綱手の兄貴は転生者   作:ポルポル

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残された傷

 遠方に金剛石の壁が突如として出現するのを横目に、カカシは駆けだした。

 一歩目からトップスピードに到達するカカシの雷遁瞬身は、今―――夭折した四代目火影のそれに匹敵するだけの速度を誇る。

 

 目指すは四代目水影―――その体に触れ、幻術を解除すること。

 

 しかし四代目水影は、カカシとの交渉が決裂したことを察すると、さっさと後退してしまった。

 サソリの傀儡による防衛線を乗り越えることは可能だが、その後―――幻術解除の際に生まれる隙を背後から狙われては、カカシとて避け切るのは難しい。 

 やはりサソリの撃破は必定。

 

(……一つ、二つ。あと一つ欲しいな)

 

 カカシは自身からサソリへと延びる、不可視の道筋。その点を数えながら、カカシは腰のホルスターに手を伸ばそうとして―――速やかに土遁の印を結んだ。

 

 ―――土遁・土流壁。

 

 突如、サソリの頭上を乗り越えて、巨大な水の球体が二発、カカシへと襲い掛かった。

 四代目水影の放った、水遁の螺旋丸とでも言うべきそれを見たカカシは、真似ることも、破壊することも不可能だと判断。超高濃度にチャクラを創り上げた土遁の壁で迎え撃つ。

 

 しかし、小山ほどの高さに育った土の壁は瞬く間に破壊され、崩れ落ちる。

 

(それほどか……ッ)

 

 極められた性質変化は、時として相性に劣る属性を上回ることがある。そして土遁の術は、水遁の術に相性で勝る。カカシも土遁の練度には自信があったが―――それをいとも容易く破壊するということは、四代目水影の水遁のレベルは、カカシの練度を遥かに上回る場所にあるということである。

 カカシはその球体の威力に戦慄する。

 

 そして球体が決壊したことによって、大量の水が土を呑み込みながら、カカシへと流れ込む。流れ落ちて来た多量の泥に押し流されたカカシは、さらに土遁の術を発動。地面から凄まじい勢いで隆起する土の柱に己の身体を上空へと押し上げさせて、その流れから抜け出した。

 だが―――その先に待っていたのは、空中を陣取るサソリの傀儡たち。再び逃げ場のない空中で囲まれたカカシは素早く思考を巡らせる。

 雷遁では次々に襲い掛かって来る傀儡すべてを破壊することは出来ない。土遁では地面から離れてしまっている現在、生み出すためのチャクラが不足する。ならば―――水遁。材料は今しがた、山ほど貰った。

 

「水遁・水陣壁!」

 

 地面を流れる水流を操り、カカシの周囲を守る様に、上空へと噴き上がらせる。間欠泉、あるいは噴水のように上空へと飛沫を上げる水流は、サソリの傀儡の動きを阻害すると同時に、カカシの周囲を覆っていた傀儡の残骸等を押し上げた。

 

 カカシが重力に従って地上へと落ちていく一方で、噴き上がる水脈は上空で集い、巨大な水の塊へと変貌。そしてカカシはそれを解き放つ。

 

「―――水遁・大爆水衝波!!」

 

 かつてカカシが身に受けた、水遁の極みの一つ。水流という自然界でも非常に強い力によって、あらゆる傀儡ごとサソリを押し流そうとする。

 

 サソリは正面に黒鉄の壁を構築する。確かにその壁は水流をかき分けサソリを守ったが、しかしあまりの水圧によって、その壁は徐々に後方へと押し返され、サソリは傀儡糸だけでなく、己の両腕でその壁を支えることを強いられる。

 水断波をも弾き返した砂鉄の壁は、しかし面での攻撃と圧力を前に屈服した。

 

(おおおおお、おおおお―――)

 

 サソリとカカシ―――互いにここが勝負どころと定めたのか、互いの膂力を奮い立たせる。

 しかしこの戦いは一対一では無かった。

 後方―――四代目水影が、再び印を結んだ。

 

 ―――霧隠れの術。

 

 周囲に立ち込める深い霧。そこに練り込まれたチャクラを見て、カカシは焦りを抱く。

 

(これはまずい……ッ)

 

 直感的なものだった。だが、この霧を吸い込むのは危険だと判断したカカシが、やや有利であったサソリとの対決を捨て、後方へと下がる。

 霧は徐々にその前線を上げ、ゆっくりとカカシへと迫った。

 

 土遁、雷遁、水遁。カカシの持つ術では、この霧を吹き飛ばすことは出来ない。

 悔し気に一歩後ずさったカカシへ、霧を突き破って傀儡の群れが襲い掛かる。

 

 後方へ跳躍。僅かな差で投擲された忍具を躱し―――距離を離させられる。

 

(賭けになるが……試してみるか……)

 

 カカシが印を結ぶ。カカシの口からゲロのように吐き出された泥が、勢いよく迫る濃霧の中へと進んでいく。

 

 ―――神威。

 

 土遁を使ったがゆえに無防備になったカカシへ、傀儡の群れが襲い掛かった。そして、空中に現れた巨大な時空間の歪みへと、傀儡たちが消滅する。

 

(……きついな)

 

 カカシは神威による迎撃を強いられる。ごっそりと、体からチャクラが失われる感覚を、カカシは覚えた。

 最後の切り札を残しておくためには―――神威は使えて、あと一度。

 

 だが―――カカシの目論見は成功する。徐々に、カカシの目前の霧が、晴れていく。

 

「なに……?」

 

 やぐらが訝し気な表情を浮かべる。

 水影邸の屋上に立ち、カカシ達を見下ろしているやぐらの視界には、あたり一面に広がった泥が映る。広範囲を覆い尽くす泥は、先ほどカカシが吐き出した量と、明らかに相違がある。吸収しているのだ。『霧』を。

 カカシはマスクの下で安堵に口元を緩めた。

 それは、千手畳間がかつて創作した、水を吸収し増殖する性質を持つ、対水遁用の切り札。

 

「土遁・泥流弾(でいりゅうだん)!!」

 

 土の柱の上で印を結んだカカシが、足元に手を叩きつける。

 土の柱を伝い、カカシの意志が一面に広がる泥の海へと浸透し―――一つ、二つ、三つ、四つ、五つと、次々に小さな土の弾丸が、泥の海から気泡の様に沸き上がり、上空へ向けて打ち出された。

 地面から凄まじい勢いで放たれた泥玉の弾丸は、霧が漂っている限り止まることは無い。

 

 サソリは傀儡を上下左右、器用に空中を泳がせて弾丸から避けさせるが、その数が多いがゆえに、いくつかの傀儡が破壊される。

 サソリが苛立たし気に表情を歪める。

 

 ―――解。

 

 カカシの身体を襲った衝撃。

 カカシは横腹から突っ込んできた何かに突き飛ばされて、地面へと放り出された。

 自分にしがみ付く何かを引きはがし投げ飛ばそうとして―――それがカカシのよく知る者だと気づく。

 

「サスケ!?」

 

 カカシは自分にしがみ付いている者がサスケであることを理解し、サスケと共に地面に滑る様に着地する。

 

 ―――轟音と共に、土の柱が崩れ落ちていく。

 

 見れば、土の柱の上部には、巨大な黒鉄の槍が突き刺さっていた。

 

「だらしねェ!! 写輪眼を使っていながら、幻術になんて掛かるな!」

 

「―――すまん、助かった」

 

 肩の力が抜けるような感覚。幻術によって乱されていた体内のチャクラが、正しい流れを取り戻す。

 僅かに吸い込んでいたらしい霧が、カカシを幻術に落としていた。その効力は微々たるもの。少しだけ、死角を増やす程度のものだった

 だからこそ気づけなかった。神威の使用を強要され、チャクラを一気に消費した反動により生じた、僅かなチャクラの乱れ―――その隙を、突かれた。

 敵は、手強い。畳間の指示だろうか―――サスケの増援は、正直ありがたかった。

 

「サスケ。敵の霧を吸い込むな。あれは幻術を―――」

 

「カカシ。先に言っておく。耳を負傷した。声は届かない」

 

「……」

 

 ―――それカナリヤバいジョウキョウ。

 

 読唇術は使えるようだが、これではまともな連携が―――しかしカカシはサスケの瞳を見て、カカシが何かを思い出したように、眉を上げた。

 

「サスケ。作戦を伝える」

 

「なんだ」

 

 カカシの唇の動きを読み取って、サスケが答える。

 

「オレの写輪眼と、お前の写輪眼。―――眼で語る(・・・・)戦い(・・)だ。出来ないわけ、ないよね?」

 

「―――ハ」

 

 カカシの意図を正確に汲み取って、サスケは獰猛に笑った。

 眼で語る。

 それは、写輪眼という最強の瞳術(・・・・・)を所持するうちは一族にとって、特別な言葉である。それは過去、写輪眼を巡り、うちは一族内で起きた血みどろの戦いの中で生まれた、『同士討ち』を起源とする言葉である。

 しかしそれは時を経て、写輪眼を巧みに使う者の戦い方を指す言葉となり、いつしかうちは一族の誇りとなった。

 

 サスケは自身の中の凄まじい高揚に気づく。

 たまたま写輪眼を持っただけの忍者―――そのようにカカシを侮っているわけではないが、うちは一族では無い者からの、その発破(・・)は、プライドの高いサスケの闘志に火をつける。

 

 写輪眼のうちに炎を揺らめかせるサスケを見て、カカシは楽しそうに笑う。

 

「敵はサソリ。分かっているとは思うが、一撃ももらうな。あとは―――好きにやれ。必ず俺がお前を守る」

 

 直後―――傀儡たちが解き放った忍具の雨が二人の頭上から降り注ぐ。

 サスケとカカシは左右に散開―――直前、サスケは左手を、カカシは利き腕ではないが、右腕を互いの方へと伸ばし、掌を合わせた。

 二人の手を雷が覆った。二人が散開し、互いの間を、雷の導線が繋ぐ。

 

「「千鳥(雷切)渡し」」

 

 サスケは手裏剣を、カカシはクナイをそれぞれもう片方の手でホルスターから抜き取り、投擲。カカシのクナイには雷を封じた札が繋がっている。デイダラがどこかへ消えた今、出し惜しみをする必要が無くなったためである。

 二人は、互いの間にいる傀儡たちを雷の導線によって巻き込み感電、破壊しながら、凄まじい速さで進んでいく。

 

「―――人傀儡・三代目風影」

 

 100体いた傀儡たちも、もはや数えるほどに減らされた。演者としてのプライドを傷つけられたサソリだが、とっておき(・・・・・)はいまだ健在。

 

「―――鉄散弾」

 

 ゴキブリの様に高速で動きまわる敵が二人。もはや速度に欠ける黒鉄の槍では仕留めきれないと判断したサソリは、殺傷力は落ちるが、範囲攻撃へと切り替える。サソリ側には、高威力の術を持つやぐらがいる。

 敵の動きを止める、それをサソリは狙った。

 

 空中に浮かぶ無数の砂鉄の弾丸が、カカシとサスケへ降り注ぐ。

 

「「―――紫電!!」」

 

 サスケとカカシ、互いに同時に行われた雷の放出が、砂鉄の弾丸の軌道を変える。

 磁遁は、名の通り、磁力を扱う術。そして磁力は、電流によっても生み出される。

 二人の放った紫電は、二人を繋がぐ雷切(千鳥)の接着点でぶつかり合い、増幅し―――砂鉄のことごとくを吸い寄せる。

 

「こいつら―――」

 

 サソリが忌々し気に顔を歪める。

 

 ―――大爆水衝波。

 

 やぐらの放った巨大な津波が、すべてを呑み込まんと押し寄せる。

 サソリは傀儡糸で自分自身を上空へと放り投げた。眼下には凄まじい勢いで流れゆく津波の姿。

 

 カカシとサスケ、またしても同時に(・・・)跳躍。

 流れゆく津波の上に着地し、駆けだした。

 

 ―――水上走り。

 

 チャクラコントロールの基礎として学ばされるその技法。雷切(・・)は、形態変化と性質変化を併せ持ち、ただ放つだけの術とは違い、動き回りながらの『維持』を必要とされる術である。

 つまり二人はチャクラコントロールの基礎を、高い次元で習得しているということだ。

 

 ―――そして、敷き詰めていた土が、躍動する。じわじわと減っていく津波。徐々に膨れ上がる、水底の泥。

 

 ―――影分身の術。

 

 カカシは既に、土中遊泳の術を以て、土遁を維持し続けるための影分身を、地中に潜ませていた。水遁は、どれほどの規模で在ろうと、どれだけの威力で在ろうと、時間と共に消滅する。

 悪手だった。やぐらが表情を歪める。

 

 水の底から、地面が隆起する。泥の噴水が、三代目風影の人傀儡を包囲。その体を泥で染め上げる。そして泥は傀儡の関節部から、その内部へと侵入。

 そしてそのタイミングで、サスケとカカシは、同時に(・・・)、互いを繋ぐ雷を解除した。どちらか一方でもタイミングがずれれば、どちらかにもう一方の雷遁が襲い掛かるはずのそれを―――。

 

「こいつら―――ッ!!」

 

「―――火遁!!」

 

 雷遁を解除したと同時に、サスケが素早く印を結んだ。その終わりは、虎。

 

「―――業火滅却!!」

 

 サスケの口から解き放たれた巨大な炎の海は、周囲の水分を焼き尽くし、三代目風影を呑み込んだ。

 

 体の表面に纏わりついた泥、関節部から内部へと入り込んだ泥が、サスケの火遁の熱気に焼かれ、にわかに水気を失い、凝固していく。三代目風影は体全体を乾いた泥に覆われ、泥人形(・・・)へと貶められる。

 

 脚にすべての雷を集め、水面を蹴りつけた。破裂音、大きな水しぶきが上がり、二人が凄まじい勢いで上空へと飛び上がる。

 標的は、サソリ。

 

オレ自身(・・・・)すら、使わねばならんとはなァ!!」

 

 サソリが吠える。同時に解放される、自分自身にすら施した無数の改造。両腕の肘から表面が分離、中から鋭利な刃が飛び出した。背後からはプロペラのような形状の、巨大な三枚の刃。左右の大腿骨から突起が伸び、そこからさらに、複数の刃が飛び出した。両掌からは筒が飛び出し、火を噴いた。

 

「全身凶器かよ」

 

 サスケが驚嘆と呆れを呟いた。

 しかしあれでは、むやみに近づけばすり下ろされて燃やされる。

 

 ―――数瞬の交差(・・)

 

「―――千鳥!!」

 

 左手に雷を纏い、サスケがサソリへと駆けだした。

 サソリは、サスケの突撃を見て、残された傀儡すべてをカカシへと殺到させる。所詮は時間稼ぎ。だが、高速体術を使用する忍者二人を同時を相手にするのは、無謀。まずは弱い方(・・・)から潰す。サソリはそう決断した。

 

「サスケ!!」

 

 カカシの焦る様な声。やはり独断。ここで仕留める―――サスケを迎え撃つは、サソリの放つ無数の刃。そして、サソリが両手を前へ突き出す。放たれる巨大な火球。

 

「ラァアア!!」

 

 サスケの咆哮。加速は充分。サスケの身体が、先ほどのカカシの様に、一本の雷のランスの様相を呈す。

 そして雷遁によって強化された抜き手は、形態変化の極みとされる、螺旋丸すらも貫く最強の矛。毒が塗られていようとも、ただの刃物で傷つけられる強度ではない。火球は多少熱いが、構わず穿ち抜く。

 サスケの手刀は、サスケの決意通り、火球を貫き、迎撃の刃の悉くを粉砕し―――その胴体を貫いた。

 

 だが―――サソリは生きている。

 

 人傀儡へと己自身を改造したサソリにとって、弱点は唯一、生身の胸部のみ。他の悉くを破壊されようと、チャクラを練る本体さえ無事であれば、サソリが死ぬことは無い。それこそサソリの求める『永遠の美』への道。

 

 サソリは「ここだ」、と機を捉える。

 うなじに取り付けた巻物から、別の傀儡を取り出して、同時に本体部をサスケに貫かれた今の身体から分離する。

 飛び出した新たな傀儡の胸部の穴に、サソリは本体となる肉塊を装填。

 

 ―――尾獣玉。

 

「な―――」

 

 サソリの驚愕。

 サソリの後方。四代目水影が尾獣化し、黒く巨大なチャクラの球体を生成。サソリたちへ向けて解き放ったのだ。

 何故、オレが必要などと言った先ほどの言葉は嘘だったのか、とサソリは困惑する。

 

 ―――神威。

 

 尾獣玉が時空の歪の中へと消える。

 そうか、とサソリは納得する。傀儡を破壊したカカシが、サスケの支援に駆けつけるのを止めるための、一手。

 これにより、駆け出そうとしていたカカシは、一端の停止を余儀なくされた。カカシの時空間忍術がどれほど強力であろうと、あれだけのエネルギーと質量を持つ物体を『飛ばす』には、どうあがいても数秒の時を有する。

 サソリの元の肉体によって動きを制限されたサスケは逃れられず、カカシの救援も無い。

 終わりだ、とサソリは新たな肉体から刃を展開。サスケを切り裂いて―――眼を見開いて、停止した。

 

「幻術―――!?」

 

 サスケへと振るったサソリの刃は空を斬る。自分の身体は、かつて人として生きていた頃の『人傀儡』と変わらず、破損も無い。

 サスケの姿は、どこにもない。

 

「馬鹿な。眼は合わせなかったはず―――」

 

 咄嗟に後ろを向いたサソリが眼にしたのは―――四代目水影に肉薄する、うちはの家紋を背負いし背中。

 

 ―――眼など合わせなくとも。指先一つあれば(・・・・・・・)、幻術の使用は可能。

 

 それこそが、うちは一族の真骨頂。写輪眼という最強の瞳術を担うがゆえに、その対策は多対一、目を合わせない、と忍界に浸透している。だが、その程度で対策が叶うのならば、かつての戦国時代―――千手一族と並び、最強の名を冠せるはずも無い。

 うちは一族はかねてより、写輪眼に頼らない幻術戦法を編み出していた。そしてその究極に至ったのが、うちはイタチ―――サスケの、実兄。指先の動き一つで相手を幻術の中に叩き落す、その技量は、うちは一族における、『当代最強』の名を冠するにふさわしい。そして里を出なかった(・・・・・・・)うちはサスケは、木ノ葉隠れの里で平穏に暮らす(・・・・・・・・・・・・・・)うちはイタチより―――愛情と厳しさを以て、その技法を学んできた。

 

「ならば、今のあれ(尾獣玉)は―――」

 

 幻術に落とされたサソリを素通りし、最終目標―――すなわち、四代目水影へ迫るサスケへと、放たれたものだった。

 そして恐ろしいのは―――それだけの連携と作戦を、カカシとたいした話もせずに、サスケがやり遂げたこと。サソリの能力の全貌を、途中参加のサスケが知っているはずが無い。知っていたとして、人傀儡の存在のみ。だというのに、この戦い方は一体―――。

 サソリは、このガキが強いだけ(・・)とは、到底思えなかった。

 

 ―――眼で語る戦い。

 それは、写輪眼を駆使した幻術合戦のみを指す言葉ではない。

 写輪眼とはすなわち、心を映す瞳である。

 ゆえにこそ―――はたけカカシの写輪眼を、サスケは見つめ、そこの映し出される心を読み取った。戦いの中、幾度かあった、写輪眼同士の数瞬の交錯。互いに幻術を掛け合い、写輪眼を通し、一瞬にして互いの思考を読み合った。同時に、写輪眼を通して互いのチャクラの流れを正し合うことで、やぐらの幻術を解除して。

 距離など不要。

 

 ―――うちは一族とは、眼で語る一族である。

 

 そしてサスケの参戦によって、勝利への道筋が定まった。

 

 ―――この戦いは最初から、そのため(・・・・)に始まったもの。

 木ノ葉隠れの忍びが見ているのは、暁という、平和に対する障壁達ではない。木ノ葉隠れの里の忍びが見ているのは最初から―――盟友・四代目水影の、救出。

 

「―――千鳥!!!!!!」

 

「おおおおおおおおおお!!」 

 

 サソリが吠える。だが、もはや間に合わない。サスケはその俊足を以て、既に四代目水影―――尾獣化した、三尾へと肉薄した。あとは、触れるだけ。

 そして―――三尾が、サスケの前から消え、標的をサスケは、ガラスの嵌まっていない窓をすり抜けるようにして、前方へと転がった。

 

「―――速い……ッ」

 

 サスケが悔し気に歯を喰いしばる。

 三尾―――亀のような姿をしたその尾獣は、全尾獣最速の速度を誇る、機動力の怪物だった。サスケの足では、未だ三尾を捉えることは出来ない。

 

「―――よく、辿り着いた」

 

 直後―――サスケの目の前にいたのは、カカシ。

 

 ―――一瞬の、視線の交差。

 

 雷鳴を置き去りに、カカシの姿がサスケの前から消える。

 

「馬鹿な。白い牙はあそこに―――」

 

 サソリが、突如としてサスケの前に現れたカカシの姿に瞠目し、先ほどまでカカシが居たはずの場所へ視線を向ける。

 

「なんだ、あの速さは!!」

 

 あの距離を一瞬で、移動するなど―――無理だ。

 だが、幻術ではない。カカシは確かに、三尾の傍に移動していた。

 このままではまずいと、サソリは自分の身体を浮かせ、やぐらの下へと向かおうとするが、しかしサソリの速さでは間に合わない。向かってくるものに対して反応・対応を講じるのと、離れていくものに追いつくのは、必要な速度がまるで異なる。

 さらに、噴き上がる泥の噴水が、サソリの動きを阻害した。

 

 カカシの速度。

 三尾の速度。

 戦いの中でチャクラを消費し続けたカカシが、僅かに遅れる。神威は、もう使えない。

 

「火遁―――」

 

 サスケが―――サスケの写輪眼が、三尾の動きを補足する。その眼は万華鏡ではなく、固有の瞳術も持たない。

 だが、サスケはこの二年の間、俊足のカカシ、豪速のガイ、そして飛雷神の術を扱う畳間を相手に、動体視力を鍛え上げて来た。いかに早くとも、その先の先を読み、一撃だけ加えることならば、出来る。

 

 サスケの放った火の球が、高速で動き回る三尾に直撃する。だが、高速で回転する三尾には、効果が無く、一瞬の隙を作り出すことも出来ない。

 

 ―――きん、と乾いた金属音が響く。

 

 火遁の影に潜ませていた、一本の、クナイ。結ばれた、一枚の札。それはカカシから持たされた、切り札の一。

 

「―――紫電!!」

 

 三尾は、亀型の尾獣。その体は常に、湿り気を帯びている。

 サスケの咆哮と共に解放された札の封印。紫の雷が、迸る。

 三尾が感電によりその動きを狂わされ、もんどりを打って転がった。

 しかしそれも一瞬、起き上がり、再度回転の中へ戻ろうとして―――。

 

「―――飛雷神の術」

 

 停止した三尾の目前に、突如としてカカシが現れる。使い切ったチャクラ―――それは、地中に潜ませた最後の影分身を解除することによって取り戻した。

 そして―――、カカシの足元には、サスケの投げたクナイ。記されるマーキングは、―――『忍愛之剣』。

 

「―――解!!」

 

 カカシの手が、三尾の身体に触れた。

 がくり、と三尾の身体から力とチャクラが抜けて、重い音を上げながら倒れ込み―――人の姿へと戻った。

 同時に、カカシもまた倒れ伏す。危うく三尾の巨体に圧し潰されるところだったと、もはや指先一つ動けなくなった体で、ひとまず安堵の息をつく。

 

 だが、敵はまだ残っている。

 赤砂のサソリ。戦うまでも無いと遠ざけられ、そしてむざむざ四代目水影の解放を許した。この屈辱は想像を絶する。せめて―――若造一人、始末しなくては。

 

 人傀儡・三代目風影が動けなかろうと、その能力は健在。地に伏した人傀儡・三代目風影をチャクラ糸で無理やり持ち上げ、振り回す。

 そしてもはや雷遁の拘束は無く、津波の妨害も消えた。

 封じられていた磁遁は解放され、黒鉄の槍が解き放たれる。

 

「サスケ―――ッ!!」

 

 もはや動けない体で、カカシが悲鳴のように声をあげる。写輪眼は既にその文様を隠し、その一対の瞳は黒い眼球を晒すのみ。

 神威による妨害は不可能。雷遁による加速と救出など論外。影分身を消したことで、土遁はただの泥に戻った。

 打つ手なし―――。喉が張り裂けんばかりの大声で、カカシは可愛い教え子の名を叫び―――。

 

 ―――水遁・水大砲。

 

 カカシの傍から放たれた超巨大な水の球が、黒鉄の槍を弾き飛ばした。

 

「世話を掛けたな。……白い牙」

 

四代目(・・・)―――!」

 

 カカシの傍に立つのは―――小柄な、幼く見える容姿をした、成人男性。

 

「―――暁。盟友木ノ葉への狼藉と、霧隠れへの侵略。決して許すことは無いと知れ」

 

 四代目水影―――やぐらが、天へと翳していた手を、サソリへ向けて、大きく振り下ろした。

 

 ―――終わった。

 

 空中に浮き、己へ向けて落ちて来る超巨大な水の塊を見上げて、サソリは呆然と息を吐いた。

 

 

 

 

 

 

「四代目様!!」

 

「……メイか。世話を掛けた」

 

 四代目水影の解放。その報は瞬く間に霧隠れの里に広がった。

 水影自ら終戦を呼びかけ、従わない者を責任を以て始末したが故に、速やかに戦いは終結を迎えた。

 カカシは動けないなりに、サスケにおんぶされて、水影について回った。木ノ葉と四代目水影が共に居る―――その姿が、説得力を与えるからだ。みっともない格好で、カカシとしてもサスケとしても、本来ならばご免被りたかったが、是非も無い。

 そして、畳間が作り出した金剛石の柱の上で体力の回復に勤しんでいたサクラと、気を失ったままの白、二人を守るために傍に居たメイのもとに、やぐらが到着し、メイは歓喜に瞳を潤ませて、やぐらを迎え入れた。

 ちなみに、やぐらの姿を視認したと同時に、畳間の木遁分身は既に消滅している。金剛石の柱という物理的な証拠は明らかに大きすぎるとは思うが、『いなかった』ことにしたいがためである。メイにもサクラにも、木遁分身は、その旨を既に伝えている。

 

「メイ。本当に、世話を掛けた。ありがとう」

 

「よかった……よかった……」 

 

 口元を覆い、肩を震わせて、しかし次々に零れ落ちる涙を、メイは止めることが出来なかった。

 霧隠れが狂ってから、10年あまり。多くの同胞が命を落とした。里に残る非戦闘員たちのため、解放軍が保護した、幼い卵たち。彼らのために戦い続け、それでも叶わないかもしれない、と諦めかけていた霧隠れ解放の夢に、ようやく、ようやく辿り着いた。

 

 まだまだ、残る課題は多い。白を始めとした、子供たちのメンタルケア。破壊された里の物理的な復興と、崩壊した政治基盤の再構築。それぞれが一筋縄ではいかぬ障壁ばかり。解放戦争は終わり、しかし新たな戦いは、始まったばかり。

 

 ―――再不斬。

 

 だが、今だけは―――メイは両手で顔を覆い、霧隠れのために散った戦友のために、静かに祈った。

 

 

 

 

 

 

 しばらく後、変化の術で別人に化けた畳間が、「オレがいなくても大丈夫だったみたいだな」と素知らぬ顔でカカシ達の前に現れた。

 やぐらは深く畳間に頭を下げ、畳間はそれを受け取ると、言った。

 

「カカシ達がいなければ、この戦いは無かった。オレはお前達霧隠れの里を、見捨てようと思っていたからな。礼を言うなら、カカシ達にしてくれ」

 

 それが本心からの言葉では無いとやぐらは感じながらも、その言葉の意図を何となく読み取って、再度深く頭を下げた。

 その後、水影邸の屋上に上った畳間は、霧隠れの里を見渡し、印を結ぶ。そして目を閉じ、己の身体に残されたチャクラに意識を落とす。

 

 ―――木遁・四柱家の術。

 

 荒廃した霧隠れの里、荒れた空き地となった場所に、次々に家が建っていく。

 

「掘っ立て小屋だが、無いよりはいいだろう」

 

「……掘っ立て小屋ってなんだったかな」

 

 立ち並ぶのは、立派なログハウス。旅館商売でも出来そうな完成度であった。

 

「ありがたいが……いいのか? 火影は『いない』はずだろ?」

 

「……木ノ葉の忍者が頑張って建てたことにしといてくれるか」

 

「この数を……?」

 

「この数を」

 

「……」

 

 呆れた様に目を細めるやぐらに、畳間は「任せた」と豪快に笑う。 

 

「それで、話は変わるが……。負傷者はどうだ?」

 

腕のいい医師(・・・・・・)のおかげで、生きている者は、回復に向かっているようだ」

 

「そうだろう。カブトは綱の後継者だからな。あれ以上の医療忍者はいない」

 

 薬師カブト。木ノ葉―――どころか、忍界最高の医療忍者。少なくとも、畳間はそう思っている。

 

「だが、まだだぞ。木ノ葉に飛雷神の術で伝令を送ってある。連れて来るだけのチャクラはもう残ってないが、綱もこちらに向かっている途中だ」

 

「綱手姫を? 良いのか? 木ノ葉の方は……。それに、対応がやけに早いな」

 

 カブトに、綱手。木ノ葉の医療の方は大丈夫なのか、とやぐらは申し訳なさそうに言う。

 それに、戦争が終わって半日も経っていない。新たな指令を送ったにしては、向かっている途中というのは、行動が早すぎる。

 

「里にはシズネがいるから問題ない。それに、他にも優秀な医療忍者は育っている。オレの子たちも、多くが医療忍者―――というか、一切戦わない、医師への希望者が多いからな。息子に影響されたのか、妻の光を取り戻すと、皆躍起になってるんだ。それを聞いた妻はもう大喜びで、わんわんと、大泣きだった。オレに抱き着いて離れなかったくらいなんだが―――」

 

 惚け話を始めた畳間に、うぜェと思いながらも、やぐらは話を傾聴する。霧隠れの恩人である。その程度は―――と。

 

 

 

 

 

 

 アカリとの惚け話を続けていた畳間が自分の醜態に気づいたのは、それからしばらくしてからのことだった。

 こほん、とわざとらしく咳ばらいをした畳間は、それを区切りとし、話を戻した。

 

「あー、なんだっけ。そうだ。綱の動きが速いことについて、だったな。綱に関しては、もともと、雨か霧、どちらかに派遣するつもりだったんだ。どちらに苦戦するか、分からなかったからな。雨隠れ制圧が早く済んだんで、そのタイミングで、霧へ向かえと、伝令は飛ばしておいた。物資も山ほど持って来るぞ」

 

「……助かりますよ。過労死します。このままじゃ……」

 

「おお、カブトか」

 

 ハスキーな色気のあるボイスを草臥れさせ、青白い顔をしたカブトが、皺くちゃの白衣を手に提げて、湯気の立つコーヒーを片手に持ちながら、畳間たちの下へと歩いて来る。

 

「どうだ、皆の様子は」

 

「とりあえず、ひと段落と言ったところです。急を要する方の治療は済ませましたので。少し、休憩をいただきました」

 

「そうか。そうだ、カブト。丁度よかった。見てくれ。今、家を建てたんだ」

 

「見ていましたよ……。僕たちは慣れてるので大丈夫ですが、霧隠れの皆さんには、どうも刺激が強いようで」

 

 カブトが肩を竦めて、小さく笑った。

 

「皆さん、仰天されていましたよ。『家が生えて来た!!』と。『幻術か?』を疑う方までいて……自傷行為を止めるのに苦労しました」

 

 カブトの言葉に、やぐらも深く頷いた。

 

「よかった。オレだけじゃなかったんだな。オレも、『また幻術なのか?』と自分の目を疑った」

 

「普通、家は生えてきませんからね。安心してください。正常な反応です」

 

 奇妙な連帯感を持ち始めたらしいカブトとやぐらを見て、畳間は「なんだ仲良いな」と笑う。

 

「カブト。オレも手伝うが、あの家に怪我人を運び込んでくれ。野ざらしじゃ、辛いだろう。あそこだ。あの、一番大きい家」

 

 畳間は、ひと際横に大きい家へと、指を向ける。

 

「あの、今、休憩中なんですけどぉ……」

 

「そうか。苦労を掛けるが、頼むな」

 

「容赦ないんだもんなぁ……」

 

 にこやかに笑う畳間に、カブトは苦笑する。

 畳間もまた苦笑する。

 

「別に、今すぐやれ、というわけじゃないぞ? 人を人使いの荒い鬼畜の様に言うんじゃない。やぐらに誤解されるだろ」

 

「誤解も何も……その通りじゃないですか。お義父(とう)さん」

 

 茶化すように笑うカブトに、畳間は焦ったように手を振った。

 

「そう言うなって! あそこは、吹き抜けを造って、広くしておいたんだ。怪我人を多く収容できるようにな。二階の端には医療忍者用の宿泊スペースもあって、そこからは一階の怪我人スペースを一望できる。毛布や敷布団まではさすがに無いが、泊まり込みで治療ができるんだぞ」

 

「……そうですか。器用ですね……」

 

「まあ、経験だけは豊富だからな」

 

 最初は木材遁しかできなかった畳間だが、いつしか細かな家を建てられる程度には、木遁の使い方が上手くなっていた。そしてそれを誇っている畳間だが―――素で人使いが荒く、そしてそれに気づいていないらしい。

 カブトは呆れた様に目を細め、畳間を見つめた。

 

「???」

 

 畳間が困惑を表情に浮かべ、カブトはまた、苦笑した。

 そういう意味(・・・・・・)では、やたら過保護なアカリとのバランスは取れているらしい。似た者同士のようで正反対な、お似合いな千手夫妻の関係がおかしくて、カブトは内心で笑った。

 

「カブト殿。里の皆の治療、真に感謝する」

 

 話がひと段落したころ合いで、やぐらはカブトへ深く頭を下げた。

 カブトもまた深く頭を下げる。

 

「そういえば、サクラはどうだ?」

 

 畳間がカブトに問うた。サクラにも参加させろ、ということだろう。カブトは首を振った。

 

「チャクラがすっからかん、と言ったところです。あれでは、一度全快してからでないと、掌仙術の使用は許可できません。今の状態で無理にチャクラを練れば、経絡系が壊れます。後遺症が残るでしょう。仙術チャクラによって経絡系に掛かっていた負担は、非常に大きなものです」

 

「それほどか……」

 

 深刻な表情でサクラの状態を伝えるカブトに、畳間も眉根を寄せた。

 

「分かった。どのみちしばらくは使えないだろうが、サクラにはオレから、仙術の使用を控えるように言っておく。どうしても使いたいとサクラが願うなら……。そうだな……。里に戻ってから、皆で話し合うことにしよう。遠からず綱も来るが……。サクラはアカリの弟子でもある。アカリにも、話はしておいた方が良いだろう。オレから伝えておくよ」

 

 しかしカブトは微笑んで、小さく頷いた。

 

「とはいえ、今の状態であれば、安静にさえしていれば、問題無く回復できる範囲です。あの子は本当に、チャクラコントロールが上手い。一つ間違えば、全身の経絡系が破裂していたでしょうが……限界を迎える前に、自制したようです。意識してのことか、無意識でのことかは分かりませんが、たいしたものですよ」

 

「ほう……やはり、か? やはりたいした奴か?」 

 

「たいした子です」

 

「それが分かるカブトも、たいした奴だ。誇らしいぞ」

 

(オレはそういうの、さっぱりだったからな……。うち(木ノ葉)の子たちは皆たいした奴だ)

 

 かつて、八門遁甲を極めんとしていた少年期のことを、畳間は思い出す。

 師の言葉を無視して乱用し、体を壊したことは一回や二回ではない。うずまきと千手―――強靭な肉体を受け継いだがゆえに全快したが、一歩間違えれば廃人になっていた可能性もあるのだ。

 それを思えば、サクラは大したくノ一である。

 

「サスケとカカシは、どうだ?」

 

「サスケ君は、一晩休めば治ります。外傷の治療は、僕の専門ですから。ただし。カカシさんは、しばらく時間が必要でしょう」

 

「そうか……」

 

 畳間は、カブトの語るサスケの容体には嬉し気に頷いて、そしてカカシについて、心配そうに眉を寄せた。

 

「とはいえ、これと言った外傷は在りません。サクラちゃんと同じ、チャクラの使い過ぎです。安静にしていれば、問題はありません。ただ……赤砂のサソリ―――未知の毒を使うという話でしたが、『一撃も貰ってはならない』と、気を張り詰めての戦いだったようです。肉体的にも、精神的にも、そしてチャクラ的にも、疲労は大きい……。肉体と精神の調和からチャクラは生まれ、同時にチャクラは肉体と精神を癒す……。そのすべてを、一度に擦り切らせてしまった。現状、回復にはかなりの時間を要する、としか」

 

「……一度、里に連れ帰るべきか。できれば、霧の戦後処理は、カカシにやって貰いたいんだが……」

 

「医師としては断固反対ですが……」

 

 畳間の呟きに、カブトは控えめに己の意志を伝える。

 

「……うーむ」

 

 畳間が顎に手を当てて、悩む素振りを見せる。出来るなら、今後の木ノ葉と霧の関係のために、カカシが最初から最後まで、関わっていた方が良いとは思う。多少の疲労なら、経験としてやらせるところだが、カブトがそこまで言うということは、余程の状態なのだろう。

 

 とはいえ、カカシを連れ帰るにしろ、置いていくにしろ、時間はある。

 畳間は「考えておこう」とカブトに手を振って、水影邸の屋上にある手すりに手を掛ける。

 

「どちらへ?」

 

 飛び降りるつもりなのだろうと察したカブトが、畳間に声を掛けた。

 畳間が振り返る。

 

「怪我人の移動だ。言ったろ? 手伝うって」

 

「……」

 

 あなたは火影なんですよ、そんなことをすべきではない―――そんな言葉を、カブトは呑み込んだ。この義父がやると言ったら、言っても聞かないだろうことを、過去の経験から知っているからである。

 カブトは頭痛を抑えるように、片手で額を押さえた。

 

「火影! そんなことをやらせるわけには―――」

 

 しかし、やぐらは慌ててそれを止めようとする。

 他里の影に、一般人の運搬を任せるなど、水影として、見過ごせるような非礼ではない。

 しかし畳間は呑気に手を振って、笑う。

 

「大丈夫だって。変化で姿を変えてるからな。手伝わせてくれ」

 

「水影様。こう言ってはなんですが、義父(ちち)は言って聞くような方ではありません。諦めてください」

 

 そしてカブトは、「義母(はは)であれば別ですが」、と小さく添えた。

 戦後、木ノ葉の民との面談も、その過労を心配した者の言葉を、畳間は振り切った。見かねたアカリが、「きちんと休まなければ、聞ける話も聞けないんだぞ」と叱らなければ、それこそ一睡もせずに戦後処理に明け暮れただろう人なのだ。やぐらが言ったところで、止まるはずもない。

 

「だが……」

 

 と、なおも戸惑いを見せるやぐらに、カブトが小さく首を振る。

 

「僕は先に行きますよ。五代目火影としての姿で来られても困りますが、見知らぬ男が突然現れて、『これより怪我人を移動する』、などと言い出せば、現場に余計な混乱が生まれます。僕は先に行って、指示を出しておきますので、義父さんは少ししてから来てください。いいですね!」

 

 ぐい、とコーヒーを飲み干して、草臥れた白衣に袖を通したカブトが、屋上から飛び降りて、医療現場へと向かっていく。

 

「そんなつもりは無かったんだが……。却って悪いことをしたかな……」

 

 畳間は申し訳なさそうに頬を掻く。

 やぐらは疲れた様に、首を振った。

 

「いや……霧隠れの夜は冷える。出来るなら、そうなる前に、怪我人の移動は終わらせておきたい。無理を言うことになるが……叶うなら、こちらからお願いしたいところだった」

 

 そしてやぐらは、再び深く頭を下げた。

 

「五代目火影殿……。この御恩は、生涯忘れない。今後、オレが影の座を退いたとしても―――」

 

「忘れろ忘れろ。どうせオレも、長くない」

 

「長くない……? それは、どういう……」

 

 不穏な言葉だ。やぐらは深刻な表情で畳間を見つめる。

 畳間は別にそういう意味じゃない、と手を振った。

 

「あー、いや……死ぬとか、そんな深刻なことじゃない。戦争をしないと誓った長が、戦争をした。―――それだけだ」

 

「……そうか。そう、だな……。すまない。オレが―――」

 

 火影の席を退く―――そういうことだと気づき、やぐらが深く頭を下げた。

 第三次忍界大戦の英雄にして、現代最強の忍者である五代目火影の引退―――それは忍界に、少なくない波紋を広げるだろう。

 そしてその波紋の発端は、霧隠れの里にあるのだ。

 

「オレに謝るな。やぐらが謝るべきは、オレじゃない」

 

 だが畳間は、その謝罪を受け取ることは無かった。

 

「それに……厳しい言い方になるが―――謝って済む問題でも無い。例えやぐらが、暁に操られていたとしても」

 

「……」

 

 俯いたやぐらの肩に、畳間は優しく手を置いた。

 

「やぐら。お前の戦いは、これから始まるものだ。かつてのオレ以上に、過酷な道になるだろう。オレたちへの感謝、木ノ葉への恩義―――ひとまずは、それは置いておけ。今は霧隠れの四代目水影として、霧隠れの者達のことだけを、考えてやるんだ。……メイ達解放軍もそうだが、先の見えぬ闇の中を、じっと耐え続けて来た、霧隠れのすべての者達のことを、だ。例え四代目の地位を剥奪されることになったとしても―――霧隠れの家族たちを想い、これからの苦難を支えることこそ、影であるお前の、あるべき謝罪の形だと、オレは思う」

 

「それは……」

 

 やぐらが、逡巡する。

 畳間の言う通りなのだろう。だが、あまりに大きな罪を犯した。影でありながら敵の手に堕ち、守るべき家族を手に掛けた。その償いは、どれだけの―――何をどうすればいいのか、すぐには思いつかなかった。

 畳間は痛ましげに眉を寄せ、しかし首を振って、やぐらを安心させるように、笑い掛ける。

 

「木ノ葉隠れの里は、協力を惜しまない。オレ個人としても、協力する。いつでも、相談してくれ。木材なら、すぐに用意できるぞ。影としてのノウハウもある! だから、一人で抱えるな。共に……、この痛みを耐え忍び、歩いて行こう」

 

「火影……。どうして……そこまで……霧隠れのこと……」

 

 俯いたままのやぐらが、握った手を震わせた。

 木ノ葉隠れがその気になれば、暁に代わり、霧隠れを乗っ取ることなど容易なはずだ。このまま木ノ葉の軍勢を、弱った霧隠れに雪崩れ込ませれば、労せずに霧隠れを手に入れられるのだから。

 

 そして現在霧隠れの忍者で唯一戦える状態にあるやぐらは、暁による洗脳とは別の意味で、もはや木ノ葉隠れに逆らうことは出来ない。畳間が一言声をあげれば、やぐらは名ばかりの影として、君臨し続けることになる。

 

 だが、木ノ葉隠れの里は、そうはしなかった。

 五代目火影はやぐらに、「霧隠れの影として、霧隠れのために生きる」ことしか、求めていない。見返りなど、求めていないのだ。

 返せるものが何もない。木ノ葉のために何もできない。受けた恩に対し、霧隠れは、何もすることが出来ない。

 だが、それで良いと、五代目火影は言っている。

 それが分からなくて、恐ろしくて、やぐらは震えた。

 

「やぐら……」

 

 畳間はやぐらの胸中を、その不安を察し、強く、肩を握り締めた。

 

「……霧隠れは木ノ葉の盟友。忍界の平和のため。色々と建前は並べられるが―――」

 

 そこまで言って、畳間は呆れた様に、優しく微笑んだ。やぐらを笑ったのではない。自分自身を、笑ったのだ。

 

「戦後初の五影会談。あのとき―――やぐらが言ってくれた言葉を、オレは忘れたことは無い。今の平和の世を造れたのは―――。オレ達(木ノ葉)が受け継いできた『夢の先』。そこへ向かうための壁を乗り越える、最初の一歩を踏み出せたのは―――あの時の、お前の言葉だったんだ」

 

 ―――この男を『五代目火影』と選んだ木ノ葉隠れの者たち(・・・・・・・・・)を、信じることにする。

 

「お前は、オレだけじゃない。オレの家族たちをも、信じると言ってくれた。あの言葉が、どれだけ嬉しかったか」

 

 畳間は泣きそうな笑顔を浮かべる。

 

「夢を叶えられるか分からない。もしかしたら、五影会談は失敗するかもしれない。また戦争が起きてしまうかもしれない―――そんな不安を抱いていたあの時のオレが、お前の言葉に、どれだけ救われたと思ってる。霧隠れは木ノ葉の盟友。だが、やぐら。お前は―――オレと『夢』を同じくする、友人なんだ。―――だってのに……ッ」

 

 そして、畳間は悔し気に、歯を喰いしばり、吐き出すように言った。

 

「お前たちが最も苦しんでいるときに……っ! 助けを求めているときに……っ!! オレは……っ、オレは何も……っ! 何も……っ、できなかった……っ!!」

 

 震えているのは、畳間の声。

 

「お前の痛みは、霧隠れの哀しみは―――。この苦しみは、想像を絶する……っ。一人で背負うには、あまりにも……あまりにも、辛すぎる……っ!! ただ家族を失うばかりか、操られ、自らの手で―――。これほどの苦しみを、お前はこれからずっと、背負い続けていかなければならないんだ……っ!! それがどれだけの苦行か。これが、どれほどの絶望か―――分からないわけないだろう……っ!!」

 

 ―――同じ『影』だ。やぐらの胸中を想えば、胸が張り裂けそうなほどの苦しみを、畳間も感じる。もしも自分が操られ、家族達を殺すようなことになったとすれば。

 どれほどの苦しみと痛みが、この身を襲うか―――想像するだけで、辛い。その想像を絶するだろう苦しみを、今、やぐらは感じているのだ。これから、死ぬまで、抱き続けていかなければならないのだ。

 

「お前の苦しみを想えば、オレは……ッ」

 

 暁が悪い、で済む話であればよかった。だが、そうではない。一国の長が敗北し、幻術に支配され、暴虐を敷いてしまった。それに、やぐらは人柱力だ。今回のことに人柱力であることが何の関係も無かったとしても、人々は思うだろう。人柱力は、やはり悪だ、と。やぐらの今回の失態は、世にいる九人の人柱力の評価すらも、落とすことになる。

 そして、やぐらがそのことに気がついていないなど―――畳間には、到底思えない。

 

「やぐら! お前は……お前たちは、一人じゃない。木ノ葉がいる。オレが居る。 ―――友よ……ッ。どうか、共に……っ」

 

 ―――自分が、そうなっていたかもしれない。あのとき、アカリに止められなかったら―――自分こそが暁の一員として、木ノ葉に、忍界に、牙を向いていたかもしれないのだ。

 他人事ではない―――その痛みは確かに、畳間の胸を刺していた。

 

「なにを……」

 

 やぐらの声が、震える。

 

「なにを、馬鹿な……。オレ達(霧隠れ)は、オレは―――お前達木ノ葉の……敵、だったんだぞ……」

 

 第三次忍界大戦の頃から、そうだ。霧隠れはずっと木ノ葉の敵で、木ノ葉と霧が友好を結んだのは、あの大戦後初の五影会談から、やぐらが洗脳されるまでの、僅かな時間だけだった。

 

 やぐらの唇が、震える。ゆっくりと、顔が歪んでいく。

 目の前の男は、心の底から自身を、そして霧隠れのことを憂い、思いやってくれている。

 自業自得。自己責任。影である己が弱かったがゆえに招いた、あまりにも残酷な悲劇。実際、それは事実で―――やぐらは平静を装った内面で、自分を責め続けていた。

 影は、里の長。家族たちを支える父。弱音など、吐けるわけがない。吐いていいはずが無い。すべて、自分が悪いのだから。

 ゆえにやぐらは、ただ孤独(ひとり)、屍の山の頂上に立とうと―――。

 

「……っ」

 

 肩を握りしめる畳間の手の温もりを、やぐらは感じ取る。

 畳間はやぐらへと懇願している。

 頼ってくれと、その痛みを分けてくれと、一人で背負うことはしないでくれと。

 影と言えど、人だ。罪を犯そうと、人だ。人には心があり、心は痛みを生む。その痛みを一人で抱えては、壊れてしまう。人ではなくなってしまうと、やぐらを想い、訴えるのだ。

 

「……っ」

 

 孤独に生きることを決めていたやぐらの心は、贖罪のために使い潰すつもりでいたやぐらの身体は、痛みを感じないほどに―――感じないように、冷え切っていた。

 痛みを感じていては、生きてはいけない。己の罪を思えば、死にたくなるからだ。だが死んでしまっては、贖罪が出来ない。

 ゆえに、人として生きていくことは、出来ないと思った。人として生きていては、いけないと思った。

 

 ある意味で、畳間のそれは、残酷なものなのだろう。

 心を殺し、里のために生きようとする(人形)を、あえて痛みの中()に、引きずり戻そうとしているのだから。

 

 だがそれ(・・)はきっと、逃げだった。霧隠れの家族たちを、やぐらを救おうとした者達と向き合うことが怖くて、己の罪を直視することが辛くて、逃げていたのだ。

 

「す……な……っ」

 

 己の身体の内から、重たい何かがゆっくりと、畳間の下へと運ばれていくのを、やぐらは感じた。

 そうして―――その重さに蓋をされ、封じられていた何かが、じわり―――と湧き上がって来る。

 

 ―――ああ。痛み(・・)、か。

 

「すまない……。すまない……っ。オレの……っ、家族達……っ。すまない……っ」

 

 やぐらは静かに、頬を濡らし―――畳間は、受け取る者のいないその謝罪の言葉を、今度は止めることはしなかった。

 

 

 

 

 

 しばらくして落ち着いたやぐらが、目の端を拭いながら、畳間へと向き直った。

 

「火影。色々と手を尽くしてくれて、ありがたいことは確かだが……木ノ葉に戻らなくて良いのか?」

 

「それなんだが―――仙術の奥義に、影クラスとの連戦。飛雷神の術の連続発動……。再び飛雷神の術を使うだけのチャクラが、もう無い。飛雷神の術はそもそも、その使用には膨大なチャクラが必要になるんだが……オレは四代目や二代目と違って、もともと時空間忍術の才能はあまり無くてな。結構チャクラを持っていかれるんだよ。使い過ぎたというべきか、使わされ(・・・・)過ぎた、というべきか。今の(家造り)で、オレもすっからかんだ。里に戻るだけのチャクラが回復するまでには、少し時間が掛る」

 

「だが……」

 

「皆が頑張っているのに、呑気にしているのもな」

 

「本当に、あなたは素晴らしい影だ」

 

「そう褒めてくれるな。調子に乗っちゃう」

 

 やぐらが畳間を心から称えるが―――違う。

 

 第三次忍界大戦直後に妹から酷使され、その後自主的に過労の道を進んだがゆえに、ワーカーホリック気味になっているだけである。

 

 やぐらと畳間は笑い合い、少しだけ赤くなっていた瞳の色が落ち着いたころ―――怪我人たちの下へと、足を運んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その日の晩。

 木ノ葉の火急を告げる飛雷神(チャクラ)の共鳴が、チャクラ不足で泥の様に眠っていた畳間を叩き起こした。

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