綱手の兄貴は転生者   作:ポルポル

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角成、‟龍”馬

 大地震に見舞われた霧隠れの里。その震源地で、サクラは大地にめり込んだ拳を引き上げた。

 そして素早く印を結ぶ。

 

「口寄せの術!!」

 

 サクラが手を大地に叩きつけた。空気が破裂するような大きな音と、少しだけ地鳴りが起きる。

 

 ―――コントロールが難しい。

 

 思った以上の力を発揮する仙術チャクラを、サクラは上手くコントロールしきれていなかった。もともと仙術チャクラの使用には、仙術チャクラの圧に負けないだけの、膨大なチャクラを自前で所持していなければならない。自分のチャクラで仙術チャクラを呑み込み、融和し、一つとなる。それが仙人化の基本条件である以上、サクラのそれは邪道、裏技に類する使用法である。

 サクラにとっては仙術チャクラそのものが猛毒だ。サクラは自分が仙術チャクラに呑まれ、“自然に還る”ことのないよう、放出するチャクラ量には細心の注意を払う必要がある。しかし白毫の封印から解かれた仙術チャクラは、巨大な波のような勢いでサクラの身体に流れ込み、外へ飛び出そうとする。本来あるべき場所(世界)へと、還ろうとしているのだ。

 ナルトや柱間ほどのチャクラ量があれば、その奔流を己がチャクラで抑え込むことも出来ただろうが、残念ながら、サクラにそれはない。力技で制御せざるを得ない。

 ゆえにサクラは、決壊し崩落しかけているダムの石壁を己が両腕で抑え込みながら、その亀裂から流れ出る水を大きく開けた口で受け止め、それを少しずつ飲むような、控えめに言って狂った作業を行っているのである。一歩間違えれば瓦礫に圧し潰され、水圧でへし折られ、呑み込まれる。死と隣り合わせの肉体活性は、八門遁甲の陣と類似する。

 

 非才のロック・リーは、そうやって、日向史上最高の天才ネジ、六道仙人の時代から二つに分かれ、長き時を経て現代に復活した六道仙人(うちはと千手)の血を汲む、シスイに並び立った。

 

 ―――私だってそれくらいやって見せなきゃ、あいつらに並べない。

 

 とはサクラの弁であり、綱手やアカリをして「今世代で一番ヤバい奴」と言わしめたド根性とチャクラコントロール技術である。

 

 だがそれが限界だった。チャクラのバランス取りに意識の大半を割いている現状、肉体活性の緻密なコントロールにまでは、さすがのサクラも手が回らない。

 

 よって些細な動作も、大振りになってしまうのだ。

 

 ―――サクラの身体を、突如発生した巨大な煙が呑み込んだ。

 

 煙とともに現れたのは、巨大な蛞蝓。

 

 ―――でか!?

 

 大きい。あまりにも大きい。辛うじて崩壊を免れていた周辺の家々が、蛞蝓の身体の下敷きになった。 

 

「カツユ様!!」

 

「サクラさん。こんにちは。すごいですね。おひとりでワタシをこんなにも」

 

「すみません! 時間がないんです!」

 

 のんびりとした口調の巨大蛞蝓カツユの挨拶を、サクラは焦って遮り、端的に事情を伝えた。

 

「地面の下に、敵がいます! そいつの操る触手を、止めてください!!」

 

「分かりました! お任せください!!」

 

 事情はよく分からないけど頑張ります。ふんす、と言った様子で張り切るカツユは、分裂。無数の小さな蛞蝓となり、地面を這いずって散開した。

 目指すは、角都の触手が伸びている地面の穴。小さなカツユたちは地面の中に入り込み、触手に纏わりついてその動きを封じ込めると同時に、酸を吐き出して触手を溶かし始めた。

 

 カツユが分裂し、足場のカツユが縮んでいくと比例して、サクラは地面に近づいて行く。

 

(どこまで潜ってんのよこいつ!!)

 

 確かに、角都の気配は真下にある。ここまでやって動く様子が無い(・・・・・・・)のは気になるが、今を逃せば、角都を引きずり出す機会は二度とこない。

 サクラは思考を巡らせた。

 

 ひび割れた地面の亀裂の先に、角都の姿は確認できない。つまり走った亀裂よりも遥か深くに、角都は潜んでいるということだ。

 サクラの力でさえ、なお届かないほどの地中深くに潜んでいる、というわけではない。それは、仙術チャクラを解放して初めての全力攻撃がゆえに、力加減を誤ったが故のこと。

 先ほどサクラが放った一撃は、サクラ自身の想像を越えるだけの破壊力を誇った。まさに里全土を揺るがすだけの超力であったが、逆を言えば、里全土に力が広く分散してしまったということだ。

 

 必要だったのは一点特化。すべての衝撃を一点に集中させ、地中深くに潜る角都の脳天に、その力のすべてを直撃させることこそが必要だった。サクラの一撃は岩盤を広範囲にわたって破壊したがゆえに、地中深くに潜む角都にまでは、その衝撃が届かなかった。仙術を用いた実戦経験が乏しいが故の弊害である。

 

(でも、触手の動きは止まってる。効果は間違いなくあったはず)

 

 精神的に動揺しているのか、あるいは地震によって物理的に脳が揺れ、脳震盪でも起こしているのか。理由は定かではないが、今はやっと作り出した逆転の間隙。無駄には出来ない。

 

 だが―――

 

(まずい……チャクラの消耗が思ったより早い)

 

 ―――タイムリミットは近い。

 

 サクラの額から延びる仙人モードのしるしが、先端からゆっくりと消失していく。

 思っていたよりも、貯蔵していた仙術チャクラの消耗が速い。カカシとの模擬戦のときに使わなくてよかった、とサクラは当時止めてくれたカカシに感謝する。

 サクラは、急ぎ行動を開始した。

 

 角都の周辺の土は非常に硬く固められているようだ。今のサクラからすれば、殴れば砕ける硝子細工のようなものだが、如何せん深すぎる。降りて抉り出して、タイムアップになる可能性が高い。先ほど見た分身の角都と本体の角都が同じ攻撃方法(・・・・・・)を取るとは考えづらいが、どちらにしても、仙術のタイムリミットを過ぎれば、サクラはその負荷の逆流を受け、動けなくなる。角都の傍で身動きが取れなくなればまず命はないだろう。そしてそうなれば、サスケとナルトはサクラを救うために無謀な突撃をしかねない。

 分かるのだ。自分だって、二人のどちらかがそうなれば、きっとそうするだろうから。

 

(なら、今の私が出来る最善は―――。安全な場所で動けなくなること)

  

 駆けだしたサクラは、氷山へと向かう。

 少し離れた場所で、霧隠れの里を襲った惨状に唖然とした様子のナルトが、着地している。ナルトはサクラと白、どちらと合流するかを迷ったように視線を泳がせている。

 

「ナルト!」

 

 走りながら、サクラがナルトの名を呼ぶ。

 ナルトは頷いて、サクラの下へと近づいて来る。

 

「ナルト! 時間がない。あんた、あとどれくらいで仙人モードに―――」

 

「サクラ、お前、仙術使え―――」

 

「そんなのは後!!」

 

 ナルトは仙術を使ったサクラに驚嘆と賞賛の言葉を掛けようと口を開くが、サクラが一括して黙らせる。

 ナルトがびくり、と反応して黙ってのを見て、サクラは息を置かず、捲し立てるように尋ねる。

 

「仙人まであとどれくらい!?」

 

「あと少しです」

 

 焦るサクラの鬼気迫る様子の言葉に、ナルトは気押されたように身を竦ませた。 

 

(あと少し……)

 

 あと少しとは、どれくらいだ。一分か、二分か。五分か、十分か。

 ナルトの、曖昧な返答に苛立ちを覚えつつ、サクラは思考を巡らせた。自身の仙人モードが持つだろうか、と不安を抱く。サクラは、僅かに眉を顰めた。

 しかし取れる選択肢は多くない。角都をここで引きずり出せなければ、進展はないからだ。それどころか、切札を切ったうえに、唯一の医療忍者が戦線を離脱することとなる、こちら側の形勢不利が加速する。

 

「―――やるしかない。ナルト、角都を引きずり出すわ。あと、任せるわよ。―――離れて」

 

「わかったってばよ」

 

 ちら、と氷山を見て、サクラの意図を察したナルトは、力強く頷いて、素早くサクラから離れ、再不斬たちの方へと向かう。

 今度は邪魔も入らず、ナルトは容易に白たちとの合流を果たす。ナルトは再不斬の背に隠れる形で胡坐を掻いて座り、瞑想を始めた。

 

(急がねーと……)

 

 ナルトは、大きく深呼吸をする。

 仙人モードに入るにあたって、遠くに逃がした影分身はまだ十分な量を集めきれていない。よって、本体の方でも仙術チャクラを練り、未だ中途半端な影分身の集めた仙術チャクラと合わせ、仙人モードに入るまでの時間を短縮しようというのである。

 

 ナルトが仙術チャクラを練り始めたのを見て、サクラはナルトたちに背を向ける。ナルトが瞑想を始め、集め始めた仙術チャクラの量は、サクラがそれを体内に吸収すれば、まず命はない―――そんな、膨大な量だった。

 汗水流して一日働き、必死の思いで十のお札を稼ぐ人が、数秒で万のお札を稼ぐ人を見た時の気持ちである。

 

 ―――リーさんの気持ち、ちょっとわかっちゃうな。

 

「ふううううううう」

 

 サクラは思いを吐き出すように、力強く息を吐きだした。

 次いで、氷山の表面へ己の指を突き刺して、無理やり掌を閉じ、がっしりと掌全体で、氷山を握り締める。

 そして中腰になり―――。

 

「うらああああああああああああああああああああ!!」

 

 ―――ドスの効いた雄たけびが上がる。サクラの足は地にめり込み、震える太ももの筋肉と、細い腕の筋肉が隆起する。

 そして―――氷山が持ち上がった。

 

「馬鹿な!? どれだけ足したと思ってやがる……っ! なんだァあのくノ一は!?」

 

 再不斬が困惑の声をあげる。知らず、小娘呼びも止めていた。というより、あれを見せられて、小娘などと呼べるはずがない。

 白の維持する氷塊は、再不斬の水遁により水を追加され、今や見上げる程の巨大さへと成長している。さらに、チャクラを練り込んで圧縮されているのだ。氷塊は、見た目よりも密度は高く、重い。再不斬であっても、アレは持ち上げられない。切り刻むのすら、時間が掛るだろう。それだけの強度を持っている。

 しかしサクラは容易に氷山へ指を突き刺して、軽々と―――とまでは言わないまでも、持ち上げてしまった。

 

 

 ―――木ノ葉はイカレてる。

 

 持ち上がった氷山を、再不斬は呆然と見上げる。

 

「すぅぅぅううううぅぅぅぅぅ。―――」

 

 

 さらに、氷山を持ち上げた状態で停止していたサクラが、窄めた口から空気を吸い込み、止めた。まるで周囲の空気のすべてを吸い尽くすかのような勢いと気迫であった。

 

「ふしゅううううううううう」

 

 サクラの身体が半身に捻じれる。

 サクラの、食いしばった歯の間から、空気の漏れる音がする。うら若き乙女が出して良い音ではない。しかしサクラも必死である。仙術が途切れる前に、任務を完遂しなければならないからだ。

 

 そして、サクラが体を振り抜くと―――氷山が、宙を飛んだ。

 再不斬が瞠目する。

 

「すうううううううううううう。―――!!」

 

 再び吸気。そして、サクラが息を止める。

 

 そして―――岩石が砕け散る音と、体を上下に揺らす振動と、腹に圧し掛かる地響きが轟いた。

 サクラが四股を踏むように、足を地面に叩きつけ―――放たれた砲弾のように真っすぐ飛んで行ったのだ。

 

 飛んだサクラが目指す先は―――氷塊、ではなく、そこから延びる触手のコード。

 サクラは空中で触手を羽交い絞めにすると、空中で大きく身を捻る。

 

「だっしゃあああああああああああああ!!」

 

 サクラは雄たけびを上げながら、空中で、半月を描く。前方へと勢いよく半回転したのだ。

 

「い、一本背負い……」

 

 メイが慄くように呟く。同じ女として、力強いサクラに敬意を抱かずにはいられなかった。

 

 直後―――触手が一瞬ぴん、と張った。そして地中に眠っていた触手のコードが、まとわりついたカツユもろとも、地表をめくりあげながら、次々と地表へと引きずり出されていく。 

 その様はまるで、鷲掴みにした髪を頭皮ごと引きちぎるかの如く。あるいは畑のサツマイモを引きずり出すかの如し。

 

 そして―――黒い人影が、地面の下から飛び出した。

 

 遂に現れた角都の本体。

 

「火遁・豪火球の術!!」

 

「行け! 仙法―――うずまきナルト100連爆撃!」

 

 まず角都に直撃したのは、サスケの火遁の術。 

 カツユによって触手が封じられたことで、自由になったサスケがサクラの意図を汲み、即殺のための火遁の術を放ったのである。

 そして少し遅れて、ナルトの攻撃。角都へ人差指を向けて指令を出す本体に背を向けて、その指示に従った影分身、その数、百体が次々に角都へと突撃する。

 

 火球が直撃し燃え盛る角都の間近で、ナルトの影分身が一斉に起爆。凄まじい爆風に、周囲の者達は手で目を覆った。

 

「おーおー。汚ねェ花火だってばよー、燃える燃えるゥ! 今日はひじきの炒めかなァ!?」

 

 仙人モードが終わり、空中から落下してくるサクラを受け止めた影分身が白たちの下へ後退していくのを見送ったナルトは、爆発の方向へと視線を向けた。

 

「……油断するな。次もあるかもしれん」

 

「だいじょーぶ! 分かってるってばよ!!」

 

 ようやく合流を果たせたサスケが、小さくナルトの油断を窘める。

 ナルトは小さく頷いた。

 

「ちゃんと、周囲の感知は済んでる。今度はミミズ一匹見逃してねェ。あれが本体で、最後だ」

 

「ならいいが……」

 

 言って、サスケが近くに残っている触手に視線を向ける。その触手は宙で爆発し続けている角都へ続いているようだ。

 サスケは素早く印を結び、雷を掌に纏った。チチチ、と鳥の鳴くような雷鳴が起こる。サスケはしゃがむと、その触手に触れる。

 

「千鳥流し!!」

 

 サスケの手から流された雷のチャクラは、伸びる触手を経由して、爆発の中にいる角都本体へと向かう。

 サスケはさらにもう一回、と雷遁チャクラを流し込む。

 爆発、火あぶり、感電の三重苦。空中で逃れる術はない。普通なら死ぬ。―――普通なら。

 

「……サスケ」

 

「ナルト」

 

「「まだだ(・・・)」」

 

 互いの名を呼び、目線を合わせる二人。少しばかり、焦りが滲んでいる様子である。

 

「視えるか?」

 

 ナルトが問う。サスケは頷いて、すぐさまナルトの傍へ駆け寄り、問い返す。

 

「感じるのか、お前も」

 

 ナルトは頷いて、鋭い視線を、空中の“花火”へと向ける。

 

「あれは……」

 

 そしてゆっくりと、何かに気づいたかのように、目を見開いていく。

 

「まさか―――」

 

「チャクラが減ってねぇ。それどころかこれは……増えてるんか? なんだ、このチャクラの流れ。これじゃまるで―――」

 

 愕然と呟くナルトに、サスケが疑問を口にする。

 

「ヤベェぞ、サスケ!」

 

 そして、ナルトが酷く焦った様子で、怒鳴る様に言った。

 その片手には、螺旋丸の生成が始まっていた。

 

「オレの全力をアイツに叩き込む! 合わせてくれ!! ここでやんねェと、大変なことになる!!!」

 

「―――分かった」

 

 ナルトの尋常ではない様子に、サスケは速やかにナルトの傍へと戻り、ナルトの螺旋丸へと、自分の掌を翳す。

 

「―――火遁・豪火掌」

 

 サスケの掌を劫火が覆い、そしてナルトの螺旋丸へと吸い込まれていく。ナルトの螺旋丸はにわかに紅蓮の球体へと変貌し、みるみる巨大に成長していく。

 ナルトは螺旋丸を造っている掌を、天空へと翳す。サスケもまた同じように、己の掌を天へと翳した。

 

 螺旋丸と火炎は二人の掌の中で、轟々と唸り声のような音を発しながら激しく混ざり合い、しかしその形状は二人の掌の中で穏やかに安定し、にわかに巨大な火炎球へと成長した。

 その様はまるで―――忍びの世を照らす、太陽の如し。

 

「「―――火遁・大玉螺旋丸!!」」

 

 高密度に圧縮された、無垢なるチャクラと、すべてを焼き尽くすうちはの炎は、高速で乱回転を続ける。その様はまるで―――大地を照らす、太陽。

 

「仙法―――火遁・超大玉螺旋砲!!」

 

 ―――爆発音。ナルトの手を焼く熱さ。ずっしりと体を襲う、重い衝撃。

 

 大玉螺旋丸は、まるで大砲が打ち出されるかのような勢いでナルトの手を離れた。

 

 ―――太陽が、爆発の中心へ向かって、吹き飛んでいく。

 

 この術は投げるのではなく、発射する。己の腕と、そこに流れるチャクラを加速装置とし、巨大化した炎の螺旋丸を砲弾のように繰り出す、ナルトの奥義である。

 妙木山には風遁を得意とする者が周囲にいなかったため、師事を受けられず、独学で形質変化(螺旋丸)を行いながら性質変化(風遁)を混ぜ込む、という技術を身に着けることは、ナルトには難しかった。ならば人のチャクラを使っちゃおう、という発想となったわけである。

 周辺の土、水、空気を扱う、土遁、水遁、風遁と違い、火と雷は、一からチャクラによって作り出されたものであるため、行けるのではないかと、ナルトは考えたのだ。

 

 サスケとの合わせ技、あるいはサスケの火遁へのカウンターとして作り出したこの術は、ナルトが人生で最も習得に苦労した技である。もっとも、影分身を用いたので、他者と比べれば高速での習得であることに変わりはない。

 自来也は火遁を得意とするため、この術の習得の折、ナルトの修業に付き合わされた。その際ナルトのチャクラが暴走し、自来也は瀕死の重傷を負ったこともある。妙木山での修業じゃなければ死んでいただろう重症である。自来也にとっては二度と見たくない技である。また、サスケ相手には絶対に使うな、と、自来也はナルトに念を押している。何故か。死ぬからである。サスケが。

 

「う、おっ!?」

 

 螺旋丸を発射したナルトは、その衝撃で後方に仰け反った。伸ばした手は弾き飛ばされたかのように上へと跳ね上がる。

 

「―――超大玉螺旋丸! ―――大爆破!!」 

 

「バ―――」

 

 ナルトが何をしようとしているのか察したサスケがそれを止めようとするが、時すでに遅し。サスケの言葉は、爆音によって掻き消された。

 

 轟音。先ほどのまでの分身大爆破が子供だましに見えるかのような、超巨大な爆発が、空中で発生する。空気が揺れ、衝撃波が周囲を襲う。爆炎が天に昇り、周囲一帯を吹き飛ばす。

 

 螺旋丸とは、高密度に圧縮されたチャクラの球体である。螺旋丸は、小さな台風とも例えられる、超密度、威力、エネルギー量を誇る。そんなものを、文字通りの火力に特化した火遁を混ぜ込んだうえで爆破させればどうなるか―――。

 

 ナルトとサスケはすさまじい爆風の煽りを受けて、受け身も取れず吹き飛んでいく。

 

「すごい威力……。何も残らなさそう……」

 

 八門遁甲を終えたガイやリーのように、身動きが取れず、芋虫のように寝そべるサクラが言った。

 一方で、距離を取っていたメイ達は、白が作り出した氷の壁が守ってくれたため、ダメージは負っていない。

 そんな彼らの前方、氷の壁の少し前に、ナルトを小脇に抱えたサスケが、転がるように滑り込んで来る。眼を回しているナルトと違い、サスケはチャクラで三半規管を強化し、爆風の中で体勢を立て直し、ナルトを抱えて退避に成功したらしい。

 

「サクラ、この馬鹿に耳をやられた―――。鼓膜は無事だろうが、時間が惜しい。回復を―――」

 

「ごめんなさい。今、ちょっと無理なの」

 

 サクラが這いずりながら首を振り、サスケは聞こえないながらも、状況を把握し、小さく舌打ちをした。

 

「さっきのアレ(・・)の反動か……。クソ、このウスラトンカチ! 自爆なんて初歩的なミスしやがって!!」

 

「う……。頭がくらくらするってばよ……。なんであんなに威力が……」

 

 地面に放りだされたナルトが、片手で体を支えながら起き上がる。どうも立てないらしく、もう片方の手で、頭を抑えた。ナルトは耳はやられていないらしいが、軽い脳震盪でも起こしているのかもしれない。

 

「火遁を混ぜ込んだ高密度のチャクラ塊を爆破させれば、そうなるに決まってんだろ!」

 

「いや、そうじゃなくて……。威力が思ってたより出過ぎたんだってばよ………。なんつーか……、相性良すぎんのか……?」

 

「言い訳すんな、こんなときに―――」

 

 ナルトの唇の動きを読んだサスケが、ナルトを叱責する。サスケにはガイから学んだ読唇術がある。それに、写輪眼で唇の動きは細部まで追える。耳が聞こえずとも、会話自体に問題はない。

 

「―――落ち着いて! カツユ様も仙術チャクラが切れたタイミングで消えちゃったけど……。兵糧丸なら、私のポーチにあるから」

 

「それはお前が食え。……少しでもいい。掌仙術を使えるように―――。いや、あいつはどうなって―――」

 

 角都はどうなったのか。チャクラが膨張していた角都は、あの直撃を受け、死んだだろうか。サスケは角都がいたはずの空中へと視線を向けようとして―――はっと、天空に感じた気配に、頭上を見上げた。見上げた先には、いびつな形をした、大きな白い鳥(・・・・・・)

 

「―――すげえ!! 思わず誘われちまった!! オイラには劣るが、今のはたいした芸術(爆発)だァ!! うん(・・)!!」

 

 そして白い鳥の上には、紅い雲の刺繍がされた、黒い衣を纏った忍びの姿。

 サスケは思い出す。

 五代目火影より受け取った暁の構成員の情報に乗っていた、白い粘土でできた鳥に乗る者の名は―――。

 

「―――デイダラ!」

 

「お? お前、オイラを知ってんのか!? 有名になったもんだな! うん!」

 

 岩隠れの抜け忍・デイダラ。

 岩の秘術である起爆粘土の術を持ち逃げした、「DEAD」オンリーのS級指名手配犯である。芸術とは爆発である、というポリシーを基に、爆発による一瞬の輝きを追い求める狂人にして、爆弾魔。

 岩と連携を強めている木ノ葉は、デイダラの術の詳細を岩より預かっている。当然、霧隠れ解放戦に現れる可能性は考慮されており、参戦しているサスケもその術の弱点が雷遁であることは聴かされている。その情報を基に判断すれば、雷遁を得意とするサスケであれば、恐らく負けることは無い相手であるが―――問題は暁が基本的に二人一組(ツーマンセル)で行動するということだ。

 

「まずいサクラ新手だ! ナルトを早く治―――せないのか!! クソ、再不斬、白! 周囲を警戒しろ! こいつの相方がいるはずだ!」

 

 一人いれば、二人いると思え。対暁戦の鉄則であるとされている。

 大蛇丸と鬼鮫、飛段と角都。木ノ葉が把握できている情報に依るならば、恐らくデイダラの相棒は、砂隠れの里の抜け忍―――三代目風影殺しの重要参考人であり、卓越した傀儡使いたる、赤砂のサソリ。

 

「クソ、角都を殺ってすぐとは―――」

 

 サスケは周囲を見渡そうとして、“それ”を、直視した。

 

 ―――突如、突風が吹き荒れ、空中の爆風や雷鳴のすべてが、掻き消された。

 

 その場にいる誰もが、呼吸を忘れた。瞬きすらもだ。それは、天空を飛ぶデイダラも同じだった。

 この場所だけ重力が急激に強くなったかのような錯覚を覚える程の、暴力的なまでの重圧を感じた。血の気が引き、身震いするほどの寒気が全身を襲い―――だというのに、汗が噴き出した。

 

「―――やっと、静かになったな」

 

 静まり返った戦場に、静かな声が響く。

 低い、それでいてどこか艶めかしい、地を這うような声。穏やかな声音だ。だというのに、全身を刺し貫かれたかのような死の気配を感じる。

 

 空を浮かぶそれ(・・)は、穏やかな雰囲気で、各々の体勢で制止するナルトたちを見下ろした。地を這う虫けらを憐れむかのようである。

 

「なぜ、貴様らが今、私へ視線を向けられないか……。分かるかね?」

 

 それ(角都)の問いかけに、しかしナルトたちは首を動かすことも出来ない。蛇に睨まれた蛙(・・・・・・・)の如く、止まった時の中にいるかのようだ。

 

 声を発するのは―――音を発生させるのは、この場において角都と、意思の無い粘土の鳥の羽ばたきのみ。その場の誰もが、身動きを取れないでいる。角都の方向へ、視線を向けることすら出来ないでいた。

 

 どさり、と何かが地面に落ちる音がした。黒焦げの触手が、角都から剥がれ落ちたのだ。まるで、脱皮した蛇のように―――。

 

 しかしナルトたちは、そちらへ視線を向けることすら出来ない。指先一本の動きすらも、封じ込められていた。 

「それでいい。(しのび)の深淵を覗き込み過ぎれば、己が身を滅ぼすことになる」

 

 微動だにしないナルトたちを見下ろして、角都は満足げに、にんまりと、歪んだ笑みを浮かべた。

 

「―――とはいえ、敢えて言おう。恐怖だ(・・・)。貴様らが感じている、“それ”の正体だよ。私を前に動けば死ぬと、頭が分かっている。だから、動けない。もっとも―――動かなくとも、殺すがね」

 

 その整った顔には―――鋭い文様の隈取が、浮かんでいた。

 

 

 

 

(あれは……。ナルトとは少し毛色が違うが、間違いない)

 

 唯一、角都を直視するサスケが、凍り付く思考を、火の意志で解きほぐす。

 

(そういうことか、クソッたれ……!)

 

 すべてのピースが繋がった感覚は、一種の爽快感をサスケに与えたが、それ以上の絶望が、サスケの心中を占めた。

 

(オレ達のようなルーキーを相手に、隠遁に徹したのも! サクラの接近にすら、本体の迎撃を行わなかったのも!! ナルトは積極的に狙いながら、それ以外には決定打を打とうとしなかったのも!! すべては、この時のため……ッ!! 仙術チャクラを集め、仙人モードに入るための―――時間稼ぎ!!)

 

 ―――動かず。

 

 それこそが、仙術の基本。

 

 角都の差し手はすべて、仙人モードに入るための布石。

 

「おっかねェな……うん」

 

 サスケ達の頭上で、デイダラがようやっと呟いた。ナルトの大爆発を見て滾っていた心は、すでに沈下させられたらしい。

 

「旦那。その、どうするつもりなんだ? うん」

 

 地に降りた角都の少し後ろの空へと移動したデイダラが、角都に問うた。三代目土影が伝えていた、デイダラの気質である、生意気そうな雰囲気が見られない。相当に、委縮しているようである。

 角都が発している圧は、知る人が感じれば、あの圧(・・・)に匹敵するものだと分かるもの。いかな強者と言えど、デイダラはまだ若い。無理も無かった。

 

「どうするもないだろう。あの金髪は九尾の人柱力だ。―――抜き取る」

 

「九尾は、大蛇丸の担当じゃ……。それに、順番ってのがあるんだろ?」

 

「関係ない。それを言えばデイダラ。貴様の仕事だろう。一尾は」

 

「……そう、だけどよ。うん」

 

「下らん話に時間を裂かせるな。霧隠れを守る(・・・・・・)。それが今の仕事だ。仕事の邪魔をされると、苛立つ質でな。それで? 話はまだあるのか? ―――デイダラ」 

 

「……」

 

 これ以上話しかけたら殺す、ということだろう。デイダラは不服そうな表情を浮かべるが、角都に圧を増やされ、顔を青ざめさせて黙り込んだ。

 

「霧隠れを、守る、だと?」

 

 ―――圧に身を竦ませながら、しかし一歩前に出た男がいた。再不斬である。

 

「てめェらが霧隠れを、こんなにしやがったんだろうが」

 

 倒壊した家屋。荒れ果てた土地。やったのは木ノ葉のくノ一であるが、原因を造ったのは、暁だ。

 再不斬は大刀を構えて、さらに一歩、前に進んだ。

 

「ほう」

 

「てめェらを殺せば、それで終わりだ!!」

 

 中腰に構えた再不斬。その意地を見て、角都は嘲笑う。

 再不斬が駆けだした。その際、ちらと、サスケへと視線を向けた。

 サスケは再不斬の意を汲み、ゆっくりと、中腰に構える。再不斬が接敵するタイミングで、雷遁瞬身斬りを放とうという考えである。

 

 再不斬が接敵する。サスケが奇襲を仕掛ける。

 

 空気を裂く音と雷鳴は―――蛇に、阻まれた。

 

「……!?」

 

 角都を守る様に、大蛇がとぐろを巻いている。口寄せをした素振りは無い。それに、生物であれば、サスケの雷遁瞬身による斬撃を受けて、無傷で済むはずが無い。

 サスケと再不斬の刀は、確かにその蛇の体躯に食い込んでいる。斬りつけているのだ。だというのに、血も出ず、それ以上刃が通らない。

 

 ―――岩だ。

 

 その蛇は生き物では無い。岩石でできた彫像だった。だが、おかしなことがある。土遁は、雷遁に性質の相性で劣る。土遁で作り上げた蛇であれば、サスケの雷遁を受ければ脆くなり、その攻撃を防ぐことは出来ないはずなのだ。だというのに、その蛇はサスケの斬撃を防いだ。

 これではまるで、本当に、ただの岩を斬りつけただけかのようである。

 

「不思議そうな顔だな?」

 

 困惑する再不斬とサスケを見て、楽しくて仕方がないと言わんばかりの声音である。

 

「仙法・無機転生。チャクラで操るのとは、訳が違うのだよ」

 

 寒気を感じ、再不斬とサスケは後方へ跳躍する。

 その足元の地面が、まるで生き物かのように蠢いた。サクラが砕いた地面、岩石が積み重なり、新たな蛇が生み出された。

 

「なんだ、これは……」

 

 再不斬の震える声。

 一つ、二つ、三つ。散乱する瓦礫や岩石が次々に蠢き出し、重なり合い混ざり合い、巨大な蛇が形作られていく。

 

「―――氷遁・氷河封印」

 

 突如、周囲一帯の足元が、氷の層に覆われた。 

 地面を覆う氷は凄まじい速さで広がっていき、角都の足元すらも、氷で覆い尽くされる。

 

「……」

 

 蛇の動きが止まった。蛇は変温動物。寒さには弱い。土で出来ている蛇にその法則が通用するかは定かではない。土遁で作った蛇なら(・・・・・・・・・)、白の氷遁は意味をなさなかっただろう。だが、命を与える(・・・・・)仙術ならば。

 

 不快気に眉をひそめた角都は、足元を確かめるように、つま先で地面を小突く。

 

「……雪一族の血継限界か。貰っておこう(・・・・・・)。とはいえ、先に、九尾の小僧だ。動けないというのなら、調度いい。仙人は、厄介なものだ」

 

 角都は印を結び、炎を吐きだした。周囲の氷を溶かし尽くしながら、ゆっくりと進軍を開始する。

 

「水遁・水龍弾!!」

 

 角都の火遁を再不斬が沈下し、白が凍らせる。そして生まれた氷を、角都がまた溶かす。堂々巡りである。

 

「……そんなに死にたいか。ならば望みを叶えてやる」

 

 角都が掌を白へ向けて突き出した。

 サスケの写輪眼が、角都の雷遁の気配を察知する。サスケは、己が雷遁で角都のそれを相殺するため、駆け出そうとするが―――。

 

「旦那の邪魔、しないほうがいいぜ。惨たらしく死にたくなかったらな。うん」

 

 サクラ達の方へ向かおうとする角都を見て、サスケが駆け出そうとするが、周囲を白い何かが覆い尽くす。それがデイダラの爆弾だと気づいたサスケは咄嗟に紫電を発動し、その全てを無効化する。

 

「デイダラ……ッ!」

 

「……へえ。お前も知ってんのか。うん」

 

 空を飛ぶデイダラを、サスケは忌々し気に睨みつける。

 

(こいつを止められるのは、雷遁を使えるオレだけ。こいつの術は、発動させれば負けが決まる危険な代物だ。クソ、また動けねェのか。どうする。どうする。考えろ考えろ)

 

 しかし角都の術を止められる者はいない。

 

「仙法 雷遁・偽暗」

 

 ―――一瞬だった。

 

 瞬きの間。網膜を焼く閃光と雷鳴が轟き、角都の術は発射された。サスケの写輪眼は、辛うじて、鋭利に研ぎ澄まされた雷の槍が放たれたのを、視認した。

 

「コフ……」

 

「再不斬さん!?」

 

 白を突き飛ばし、角都の雷槍をその身に喰らったのは―――再不斬だった。 

 突き飛ばされた白は再不斬に駆け寄り、その血に染まった体を抱きしめる。角都の雷槍の威力が凄まじく、惨たらしい状態に変貌した再不斬の体。体の大部分が、吹き飛んでいる。

 あまりに呆気ない。あまりに、呆気ない。感動的な戦いも無い。死力を尽くした攻防も無い。ただ一方的に、圧倒的な力で、無慈悲に一つの命が奪われた。それだけの実力差。

 

 呆然とする白は、もはや氷遁を扱える精神状態ではない。

 だというのに、角都は己を苛つかせたのだから当然とばかりに、第二波を放った。

 

「仙法 雷遁・偽暗」

 

 哀しむ余韻も、慈悲も無い。早々に消えろと、無慈悲の刃を放ったのだ。

 その刃は白に直撃する直前に、轟音と共に掻き消える。

 

「―――ざけんな!!」

 

 根性で復帰し、鬼の形相を浮かべたナルトが、仙術で強化した風遁を放ち、雷遁を蹴散らしたのだ。

 歯をむき出しにして、角都を睨みつけるナルトを、角都は鬱陶し気に遠くから見下ろした。

 

「ふざけんな! ふざけんな!! こんな! こんな!!」

 

 ―――角都が駆けだした。

 

 角都には、小僧の戯言に付き合うつもりは、毛頭ない。耳障りな羽虫の羽音を、最後まで聞いてやる道理などありはしない。速やかに始末し、仕事を終える。特に、仙人が相手ならなおさらだ。取り乱しているのなら、好都合である。

 

「な―――」

 

 舌戦に乗ってくれる、優しい相手ばかりだったようだな、と角都はあざ笑う。

 忍者の戦いとは、己の信念のぶつかり合いだと、ナルトは思っていた。しかし角都はビジネスマンである。呆然とするナルトの腹に熊手を叩き込み、その腹に刻まれた封印術の術式(・・・・・・)に、己がチャクラを送り込む。

 

「仙人だと警戒したが、この程度だったか」

 

 期待外れ、あるいは拍子抜けも良いところだと、角都はナルトに唾を吐きかける。

 

 ―――そして。凄まじいチャクラの暴圧が、吹き荒れる。

 


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