綱手の兄貴は転生者   作:ポルポル

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眠れる龍

 角都によって封印術を無理やりかき乱されたナルトは、腹部を襲った強烈な痛みに耐えきれず、腹部を抑え、崩れ落ちた。

 直後、角都は後方へと跳躍し―――ナルトの傍に大柄な人影が現れると同時、角都がいた場所には、無数の鋭利な枝を宿した樹木が聳え立つ。

 

 ―――吹き荒れるチャクラの暴圧。身を刺すような鋭い威圧感。それは指向性を以て、角都へと向かう。後方へ飛び下がる角都は、それらに晒されながら、抑えきれない歓喜に体を震わせる。

 粘つくような雄たけびと共に、角都が、両手を前方へと突き出した。その両腕からの皮膚を裂き、あるいは突き破り現れたのは、夥しい数の、禍々しい触手。

 触手は波打ち、脈打ちながら、ナルトの傍に現れた樹木へと殺到する。

 その触手の不気味な動きを見ていたメイが、驚愕に目を見開く。

 

「―――変化した!?」

 

 角都の腕から生えた触手たちの姿が、にわかに『蛇』へと変貌したのである。

 大きく開かれた口の奥から、気味の悪い音を立てて、無数の蛇が殺到する。

 

「木遁・挿し木の術」

 

 襲い来る蛇たちへの方へ片手を伸ばした人影は、速やかに掌を広げる。すると、掌の中心に刻まれた印から勢いよく、鋭利な先端を持つ木の枝が、次々と発射されていく。人影は腕を小刻みに左右に振り、散開し襲い来る蛇一匹一匹を確実に捉え、串刺しにしていった。

 飛んでいく『挿し木』が突き刺さったのは、咢を開き襲い来る蛇たちの口の中。喉奥に突き刺さった『挿し木』は、蛇の身体からチャクラを奪い、瞬く間に成長する。蛇の身体の内側をぐちゃぐちゃに抉りながら、先へ先へと、凄まじい速度で掘り進んでいく。

 たまらず、角都は己が両腕から延びる触手を切り離す。そして、フルフル、と体を震わせて、二ィ、と不気味に笑って見せた。

 

「―――待っていたぞ、畳間ァ!!」

 

 角都の、歓喜の叫び。その身体からは、叫びと共に、凄まじいチャクラの暴圧と、震えあがるほどの殺気が放たれる。その後、アハァ、と甘い吐息が角都の口から零れた。

 

「ひっ」

 

 後方でうつ伏せに倒れているサクラが、角都の放った暴威に当てられて、小さく悲鳴を零した。隣に立つメイですら、思わず息を呑み、無意識に震えあがったほどの威圧感と、殺意の波動。

 

 呼吸が出来ない。体が動かない。

 未だかつてない恐怖に、サクラの視界が白く染まっていく―――。

 

 だが、直後、サクラは奪われた呼吸を取り戻した。はっ、はっ、と荒い呼吸を繰り返し、血液が体中を駆け巡る熱を感じ取る。

 

「ほ、ほかげ、さま……?」

 

「お……っちゃ……ん……」

 

 ようやっと絞り出した、といったようなサクラと、ナルトの呟き。

 

 ―――五代目火影。

 

 その名を背負う外套が、風に揺れる。

 角都の圧に当てられていたサクラやメイと、角都との直線状に体を割って入れ、角都から放射される暴威を、その一身で受ける大きな背中から、サクラは目が離せなかった。

 高揚を隠し切れない様子の角都に対し、人影―――千手畳間に精神的な動きはない。高揚も動揺も無く、ただ冷たく鋭い眼差しで以て角都を見据える。

 

 畳間は角都から視線を切ると、サクラを安心させるべく、優しく暖かな―――いつもの、『木ノ葉隠れの里のほかげさま』としての視線を、サクラへと向けた。

 

「サクラ、よく頑張ったな。後のことは、俺がやる」

 

「……ほかげ、さま……!!」

 

 緊張の糸が切れたのか、サクラは涙を滲ませて、震えながら、縋る様な声を零した。

 

「おっちゃん……オレ……」

 

 痛みに耐えながら、悔し気に言葉を紡ぐナルトは、少しずつ立ち上がろうとしている。

 畳間は角都への警戒を優先し、ナルトを一瞥するに留めた。

 

「おっちゃん……。まだ、オレはやれるってばよ。あいつ……ッ!! 再不斬のおっちゃんを……殺しやがったッ!! 白は、再不斬のおっちゃんのこと、一番大切な人だって、そう言ってたんだ!! 許せねぇ!! ぜってぇ、許せねぇ……ッ!! 霧隠れをこんなにしただけじゃなく、俺の友達から大切な人を奪いやがって―――!!」

 

 立ち上がったナルトは、腹を抑えながらも、怒りに震え、表情を歪ませながら、角都を睨みつける。その両頬に浮かぶ獣のひげが、じわじわと、濃さを増している。

 仙術―――白の哀しみに揺れるチャクラを、ナルトは感じているのだろう。木ノ葉隠れで見た白のチャクラと、今、再不斬の亡骸に寄り添う白のチャクラは、まるで別人のように、変わり果てている。覇気は無く、冷たさと硬さは失われ、容易に手折れる細すぎる氷柱のようで―――あまりに、脆い。

 畳間は何かを憂うように、目を細めた。

 

「……ナルト、落ち着け。戦場では、精神的に脆い者から死んでいく。冷静さを失うな。再不斬のことは―――」

 

「再不斬のおっちゃんが、冷静さを失ったっていいてえのかよ!! 精神的に脆いって!! そういうのかよ、おっちゃん!!」

 

 ナルトの、本気の何かが、畳間に向けられる。初めての経験に、畳間は少しだけ戸惑いを覚えるが、そこに見た感情の色は、畳間が良く知るもので―――畳間は悼むように、眉を寄せる。

 

「……」

 

 畳間は何を語るべきかと、思考を巡らせる。しかし目の前には、以前とは比較にならぬほどの力を身に着けた角都がいる。感じられるチャクラと圧は、自分に匹敵するだけのもの。隙を晒すわけにはいかなかった。

 感情的になっているナルトを諫め、冷静さを取り戻させるには、相応の時間と、ナルトが納得するに値する、言葉選びが必要だろう。しかし、そのような時間は、今は無い。

 

「今は、再不斬のことは忘れ、目の前のことに集中しろと言っている。戦友の死を悼むのは、決着がついてからだ」

 

 あるいは、目の前の敵より圧倒的な実力を有しているか。

 畳間が第三次忍界大戦において、ダイの死を悼み看取れたのは、ダイ自身が敵戦力を壊滅させ、戦況が終結間近だったうえに、畳間が実力者だったからだ。

 当時の畳間が、まだ精神的に完成していなかった、ということもあるが、瀕死の敵にとどめを刺すよりも、友の死を悼むことにこそ、価値があると判断した。

 だが、今は違う。状況を見るに、再不斬は戦況を左右する何かを残すことなく死んだ。畳間はそう判断せざるを得ない。戦いはまだ終わっておらず、角都は健在。白は戦意を喪失し、メイとサクラは動ける様子ではない。サスケは遠方で戦いを続けている。本来ならば、ナルトをサスケの援護として速やかに送り出したいところだが―――。

 

「おっちゃんは、悔しくねェのかよ!」

 

 ナルトの怒声とともに、仙術チャクラが安定を失う。それはナルトの、精神的な動揺を現していた。

 ナルトの言葉を浴びた畳間は、内心で哀しみを抱く。  

 ナルトは、元来、優しい子だ。朗らかで、笑顔が似合う、そんな少年だ。だからこそ、そんなナルトがここまで怒りと悲哀をむき出しにしていることが、畳間は辛い。やはり、戦争に参加させるべきではなかったのかもしれない。そもそも角都(強敵)から意識を逸らし、感情をむき出しにしてしまっていることこそが、未熟の証である。

 

 ナルトは、優しい子なのだ。苛めなどの卑劣な行いを、見て見ぬ振りが出来ないほどに。しかしそれは正義感故ではなく、人を慈しむ心から生じるもの。人懐っこい甘えん坊だからこそ、傷ついている人を放ってはおけない。それを感じれば自分も哀しくなるし、傷ついている人には、心から甘える、ということが出来ないからだ。

 好意に好意で返し、好意を好意で返される。そんな素朴で尊い幸福を求め、幸せを他者と分かち合うことにこそ喜びを見出すナルトは、他人の心に敏感で―――だからこそ、入れ込み過ぎてしまう(・・・・・・・・)

 

 ―――俺の、悪いところだ。

 

 かつて、うちはカガミが二代目水影に殺されたとき、畳間は師を失った悲しみ以上に、兄を失ったアカリの心を想い、憎悪と憤怒を抱き―――渦の惨劇が起きた。

 

 ナルトは、畳間の幼いころに、よく似ている。うちに巣食うもの。祖父(義父)が大好きなところ。仲間思いなところ。始めての憎悪を、角都に引き出されたところすら。

 

「ナルト。まずは己を見つめ、冷静に己を理解しろ。角都のような奴に翻弄されるな。あいつは煽られることを嫌悪しているからこそ、人の憎しみを煽る術に長けている」

 

「……」

 

 ナルトが口を閉じ、にやついている角都へと視線を向ける。

 その角都のにやけ面を見たナルトの中に、更なる怒りが込み上げてきているのを、畳間は感じた。

 暴発を抑えるのがやっと、と言った様子だ。

 

「……ナルト。冷静さを取り戻せ。再不斬の無念を思うなら、なおさらだ」

 

 だが、激昂した頭を冷やすというのは、容易なことではない。畳間は背負うものの重さと、何十年もかけて築いてきた絆の力を以て己を保つが、ナルトにはまだ、そこまでのものはない。

 

「来ないのか? 九尾の小僧。雑魚がでしゃばるから、そうなる。そこのぼろ雑巾も、弱いから死んだのだ。哀しむことなど無い。くだらないおもちゃ(首切り包丁)を振り回し、調子に乗っていた虫が一匹、駆除されただけなのだからな」

 

 冷静さを何とか取り戻そうとしているナルトに、角都がここぞとばかりに言い放った。

 

「霧隠れ解放軍……。笑わせてくれる。何も為せずに死んだそのカスは、一体何のために生きて来たのかな?」

 

 ナルトが血走った眼を見開いた。

 怒りに呑まれたナルト。畳間は怒りを胸に、仙術チャクラを練り上げて、周囲の状況把握を開始する。

 

 ―――もしかしたら、中忍に昇格させるのは、早かったかもしれない。

 

 紆余曲折を経て、感情のコントロールを学んだ二人の義両親と違い、ナルトは、まだ若い。

 白の感じている痛みを、ナルトは自分のことのように感じているのだろう。平時において、それは美徳だ。人の痛みを理解できるナルトは、畳間にとっても誇りだ。

 だが、戦場にいる忍者にとって、それは抑圧すべきもの。決して、哀しみを憎しみに変じさせ、呑まれてはいけない。怒りも憎しみも、冷たい思考の下に押し隠し、任務を遂行することをこそ、忍者は求められる。

 ナルトの実力は、確かに並みの上忍を遥かに超えるのだ。実力は……。

 

 ―――実力は並みの上忍以上。しかし、精神的には―――。

 

 そんな下忍を一人、畳間は知っている。そしてそいつ(・・・)が、どんな半生を歩んで来たのかも。

 

 二代目火影、三代目火影に、どれだけの心労を掛けていたのか―――畳間はようやく理解した。

 

 尊敬する義父がそんなことを考えてしまったことをナルトが知れば、ナルトは深く傷つくだろう。だが、それもまた、冷静さを取り戻させるためには必要なことかもしれない。しかし自棄になる可能性もある。

 

 本当ならばゆっくり、話をしたい。ナルトの思いを、じっくりと聞いてやりたい。その怒りと哀しみを、受け止めてやりたい。せっかく、それが出来るだけの男になったというのに―――。

 だが、畳間は火影だ。ナルトだけの、父ではない。

 

「ナルト、お前の怒りは分かる。だが今は、俺に任せろ」

 

「―――」

 

 ナルトへ視線すら向けない畳間の言葉を聞いて、ナルトが歯噛みする。

 角都を殴ってやりたい、という怒りの衝動が抑えきれないのだろう。

 「何故おっちゃんは、俺を見もしないのか」と抱いてしまった、僅かな寂しさと些細な不満。自分の無力さ、不甲斐なさへの怒り。

 ナルトの中の、大小問わぬあらゆる負の感情が、最も激しい炎である角都への怒りに吸い寄せられて同化し、薪となり、角都への怒りをさらに燃え上がらせる。負の連鎖―――もはやナルト自身にすら、勢いを増す角都への怒りは、止められるものではない。

 

 ナルトには一瞥だけで済ませたのに、サクラ達へは優しく声を掛けた、というのも、ナルトの中の不満という火に、油を注いでしまっている。

 畳間がサクラ達へ視線を向けたのは、状況を瞬時に把握するためだ。そしてサクラに優しく声を掛けたのは、角都への恐怖に竦み上がっていたサクラから、その恐怖を異取り除き、安心を与えるためだった。

 畳間は、サクラがチャクラ切れを起こしていることを察知し、同時に、サクラが角都への恐怖からチャクラの回復が疎かになっていることを理解した。だからこその行動だった。

 医療忍者の有無は、戦場において戦況を大きく左右する。これは、戦場における優先順位の問題でしかない。だがナルトはそれを理解できていないし、そんなことまで説明する時間など無い。

 

 ―――タイムリミットだ。

 

 畳間が瞑目し、そして開眼する。

 眼球に浮かび上がる万華鏡。同時に、畳間の身体から木遁分身が生み出され、ナルトに触れる。

 その意図に気づいたナルトが、驚愕と怒りを湛え、畳間を見つめ―――

 

「おっちゃ―――」

 

「飛雷神の術」

 

 ―――木遁分身と共に、ナルトの姿が消える。

 火影の言うことを聞かず、感情に振り回される忍者など、戦場では邪魔なだけだ。かつて自分が、戦場に出させてもらえなかったように。

 畳間はナルトに恨まれることを覚悟し、しかしいつかは分かってくれるだろうと信じ、ナルトを戦場から離脱させた。締め付けられるような胸の苦しみに気づかないふりをして、畳間は視線だけを、少し離れた中空へと、向けた。

 

「―――思兼神(オモイカネ)

 

「―――な、なんだァ!?」

 

 直後。自由に空を飛び、サスケを翻弄していたデイダラが、地面へと叩きつけられる。

 困惑に一瞬呑まれ、不用意に周囲を確認した(・・・・・・・・・・・)デイダラの視線が、赤い万華鏡を湛えた一対の瞳と、交差する。

 

「目が……ッ!?」

 

 ―――幻術・黒暗行。

 

 突然の出来事に動揺し、唯一動かせる(・・・・・・)首を振って周囲を確認したデイダラと、目が合った一瞬―――畳間は幻術・写輪眼を発動し、デイダラを黒暗行の闇の中へと叩き落した。

 体の自由を奪われ、視界すらも奪われたデイダラは混乱を加速させる。だが、デイダラも手練れである。

 

「―――解!!」

 

 すぐさま幻術を解除し、視界を取り戻すと、あらかじめ取り込んでいた起爆粘土を吐き出し、己の身体の下で爆破させた。

 己の身体を傷つけながらも、爆発の衝撃によって空中へと飛び上がったデイダラは、共に跳ね上げられた起爆粘土の鳥を遠隔操作して己の身体を空中で突き飛ばさせ、引力場から無理やり抜け出す。そして再び起爆粘土の鳥を引き寄せて、その上へと着地した。

 爆破の衝撃で破れた衣には、夥しい量の血がこびりついている。

 

「クソが!! お前からぶっ殺しやる!! うん!!」

 

 感じる痛み。沸き上がる怒り。

 デイダラは瞬時に畳間の瞳術を見抜き、起爆粘土を周囲にばらまき、小規模爆発を連発させて畳間の視界から逃れ、空中を旋回・上昇しながら、畳間の真上へと向かう。

 そして畳間の頭上へと到達したデイダラは、空中で直角に曲がると、急降下を開始した。

 怒気に染まった表情を浮かべるデイダラは、強烈な爆発を見せてやると、奥の手には劣るものの、それでも巨大な起爆粘土を引っ提げて、畳間へと迫る。

 

 そして―――急降下の途中、デイダラは爆破の余波を受けぬよう離脱し宙に浮く。そして分離された起爆粘土の鳥だけが、畳間の下へと突っ込んで来る。

 

 ―――空爆。

 

「芸術はァーーーー!!」

 

 デイダラの歓声があがる。

 周囲を爆炎によって囲まれたことによって、畳間はデイダラの動きを掴み切れなかった。気づいたときには、起爆粘土の鳥は、もうすぐそこにあった。

 

「しま―――」

 

 畳間は頭上に迫る巨大な爆弾を見て、焦り、戸惑いを表情に浮かべる。そして、爆弾が起爆する。

 

「爆発だァーーーー!!」

 

 己を痛めつけた五代目火影―――千手畳間は爆発に呑み込まれたのを見届けて、デイダラは歓喜の雄たけびを上げる―――。

 

「―――カッ」

 

 地に伏せるデイダラの血走った目が、見開かれた。そしてデイダラの身体を青白い光が覆うと、その体は激しく痙攣し、口からは夥しい量の血液が吐き出され、周囲を赤く染めた。

 

 ―――ちちち、と千の鳥が鳴く。

 

 その鳴き声はすぐに止まり―――デイダラの身体は、二度と、動かなかった。

 

 デイダラの身体から、生命の熱が消えていく。

 膝立ちでデイダラの背中の上に乗っていたサスケは、デイダラの死を確認した後、背中から心臓を貫いていた忍者刀を勢いよく引き抜くと、デイダラの体の上から退く。

 そしてサスケは、畳間へと顔を向けた。

 畳間は体と意識の大半を角都へと向けたまま、視線だけ(・・・・)を、デイダラへと向けていた。サスケは畳間へ向けて、頷き、デイダラの死を示した。

 

 畳間はサスケのメッセージを受け取ると、何の感慨も無い様子で、視線を角都へと戻す。

 

「それだけ、危険な奴ってことか……」

 

 油断も隙も見せず、角都を見据える五代目火影の姿に、サスケは改めて角都の危険性を認識し、唾を呑み込んだ。

 

 ―――幻術・写輪眼 黒暗行。

 

 デイダラの見ていた物は、すべて幻術だったのだ。デイダラは黒暗行の術を解いたことで幻術から逃れたと誤認したが、実際には黒暗行の下に、さらにもう一つ、幻術が仕掛けられていたのである。

 

 体の自由を奪い、視界すらも奪われた者は、まずは視界を取り戻そうとする。その原因が幻術だと分かっていれば、なおさらだ。そして幻術を解除した次は、体の自由を取り戻そうとする。戦闘中であれば、すぐにでも回避行動を取りたいだろう。殺されるかもしれないのだから、当然だ。そしてそこには、少なくない焦りが生まれる。

 

 黒暗行はブラフである。

 本命は、直前の現実と似通った幻を見せる、幻術・写輪眼の方である。

 黒暗行の術―――視界を奪うという、単純だが非常に恐ろしい性質であるがゆえに、それを解除し世界に色が戻れば、人は幻術は解けたものだ(・・・・・・・・・)と誤認してしまう。視界を奪われ、視界を取り戻し、待っていたのが直前の現実と全く同じ景色ならば、それが幻術だと疑える者は少ない。万華鏡写輪眼の瞳術によって体の自由を物理的に奪われている状況であれば、なおさらだ。すぐにでも拘束から脱出しなければならないという焦りが、本来ならば容易に解ける程度の幻術の存在を、隠蔽する。

 

「これが、瞳で語る戦い……」 

 

 畳間の見せた写輪眼の使い方に、サスケは感嘆に唾を呑む。

 

 耳を負傷した状態であるがゆえに、命綱である写輪眼の強化と維持は不可欠。だというのに、厄介な起爆粘土を発動を阻止するために雷遁―――特にチャクラ消費の激しい紫電の連発を強いられる。空を自由に飛び回り空爆を繰り返してくるデイダラを相手に、対するサスケは荒れ果てた地面を駆け回らざる負えない。

 じりじりと削られるスタミナ。近づいて来る敗北の気配に、サスケは少なくない焦りを抱いていた。

 だが―――戦況は一瞬で逆転した。空を自由に飛んでいた怪鳥は、一瞬で地を這う虫へと貶められた。

 

 ―――実力の差。

 

 サスケは悔しさを感じながらも、しかし我を捨てて、為すべきことをした。すなわち、暁の討伐。

 動かなくなったデイダラが、畳間によって何かされたのだろうと瞬時に理解したサスケは、身動きの取れないデイダラに対し、一切の慈悲も無く、その心臓を貫いたのだ。

 

 結果―――デイダラは畳間の幻術を見破ることが出来ず、幻に包まれたまま、その背中をサスケに貫かれ、その生涯を終えた。

 

 デイダラの遺骸を火遁で燃やしたサスケは、雷遁を使い、畳間の下へと駆け寄ってくる。移動中、角都の方へちらちらと視線を向けているのは、無意識の恐怖と、警戒ゆえのものである。

 角都はサスケの自分に対する怯えを敏感に感じ取り、厭らしく笑う。そして、サスケを脅かすように、そして隙あらば本当に殺してやると、指を動かして攻撃の予兆をわざと見せつけながら、サスケへと殺気を飛ばす。

 しかし、角都が指を動かすとほぼ同時。間髪入れず挿し木を数発飛ばし、角都の意識を引き付ける。

 

「五代目!」

 

「サスケ。連戦になるが、まだ戦えるなら、すぐに北東へ向かえ。カカシが、恐らくはサソリと交戦している」

 

 駆け寄って来たサスケが、畳間の言葉を読んで、訝し気な表情を浮かべる。

 カカシの援護に回れ、と言うことは理解できるが、カカシならば傀儡使い程度どうとでもなるだろうという認識がゆえのことである。ゆえに畳間は端的に続けた。

 

「カカシ達の近くにやぐら―――四代目水影のチャクラを感じる。遠方から尾獣玉を打たれれば、神威で消し飛ばさざるを得ん。その隙(・・・)のカバーをしろ」

 

「―――了解」

 

 畳間の口の動きを読み取って、頷いたサスケが、駆け出していく。

 ナルトがどこへ行ったのか、なぜナルトを飛ばした(・・・・)のか、聞きたいことはたくさんあったが、しかしここは戦場であり、畳間は木ノ葉隠れの里の最高責任者。その指示に従い動くことが、今サスケのやるべきことである。

 実力で言えば、悔しいが自分を越えているナルトが戦場を離脱させられ、自分は戦力として残された。サスケはそのことに喜びや優越感を抱くことは無く、ただ居心地の悪さと、悔しさを覚え―――それを呑み込んで、戦場を駆け抜けた。

 

 

 

 

 

 

(本当は……『可能なら、やぐらの幻術を解き、この戦争を終わらせろ』とも言いたかったが……)

 

 去っていくサスケの背を見送りながら、畳間が内心思う。

 自分がカカシの増援に行かないのは、角都が目の前にいるから、ということもあるが、カカシのため、そして未来の木ノ葉のためでもある。そしてサスケに、先の言葉を告げなかった理由も同じ。

 木ノ葉隠れの里は戦争をし、畳間は戦場に出ている。しかし、『五代目火影』は、政治(・・)を、しなければならない。戦争が終わった後のことも、考えなければならないのだ。

 

 もともと畳間は、霧隠れの里に、自ら赴くつもりは全く無かった。

 理由は、カカシに『箔』を付けるためである。

 畳間は、自身の右腕と公言するはたけカカシを、自身の後継者―――すなわち、『六代目火影』にと、考えている。そしてカカシ自身、不安などの様々な思いを抱きながらも、そう在らんと、日々精進して来た。『二代目・白い牙』という名で、里の民たちから尊敬を集めているのが、その証左である。しかし畳間はもう一声、カカシに実績が欲しいと考えていた。

 木ノ葉隠れの里はほとんど一枚岩と言って良いほどに、団結している。しかしそれは、五代目火影という大樹の下に集うからこそのもの。無いとは思いたいが、しかしカカシの代になって、畳間すら気づけていなかった不穏分子が出て来る可能性はある。

 それは、他里が相手でもそうだ。岩隠れとの友好は固く、砂隠れはもはや木ノ葉に逆らうことは出来ない。だが、影としての戦いは、何も戦争だけでは無い。実力も確かに必要だが、友好的にしておくべきだ、と相手に思わせるだけの『名』も重要になる。

 畳間は文字通り、里の総力を挙げて、四大国を相手取り、これを打ち破った。これ以上無いほどの名声がある。だからこそ、次の火影は苦労するだろうと、畳間は考えている。

 初代火影、二代目火影という、里を創設した偉大な兄弟の後継としての重責を背負い、また火の意志を理解せず、言うことを聞かない里の問題児を懐に抱えながら、しかし歯を食いしばって里を率い、そして次代へ託しきった三代目火影の苦悩を、畳間は良く知っていた。迷惑をかけていた側だからこそ、なおさらだ。

 そして、畳間自身もまた、先代と比較される苦しみは、良く知っている。

 

 だからこそ、この戦争は、決して在ってはならぬものではあったが、しかし千載一遇の機会だとも思った。

 

 ―――『盟友』霧隠れ解放の英雄。

 

 その肩書があれば、六代目火影襲名は揺るがない。

 畳間が、盟友たる霧隠れを救いたいと考えているのは本当だ。だが同時に、畳間はこれを政治的に利用することも考えた。

 岩はまだこれからさらに固い友好を結んでいくとして、砂はもはや敵ではない。そして霧を完全な味方に付ければ、戦争はまず起きない。あとは雲隠れの暴発を起こさないよう、雲に対して攻撃的な血気盛んな者達を―――砂、岩などの他里も含めて―――諫めつつ、ゆっくりと、夢の先へ歩んでくれればいい。

 

 ゆえに畳間は、カカシを霧隠れの里へと送り出した。

 例えナルトたちが角都に及ばなかったとしても、やぐらの解放さえ成してしまえば、木ノ葉の勝ちだ。それに、今のカカシならば角都は愚か、他の暁を相手にしても勝てる―――そう確信を持って、カカシを霧隠れに送り出したのだ。

 戦争の終結とともに、五代目火影の治世もまた終わりを告げる。だからこそ―――先代から受け継ぎ、そして次代へ託す者として―――五代目(・・・)火影として、六代目(・・・)のために、為すべきことを、為さねばならない。

 

 だがどうにも、思った通りには、事が運ばなかったらしい。

 目の前の角都の実力は―――当時、畳間が戦ったころの比では無い。明らかに、次元違いの強さを手に入れている。

 角都を始末した後、速やかに霧隠れから去りたいと考えている畳間であるが、しかし、そうもうまくは行かないだろうなという予感を抱く。

 しかし一つだけ言えることがある。この男は、邪魔(・・)だ。

 畳間は鋭い視線を、角都へと向けた。

 

「……角都。貴様、何故生きている? いや……最初から死んでいなかったのだとすれば、何故潜伏を選んだ? 何故、今になって現れた?」

 

(恐らくは、仙術を習得するのに、長く時間が必要だった、ということだろうが……)

 

「ふん。『木ノ葉の昇り龍』と持て囃されて調子に乗ったか? 千手の小僧」

 

 角都は、畳間の質問には答えなかった。

 仙術を修め、絶対の自負を抱く角都は、畳間が以前と変わらず―――どころか、以前よりも泰然自若な様子を見せることに、苛立ちを覚えている様子である。

 

(短気は健在か……なら……)

 

 畳間は、角都の激昂しやすい気質がそのままであることを見抜き、単純な質問から、煽りに依る誘導尋問へと移行し、言葉を続ける。

 

「潜伏した理由を当ててやろうか、角都。俺に怯えたんだろう? そうだろうな。当時の俺はまだ若く、未熟だったが―――そんな小僧に負けた、惨めな敗北者がお前だ。仙術を身に着けて、ようやく自信もついたんだろうが……残念だったな。お前がやっと身に着けた仙術は、俺にとっては既に通った道だ」

 

 本当に自身が角都を相手に勝利をもぎ取ったかは分からない畳間だが、確認の意味を込めて角都へと侮辱を叩きつける。

 そんな畳間の言葉を受けて、角都は怒りを堪えるように、体を震わせて、笑った。

 

「くっくっく……。小僧。その手には乗らん。貴様の風聞は、よく耳にしている(・・・・・・・・)ぞ。貴様の家の、孤児(ガキ)の数もな。最近また一匹、雌猫を拾っただろう」

 

「……」

 

 畳間は鋭く目を細めた。

 確かに最近、女の子を一人、ノノウの紹介で迎え入れたところだった。それを知っているということは、かなり念入りに、畳間の周辺を調べているのだろう。

 畳間の警戒心が跳ね上がったことを感じ取ったのか、角都は満足げに笑う。

 

「―――千手畳間。もはや、貴様を侮ることはない。あの化け物(初代火影)から、正しく力を引き継いだ唯一の忍びが、お前だ。貴様を殺すために、俺は入念に準備して来た」

 

 そして角都は畳間に叩きつけるように、声を荒げた。 

 

「―――貴様を殺し、その心臓を奪うためだけに、オレ(・・)は生き恥を晒した! すべては今、この時のため!!」

 

 角都の身体から、圧が噴き出した。しかしそれは怒りのチャクラではなく、激しく高ぶる闘争本能に由来するもの。

 荒ぶる角都とは対照的に、畳間は思考する。

 

(生き恥を晒した、か……。協力者は誰だ……? 角都を救いあげ、龍地洞へ導いた者がいるはず……。暁に所属していることからして、可能性が高いのはやはり仮面の男、あるいはゼツ……。しかし、孤児院のことまで詳しく知っているとはな……。考えたくはないが……木ノ葉に鼠……いや、『蛇』が潜り込んでいるのか?)

 

 ともかく、子供を引き合いに出して来たということは、角都もまた畳間から冷静さを奪おうとしているのだろう。

 かつての戦いの折、畳間は近場の村を人質に取られ、激昂と共に交戦を余儀なくされた。あの時の再現を、角都は狙っているのかもしれない。

 

 ―――だが、成長したのはお前だけじゃない。

 

 『五代目火影』を背負い、畳間は角都を冷静に見据え、分析する。

 

 ―――仙術チャクラの波にムラがあるな……。角都の仙人モード……その精度は、オレやアカリには及ばない。正面からぶつかり合えば、オレが負ける道理は無いが……。周囲の物質に感じる違和感……吸っている(・・・・・)のか? 今もなお。だとすれば、長期戦は不利か……。時間切れは無いと考えるべきだな……。だとすれば、取るべき手は―――

 

 畳間は静かに、太ももに括りつけているホルスターから苦無を引き抜いた。

 そして、角都の後方へと、視線を向ける。

 

(あの岩の蛇……生きているな(・・・・・・)。土遁、それとも仙術に依る特殊な術……? だが、こいつは五属性すべてに加え、手に入れた心臓によっては、血継限界も使えるはず……。仙術以外の可能性も捨てきれん……)

 

 全貌が見えない角都の力。

 

(猿の兄貴なら素早く正確に答えを導き出すんだろうが……俺ではまだ足りんな。……探りを入れてみるか)

 

 畳間は更なる情報を引き出すべく、言葉を続ける。

 

「その仙術チャクラ、『蛇』のものだな? 龍地洞の、白蛇仙人に弟子入りしたのか」

 

 妙木山と湿骨林には、木ノ葉と縁深い。他に仙術を師事できるのは、龍地洞の白蛇仙人のみ。そして白蛇仙人は、仙術の中でもさらに特殊な術を扱うと、蝦蟇仙人から聞いたことがある。

 

「それがお前の切り札、ということか? だが、見たところ、お前の仙人モードは、俺に技術で大きく劣る。俺の倍の時を生きて、なお俺に及ばんとは、哀れなやつだ。才能が無い、と言わざるを得んな」

 

「九尾の人柱力の口の悪さは、どうやら貴様似のようだな」

 

 畳間の煽りに、角都は苛立たし気に、吐き捨てるように言った。 

 畳間は煽りの効果を感じ、わざとらしく嘲笑を浮かべる。

 

「角都。俺の義息子たちに、相当煽られたようだな。だが、激昂しやすいお前を相手にして、ナルトが生きていたところを見るに……殺せなかったか? そうだろうな。お前程度(・・・・)の力では」

 

「……勘違いするなよ、千手の小僧。あのクソガキは、敢えて生かしておいたんだ。お前を呼ぶ餌にするためにな」

 

「―――ウソです! 火影様! 全てウソです!! 私見たんです!! こいつ、ナルトを殺そうとしてました!! ナルトの仙術に怯えて、ナルトを殺そうとしてました!!! 」

 

 畳間の後方で寝そべるサクラが、声を荒げる。

 それを聞いて、畳間はナイスアシストだ、と内心でサクラを褒める。そして角都へ向けて、見るからに嘲り、侮辱している、といったふうな嘲笑を浮かべた。

 

 ―――仙法 雷遁・偽暗。

 

 角都がサクラの方へと指先を向ける。

 直後、雷鳴が轟き、凄まじい勢いで畳間の脇を雷の槍が通り過ぎようとして―――畳間が背後に展開した金剛壁によって遮られ、霧散する。

 

「倒れ伏す女子供の口を封じようとするとは……。堕ちたものだ、角都。いや……そういえば昔からお前は、子供相手にしかイキれない(・・・・・)、情けない奴だったな……。なあ、角都。お前、そろそろ悔い改めればどうだ? そんな小僧(・・・・・)にすら負ける、惨めさを」

 

 びきり、と角都の血管が浮かび上がる。

 

「……貴様はどうだ。そのザマ(・・)は」

 

「……ああ、これか」

 

 角都が畳間の姿を指して言う。

 言われた畳間は両手を広げ、角都に己の身体をよく見えるように示した。

 その体は酷く汚れていた。所どころ破れ、血に染まった火影装束。その下には、やはり破損した鎧が見える。

 畳間は戦いの痕跡の残る己が体を見せながら、素知らぬ顔で、言い放った。

 

「お前たちのボスと、少しな」

 

「なん、だと……?」

 

 畳間の言葉―――その真意を察した角都は、思いもよらぬその言葉に驚愕し、目を見開いた。

 

「雨隠れに潜む暁の頭目―――ペイン。真の名を長門、といったか? 手強い忍者だったよ。まさか、本当に輪廻眼を所持する者が、他にも存在しているとは思わなかったが……。自来也の弟子と言うだけあって、体術忍術ともにかなりの手練れではあった。だが、輪廻眼との戦いには経験があるし、自来也の助言で準備も出来ていた。それに、ガイ達もいた。負ける道理は無い」

 

 ―――そして、畳間は煽るように笑った。

 

「……角都。この意味が分かるよな?」

 

「―――」

 

 絶句する角都。

 対し、畳間は今まで浮かべていた、嘲笑の演技―――すべての表情を消し、冷たい氷の視線を、角都へと向ける。

 

「暁の残党(・・)、角都。貴様たちの本拠―――雨隠れの里は、木ノ葉隠れの里が占領した。貴様は決して逃がさんし、もはや―――逃げ場などない」

 

 畳間は冷たく言い放った。

 自来也、ガイ、シスイ、イタチ―――里の守りをうちはと日向一族に任せ、里の最高戦力にして少数精鋭部隊を、畳間は雨隠れに送り込んだ。

 

 実のところ、霧隠れにいる木ノ葉の忍者は、人数こそ多いが、『木ノ葉の最高戦力』は、カカシのみだったのである。それだけ畳間がカカシに向ける信頼が厚いということもあるし、霧隠れを襲撃する前であれば、雨隠れの方にこそ暁の戦力が集中していると考えたのだ。裏方に戦力を送り込み早々に戦いを終わらせ、しかし最重要かつ派手な舞台をカカシに任せる。それが畳間の、六代目火影誕生への布石。

 

 ―――もともと畳間は、霧隠れに赴くつもりなど無かった。雨隠れへと、向かうつもりだったからだ。

 

 さすがに名だたる抜け忍が所属する『暁』の本拠地を落とすことは容易ではない。ゆえに自身が参戦してもなお時間が掛るだろうと思っていたし、その間に霧隠れの里はカカシによって解放されるだろうと考えていた。

 実際には暁の戦力分散は霧と雨で半々であったため、霧隠れ解放軍は、予想以上に苦戦を強いられてしまった。だが、ナルトたちが角都と言う古豪を抑え込んでいたことで、木ノ葉側の被害はそれほど重くはない。そして、雨隠れ制圧が思っていたよりも早く片付いたため、畳間が増援に駆けつけることが出来た。最初の畳間の構想は失敗したが、角都を討伐した後に速やかに去れば、手柄はカカシのものとなる。

 

 もしも、霧隠れにいるのが角都と飛段だけであれば、雨隠れ制圧軍はサソリ、デイダラとの交戦も余儀なくされただろう。デイダラの秘術は、真っ向から戦うには、畳間であっても危険な代物だ。畳間にとって爆発とは縁起の悪いものであるし、雨隠れ制圧の精鋭部隊の中から、犠牲者が出ていなかったとも言い切れない。そういう意味では、僥倖だった。

 

 ―――そして戦争は速やかに、詰みへと向かう。戦争を長引かせる気など、畳間には毛頭無い。

 

「第三次忍界大戦の頃とは、訳が違う」

 

 当時の木ノ葉は四大国に包囲されており、飛雷神の術を使える四代目火影ですら、救援の報にすぐさま応えるために、里から動くことが出来なかった。

 霧の方面が危ういならすぐさま霧の方へ、雲の方が危ういならすぐさま雲の方へ、そして次なる救援があったときのために、すぐさま里へ戻る―――四代目火影は過酷なシャトルランを求められた。飛雷神の術を会得していないヒルゼンは、なおさらに、『絶対的な窮地』が発生するまで、動けなかった。

 

 だが、今は違う。今木ノ葉が相手にしているのは、疲弊しきっている霧と、軍事力としては木ノ葉の足元にも及ばない雨の二国のみ。木ノ葉に掛かる圧など、当時と比べれば屁でもない。多少里を空けたとしても、問題はない。飛雷神の術ですぐに里へ戻れる畳間が火影であるならば、なおさらだ。

 

 さらに言えば、第三次忍界大戦の折に木ノ葉が求めていたのは、友和と停戦。今回の戦争で木ノ葉が求めているのは、霧隠れを陥れた()の殲滅である。守りに徹し、攻め込むことをしなかった第三次忍界大戦と、徹底的な交戦を決断した霧隠れ解放戦争では、まず前提条件からして違う。

 片や、各里のトップクラスの実力者といえども、数人の抜け忍が集まった、犯罪者集団。片や、戦争を耐え忍びながら、その牙を研ぎ澄ませてきた、大国たる火の国・木ノ葉隠れの里。

 

 第三次忍界大戦において、木ノ葉が逆襲に出なかったからか。あるいは戦後、報復を行わず、被った被害に比べれば、甘いと断じざるを得ない賠償しか求めなかったからか。寛容が過ぎると、勘違いさせてしまうものだ。こいつは弱い、まだいける、と。

 だが、木ノ葉隠れの里は、四大国を許したわけではない。四大国を恐れたわけでもない。ただ平和と言う、木ノ葉隠れの里が抱く始まりの夢のために、耐え忍んだだけなのだ。

 

 ―――それを。

 

 畳間は冷たく鋭い視線を、角都へと突き刺し、静かに口を開いた。

 

「―――木ノ葉を舐め過ぎた(・・・・・・・・・)な、『暁』」

 

 木ノ葉隠れの里と本気で戦争をしたいならば、それこそ―――四大国を連れて来い(・・・・・・・・・)

 

 自ら眠ることを選択した龍の逆鱗に触れ、引きずり出したのは、他ならぬ暁。大陸の平穏という夢のため、木ノ葉隠れの里は、戦争という闇を抱く覚悟を固めた。犯罪者集団の撲滅、という大義名分を、畳間は好まない。戦争は、戦争。それを受け止めながら、しかし畳間は少しだけ、哀愁を抱く。

 

「思えば……」

 

 畳間は思い出す。自分自身の、千手畳間の、初めての戦い。争いの螺旋の、始まりの時を。

 

「お前との出会いから、俺の戦いは始まった」

 

 角都との出会いは、未熟で愚かな小僧だった畳間に、道を踏み外すに値するだけの衝撃を与えた。

 

「だからこそ―――言い訳はしない。五代目火影ではなく、『木ノ葉の昇り龍』の名の下に、俺自身の闘争の歴史。その因果を―――ここで絶つ」

 

 臥龍―――眠れる龍は今再び、天へと駆け上る。

 

「抜かせ小僧」

 

 仙人へと成り(・・)、竜へと昇華した蛇は、そのチャクラで大地を揺らす。

 

「お前の切り札は知っている。千手柱間と同じ、仙法・真数千手。他里の中枢で、あんなものは使えまい」

 

 角都が中腰に構え、足に力を込める。接近戦を挑むつもりなのだろう。遠距離戦は角都にとっても得意分野であるが、遠距離戦を最も得意とする畳間と、木遁相手は分が悪い。仙術を修めた今、近距離戦であれば、負けは無い。そう考えての言葉であり、動き。

 

「……」

 

 ―――角都の言葉に畳間は鋭く目を細め、しかし何を口にするでもなく。

 

 ―――二頭の龍が、駆けだした。

 


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