綱手の兄貴は転生者   作:ポルポル

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少し長くなりました


はたけカカシ

 霧隠れ解放戦。

 その決戦は、水影邸の目前に迫るカカシが、待ち構えていた二名の暁構成員と接敵したことから始まった。

 二人の姿を確認したカカシは、畳間に授けられた写輪眼の封印を、瞬間的に解除し、周囲を見渡した。火薬と血の匂いで嗅覚による感知が万全とは言えない状態であるため、目視による確認を行う判断を下したのである。

 写輪眼で確認できるチャクラは二つ。他、周囲に敵の気配はない。

 

 カカシを待ち構えていた暁の構成員―――名を、デイダラ、サソリ。二人とも木ノ葉の情報網に引っかかっていた者達である。

 デイダラは岩の秘術たる起爆粘土を用いる難敵だ。その殺傷能力の高さ―――爆発による広範囲への無差別破壊は、乱戦においてもっとも忌避すべきもの。

 デイダラは畳間からも酷く危険視されており、「こいつ(デイダラ)は見つけ次第速やかに始末しろ」、という指示を受けている。畳間は自身が爆発と悪縁があると考えているため、爆発の術を使うデイダラへの私怨も少しあった。

 

 デイダラは起爆粘土で作り上げた怪鳥に騎乗し、空を舞う爆弾魔である。

 大小様々な爆弾を用い、最終的には自分の身体すらも燃料に、周囲一帯を吹き飛ばす大爆発を起こす超火力の持ち主である。なりふり構わなければ、敵対者の拠点を空襲し、さらに本丸で自爆するだけで、大損害を与えることが出来る。『守る者』を持つ者にとって、デイダラは恐るべき難敵だ。

 しかし起爆粘土には、雷遁を浴びると不発になるという明確な弱点があり、相対するカカシは、木ノ葉隠れの里随一の雷遁使いである。

 ちなみに、木ノ葉隠れの里には、敵の本拠地に突撃させ(・・)、札が札を口寄せし続け、爆発し続ける『互乗起爆札』という術を搭載した不壊の爆弾を生み出し、操る術があるらしい。

 

 他方、サソリは砂隠れの里の抜け忍であるが、里を抜けたのが幼少期ということもあり、砂隠れから寄せられた情報は少ない。サソリがその幼少期において、初代・木ノ葉の白い牙―――すなわち、カカシの父によって、両親を殺されているということ。父と母の遺体を用いた人傀儡を使い、その寂しさを紛らわせていた、ということ。そして、幼少期の頃の姿。そのくらいだ。

 だが、木ノ葉隠れの里は、少なくはあるが、独自のルートでサソリについての情報を、別個に仕入れている。

 サソリが永遠の美、という価値観に則って行動しており、自分の身体すらも永遠とするために、己の肉体そのものを傀儡にその身を置き換えている、ということがそうだ。

 

 これは木ノ葉にとって、驚愕に値するものであった。

 

 人傀儡―――忍者を傀儡に変え、使役する。さらに人傀儡は、その素体となった者が生前扱っていた術―――血継限界すらも、使用可能とする禁忌の術だ。

 ナルトが旅立って少しした頃、暁についてのさらに詳しい情報と、扱うであろう術についての詳細が、岩と砂から木ノ葉へと寄せられた。

 曲がりなりにも里の秘術。その術式までは曝け出すかは別にしても、その存在を公開するというのは、かなりの誠意を見せていると言えるだろう。真の友好を望んでいるのか、あるいは里の情勢がそうせざるを得ない(・・・・・・・・・)状況に置かれているがゆえに、仕方なく行っているのか―――それは分からない。

 しかし、どのような思惑はあれど―――二つの里が木ノ葉隠れの里との友好を強く望み、『今』の状態を維持したいという思いは、確かに感じ取れる。それが平和への願いなのか、五代目火影という当代最強の忍びを恐れてのことかは定かではないが―――。確かに二つの里は、木ノ葉隠れの里へ誠意を見せた。だが―――。

 

 捕えた敵を殺害し、死者を操り人形に貶めて、使役する―――!?

 

 そんな恐ろしい術が存在するとは―――!!

 

 岩隠れの秘術に関してもそうだ。物質にチャクラを練り込み、命を生み出すなど、何たる禁忌!!

 

 木ノ葉の上層部の一部は、木ノ葉の上層部会議において、岩隠れと砂隠れから明かされた情報を畳間から伝えられた際、唾を飛ばした。

 

「これは、倫理的にも許されざることだぞ、五代目」「あるいは次の戦争へ向けての準備をしているのかもしれん」「弾劾すべきでは?」「うむ。かつての悲劇を、二度と繰り返してはならん」「そうだ。それはお前が最もよく分かっていることだろう、五代目!」「決断を!」

 

 鬱陶しい喧騒。要は他里の便利そうな術を蒐集しろ、ということだろう。

 それを聞いて、会議に同席していたカカシが嫌そうに眉を寄せる。

 

(いやぁ……それ(・・)はマズいでしょ……)

 

 そして、隣の席から徐々に強さを増しながら、じわじわと伝わってくる圧に体を強張らせ、身構えた。

  

 ―――黙れ。

 

 隣の席―――すなわち五代目火影より放たれた一言と、同時に解放された凄まじいチャクラの重圧は、会議室に満ちていた喧騒を一瞬で掻き消した。静まり返った部屋の中で、石壁に僅かな亀裂の入る音が響く。

 

「―――岩と砂を糾弾することは許さん。砂と岩からの情報提供は、あくまで善意によるものであり、これに我らが返すべきは誠意以外にない。口を慎め」

 

(そりゃそう(・・)もなるわ……)

 

 カカシは呆れた表情で、畳間からの叱責に震えあがる老人たちを見つめる。

 どんな組織にも、長の意志に沿わない人間という者はいるものだ。しかし彼らとて最初からそうであったわけではない。まだ畳間が幼い頃、二代目火影政権発足時、精鋭部隊や側近に選ばれたわけでは無かったが、それでも二代目の傘下にて、里のために奔走した者達だった。戦争と月日が、彼らを変えた。あるいは―――カカシが生まれる前に世を去った二代目火影の在り方を、受け継ごうとしているのかもしれない。しかし彼らは、いかんせん二代目火影の表面的なものしか拾えておらず、畳間からすると「ちょっと……いや、かなり……? 違うんだよなぁ……」とのことらしい。

 戦争という地獄の中を、長く生きすぎたがゆえの、憎しみによる視野狭窄。そして大国すべてを相手取り勝利した、木ノ葉隠れの里の『圧倒的な力』への慢心。それがきっと、彼らを変えた。

 

 ―――この際、引退させては? 

 

 と、五代目火影政権発足時、カカシは畳間に進言したこともあった。しかし畳間は、「彼らには彼らの役割があるから」と苦笑しながら返答し、「いずれお前にも分かる時が来る」と添えて、カカシの進言は柔らかく拒否された。

 時を経て畳間の右腕となったカカシは、その役割について自分なりの答えを考え出し、畳間へ伝え、答え合わせを求めた。しかし畳間は、「うーん。惜しいっちゃ惜しいな。そういう役割も確かにあるけどな」と、言外に違うと返答する。

 悩むカカシを見て嬉し気に笑った畳間は、不満げな表情を浮かべていたらしいカカシの表情を見て、申し訳なさそうに、けれどもどこか楽しそうに微笑んで、言った。

 

 ―――オレが彼らに求めてる役割ってのは、もっと私的なものというか……。別に、お前に言おうと思えば一言で終わる程度には簡単な理由なんだが……。

 

 と言葉尻を窄め、言葉を濁しながら、悩む素振りを見せる。

 そして少し間を置いた後、畳間は続けた。 

 

 ―――せっかくだから、宿題にしよう。オレが引退するまでの、宿題。

 

 はぁ……? と呆れと困惑を零したカカシの肩を、畳間は楽し気に叩く。

 

 ―――まあ、なんだ。オレは彼らに、オレなりの尊敬と感謝を抱いてるんだ。色んな意味でな。

 

 「これ、ヒントな」と畳間は楽し気に笑った。

 それを聞いたカカシは、「あの老害たちを……? この十年で彼らが出したまともな政策、2、3個ですよね?」と首を傾げる。

 畳間は「そういう言い方はよせって。どこで誰が聞いてるか分らんのだぞ」と、傍に誰もいないことを確信した上で、カカシを窘める。

 

 ―――カカシ。お前が、自分でそれに気づけたなら、お前もきっと。オレと同じ気持ちになるって。間違いない。

 

 未だにカカシには、彼らの存在意義がよく分かっていない。さっさと引退すれば良いとすら思っている。

 彼らに一番叩かれているのに、一番彼らに優しいのが、畳間である。そんな畳間をキレさせるとはさすがだな、という思いであった。

 畳間は日ごろ、自分が『敵』を奪ったことを、重く受け止めている。

 長き平和があった。そして基本的にゆるい政治を敷いている畳間の下―――皆は穏やかな日々を送っている。命の危機に晒されることも無く、何かあっても、初代火影の再来と謳われる五代目火影が、速やかにそれに対処する。木ノ葉隠れの里に住む者は皆平等に、平和を享受している。

 だからこそ、ふとしたときに呼び起される戦争の記憶と痛みが、重くのしかかることがある。

 

 幸せな日々。何気ない幸福。

 ふとした時に気づく、当時幼かった子供たちの成長。新たな命の誕生により、祖母になったとき。

 今この場にあの人が居れば。一緒に老夫婦になれていれば、と、ふと思う。

 

 友人が結婚したとき。友人が子供を産んだとき。その幸せを祝福したとき。

 彼がいれば、彼女がいれば、あの人がいれば―――自分もまたこんなふうに、違った未来にいたのかな。

 そんなふうに考えてしまう者もいるだろう。

 

 今の幸せを噛みしめれば噛みしめる程、失った人にもこの幸せを見せたかったと嘆く。乗り越えられない深い傷が、引きずって来た哀しみが、ふとしたときに過去からやって来る。

 耐え忍ぶ限界を超えてしまい、戦時下にあった憎しみを再燃させてしまう者も、中には居よう。かつて他里から受けた仕打ちは確かにそれだけのものであるし、致し方ないことかもしれない。

 

 木ノ葉隠れの里は、平和の中にいる。しかし、ぶつけどころのない思いというものは、確かに存在している。カカシとて、稀にある。

 気まぐれの散歩の途中、白髪のご隠居がのんびり茶屋で団子でも食べている姿を見た時、失った父がもしも生きていれば―――もともと、戦うことに疲れていた人だ。それに、呑気な父のこと。同様に隠居して、家の縁側で茶でも啜っていたんだろうな、と。

 

 『平和のため』と、報復すべき『敵』を皆から奪ったのは、他ならぬ五代目火影である。ゆえに畳間は、苦しんでいる家族のために、自分が骨を折るのは当然のことであると思っているし、五代目火影を襲名してからこれまで、そうやって里を導いて来た。

 カカシはその背を、ずっと見つめて来た。

 

 三代目の次男であり、カカシの友人である猿飛アスマのこともそうだ。岩隠れへの私怨を、彼は捨てきれていない。岩隠れと友好を結ぶことに精力的な畳間を、アスマはあまり好んでいない。

 

 わからずや、というのは酷なことだろう。カカシの母は、カカシの物心がついたころには、既に亡くなっていた。父は戦死したが―――それでも、カカシは最後に言葉を交わし、英雄の偉大な背を心に刻み、その思いを受け継ぐことが出来た。

 だがアスマは―――。父であるヒルゼンとは、あまり仲が良かったわけではないようだ。火影としての役割に忙しく、家族を蔑ろにしていた父へ、反抗していたことはカカシも知っている。それは反抗期ゆえのこともあったのだろうが―――喧嘩別れしたまま、突然父を失ってしまったアスマの時間は、その時のまま止まっている。父への嫌悪()。それがアスマの中で整理がつく前に、母をも失った。人柱力の出産の手伝いをしていたことなど、アスマに知らされるわけもない。九尾に襲われて(連合の策略によって)死んだ、とする以外になかった。

 父と険悪なまま死別したことへの悔恨、母を突然奪われたことへの喪失感。そうなれば―――憎むしかないだろう。怒るしかないだろう。

 畳間は時間を見つけては、アスマと話をしているようだが―――やはりアスマは父と母を殺した『四大国連合』を敵視し、それらの国との友好を選んだ畳間へ、複雑な気持ちを向けている。

 

 だが畳間は、それを良しとしている。アスマはそれでも、耐え忍ぶことを選んでくれたからだ。それだけで、畳間は充分だった。家族を奪われる苦しみは、畳間も良く知っている。

 だからこそ、畳間はアスマを見守っている。かつて三代目火影が、畳間にそうしてくれていたように。

 いずれアスマにもその時が来ると、畳間は信じている。自分がかつてそうであったように―――アスマにも、『本当に守りたいもの』に気づく切っ掛け(・・・・)が訪れる時が来ることを、畳間は信じて、アスマを見守っている。

 

 アスマだけではない。畳間は、この里を―――歴代の火影たちと同じように―――木ノ葉隠れの里を、愛している。

 

 そんな畳間の想いをよく知っているからこそ、カカシは上層部に属する老人たちの不甲斐なさに歯噛みする。

 上層部の老人たちは、若き世代のために奮闘すべき者達である。耐え難きを耐えるその背を後進に示し、その手本となるべき者達だ。

 初代火影より受け継いだ火の意志のもと、五代目火影と轡を並べる同志(・・)であるべきであり―――私欲、私怨で行動するなど、許されることではない。

 

(……理解してないのか、忘れているのか。今回の件に関しては、下手につつくと倍になって返って来る)

 

 カカシは内心でため息をつく。

 

 ―――木ノ葉(うち)には穢土転生があるんだよなぁ……。

 

 口寄せ・穢土転生の術。

 死者の魂を黄泉から引きずり出して呪印で縛り、精神的にも肉体的にも自由を奪ったうえで、使役する。死者が生前、命懸けで守ろうとした情報を無慈悲に抜き取った後、敵陣に突撃させて、かつての同胞を爆殺させることを用途とした、二代目火影が開発した禁術である。

 木ノ葉は戦争後期、それを連合に対して使いまくった。

 建前上、今は里を抜けた大蛇丸が暴走した、とされているが、当然他里はそんなものが方便に過ぎないことは察している。現在は和平条約の締結によって国際的に禁術と指定されており、使用することは許されざる罪であり、過去のこととして、触れないことが暗黙の了解になっているが―――そんな術を持ち逃げし、使用している姿を目撃されている大蛇丸は、国際的に『どうせろくなやつじゃねーんだ。見つけ次第殺るぞ!!』という扱いを受けている。

 

「以後、この件に関して騒ぎ立てる行為は、『五代目火影』への翻意とみなす」

 

 畳間は押し黙った老人たちへ向けて、ダメ押しに告げた。

 小さく了承の言葉を言葉を呟いた老人たちを見て、畳間から放たれる威圧感が霧散し、カカシもほっと息を吐いた。

 

(もう少し、考えて欲しいもんだけど……)

 

 木ノ葉を繁栄させ、他里を蹴落とすという思考は、カカシにも理解できる。

 それを実行するかは別として、そういう意見―――他を度外視し、『木ノ葉』だけを第一に考えるという視点は、最善の道を見つけ出すためには、必要なものだろう。二度と戦争はしたくない、という畳間(ハト)派だけでは時に甘くなりすぎ、タカ派だけでは他里からの反感を買い、戦争に近づく恐れもある。

 必要なのはバランスで、ハト派がタカ派に求めているのは、いかに木ノ葉がリスクなく繫栄できるか、という意見である。戦争をしたくないからこそ、把握しておかなければならないものもある。

 それらを聞いたうえで、他の里とのバランスや関係を考えて吟味し、落としどころを探す。そういうものを求めている。

 

 だが、今回の件はリスクがないどころか、リスクしかない意見である。

 仮にこの禁術について糾弾したとして―――他里から「こちらは禁術についての情報を開示したのだから、そちらも穢土転生の術式を教えろ」と言われれば、こちらから糾弾した手前、断ることが難しくなる。

 国力を盾に突っぱねることは容易だ。しかし、里間の信頼に亀裂が入ることは間違いない。

 

 確かに、今の木ノ葉隠れの里は強い。

 初代の再来とされる五代目火影を長と仰いだ今―――再び第三次忍界大戦と同規模の戦争が起きたとしても、今の畳間ならば、仙術と影分身を酷使すれば、ただ一人で各里を相手取り、撃破することも可能だろう。

 その考えが前提にあるがゆえの、老人たちの横暴な態度、傲慢な言葉は、さすがに普段は聞き流す畳間も看過しかねたのだろう。求めるものは、あくまで対等な視野。

 他里を警戒するが故の意見なら構わない。だが、他里を侮った言動には、必ず付け入られるだけの隙が生まれる。

 

 今、二里は暁打倒という共通の目的のために、無償での情報提供を行ってくれているのだ。

 それを木ノ葉側が「お前そんな危険な術持ってんの? もっと情報寄越せよこっちで管理するから。ほらジャンプしろよ」などと言えば、反感しか生まれない。

 少し考えれば分かることであるが―――想像以上に、『木ノ葉一強の時代』の弊害は大きいらしい。

 

 戦争となっても、どうせ勝てる。強気に出ても、他里は火影を恐れて従順を崩さない―――そんな他里を舐め腐った思考が滲み出る此度の言動に、さすがの畳間も看過しかねたようである。

 戦争が起きれば、必ず犠牲が生まれる。敵が決死の覚悟を―――それこそ、『木ノ葉隠れの決戦』における木ノ葉隠れの里と同等の覚悟を抱き、戦いを挑んで来れば、今の木ノ葉とて、無傷ではいられない。そして傷つくのはいつだって、力ない者からである。それをしないための会議であるというのに―――。

 

(そんなことも分からなくなったのか……)

 

 ―――出て来るのは、くだらない戯言。

 畳間派はそんなものを聞くために、彼らをこの席に就けているわけではない。もっと真っ当な、唸らされるような強硬策を提示して貰いたい。

 しょうもないことしか言えなくなったのなら、若手のタカ派に譲ってさっさと引退しろ、とも思うが、ぐっとそれを呑み込むカカシである。若手のタカ派自体が、今となっては絶滅危惧種である。

 

(本当に、何故引退させないんだ? 五代目は……)

 

 別に、真っ当な強硬策なら、里一番のキレ者であるシカクや、もともとそう言った傾向のあるうちは一族にも出せるだろう。何故、あえて(・・・)反目する派閥を残しているのか―――。もっと風通しを良くすれば、よりよい里になるのでは、と思う。

 

(ま、最近ちょっとはしゃいでた(・・・・・・)みたいだし、いい薬になったんじゃない?)

 

 畳間から滲み出る何か(・・)を感じ取ったのか、今回はさすがに調子に乗り過ぎたか、と老人たちが焦り、怯えている。

 畳間は、かつて自分が大切にされていたように、若い世代のことを大切にするが、一方で子供の成長に害を為す存在―――すなわち『里に仇為す者』へは徹底して冷徹を貫いている。

 

 ゆえに若い世代は、畳間に近ければ近いほど、自分たちの世代を最優先に考え行動してくれるその姿に心酔し、離れれば離れるほど、『気のいいおっちゃん』として親しみを抱く。

 一方で古い世代は、同じ視野(初代の火の意志)を持つ者であれば、初代・二代目の『後継者』の姿に安心し、呑気に縁側で茶を啜っていられるが、そうでない者は、その逆鱗に触れる恐ろしさに震えあがることになる。

 

 一線を越えれば、文字通り切り捨てられてしまうことを知っているからだ。

 畳間は、普段はタカ派から何を言われても穏和を崩さず、誹謗中傷すらも受け入れる(あとでアカリによしよしされることもある)。なんなら一部の(畳間にとって筋が通っていると感じた)意見であれば、政策に取り入れることも辞さない。

 

 例えば、他里に領事館を造る、というのがそれだ。この政策は、最初はタカ派から発されたものであった。飛雷神の術を持つ木ノ葉であれば他里を直に監視でき、有事の際は速やかに制圧できる、という酷く好戦的な理由で発された意見であったが―――畳間はこれを友好のためにと取り入れた。影直々の厳密な検査により時空間忍術等の持ち込みが無いことを確認させたうえでの、派遣・入国ではあったが。

 

 上手いこと使われたタカ派は、ぐぬぬ、となった。

 しかしそれはそれとして、その施策を最初に発した者は賞賛されて『火影賞』を貰ったし、タカ派そのものとしても自分たちの派閥の意見が里の一大政策になったことで、溜飲を下げている―――どころか、割とお祭りになった。

 

 畳間が内心でどう思っているか分からないが、里の運営において、感情を排すことに努めていることは間違いないだろう。

 

 ―――だからこそ、たまに怒ると怖いんだよなぁ。

 

 正確には、『怒っている』わけではないのだろう。内心で怒りを抱えていたとしても、敢えて皆に見せる圧や怒気は、単なるパフォーマンスでしかない。

 ここがライン(・・・)だぞ、と教えているのである。今の畳間が本当に激怒した場合―――すなわち、里に仇為す者と判断された場合、恐らく怒りなどというものは見せず、速やかに排除へと動く。

 

 畳間は自分が未だ未熟の身であると常日頃口にしている。カカシ個人としては、そんなことを言われると居心地が悪いとも思ってしまうが、それだけ、先代の火影たちが偉大ということも分かる。

 カカシは初代と二代目を知らないし、三代目ともあまり接したことは無い。ゆえによく知っているのは、四代目火影だけになるが、波風ミナトという忍びは、本当に素晴らしい人だった。

 カカシは、畳間が四代目火影に劣るなどとは考えていないが、しかし、四代目のあの人たらし具合は、天性のものだろう。真似できるものではない。伝え聞く初代がその懐の甘さで人を引き寄せるのならば、四代目はその優しさで人を吸い寄せる。

 穏やかな物腰、甘い容貌、人を思いやる心、文武両道にして木ノ葉史上最高の才能と謳われた卓越した時空間忍術の技量。しかしその忍者としての在り方の完成度と、その戦闘技術は凄まじく高い。

 味方の被害を最小限に抑えるための戦運び、戦場においては普段の甘さを全く感じさせず、敵を殲滅する冷徹さ―――神無毘橋の戦いにおける、四代目の武勲は有名だ。教授(プロフェッサー)、昇り龍、黄色い閃光―――当時、木ノ葉でも三指に入る実力者ながら、しかし決して傲ることはなく、感情に囚われることも無かった。常に味方の―――木ノ葉の家族のことを考えて動き続け、敵との交戦が一定時間以上に達しそうになった場合は、速やかに戦闘を切り上げ、味方の支援へと移行する判断力も併せ持っていた。

 

 五代目火影が引退した後―――六代目火影が誰になるにせよ―――自分たちの世代になっても、こうしてでしゃばってくるのが容易に想像できてしまい、カカシは辟易した。畳間は、次の火影にカカシを推していることを露骨に匂わせている。カカシとしても畳間からの期待に応えたいと考えているし、そう在りたいと思っている。

 

 ―――もしも。そうなったらなったで、オレも……同じこと(・・・・)を言いそうだけど。

 

 オレならやれる!、なんて根拠なく胸を張れる時は既に過ぎ去った。そういう意味では、純粋に火影を目指すサスケやナルト達が、少しばかり羨ましくなるカカシである。

 

(珍しいな……)

 

 しかし意外だったのは、普段、こういうときには必ずと言って良いほど『喧しい老人』の側に回っている相談役二名が、今回ばかりはそれに参加しなかったことだ。

 ホムラとコハルは、素知らぬ顔で茶を啜っている(・・・・・・・)のである。なんなら煎餅もかじっていた。あまりに呑気である。

 

 さすがは二代目火影直轄の精鋭部隊における、数少ない生き残り、ということだろう。ただ運だけで生き残ったわけではない。その辺の線引きは上手い、ということか。単に穢土転生の存在を忘れてなかっただけということもあり得るが。

 

 とはいえ、カカシとて老人たちの言わんとすることも分かる。もしも戦争で散った親友や父が人傀儡などに貶められていたとすれば、いかにカカシとて冷静ではいられないだろう。

 

 穢土転生の術に関して、カカシとしても、思うところはある。それだけ、色々な意味で、考えさせられる術だ。味方の被害なく、敵には精神的にも肉体的にも大打撃を叩き込むことが出来る。

 

(穢土転生……この術は許せない……。やられたら、そうなる未来しか見えないし)

 

 木ノ葉の切り札として戦争で使用された、穢土転生の術。この術のおかげで乗り切れた局面は、確かに存在する。あの頃の木ノ葉がそれほどに追い詰められていた、ということも分かる。当時少年だった自分たちが生きていられるのも、今里が残っているのも、まだ少年だった自分たちが知る由もない里の闇の中、四代目火影を筆頭に、大人たちが戦い続けてくれていたからだということも理解している。

 だがその使用方法と発動条件があまりにも―――。敵だから何をしても良いというわけでもないだろう。

 

 とはいえ、なるべくなら使わずに済ませたかった木ノ葉(畳間やミナト)をそこまで追い詰めたのは連合側であるし、そもそも戦争を仕掛けて来たのも、連合側である。自業自得な面は否めない。それでも―――結果的に連合側が敗北したことで、そうせざるを得ない状況になったのだとしても―――、あの術での攻撃を受けていた他里が、その痛みを耐え忍び、後の世代のために木ノ葉と手を取り合う道を選んだことは、確かに偉大な選択だった。少なくともカカシは、そう思っている。

 

 ふと、カカシは思った。自分が同じ状況にあったとしたら、どうするだろうか。

 

 分からない―――という答えは、きっと『逃げ』なのだと、カカシは気づいている。五代目火影の右腕で在らんとするならば、その答えを、持ち合わせておくべきなのだ。そして、木ノ葉隠れの里を想うのならば、導き出される答えなど、一つしかない。当時―――今の自分よりも若かった先生(波風ミナト)や、今の自分とさほど歳の変わらなかった(千手畳間)は、その決断を下した。

 

(……)

 

 悩めるカカシを、畳間は静かに見守っている。

 

 

 

 

 『人傀儡』という禁術の存在を知っているカカシは、目の前にいる姿勢が悪い頭髪の無い男が、サソリ本人であるとは、最初から考えていなかった。

 幼少期のサソリの容姿とは似ても似つかないということもそうだし、自分自身すらも傀儡に変え、『永遠』を求めるような輩ならば、傷や劣化にも細心の注意を払うはずで―――本体を最初から曝け出すようなことはしないだろうと、考えたのである。

 

 ―――あの中、か? 大人一人入れるような大きさには思えないが……傀儡ゆえの利点、ということか。 あるいは子供の姿のまま、己の身体を傀儡に変えている可能性もある……。

 

二代目(・・・)……木ノ葉の白い牙(・・・・・・・)……」

 

 サソリが言った。その低い声に交じっているのは、親の仇の倅への怒りか、憎しみか、あるいは間接的に敵討ちを出ることへの歓喜か。

 カカシはサソリの両親が自身の父に殺されていることを知っているが、それに関して、特に思うことは無い。申し訳ないとも、ばつが悪いとも、思わない。

 

「……オレも、父さんをアンタらにやられてるんだけどね」

 

 カカシの父―――初代白い牙・はたけサクモ。

 逼迫した木ノ葉隠れの里が迎撃態勢を整えるための時を稼ぐために、カカシやガイ達とともに戦地に残り、そして彼らを逃がすために散った、カカシが最も尊敬する、偉大な英雄の名だ。

 だからといって、カカシはそれに対しても、他里に思うところは無い。悲しみはある。痛みもある。だが、戦争だった。それだけだ。

 五代目火影の右腕で在る自分がすべきは―――その哀しみを、繰り返させないこと。

 

「さて……どうしようかねぇ……」

 

 カカシは気だるげな口調だが―――しかしその眼は鋭く細められ、敵を見据えている。

 サスケやサクラを放置して自分磨きに明け暮れた、この数年の成果を披露するには、うってつけの舞台だろう。

 

「とはいえ、絡め手が得意そうな忍びが二人。分が悪い。まずは、様子見が正解か……?」

 

 少し大きめに、二人に聞こえるように(・・・・・・・・・・)独り言を零したカカシは―――雷鳴と共に消えた。

 

「―――旦那!!」

 

 空にいたデイダラが、辛うじてその雷の軌跡を追って、その意図に気づき叫ぶのを、カカシはその真下で聞いた。

 デイダラの真下―――すなわち、サソリの背後。

 

「―――雷切」

 

 サソリへ向けて放たれた突き。

 カカシへ向けて瞬時に放たれた、サソリの『尾』。その先端には致死性の毒。

 カカシの突きと、サソリの尾の先端が激突―――するまでもなく、サソリの尾の先端が砕け散る。

 カカシの指先からさらに伸びた、雷の刃。それは止まることは無く、尾を掘り進む。

 サソリの背中がぱかりと開き、中から無数の鉄のロープが飛び出して、カカシに襲い掛かった。

 

 ―――カウンター。雷切、あるいは千鳥に対する、最適解。

 

 写輪眼を可能な限り使用しない戦い方を、カカシはこの二年の間に磨き上げて来た。かつて当たり前に行っていた戦闘は、写輪眼を手に入れたことで、どうしても写輪眼に依存したものになってしまった。

 

 単純な動体視力の向上。チャクラの色や動きを鮮明に視認し、敵の動きの先を正確に予測するという、カカシの頭脳と掛け合わせることで生み出される、予知能力に匹敵する瞳力。生半な幻術の無力化に、ノーモーションによる幻術の発動。

 あまりに強すぎる写輪眼という力は、しかし本来はうちは一族にのみ適合するものだ。畳間は千手とうずまき由来の頑強な肉体によってそれをねじ伏せているが、カカシのような忍者にとって、それはチャクラを消費しすぎる諸刃の剣。

 

 そんなものを使わなくても―――カカシはかつて、上忍へと至った。カカシの師であるミナトや、父サクモは、生まれ持った特殊な力(血継限界)を用いずとも、片や四代目火影となり、片や三忍すら霞むと謳われる木ノ葉の牙となった。

 使えるものは、使うべきだ。だが、頼り切りになるには、危険な力でもある。

 

 ゆえに師である畳間は、カカシに写輪眼を使わない戦い方―――すなわち、基礎の徹底的な再鍛錬を課した。八門遁甲の解放のために行われる修業に匹敵するほどの、過酷な修業である。

 写輪眼を封じることは前提として、チャクラがすり減った状態での戦い方、その状態で多数の敵に囲まれた際の対処法や、体捌き。単純なスタミナの増強。思いつくこと(自分がかつて扉間にやらされたこと)はなんでもやらせた。

 

 ―――『雷切』の弱点は、カウンターである。

 

 自制の利かない速度。写輪眼ありきの技。しかし写輪眼と雷切を併用すれば、カカシのチャクラはすぐに底を突く。一撃必殺。外せば負ける。博打である。

 

 ゆえに畳間は言った。

 

 ―――カウンターごと、ねじ伏せろ。

 

「―――解放」

 

 カカシの腕を纏う雷が、にわかに増大し、変形する。

 その腕を纏う雷の形態は―――巨大なランス。 

 

 雷影の雷の鎧すら貫くと自負する、カカシ必殺の一撃。雷遁瞬身による超加速と、カウンターすら穿ち抜く絶対の矛。

 雷切以上にチャクラを消費するが―――写輪眼を使用するよりも、遥かに安い。

 

「―――雷切槍破」

 

 その身を一本のランスと化し、カカシはサソリの身体を完全に貫こうとして―――瞬時に、その場から消える。

 

 ―――直後、上空から急降下して来た小さな鳥型の起爆粘土が爆発。土煙が立ち上る。

 

「デイダラァ……」

 

「いや、旦那やばかったろ!? うん!」

 

 サソリがデイダラの爆発に対して恨み気に名を呼び、デイダラが「助けたのに!」、と困惑する。

 実際、サソリの傀儡は今の一撃によって大半が破壊されており、その内部を貫くまで秒読み、と言った段階だった。

 

「どこが様子見(・・・)だよ! 白い牙!! うん!!」

 

 カカシの吐いたブラフに苦情を言いながら、デイダラが追撃に、カカシへと向けて小型の起爆粘土の鳥を放つ。

 

「土遁・土流壁」

 

 カカシは印を結び、地面へと掌を叩きつけた。カカシの足元から土が隆起し、土の壁が出来上がる。

 起爆粘土の鳥が壁に激突。同時に爆発され、土の壁が崩壊するが、土煙によってカカシの姿が消える。

 

「水遁・水龍弾の術」

 

「水の無いところでこのレベルの水遁を!?」

 

 土煙を貫いて天へと駆け上る水の龍が、空を飛ぶデイダラを補足する。

 デイダラは慌てて上空へと逃げるが、水龍はそれを追う。

 

 デイダラが回避行動へ移った瞬間に、土煙が雷鳴によって引き裂かれ―――。 

 

「―――赤秘儀。百機の操宴」

 

「―――雷切」

 

 被り物(・・・)を脱ぎ捨てて、その背から飛び出したサソリ。その体の中央から延びたチャクラ糸と、その先に繋がる、100体もの傀儡が宙に浮く。

 それらを見たカカシが、驚愕に目を見開いた。

 

(コケ脅しじゃなさそうだ)

 

 一目見てその異常さに気が付いたカカシは即座に進行方向を変えようとするが、あまりの速さがゆえに曲がることが難しい。

 カカシは、己目掛けて急降下してくる傀儡たちを破壊して突き進み―――その周囲を囲まれる。

 

 このまま突き進み、傀儡の群れの中に入り込めば、いずれ背後からの攻撃を受けるだろう。そして目の前に突如として現れた黒鉄の壁を見て、カカシは急停止を決めた。さすがにあれを雷切で貫くことは難しい。

 先ほどの一撃で殺せなかったのが痛い。思っていた以上に、赤砂のサソリは強敵だった。

 

(これで―――情報通りなら、すべての傀儡が即効性の猛毒を持っている。……一撃ももらえないってのは、正直きついが……)

 

「限定解放―――写輪眼」

 

 一斉に襲い掛かってくる傀儡たち。

 カカシは左目の写輪眼を開放し、その動きを精細に読み取った。同時に、右目から意識を外す。

 写輪眼による動体視力の向上は凄まじい。だが右目が通常の瞳であることから、その視力には大きな隔たりが生まれる。左右異なる視界というのは、それだけで脳に負担をかける。カカシは右目から意識を外し、視るのではなく、観ることへと切り替える。ピントを外し、全体の色を拾う器官へと切り替える。精細さを欠くこととなるが、全体を広く見渡す目だ。

 そしてカカシは、左半身―――写輪眼を前に、右半身を後方へと起き、死角を減らす体勢を取る。

 だがしかし、それは一対一であればこそ通用するものである。サソリ本体に迫るだけの能力を持つ傀儡100体。いかに死角を守ろうと、いずれ数で囲まれ、押し流される。

 

 ―――はずだった。 

 

 カカシの身体から、雷が迸る。スパークがカカシの身体の周囲を巡り、カカシの髪が逆立った。

 カカシの写輪眼が、どの傀儡が、どのタイミングで攻めて来るかを見極める。

 それはチャクラ糸の僅かな動きであったり、チャクラ糸から傀儡の身体に流れ込むチャクラの流れであったり。傀儡の身体を満たすチャクラの変化、傀儡たちの位置関係、その体勢や、自分との距離。あらゆる要素を計算し、カカシは迎撃の準備を整える。

 

 100体の傀儡が同時に攻撃する―――そうはいえども、そこにはわずかな時間差が存在する。

 

 カカシは、一番最初に肉薄した傀儡の胴体を、手刀で引き裂いた。

 一歩、退く。

 カカシは、次に肉薄した傀儡の胴体を、返す手刀で引き裂いた。

 一歩、退く。

 カカシは、迫る傀儡の頭部を掴み、背後に迫った傀儡へと叩きつける。その瞬間、掴んでいた傀儡の頭部を握撃によって破壊。雷遁チャクラを流し込み、叩きつけた傀儡へと雷を伝播させ、チャクラ糸による操作を狂わせる。そうして破壊された傀儡はさらに別の傀儡に直撃し、雷を伝播させていく。いくつかの傀儡が、機能を停止した。

 

「……チィ」

 

 傀儡の体内に仕込んだ鉄の忍具がカカシの雷のチャクラを誘導し、より効率的な破壊を促してしまった。

 カカシの周囲を取り囲む傀儡たちの胴体から、猛毒が付与された武器が投擲される。

 カカシは飛び上がってそれを回避。無数の忍具が地面に突き刺さるのを見ながら、カカシは空中で体の上下を反転させる。

 同時に、サソリが両腕を前方へと振り下ろし、無数の傀儡がカカシへと襲い掛かる。

 

 カカシは逆さの体勢で足を大きく、そして素早く回転させて、上方から襲い来る傀儡を蹴り壊す。そしてそのまま体を駒の様に回転するとともに、体全体から雷遁チャクラを放出した。

 回転するカカシの身体の動きに追随する雷のチャクラは、やがて球体へと変貌する。雷の球はあらゆる武器をはじき返した。弾き返された武具はカカシの雷のチャクラを纏い、無差別に周囲の傀儡へと襲い掛かる。さながら日向の「回天」であった。

 

 雷のチャクラが突き刺さった傀儡の身体が一部損壊する。操ることに問題は無いが、仕込まれた機能の発動に、一部支障を来たす。

 

「……こいつ」

 

 サソリが忌々し気に、しかし感嘆を込めて、目を細めた。

 同時攻撃―――しかしそこに存在する僅かな差異を的確に見抜く動体視力と、それを的確に攻撃へと活かす身体能力。

 演劇(・・)における僅かな手抜かりが、確実に見抜かれ、抜け道とされている。

 風の国において、傀儡師の戦いは、しばしば人形劇に例えられることがある。傀儡師は演者、傀儡師の戦いは演劇、と呼称されるが、これは傀儡の術が開発されたばかりの頃、その様を見て人形遊び、と揶揄されたことが起源とされている。しかし現在の傀儡師はこの呼称について、一種のこだわりを抱いている者が多い。

 サソリはカカシを討つためには、己の演劇の完成度を更に高める必要があると実感する。傀儡は、操る数が減れば減るほどその演劇の精度を増加させるが、同時に演者の技量は、操れる傀儡の数で決まるとも言われている。一体の傀儡を完璧に操ったところで影分身等には及ばず、だからといって、ただ数を増やせばいいわけでもない。いかに傀儡の精度を上げたとしても、半端な数の傀儡では、カカシの戦闘センスに太刀打ちすることは難しい。必要なのは、数を保ったまま精度を引き上げることだ。

 サソリは体から伸ばすチャクラ糸に全神経を集中させ、同時に意識を深く深く、『底』へと潜り込ませる。傀儡の一体一体が、己の腕で在り、己の足。すべての傀儡が、己が肉体である―――。

 

 残された傀儡たちが、一斉にカカシへと襲い掛かる。

 カカシが空中で再び体の上下を入れ替えて、迎撃を開始する。

 正面―――傀儡の体当たりを踵落としによって叩き落す。左右―――傀儡の体当たりを、雷を纏った両掌でその頭部を掴み取って止めるとともに、それを支点として腕を振り下ろし、自らの身体をさらに上空へ跳躍させる。そして空中で体を捻り、傀儡から放たれ、飛んでくる武具をすり抜ける。

 

 ―――影分身の術。

 

 カカシが生み出した影分身が、本体のカカシを掴み、投げ飛ばし―――直後に消滅。術者の意志で解除された影分身は、その身を構築していたチャクラを、すべて本体へと還元させる。カカシは消耗無く、空中という不利な状況から脱した。

 だが、投げ飛ばされた方角にも、傀儡は待ち受けている。このままではただ悪戯に攻撃を受けるだけだが―――飛ぶカカシは体を空中で回転させ、雷のチャクラを纏った。その様は、さながら雷を纏ったミサイルである。カカシは傀儡たちの壁を貫き、周囲の傀儡を巻き込みながら、包囲網から抜け出した。

 

「ソォら!!」

 

 サソリが両腕を大きく広げる。宙に浮く傀儡たちがさらに上空へと散開し、溜め(・・)の後、カカシへと急降下する。

 回転を追え、地面に辿り着いたカカシが、素早く印を結び、掌を地面へと叩きつける。

 

「水遁・水衝波!」

 

 カカシの目の前に突如として現れた中規模の津波が、迫る傀儡からカカシを守る壁となる。

 

「水遁・水龍弾!!」

 

 カカシは生み出した波を更に操作する。津波は傀儡をその身に呑み込んだまま、その形を龍へと変貌させる。

 

「―――水圧」

  

 サソリと傀儡は未だにチャクラ糸でつながっている。サソリは傀儡に水龍の腹を喰い破らせようとして、それが出来ないことに歯噛みする。

 見た目はただの水龍だが、その体の中の水には強烈な圧が掛かっている。そのうえ、水龍の体内の水は、流動を続けていた。水龍を象った、小さな津波。これは、螺旋丸の原理でもある。

 水龍の中で、傀儡が激しい水流に晒され、関節部などの弱所から破壊されていく。

 

 水龍が咢を大きく広げ、さらに多くの傀儡を喰らいつくさんと宙を駆ける。サソリはこれ以上減らされてはマズいと、傀儡を一旦下げ―――カカシは水龍をさらに上空へと解き放つ。

 

 狙いは―――デイダラ。

 

「オレかよ、うん!?」

 

 空中で、デイダラは襲い掛かって来ていた水龍をようやく爆破したところであった。カカシは初弾の水龍弾にかなり多めのチャクラを練り込んでおり、小さな起爆粘土では破壊できなかったのである。

 小鳥型の爆弾では埒が明かないと悟ったデイダラは、大きめの爆弾によって水龍を破壊。サソリへの支援を開始しようとしたタイミングであった。

 

「舐めんなァ!」

 

 デイダラは初手から大きめの爆弾を生成し、水龍へ突撃させる。今度の水龍はあっけなく破壊され―――その中にいた傀儡たちも、巻き添えを喰らい、粉砕される。

 降り注ぐ傀儡だったものの破片と、崩壊した水龍を構成した水―――局所的豪雨。

 

「あ……。わるい、旦那……」

 

 雨と破片をその身に浴びるサソリから、ぴきり、と音がしたような気がして、デイダラはその表情に焦りを浮かべる。

 

 しかし、だからといってデイダラに八つ当たりをするほど、サソリも未熟ではない。

 後でシメる、とは思いながらも、サソリは明確にカカシへと殺意を向ける。

 サソリは傍に控えさせていた傀儡を起動。周囲を覆わせていた黒鉄の壁を崩壊させると同時に、巨大な槍へとその様を変形させる。

 

「磁遁・黒鉄の槍」

 

「―――ここだ」

 

 カカシが眼を見開く。結ばれた印は雷遁のそれ。カカシの身体から迸る雷の躍動が上空へと駆け上る。そして降り注ぐ雨、周囲に満ちる多量の水。爆発によって発生した強烈な熱と、水蒸気。上空には、人工的に生み出された小さな雲。

 

 ―――カカシの通り名はいくつかある。白い牙、白い閃光。かつてサクモと畳間が呼ばれていた―――木ノ葉の二枚看板。五代目火影の懐刀。だがそれらは、先人の名を肖って付けられたものである。

 はたけカカシ(・・・・・・)。その始まりの異名は―――コピー忍者。

 

「―――術の名は麒麟」

 

 この二年間の修業によってサスケが生み出した新術であり、ナルトが戻る前の組手で披露され、度肝を抜かれた技である。火遁と水遁によって人工的に雨雲を作り出し―――雷を発生させる。

 同じ雷遁使い―――忍者に恥など無い。カカシは弟子の開発した術をしれっと、静かに貰い受けた。

 カカシの身体から放たれた迸る雷は、空気中の水分を伝って水蒸気の中へと入り込み、その中で爆発的に膨れ上がる。

 そして放たれた黒鉄の槍を、生み出された麒麟(・・)が迎え撃つ。

 

「なんだァーー!!」

 

 その異様さ、予兆を感じ取ったデイダラが上空へと逃げたのは、たいした危機察知能力である。サソリが直前に放った黒鉄の槍が、避雷針としての役割を担ったこともあっただろう。

 『麒麟』はデイダラは追わず、サソリの放った黒鉄の槍へと向かった。

 

 激突した二つの術。

 麒麟は黒鉄の槍に吸収されながら、周囲にスパークを迸らせた。磁遁のチャクラを遥かに上回る電流によって、黒鉄の槍は砂鉄へと変貌し、霧散する。

 

 ―――サソリの真骨頂は、傀儡によるその手数。

 

 サソリは『麒麟』に、もはや存在しない肝を冷やしながらも、大技を放ったことによって隙が生まれたカカシへ、他の傀儡たちを一斉に突撃させる。

 体中から刀を突きだした傀儡たちは、凄まじい速さでカカシへと肉薄した。カカシは無数の傀儡によって串刺しにされ、傀儡の波に呑み込まれる。

 

 サソリは、傀儡から伝わる感触に目を細めた。

 

「変わり身……」

 

「忍者の基礎でしょ?」

 

 カカシだったものは、いつの間にか何の変哲もない丸太へと変わっていた。あまりにも初歩の初歩だったがゆえに見抜けなかった事実―――サソリは苛立たし気な様子である。

 

「お前、多対一に、やたらと慣れているな?」

 

 サソリは、感じていた違和感を口にする。

 カカシはマスクを下にずらした。息苦しいのか、と何気なく考えたサソリは、「100人(同時)組手とか、しょっちゅうさせられてたからねェ……」と嫌そうに口にし―――直後口を窄めたカカシを見て、麒麟によって霧散した砂鉄を急速に回収。己の身体の前に壁として顕現させ直す。だが、間に合わない。

 

 カカシの口から放たれたのは、一筋の水。水圧の刃。

 

 一目見てそれが異常なものだと気づいたサソリは、やはり大した忍びである。

 土遁の壁すら容易に穿ち抜く水遁の極みの一つ―――水断波。

 黒鉄の壁の構築は間に合わなかったが、サソリは体が水断波によって切り裂かれる直前でその身を翻し、多少無様な格好になったとしても、それを避け切った。

 

 水断波は殺傷能力の高い術である。しかし口から水を飛ばすという性質上、首の動きに水圧の刃が追随するまで、距離があればあるほどに遅延が生じるという弱点もある。

 

 カカシの首の動きを見極め、水断波の軌道を読み取って、サソリは転がりながら、水断波を躱す。

 

 ―――だが、カカシの狙いはそこではない。水圧の刃はサソリへの牽制を行いながら、周囲に浮かぶ傀儡を巻き込んだ。

 狙いに気づいたサソリが、少し遅れて完成した黒鉄の壁の後ろへと、全傀儡を集結させる。水断波をも堰き止める鉄の壁の裏―――傀儡の軍勢が、砂鉄を操る人傀儡を先頭に、列を為す。

 

「進軍!!」

 

 サソリの号令と共に、戦線をあげる傀儡たち。

 水断波を押し返しながら、徐々に近づいて来る黒鉄の壁に、カカシは僅かな焦りを抱く。このまま近づかれては、敗北すると、カカシは察した。水断波が切れるか、あるいは黒鉄の壁がカカシの視界を完全に塞いだとき―――黒鉄の壁の向こうに潜む傀儡たちは一斉に散開し、襲い掛かって来るだろう。

 

「旦那ァ! そいつ、かなりやべェ奴だ! はやいとこやっちまおう!! うん!!」

 

 カカシの『麒麟』を目の当たりにし、その危険性を確信したデイダラが、無数の起爆粘土を、カカシへ向けて上空からぶちまけた。

 雨の様に降って来る起爆粘土だが―――カカシは水断波を維持しながら、冷静に、札のついた数本のクナイをホルスターから引き出して、上空へと投擲した。

 札に記された文字は、『封』と『雷』。クナイの一本が起爆粘土に触れた瞬間―――起爆粘土が起爆するよりも先に、札の封印が開放される。

 

「なに!?」

  

 札から解き放たれた雷遁が、周囲の起爆粘土全てに伝播し、その機能を停止させる。

 そして―――接近しきった傀儡たちが黒鉄の壁の向こうから飛び出した。上、左、右に展開する傀儡。もはや逃げ場は後方にしか―――そして後方上空に移動したデイダラが、後方を塞いだ。

 もはや水断波は不要。術を解いたカカシが身を屈める。

 

「悪手だな」

 

 サソリの独白と同時に、黒鉄の壁が崩壊。小さな無数の鉄粒へと変貌し、宙へ浮いた。砂鉄の弾丸が、さらに逃げ場を薄くする。もはやすり抜けることも不可能。

 

「―――なにッ!?」

 

 サソリが驚愕の声を漏らした。

 突如としてサソリの周囲の地面が隆起し、そこから何かが飛び出したのである。

 確かにカカシは屈み、掌を地面につけたが、しかし術を発動した様子は無かった。カカシが何かすればすぐに反応できるように、サソリは注視したのだ。まず間違いなく、はたけカカシは何の術も発動していな―――そこで、サソリは気づく。

 

 ―――注視させられた。

 

 地面を掘り進み、サソリに近づいて来る微かな音に気づけなかった。

 サソリの周囲の地面から飛び出したのは―――各々が雷遁をその手に纏った、4人のカカシ。

 

 最初の爆発を防ぐために土遁の壁を作り出したとき―――起爆によって立ち上った土煙のなか、カカシは既に、決着のための一手を仕掛けていた。

 

「―――ぬるい!!」

 

 サソリが体からワイヤーを解き放つ。

 奇襲には驚いた。だが、所詮は分身に過ぎない。一撃でも当てれば、すぐさま消滅する程度の脆いものだ。仮に、本体がここにいて、あそこにいるカカシすら分身だったとしても、猛毒を塗ったワイヤーに貫かれれば、良くて相打ちだ。この戦いを生き残ろうと、その毒でカカシも死に至る。それにサソリには秘密がある。死を遠ざけ、永遠を齎すための秘密が。

 いや、待て。とサソリは素早く思考する。まだ地中に潜んでいる者がいるのではないか、と警戒を重ねる。油断して勝てる相手では無いと、カカシのことを評価するがゆえに辿り着けた答え。足元に意識を伸ばせば、そこに何かの気配を感じ、サソリは隠された一手に気づいた。

 

 振り回されたワイヤーが、すべての分身を掻き消した。影分身で在ろうと、水分身で在ろうと、土分身で在ろうと、外傷によって消されれば最後。そのチャクラが本体に還元されることは無い。そして更なる追撃の影分身を迎え撃とうとして―――目の前の分身たちが、煙を上げて消え去った一体以外、未だ姿を残していることに気づく。

 

「な―――」

 

 一瞬の驚愕。だが、瞬時に理解する。これは影分身でも、土分身でも、水分身でもない。これは―――ただの(・・・)分身(・・)の術。自分の幻影を作り出す、幻術の初歩の初歩。性質変化を用いた分身は、消えるとき、その素材となった材質がその場に残る。それが当たり前(・・・・)だ。

 そして分身の術などという子供だましを使う上忍などまずいない。

 何故分身を破壊しても材質が排出されないのか、何故分身が攻撃を受けてなおそのまま残っているのか―――ただの幻術だからだ。

 本来ならば速やかに導き出される答え。下忍や中忍であれば、考えることも無く反応できる術。しかし基礎から離れ過ぎた手練れは、お色気の術のような、単純な手にこそ引っかかるものだ。

 

 しかし所詮は、基礎の術。決定打になることはない。だが―――『ほんの一瞬の思考』という名の隙を生じさせることは出来る。

 そしてその隙は―――超高速移動と可能とする相手との交戦において、致命的な隙になる。

 

 ―――瞬身の術。

 

 当時、忍界最速と謳われた四代目火影・波風ミナトに迫ると評される、はたけカカシの俊足が解き放たれる。

 しゃがみ込んだのは、その予備動作。地に手を付けたのは、加速のための下準備。

 カカシは千年殺しという体術の、しゃがみ込む姿勢のまま高速移動を可能とする体幹と足腰の強さがある。

 散弾の壁を左に避け、左を覆う傀儡の群れの足元を低く低くすり抜ける。

 もはや何もいなくなった空間を黒鉄の散弾が通り過ぎ、傀儡の群れが押し寄せた。

 

 カカシが白い短刀を逆手に握り締める。カカシの足を雷轟が纏う。

 

 ―――雷切走り。  

 

 地面が焼き焦げる音と匂いを置き去りにして―――カカシが駆け抜ける。その姿はまさに、一振りの牙。遮るものの無い雷轟は、サソリの喉笛を喰らわんと駆け―――。

 

 

「……ッ」

 

「……ッ」

 

 凄まじい轟音と共に、ぐらり、と地面が揺れた。空気が揺れる程の衝撃と共に、音の轟いた方角から、地面を走る亀裂が迫る。亀裂は体勢を崩しもんどりを打って転がったカカシの身体の下を通り過ぎ、さらに先へと進んでいく。

 咄嗟に、サソリは身を低くして、転倒を防いだ。

 

「な、なんだ……!?」

 

「あっちは角都たちのいる……」

 

 驚愕するカカシに、サソリが呟きが届く。

 

(ということは……サクラか……)

 

 綱手とアカリ譲りの剛腕。僅かなチャクラを効率的に運用し、肉体を強化する技術を、サクラは会得している。そして同時に、仙術を身に着けるために試行錯誤していたことも、カカシは知っていた。その成果が、これ(・・)なのだろう。

 

(いやぁ……、いくらなんでもこれは……。他所(よそ)の里だぞ……。いや、うち(木ノ葉)でやられても困るんだけど……。こんなの、直撃したら五代目だって即死だ……)

 

 角都を相手に仙術による剛腕を引き出したとしても、その出力があまりに大きすぎる。忍者一人殺すのに、大地を割るだけの力は必要ないはず―――。

 

(いや……角都には土遁による絶対防御があると、五代目が言っていたな。それを破るために必要だった可能性もある。となると、サスケの雷切(千鳥)でも突破できなかったということか……? この一撃……まともに喰らえば無事じゃ済まないだろうが……。もしも無事に済んでしまっていたら―――サクラ達が危険だな。少なくとも、ナルトとサスケがいて……なおサクラが仙術の解放を強いられるだけの敵。救援に行きたいが……無理だな)

 

 立ち上がったカカシは、サソリを、そして空を舞うデイダラを観察する。デイダラは若さゆえか、カカシから僅かに意識を逸らし、轟音の方へ視線を向けている。

 しかしサソリは注意深くカカシを見つめ、既にその周辺に傀儡の展開を終わらせていた。あれに背を向けるほどの勇気は、カカシには無い。

 

(……今のでやれなかったのは、正直かなりきつい。もう手札も少ない。なるべくなら使いたく無かったが……。やむを得ない、か……)

 

 カカシがホルスターから新しくクナイを引き抜いた。そして瞳の写輪眼を解放―――万華鏡の陣を浮かべる。

 サソリが戦闘態勢を取り―――花火が上がる。

 

 

「「は?」」

 

 地震、地割れの次は、花火か。

 サソリとカカシが空を見上げると、遠方には巨大な火の球が打ち上がっていて―――爆発した。

 

 凄まじい衝撃と暴風が、カカシ達の下まで届く。

 

(あれは、ナルトの螺旋丸か……? それにしても、その威力はやばいでしょ……。ここ他里だよ……? サクラといいナルトといい……)

 

 もはや、あの一帯は更地になり果てているだろう。戦後処理が大変になりそうであるし、霧隠れの民の心の内を想えば―――部下のやらかしたことだ。カカシとしても心が痛い。

 とはいえ、そんなことを気にしている余裕も無い。敵は二人で、なお健在だ。特に多めのチャクラの消費を強いられるデイダラの起爆粘土の対策が―――。

 

「すげえ!!」

 

「……」

 

 子供の様にはしゃぎ、空をぐるぐると飛んでいるデイダラを見て、サソリとカカシが眼を細める。

 

「すげえ! すげえ爆発(芸術)だ!!」

 

 目を輝かせ、頬を赤らめるデイダラの瞳には、既にサソリもカカシも映ってはいない。デイダラは吸い寄せられるように、爆発のあった方角へと向かった。

 

 ―――苦労するな。

 

 互いに同じことを想ったかは定かではないが―――サソリとカカシは互いに構えた。

 

 そして―――その男が現れる。

 

「―――四代目、水影」

 

 カカシが身も心も引き締めた。遂に現れた、霧隠れ解放戦争の最大の敵にして、取り戻すべき人質。

 

 ―――なるほど。

 

 カカシが写輪眼で四代目水影やぐらを視認し、その体に纏わりつく別の色のチャクラを感知する。確かに、幻術に掛けられているのは間違いないようだ。

 であれば、隠していた切り札を使う時だ。カカシはそう結論付ける。

 

 その術を扱えることに気づかれれば、必ず警戒される。そうなれば、接敵することも難しくなる。必要なのは、やぐらに触れること。本来隠れ潜むべきやぐらが姿を現したということは、そうせざるを得ない状況に陥ったということだ。

 

 ―――遠くに現れた、新たな巨大な気配。

 

(五代目……。ということは、読み違えたか……)

 

 千手畳間の増援。それは戦争の終わりが迫っていることと、ナルトが敗北したことを意味する。

 第七班で古豪たる角都を討伐できると踏んでいたが、そう上手くは行かなかったようだ。

 

(チャンスは一度。今を逃せば、手札を知られ、逃げられる。必ず仕留めなければ……)

 

「はたけカカシ」

 

(……。舌戦か)

 

「なにか?」

 

 やぐらが口を開いた。カカシは戦略を立て直すため、それに乗る。

 

「オレのもとに来い」

 

「……」

 

 やぐらの口から紡がれたのは―――思いもよらぬ、勧誘の言葉だった。

 カカシは無言で続きを促す。

 

「お前の力―――。お前の眼は、ここで失うには惜しい。その稀有な才。オレのもとで振るえ」

 

「それは、どうも。随分と評価いただいているようで」

 

 向けられた賞賛に対し、カカシは口では礼を告げるが、内心では冷めきっていた。四代目水影の心からの賞賛であれば、受けるかどうかは別として、耳を傾けるに値する言葉だろうが、所詮は幻術に支配されている者の戯言だ。

 

「まあ、聞け。オレは、お前の願いを叶えてやれる」

 

「……オレの願い?」 

 

 はて。カカシの願いを知っていると嘯く四代目水影が、果たして何を言うのか、カカシは少しだけ興味が湧く。

 いやに饒舌なやぐらに、サソリは訝し気な表情を浮かべながら、水を差すつもりは無いようだ。とはいえ、少しずつ、カカシの周囲に破損した傀儡の残骸を集め、カカシの動きを阻害する準備は行っている。

 やぐらが続ける。

 

「五代目火影について行くなど、愚かなことだ。奴の行いは、偽善でしかない。今の世を観ろ。仮初の平和、偽りの平穏。勝者のみが幸福を謳歌し、弱者は踏みにじられる。大国は平和だ和平だと浮足立っているが、小国を見てみろ。大国に仕事を取られ、貧困は加速するばかり。いつ再開するとも知れぬ戦いの影に怯え続けなければならず、戦争で殺された仲間や家族の無念を忘れ去り、耐え忍ぶなどという綺麗ごとを強要される日々が続いている。人々は五大国最強の火影さま(・・・・)の顔色を窺い、その周りには卑屈な腰ぎんちゃくどもが跋扈する。お前になら分かるはずだ。五代目火影は、殺さなければならない。真の平和―――夢の先は、五代目火影の抹殺の先にある」

 

「すまないが……ちょっと何を言っているのか理解しかねるな……。まずはあなたの言う夢の先ってのを、聞かせてもらえないか? そこまで言うなら……余程、魅力的なものなんだろう」

 

「もちろんだ。カカシ……オレ達は今、地獄にいる」

 

 そう言って歪んだ表情は、確かに偽りのものでは無い。悲痛と、憎しみ。それらが克明に浮かび上がっている。

 

(これは……四代目水影の気持ちでは無いな。四代目水影を操っている者の、言葉と思い……。何か……探れるか……?)

 

 カカシの内心を知るすべのないやぐらは、さらに続ける。

 

「お前も知っているだろう。五代目火影が、面談などと銘打って、不穏分子を炙りだして来たことを。あれは洗脳であり、選別だ。意に沿わぬ者をその口車に乗せて従わせ、従わない者を消す……。五代目火影こそ、里というシステムの闇、そのものだ。お前も気づいていたのではないか? 戦後、何人かがある日突然、木ノ葉から消えたという事実に」

 

「……」

 

「平和だ、家族だ、火の意志だと大言壮語を語ろうと、所詮はその程度。すべてを救うことなど、奴には出来ない」

 

「好き放題に言ってくれるが……。あるのか? その、すべてを救う、という方法が」

 

「ある」

 

 言い切ったやぐらに、カカシは瞠目し、サソリはそれをつまらなさそうに聴いている。

 

「―――無限月詠。すべての人間を平和という幻術へ誘い、争いという思考を無くす。平等に、すべての者が救われる世界。オレ達()の目的は、そこにある」

 

「……」

 

 初耳だが、と言いたげなサソリを無視し、やぐらが続ける。

 

「望む夢を、望む世界を再現する。お前の父も、お前の母も、失った友も、すべてお前だけの世界(・・・・・・・)にて再誕する。のはらリン、という少女もだ」

 

「リンを知っているのか……。お前は一体……」

 

「お前も、気づいたはずだ。この世界は地獄だと。憎しみを生み出す、忍界のシステム。他人を家族と謳い、家族と謳う者を殺す、里というシステムの限界と闇。―――偽善と欺瞞に満ち溢れた矛盾だらけのこの地獄を変えるには、人の力だけではもはや届かない。選ばれし者―――すなわち、神の力が必要だ」

 

「……お前は、自分がその神だと言いたいわけか」

 

「そうだ。無限月詠の世界。その世界で、オレたち暁は、永遠の神となる。お前も今の―――この地獄を捨てて、共に来い。サソリ。お前の力も、当然必要だ。永遠を生き、幻術の世界を保つには、お前の力……人傀儡の技術は必要不可欠」

 

「なるほどな。オレに声を掛けたのは、そういった意味もあったのか」

 

 すべてが真実かは分からないが―――サソリは納得した様子である。

 

 さあ、と迫るやぐら。

 カカシは目を閉じて、ゆっくりと開いた。

 正直に言えば、甘い誘惑だ。もう、第三次忍界大戦(あのとき)の苦痛が、蘇ることの無い世界。二度と、大切な人を失うことの無い世界。

 だが―――返す言葉など、決まっている。

 

「例え今の世がどれ程の矛盾を孕もうと。里がどれだけの闇を抱えようと……。オレは―――五代目火影の右腕(・・・・・・・・)で、英雄『白い牙』の後継者。 ―――木ノ葉隠れの里の、はたけカカシだ」

 

 里の矛盾など、とうに知っている。

 仲間を救うために戦って、その仲間から虐げられた父の背を見て育った。里の家族を想いながら、里の家族を排し、その心を抑えつけねばならぬ苦しみを耐え忍び、前を進み続ける父の背を目指して歩いてきた。

 里の闇など、とうの昔に知っている。 

 それでも。それでも。それでもと、その闇と矛盾に打ちのめされて、なお歩みを止めず、カカシ達次の世代により良い未来を残そうと、奮闘して来た先人たちの背を目に焼き付けて来た。

 ずっと、友から貰ったこの左目で―――見つめ続けて来たのだ。

 

 きっとやぐらを操る者は、想像を絶する苦しみを、その瞳に映して来たのだろう。その夢に縋らざるを得ないほどの哀しみに、晒されてきたのだろう。その瞳はきっと、深い闇を映している。その眼はきっと、暗い闇をよく映しているのだろう。

 カカシはそっと、己の左目―――その瞼に触れる。カカシの知る誰よりも仲間思いで、誰よりも火影に憧れていた友。カカシに、仲間の大切さを教えてくれた、唯一無二の親友の瞳。火の意志を宿した、偉大な英雄の眼。

 

 ―――お前の眼になって……これから先を、見てやるからよ。

 

 畳間が言っていた、この瞳を持つことの意味。それが、カカシにはようやくわかった気がした。

 

「―――ああ、そう(・・)だった。この眼は……火の意志(ひかり)が、よく見える」

 

 きっと自分が挫けそうなとき。立ち止まりそうになったとき。この右目が曇りそうになったとき。この左目はきっと、光を見失うことは無い。一人では憎しみに堕ちずとも、立ち止まり膝を抱えるだろうだらしない友(・・・・・・)を前に進ませてくれるために、()が夢見た火影(火の意志)を見つめ、目指し続けるために―――この左目は、ここにある。

 

 カカシにも、迷いはあった。盟友のためとはいえ、あれほどまでに忌避していた戦争を、五代目火影に決断させた。その責を畳間は一人で背負おうとしている。その荷を共に背負わせて欲しいというのは、傲慢で、あまりに身勝手な願いなのだろう。

 戦争を始めて良かったとは、言えない。だが―――今ここで答えを出せたことは、僥倖だった。

 五代目火影からの期待。悩んでいた未来。迷っていた答え。

 

 『敵』は、ただの悪党では無かった。彼らなりに出した理想は、一理あるものだった。彼らもまた、それぞれの夢を抱いて進む者だった。

 だからこそ、決して相いれることは無い。強硬手段を以て強引にその道を行こうというのなら、木ノ葉隠れの里の火の意志は、それを止める。

 

 カカシは心を決めた。腹を括った。

 初代火影より受け継がれし火の意志を、五代目火影より受け継ぎ―――次の時代へと託す。受け継がれてきた思いを、仲間との絆を―――幻の海に、呑み込ませることは出来ない。

 里を守ろうとしたリンの心を、里を照らそうと夢を目指した友の意志を―――無かったことになど、させるわけにはいかない。それらを途絶えさせず、受け継いでいくことこそが、残された者の責務であるならば。

 

「木ノ葉隠れ忍頭。コピー忍者―――写輪眼の(・・・・)カカシ。これより通り名通り―――暴れる」

 

 万華鏡の輝きが、深い霧を貫いた。


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