綱手の兄貴は転生者   作:ポルポル

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競馬場に行ってました……


角都、という忍者

 空を覆いつくすだけの黒い触手の大群は、空中で急降下し、ナルトたちの頭上から降り注ぐ。

 

「「爆風乱舞!!」」

 

 サスケとナルトは再び、同時に性質の異なる術を発動させ、それらを合わせ一つとする。にわかに巨大な火炎旋風が巻き上がり、瞬く間に触手を焼き尽くし、消し炭へと変貌させる。

 

「おい、サスケ! なんか変だってばよ!」

 

「分かってる! だが、好都合だ!」

 

 ナルトとサスケは、互いに奇妙な違和感(・・・・・・)を抱きながら、しかしそれは現状メリットとして機能している。今は考えるのは後にしろと、サスケはナルトを押し留めた。

 目前には、第二波が迫っていた。

 二人は見事に呼吸を合わせ、爆炎の壁を造り待ち構え、時にはまるで鞭のように炎の竜巻を動かして、角都の触手を破壊した。

 爆風乱舞の威力は凄まじく、襲い来る角都の触手はナルトやサスケに届くことは決して無かったが、しかし二人もまたその場を動くことが出来ないでいる。

 

 怒りに支配されている角都の攻撃は精細さを欠いてはいるが、さすがに初代火影の時代を生きた歴戦の忍である。冷静さを取り戻しつつあるのか、あるいはその経験がさせているのか、蠢く触手たちは、炎の壁―――その弱点を理解しているようだった。それはすなわち、質量の差。凄まじい速度と威力を誇る触手たちを燃やし尽くすのが遅れれば、ナルトとサスケは為すすべなく貫かれ致命傷を負うことになる。

 

「―――埒が明かんな。もっとも、それ(・・)は既に経験済みだ。―――死ね」

 

 角都は過去に、触手の雨を防ぐ『面での防御』を使用する相手との戦いも経験している。そして、それを打ち破ったこともある。

 角都は自分の攻撃を防ぎ、いい気になっている(・・・・・・・・・)ナルトたちを見下すように、下劣な笑みを浮かべた。

 角都は触手の分散を止め、掌を上空へ向けて掲げた。蠢く触手は、角都の手を覆うように、ねじれ絡まり蠢き、合わさっていく。やがて角都の腕は、巨大な触手の槍へと変貌した。

 

「五代目みてェな技を使いやがって……っ!」

 

 気持ち悪い、と触手の不気味な動きに生理的嫌悪を感じ、口端を引くつかせるナルトの隣で、サスケが眉を寄せた。

 サスケは、自身の師である畳間の木槍に似た術を使用する角都に対し、嫌悪感をむき出しにする。思えば、触手の槍も、サスケの修業中の課題であった、『チキチキ樹林降誕☆地獄の千本槍回避』で畳間が使っていた術と似ている。

 サスケが、角都の攻撃に対し、咄嗟に火遁による面での迎撃を判断できたのも、その経験が大きかった。ナルトがサスケに合わせられたのは、ナルトもまたサスケに勝るとも劣らない修業と経験を積んだがゆえだろう。

 

(もっとも、オレ達のコンビネーションが抜群ということもあるだろうが……)

 

 サスケが内心で、完全に無自覚に惚けて見せる。

 離れ離れになっていた二年と少し。決して遊んでいたわけではない。ほとんどの時間を里で過ごしたサスケとて、その実戦経験はナルトや、少しばかり里を出ていたサクラに劣るものでは無い。それだけ、修業がきつかった。何度死ぬと思ったか分からないし、実際死に掛けたこともある。

 それは綱手に弟子入りしていたサクラも同様だったようで、よく互いに課されている修業を聞いて、ドン引きし合った。こいつよりオレの方がマシだな、と下を見合って安心し、自分を慰めた回数など数えられない。

 

 二人にとっては、時折、綱手や畳間が仕事で修業を付けられない時にだけ、代理で稽古を付けてくれたアカリこそが癒し枠だった。アカリは普段の言動からは考えられないほど教えることが上手く、特にチャクラコントロールの基礎の底上げに関しては、天才肌の綱手や、そもそも繊細なコントロールを苦手とし影分身でゴリ押してきた畳間にはない、理論的な説明があった。

 二人で苦労話を肴に茶をするときに、アカリに稽古を付けて貰った、という話題は、二人にとってはステータスであり、聞かされた側にとっては羨望を抱くことであった。そんなわけで、千手兄妹に弟子入りしているという共通の苦労から、サクラとの距離はぐっと縮まっていると感じているサスケである。

 

 ―――すなわち。

 

 角都が触手の槍を振り下ろす。それはあまりにも大きく、完全に地面と平行になったときには、サクラ達にまで届くだろう長さであった。

 正面に展開していた火炎の壁では、頭上から振り下ろされる長く太い『棒』を止めることは出来ない。質量が違い過ぎる。

 

「やべェぞサスケ! オレの大玉螺旋丸じゃねーと―――」

 

 ナルトが焦ったように言った。今のままではあれを防ぐことは出来ない。しかし、仙法により威力を上げた螺旋丸であれば、対処は可能である。そう感じたナルトはサスケにそのことを伝え、術を解こうとする。だが―――。

 

このまま(・・・・)だ!」

 

 それを察したサスケが、叩きつけるように言った。

 ナルトが困惑を表情に浮かべるのを感じながら、サスケは声を潜め、端的に意図を伝える。

 

合図(・・)がある。オレ達は奴の隙を突く」

 

「合図? ……分かんねェけど、合わせりゃいいんだな」

 

 よく分かっていないが、しかし納得はした。

 そんな様子のナルトを見て、サスケは正直、少しばかり腹立たしさを覚えた。

 サスケにとって、角都が生み出したあの巨大な柱は、対処が非常に難しい攻撃である。サスケでは、あれを避けることは出来ても、迎撃することは出来ない。雷遁という長所を伸ばしたサスケの戦闘スタイルは、先生であるカカシのそれを肖ったものであり、師となった畳間も、カカシの戦闘スタイルを取り入れて、サスケを指導して来た。そしてその戦闘スタイルは、源流を遡れば、木ノ葉の白い牙と謳われたはたけサクモや、四代目火影波風ミナトを経由し、二代目火影千手扉間のそれに辿り着く。

 

 千手扉間の戦闘スタイルには、弱点と言う弱点は無く、おおよそすべての敵に対して優位に立ちまわることが出来る。速さこそ正義である。もっとも、彼には忍界最速と謳われた足に加えて、五大属性すべてを扱う卓越した忍術の才能もあった。ゆえに、その模倣が最優とはまでは一概には言い切れないが、彼の戦闘スタイルを継承し、その立ち回りを実践することが出来れば、おおよそすべての者が並み以上の実力を手にすることが出来るだろう。千手扉間と言う忍者の戦闘スタイルは、超高度に極められ、一見すると異次元の技術に見えるが、どこまでいっても忍者の戦闘の基本。―――その基礎(・・)でしかないからだ。速やかに、的確に、急所を突いて敵を打つ。敵の弱点を分析し、己の持つ手札で正確にそれを突く。本当に、基本的な教えである。

 彼はマダラや柱間と言う化け物に比べると、あまりに平凡だった。写輪眼も無く、木遁も無い。ゆえにこそ、誰もが持ち得る基礎を極め、そしてそれを応用し、発展させていった。彼が生み出した数々の技術、その土台には、必ず極められた基礎があった。

 

 二代目火影の理論は、徹底的なまでの、基礎の錬磨。

 ゆえにこそ、彼は笑った。

 千手扉間、生涯最後の戦い。里を脅かす、忍界最大の闇との決戦。未来への種を守る、語られぬ死闘。求められたのは勝利ではなく、時間。試されたのは力ではなく、信念。己が世を去り、未曽有の洪水に晒されるであろう種たちが育つまでの、あまりに不安定で暗雲立ち込める未来―――その先を信じ、己が道を貫き通す意志。忍び耐える心。

 

 あのとき、千手扉間が守ったのは、千手畳間と言う可能性だけではない。巨大な闇を正面から受け止めた、傷だらけの身体。しかしてその大きな背の向こう側にあったのは、火影としての自分(・・・・・・・・)の、火の意志。その幼芽―――マイト・ダイ。

 確かに、その根本は、里を思い仲間を慕う、千手柱間の火の意志だった。しかし、それだけでも(・・・・・・)なかった。

 理性と根性。技術と力。それは誰もが持ち得る基礎であり、しかして彼らが求めたのは、その究極。方向性は違えども、そこには確かに、千手扉間の火の意志(・・・・・・・・・)が、あった。

 忍びの生き様は、死に様で決まる。ダイは死の直前まで、扉間の生き様を思い出すことは出来なかったが、しかしその心には、確かにその背が刻まれていた。そして二代目火影の火の意志は、ダイからガイへ受け継がれ、ガイからカカシへと伝播し、扉間が危険視していたうちは一族の、純粋な子供へと受け継がれた。

 千手畳間は、扉間よりすべてを叩き込まれた内弟子であり、扉間にとっても特別な存在であったが、しかしその戦闘スタイルは才能に依るところが大きい。千手畳間という小僧は、どこまでいこうとも、祖父が大好きな生意気な弟子だった。

 

 ―――畳間が八門遁甲を持ち出した理由が分かったわ。

 

 だからこそ扉間はかつて、己が火の意志を宿す新たな若葉へと、ニヒルに笑って見せたのである。

 

 しかし、そんな扉間にも、唯一と言っていい弱点、苦手分野がある。それこそが、千手柱間。というよりも、圧倒的な質量勝負。樹海降誕程度ならば火遁や水断波で薙ぎ払ってくれようが、真数千手は無理である。

 つまり何が言いたいかと言えば、間接的にその戦闘スタイルを受け継ぎ、しかして残念ながらその源流には未だ到底及ばないサスケに、あの触手の棒を迎撃する術はないということである。

 だからこそサスケはナルトへ苛立ちと尊敬が入り混じった複雑な感情を抱く。

 

 なぜならば、ナルトにとって、それはさほど難しい課題では無いからだ。

 触手に依る面での攻撃も、ナルト一人ならば大玉螺旋丸を前方に突き出すか、あるいは影分身で一斉起爆するなりすれば、容易に対処できる攻撃でしかない。

 そしてサスケには対処しきれない、角都のこの質量攻撃も、ナルトには正面から迎撃する術がある。今更醜い嫉妬を抱くほどサスケは子供ではない。畳間という現在における忍界最強の化け物に全力でしごかれてきたので、ナルトがどれだけ強くとも、「言うて五代目より弱いやろ」で納得できる。サスケが目指すのはナルトではない。ナルトは確かに越えるべきライバルではあるが、サスケの到達点は火影の先にある。

 いや、やはりちょっとばかり妬ましい気持ちはある。しかし「己を見つめ、冷静に己を知れ」という有難い教えが、サスケにはある。

 軸はブラさない。嫉妬も怒りも憎しみも、抱きやすいらしい自分だからこそ、「目標」を常に見据え続ける。うちはサスケは忍者だ。そして忍者とは、「目標」のために忍び耐える者を指す。尊敬する兄―――は五代目火影の襲名演説より肖っている―――が言っていたので、サスケはそれをよく守った。

 だからこそ、少しばかりの羨望を抱きつつも、サスケは冷静に思考した。

 

 ―――天才。

 

 その言葉はきっと、こいつ(ナルト)にこそふさわしいのだろう。

 環境が良かった、と言うのは確かにある。実父が四代目火影。養父は五代目火影。優秀なくノ一であった養母に、今世代最強と謳われる『瞬身』のシスイを始めとした、多種多様な才能を誇る義兄弟たち。しかもサスケは知っているのか知らないのか、チャクラの塊たる九尾を、ナルトは宿しているのである。

 

 そして師は『教授(プロフェッサー)』三代目火影の弟子であり、『黄色い閃光』と謳われた四代目火影を育て上げた指導のスペシャリスト、自身も『木ノ葉の三仙』と謳われる、仙術のプロフェッショナルにして忍術の宝庫、自来也。五代目火影に次ぐ生きる伝説である。里に定着しない風来坊であり、風の向くまま気の向くまま、何にも縛られずに生きる彼は、スケベなことを除けば―――実は若い世代にはあまり知られていない―――まさに仙人のようであり、そんな彼に憧れる者も少なくない。

 

 極めつけに、そんな彼らの持つ有効な技術を効率的かつ迅速に、そして問答無用で吸収できる、影分身と言う修業チートを持つ。そんなナルトが、伸びないわけがない。

 

 ―――ズル過ぎる……。

 

 うちは一族の本家の出であるサスケが霞むほどの恵まれ具合である。

 

 ―――なんだこいつ。なにかの主人公か?

 

 普段が馬鹿なウスラトンカチだから相殺されてマイナスになっているが、もしこれでクール系の気障な嫌味野郎(・・・・・・・・・・・・)だったら、蹴りでも入れていたところである。

 

 ―――いかんいかん。

 

 早速ブレそうになったサスケは、己を叱咤する。

 結局この二年でも、差が縮まり切ったとは思えない。未だ約束の戦いはしていないが、それでも、少し手合わせをして、今肩を並べているナルトは、現状のサスケにとって最高の武器である『速度』すら、捉えてしまうだろう。それだけの力を、ナルトからは感じる。

 実際、仙術による感知能力は強大だ。里から離れた場所から、里内部の人間の居場所や動きを察知でき、近距離であれば思考を読み取っているのか、あるいは未来が見えているのかと思えるほどの危機察知能力を誇る―――?

 

 ―――いやいやいや。なんだよそれおかしいだろ。

 

 と思わないでもないサスケである。

 しかしだからこそ、サスケにあって、ナルトには無い武器もある。注目するのは長所だ。

 

 持ち味を活かせ、とガイ先生も言っていたので、間違いない。サスケは内心で頷く。

 サスケはナルトに分かる様に、ちらと、視線を後方に送る。

 

「そういうことか。分かったってばよ」

 

 ナルトは理解したと、表情を引き締めた。

 たったこれだけの所作で理解してくれるナルトが嬉しく、同時に腹立たしい。そして、通じ合っているという高揚感を抱く。

 

「行くぞナルトォ!!」

 

「応!!」

 

 ―――業、と炎がうねりを上げた。

 

 ナルトとサスケはブーストを掛けて火炎旋風の威力を一瞬だけ限界まであげ、そして射程を伸ばした。まるで龍のような姿となった火炎旋風は角都へ向かって突き進む。

 角都はもう片方の手を前方へ向けて突き出し、触手によって楕円の盾を作り出し、炎の龍をいなし、火炎を分散させた。

 

「―――無駄なことを」

 

 炎と触手の盾により、角都の視界が塞がり、角都までの道が開く。

 そして、触手の柱が振り下ろされ―――女の雄たけびが轟いた。

 

「しゃああああんなろおおおおおおお!!」

 

 ―――後方。雄たけびをあげて飛び上がった桃色の女―――春野サクラは、その細腕を触手の柱に向けて、力いっぱい振り抜いた。いくつもの触手によって形成された柱は常に蠢き、はち切れんばかりに膨れ上がった怒張(・・)、何かの暗喩のようであり、サスケとナルトは内心ではあんまり素手で触りたくないな、と思っていたのだが、サクラは一切尻込みせず、それどころか親の仇を討たんばかりの形相で殴り飛ばした。何かを見せつけられて恐怖や嫌悪感よりも先に、条件反射的に拳を出す乙女の激昂のようである。

 

 振り下ろされた触手の棒と、サクラの細腕――その拳は激突し、まるで金属と金属をぶつけ合ったときのような、高音が響き、直後、サクラに殴られた箇所が爆発したかのように四散し、同時に、角都の身体がよろめいた。

 

「な、に―――!?」

 

 角都が心の底から驚愕の声を漏らした。現状を理解できていない、と言った様子だ。確かに、サクラの怪力は角都も目の当たりにしている。だが、この土壇場で、前に出ているナルトやサスケより先に行動し、迎撃に出るとは思いもしなかった。そして思った以上に、腕から伝わる衝撃が大きい。

 サクラの拳から血が滲んでおり、腕を痛めたのか、その表情を顰めているところから、サクラも渾身の一撃を放ったことは想像に難くなく、だからこそ角都はさらに困惑を強めた。その一撃は、準備していなければ(・・・・・・・・・)放つことは出来ない。であれば、サクラの攻撃は、突発的なそれでは無いということだ。

 

 ―――計算通り。

 

 サスケはほくそ笑んだ。

 サクラはサスケから、畳間からの修業内容のすべてを愚痴と言う形で聞かされている。地獄の槍千本を克服した後に行われた、『木人落とし』の愚痴も、当然聞いている。仏像が降ってくるのを迎撃する修業である。当然、避けることは許されない。仏像は押しつぶされる直前で飛雷神の術によって消えるが、それが一瞬でも遅れれば圧死する恐怖の修業。

 サスケは得意とする性質変化が雷と火ゆえに、この修業には未だ苦戦している身である。

 だが、サクラはその修行を聞いたとき、『私ならばこうする』という策を考えていた。

 

 ―――すなわち、パワー勝負。

 

 地面を割り、岩石を破壊し、鉄を凹ませるサクラの拳は、まさに一撃必殺。その一撃は控えめに言って、直撃すれば畳間とて無事では済まない。しかしそれは直撃すれば、の話であり、高速戦闘が主となる高レベルの忍者同士の戦いにおいて、並以上程度の速度しか出せないサクラでは、その威力を活かすことは難しい。当たらなければどうということはないのだ。

 だからこそ、当てる方法を考えていた。

 サクラは、参戦するにあたって、角都の戦闘スタイルのすべてを聞いている。面の攻撃を防げば、必ず一点突破を狙ってくる、ということも。

 角都はかつて、面での防御を扱う相手と戦ったことがある。その攻略法も知っている。

 だが同時に、面での攻撃をしてくる相手と戦ったことがあり、それを破るために角都がどのような行動を取るのか、すべてを知っている者(・・・・・・・・・・)が、木ノ葉にはいた。サクラ、サスケ、ナルトの三人は、受け継いだチャクラによりブーストを掛けた当時のその人に未だ及ばないかもしれない。だが、彼らは『第七班』だ。三人で、一つ。たった一人で戦うこと(孤独な戦い)を余儀なくされた、あるいはそれを無意識に選んだ彼とは違う。

 サスケは仲間を信じ頼る強さを持ち、束ねた力の強さを知っている。一人で出来ないこと(・・・・・・・・・)は、仲間を頼ればいいのだから。それこそが、己を見つめたサスケが気づいた、本当の強さ(・・・・・)

 

 ゆえに、動けないサスケとナルト、お荷物(・・・)である後方のメイと、それを守るサクラ。足手纏いに、三匹の羽虫。

 角都には絶好のお楽しみタイム(・・・・・・・)だっただろう。だからこそ余裕綽々に、鬱憤を晴らさんと、四人をスローモーションで圧し潰そうとした。

 その油断は、サクラの渾身の一撃を当てる隙となる。

 そして角都は、メイを含めても、サスケとサクラにとっては格上の相手。五代目火影を一度殺し、瀕死の重傷を負わせた怪物。油断など、ありはしなかった。二人は最初からずっと、付け入る隙を探していたのだ。

 

 ―――そして、赤い閃光が動く。

 

 高速移動によって捉えられないその動きを見る者は、赤い一閃を目に焼き付ける。それは、うちは一族が血継限界。

 

 ―――写輪眼。その軌跡。

 

「―――雷遁・瞬身。千鳥切り」

 

 轟いた雷鳴の直後。

 角都は、己の少し後方に、音を聞いた。そして、軽くなった体に、違和感を持つ。

 そう、軽くなったのだ。体が。

 サクラに殴り飛ばされた腕の重さ。その衝撃に体を引かれ、角都はその腕を大きく広げながら、体を傾けていた。あまりの衝撃から、腕に引きずられるように、角都の足は地面から離れ、身体は僅かに浮いていた。

 それだけの重さと、感じていた衝撃が、ふいに無くなった。

 

「なにィ!?」

 

 ―――腕を斬り飛ばされていた。

 

 一瞬だった。音を置き去りにしたサスケの瞬身と神速の斬撃は、角都に感覚すら与えず、その腕を斬り飛ばした。

 角都の身体は、腕を切り離される前と後で、位置が変わっていない。わずかに宙に浮いたままだ。サスケは角都の身体に一切の負荷を掛けることなく、その腕を切り離したということだ。凄まじい速度と斬れ味である。

 

「貴様ァあああ、あ―――?」

 

 角都の口からは怒声が、肩からは、切り離された腕を繋ぎ戻そうと触手が伸び―――ない。再生が出来ない。

 

 ―――何故……っ!?

 

 角都の足が、地面に着いた。

 

 ―――……っ!?

 

 角都の口からは、小さく違和感の吐息が漏れる。また、体が軽くなった。同時に、体ががくり、と崩れ落ちるように、地面へと落ちていく。

 

 ―――両ひざから下が、斬り離されていた。

 

「は、や―――」

 

 気づけば、サスケの気配は既に後方に無かった。

 角都はすぐさま腕と足の再生、再接続をせんと触手を伸ば―――せない。

 

「―――雷遁かッ!?」

 

 角都がようやく、状況を理解する。

 サスケによって切り裂かれた腕と両足の傷口は雷遁を帯び、触手の発生を阻害していた。

 それはサスケが畳間の木遁を相手にするときに必死に身に着けた再生阻害の呪詛。怨念と言っても良い。そうしなければ攻撃も修業も終わらなかったから。

 

(こいつ、戦い慣れて(・・・・・)いる……ッ!? それも、同タイプ(・・・・)の忍者と……ッ!!)

 

 それに気づいた角都は風のチャクラを練り、雷遁を帯びた傷口を切り飛ばし、すぐさま再生と再接続を始める。 しかし、まずい、と角都が思った時には、もはやすべてが―――。

 

「―――もう遅い」

 

 冷たい声音。

 

 ―――赤い閃光。雷鳴の轟。

 

 そして、小さな黒い球体が宙を舞う。

 

「―――うちはァァああああああ!!」

 

 ―――胴体から泣き別れた角都の頭部が、中空で怨嗟の怒号を放つ。

 

 奇しくも、角都と畳間。片や偶然に、片や深愛を持って千手柱間から力を受け継いだ二人の忍者は、その戦闘スタイルが似通っていた。ゆえにサスケにとって角都と言う忍者―――その戦法は、脅威ではない。

 

 胴体と泣き別れした角都の頭部は、憤怒とも驚愕ともつかない表情を浮かべている。

 しかし、さすがに首の修復力は並ではないようである。残された胴体はサスケの雷遁をねじ伏せて、首の切断面からは触手の束が、頭部を求め凄まじい速さで伸びる。

 しかし、サスケは断末魔の叫び、あるいは必死に生きようとする生物の最後の足掻きすら許すことはしなかったし、それもまた予想していた。なぜなら、似たような動きをするもの(・・・・・・・・・・・・)を見たことがあったからだ。

 だからこそサスケは迅速に処理をする。

 地を蹴りつけ、跳躍。空中で身を捻り、足を大きく振り抜いた。

 

「雷遁・木ノ葉旋風!!」

 

 ―――角都が最期に見たものは、凄まじい勢いで接近する、踵。

 

 結果―――雷を纏い加速したサスケの回し蹴りが、力なく宙に浮く角都の頭部を蹴り飛ばし。トマトが勢いよくつぶれるような破裂音を立てて、角都の頭部だったものは破裂し、遠くへと蹴り飛ばされた。

 

 しかし、それでは終わらなかった。頭部を求めて蠢いていた角都の触手は、激昂したかのようにその進路を変えて、サスケに襲い掛かった。

 それを見たサスケは少しばかりの嫌悪感を抱く。

 

(これで死なないのか……。まさに化物だな……)

 

 辟易としたサスケは、しかし臆することはない。空中で、刀を器用に操ると、その刃を縦横無尽に振り回し、襲い来る触手のすべてを切り落とし、捌き切れないと知るや、紫電を以て撃ち落とす。

 そうして無事に着地したサスケは、再度足にチャクラを込め、解き放った。狙うは、頭部を失い、醜く足掻く胴体。

 

「―――雷遁瞬身・千鳥切り」

 

 雷鳴が轟くと同時に、電光が駆け抜けた。

 角都の身体が上下に裂ける。しかし、それでも終わらなかった。

 切り裂かれた胴体の切断面からは、無数の触手が弾けるように噴き出した。再生に全力を傾けているのだろう。サスケの雷遁を凌駕した、凄まじい速さである。

 頭部を失い、尚も何を足掻くのか。

 不死身の化け物の気持ちなどサスケにはまるで分らないが、やるべきことは一つ。

 

(―――心臓)

 

 頭部を潰し、胴体を切り裂いてなお、怯む様子はない角都の身体。であればやはり、心臓をすべて破壊するのみ。

 サスケが写輪眼に大量のチャクラを注ぎ込む。容量を超え、血涙が流れても構わない。触手で守られ発見しづらい角都の心臓を見抜き―――。

 雷鳴と共に、赤い閃光が駆ける。

 

「一つ」

 

 サスケの刀が正確に角都の心臓を貫いた。そして、引き抜く。サスケはその際に柄を持つ手を捻じった。引き抜きざまに、角都の内部を破壊する。意味があるかは分からないが、やらないよりはいいだろうという判断であり、条件反射的に出た、師に叩き込まれた動きであった。

 

「二つ」

 

 引き抜いた刀を再び別の心臓に突き刺し、引き抜く。やはりその際は刀を動かし、引き抜きがてら、内部を破壊した。

 

「三つ」

 

 三つの心臓を破壊した。

 これで左半身にあった心臓は全滅したこととなる。

 左半身の動きがにわかに停止すると同時、右半身が逃走の動きを見せた。

 角都の右半身は、その体中から触手を吐き出して、その身を触手の針山へと変貌させた。これでサスケは近づけない。接近戦を拒む、剣山の防御壁。

 ゆえにサスケは瞬身で速やかに後方へ跳躍し―――。

 

「―――仙法・大玉螺旋丸」

 

 直後、角都の身体は巨大なチャクラの球体に圧し潰され、サスケの視界から消えた。

 角都の身体は、上空から叩きつけられた超高密度に圧縮されたチャクラの塊に為すすべなく圧し潰され、そしてその回転に巻き込まれ、摺りつぶされる。

 サスケに遅れて到着したナルトの螺旋丸であった。

 少しして、螺旋丸が消えた時、その場には、平らにねじ伏せられた黒い何かが残るだけとなった。

 

 ―――静寂。

 

「……終わったか」

 

 戦いの終わりを悟り、納刀したサスケは、仙人モードを解除したナルトの下へ近づいて行く。

 同時に、ふう、と息を吐いたナルトが立ち上がり、小さく笑ってサスケを出迎える。

 

「お前速すぎだってばよ」

 

「良いタイミングだった」

 

 サスケとナルトは笑い合い、拳をこつんとぶつけ合った。

 サスケが先の先で翻弄し、動きを止めた相手を、後続の仲間が超火力で圧し潰す。それが第七班のチームワーク、といったところか。

 

「ふう……」

 

 ナルトが仙人モードを解除する。

 チャクラの消耗は激しいが、それ以外は万全の状態で、暁を撃破した。メイが封じた飛段を入れれば、暁を二人、この戦争序盤で片付けたことになる。

 

「さて―――」

 

 と、サスケがサクラの方へ視線を向けた時、ぞくり、とサスケの背筋を寒気が走る。それに気づけたのは、畳間の修業で叩き込まれた危機察知能力と、経験がゆえだった。

 

 居合抜き。

 振り返り様、瞬時に刀を振り抜いたサスケは、自身の刀が、黒い触手を切り裂いたことを理解し、戦慄する。

 

「ナルト!!」

 

「多重影分身の術!!」

 

 サスケとナルトの周囲を、多数の影分身が覆った。数体の影分身が戦線を離脱する。仙術チャクラを練るため、静かな場所に離れたのである。

 

「心臓は確かに破壊したはずだ!」

 

「残りは螺旋丸で圧し潰したってばよ!?」

 

 困惑と、僅かな焦燥が二人から零れる。

 離れた場所にいるサクラも異常を察知したのか、警戒態勢を敷きなおしているようだ。

 

「下だ!」

 

 サスケの写輪眼が地面の下の異常に気づく。

 感知能力を持たないナルトは、サスケの言葉を信じ、上空へと飛ぶ。

 

「なにィ!?」

 

 凄まじい勢いで、触手の槍が迫ってくる。

 ナルトは空中で影分身を作り出し、本体を投げ飛ばしてそれを回避する。影分身が貫かれ消える。

 

「ッ―――!?」

 

 一方、サスケは後方へ跳躍し、地面を抉り出て来た触手の剣山を避けるが、それは急激に角度を変えて、サスケを追い駆けて迫ってくる。

 このタイプの攻撃は斬っても意味がないことを知っているサスケは、駆けながら、写輪眼を左右上下に動かして、本体を探し始めた。

 

(地面の下!)

 

 ナルトの螺旋丸を、地面を潜り回避したのだろうか。いや、そんな余裕はなかったはず。あの時角都には精密な思考をする脳は無かった。心臓は確かに5つしか感知できなかった。

 

(だとしたら。こいつは最初から、地面の下にいた―――! 戦っていたのは分身……ッ!? なんて精巧な―――)

 

 しかし何故だ、とサスケは思考する。角都は第一次忍界大戦すら知る古豪。一方でサスケたちは若く、実績も無い、無名のチーム。

 侮られて然るべきであり、だからこそジャイアントキリングの余地も大いにある。もともと古豪たちにも引けを取らない強さを持ち、さらに最初からその強さを十全に発揮し、油断なく迅速に敵を排する第七班と、無名の小僧たちと侮る古豪たち。どちらが勝つかなど火を見るよりも明らかだ。

 だからこそカカシは、その強さに反してあまりに無名な第七班を、『暁』の相手に命じたのだ。

 実際に、第七班を見下した態度を見せていた。作戦は嵌まっていた。角都には、第七班を警戒する理由など―――そして、気づく。サスケの背筋に寒気が走る。

 

(―――仙術だ)

 

 仙人モードだ。

 

 こいつは、角都は―――!

 

 うずまきナルトを―――さらに言えば、仙人モードの危険性を知っていたのだ。

 だから角都はナルトの存在を知ってチャクラを消し、気配を殺し、地に潜み、”今”を待った。うずまきナルトという若き仙人が、仙人モードを終える、『この今』を。

 

 ―――まずい。まずいまずいまずい!!

 

(奴の狙いは―――)

 

 それはサスケがナルトを人一倍意識しているがゆえに気づけたことだった。ナルトとの戦いを、夢見なかった日は無い。サスケにとってナルトは、親友であり、絶対に越えるべきライバルだ。ナルトが仙術を使えると知ったときから、どのような術なのか、どのような性質を持つのか、そしてその攻略法を考えて来た。

 だからこそサスケには、うずまきナルトと言う若き仙人と敵対した時の危険性を十分に理解している。第七班で最も危険な忍びは誰か。最も厄介な忍びは誰か。

 

 最速のサスケか? 

 

 それとも。

 

 怪力と医療忍術を扱うサクラか?

 

 ―――違う。第七班と敵対した時に、一番最初に、かつ確実に『殺す』べきは―――。

 

「―――ナルトォ! 逃げろ!! 奴の狙いはお前だ!!」

 

 ―――若き仙人。うずまきナルト。

 

(離される! こいつ―――ッ!)

 

 サスケの考えを察知しているのか、地面から飛び出してくる触手は徐々に増え、サスケの進行を制限し、その動きを阻害している。不意を突かれたがゆえに逃走の体勢が整わないサスケには、大声を出すだけの余裕がない。

 ナルトは大量の影分身を爆破しながら逃走しているが、あれではいくらナルトが膨大なチャクラを持つと言っても、限界はある。その限界を迎える前に仙人モードに再び入れるのかどうか―――サスケには分からないが、それを待つのは分の悪い賭けだろう。

 

(せめて本体を引きずり出し、オレに釘付けに出来れば―――)

 

 場所は分かった。写輪眼が、地中の違和感を察している。動き出したがゆえに、チャクラの色が見える。そのありかが分かる。

 だが、引きずり出す火力が無い。ならば唯一、地面を破壊し、中に潜む者を引きずり出す力を持つ者にこの情報を。

 

「サ―――」

 

 クラ、と続けようとした言葉は、巨大な触手の蠢き、その地鳴りによって掻き消される。

 

(こいつ……ッ!!)

 

 サスケが歯噛みする。もどかしさと怒り、悔しさと焦りを抱く。

 

(これが、角都(・・)!!)

 

 将棋における、最強の駒の一つたる、『角』を名に冠する者。

 

 第七班は強い。並みの忍者には負けないポテンシャルは秘めているし、暁とて、下位層相手ならば勝利できるほどの強さは充分に持っている。

 

 だが、長所と弱点は表裏一体である。

 若さゆえの熱さ。青春の力は、仲間との結束、合わせた力を何倍にも引き出し、その力はともすれば、影にすら届くかもしれない。

 

 ―――だが、彼らは若かった。

 

 周囲への警戒を解かなかったのは、確かに偉かっただろう。再開された攻撃にすぐさま対応出来た戦闘技術も素晴らしいものがある。本来ならば―――例え赤砂のサソリや、怪人鬼鮫であっても、きっと先ほどの第七班であれば、勝利を納めたに違いない。

 

 ―――だが。

 

 相手は、『角都』だった。暁において、頭目たる者を抑えて、最強の名を冠する者だった。

 

 これは、若い彼らに求めるには、酷というものかもしれない。

 だが、ナルトは、仙人モードを解くべきでは無かった。多少負担となってでも、他の仲間と合流するまでは、維持し続けるべきだった。であれば、潜む角都を引きずり出し、戦いの舞台に立たせ、連携を以て対等に渡り合えたかもしれない。

 サスケは納刀すべきでは無かった。刀を握ったままであれば、最初の攻撃により速やかに対応でき、結果、ナルトと分断されることも、ナルトを孤立させることも無かったかもしれない。

 そして二人は、すぐにサクラの下に合流すべきだったのだ。

 

 ここは戦場だ。戦争の場だ。仲間同士でじゃれ合う余裕など、本来あるはずが無かったのに。

 

「ナルトォ!!」

 

 地面から、無数の触手が次々と追加され、やがて一本の槍へと変わる。

 サスケは未だ体勢を整えられず、サクラは角都の意図に気づけない。

 

 そして―――冷たい針(・・・・)が雨のように降り注ぎ。大地を―――濡らした。

 


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