綱手の兄貴は転生者   作:ポルポル

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双龍、相打つ

 殺意を滾らせて駆ける角都を、畳間の冷たい視線が射抜く。

 

 ―――万華鏡写輪眼。

 

 駆け出した角都が、地面に叩きつけられた。

 写輪眼相手に目を合わせてはならず。しかし畳間の万華鏡は、己が『視る』だけで、敵の動きを封じることが出来る瞳術を扱える。

 近接戦において、相手の視界から消える、というのは難しい。避ける側は体全てを逃れさせなければならないのに対し、畳間は眼球を動かすだけでいい。能力に派手さは無いが、一対一での近接戦において、無類の強さを発揮する瞳術である。

 

 ―――一対一、であれば。

 

 畳間は腰のホルスターから棒手裏剣を抜き出すと、角都へと投擲する動作へ移る。腕を下から上へ、斜めに振り上げるような動作の途中、指先から棒手裏剣を手放すと同時に、腕を急停止させた。

 直後、棒手裏剣を追って、掌から巨大な『杭』が飛び出した反動に、畳間は少し片足を下げて地を踏みしめる。棒手裏剣と『杭』による二段攻撃。角都は動けない状況で、直撃は必至と言える。しかし畳間は追撃の印を結び始め―――直後、角都が増えた(・・・)

 

 ―――当然、それ(・・)は予測していた。

 

 畳間はかつて、その技は見たことがあった。己の5つある心臓を分裂させ、分裂体を生み出す角都の術は、分裂体それぞれが本体と同等の力を持ち、固有の術を扱える。

 

 ―――仙術・手裏剣影分身の術。

 

 畳間が印を結び終えたと同時に、飛んでいく棒手裏剣と『杭』がにわかに増殖し、さながら動く『壁』の様相を呈した。

 仙術・手裏剣影分身。チャクラ量に物を言わせて増やした棒手裏剣と『杭』は、およそ1000を越える数に膨れ上がった。角都が数体増えたところで、もはや逃げ場など無い。加えて、本体は未だ畳間の瞳術の支配下にある。増殖し、壁にしか見えないほどに密集した棒手裏剣と杭だが、しかし僅かな隙間から覗き見える角都の身体を、畳間の万華鏡は逃さない。

 さらに、もう一発。

 

 ―――火遁・大炎弾。

 

 印を続けた畳間は、その最後を『虎』で結びながら上体を仰け反らし、そして振り下ろすように顔を前に突き出した。窄められた畳間の口から、巨大な火の球が解き放たれる。

 

 初撃。棒手裏剣による鋭利なる鉄の壁。土遁でなければ、防げない。

 追撃。触れればチャクラを奪い成長する人食いの木壁(もくへき)。土遁の壁は、意味をなさない。

 ダメ押しに時間差で放った火遁は、棒手裏剣で貫かれ、杭に喰らいつかれた敵を焼き尽くす地獄の業火。

 

 直後、角都の前方に、煙と共に巨大な蛇が現れる

 口寄せの術―――呼び出された大蛇は、無数の棒手裏剣と杭に貫かれ、起き抜けの断末魔を上げた。

 

 同時に、蛇の下の土が凄まじい勢いで起き上がる(・・・・・・)様を、畳間の写輪眼が視認する。

 周囲の地面を引きちぎりながら生まれ落ちた土の蛇(・・・)は、串刺しにされた口寄せの大蛇を邪魔だと言わんばかりに、鬱陶し気に上空へと押し上げた。土の蛇は追撃の火遁をその身で受けたが、しかしその体の表面は焼けこげるだけで、貫通するには至らない。

 

 ―――水遁・水断波。

 

 土の蛇により視界は隔たれ、角都は体の自由を取り戻しただろう。

 だが、仙術チャクラは、角都の位置を正確に教えてくれている。

 窄められた畳間の口から、超高密度に圧縮された水の刃が解き放たれる。水断波は水遁、その極みの一つ。相性に劣る『土』であろうと、壁にはならない。

 水断波は蛇の身体を容易に貫通し、角都の右肩付近を貫いた。

 痛みに喘ぐ呻きが畳間の耳に入る。畳間は首を振って角都の身体を袈裟斬りにしようとしたが、それよりも早く角都が右腕を捨てるような動きで水断波から無理やり逃れ、直後捨てた右腕を触手で繋ぎ合わせるのを、感じ取る。

 畳間の首の動きに沿って移動した水断波によって体を切断された土の蛇は、大きな音を立てながら崩れ落ちた。少し遅れて、土の蛇によって上空へ押し上げられていた口寄せの蛇が地面に墜落、激突し、大きな振動を発生させる。

 畳間の仙術チャクラが、角都たちが散開し、回り込もうとしていることを感知する。

 

 ―――鉱遁・金剛山土の術。

 

 畳間が地面に両掌を叩きつけたと同時、角都たちの左右と畳間の目の前に、巨大な金剛石の壁が、地面を突き破って現れた。

 左右の金剛壁は不動。しかし畳間の目の前の壁は、前方へと倒れていく。

 

 前方の金剛壁は畳間の支配から離れ、しかし重力によってその勢いは止まらない。そうして両手の自由を取り戻した畳間が印を結ぶ。

 

 ―――口寄せ・屋台崩しの術。

 

 上空に現れたのは、巨大な蛞蝓。かつて、幼い頃の畳間と共に戦った、大蛞蝓。かつてよりも増大したチャクラで、かつてよりも巨大な大きさで呼び出された蛞蝓が、倒れ行く金剛壁の上に飛び乗った。

 

「さ、里が……」

 

 畳間の後方で、何かを嘆く声が聞こえたが、畳間は気にしなかった。

 

(……止まった。あれ(・・)か)

 

 角都たちを圧し潰そうとした金剛壁は、途中で何か硬いもの(・・・・)に突っかかったかのように、斜めのままで停止する。

 角都の身体を硬質化し、動くことと引き換えに、雷遁以外のあらゆる攻撃を防ぐ、角都の絶対防御。土遁の力を持つ角都の分裂体が、巨大な壁と大蛞蝓の圧殺を食い止めている。

 だが、硬いだけの敵の対処法など、畳間にはいくつもある。

 

(仙法・木遁。花樹界―――。―――ッ!)

 

 両指を組み、畳間はチャクラを練り上げる。

 木遁・花樹界降臨。樹海降誕のさらに先。生み出した木々に、毒性の強い花粉を放出する花を咲かせ、その毒で、敵を内側から蝕む、木遁の奥義の一つ。金剛壁の周囲にそれを展開し、封殺しようとした畳間だったが、しかしそれを途中で切り上げて、後ろを向いた(・・・・・・)

 恐らくは―――育ての親を失った現実を受け止められぬ白や、身動きの取れないサクラやメイを狙い、地面を掘り進む触手の存在を、畳間は感じ取ったのだ。

 相当な深さを掘り進んでいたのだろう。仙術による感知から逃れたのはたいしたものだが、しかし地上へ向けて昇り始めたことで、触手は感知能力の範囲内に入った。触手が地上に飛び出て、白たちを襲撃するまで距離がある。しかし、畳間にもそれは言える。救援が間に合うかは―――。

 

(相変わらず―――)

 

 角都もまた仙術を使う者。畳間が大技を放とうとしていることを、仙術チャクラによって感じ取ったのだろう。そして、それを邪魔するための一手が、足手纏い(・・・・)への攻撃。畳間は角都の相変わらずの上手さ(・・・)に嫌気を感じるが、しかし皆を見捨てるという選択肢はありえない。

 

 畳間は足にチャクラを込めて瞬身の術を以て駆け出そうとして、しかし右側へ跳躍せざるを得ないという判断を下した。畳間が飛び避けると、畳間が今まさに立っていた場所―――()があった部分を、触手の槍が凄まじい勢いで通り過ぎていく。斜めのまま停止している金剛壁の隙間から、触手が伸びて来ていたのである。そのままでいれば、肩を抉られていた(・・・・・・・・)

 

 体勢を崩された畳間は、このままでの加速は不可能と断じ、崩された体勢のまま、マーキングのついたクナイを白の方向へと投擲する。

 同時に、畳間の傍を通り過ぎ、そのままサクラ達の方向へ向かおうとしている触手の槍を凝視―――万華鏡の瞳術によって、それを地面に叩き落とした。

 

 ―――草結びの術。

 

 畳間によって地に縫い付けられた触手の周囲から小さな草木が生い茂った。それらは触手に絡まり、縛り上げてこれ以上の動きを封じると同時に、そのチャクラを吸い上げる。そして―――

 

 ―――飛雷神の術。

 

 直前に飛ばしたクナイのマーキングへ向けて『飛んだ』畳間は、未だ宙を突き進むクナイを掴み取ると、空中で体を捻り、今度はそのクナイを角都の方へと投擲する。追撃に放たれた触手が、こちらへと向かっていた。それを迎え撃とうというのである。

 

 畳間は空中でそのまま一回転―――その最中、背中から木遁分身が発生し、畳間から分離する。本体の畳間は、着地すると同時に地面を蹴りつけて加速し、サクラ達の方へと向かい―――途中、引っ手繰る様に、呆然自失な状態の白を小脇に抱えた。

 同時に、木遁分身が飛雷神の術によって再度投擲されたクナイへと『飛び』、触手に貫かれた。貫かれた木遁分身はその場で『木』へと還り、触手をその身に呑み込んだ。

 

「再不斬さん! 再不斬さん!!」

 

 畳間に抱えられている白が取り乱し、再不斬の亡骸の下へ戻ろうと暴れ始める。畳間は白を拘束するように、白を抱える腕に強く力を込める。

 

「ああああああああああああ!!!」

 

 直後―――白の金切り声が空を劈き、ぎり、と畳間が歯を鳴らす。

 白の声にわずらわしさを覚えたのではない。畳間は後方で、畳間を追って放たれた新たな触手によって、何か(・・)がずたずたにされる(・・・・・・・・・・・)気配を感じ取り、それを白が直視してしまったことを、理解したのである。畳間は自身の胸―――鎧が砕けた部分へと、白の顔を押し付けた。白の顔が、赤く染まる(・・・・・)。畳間は感じる寒気に、身震いをした(・・・・・)

 

「火影様! 後ろ!! 後ろです!!」

 

「分かっている。歯を食いしばれ。舌を噛む」

 

「え―――」

 

 滑り込むようにサクラ達の下へ駆けよった畳間の後ろから、触手が迫っているのは、畳間も感じ取っている。サクラは慌てて後ろに注意を向けるように言っているが、畳間は冷静に告げた。

 困惑を浮かべるサクラだが、しかしすぐに言うことを聞いて歯を食いしばったのを確認し、畳間は白を抱えていない方の手を地面に叩きつけた。

 

「封印術―――隔離結界・金剛柱の陣」

 

 畳間たちの周囲に、大人の腰ほどの高さの金剛石でできた円状の敷居が発生し―――その直後、足元の地面が金剛石へと変化した。

 困惑を表情に浮かべるサクラを横目に、畳間は暴れようとする白から意識を奪う。

 直後、浮遊感と共に、四人は地から遠ざかっていく。畳間が生み出した金剛石の柱が、四人を乗せて、伸びあがっているのである。

 そして畳間たちが乗っている柱を中心に、四方に新たな金剛石の柱が出現した。不可視のチャクラによって柱同士は繋がっており、そのチャクラの帯を越えて来た者を金剛の槍にて撃滅する封印・結界術である。

 

「お前たちはここにいろ。それと―――」

 

 畳間は空いた手でホルスターからマーキングのついたクナイを取り出すと、サクラの目の前にそっと置く。

 

「サクラ。このクナイは、柄の部分にオレの細胞を練り込んだ特別製でな。チャクラを込めれば、オレにシグナルが届く。もしもの時は、オレを呼べ」

 

「……分かりました。けど、どういう……?」

 

 ここに畳間がいるというのに、呼べとはどういうことか。サクラが困惑を表情に浮かべる。

 

「いえ、そう……。そういうこと、ですか……」

 

 畳間はその問いに答えようとするが、サクラはその前に、何かに気づいた様子である。

 

「ご武運を。火影様」

 

 畳間の考えを察して見せた様子のサクラの言葉に、畳間は嬉し気に微笑む。

 

「……サクラ。やはりお前は、大した()だよ。アカリと綱の弟子とは思えんほど、立派なくノ一に育って……。カカシのおかげかな? 最初の先生は肝心だからな。オレも―――」

 

「……」

 

 懐かしむように遠くを見つめる畳間に、サクラは微妙な気持ちと、その言葉を呑み込んだ。

 サクラは畳間の中の、アカリと綱手への評価が思ったよりも低く、カカシの評価がすこぶる高いことを察した。

 確かに、畳間はアカリ、綱手との距離が近すぎて、弱点を多く知り過ぎている。それはアカリと綱手とてそうだろう。しかし一方で、カカシはといえば、畳間からすれば、憎しみに呑まれず、ずっと自分の後をついて来てくれている期待の後継者―――特別な存在なのである。親友の子ということもあるだろうが、若干の色眼鏡が入っていることは否めない。

 

 しかしサクラからすると、はたけカカシという忍びは、確かに強くてカッコいいところはあるが、基本はだらしない先生という印象が強い。ジェネレーションギャップであった。

 

 とはいえ、なごんでいる時間は無い。

 畳間は気を失っている白を優しく横たえると素早く立ち上がり、メイの傍へと向かう。そしてメイの印を、両手で包み込むようにして、優しく触れる。同時に、畳間の背中から、木遁分身が生み出された。

 

「これは……体が軽く……?」

 

 メイの呟きに、畳間が答える。

 

「封印術の行使を、オレの分身に肩代わりさせた」

 

 メイがずっと印を保っていたことから、当初の作戦は成功していることを察した畳間が、メイが行っている封印を、木遁分身に肩代わりさせたのである。

 生み出された分身はその場に座り込み、メイの代わりに印を結び、同時に結界の維持を担うことになる。本体のチャクラはそれなりに分割されるが、メイが自由に動けるようになれば、サクラ達の護衛を任せられ、畳間も憂いなく戦える。

 

「口寄せ……」

 

 畳間は、掌を軽く叩き合わせる。乾いた破裂音がして、畳間は手を開く。畳間の身体の前―――刀が一本、宙に浮いていた。

 畳間はそれを引っ手繰る様に取ると、右腕にチャクラを集める。

 

 ―――装威・須佐能乎。太刀の型。

 

 紫色のチャクラが、畳間の右腕から、その先に握る刀までを覆った。手甲のような形で顕現された須佐能乎は、小さいが、しかし高密度に編み込まれている。

 須佐能乎を纏った刀を、畳間は横一線に振り抜いた。暴風と暴圧。

 

 生み出された真空波によって、もたついている畳間たちへ角都が放っていたらしい火遁は掻き消され、雷遁は切り裂かれる。

 

「いいか、お前たちはここにいろ」

 

 畳間は短く言った。動けないサクラと白の護衛は必要だ。それにメイが参戦したとして、戦いが終わった時、生きているとは限らない(・・・・・・・・・・・)

 金剛壁から抜け出した角都が、こちらへ向けて、再び術を放とうとしているのを、畳間は鋭く細めた眼で見下ろした。

 柱の頂上から飛び降りた畳間は、その最中に側面を蹴りつけて、角都の方へと吶喊し、角都は咆哮を以て迎え撃つ。

 

 複数の角都がそれぞれ、無数の触手を、火遁を、風遁を、雷遁を、水遁の術を放ち―――畳間が空中で、刀を素早く振り回し、その全てを撃墜する。

 周囲の土地がさらに荒れ果て―――戦いはさらに激しさを増す。 

 

 

 

 

 

「私も―――」

 

「やめてくれメイ」

 

 残されたメイは、柵に足を掛け、眼下で戦う畳間の加勢に入ろうとしているのを、畳間の分身が諫めた。

 

「それは角都に有利に働く(オレに効く)。やめてくれ。二つの術の維持でオレは戦えん。早々この結界が突破されることは無いが、万一もある。暁の残党が合流しないとも限らない。すまんが、メイはこの子たちの護りを優先して欲しい」

 

「火影様……」

 

 胡坐を掻いて印を結んでいる畳間の分身が、参戦しようとするメイを諫めた。

 メイが迷うように目を動かすのを見て、畳間の分身は続ける。

 

「それに……この子()も、いつ起きるか分らん。そのときは、お前が傍に居てやった方が良い」

 

 再不斬を失い、そして辱められた白が目を覚ました時に、寄り添ってやれる者が必要だ。

 微笑みを浮かべながら、そう言外に伝える畳間に、メイは申し訳なさそうに、しかし責めるような口調で、言った。

 

「……戦争中ですよ」

 

 畳間の優しさは有難いが、しかし今は戦時下にある。身内を一人失った程度で取り乱す忍者―――それはその者の練度が低かったというだけの話である。サクラはともかく、白を守る価値は無い―――霧隠れ解放軍のトップとして、メイは言うべきことを伝える。

 畳間はそれをメイの虚勢だと理解している。だからこそ、優しく続けた。

 

「だからこそだ。これだけのことになった以上、やぐらはどう転んでも、水影を降りなければならん。そうなった時に必要なのは、闇の支配から霧隠れを解放した英雄……五代目水影。再不斬が死んだ以上、もはやお前達しかいない。影というのは、一人で背負えるほど、楽ではないぞ。この子の―――痛みを知るこの子の力は、きっと必要になる」

 

「……。……出来るのでしょうか。この子に……」

 

 メイは眠る白の顔を見下ろした。慈愛と、悲痛と、不安と―――様々な感情が混ざり合ったような表情である。

 白が立ち直り、霧隠れを背負うに値する忍者に成れるか―――その不安は、先ほどの取り乱し具合を見てしまえば、当然抱く不安だと言えるだろう。

 メイの呟きに、畳間は首を振る。

 

「断言でき兼ねるな……。子の未来のためだ。オレ個人として協力を惜しむつもりはないが……、こればかりは、本人が気づく(・・・)しかない。オレ達に出来るのは……、気づくきっかけを、与えることだけだ」

 

 畳間は目を伏せる。

 思い出すのは、大切な人を失った時に抱いた哀しみと怒り。それに呑まれて見えなくなった、叶えたかった夢。それに気づく切っ掛けを作ってくれた、友たちの存在。

 

 角都は、戦争屋だ。戦争を起こすことこそが、角都の目的である。だからこそ、再不斬の夢を叶えることこそが、再不斬への最高の手向けで在り、角都への最大の復讐となるだろう。

 

 畳間を怒りと憎しみの道に引きずり込もうと、多くの犠牲者を出した黒幕(・・)への対抗手段も、そうであった。どれほどの痛みをも耐え忍び、平和への道を進むことこそが、先人たちへの恩返しで在り、黒幕(・・)への意趣返しだった。

 

 とはいえ、どのみち、角都は碌な奴じゃない。この戦いで、畳間が確実に息の根を止める。初代から受け継がれ、畳間が目指す『夢』への道に、角都はただひたすらに『邪魔』なのだ。

 

 白が目覚めた時、復讐の相手はもうこの世にはいないだろう。

 怒りのぶつけ先を失って―――白がどうなるのかは、分からない。

 怒りに呑まれ、好戦的な性質にかもしれない。あるいは、無気力に沈んでしまうこともあるだろう。だがもしも、憎しみだけに囚われず、痛みを耐え忍び、再不斬の意志を抱きしめることが出来たなら―――。

 

「願わくば、そう在って欲しいと思うが……」

 

 

 

 

((鬱陶しいな……))

 

 角都たちは見事な連携で畳間を翻弄し、畳間はそれを装威・須佐能乎によって迎撃しつつ、隙あらば角都へ一撃を叩き込もうとする。

 互いに一進一退の攻防が続く中、互いが胸中に抱く思いが重なった。

 

 近づきたいが、しかし近づかせたくない(・・・・・・・・)角都。

 近づかせたくないが、しかし近づきたい(・・・・・)畳間。

 

 互いに有利な状況下で近接戦に持ち込みたい二人の攻防は、かつてと同じように、しかしその規模も密度もけた違いに高度となった、陣取り合戦へと移行していた。

 

 角都が放つ多種多様な術を、畳間は切り伏せる。しかし、地面や上空から時間差で放たれた触手や、仙術によって生み出された無機生物たちが、畳間の進行を阻む。

 眼球を常に上下左右へと動かし、迎撃の最適解を探さねばならず、また分裂体が数体いることで、瞳術を発動する機会は巡って来ない。

 

 地力では畳間に軍配があがるが、仙術によって強化され、本体と同等の力を持つ分裂体たちを含めて、仙人を多数相手取らねばならない畳間は、息を付けぬ状態だった。

 角都は僅かな時間ながらも、攻防を入れ替えながら戦っており、温存が出来ている様子である。

 

 『動かず』が基本の仙術―――畳間も一度静止して仙術チャクラを練らなければ、大規模な術は使えない。木人は大きいが機動力に乏しく、的になるだけ。真数千手は高速移動すらも可能とする奥義だが、今の畳間には使えない。チャクラの貯めも必要だし、何より他里の中枢であんなものを出せば、一瞬で里が崩壊する。かつての木ノ葉隠れの決戦においても、戦場となった側の門の周辺は、真数千手の出現によって、文字通り更地になった。

 

「どうした、畳間。焦っているのか?」 

 

 角都が嘲る様に言う。

 焦ってはいない。ただ、考えているだけだ。確実に角都を殺す方法を。

 

(仕方ない……)

 

 少しずつ上がって来た息を整えながら、畳間が装威・須佐能乎を解除し、須佐能乎そのものを展開する。同時に足元に金剛石の床を敷き、足元からの攻撃を阻害。その場しのぎだが、時間は稼げるだろう。

 

 ―――パンッ

 

 刀の口寄せを解除した畳間が手を叩き、乾いた音が鳴る。

 同時に、集中砲火を受けた須佐能乎の装甲が焼かれ、削られ、裂かれ、貫かれるが―――畳間の全身に、再度仙術チャクラがみなぎった。

 

「木遁・木人の術」

 

 須佐能乎を突き破って現れたのは、かつて角都を追い詰めた、仙術によって強化された木人。

 

「それを越えると―――決めていた!」

 

 木人が腕を振りかぶる。

 土遁を担う角都が飛び出して、木人がふるい落とした拳を、その体で受け止める。

 

「おおおおおお!!」

 

 角都たちが先ほどよりもさらに多量のチャクラを込めた術を解き放つ。木人もまた須佐能乎の様に、焼かれ、削られ、裂かれ、貫かれ―――木人が仰け反って、後方へと倒れ行く。

 

 畳間はその瞬間、角都へ向けて、突撃を開始する。

 

「馬鹿め! 焦ったな!!」

 

 五遁を担う角都たちには一瞬の隙。だが本体―――仙術を練り続ける触手の角都は自由の身。体中から解き放った無数の触手が、畳間を迎え撃った。

 

 ―――万華鏡写輪眼。

 

 触手の群れの一部を地面へと叩き落す。

 

 ―――木遁・挿し木の術。

 

 伸ばした腕から次々に発射した挿し木達が、触手の群れの一部の軌道を変える。

 

 ―――水遁・天泣。

 

 口から放たれた無数の水の針が、鋭角に触手を貫き、切り落とす。

 

 ―――鉱遁。

 

 畳間の手甲に沿って現れた金剛石の六角の盾が、触手の槍を弾き飛ばす。

 そして畳間はその勢いで空中で回転―――触手の上に乗り、その上を駆け抜ける。

 

 手数が多すぎる、と自分のことを棚にあげて、角都は畳間へ、何やら唾を飛ばす。

 

「オレの勝ちだ」

 

 畳間が小さく言い、それを聞いた角都が不気味に笑う。

 遂に角都へ肉薄した畳間。螺旋丸を生み出し、それを盾にして、さらに前へと進む。

 防御のために展開された角都の触手たちを削りながら進み―――螺旋丸を角都へと、押し付けた。

 

「こふ―――」

 

 せり上がって来た血を吐いたのは―――角都の触手に貫かれた、畳間。

 その触手は畳間の―――心臓部を貫いているように見えた(・・・・・・)

 

「や―――」

 

「―――飛雷神の術」

 

 願って来たもの。夢にまで見た世界。仇敵を殺し、前に進む。

 その実現を目の当たりにし、耐えきれず歓声を上げようとした角都の言葉を―――霧隠れの里が聞くことは、無かった。

 

 一瞬で、景色が変わった。

 二人が立つのは、ある丘の上だった。遠くには、打ち捨てられた村が一つ、見えるだけ。

 

「ここは―――」

 

 角都が戸惑いに眉を顰め、そして次に驚愕に目を見開いた。

 畳間は何も言わなかった。ただ、冷たい目で、角都を見つめるのみ。畳間は触手に刺し貫かれたまま、再び両手を合わせる。

 角都の触手は、確かに畳間を貫いたが、しかしそれは心臓ではない。

 心臓の上、皮膚の下には―――金剛石の護り。

 

 角都の触手はその表面に沿って散開し、皮膚を穿ち肺を傷つけはしたが、それだけだった。そして今の畳間にとってそれは、肉を切らせて骨を断つ―――程のことでもない、触手さえ抜いてしまえば、しばらくすれば治る程度の怪我である。

 痛いし、血も吐くが、しかし命に関わるほどのものでは無い。それは捨て身ですらない。それだけの、実力差。確かに角都は強い。ともすれば、影を越えるだけのポテンシャルは持っている。だが哀しいかな。角都自身の精神性があまりにも―――過去に囚われ過ぎていた。

 チャクラを練り上げ切った畳間は、ただ憐れみの目を、角都へと向ける。

 

「角都。昔のオレに拘っているようでは―――今のオレ(・・・・)には……届かんぞ。オレは―――」

 

「ま―――」

 

 大地につなぎ、仙術チャクラを吸い上げていた触手の網は、飛雷神の術によってはがされた。仙術の供給は絶たれ、今の角都は裸の王様。

 

 角都は気づく。

 先ほどの不用意な勝利宣言も、勝負を焦ったかのような吶喊も、油断をしたかのような稚拙な攻撃も、接近戦を厭うような戦い方も―――すべては、このためだった。

 

 飛雷神の術で、角都を霧隠れ―――角都の作り上げた仙術要塞から、引きずり出すための布石。角都は畳間に接近戦を求めたが―――その時点で、角都の敗北は決まっていた。なぜなら、畳間に近づけば―――飛雷神の術によって、畳間の有利なフィールドへと、強制的に連れ去られるのだから。

 

 角都は『柱間の孫』である畳間に執着していたが―――畳間は既に、『柱間の孫』という『名』は捨て去った。

 今の畳間は―――初代火影の夢を継ぎ、二代目火影の教えを受け、三代目火影に倣うべき背を見て、四代目火影から遺志を託され、多くの家族を背負う―――五代目火影。

 

「吸え! 抉れ! 殺せ!! 心臓などもういらな―――」

 

「オレは―――木ノ葉隠れの(・・・・・・)里の(・・)昇り龍。―――千手畳間だ」

 

 触手で繋がった畳間と角都。そのうちの絶望、焦り、驚愕、怒り、悲哀。それらを、畳間は感じ取る。そして角都もまた、畳間の憐れみを、心で受け取って―――。

 

「みとめ、られるかああああああ!!」

 

 あの時、龍に呑まれた角都は、マダラによって切り裂かれた龍の腹から、転がり落ちた。

 同時に、二代目火影によって畳間が救い出されたが、死に体の角都よりも、うちはマダラの討伐を優先し、扉間はそれを放置した。

 そして扉間はマダラとの語られぬ死闘を経て命を落とし―――あと数分で死ぬだろう角都の下に、黒い何かが、現れて―――呪印と共に、得体の知れない肉塊を、角都の中へと埋め込んだ。

 角都は激痛に襲われて、しかし生きながらえて―――仙術の適性を身に着けた。それは畳間や、得体の知れない肉塊の本来の持ち主と比べれば、雲泥の差であったが―――そこに角都は、勝機を見出した。これを完璧に身に付ければ、柱間の孫を殺せる。木ノ葉の問題児(若造)へ報復を行えると、意気込んだ。

 何やら『計画』とやらを語られたが、角都にはそんなものはどうでもよかった。自分に煮え湯を飲ませ、屈辱を味わわせた千手の祖父孫に報復を。

 その思いだけで―――何年も、何年も、何年も、何年も、何年も―――十何年も、厳しい修業に耐えて、耐えて、耐え忍んで、遂にここまで来たというのに。

 それでもまだ、届かないのか。それでもまだ―――。

 

「封印術。仙法・金剛封鎖の陣」

 

 そして、畳間の術は発動する。

 畳間の身体から延びたチャクラの鎖が、角都の身体を縛り上げ、その体から仙術チャクラを軒並み奪い取り、拘束をより強固に、より強く締め付けていく。

 触手は力を失い、畳間はそれを引き抜いて、ゆっくりと数歩下がる。

 

 同時に―――角都の心臓を掴んで、腕が一本、飛び出した。

 

「分裂体か」

 

 角都本体の心臓を奪い取ったのは、飛雷神の術についてきた、角都の分裂体。

 その分裂体は、角都の心臓を―――喰らった。

 

「……まさか」

 

 それは、見たことがあるものだった。

 すでに、周囲に分裂体の姿は無い。あるのは、分裂体だったであろう、触手の残骸が複数のみ。

 

「そうか。ウラシキの肉片を持ち去ったのは―――。では、ペインの最後のアレも―――」

 

 ―――どくん。

 

 角都のチャクラが膨張するに呼応して、畳間の心臓が大きく鼓動する。

 

「……なるほどな」

 

 畳間は、これまで仙術チャクラを使用するたびに、心臓が大きく鼓動していた理由を理解する。

 角都の心臓は―――今抜き出された心臓は、未だ当時のまま―――幼き日の、畳間のもの。

 角都は肉片を得たことで仙術チャクラへの適性を大きく上げたと勘違いしていたが、本当は―――畳間の仙術チャクラに呼応していただけだった。かつての戦いの折―――畳間が柱間の加護を失ったと同時に、角都もまた、柱間からかすめ取った仙術チャクラを失っていた。

 

 ―――畳間と角都の心臓は共鳴している。

 

 角都が仙術チャクラを修められたのは、己の才能に依るものでも、血の滲む努力の結果でも無かった。畳間が仙術を修めたから、使えるようになった。ただ―――それだけのことだった。

 

「……哀れだな。本当に。お前は、昔のままだ。角都」

 

 空を見上げた畳間は―――目の前に佇む巨人を、哀し気に見つめた。

 もしかしたら―――自分がそうだったかもしれない姿、在り方。力を求め、過去(千手への復讐)に囚われ、その果てに―――借り物の力で、強くなった気になる。

 

写輪眼(・・・)……。そこまでして……」

 

 巨大になった角都の両目に、あってはならないものを見て―――しかし畳間には、その程度のまがい物の瞳術に掛かるほど、弱い忍びではなかった。

 何故それを持っているのか、疑問はある。だが、角都の背後にいるのが―――いたのが(・・・・)―――彼ならば、理由は想像に難くない。畳間自身の、永遠の万華鏡のこともある。そういうこと(・・・・・・)、なのだろう。今後のことを考えれば非常に厄介なことは確かだが、今の戦闘において、それは脅威たりえない。

 

「……お前は―――きっと、オレだった(・・・・・)。だが―――もはや、交わることは無い」

 

 巨人となった角都が、無数の腕を、大きく振りあげた。

 かつて絶望と共に相対し、決死の覚悟で挑み、崖っぷちの勝利を掴み取った―――真数千手の、まがいもの。

 

「畳間ァ! 貴様は俺が殺ずぅ!! そう言ったばずだァ!!」

 

「……眠れ。オレの、宿敵よ」

 

 ―――仙法 鉱遁・金剛真手。

 

 角都の巨体をも上回る、千の手を背負う金剛石の大仏。それは、柱間から授けられたものではない。今を生きる木ノ葉の家族と共に手に入れた、絆の証。畳間が生きる中で身に着けた、正真正銘の―――千手畳間の力(・・・・・・)

 

 角都の放つ空虚なる千の手と、畳間の放つ硬く輝く千の手がぶつかり合い―――角都の千の手を、打ち砕く。

 拳のぶつけ合いの果てに―――角都の姿は、消え去った。

 

「……」

 

 かつて己のものだった心臓の、完全な破壊を確認し―――畳間はゆっくりと、その場に座り込んだ。

 

 ―――最初の仇敵、角都。畳間の運命を変えた、憎き仇との、時を経ての決闘。その決着は―――哀しいほどに、空虚なものだった。

 


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