、サスケが刀の鍔に手を添える。

 角都の言葉と共に、角都の背中の羽が破裂したかのように散開―――無数の触手が空を覆った。


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