綱手の兄貴は転生者   作:ポルポル

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第七班で一番やべェ奴

 地面を苗床として蠢く無数の触手たちは、さながら揺蕩うイソギンチャクのようである。

 常のナルトであればそのように角都を侮辱して、隙を生み出そうとしただろう。

 2年と少し前のことだ。ナルトに封印されている九尾を狙ったウラシキなる者との戦いの折、ナルトの罵詈雑言は的確にウラシキの逆鱗を殴りつけ、木ノ葉の精鋭部隊が付け入る隙を生み出した。

 

 かつての戦いにおいて畳間は、五代目火影として全力を以て戦った。

 里を、そして里の未来(ナルト)を守るため、その体力・気力のすべてを使い果たすだけのチャクラを込めて放った、『仙法 木遁・真数千手』。戦いの後、静養を余儀なくされるほどに、畳間はあの一撃に、全力を注ぎこんだのだ。しかしウラシキはそれを、半壊にまで追い込んだ。

 

 五代目火影千手畳間は、ウラシキのことをこう振り返る。

 

 ―――奴は……初代火影千手柱間に匹敵するか、あるいは初代を超えるだけの力“は”持っていた。

 

 もしも最初にナルトが攫われた際に、ウラシキが万全の体勢であったのなら。木ノ葉隠れの里への警戒を最大限にまで高めていたとすれば。目障りな障害を排除することを最優先にしていたとすれば。最初からあの形態となっていたとしたら。

 ウラシキはきっと、木ノ葉隠れの里を消滅させていた。

 畳間たち木ノ葉上層部は不審者の出現に警戒こそすれ、その全容を何一つ把握できていない状態だった。事情を知る、サスケ(サラダ)はチャクラが回復しておらず、よくて準影クラス程度の実力しか発揮できない状態で、ボルトは論外の実力。

 

 いくら畳間とて、何も分からない状態で、突如として前触れもなく、里の中央で、超広範囲かつ超威力の術を放たれては、すべてを救う術はない。辛うじて出来ることといえれば、己の命と引き換えに、それを『飛ばす』ことくらいだっただろう。

 

 ゆえにウラシキがもしも、ナルトを手中に収めた時点で上空へ飛び去り、直後にあの術を里へ向けて放っていたとすれば。あの時点の木ノ葉隠れの里に為すすべはなく、きっと今現在、木ノ葉隠れの里は地図から消えていた。

 奴にはそれだけの力があったし、木ノ葉隠れの里は、奴にとってそうするだけの脅威を秘めていた。

 

 それを活かさせなかったのは、屈辱を味わわされた畳間へ警戒を抱いていながら、しかし己の力に慢心し、畳間を自分の手で嬲り殺すことに固執し、本来の目的を見失ったウラシキの精神的な未熟であり、ナルトの功績でもある。

 二度目の邂逅にして、決戦となった平野の戦いにおいて、ウラシキの冷静さを奪い、逃亡を選択肢から排させたナルトの煽りは、大きな功績である。畳間やカカシ、自来也はそのようにナルトを褒めたし、ナルトは素直さを以てそれを受け入れた。

 

 結果―――ナルトはその成功体験から、戦闘の際、敵対する者を煽り散らし、激昂させて冷静さを奪うという戦法を好むようになった。今回の敵である角都が、煽りに弱いという情報を畳間から聞いており、まさに自分が戦うに打ってつけの相手だと、ナルトは思った。

 小説や漫画を読んで、煽り文句を色々と勉強した。旅の道中では自来也から、里に戻ってからはサスケやカカシから、その意地悪さが普段の言動に滲み出てしまっていることを注意される程度には、ナルトの戦闘スタイルとして定着していた。

 

 言葉に精神が引きずられているのか、少しばかり、敵を侮る悪い癖がついてしまっていることも注意は受けているが、しかし今回は一切油断はしていなかった。角都という忍者の危険性は、畳間より強く聞かされていた。ゆえにこそ、角都がその全力を出せないままに討ち取ることに全力を傾けた。今回はサスケを中心としてチームワークを発揮し、角都を見事討ち取って見せた。

 戦いの流れに問題は無かった。サクラと言う札を隠し、敵を油断させ、その慢心が頂点に達した時に、全力の総攻撃を叩き込んだ。

 間違いはなかった。ただ、知らなかっただけだ。戦争と言うものがどういうものなのか。老練の忍びというものが、どれほど厄介な存在なのかと言うことを、知らなかっただけなのだ。

 

 ナルトが最強と慕い、敬う五代目火影。悪友のような距離感で、しかし祖父のような敬愛を向けている自来也。

 

 ナルトは真の意味では理解出来ていなかった。

 角都と言う忍者が、ナルトが慕う偉大な二人の忍者よりも、古い時代から生きている怪物だということを。

 

 あるいは―――。

 角都と言う忍者の知る『敗北』が、単純なものであればよかった。千手柱間やうちはマダラのような―――圧倒的な暴力による、理不尽がゆえに納得せざるを得ない『敗北』だけしか知らなかったのであれば、角都はきっと「あれは化け物だからノーカン」程度に捉え、錬磨を怠っていたかもしれない。あるいは、明確な格下には本気を見せない二人のことだから、角都は手加減されたことや実力差に気づかず、「伝説の忍者と戦った」と嘯き、若者たちを怯えさせて楽しむような、愚かな自惚れさえ見せたかもしれない。

 

 そうであれば、本体が隠れ潜むようなことは無かった。そうなれば本体との戦いとなり、先ほどの分身との戦いよりは苦戦を強いられたかもしれないが、しかし第七班を露骨に見下しただろう角都を、その連携で討ち取ることは、そう難しいことでは無かったはずだ。

 

 しかし角都は知ってしまった。

 完膚なきまでの惨敗―――真数千手と言う決して越えられぬ壁を、角都は叩きつけられてしまった。

 屈辱的な惜敗―――明らかな格下だと見下した者に、知恵と勇気で打ち破られるという経験を、角都は積んでしまっていた。

 

 そして角都は、その二つの戦いを、幸運にも生き残った。

 一度目は、死した後に、奇跡の術によって蘇った。

 二度目は―――契約。己の生殺与奪の権を対価に、今一度の生を取り戻した。

 

 角都の激昂しやすいという悪癖はそのままだ。侮られることを嫌い、格下から煽られれば、容易にそれに乗ってしまう短気さは健在だ。しかし、角都には一部分だけ、当時に比べて広がった視野があった。

 それは格下であろうとも、『危険な技術』を持つ相手への警戒を解かないという、観察眼。

 

 ナルトは強くなった。木ノ葉においても、真正面から戦って勝てるのは、五代目火影の戦力的な側近たちくらいのものだろう。それほどに、仙術というものは強力だった。

 だからこそ、角都のレーダーに捉えられてしまった。角都が最も警戒する技術―――。それこそが、他でもない仙術だ。

 

 角都は、穏和で知られた千手柱間の、稀に見る激怒と共に放たれた―――その規模は終末の戦いの際に見せたものと比べれば小さかったものの―――仙法・真数千手の恐怖を知っている。

 全力を以て叩き潰し、瀕死の重傷を負わせたはずの未熟な小僧が見せた、起死回生のおぞましさを知っている。

 

 仙術という技法は、角都にとって、忘れたくても忘れられない最も忌むべきものであり、生来の短気さを抑え、冷静さを維持させる程度には、厳戒を示すべきものであった。

 

 仙術―――とりわけ仙人というものは、何をしでかすか分からない恐ろしさがある。樹木を操る忍術を仙術チャクラで強化すれば、山々を越える程の巨大な仏像が現れたり、山を一飲みするような巨大な木龍が生み出されたりする。無機物に命を与え操作する蛇はいるし、妙木山の蝦蟇は、未来予知すら可能だという話だ。 

 はっきり言って意味が分からない。それを知った当時の角都は混乱したが、しかし同時に、世界は大きく広がった。

 

 そんな角都にとって、新たな若き“仙人”うずまきナルトは明確に格下だ。

 仙術さえなければ、片手間にひねりつぶせる程度の小僧でしかない。実際にそうしてやっても良かった。生意気な小僧の愚かな言葉の償いは、可能な限りの苦しみと死を以て受けさせてやりたかった。

 

 ―――だが、仙術はダメだ。あれはダメだ。仙術には、仙人には、一切の油断・慢心を抱いては成らない。仙術は、そこらの犬を尾獣に変える。

 

 それは仙人同士の戦いであっても変わらない。ある一定以上の実力を持つ仙人同士の戦いにおいて、決定的に勝敗を分ける要素は練度ではない。『才能』だ。仙術には明確に適正と言うものが存在し、何十年も地道な訓練を続けて来た仙人が、数か月前に仙術に触れたばかりの天才に敗北する。それが、仙術と言う残酷な世界の真実である。

 うずまきナルトと、自来也。そして、ナルトの実父である、四代目火影波風ミナト。仙術を扱える彼らを見ても、その才能差は浮彫だ。今のナルトよりも幼いころに仙術を知り、何十年も錬磨してなお、自来也は一人で仙術チャクラを練ることは出来ない。ミナトは仙術チャクラの適性はあっても、仙術チャクラを練り上げるまでに、あまりに時間が掛る。

 仙人モードに入るためには大蝦蟇仙人を口寄せせねばならない上に、その二人を呼び出すにも、莫大なチャクラと、それを練り上げるだけの時間が必要になる。

 一方で、ナルトはと言えば、影分身を一体用意すれば、ものの数分で仙人モードになれる。

 仙人モードとは本来蝦蟇仙人との連携こそが完成形であるため、ナルトのそれは持続力や術の多様性と言う点では自来也のそれには劣るものの、しかしそれは最高値を比べた場合の話である。

 

 あらゆる戦場において、最高のコンディションを用意するなどまず不可能であり、即座に仙人モードに入れるナルトの才能は、自来也に比べて格段に上だと言えるだろう。くわえて、ナルトの仙人モードは、一部の最高値が蝦蟇仙人との連携を基礎とする自来也の仙術に多少劣る(・・・・)というだけであり、その総合値は既に、師である自来也を超えている。

 それにナルトは、その身に封じられた九尾の影響で蝦蟇仙人との連携を取ることは難しくとも、蝦蟇仙人を口寄せする程度のことはそう難しいことではない。

 あと数年、あるいは数か月、本格的に仙術の修業をすれば、初代火影や五代目火影のように、ものの数秒で仙人モードに入ることも、可能となるかもしれない。

 そして仙術に適性のない人間は、そもそも仙術チャクラに触れた時点で石になり死亡するという事実がある。

 

 また、祖父・柱間から素質を受け継いだ畳間が、精神的にも肉体的にも安定する30代半ばまで仙術に触れることすら出来なかったことや、アカリが猿魔の手助けが無ければ戦闘に用いれるほどの仙術チャクラを練れないことを踏まえれば、うずまきナルトと言う忍びは―――そして生まれながらに仙術を高いレベルで扱えるシスイも―――千手柱間以来の仙術の申し子、天才だと言える。

 

 だからこその、『今』。明暗を分けたのは、力でも技術でもない。経験だった。

 

 一瞬の油断。一度の、僅かなミスが、死へと直結するこの戦争と言う舞台において、ナルトたちは続出する敵軍や策略というものを知らず、角都はそれを何度も経験して来た。

 

 一度の戦いですべてが終わる決戦。一度の戦いで明暗が分かれる試験。

 

 『後がない戦い』は、確かにそれなりの数を熟して来た。

 

 ―――ボスを倒して終わり。大変な戦いだった!

 

 ナルトにとっては、ウラシキ戦などが良い例だろう。強敵を皆で協力して倒して、それで終わった。待っているのは家族からの労わりと、仲間と互いの健闘を称え合う戦勝会。

 

 しかし、終わりのない戦い―――延々と続く泥沼の戦いと言うものを、ナルトたちは知らなかった。戦って戦って、殺して殺されて、それでも終わらない戦い。それこそが戦争であり、それはナルト達にとって未知の世界だった。

 

 角都は強い。恐らく、現在霧隠れの里内にいる忍者の中でも、頂点に君臨する実力者である。だが、『(ぎょく)』ではない。角都はあくまでも、『角』。角を落とそうとも、戦いは終わらない。実際には落とせてはいなかったが、しかし例え本当に角都を討てていたとしても、気を抜いていいはずが無いのだ。

 一試合ごとに休憩。

 一度の決戦で終わり。

 戦争とはそんなぬるいものでは無い。戦いが終われば、すぐにまた次の戦いが始まる。気を抜けるときなど在りはせず、仲間の死を悲しんだとしても、常に心は敵へ向け続けなければならない。

 

 だからこそ―――かつての中忍試験。五代目火影の治世となり、試験から排除された『死の森でのサバイバル』。

 

 その経験こそが、『今』ナルトたちに最も必要なものだった。

 その経験こそを、大人たちは遠ざけた。その苦しみを知らぬようにと―――心の底から、願ったがゆえに。

 

 誰が悪い、ということではないのかもしれない。ただ残酷なまでに、巡り合わせが―――悪かった。

 

 だがしかし―――他方で、そうではない若者がいた。幼少期に壮絶なる孤独を味わい、孤独に餓死を迎えんとしていた時、気まぐれに与えられた『愛』に救われた少年がいた。

 少年はやがて今の世まで続く内乱へと参加し、大恩ある忍びのために、その夢のために、その命を捧げることを決めた。 

 

 ゆえにこそ、それは必然だった。

 一族に伝わる秘伝―――血継限界氷遁を操り、敵を制圧した彼が、解放軍の頭目たる仲間(メイ)との合流を急ぐ、ということは。

 

「氷遁・千殺水翔」

 

 突如として無数の氷の針が、角都の放つ触手の槍へ向けて、高速で飛来した。

 それら一本一本は、触手の槍に容易に弾かれた。あるいは何に当たることも無く、地面に突き刺さる。

 一本一本は鋭利だが威力は低く、角都の触手を留めるだけの力は無い。だが―――粉砕され空気中に舞い散った氷の欠片たちは、瞬く間に空気中の水分を凍らせて、再凝固を開始する。

 次々に飛来する氷の針は素早く、しかし焦りを含んでいるかのようにも感じられる。

 

 ―――早く。速く。

 

 高速で飛来する氷の針は次々に粉砕される。それでもなお、氷の針はその数も速度も緩めず、怒涛のように押し寄せた。

 やがて―――氷の針は重なり合い並び合い、凍らせた空気中の水分を癒着材として、地面に突き刺さった氷の針と結合し、触手を圧し留めるための氷の根を張り巡らせる。

 氷の根にがんじがらめにされた触手の槍が上下左右にうねる様に身じろぎをした。ぴきり、と氷の根に罅が入る音がする。

 

 これは……、と戸惑いを抱くのも一瞬、ナルトは瞬時に地を駆けた。

 未だ周囲を蠢く触手を螺旋丸と分身大爆破によって吹き飛ばし、氷によって抑えられた角都の触手に背を向けて、仲間との合流を急ぐ。

 しかし直後、角都の触手が分散する。氷の根に留められていた外側の部位を切り捨てたのだ。一回り小さくなった触手の槍は、逃げるナルトの背を追った。

 己を襲わんとする気配を察知したナルトは、影分身を生み出してその場に残しながら、構わず前方へ駆け続ける。残された影分身は、次々に大爆破を起こし、触手の槍の侵攻を阻害する。逃げるのも残るのもナルトな、セルフ捨て奸(すてがまり)である。

 しかしそれでも、触手の槍は速度を緩めなかった。爆炎を貫いて、逃げるナルトへと迫る。ナルトはもはやこれまで、と螺旋丸を片手に作り出した。

 先ほどサクラが見せた対応策―――槍の横腹を殴りつけることで軌道をわずかにずらし、薄皮一枚で避けようという算段である。

 

「―――止まるな! 走れ!!」

 

 突如として前方から響いた低い声。ナルトは前方に見える人影を視認し、驚愕と期待に眉を上げた。

 サクラの傍には、仮面をつけた忍び()と、包帯を体中に巻き付けた上半身が半裸の忍び《再不斬》が立っている。平時であれば変質者と疑う装いの二人だが、今のナルトにとって非常に心強い“増援”だった。

 

 ナルトは再不斬の言葉に従い、触手の槍への攻撃を放棄して、サクラ目掛けて走り続ける。

 そんなナルトの前方から、凄まじい勢いで押し寄せるのは、龍を象った水の弾丸―――水遁・水龍弾の術。多量の水を龍の形へと変化させて操り、対象へとぶつける質量攻撃である。水龍はその咢を開いて迫り―――そしてナルトの脇を通り過ぎ、ナルトの背後に迫る触手の槍と激突する。

 

 水龍は確かに、触手の槍を呑み込んだ。しかし触手の槍は水龍の腹の中で分散し暴れまわり、遂にはその腹を喰い破った。水龍は破裂し弾け、多量の水へと貶められて、宙を飛散する。

 

 だが―――

 

「氷遁・地鎖連氷!」

 

 ―――水龍であったその多量の水飛沫が、突如として停止する。瞬間的に熱を奪われた水は、弾け飛散した姿のまま、氷となって宙に留まった。

 

 ―――その内側に、ばらけた無数の触手たちを封じ込めたまま。

 

 それを見て、サクラがぽつりと言葉を漏らす。

 

「すごい……」

 

 きれい、とは言えなかった。

 時を切り抜いたかのように、水龍が弾けた瞬間のまま停止する氷の彫像は、いつか溶ける刹那と美と、時を切り取り保存する永遠の美を内包している。芸術に詳しくはないサクラであっても、そう感じるほどの美しさがあった。しかし、その内側に封じ込められているのは、蠢く黒い触手である。そのおぞましさを思えば、きれい、と口にする気にはなれなかった。

 だからサクラは、大量の水を瞬時に凍らせて見せた白の手腕に、賞賛の言葉を述べるのみに留まった。もしも白と敵対した時、自分ならばどうするだろうか、とサクラは願わくば訪れない未来を思い、思考を巡らせた。癖、のようなものだ。第七班の頭脳としての自負を持つサクラは、知らない術や忍者を見ると、無意識にそう言ったことを考えるようになった。

 

「ナルト君! 急いで!! 思ったよりも―――」

 

 サクラの思考を割くように、焦燥の滲む白の声が響く。

 白の手は、印を結んだままに、小刻みに震えていた。触手を抑え込む氷を維持するために、チャクラを放出し、力み続けているのだろう。そうしなければ、氷の拘束がすぐに突破されるということだ。

 

「白さん! 援護します!!」

 

 びきり、と氷のオブジェに罅が入る。角都の触手が暴れているのだ。

 サクラは急いで掌仙術を発動し、白の背に触れる。

 

「く……っ。これほど……っ!! 再不斬さん!!」

 

「水遁・爆水衝波!!」

 

 白の言葉に答え、再不斬が水の無いところでほどほどの水遁を発動し、氷の彫像の真上から多量の水を叩き落した。彫像に触れた瞬間、大量の水は氷へと変貌し、角都の触手を封じ込める氷の層が厚くなる。それはまるで、巨大な氷山のようであった。

 再不斬やメイの生み出す多量の水を白が凍らせて敵を拘束し、凍死させる。霧隠れ解放軍の常套手段である。火遁で氷を溶かそうとも、その氷の元がメイの作り出した溶解液であれば、死から逃れることは出来ない。氷を溶かせば溶かすほど、液化した溶解液を体に浴びることになるし、あるいは気化したそれを肺から体内に取り込むこととなり、体の内から外から溶かされるという、地獄の苦しみを以て死を迎えることになる。むしろ確実に殺すためには、気化させて体内に取り込ませた方が良いので、あえて凍らせて火遁を誘発する、という策ですらある。

 今回はただの水だが、その質量は充分。これまで、この連携を使って拘束しきれなかった者はいないが―――。

 

 びきり、と氷山に巨大な亀裂が入る。

 

「!!」

 

 白も必死に氷を厚く、硬く構築しているが、角都の触手はそれを凌駕しているようだ。氷山の内側を回転しながら掘り進み、一本、二本と、外界へと到達しはじめていた。

 加えて、氷山には細かな罅が無数に入っていた。崩壊は目前。細かな罅は時が立つほどに増え続け、さらにその速度も増している。

 

「メイ、状況を説明しろ! 何が起きてる? 趣味の悪いアレはなんだ?」

 

 追加の水遁を放ちながら、再不斬がメイに声を掛ける。

 メイは申し訳なさそうに眉を寄せて、口を開いた。

 

「角都と交戦し、倒した……はずだった。分身か、あるいは他の何かか……。それは分からないけど、本体は別にいて、隠れて私たちを狙ってる。ナルト君は仙術が切れて……恐らく、サクラの治癒を求めて、こちらへ向かってる」 

 

「お前は……動けねェのか。……暁か?」

 

「ええ。飛段を、封じているわ」

 

「それは重畳。で、うちはのガキはあそこで何をやってる?」

 

 再不斬は、遠くで無数の触手に周囲を包囲され、孤軍奮闘しているサスケに視線を向ける。

 

「彼は写輪眼を持つうちは一族の子。恐らく、角都の潜伏場所を視認しているはず。角都は彼を、私達に合流させないつもりよ。徐々に離されてる。どうもナルト君を最優先で狙っているというのは、私達を放置していることや、ナルト君を狙う触手の数からして間違いなさそうだけど、彼もこのままだとまずいわ。彼の雷遁にはタメ(・・)がいるようだし、角都も、きっとそれには気づいてる」

 

 サスケの雷遁瞬身は、発動したら同系統の術を使う者以外に止められない瞬発力と速度を誇るが、発動するまでにチャクラを溜め、一気に放出するためのタメ(・・)が必要となるという、弱点がある。さすがに解放軍で長く戦っていたメイは、一度見ただけで、その弱点を看破したらしかった。

 ゆえにメイは、自分よりもキャリアの長い角都が、その弱点に気づけていないなどという楽観視は出来なかった。

 

あの小僧(ナルト)はもうすぐそこにいる。オレはうちはのガキの支援に―――小僧!!」

 

 再不斬はかなり遠方に点のように見えるサスケの姿を視認し、その支援に向かおうと足に力を込めて駆けだそうとするが、視界に入り込んだナルト―――正確には、その足元を見て、怒声を上げた。

 

「まだ隠してたのかよ……ッ!?」

 

 再不斬の怒声と同時、ナルトが急停止すると同時に、後方へと跳躍した。

 ナルトが焦燥に顔を顰める。ナルトの目の前で、地面を突き破り現れた数本の黒い槍が、天へ向けて昇っていった。

 

 後方へ跳躍したナルトは着地し、しかし体勢を整える間も無いままに、さらなる跳躍を強要される。

 再度、ナルトの目の前を、黒い槍が天へ向けて通り過ぎる。直後―――。

 

「見えてんのか―――!? やっぱりこいつ―――」

 

 角都の触手は、空中で直角に折れ曲がった。その鋭い先端は、正確にナルトへと向けられている。

 後方へ跳躍していたナルトは、空中で身を小さく屈めた。ナルトの頭のあった位置を、凄まじい勢いで触手が通り過ぎていく。

 

 宙に浮いていたナルトの身体が地面に触れる。

 身を屈めながら着地したナルトは、両手を地面に叩きつけて、指をめり込ませた。同時に、両足の指先と膝を地につけ、体に残る跳躍の推進力を摩擦によって殺し、停止する。砂ぼこりが舞い、ナルトの手の指先に血が滲む。

 

 ナルトの後方―――触手は直角に進路を変えて、ナルトの背を目掛けて突っ込んで来る。

 ナルトは上空へ跳躍。飛んだ体のすぐ下を触手の槍が通り過ぎていくのを見て―――嫌そうに顔を顰めた。ナルトが見下ろす先では、触手が鋭角に曲がり、宙のナルト目掛けて進路を変えていた。

 

 影分身の術。

 数体の影分身を生み出し、ナルトは影分身に自分の身体を投げ飛ばさせる。残された影分身が貫かれて消滅。さらに進路を変えてナルトを追う触手。ナルトは宙で影分身を生み出して、さらに自分を投げ飛ばさせ―――突如としてナルトが投げ飛ばされた方向の地面から、触手の鞭が飛び出して、天を目指して駆けあがった。

 

 それは貫くことよりも、捉えることを目的とした触手だった。速度はそれほどではないが、だからこそ紙一重で避けたナルトの動きに柔軟に対応し―――

 

「しま―――ッ」

 

 遂に、ナルトの足に絡みつく。

 ナルトは勢いよく引きずられ、地面に叩きつけられた。

 

「ぐあっ……!! クソっ―――!!」

 

 影分身をクッションに、辛うじて受け身を取ったナルトだが、触手の動きは止まらない。このまま引きずり回して殺す気なのだ。

 ナルトの足首に絡みついた触手は縦横無尽に動き回った。捉えられたナルトもまた、地面に叩きつけられながら、引きずり回され続ける。

 

 何度目かの地面との激突の直前、ナルトはぷくり、と口を膨らませた。次いでナルトは、ぷっと、何かを吐き出す所作をする。

 次の瞬間、ナルトの足に絡まっていた触手が斬り飛ばされた。

 

 ―――風遁・おろし。

 二代目火影の開発した、天泣の、風遁バージョンである。自来也が口からゲロゲロと火や油を出すのを見て、自分も何か出したいと願ったナルトに、自来也が天泣をヒントとして教え、ナルトが開発した術である。その奇襲性は高く、速度は天泣よりも早いが、射程距離は短い。また、他の風遁と比べると範囲も狭い。対人、特に近接戦でのみ活躍するナルトの切り札の一つ。分身大爆破といい、恐ろしい殺人術ばかり覚えおって、とは自来也談である。

 

 触手から解放されたナルトは、地を両手で勢いよく叩きつけて体を浮かせると、唖然、と目を見開いた。

 

 ―――地面が、波打っている。ひび割れた地面が、本当にうねりをあげているのだ。ナルトは困惑した。

 

 何が起きたのか―――少し時は遡る。

 

「白!!」

 

 と、ナルトの足が触手に絡め取られたのを見て、再不斬は叫んだ。氷遁で止めろ、という指示である。

 

「ダメです!! 今押さえているものを解放すれば、宙にいるナルト君は完全に包囲されます!!」

 

 だが、白はリソースを割く余裕はない、と答えた。

 再不斬は苛立たし気に舌打ちする。

 確かに、角都の触手の大半は、白と再不斬によって封じ込めているのだろう。だからこそ、今ナルトを襲っているのは、本体を守るために残していた虎の子ということに、再不斬は気づいていた。今本体を攻撃すれば、容易に引きずり出せるだろう。

 だが、再不斬たちにはその本体の位置が分からない。位置を知っているだろうサスケは遠く、白は動けず、こうなっては、再不斬は白の援護をせざるを得ない。もう無いだろう、と再不斬は考えているが、しかし確証はない。もしも万が一―――まだ触手が残っていたとすれば、触手の大部分を抑える白が襲撃される可能性がある。そうなれば、すべて解放された触手は、ナルトを確実に殺すだろう。唯一動けたはずの再不斬が動くには、もはやリスクが高すぎる。

 だからこそ、角都は虎の子の触手をも稼働させたのだ。

 触手は残っているのか、いないのか。残っていなければ、逆転の一手を打てる。だがもしも残っていれば―――再不斬が動いたとき、戦線は崩壊する。

 

「こいつ―――」

 

 角都、という忍者への評価を、再不斬は瞬時に改める。危険度は最高位、影クラス―――。

 

「再不斬さん」

 

「なんだ」

 

 悩める再不斬に声を掛けたのは、サクラだった。サクラは決意を滲ませる表情を以て、再不斬を見つめている。

 

「白さんも。私は抜けます。―――持たせてください(・・・・・・・・)

 

「―――」

 

 白は沈黙を以てそれに答える。

 

「……策があるんだな?」

 

「ええ。これを使えば、私はしばらく戦えません。掌仙術も、使えなくなります。賭けですが、ナルトが仙人モードに入ることさえできれば、勝てる。私はそう信じています」

 

「どうするつもりだ?」

 

「本体を引きずり出し、触手を抑えます」

 

 それが出来ないから苦労しているわけだが―――サクラの目を見て、再不斬は速やかに決断を下す。

 

「やってみろ、小娘」

 

「サクラ、です」

 

 激励を込めた再不斬の煽りに、サクラはにやり、と不敵に笑う。

 ふん、と再不斬は鼻を鳴らし、力強く印を結んだ。

 

「白、早速だが正念場だ! 気合を入れろ!!」

 

 ―――水遁・水龍弾。

 

 ―――氷遁・大氷縛布。

 

 再不斬が空中に生み出したのは、先ほどよりも巨大な水の龍。水の龍は白が抑える氷山を呑み込んで、同時に龍は凍結する。

 

 サクラが、白から手を離す。回復が途絶えた白は、体に残った力を総動員し、氷の維持に努める。氷龍の内側では、触手が暴れまわり、中を抉り続けている。

 

「―――陰封印・解」

 

 サクラが両の手を合わせ、瞑目する。意識は額の◆の印へと集中。サクラの世界から、音が消える。

 

「―――仙法」

 

「え?」

 

 メイが素で戸惑いの声を漏らす。

 

 サクラの額の白毫から印が伸び始める。それは―――初代火影や、畳間が仙人モードに入ったときと、全く同じ文様。

 

 遠く、遠く、戦いの音。怒声、悲鳴。怨嗟の色、憤怒の色。森の奏。潮の囁き。

 

 ―――広すぎる。範囲を狭めて。

 

 集中。

 再不斬の息遣い、白の高い体温、メイの困惑の匂い。研ぎ澄まされたサクラの感覚は、遂にその範囲を周囲に呑み狭めた。 

 

 ―――狭すぎる。調整して。焦らず、確実に。

 

 ナルトの焦燥。サスケの焦燥。

 

 ―――この範囲。留めて。向きは、下。

 

 地面の硬い感覚。氷で冷えている。潜る。潜る。触手を追う。触手が出て来ている穴を潜る。その先に、角都は必ずいる。

 

 ―――見つけた。

 

 カッ、とサクラが眼を見開くと、同時に飛び出した。

 

 一歩、前進。二歩、跳躍。

 

 辛い日々だったと、サクラは思った。

 

 ―――仙法。仙術チャクラ。

 

 その使用を目指す者達はまず、仙術チャクラに耐えうるだけの膨大なチャクラを持たなければならないという、才能という名の厳しいふるいに掛けられる。平凡な生まれのサクラは当然、その最初のふるいによって落とされたわけだが―――。

 

 創造再生、という術がある。

 サクラの師である綱手が、祖父柱間の仙術と医療忍術を参考にして開発したものだ。瀕死の重傷であっても物の数秒で再生し戦闘を継続させるほどの超再生力を術者に与える術であるが、しかし柱間はそれを印すら結ばずに、息をするような気軽さで、日常的に行うことが出来たという。そして残念ながら、綱手にはその素質は受け継がれても、能力そのものが受け継がれることは無かった。

 しかし綱手は長年にわたる研究から、その力の一部の再現に成功した。数年かけてチャクラを貯蓄し、それを解放することにより、短期間のみではあるが、千手柱間に匹敵するチャクラ量を使用できるようにする、『陰封印』という術式の発明である。

 綱手の弟子となったサクラは、綱手からそれを伝授された。

 しかしサクラには、もう一人、臨時ではあるが師がいた。

 

 ―――里の問題児の女房。真の(元)問題児。アカリである。

 

 綱手は自分の開発した術を、弟子に教えた。シスイはうちはの文献を読み漁り、フガクと仲良くなっている。畳間はサスケやカカシに、二代目火影から受け継いだ穢土転生以外の術を伝授しようと、毎日忙しそうで、楽しそうだった。

 

 そして、アカリは思った。私も何かしたい。

 寂しがり屋で、負けず嫌いのアカリである。誰にも真似できないことをサクラに教えたい。そう思ったアカリが仙術に目を付けるのにそう時間はかからなかった。

 

 しかし、サクラには才能がなかった。猿魔の支援を受けても、戦闘に使用できるほどの仙術チャクラを練ることは出来なかったのだ。そこでアカリとサクラは、陰封印と言う術式に目を付けたのである。

 

 陰封印と言う術は、白毫と言われる、額の印に、時間をかけてチャクラを貯蓄していく術である。アカリはサクラに、サクラの扱える程度の微々たる量の仙術チャクラを、陰封印を用いて取り込み続けろと教えを授けた。

 

 少しずつ少しずつ。

 サクラは愚直に、アカリの言いつけを守った。チャクラコントロールには自信があった。健康に被害の無い最小限の量を、少しずつ少しずつ、サクラは白毫に貯蔵していった。

 毎日コツコツとチャクラを溜めて、丸2年。それだけかけて、ようやく溜まった仙術チャクラの量は―――なんのことはない。猿魔と協力したアカリや、全力の五代目火影であれば、ものの数秒で練り上げられる程度の量だった。

 

 比べれば明らかなその才能の差に、絶望し諦めてもおかしくはなかった。実際、ナルトが帰ってきて、ナルトも(・・・・)仙術が使えると知ったとき、ナルトへの尊敬と共に、正直少し落ち込んだ。ナルトが影分身を用い、十数分ほどで溜められる程度でしかない量の仙術チャクラを、自分は数年かけて溜めて来たのだと思うと、少し泣けた。しかも一度使えば、もう一度使うのに同じだけの年数を掛けてチャクラを溜めなければならないのだ。

 

 しかしそれでも、サクラは努力を怠ることをしなかった。

 自身にアプローチを続けている、忍術の才能がまるでない、ロック・リー。彼は忍術の才能がないことを、体術の才能があると言い換えて、諦めず鍛え続け、実力を伸ばした。今ではシスイとの戦績は五分(自称)であり、木ノ葉におけるガイに次ぐ体術使い(自称)へと成長した。

 才能があるサスケが、五代目火影に弱点の克服を押し付けられて泣かされるくらい、きつく扱かれているのを見ていたからかもしれない。

 今世代最高の天才と謳われるシスイが、母の光を取り戻すという、リー達とは別方向での困難な道のために、必死に勉強しているのを知ったからかもしれない。

 

 サクラは先輩や仲間から、諦めないド根性というものを、教わったのだ。

 

 そしてサクラには、火影になる人を支える、という夢があった。

 

 例え天才たちが、ものの数秒で終わらせられるようなことでも、いつか役に立つかもしれない。サクラはリーを尊敬するようになった。アプローチは正直鬱陶しいが、しかしその努力する姿には、敬意を表し、見習った。リーは愚直に体術を極め、サクラは愚直にチャクラコントロールを磨いた。

 

 お似合いですねボク達、なんてリーに言われて、確かにと納得する程度には、努力の仕方が似ているなと、サクラは思った。

 

 リーと言う先達は、確かにサクラの励みになった。重ねて言うが、アプローチには辟易している。

 

 ―――無駄な努力かもしれない。

 

 だが、もしもその時が来たのなら。

 

 確かに比べてしまえば、あまりにちっぽけな貯蓄だ。掃いて捨てる程度の量かもしれない。無駄なことをと言われても、言い返せないだろう。

 だが、もしもその時が来たのなら。

 この終わりの無い努力が、活きる時が来るかもしれない。努力を怠らなかった自分だからこそ、開ける活路があるかもしれない。

 来ないのならば、それで良い。

 だが、もしも―――そのときが来たとしたのなら。

 

 ―――きっと自分は、彼らを支えるに足る、立派なくノ一に……

 

「しゃんなろおおおおおおおお!!」

 

 サクラが、仙術チャクラを纏った拳を、地面に叩きつけ―――、

 

 ―――地球が、揺れた。

 

 そう錯覚するほどの衝撃。まるで隕石が落ちたかのように、サクラを中心に、大地がめくれ上がった。

 ひび割れは広がり、メイ達の足元すらも大きく歪に、上下に揺れる。例えるならばそれは、岩石の津波。

 地面のひび割れは遠くまで及び、亀裂の上に建てられていた家屋が崩壊する。

 

「里が……」

 

 大地震に揺られながら、メイの口から零れたのは、力ない呟きだった。さすがは歴戦の忍び、チャクラで足を固定し、その体幹にぶれは無いが心は揺れ動いていた。

 

 そして時は戻り、ナルトはこの惨状を引き起こした犯人がサクラだと気づいて、絶対に怒らせないと固く誓い、そして―――。

 

 

 

 

 

 

 

 ―――やりすぎた、とサクラは蒼褪めた。

 


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