綱手の兄貴は転生者   作:ポルポル

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綱手と友達

 昼下がりの木の葉隠れの里。人の賑わう飲食街の一角に、小さな焼肉屋が店を構えている。来客の少ない昼下がりの焼肉屋は、外の喧騒とは裏腹に、ひっそりとした賑わいを見せていた。肉の焼ける音が耳をくすぐり、香ばしい臭いが嗅覚を躍らせる。網の焼き跡で質感を増した肉を、菜箸で掬った畳間は、それを対面に座るイナの皿へ盛り付けた。

 

「下忍合格おめでとう!」

 

 焼肉が皆の皿へ行き届いた。イナ、サクモ、畳間、綱手が、リンゴジュースを掲げて乾杯の音頭にグラスを鳴らす。鼻をくすぐる香ばしさに待ちきれないと、畳間が肉を米を包み、口の中へ放り込んだ。

 初っ端から飛ばし過ぎないようにと一言添えて、イナが卵スープを上品に口内へ流し込む。イナは口に含んだ少量のスープの優しい味わいに舌鼓を打ち、感嘆にため息を溢す。

 もう一方の紅、綱手と言えば、イナと比べて女らしさの微塵も見られない豪快な食べっぷり。畳間が盛り付けた肉は既に胃袋へ消え、野菜を焼いているサクモの皿へ、ちらちらと視線を向けている。食いしん坊キャラかと笑うサクモが、野菜を焼くのを少しやめて、自分の肉を綱手の皿へ移した。ありがとうと言ってにこっと笑う綱手の笑顔を見て、サクモはほこっと胸が温かくなる。

 

「聞いたわよ、畳間。あんた、火影様にケンカ売ったらしいじゃない。それでよく合格させてもらえたわねぇ」

 

 頬張っていたご飯を呑みこんで、水で喉を潤したイナは、呆れた様子で笑った。サクモが微妙な表情で視線を逸らし、綱手は全くだと神妙に頷いている。口一杯に肉とご飯を含んだまま話そうとする畳間を、行儀が悪いからだめとイナが差し止める。イナは空っぽのグラスに水を注ぎ入れて、畳間に差し出した。グラスを受け取った畳間が口を閉じたまま、くぐもった声で器用にありがとうと伝え、ごくごくと食べ物を胃へ流し込む。

 

「ぷは。んん。あれしか方法が無かったんだ。アカリは協力してくれないし、サクモはサクモで折れないし」

「あれは仕方ないじゃないか」

 

 サクモのアカリへの態度を言外に注意する畳間だが、サクモが畳間のために怒ってくれていると理解しているので、強く追及することは無い。悪びれていないようで申し訳なさそうにしているサクモは、少し意地が張っている様子。畳間はサクモの内心を察して、生前の祖父・柱間のように終わったことだと豪快に笑い飛ばした。

 

「笑い事じゃない! お兄様、カガミさんが2代目様にどれだけ頭を下げたのか、分かってんの?」

 

 私だって・・・と言外に口にする綱手は、むすっとした表情を浮かべている。イナはくすくすと笑い、隣に座っているサクモを肘で小突いた。サクモはその節はお世話になりましたと深々と頭を下げて、わさわさと銀髪を揺らす。

 火影邸襲撃―――カガミにコテンパンにのされた6班は動くことも出来ず、カガミは明日、もう一度チャンスをやると言って帰宅し、火影邸へ向かった。このままでは翌日になっても同じことだと考えた畳間は、チームワークの在り方を変えることを考えた。そのために畳間はまず、3人の落としどころを探った。

 サクモは、アカリが畳間に邪険な態度を取らないのであれば、もともと組むこと自体に文句は無い。それを理解している畳間は暴言に晒されながら、アカリの心の深層にあるものを探った。欲求であったり、性格の傾向であったり。それはアカリという人間を知るためだ。仲良くしようとして出来るなら苦労はしない。お互いの”はらわた”を見せ合わなければならない。

 結果、生半可なことでは協力してくれないと察した畳間は、ただ協力しようと持ち掛けることをやめ、アカリが自分から協力すると言い出すような状況を作り出す方向へシフトチェンジしたのである。

 

 まず最初に考えたことは、このままカガミが寝入るのを待ち、夜襲を仕掛けると言うものだった。しかし、さすがに実の兄であるカガミの寝込みを、毛嫌いしている千手と共同して襲うことをアカリが良しとするはずもなく、第2プランへと移行した。

 すなわち、カガミのさらに上、最終的な”合格”を決定する火影に、直接認めさせると言う方法である。なんだかんだ扉間への悪戯と甘えが抜けきっていない畳間に、扉間を襲撃することへの戸惑いは無い。普段から地獄のような扱きを受けている仕返しの意味も込めて、それは悪い顔で案を出した。アカリとしても、木の葉最強の忍びにして、当代の千手の長たる扉間に己の力を示すいい機会だと乗り気であった。

 最後まで渋ったのはサクモである。「さすがにその考えはおかしい」と、常識人である彼は最後まで反対した。しかし、畳間の「かつて苦悩から解き放ってくれた恩人に、自分の成長を見せられるよ!」という悪魔の囁きに唆され、犯行に追従した。

 

 まず攻略したのは猿飛ヒルゼン。レアもののエロ本を見せつけられたヒルゼンは、鼻血をまき散らしながら、己の血の海に沈んだ。あとはそのまま、畳間が変化の術でヒルゼンに化け、アカリが陽動し、サクモが本丸を叩くという作戦が実行されたのである。

 上手く行ったと思った3人だったが、しかし畳間とアカリの防衛線は呆気ないほど簡単に崩れてしまった。若干本気でキレた扉間の拳骨で沈黙させられた畳間とアカリは、扉間の両脇に抱えられ、竿に干された布団の様に、ぶらぶらとその体を揺らしていた。巨大なたんこぶを膨らませている2人を見たサクモの絶望感は一入。脳天に落ちた衝撃にすぐさま意識を失ったことは幸運だったのかもしれない。

 

 目覚めた3人はしばらくの間、頭頂部の鈍痛に悩まされることになった。たん瘤も引かぬまま、呆れてものが言えないとため息を吐く扉間の説教に燃え尽きた3人は、散らかしたガラスや物品の掃除を行った後、しばらくの謹慎を言い渡された。その間に行われていたカガミの説得の甲斐あって―――意味はないと思われるが、綱手も扉間に懇願を行っている―――、扉間は渋々と言った様子で「方向は間違っているが、チームワークは認めよう」と、本当に渋々”合格”の印を捺した。

 

「ほんと、2代目様って出来た人よねぇ。でもあんたら、アカリは呼ばなくてよかったわけ?」

「呼んださ」

「”千手と食事を共にするのは~”って、アンパン丸呑みしてどっかいっちゃったんだよ」

「カガミ先生はアカリを追いかけてった。だから綱手とイナを連れて来たってわけだ。4人で予約してたからな」

 

 サクモは一連の流れに疲れた様子で肩を落としており、畳間は「6班での合格祝いはまたやるさ」と苦笑を溢す。

 

「その、うちはアカリ、だったか? 聞いてると、あたしら千手を目の敵にしてるみたいだけど」

 

 綱手の疑問に、その通りとサクモが頷く。失礼な女だなと憤慨する綱手に、全くだとサクモが同調する。畳間は未だアカリの背景を知らないため、何とも言えない表情で2人の話を聞きつつ、まあまあとヒートアップしそうになる2人を宥めた。

 

「でも、畳間。あんた聞いた話によると・・・その、アカリにあげたらしいじゃない」

「あげたって何を?」

 

 あー、あのことかとぽろりとこぼしてしまった元凶であり情報源であるサクモが察し、額に冷や汗を流す。綱手も話を聞き及んでいるらしく、じとっとした目つきで畳間を見つめた。分かっていない畳間は自分を責めるような―――実際に責めているのだが―――空気におろおろと取り乱す。イナはテーブルの上に身を乗り出して、ほんとに分かんないの?と畳間の顔に自分の顔を近づける。視線と視線が絡み合い、鼻と鼻がぶつかりそうな距離にあるイナの顔。整った眉の下、長く揺れるまつ毛と、少し切れ長なイナの二重は薄い紫のアイシャドウで彩られ、愛らしさと妖艶さが同調していた。畳間は写輪眼に縛られたときのように身動きが取れず、腰だけが少し引けた。畳間は紫色が好きだと同期から思われているが、実際は紫色が本当に好きなわけではなく、結果的に紫色が好きな状況になっているだけである。

 

 黙っている畳間に落胆したのか、イナは盛大にため息を吐いて腰を座敷に落ち着けた。心なしか、最初に座っていた時より肩が落ちているようである。

 

 見兼ねた綱手が畳間の脇腹を肘で小突いた。割と本気の勢いに、畳間のあばら骨に重い衝撃が走る。綱手が「薔薇」と耳元で囁いてくれたおかげでようやく理解した畳間は、態度には出さず、内心でぽんと掌を拳で叩く。素早く印を結んで身を乗り出すと、イナの前に握り拳を差し伸ばした。訝しげな表情のイナの前で、まるで手品をするかのような仕草で広げられた畳間の掌には、薔薇の花束を象った、生花の髪飾り。

 

 感極まった表情で身を乗り出したイナが、畳間の頭を抱きしめる。薄い壁は思ったより堅くなく、焼肉の匂いの中にある仄かな甘い香りに畳間は頬を染めた。畳間の抱擁を終え、嬉しそうに小さな薔薇の花束を受け取ったイナは、ポニーテールを解いて髪を降ろし、その耳元を彩った。薄い金の髪に薔薇の赤が映えている。

 畳間は似合ってると微笑み、イナは「当たり前でしょ」と嬉しそうにはにかんだ。サクモと綱手は「けっ」と悪態をついて、笑い声をあげる。

 

(同じ女としては、焼肉屋でそういうプレゼントは貰いたくないけど)

 

 内心思いながら、綱手は焦げてしまって炭と化した肉を、網の上から取り除いた。

 

「でもお兄様、そんな洒落たもの持ってたなら、もっとはやくに出せば良かったじゃないか。いつのまに用意してたんだ?」

 

 2人のムードを壊すつもりも無かったが、さすがに長い。疑問もあったので、綱手が割って入る。畳間は謹慎が解け、やっと外に出られるようになった身である。小物を用意している時間など無かったはずだ。それはボクも気になったと、サクモが綱手の言葉に乗っかかる。薔薇をどうやって用意したのか―――それはアカリに薔薇を渡したときに、サクモが聞きそびれたことでもある。扉間から口止めされているが、このメンツになら隠すことでもないかと、畳間は正直に真実を告げた。

 

「木遁!?」

 

 焼肉屋に3人の声がこだまして、予想通りだと畳間が笑った。

 

「木遁って、おじいさまだけのオリジナルじゃ・・・。お兄様、いったいどうやって?」

 

 畳間と同じく柱間の孫である綱手が、3人を代表して疑問をぶつけた。うん、と畳間は頷いた。

 畳間が木遁を使えるようになったことに気が付いたのは、退院をしてしばらく。扉間指導の下、忍術の修行を再開したときまで遡る。

 ”天泣”という忍術がある。2代目火影・千手扉間が開発した忍術の一つであり、印を必要とせず、形態変化と性質変化を駆使する水遁忍術である。口の中で水の性質へとチャクラを変換させ、さらにそのチャクラを鋭く伸ばすことで、人の体も容易く貫けるほどの威力を持つ”水の千本”を作り出す忍術だ。その利便性と奇襲性、殺傷力から扉間が近接戦で良く使用する術の一つであり、チャクラコントロールの練習には打ってつけの術でもある。水断波の術まで体得した畳間ならばそろそろ使えるだろうと考えた扉間が、チャクラ制御のリハビリも兼ねられるだろうと、選んだ忍術だった。

 

 畳間は扉間に言われた通り口の中でチャクラを練り始める。慎重に慎重に―――もごもごと口を動かすさまは滑稽なものだったが、畳間の表情は真剣だった。失敗しても鼻から水を噴き出す程度だろうと思っていた扉間は、畳間の口から飛び出して来た木の枝に目を見開いた。明らかな異常―――扉間はすぐさま修行を中断し、医療忍術に明るいミトの下へ飛雷神で飛んだ。そして発覚した事実は、驚くべきものであった。

 

 角都に経絡系ごと心臓を抜き取られた畳間は、今もなお背中に巨大な傷痕を背負っている。跡は残っているものの傷そのものは全回復しており、それは抜き取られた心臓と経絡系の再生さえも同様である。初代火影・千手柱間の奥義に落ち度はなく、ただ問題があったとすれば、それは彼が”特別な存在”であったと言うことだ。柱間は5大属性を扱える類稀な忍びであったが、中でも水と土―――そしてその先の血継限界・唯一無二たる木遁忍術に特化していた。だからこそ、起きた異変でもある。

 

 ―――柱間の”特殊な性質”を持ったチャクラ。チャクラを超越した”自然エネルギー”。そして、心臓と経絡系の再生。

 

 未曽有の3要素が、呼び戻される魂すらも呑みこんで、蘇生へと向かっていた畳間の亡骸の中、複雑に絡み合った。

 

 畳間の細胞は柱間の特殊なチャクラに染め上げられ、その形相を変えた。

 生来の”水”と”土”の属性を持った経絡系は、柱間のチャクラの特殊な力に引きずられ、癒着し、突然変異を遂げた。

 

 土と水―――どちらかのチャクラを練れば、もう片方のチャクラもまた連動して発動する。そして同時に発動した2つの属性は、畳間の意識の外で練り合わされ、血継限界・木遁へと至る。実質”水”と”土”の性質を失ったも同然であり、唯一免れた”火”と、”木遁”が、畳間の今の力であった。

 しかし細胞、魂レベルでの根本的かつ急激な変化に畳間の体が付いていけておらず、一年たってもまともに忍術を扱えない―――というのが現状である。

 

 扉間は無理なものは無理と割り切って、新たな経絡系に体が馴染むまでは忍術の練習を中断し、体術の練習に重きを置こうと修行方針を変えた。忍者養成施設においての体術の成績が上がったのはそのためである。また、自分の身を自分で守れるようになるまで、木遁のことは伏せておくようにと念を押されている。唯一無二の木遁忍術。欲しがる忍びは、それこそ山ほどいるだろう。用心するに越したことは無い。加えて、畳間の木遁は、柱間に比べればこけおどしも良いところなのである。

 畳間はミトと扉間から己の体の変化を聞かされた際、またも扉間の言うことを聞かず、念願叶ったとばかりに木遁を発動させようとして―――生み出されたのは足元一畳分ほどの小さな花壇。花粉をまき散らす花を咲かせる大樹を生み出し、辺り一面を覆い呑みこむ”木遁奥義・花樹界降臨”を発動させるつもりだったと想えば、その差は歴然。

 

 無論、チャクラ感知をした扉間にすぐさまバレて、畳間はしっかりと説教を受けていた。扉間の苦悩は続きそうである。

 

「―――だから、オレに出来るのは花を咲かせるくらいなんだけどさ」

「確かに、言われてみれば素質はあったのかも」

 

 話し終えて、畳間は水で喉を潤した。

 サクモは畳間の話を聞いて、”土砂崩れの術”に木片が混ざっていたことを思い出したように語る。綱手は「あのはた迷惑な術か」といやそうに呟いた。

 はははと笑う畳間は内心で、柱間から受け継いだ力を十全に発揮できない自分の不甲斐なさを自嘲する。

 

「すごいじゃない!」

 

 目を輝かせてイナが身を乗り出して畳間に詰め寄った。畳間はイナの勢いに押され、背筋を反らせ、そういえば―――と思い出す。

 元来、花を愛でることを趣味とする女性は多いが、イナはその中でも筋金入りの花好き、実家がお花屋さんなお嬢様である。「すてき~」と呆けた顔で呟くイナは、自分で花を育てられるなら、自分の部屋を季節折々色とりどりの花で飾るのに―――と、乙女らしい妄想を膨らませる。そんなイナを見た畳間の心はまたもう一度、晴れ渡るよう。

 

 畳間はふと考える。この調子ではいつになるか皆目見当もつかないが、いつか木遁を自由に使えるようになった暁には、それで家でも建ててみようか―――と。

 

「いつかイナの部屋にジャングルを作ってやるよ」

「ちょ、あんたやめなさい! 冗談じゃないわよ!」

 

 畳間が豪快に笑う。勘弁してよねーと、疲れたふりをして、イナが笑った。

 

 

「お兄様、勝負!」

「またか、綱」

 

 ある日の昼下がり。下忍の仕事も始って、慣れぬ仕事に疲れた体を休ませる―――という体の良い言い訳を使い、朝からずっとベッドでゴロゴロとくつろいでいた。そんな畳間の部屋の扉を乱暴にあけ、怒鳴り込んで来た綱手の手には賭博セット一式。久方ぶりの休みをゆっくりと過ごしたい畳間と、久方ぶりの休みだからこそ遊んでもらいたい綱手の壮絶な賭博が朝から行われている。賭博している時点できちんと遊びに付き合っているつもりの畳間であるが、綱手は一緒にお出かけをしたいらしく、中々譲らない。だるいという理由で―――きちんと相応の理由をでっち上げてはいるが―――イナの誘いも断っている手前、外に出ると言うのも畳間には気が引ける。それに―――

 

「お前、もう賭けるものないだろう」

 

 お出かけを巡った賭けは綱手の連敗で終わっており、今日のおかず、明日のおやつ、来月のおこづかい、来年の誕生日プレゼントまで畳間に奪われているのである。これがイナのお姉さんだったら脱ぎ脱ぎ麻雀でも持ち掛ける畳間であるが、妹にするほど鬼畜でもなければ、幼女趣味でもない。

 綱手がむくれ、どすどすと音を立てて畳間の下へ近づいてくる。そしてベッドでごろごろと本を読む畳間の隣に勢いよく座ると、尻でぽんぽんと跳ね始めた。最近後頭部で縛り始めた、綱手の髪が揺れる。色も似ているイナに憧れたのか、綱手は髪を後頭部で縛る髪型を好むようになった。初っ端、ちょんまげかと口にした畳間は殴り飛ばされて壁に穴をあけ、イナに救出されている。

 

「にいさまー、にいさまー」

 

 ごねる綱手がぽんぽんと跳ねれば、ベッドが連動して畳間の体も跳ねる。本を読むどころではない。煩わしいと綱手の髪をぐいと引っ張れば、尻尾を引っ張られた猫のような悲鳴をあげた綱手が体勢を崩し、ベッドに倒れ込む。

 普段は勝ち気な性格で、兄を兄とも思わぬ態度で物申す癖に、甘える時は甘える綱手が、畳間は嫌いではない。整った眉と凛々しく鋭い瞳は、この幼さで可愛さよりも美しさが目立ち、しかし年相応の少女の愛らしさを併せ持っている。口と態度に出さないだけで―――綱手の話題を出すと、柱間の話題のとき並の笑みを見せるためイナにはバレているが―――人並みに妹を愛している畳間は、こういう甘えられ方はそれはそれで楽しかった。

 

「分かった分かった」

 

 畳間を押しのけて、いつの間にかベッドの大部分を占領していた綱手をベッドから引き摺り下ろし、畳間は上着を羽織った。火影の羽織を真似て作った―――しかし火影の羽織がもとになっているとは分からない絶妙なデザインの―――お手製上着である。祖父・柱間はあまりこういった堅苦しい服装を好まなかったが、扉間は火影ならば火影らしい格好を、ということでそれなりの正装をしている。そんな扉間の背中をちょっとかっこいいなと思った畳間は、少ない影分身を使って裁縫の技術を上昇させる程の念の入用で、なかなかの出来だと自負していた。

 

「ほら、支度しろ。出かけるんだろ?」

 

 微笑んだ畳間の顔を、ぽけっと眺めていた綱手は、その言葉を理解した瞬間飛び上がり、「約束したからなー!」と言いながら、自室へ向かって走り出した。

 

(たく・・・)

 

 ぐしゃぐしゃになったベッドのシーツをせっせと伸ばしていれば、外出の準備が出来た綱手が戻って来る。どこへ行くんだ?と聞けば、賭場だと帰って来る。お前はもう賭けるものがないだろと頭を小突き、畳間は変化の術で大人の姿を取った。成人した畳間の姿は柱間の面影を残しながらもどことなく鋭い雰囲気を纏い、髪は所々跳ね、流した後ろ髪を縛っている。大人の色気溢れる畳間の姿に、綱手はおーと感嘆の声を漏らす。イナにバれると面倒だからなと一言添えて、綱手を連れ立って畳間は家を出た。

 

「綱手ェ! その男はなんだ!」

 

 木の葉隠れの里の商店街。並ぶ店先を冷かしていた畳間は、綱手を呼ぶ声に振り返った。

 

「あんた、自来也・・・」

 

 白髪をツンツンに尖らせた自来也と言う少年は、畳間を恨みがましく睨んでいる。はて、どこぞで恨みでも買ったかなと思いつつ、アカリの件もあって、無くはないかと内心で苦笑いを浮かべる。

 

「だれだ?」

「施設の同期。エロ助よ」

「エロ助・・・?」

 

 少年の表情は引き締まっており、歳の割に渋い雰囲気を纏っている。エロ助と呼ばれるような子には見えないがと、畳間は内心首を傾げる。

 エロ助という言葉になんとなく惹かれるものはあるものの、単に綱手の悪い虫かと認識を改める。畳間が一期生として卒業すると同時に、綱手も忍者養成施設へと入学している。綱手と同期ですでに”エロ助”と呼ばれるほどの少年に、妹を持つ兄としての不信感と、いち男としての興味を抱く。しかし、その男はなんだ―――とは何だろうか。

 畳間は以前、里内の一角を土砂で埋め尽くした。教室を水浸しにし、教科書類をダメにしたこともある。復帰後、カツユの口寄せに失敗して巨大蛞蝓カツイを口寄せし、校舎を潰したこともあった。その功績から”蛞蝓王子”、”里の問題児”と異名を取る畳間は、大人たちからは複雑な、後輩からは畏怖と尊敬の眼差しを向けられている―――はずである。そこまで考えて、自分が変化の術を使っていることを思い出した。

 

(ははん。綱に悪い虫が付いたと思ったわけだ)

 

 畳間からすれば自来也が悪い虫だが、自来也からすれば、得体の知れない男が綱手と一緒に歩いているように見えるわけである。同期の絆か、はたまた別の何かなのかは定かではないが、綱手を悪く思っていない様子の少年を知り、畳間は嬉しく思う。勝ち気で口が悪く若干暴力的なところがある綱手は、友達がいるのだろうかと心配していたのである。同じ妹を持つ同志ということもあり、カガミとは気が合い、そういった話を交わしたことがあった。今日、変化してまで綱手のお願いに付き合ったのは、カガミとアカリの関係を思い出したから、ということもある。

 

「自来也だったか? 心配しなくていい。オレは綱手の兄貴の、千手畳間だ」

「・・・」

 

 じっと畳間を見る自来也の表情は疑わし気で、畳間のまわりをぐるぐると回って上から下まで舐めるように見ている―――様に見えて、畳間ではなく隣に立つ綱手を見ているようである。

 

(なるほど。分かりやすい子だ)

 

 わけあって変化をしているから黙っておいて欲しいと頼めば、綱手の写真が欲しいと口止め料を求め出す始末。畳間は綱手の言葉が真実であることを理解し、苦笑いを溢した。この年でこれでは先がどうなるのやらと、兄としては少し恐ろしくも思う。

 

 綱手は自分の写真を求められたことが恥ずかしいのか嬉しいのか、はたまた恐ろしいのか、その白い頬を赤くして、自来也の頬を殴り抜けた。畳間は瞬身の術を使い、吹っ飛んでいく自来也の背後に回り込むと、その体を優しく受け止めた。気を失っている自来也に喝を入れて、その意識を覚醒させる。

 近寄ってきた綱手にこつんと拳骨を落とし、やり過ぎだと諌めた畳間は、「これからも妹を、綱手をよろしく頼む」と自来也の肩にぽんと手を置いた。なんでこんな奴にとむくれる綱手と、数歳上なだけとは思えない畳間の大人の対応に恐縮する自来也。

 畳間は第6班というはちゃめちゃトリオな自分たちを棚に上げて、妹の代は面白くなりそうだと豪快に笑った。

 

 ―――後日、自分より妹を優先したと知ったイナに怒られることを、畳間は知る由もない。




分かりにくそうだったので変更。上手いこと簡潔に書ければ良いのだが・・・

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