日常の終わり
「我愛羅、テマリ、カンクロウ。任務、ご苦労だったな」
風影邸の執務室にて、商隊の護衛を終えて帰還した我が子たちへ、羅砂は労わりの言葉を掛けた。
普段は厳しさを押し出している父の労わりの言葉に、皆は一様に少し嬉しそうに口端を緩めた。しかしカンクロウだけはその後不貞腐れた様に肩を竦めて見せる。テマリはそれを見て困ったように頭に手を当て、我愛羅はぱちぱちと目を瞬かせる。
「余裕じゃんあんなの。今の時代、護衛っつっても、攻めてくる奴なんて早々いないじゃん」
「まあ、な。五代目火影のせいというべきか、おかげというべきか。時代は争いを忌避している」
羅砂は表情を隠すように、机の上で肘を立て、顔の前で指を組んだ。
「砂隠れとしては……戦闘等を伴う、リスクの高いAランク以上の任務が減ったために実入りは減っているが……。木ノ葉―――火の国との貿易によって、以前よりも栄えていることは間違いない。そして―――ここ数年の殉職者の数は、第三次忍界大戦以前と比べて、著しく減っている。皆無に近いと言って良いだろう。それだけ、戦闘自体が減っているということだ。だがそうだとしても、大名や商人の護衛は以前と変わらず高ランク任務であることには変わりはない……」
羅砂は体を起こすと、深く椅子に座り直した。そしてかつてのことを思い出すように目を閉じ、そして開いた羅砂は、鋭く細めた瞳で、カンクロウを射抜くように見つめる。
「……戦後まもなくのことだ。風の国を横断していた、火の国のそれなりに大きな商家の商隊を、抜け忍集団が襲撃した。商隊と、護衛の任を受けていた木ノ葉の忍びは皆殺しにされ、物資もすべてが強奪された。これを受けた火の国から風の国へ―――ひいては砂隠れへと、強い抗議が行われた。
我愛羅、テマリ、カンクロウがごくり、と唾を呑み込んだ。誰が抜け忍集団を始末したか、分かったからだ。
「見せしめ、だったのだろう」
惨殺された死体やその周囲には、額当ては存在しなかった。しかし死体に残った血痕の不自然な途切れや、何かを拭ったような跡からして、そこに額当てがあったのは明白で―――持ち去られたということになる。
何故か―――それは、どの里の抜け忍が火の国の商隊を襲い、木ノ葉の者を殺害したかを分からなくし、火の国と木ノ葉隠れの里からの
火の国に所縁のある者を襲えば、
その事件の後、木ノ葉―――五代目火影は火の国に対し、砂隠れの里を仲介点とするように、火の国の大名に働きかけた。
その申請は容易に受託され―――以後、火の国の商隊を護衛する忍者は、風の国に入った後は、木ノ葉隠れの里の忍者から、砂隠れの里の忍者へと引継がれるようになったのである。
当時は戦後間もなくの頃で、互いの里同士で緊張が張り詰めていた。木ノ葉側としては、また襲ってくるのではないか、という疑心。砂側としては、報復行動に出て来るのではないか、という怯え―――里、および忍び同士の無用な衝突を避けるための措置であった。
商人側としては、途中から自国の護衛が外れ、元敵国の者が護衛になるということで不安はあっただろうが―――同時に、大丈夫だろうという安心もあった。
それは、五代目火影の庇護を受けているという、絶大な安心感である。
四大国の連合を単騎で打ち破ったとされる五代目火影の庇護を受けた自分たちを、
実際、護衛に関しての意気込みや真剣度は、商人たちから見て、木ノ葉隠れの者達よりも、砂隠れの者達の方が、鬼気迫るものがあった。それは、砂隠れの忍者達には、自分たちの失敗が、砂隠れの里の滅亡に直結するという理解があったからだ。
任務に失敗すれば、火の国の信頼を損なうことになる。それだけならばまだいいが、もしも怒りを買うような事態になれば、大名の命を受けた『五代目火影』が風の国に乗り込んで来る事態にすら発展しかねない。
当時の砂隠れの者達は酷く怯えながら、例え死んでも任務を遂行するつもりで取り組み、そして為し遂げて来た。今でこそ、凶悪な抜け忍のほとんどが掃討され、野盗や襲撃者がいなくなったことで、カンクロウの言うように
それを知る羅砂は、少し気の緩んでいるように見える息子へと、諭すように続ける。
「カンクロウ、気を抜くな。木ノ葉隠れの里は、『砂に入って以後、火の国より発った商隊が行方不明あるいは生死不明など、それに準ずる状態になった場合は、いかなる場合も砂隠れの責とし、多額の賠償を請求する』と明言している。奴の政策の方針上無いとは思うが、最悪、戦争の火種となりかねない。逆もしかりではあるが……五代目火影はあれで冷徹だ。我らからすれば、五代目火影が見せている、今のハト派としての姿勢の方が、馴染みは薄い。五代目火影は、若い頃はかなりのタカ派だったからな……」
まだ三代目風影の時代―――羅砂が若い頃―――二代目火影と二代目雷影が雲隠れのクーデターによって命を落とし、三代目火影政権が立ち上がったばかりの頃、昇り龍と囁かれ始めたばかりの、後の五代目火影千手畳間の暴れ具合は凄まじかった。
敵対する者は皆殺しにし―――それは木ノ葉に侵入するほどの、明確な敵対行為を行った者に対してであったが―――、逃げる者も追いかけまわし確実に捕まえて拷問にかけた。里を守る者としては当然の行動ではあるが、それを隠そうとはしなかった。ハト派だった三代目火影の側に立つと公言しながらも、その言動は確実のタカ派のそれだったのだ。まだ若く未熟で、本心を隠す術や、感情を制御する術を得ていなかったとしても―――だからこそ、かなり好戦的な忍者だったことの証明となる。
それが今や、腑抜けたとすら揶揄される、ハト派筆頭。変われば変わるものである。だが、羅砂は知っている。
「普段は腑抜けを装っている―――いや、こう言うと語弊があるか……。五代目火影は普段、本心から全力でハト派の言動を見せている。が、奴はやるとなったらやる男だ。徹底的に、それも、影でな。先代が疎んでいた二代目火影ほど冷徹ではなさそうだが、かといって伝え聞く初代火影ほどの寛容さも無い。もともと任務とは失敗など許されることではないが―――。我らは一度、失敗している。
ス、と目を細めた羅砂が、カンクロウを見据える。
「カンクロウ。重ねて言うが、決して、気を抜くな。木ノ葉との共同任務の失敗は、すなわち砂隠れの滅亡と同義と思え」
羅砂は、気の抜けている息子の気を引き締めさせるために、少し大袈裟に、脅すように言った。
だが、こうも思っている。
五代目火影が甘いのは事実。余程酷い人的ミスでも無ければ、二度目までは許される。だが、
―――次は無い。
『木ノ葉隠れの決戦』と呼ばれる第三次忍界大戦最後にして最大の戦いに敗北し、火の国の領土から撤退する四大国の者達の背に掛けられた言葉と、『影』の身体に刻まれた飛雷神の術のマーキング―――あのときの恐怖を、羅砂は忘れたことは無い。
ゆえに羅砂は自身に深い所縁のある者に、木ノ葉との合同任務を任せている。任務の失敗とはすなわち、砂隠れが派遣した護衛の全滅も意味している。ゆえに最悪失敗しても、息子や娘など血縁者が殺されたのであれば、砂隠れも被害者であると主張することが可能であり、『最悪の状況』―――すなわち五代目火影直々の報復措置を回避することが出来る……はず。
「……い、いやに必死じゃん」
「当然だ。オレは四代目風影。この里を守る責務がある。我が里―――オレとしては戦争自体に忌避は無い。里のためとなるのならば、喜んで火蓋を切ろう。だが、今の時代はマズい。五代目火影が存命の内は、決して木ノ葉とだけは、戦争をしてはならない。奴は……化物だ。五大国最強と謳われる実力は本物だ。これは決して、過言ではない。……悔しいが、奴が恐れているのは、オレ達の戦力でも、オレ達と戦うことでもない。奴が恐れているのは、『死』だ。戦争で身内が死ぬことをこそ、奴は恐れている。奴は……我ら四大国を再び相手取ることそのものには、大した脅威も抱いてはいないだろう。奴には、それだけの力がある。―――カンクロウ。今、砂隠れの里が存続できているのは、五代目火影の
そう言った理由で、好戦的であった砂隠れの里は、借りて来た猫の様に大人しくなった。戦争の特需―――領土拡大による急速な経済成長は無くなったが、その代わり、砂隠れは緩やかな繁栄を続けて来た。10年以上の年月を戦争なく過ごし、人は増え、資源も増えた。初めは平行に推移し、そして徐々に緩やかであった国力の成長は、木ノ葉への負債の完済を目前に、ここ数年は右肩上がりになっている。
そこには、我愛羅の成長が大きく関わっていた。
里からあまり長く離れられず、金の発掘に制限が掛かっていた父である四代目風影の羅砂に代わり、中忍試験以後、我愛羅が風の国の各地を回り、金の発掘を行っているのである。
今回、我愛羅達が請け負った護衛任務は、我愛羅が発掘した金の売却と、それを買い取る商人の出迎え、そして火の国に帰るまでの護衛である。一石二鳥の、高額任務であった。
それを踏まえれば―――。
「―――敵対さえしなければ、木ノ葉は最高のパートナーであることに、間違いはない。五代目火影の外交姿勢は、あくまで『対等の条件』でのもの。我が里が露骨に不利となるような条件での要求は、これまでは一度も無かったからな。それに最近では、金の発掘に、
木ノ葉隠れの里は、磁遁の血継限界を持たない。新たに金の発掘事業を始めようとすれば、膨大な時間と労力を消費する。だが、その依頼料が多少割高で在ろうと、我愛羅―――砂隠れの協力を得れば、すぐに金山を発見し、発掘に取り掛かることが出来る。
砂は僅かな労力で莫大な依頼料を得て、木ノ葉は最終的な収益と比べれば、僅かな依頼料にて、事業を進めることが出来る。どちらにもメリットのある関係であった。
だが、最終的には、戦力で大きく劣る砂隠れは、木ノ葉の下に立たざるを得ない。五代目火影がその気になれば、砂隠れなど一晩で滅亡するのだ。いかに五代目火影の
羅砂としては、息子であるがゆえに影響力を強く持てる我愛羅が木ノ葉との窓口に抜擢できる逸材で在り、実際に木ノ葉との仲を良好に保っていることに対しては、非常に満足である。
そして木ノ葉側からしても、
―――戦争をせず、互いに手を取り合って繁栄していきたい五代目火影。
―――絶対に、二度と、木ノ葉とだけは戦争をしたくなく、しかしあわよくば木ノ葉を超えた繁栄を手に入れたい四代目風影。
お互いの里の影は、考えていることは違えども―――最終的には、仲良しこよしの関係であった。
そして木ノ葉―――五代目火影として最も僥倖であり、そして計算通りであったのは、やはり我愛羅の存在である。
我愛羅の、ナルト世代との親密さ、そして木ノ葉への愛着。
畳間は我愛羅との対談の都度、さりげなく探りを入れているが、戦争のせの字も無い性格や思考に、非常に満足している。これならば、我愛羅が五代目風影ないし、その政権の中枢に入った際、木ノ葉との戦争は何が何でも阻止してくれるだろうと確信している。そして我愛羅は人柱力という立場にあるうえに、木ノ葉との繋がりも深い。上層部は、仮にどれだけ我愛羅が目障りだったとしても、その意見を無視することは出来ない。仮に砂隠れの里を見限られ、木ノ葉に亡命などされては、それこそ一人しかいない人柱力を失った砂隠れの里は、まさに終わり迎えることになる。
そして仮に我愛羅の身に何かあれば、木ノ葉に、砂へ攻め込む口実を与えることになる。火影の可愛がっている子供の友人の救助、あるいは人柱力の人権問題等―――。何でもいい。無理やりでも構わない。戦争を始めるのに必要なのは、それっぽい理由だ。そして砂の上層部に、和平派の者が多い以上、我愛羅が排されることは無い。それは真に和平を求めているわけではなく、
砂の総力を挙げた第三次忍界大戦の『決戦』で、完膚なきまでに叩きのめされ、ボロボロの状態で帰って来た羅砂達。
それを老人たちが糾弾した際に、羅砂達生き残りが見せた激怒―――逆切れともいうが―――は、凄まじいの一言に尽きる。
五代目火影の恐ろしさを直に感じた者達は、皆一様に目が座っていた。もう一度木ノ葉と戦争をするくらいなら―――あの真数千手と戦えと強要されるのならば―――タカ派を皆殺しにしてでも、戦争の火種を消す。『決戦』を生き延びた者は皆そう言い放ったし、そしてそれを実際に実行するだろうという凄みがあった。そして、これ以上無為に仲間の命を失いたくないという、疲れも。
今はまだ、五代目火影への恐怖、あるいは圧倒的な武力による抑止によって、成り立っている平和である。今の世代は―――。
「……大丈夫ですよ。
悩むように眉を寄せている―――いつものことだが―――羅砂へと、我愛羅が微笑む。
「頑張ります」
言葉少なく、しかししっかりと頷いた我愛羅に、羅砂は「ふむ……」と小さく呟いた。少し考える時間が欲しかったのだ。
守鶴との夜遊び―――守鶴側からすると睡眠妨害の嫌がらせ。木ノ葉で施された封印術の強固化により、嫌がらせ行為もあまり意味はなしていないはずなのだが、我愛羅が守鶴と話すために自らの意思で起きているらしい―――によって、目の隈が目立つ息子は、表情に乏しい。
我愛羅が何を言いたいのか、父である羅砂にも今一わかりづらいのだが、つまり木ノ葉との関係は自分が頑張って保つから、戦争、そしてそこからの敗北を心配することは無いよ、と言いたいわけだなと、羅砂は結論付ける。
「……」
とはいえ、羅砂も、四代目風影という肩書にはもう疲れた。
里を愛する気持ちは深い。
しかし、先代の失踪による突発的な襲名、そこから始めた戦争と、敗戦。里の復興、戦争の生き残りや殉職者の家族への支援、木ノ葉への多額の賠償、砂の大名たちへの釈明と根回しなど、羅砂はこの十数年、戦後処理に明け暮れて来た。もう充分働いただろう。隠居させてくれ、と思う程度には、心身ともに疲労が溜まっている。なんなら、常習的に
―――正直引退したい。
木ノ葉、岩、砂―――三里における今代の影たちの胸中は、この一言に尽きた。火影の場合はもう少し健全で、古い世代は退き、新たな世代に任せていきたいという前向きなものではあるが。
とはいえ、砂隠れにおいては、それは遠からず叶うだろう。
砂の経済を目に見えて潤わせ始めた我愛羅は、木ノ葉からの帰国子女の上に人柱力ということを含めても、上層部や経済部門の者達からの評価は鰻登りにある。そして―――どこから連れて来たのか、たまに一緒に散歩している
同世代以下の忍者達とは、いつの間にか、その実力で舎弟と兄貴分―――当然我愛羅が兄貴分―――のような関係に収まっている。実力主義の傾向がある砂隠れゆえのことだろうが、男女含めて、ファンクラブまである始末。少し上の世代に対しては、我愛羅はもともと礼儀正しいので、最初は生意気と思われていても、いつの間にか弟分のように可愛がられていた。
当然、弟を愛する
我愛羅達がもう少し成長すれば自分も引退だなと考えながら、羅砂は話を戻す。
「……それに、暁のこともある。かつての第三次忍界大戦にて、四大国連合を木ノ葉にぶつけさせ、争わせた黒幕が暁であるという可能性が非常に高くなっている今、再び我らの間に火種を齎すために、暁が襲撃してこないとも限らない。今一度、肝に銘じておけ」
「……はい」
カンクロウがしょぼくれた様に頷いた。
そんなカンクロウの様子を見て、テマリが苦笑する。そして、父へと問いを掛ける。
「暁と言えば……木ノ葉が霧と戦争をするという話だったけど。うちは援軍出さなくていいの?」
「うむ。霧は木ノ葉の同盟相手であって、我らのではない。我らと霧には、不可侵のみが結ばれているゆえな」
「……ふーん」
助けてあげればいいのに、とは思うが、そう簡単な話ではないことは分かるので、黙るテマリである。
「それに、我らや霧を含めた四大国連合でも敵わなかった木ノ葉だ。霧一つ程度、瞬く間に平らげるだろう」
「じゃあ、今のうちに木ノ葉取っちゃえばいいんじゃない?」
里が手薄になっている今がチャンスだと、冗談めかして言うテマリに、羅砂は呆れた様に目を細めた。
「九尾によって半壊した木ノ葉を襲撃してなお、我らは返り討ちにあった。五代目火影が生きているうちは、無理だ」
「じゃあ、五代目火影が亡くなったら、また戦争するの?」
テマリの言葉に、羅砂は深くため息を吐いた。
「誰が奴を殺せる? それこそ、暁に一枚噛んでいる、あるいは噛んでいたとされる、うちはマダラでもなければ不可能だ。そしてマダラは、とうの昔に死んでいるとの情報もある。あの生命力だ。風邪をこじらせるなど無いだろうし、そもそも風邪などには罹らんだろう。つまり五代目火影が死ぬとすれば、老いてのことになるわけだが―――その頃には、オレは生きていたとしても、老いぼれだ。とっくの昔に、引退しているだろう。しかも奴はここ十数年、老いた様子がない。ともすれば、オレが引退してなお、現役である可能性もある。……恐ろしいことだ。戦争がしたいなら、オレが表舞台から降りた後、お前たちの代で好きにやれ。オレは知らん」
「冗談じゃない。やだなー」
投げやり。
思った以上に疲弊している様子の父の姿に、テマリは地雷ふんじゃったかなと冗談めかして笑った。
★
一晩を経て、朝。
任務帰りの翌日は休日となっている我愛羅は、起きて顔を洗い、しゃかしゃかと歯磨きをして、衣服を着替えると、母の遺影に手を合わせた。そして傀儡の整備で夜更かしをしたせいで、現在は傀儡の部品に囲まれながら、腹を出して熟睡している兄の部屋をちらとの覗き見て、その様子を姉に報告し、苦笑した姉と二人で仲良く朝食を摂ると、母の遺影に再び手を合わせ、家を出た。
「守鶴。今日はどこへ行く?」
「オレに聞くなオレに。好きにすりゃいいだろうが。どうせお前からは離れられねえんだからよ」
我愛羅が呟くと、その肩に手のひらサイズほどのぬいぐるみの様な狸が座っている。我愛羅の身体に封じられた尾獣、一尾の狸、守鶴である。チャクラを分割し、小さな分身を外に出し、その分身と感覚を同期させ、外を感じているのである。
「だから、聞いている。お前の行きたいところに、オレも行こう」
「ケッ。良い子ちゃんぶりやがって」
我愛羅の微笑みに悪態を以て返した守鶴に、我愛羅はますます微笑んだ。
カンクロウは、弟である我愛羅によく悪態を吐く守鶴に良い感情は持っていないようだが、それでもそのマスコットのような姿には、愛嬌を感じているようだ。
テマリはその可愛らしい姿から出る悪態に、ギャップ萌えを感じているらしく、割かし友好的である。
守鶴の恐ろしさを知る羅砂は、あまり関わろうとしなかった。
「確かに、オレはよく良い子だと言われる。自分ではそうは思っていないが」
「
悪態を受け流す度量については極まっている我愛羅に、守鶴は苛立たし気に尻尾でその頬をぺちぺちと叩く。
しょうがないな、と微笑む我愛羅に、守鶴はますます苛立ちを募らせていく様子である。
「良い子だってんなら、オレを解放しろよ我愛羅!! 今すぐ!!」
「それは困る。オレが死んでしまう」
「ケッ! どこがいい子だよ」
「そう言われると弱い……。だが、良い子ではないと、オレは言っている」
「うっせー!!」
「あー! また狸さんが我愛羅さん苛めてる!!」
我愛羅の頬を叩きまくる守鶴と、困ったように笑っている我愛羅を見た通りがかりのふくよかな幼女が、我愛羅達を指さし、叫んだ。
「げェ!! 団子屋の小娘じゃねェか!! ってことは―――」
守鶴は見知った顔を見て嫌そうに表情を歪めた。そしてわらわらと集まって来る顔見知りの小僧たち。
「我愛羅、さっさと逃げろ!! もみくちゃにされる! オレは愛玩動物じゃねェんだ!」
「守鶴だ!!」「あそぼ!」「あそぼ!!」「あ、逃げるぞ!!」「逃げるな!」「逃がすな!」「捕まえろ!!」「捕まえろ!!」「たぬき!」「狸汁だ!」「たんたん狸のきん〇ま!!」
「好き勝手言うんじゃねェ!! それにしても、たんたんたぬきはねェだろうが!!」
守鶴は唾を飛ばす勢いで吠える。
「我愛羅逃げるな!!」
「どっちだ……」
ぴょんと跳ねて近場の建物の上に飛び上がった我愛羅を、守鶴は怒れる尻尾でぺちぺちと叩きまくった。自分で我愛羅に逃げるように言ったというのに、理不尽過ぎる。
しょうがないな、と我愛羅は守鶴の言うことに従い、再び地面に降り立った。
守鶴は我愛羅の肩から飛び跳ねると、子供たちの群れの中にダイブする。
「たんたんたぬきって言った奴はシメる!!」
守鶴はぷー、とわずかに砂の乗った息を、件の少年へと吐き出した。
「あー!! あー!! 眼がー!!」「今のはお前が悪いよ」「「「うんうん」」」
眼に砂が入ったことで悶える少年を、友人たちは無慈悲に見捨てた。
「……守鶴。その辺にしてやれ。子供の言うことだろう」
当然、手加減はかなりしてくれているわけだが、目に砂をかけるというのは、非常に危険な行為である。我愛羅が守鶴を諫めた。
守鶴はふん、と鼻を鳴らすと、我愛羅の身体をよじ登り、その肩へと戻った。
けっ、と我愛羅に当てつけるように、悪態を吐く。
「クソガキが、尾獣最強の一尾様を舐めるからそうなる。身の程を弁えろってんだ」
「……」
守鶴はぷりぷりと怒っている。だが、それだけだ。
触れる者皆傷つける―――そのような雰囲気を纏い、実際にそうであった守鶴も、随分と丸くなったものである。我愛羅は守鶴の良き変化に、頬が緩むのを感じた。
「なに笑ってんだ、我愛羅」
「いや……。尾獣最強は九尾と聞いたことがあるが? 尾の数的に」
「ざっけんな! 尾の数なんざ関係あるか!! あんなクソ狐よりオレの方がよっぽど強ェ!! それに、
「……そうだな。
「そうだろう!! んな大事なこと忘れてんじゃねーぞ!! 我愛羅おめェ、ちゃんと寝ねェからボケちまってんだ!! 今日は嫌がらせ止めてやるから、しっかり寝ろ!!」
「ああ。そうしよう」
「ケッ!! ざまァねェぜクソ狐が!!」
次に会ったら気のすむまでそのネタで叩きのめしてやる、と意気込む守鶴を、暖かな気持ちで見守る我愛羅である。
「ガキども!! てめェらもオレを崇めろ!! オレは最強の尾獣守鶴様だ!!」
「ははー!!」「しゅかく様!!」「たぬきさまさま!!」「ぽんぽこたぬきさま!!」「にんかいたぬきがっせんぽんぽこ!!」「おたぬきさま!!」「おいなりさま!」「それ狐だコラァ!!」「やべーおこった!」「たぬたぬ!!」「たぬきさまさいこー!!」
子供たちから捧げられる賛美の声に気をよくし、そこに交じった狐を称える声に激怒し、そして再び気をよくして―――守鶴は子供たちへ胸を張った。
★
「……なんだ?」
砂隠れの里を守る、大きな階段状の、砂岩の砦。そこに配置された忍者達は、遠くに、人影を見つけた。黒い長髪を風に靡かせながら歩く、赤い鎧を身に纏った長身の男だった。男はゆっくりと、優雅な足取りで向かってくる。
「隊長」
双眼鏡で人影を発見した忍びが、部隊長へと接近者の存在の報告を行った。
部隊長は自身の双眼鏡を覗き、その人影を確認する。
「あの装束からして、暁では無いようだが……。何者だ? おい、今日は来客の予定は無かったよな?」
双眼鏡から目を外し、近くの部下に今日の予定の再確認を行う部隊長に、部下はありません、と答えた。
「ふむ……。であれば、後日の来訪のための、どこぞの里からの使者か? にしては、額当ては確認できないし……。まあ、最近は守鶴様の噂を聞いて謁見に来る好事家も多い。今回もどうせその類だろう。しかし……、今の時代に鎧とは……。いやに時代錯誤だな?」
呆れた様に笑う部隊長に、部下の一人が怯えた様な表情を浮かべて、近づいて来る。
「どうした?」
「……隊長。なにか、嫌な感じがします。木ノ葉と霧が戦争をすることに乗じた何者か、という線は……?」
心配そうに尋ねる部下に、部隊長は呆れたように笑う。
「何故それで砂隠れに来る? 漁夫を狙うなら、戦力が里を離れている木ノ葉か、霧だろう。お前は心配性が過ぎるぞ。まあ、忍者としては利点だが」
「そう、でしょうか……」
腑に落ちない、といった様子で俯く部下は、やはり怯えている。
部隊長は思案気に顎に手を当てた。
「……。そう言えば、お前は感知タイプだったな。……分かった。お前は風影様に不審者の接近を伝えろ。皆、厳戒態勢だ。なにか、嫌な感じがするらしい」
「隊長……!」
部下が感極まったように、ぱあと表情を明るくする。
自分の勘を信じ、汲み取ってくれた部隊長へ、更なる尊敬を抱く部下は、部隊長の指示通りその場を去り、風影邸へと向かった。
「―――ひッ」
部下の背を見送った部隊長は、遠方の人影を再度確認すべく、再び双眼鏡を覗いて―――こちらを見つめて恐ろしい笑みを浮かべる男と、目が合った。
世界が、闇に染まる。この世の者とは思えないおぞましい姿をした怪物たちが部隊長の周囲を取り囲み、鋭い牙を覗かせた涎塗れの口を大きく開き、捕食せんとその顔を近づけて―――。
「―――隊長!!」
は、と意識を取り戻した隊長は、周囲を見渡した。
自分が幻術による攻撃を受けたのだと気づき、そして部下がそれを解除してくれたのだと理解したと同時に、部隊長は声を張り上げた。
「―――写輪眼だ!! 幻術攻撃を受けた!! 敵襲!! 敵襲!! 敵は写輪眼!! 敵襲!!! 警戒レベルS!!」
「写輪眼!? 木ノ葉隠れの宣戦布告ということですか!?」
「分からん! 抜け忍の可能性もある!! だが、確かに見た! あれは確かに写輪が―――」
写輪眼と言えば、木ノ葉隠れの里において『最後の砦』と名高い、うちは一族の血継限界である。『決戦』において、その瞳術の強さを直に見た者は多い。隊長も古参の忍び。写輪眼は見たことがある。
ゆえにそれが写輪眼による幻術攻撃だということはすぐに分かったし、その危険性を考え、警戒レベルを最大にまで引き上げた。
そして―――言い終わらぬうちに、その頭蓋に黒棒が突き刺さり、噴水の様に血を巻き散らしながら、倒れ込んだ。
「……え?」
目の前で隊長が血塗れで倒れ込み、ぴくぴくと僅かな痙攣を繰り返す姿を見て、部下は呆然と、隊長だったものを見下ろした。
「敵襲!! 敵襲!! 攻撃せよ!! 里に近づけさせるな!!」
轟く副隊長の怒声が、宙に浮いたように部下の耳に届く。
砂隠れの里に警報が鳴り響く。
砂岩の砦からいくつもの風遁が一斉に放たれた。その先は―――砂隠れの里へ凄まじい速さで駆けて来る、壮絶な笑みを浮かべた鎧の男。
しかし男は風遁の嵐の中を突き進んで来る。まるでそよ風を受けているかのような、気楽さで。
―――砂岩の砦に、騒乱が巻き起こる。
怒声。砂嵐の轟音。飛び交う忍具の金属音。起爆札の爆音。
―――骨の折れる鈍い音。悲鳴。呻き。砂の大地、砂岩の砦に、血が飛び散り、そして染みこむ濡れた音。
「……歯ごたえがまるでない。ゼツ、お前達の言う通りだった。現代の忍びが、ここまで弱くなっているとは……」
屍の砦となった砂隠れの要塞を目前に、襲撃者―――うちはマダラは、つまらなさそうに呟いた。
木ノ葉隠れの里での五代目火影・千手畳間―――イズナが、ゼツたちの暗躍を止めていたことは、この
輪廻転生で蘇ったマダラは、てっきり九尾の確保にゼツ達が手間取ったがゆえに、木ノ葉隠れの里のど真ん中で緊急蘇生をされたのだと思った。確かに、九尾は強い。対柱間用の決戦兵器としてマダラが欲した程度には、その力は強大だ。九尾に手間取る分には致し方ないか、とも思ったマダラだったが、しかし実際には一尾すらも回収できていない体たらく。
何があったのかと聞いてみれば、暁―――ゼツの支援していた組織の暗躍は、五代目火影が襲名した後―――その存在を木ノ葉に知られる前から、運悪くも悉く潰され続け、資金難によって大規模な行動が難しかったという。
そして年月を掛けてこつこつと貯めた軍資金が目標金額まで達し、また柱間細胞と
―――五代目火影が何するものぞ!! あのクソ野郎眼にもの見せてやる。邪魔ばっかりしやがって!! ぜってェ殺してやる!! 人柱力が次々に攫われて殺されていることを知ったときの、五代目火影の苦しむ顔が楽しみだ!!(意訳)
と意気込み、ようやく尾獣達の捕獲に動き出そうとした直後―――木ノ葉の迅速果断、疾風迅雷とも言うべき開戦と進軍によって、乗っ取っていたはずの霧隠れは一日も掛からず解放され、確保していた三尾は五代目火影の庇護下に入り、そして暁のメンバーは長門を除いて皆殺しにされた。虎の子であった角都すらも戦死。長門はしばらくの間は動けないほどに痛めつけられた。そして『奴』が余計なことを―――。
ゼツは怒りに震えた。
戦力を一日にして失い、計画は頓挫。再起不能なまでに破壊しつくされた。同じだけの戦力を整えるのに何年かかるかも分からない。仮に戦力を再び準備できたとしても、その間に世は完全に平和となり、長門は戦う意味を失う。そうなれば『輪廻転生の術』の発動が不可能になる。
五代目火影は裏で戦争を仕切り、多くの犠牲を強い、弱者を踏みにじり、木ノ葉のみを栄えさせる『魔王』である―――ゼツは一生懸命に色々と暗躍し、長門へ悪意のある印象を植え付けてきたが、その悪夢もいずれ覚めるだろう。そうなれば―――もはやゼツの目的は達成できなくなる。うちはと千手の争いの歴史が終わりを迎えようとしている今、もはや後は無い。ゼツにとってはこの時代こそが、待ちに待った、最初で最後のチャンスであった。ゼツは己の持てるすべてを注ぎ込み、計画の遂行に勤しんだ。
―――もうダメだァ……。おしまいだァ……。(意訳)
結果―――全霊を以て打ち込んだ計画は、しかし呆気なく崩壊。
もはや打つ手がない―――本当にどうしようもなくなったので、ゼツは予定よりも早くマダラを蘇生することにした。そうせざるを得なくなった。
―――申し訳ありませんでした。
心の底から恥じ入った様子でそう言われては、マダラとしても怒るに怒れない。
マダラとしては、さすがはイズナだな、程度にしか思ってはいないが。
「マダラ様が強すぎるんですよぉ」
落胆するマダラへ、にゅ、と現れた白いゼツが囃し立てるように言う。マダラはふんと鼻を鳴らした。
「木ノ葉はもう少し歯ごたえがあったが……。まあ、曲がりなりにも我が弟が治めていた里。当然と言えば当然か……。しかしこれでは、一興にすらならんな……」
「大丈夫だと思いますよぉ? 我愛羅ってやつ、マダラ様がそこそこの評価をしてあげた、九尾の人柱力に一度勝ってるんで」
「……ほう?」
興味深い、というように、マダラが片眉を上げた。
「最弱の一尾が、九尾にか? 尾獣の強さは尾の数に比例するはずだが……。人柱力の質の差か……」
「まー、九尾の人柱力はちょっと頭が足りないところがあったみたいですからねェ」
「確かにな……」
マダラは嘲るように笑った。
「力はそれなりにあったが……
「珍しいですね、マダラ様」
自分と同等以上の強者は千手柱間をおいて他に無し。すべては有象無象、些事であると、基本的に他者を見下しているマダラは、人を評価する際、自然と嘲笑を浮かべる癖がある。そして柱間と比べ、
そのうえでマダラは、ナルトの封印をこじ開けるには、マダラが外道魔像と呼んでいる、尾獣専用の強力な吸収・封印機の使用をしなければ難しかった、と言外に口にする。
それが意外であった白ゼツが疑問を口にし、マダラはそれに答えた。
「あの小僧に九尾を封じていた封印術式―――あれは、八卦封印の二重掛け。八卦封印はもともと封印術としては最高峰に位置する術だが……それを重ね掛けするとはな。普通の忍びなら考えつかんし、考えても実行しようとは思わないだろう。重ね掛けをしたからと言って、単純にその効果が二倍になるというわけでもない。労力に成果が見合わんし、強引に封印を強固にしたがゆえに、定期的なメンテナンスが必要になる。……あの術式を構築した者は、余程……あの小僧が可愛かったようだな」
「一目見てそこまで分かったんですかぁ!? さっすがマダラ様」
いやに饒舌なマダラを持ち上げるゼツに、マダラは冷めきった視線を向けた。
「貴様はオレの意志を抽出したもの。自分自身に褒められても虚しいだけだ」
「……。でもたまには頑張った自分を褒めるのも大切ですよぉ?」
呑気な白ゼツに、マダラは訝し気な、そしてうんざりとした視線を向けた。
「貴様のようなお気楽な一面が、オレにもあったとはな……」
自分自身すら知らなかった、そしてあまり知りたくなかった新たな一面を見せつけられたマダラは、辟易したようにため息を吐いた。
マダラと白ゼツは穏やかに、談笑をしている。―――血と肉片が飛び散った、地獄の底の真ん中で。
―――砂漠層大葬。
突如、砂岩の砦が溶けるようにその形を崩し、巨大な砂の津波へと変貌を遂げた。
人々の血と肉片たちを、弔うように呑み込みんだ砂の津波は、彼らの怒りを示すかのようにうねりを上げて、マダラたちへと襲い掛かった。
「うわ!」
泡を喰って逃げ出そうとした白ゼツだが、砂の大地に潜ろうと砂の津波に呑み込まれるだけ。走って逃げるには砂の津波の規模はあまりにも巨大すぎる。里一つを守る巨大な砦を分解して作り出した砂の津波は、山ほどの大きさを誇る。
白ゼツはあっという間に、砂の波に呑み込まれて消えた。
「ほう」
一方でマダラはその大規模な砂の津波―――その術の発動に要するチャクラ量や、維持・操作を行う術者の技量を推測し、楽し気に笑みをこぼした。
マダラは素早く後方へ跳躍するが、砂の津波はマダラを逃がすつもりなど欠片も無いとばかりに、怒涛の勢いで押し寄せて来る。
「―――木遁・樹界降誕!!」
もともとマダラが持つ術で、須佐能乎以外でこの術から逃れることは不可能だと判断したマダラは、しかし須佐能乎を出し渋り―――また、木遁を使いたいという欲求から、この術の発動を選んだ。
「―――これは五代目火影の」
砂の津波の向こうで、警報と騒音を聞いて駆け付けた我愛羅が、砂越しに驚愕を表情に浮かべる。
「マジかよ、このチャクラ……。マダラじゃねェか!! 間違いねェ!! しかも初代火影のチャクラまで―――ッ。どうなってんだこりゃァ!?」
我愛羅の中にいる守鶴が、感じ取ったチャクラのおぞましさを以て、その正体に瞬時に辿り着き、驚愕の声をあげる。
「我愛羅! そいつはうちはマダラだ!! しかもよく分からねーが、初代火影の力まで持ってやがる!!」
「マダラ……? あの、木ノ葉の創設者の片割れのか? 何故そんなやつが―――。そもそも死んでいるはずではないのか? どうなっている?」
「お前が知らねェことをオレが知ってるはずねェだろうがボケ!! んなことより、我愛羅!! 最初から
「―――分かった」
―――封印、解放。
瞑目した我愛羅が、瞬時に刮目する。
我愛羅の全身から、茶色いチャクラが溢れだした。
その眼の周りには隈が広がり、もともと目元が鋭い我愛羅の眼が、まるで垂れ目のように変化する。ローブのような黄色い羽織が風に舞い、チャクラと同化していく。頭にはチャクラで形作られた、獣の如き三角の耳が生え―――背中からは、一本の尾。
「―――チャクラモード」
我愛羅の足元から、その体から溢れるチャクラが、砂の大地へと染み込んでいく。木々が生み出される土壌たる、周辺一帯の砂の大地へ己のチャクラを瞬時に注ぎ込み、伝播させた我愛羅は、操る砂の津波を、樹界へと激突させる。
蠢く木々は恐ろしいが、しかし柔軟性と質量で、砂の津波は大きく勝った。
砂の波は木々の隙間に入り込み、呑み込んだ木々を急速に圧縮―――絞め殺した。同時に、我愛羅は、周囲一帯の砂の大地を
我愛羅は日常的に、この砂の大地で修業をしている。守鶴の巨大な体躯では、里の中で顕現させてやることは残念ながら出来ない。ゆえに我愛羅は纏まった休みが取れた時は、守鶴が外に出ても周りに迷惑が掛からないこの砂の大地を一人で放浪し、守鶴のストレス発散のために放牧をさせてあげていた。手綱はついたままであるが、それが我愛羅にとって守鶴に見せられる精一杯の誠意だった。
―――ゆえにこの砂の大地には、我愛羅の、そして守鶴のチャクラが広く染み込んでいる。
砂隠れの里が、我愛羅の家であるならば―――その周辺の砂の大地は、我愛羅の庭だ。
「―――秘術・砂界顕現」
持ち上がった流動する砂の大地が、マダラの生み出した樹界全体を呑み込み、そのすべてを圧殺する。
「……これは」
マダラが、生き返ってから二番目に驚いた表情を浮かべる。一番目は、畳間が真数千手を見せた時である。
「木遁が、発動しない……? いや、生まれる端から殺されているのか―――」
この砂の大地は、我愛羅の手であり、足であり、体の一部である。木遁が術者の細胞やチャクラを基に生み出されるとしても、いくつかの例外を除けば、その発動には土壌となる大地が必要となる。
樹界降誕はまさに、大地から生まれる木々の世界である。そして木々が生み出される土壌を、我愛羅は今、完全に支配下に置いている。マダラが生み出す木々は、生まれようとした瞬間に砂の圧殺を受け、地上に芽吹くことは無い。
―――砂漠の守り人。『
政治的な勉強を終えた暁には、五代目風影を襲名することが内定している、現砂隠れ最強の忍び―――それが、我愛羅の現在である。
マダラは須佐能乎を展開。周囲を覆い己を呑み込まんとする砂の津波から身を守ろうとするが、視界全てが我愛羅の庭。この大地こそが我愛羅の身体である。
須佐能乎の下、マダラの足元こそが守りの無い弱所であると瞬時に見抜いた我愛羅は、マダラの足元の砂を操り、マダラの足を絡め取ると、須佐能乎から引きずり出した。
「―――最硬絶対封鎖・守鶴の陣」
マダラの周囲を覆い尽くし、そして速やかに呑み込んだ膨大な砂の津波は、その姿を急速に巨大な狸へと変貌させる。高密度に圧縮された砂の建造物―――普通の人間ならば既に圧死している程の密度だが、しかし守鶴はマダラの恐ろしさを知っている。まだ足りないと我愛羅に指示し、我愛羅はさらに全霊を込めて砂の圧を増幅させる。
―――砂の封印が、はじけ飛ぶ。
「―――大した奴だ。このうちはマダラに、ここまでさせるとはな」
立ち上がったのは、紫色のチャクラの巨人。
「―――完成体・須佐能乎」
里を見下ろすほどの大きさ。そして、見掛け倒しではない。
その力は、我愛羅が足元から這い上がらせ拘束を試みた大量の砂の縛りを容易に蹴り払い、その余波だけで局地的な地震を起こすほどのもの。
我愛羅が険しい表情で巨人の頭部にある核の中にいるマダラを見上げる中、マダラは楽し気に、しかし注意深く我愛羅を見つめている。
―――まだあるんだろう?
我愛羅はマダラの視線に、そのような問いかけを感じ取った。
「―――真・狸寝入りの術」
印を結んだ我愛羅の身体から、膨大なチャクラが開放される。そして我愛羅のチャクラと、溢れ出るもう一つのチャクラが融合し、その規模は数倍にも膨れ上がり―――。
「ヒャッハァァァアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」
一尾の獣が、解き放たれた。