綱手の兄貴は転生者   作:ポルポル

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馬鹿騒ぎ

「中忍選抜試験?」

 

 ”終末の滝”の整備と彫刻作業も進み、きちんとした谷の様相を呈し始めて来た今日この頃。任務もひと段落が付き、彼らに訪れたのは新たなる試練であった。

 

 畳間たちが下忍になって2年と少し。セミの鳴き声が喧しく感じる常夏の季節である。

 甘味処に集まった6班は、担当上忍であるカガミから中忍選抜試験についての話を持ち掛けられた。集まった3人は私服を着こなしている。とは言うものの、忍びであるからという理由でサクモは長袖長ズボン。畳間はタンクトップの上にアロハシャツを羽織り、短パンに草履と言う涼しげな格好である。

 紅一点のアカリは、膝上の短い裾にスリットの入ったセクシーな着物から、汗で輝く素足を放りだしていた。ぱたぱたとうちわを仰ぎ、剥き出しの太ももに風を送っている。短い裾が送風でふわふわと浮き沈みするが、その先は影になって見えることは無い。髪が掻き上げられたむき出しのうなじには、”タグ”を模して造られた透明なイヤリングが揺れている。プラスチック製と思われるそのピアスの中に眠るのは、色あせて枯れた一枚の花びらだ。

 

 各々、幼い風貌から、少しずつ大人へと近づく時期である。畳間は背が、サクモは顔つきが、アカリは体つきが、それぞれ少しずつ少年期のそれから脱しつつあり、サクモはアカリの思わぬ色気に、少し目の置き場に困っている様子である。

 

「なんだ、中忍選抜試験とは。聞いとらんぞ」

「今言ったからな」

「中忍選抜って、書類選考じゃありませんでした?」

「それも今から言うから」

 

 姿かたちが変わろうと、中身はそう変わるものでは無く、アカリは不遜な言動をそのままである。仮にも兄であり師であるカガミへ向けて、ビシッ―――とうちわを突きつける姿に、敬意は見られない。

 2年の間ずっと下忍として土木作業に関わっていた手前、任務が終わるまではと見送られていた中忍への昇格。やっとその機会がようやく巡ってきたと、興味深そうに問いかける。

 畳間は扉間からそれについて、少しだけだが事前に話を聞いていたため、やっぱりか―――と、この集まりの理由の答え合わせをするだけである。氷が浮かぶ良く冷えた水を、畳間はごくりと飲みこんだ。火照った体が中から冷やされる感覚は癖になりそうである。

 

「2代目様考案の、新しい中忍選抜の基準が定められた」

「また2代目火影か・・・」

 

 下忍昇格試験を思いだしたアカリは嫌そうに顔を背ける。下忍昇格試験の後、本来はチームワークの有無を見る試験であったと聞かされたアカリは、2代目火影・扉間の底意地の悪さに辟易した。

 アカリが畳間を、千手を嫌っていることを把握したうえでの采配だろう―――カガミの言葉の意味を察したアカリは、扉間に対する嫌悪感を覚えたのである。畳間の気配りが無ければ6班の合格が無かったという事実を、アカリは知らないわけではない。だからこそ、アカリは畳間を素直に認めることが出来ない。優しさの返し方を、アカリはまだ、知らない。自分でも理解しがたい感情が湧き上るたびに、アカリは畳間に対しての態度を荒げるのである。

 

「サクモの言う通り、元来は幾人かの上忍による書類選考だった。しかし忍者養成施設の成功と、それによる、以後の下忍の数が上昇するだろうことを考慮して、より厳しい中忍選抜が行われる手はずとなった」

 

 木の葉隠れの里が生まれた当初は、中忍にしたい忍びをその一族の長が推薦し、他の一族の長と火影が認めれば、中忍に昇格できると言う形式ばったものであった。それが徐々に形を変え、一族の長では無く、上忍の資格を持つ者の承認が一定以上得られれば良いという簡略なものになっていたのだが―――。

 

 それが変わった―――というのが、カガミの言う中忍選抜試験である。

 忍者養成施設というシステムが開発されてからしばらく、中忍昇格が行われていなかったのは、ひとえに”中忍選抜試験”というシステムを確立し、一挙に開始するためであった。畳間たちだけでなく、他の同期生が下忍のまま2年間を過ごしたのもそのためである。

 

 さらに驚かされるのが、他の隠れ里との合同で、中忍選抜試験が行われると言うことである。

 かねてより同盟を望んでいた”雲隠れの里”との”はらわた”の見せ合いの機会として、あるいは外交を積極的に行わない霧隠れの戦力調査のため―――各々の里にそれぞれの思惑はあるだろうが、戦争が終わってしばらくたった今、里の外交を新たな段階へ進めるための思い切った試みでもある。しかし、自里に他里の戦力を招き入れることに渋りを見せる里が後を絶たず、そのため、始まりの里である木の葉隠れが開催地として立候補した。

 

 扉間は今回の中忍選抜試験において、あらゆる非常事態に対応できるように、1年ほど前から里の防衛機能を発達させてきた。

 うちは一族主導による木の葉警備隊の設立、山中一族主体に開発された里全体を覆う大結界、里の機密に関わる特殊な任務を請け負う”暗殺戦術特殊部隊”の発足など、その念の入りようは多岐にわたる。

 合同開催と言うのは大きな危険が伴う。例えば里に招き入れた忍びに暴動を起こされて、里崩しなどに繋がれば、里の長たる影としては堪ったものでは無い。他里が渋るのも当然のことである。

 しかし、木の葉隠れの里としては、この中忍選抜試験はなんとしても乗り越えなければならない。この”親睦会”を乗り越えた暁には、かねてより和平を望んでいた雲隠れとの間に、正式な同盟が締結される手はずである。また、2代目政権へと移行した”岩隠れの里”との不戦条約の締結もそうだ。

 砂と霧の2里とは相も変わらず不穏な関係だ。しかし5大隠れ里のうち、3つの里が手を結べば、砂と霧がごねたとしても、その戦力の偏りから、もはや戦争はあり得ない。特に忍界最強の一族である”千手”が率いる木の葉隠れの里と、”血継淘汰”と呼ばれる特別な術を操る2代目土影”無(ムウ)”と、”両天秤のオオノキ”が属する岩隠れの里が手を結ぶことは、非常に大きい意味を持つ。

 

 柱間の目指した和平が、扉間の手腕で着実に成功へ向かっている現状―――もしかすると扉間の代ですべてを終わらせてしまえるのではないかと言う発展ぶりで、改めて己の師の凄まじさを痛感する畳間である。「もしかしてオレいらない?」と冗談を言える程度には、畳間は平和な日々を楽しんでいた。

 

「他里の忍びや国のVIPな方々もお見えになるから、注意して欲しい。詳しい日時は後日また伝えるが、施設一期生として、辞退は許されない。体調管理に気を付けて、試験に望むように」

「ふん。中忍選抜など願っても無いし、私に退却は無い。それで? 試験の内容はどういったものなのだ?」

「いやァ。なにをさらっとカンニングしようとしてるんだ、アカリ」

 

 兄であるカガミを通して、アカリが早速カンニングを試みる。そんなアカリを窘める畳間だが、実は扉間に話をされたときにアカリと同じことを聞いており、すでに怒られていた。卑劣な真似をするなとカガミに叱られて、言ってみただけだとアカリは鼻を鳴らす。

 

「しかし忍びたるもの、いかなる手段をもってしても、任務を成功させればそれでよい。可能性があるのなら、あらゆる手段を考慮すべきだ」

「間違ってはいないけど、間違ってる気がする」

 

 誇らしげに小ぶりな胸を張るアカリに、サクモが困ったように笑う。

 

「そういうことだから、みんな、頼むぞ。じゃあ、オレはこのあと中忍試験について火影様と話があるから、先に行く。代金は置いておくから」

 

 テーブルの上に4人分の代金を置いて、カガミが席を立った。さすがに上忍は金のまわりが良いのか、4人が集まるときはだいたいカガミが食事代を払ってくれている。

 助かるなァ―――とは、綱手とイナに供物を捧げざるを得ない哀しみを背負った畳間である。

 

「ほんじゃ、中忍選抜試験に向けて、訓練しようか」

「あー。次の任務の打ち合わせだと思ってたから、この後、予定入れちゃってて・・・。ごめん!」

 

 甘味を口に放り込み、水でごくごくと流し込んだ畳間が、3人での修行を提案した。

 しかしサクモが申し訳なさそうに断りを入れて、そそくさと席を立つ。思わぬ早業にぽかんとサクモを見送った畳間が、なんだと・・・と寂しそうに呟いた。

 あいつ最近付き合い悪いなァ―――と思った畳間は、我関せずで甘味を爪楊枝でつついてるアカリに視線を向けた。なぜか色々と関わっている畳間では無く、サクモに懐き始めたアカリ。最初の険悪さに比べて、実のところサクモとの仲が一番いいのはアカリである。

 

「アカリ、なにか知ってるか?」

「ふん。無論、チームだからな。おやァ、まさか千手ぅ。貴様、そんなことも知らんのかァ? 知らんのかァん? ふはっ、ふはっ、ふはっ!」

 

 案の定と言うか、アカリは畳間を見下すように背を反らせて厭らしく嗤う。

 親友を取られた悔しさと、自分を邪険に扱うアカリと先に仲良くなった友人への敗北感に、日夜苛まれている畳間は、アカリの勝ち誇った嗤いにぐうの音も出ない。

 

「まあ、どうしてもと言うのなら、教えてやらんことも無いがな」

 

 笑いすぎてひいひいと息を乱したアカリは、にやにやと笑みを浮かべながら、目じりに涙を滲ませている。腹の立った畳間が断りを入れる前に、アカリは勝手に納得したらしく、「仕方の無い奴だ。これだから千手は」と良く動くくちびるを働かせる。

 畳間は呆れたように目を細めた。

 

 

 

 

「良いのか? こんなことして」

「千手、今更善人ぶるのはよせ。乗り気だったくせになにを言うか、たわけ」

 

 声を細め、こそこそと木陰に隠れる畳間とアカリ。

 畳間はこの2年間で身に着けた扉間直伝の隠遁術を、アカリはカガミ直伝の隠遁術を使い、監視対象をじっと見つめている。

 

 ふさふさと銀色の髪を揺らす監視対象は、この暑い中長袖長ズボンを着込み、ちらちらと時計台の方を眺めている。

 

「本当に来るのか? 嘘なんじゃないのか?」

「ふん、現実を受け入れられない男と言うのは本当に醜いものだな。そんなにサクモに先を越されたことが悔しいか?」

 

 アカリの言い方はむかつくが、正論であるため畳間はぐうの音も出ない。

 

「おい千手、来たようだぞ」

「どれどれ。お? あれは・・・」

 

 銀髪の少年―――サクモのもとに、ひとりの少女が駆け寄って来る。白いスカートが真夏の輝きに映えるその少女は、顔に戦装束を施している。畳間の同期生であり、犬塚一族の少女であった。

 

「あ、あいつら・・・。そ、そういう関係だったのか」

 

 アカリが勝手に吐き散らした話を簡潔に纏めると、”はたけサクモに春が来た”と言うことである。親友が大人の階段を駆け上っていることにショックを隠せない畳間は、真相を確認してやろうと、隠遁で追いかけてきたというわけだ。

 

「なぜオレに相談してくれなかったんだ・・・」

「馬鹿か。貴様に話したら山中イナに漏れて、一緒に冷やかしに行くだろうが。身の程を知れ」

 

 サクモが言っておったわと、アカリが鼻を鳴らす。思い当たる節がある畳間は確かにと頷いた。

 しかしなぜアカリに相談するんだ―――と凄まじい敗北感に畳間は頭を掻き毟る。畳間の錯乱具合に、これが見たかったとばかりに口元を抑えて笑いをこらえるアカリの表情は、醜く歪んでいる。

 「お待たせ」、「今来たところだよ」と笑い合うサクモたちを見て、畳間が「んなあほな! そんなべたな話があるか!」と体を震わせる。決して羨ましいわけじゃないと自分を納得させようとする畳間の情けない姿に、アカリは益々強くなる笑いの衝動をこらえるのに必死な様子である。

 

「おい千手、奴らが歩き出したぞ」

 

 サクモたちが歩き始めると、アカリが畳間の頭を拳で殴る。いてえと怒る畳間を無視したアカリは、少し距離を置いて後を追いかける。

 

「サクモォ・・・どこに行こうってんだ。オレも連れていってくれよ」

「ふはははは。友人に先を越されるとは! ざまァ無いな!」

「それ、お前もだろ」

「はッ!?」

 

 アカリの煽りを冷静に打ち返した畳間の言葉は、思ったよりもアカリに効いたらしい。今気づいたとばかりに目を泳がせるアカリは、その気になれば男の1人や2人とぶつぶつと呟き始めて意識をどこかへ飛ばしてしまった。畳間はその気持ち悪さに、アカリから静かに距離を取る。

 

「おい、角曲がったぞ。見失っちまう」

 

 曲がり角をまがったサクモたちを追いかけて、畳間とアカリは少し早足になる。しかし―――曲がり角を曲がった先には、すでにサクモたちの姿が無かった。

 

「いない・・・。気づいていたか・・・」

「うむぅ。さすがに我が友なだけはあるな」

 

 逃げられたことを悔しがる2人から離れた場所で、サクモが疲れたように額を抑えていた。

 

 

「ってことがあったんだけどさ」

「おォーー!! 青春してるじゃァないかァーー!!」

「お前、なんかそればっかりじゃないか? いや、確かに青春だけれども」

「応援ありがとうォーー!!」

 

 昼下がりの演習所。組手を終えた畳間とダイが、シートの上で弁当を突いていた。

 相も変わらないダイのテンションに引きずられ、自然と畳間も笑顔になってしまうこの頃である。

 

「まあ、他人の色恋。変に突っ込まないことだ。馬に蹴られてしまうぞ」

「ダイからそんなまともなことを聞けるとは思わなかった」

 

 びっくりしたと目を瞬かせる畳間に、新たな一面を友に知ってもらえたと笑うダイのポジティブは絶好調である。

 しかしダイの言うことは尤もなことである。

 少し調子に乗り過ぎたか―――後日謝ろうと思った畳間は、ありがとうとダイに笑いかける。おう!とサムズアップで返すダイは、夏の昼下がりには少し暑苦しいものである。

 食べ終わった弁当を畳んでいた畳間の近くに、見慣れぬ影が現れる。不思議に思い顔をあげれば、見知らぬ少女がそこに佇んでいた。夏の空に霞み、消えてしまいそうなほどに線の細いその少女は、麦わら帽子をかぶり、スカートの裾を風に揺らしている。

 長いまつ毛を震わせるその姿に、畳間は「絵になる子だなぁ」と感嘆に息を吐いた。

 

「レイじゃぁないか! どうした!!」

「あれ、ダイの知り合い?」

 

 この薄幸そうな雰囲気を持つ少女は、ダイの知り合いらしい。凄まじく濃ゆいダイと、凄まじく薄いレイ。この組み合わせを予想だに出来なかった畳間は、呆けた顔で2人を見比べる。

 

「これ、持ってきた。忘れ物」

「おお、すまんな!!」

「あと、お弁当。預かる」

 

 擦れるような小さな声のレイと、でかい声を張り上げるダイ。

 レイはダイに着替えを持ってきてくれたらしく、レイが籠から緑色のタイツを取り出した。タイツを受け取ったダイは、空になった弁当箱をレイへと差し出して、「旨かったぞォ!」とサムズアップ。

 これは一体―――と困惑を隠せない畳間は、いやな予感を抱きつつ、ダイに2人の関係を尋ねた。

 

「親戚で、幼馴染だ!!」

「お弁当。作ってる」

 

 まさか。そんな。馬鹿な―――。

 内心で畳間は現実逃避をするが、「馬鹿はお前だ」と、アカリに言われそうだ。

 打ちひしがれた畳間は膝をついて敗北感に震えた。見下していたり舐めていたわけではないが、それなりにモテることを知っていたサクモに続いて、修行バカで同類だろうと安心していたダイにまで良い仲の相手がいることに、畳間は動揺を禁じ得ない。

 

「うおおおおおおおおお!」

 

 雄たけびをあげた畳間は、弁当箱もそのままに、演習所からすさまじいスピードで逃げ出してしまった。

 

「ど、どうしたんだ?」

「わからない」

「そうか! 畳間も遂に青春というものが分かったのだな!! そうと決まればオレも里を逆立ちで50周だ!!!」

 

 畳間を追うように走り出したダイの背中に、「違うと思う」と呟いたレイの声は届かなかった。

 

 

「ということがあって・・・」

「それでなぜワシのところに来る! ええい、邪魔だ!」

 

 演習所から逃げ出した畳間は、巡り巡って火影邸へと辿り付いた。中忍選抜試験についての書類に目を通していた扉間は、勢いよく扉を開け放って現れた畳間に目を瞬かせた。

 どんな話かと思えば、くだらない。女の1人や2人どうしたというのだ―――というのが、扉間の感想である。

 

「山中の娘のところへでも行けば良いだろう」

「イナは仕事中だから・・・」

「ワシも仕事中だ! ワシは火影だぞ! 忙しいのだ!」

 

 火影装束に身を包む扉間の羽織の裾を、畳間は追い縋る様に掴み、引きずられている。まるで駄々っ子そのものの弟子に呆れ果て、扉間は邪魔だ邪魔だと言葉を投げつける。

 

「サルのところにでも行け!」

「兄貴はビワコさんとどっかでかけてるんだよー。それにサルの兄貴は持つ者じゃないかぁ」

「それはワシが持たざる者と言っておるのか・・・? ええい、カガミ、どうにかしろ!」

 

 たまたま居合わせたカガミに助けを求めるが、カガミは”はははは”と笑って動こうとはしない。どうも畳間の言動に引いている様子である。畳間とアカリには黙っているが、カガミはカガミで良い仲の女性はいる。変に近づいて巻き添えを喰らっては堪らないと思ってのことだった。

 

「こう五月蝿くては話も進まん。カガミ、来い!」

「はい」

 

 無礼千万な弟子に業を煮やした扉間は、するっと火影装束を脱ぎ捨てる。近寄ってきたカガミの肩に触れた扉間は、飛雷神の術でどこかへと飛んでしまい、畳間はくそォと悔しさに吼えたのであった。

 

 

「ということがあったんだが・・・」

「なんでそれで私のところ? 自来也たちと遊ぶから今日はダメだぞ」

 

 家に帰った畳間は、出かけようとしている綱手を引き留めた。伸び始めた四肢に、動きやすくかつ涼しげな着物を纏った綱手は、はだけた薄い胸元を晒しで覆っている。見たことのある格好に、畳間は「イナの真似か」と納得する。

 今日は付き合ってほしいと、珍しく甘えてくる兄に若干心が揺れ動く綱手だが、しかし今日の友人たちとの集まりは、前からの約束である。自来也だけならばいざ知らず、他の同期生たちとの約束でもあるから、反故にするわけにもいかない。

 それを分かっている畳間は、「そこを何とか!」と言えるほどダメな兄ではない。椅子に座り込んで情けなく項垂れる畳間に、綱手は呆れたように苦笑する。

 

「え・・・?」

 

 俯いていた畳間の顎を、綱手は指先で少し上向きにした。

 次の瞬間、畳間は額に柔らかい感触と、人肌の湿り気を感じる。綱手の唇が、畳間の額に触れていた。

 

「にししっ。また今度ね!」

 

 綱手は恥ずかしそうに頬を染めて、ヒマワリのような満面の笑顔を畳間へと向けた。ぽかんとする畳間へ向かって、「じゃ、行ってくる!」と言い放った綱手は、落ち着きが無い様子でどたばたと家を駆け出ていった。

 良い妹を持ったなァ―――温まる胸の内に、畳間は昇天するような幸福を味わう思いである。

 

 

 

 

「千手貴様! なぜ私のところに来ない!!」

「え、なにが?」

 

 綱手の心遣いに満足した畳間は、にこにことした表情で木の葉隠れの里の道を歩いていた。そんな畳間を気持ち悪そうに遠目で眺める人々の姿もなんのその、艶やかな黒いツインテールの美少女が、畳間の前に現れた。

 びしッ―――と突きつけられた指先を、畳間は優しく払い除ける。アカリは苛立った様子で米神を引きつらせているが、畳間は首を傾げている。

 

 アカリの言い分は簡単だが分かりにくく、かなり簡潔に纏めるなら、”仲の良い異性ならここにいるだろう”と言うことである。尤も、アカリの性格からして絶対にそんなことは畳間に言うことは無い。仮に畳間がアカリの下へ向かったとしても、声高く畳間を笑うだけで終わるだろう。畳間も確実にそうなると踏んでいたので、アカリには甘えなかったのである。

 実際、アカリは畳間が泣きついてきたら、「貴様など友達でも何でもないわ!」と言い放ってやろうとワクワクして待っていた。

 アカリがどこで畳間の暴走についての情報を仕入れたのか―――と言うのはご愛嬌であるが、ともかく、畳間は必ず自分に泣きついてくると、アカリは思っていたのである。それがどうだろう。畳間は晴れやかな表情で、この暑い昼空の下を散歩しているではないか。

 言い知れぬ敗北感―――流れる汗もそのままに、アカリは畳間の前へ駆けだしていた。

 

「なにがって・・・。いや、べつに・・・。な、何でもないわ! この馬鹿が!」

「はぁ?」

 

 飛び出したは良いものの、畳間へなんと言っていいか分からず、アカリは怒鳴って煙に巻こうとする。

 勢いで押し切ろうとしてんなァ、こいつ―――と畳間は呆れて目を細めた。

 畳間の表情に怖気づいたのか、「な、なんだ貴様ァ!」と半身を引いたアカリは目を泳がせる。

 

「ええい、貴様なんぞもう知らんわ! 転んで頭をぶつけてしまえ!!」

「なんなんだ、あいつは」

 

 背を向けて走り出したアカリをぽかんと見送った畳間は、気を取り直して、かき氷の出店に向かったのであった。

 

 

「ということがあって・・・」

「それで私が最後なわけぇ? ねぇ、ちょっとおかしくない?」

「なにが?」

 

 椅子に座っているイナが、勉強机に肘を乗せて凭れ掛かる。

 かき氷を食べ終わった畳間は、日が暮れる少し前に、イナの実家である花屋へと辿り付いた。畳間は最初から行こうと思って歩いていたわけではなく、気が付けば―――といったふうである。畳間の来店を、イナの姉であり新婚ほやほやの山中花店の”元”看板娘―――本人に言うと怒り狂う―――が歓迎し、家に上がり込んだ次第である。

 イナの部屋は女の子らしく整然としており、ごみ屋敷寸前の畳間の部屋とは比べ物にならない美しさである。定期的に影分身に掃除をさせているが、所謂片付けられない男である畳間は、影分身ですら掃除を辞めて本を読み漁るというダメ男具合である。それは、イナが遊びに来る前の日くらいにしか掃除をしないほどだ。

 

「はぁ・・・」

 

 畳間の反応に、イナは疲れたように頭を抑える。なにか悪いことしたかな―――と気まずげに頭を掻く畳間に向けて、イナは盛大にため息を吐く。

 暑い夏に、短めに切った髪―――少し伸ばしている前髪を抑えているヘアピンは、少し色が剥げている家庭品である。

 

「でも、意外といえば意外よね。あの子、施設ではすごく暗い子だったから」

「ああ、アカリのことか?」

「そうよー? 話しかけても基本シカトだし、たまに話したと思えばすっごい上から目線。当時は人気者だった畳間の陰口も言ってたしね」

「当時って言うなよ」

 

 まあ、いろいろ大変だったのよ―――と、イナは笑った。

 当時、お孫様・次期火影様と持て囃されていた畳間を唯一嫌っていたアカリ。イナははっきりとは言及しないが、半ば苛められっ子のようなものであった。アカリの言う畳間の陰口は、畳間をよく知るイナからすれば、「確かにそんなとこあるわねぇ」と頷きたくなるものであったが、黄色い声援を送るだけの少女たちからすれば、不愉快で仕方がないもの。また、男子の人気を攫うに十分な容姿端麗さと、たまに話せば偉そうな態度とくれば、出来る友達も出来ないだろう。

 

 女子のまとめ役であったイナが陰湿なものは堰き止めていたが、イナの知りえない影で何かがあった可能性も捨てきれない。それでもアカリはずっと、己に対する誹謗中傷に関しては、人形のようにじっと黙って耐えていた。アカリはそういう女だとイナは思っていたのだが―――それが今ではあの調子である。

 

「変われば変わるものねぇ。誰かさんに影響されたのかしら」

「そんなもんかね」

 

 畳間が眼を閉じて頷いている。イナは足を組んで、膝の上に両掌を置いた。

 畳間が今なにを考えているのか、イナには分からない。ただ、第6班になってアカリが変わったように、畳間もまた、少しずつ変わっていることは確かなである。ずっと畳間を見ていたイナには、それが痛いほどに分かった。

 

 ”千手”に対して拘りを見せていた”うちはアカリ”。

 ”うちはである”アカリを見つめていた”千手畳間”。

 

 アカリは自分と似ているところがある―――以前、畳間がイナに呟いた言葉だ。その言葉を聞いて、「アカリと畳間は裏表のようなものだ」と、イナは思った。そして今、”うちはアカリ”と”千手畳間”は、一族の垣根を越えて、ただの”アカリ”と”畳間”としての友情を育もうとしている。畳間の口を滑ることが多くなって来ているその名前に、気づかないイナではない。

 

 少し不安に思ってもいいじゃない―――と内心でイナは寂しげに笑い、ちらりと壁にかかるドライフラワーを見た。畳間にもらった花たちだ。そして、この花を貰ったのは1人だけではない。もう1人―――イナは2年前のことを思い浮かべた。

 

 以前、アカリが山中花店を訪ねて来たことがあった。下忍昇格試験を終え、6班が初めての任務を請け負ったころのことである。アカリの手に包まれていたのは、新鮮な水が並々と入った、真新しい花瓶。しかし挿し込まれていたのは、花びら数枚を残してその生命を終えようとしている、枯れかけの薔薇であった。

 水をやっても、肥料をあげても、かつての鮮やかな色が戻らない―――迷子になった子供のような表情で、アカリはイナの下へやってきた。丁度店番を任されていたイナは、元来の性分もあり、アカリを無碍にすることは出来なかったのである。

 

 ―――枯れた花はかつての姿には戻らない。ならば、思い出だけでも、残したい。

 

 花の再生と言うアカリの願いは叶うことは無く、しかしイナの様に、ドライフラワーに出来る段階は過ぎていた。そこでイナが勧めたのは、1枚の花弁を押し花として残すことだった。

 さて。アカリの耳元で揺れる、あの色あせた花は何なのか。この部屋に飾られたドライフラワーが、かつてどんなものだったのか。

 畳間は気づいているのだろうか? いや、こいつのことだ。気づいていないだろう―――イナはそう断じ、寂しさに冷える胸中でため息を吐いた。

 

「そういや、オレのあげた花、全部取っといてくれてるんだな。嬉しいよ。綺麗なもんだなァ」

 

 壁にかかるドライフラワーを見ながら畳間が笑った。

 図星とでもいうのか、ちょうど重なったタイミングに、イナの体がどきっと跳ねる。壁に掛かるドライフラワーは、イナの大切な想い出の形だ。そのドライフラワーを、畳間は綺麗だと言ってのけたのだ。

 渦巻く心中がゆえに呆然とするイナに、畳間が思い出したように懐から小物を差し出した。

 

「ここに来る前に出店で買ったんだ。なんとなくだけど」

 

 そう言った畳間の手には、”萩の花”の彫刻が添えられた桃色のヘアピン。息を呑んだイナは、畳間の畳み掛けるような攻勢に、何かのボルテージが急上昇していく感覚を抱いた。

 

「まったく、あんたは・・・」

 

 イナが呆れたように盛大にため息を吐いた。思わぬ反応に、畳間が戸惑ったように眉根を寄せる。

 陽が沈んでいく。褐色の光が窓から差し込み、イナの部屋を黄金色で染めあげる。畳間の横顔―――その影が、イナの部屋の壁に映し出された。

 静かに畳間に近づいて行くイナの雰囲気に、畳間が少し怯え―――シルエットが、重なった。




ダイさんの熱血さに惹かれた女の子が、1人くらい見守ってるんじゃないかと思いました。ナルトとヒナタのように。ガイがいる以上、結婚の相手は必ずいるわけですからね。たぶんもう出番はありませんが。

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