綱手の兄貴は転生者   作:ポルポル

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もうちょっと焦らそうと思ってた(焦らしプレイ


健全な友情です

 霧隠れの里を、木ノ葉・霧の連合が出立した。

 その目的は、雷の国にて待つ、雲と岩両里と合流し、うちはマダラを抹殺すること。そして木ノ葉と霧の上層部の、さらに一握りの者達のみが携える任務は、シスイの捜索と可能であれば保護である。

 

 ―――綱手には……。

 

 自来也はシスイについての情報を受け取った際、開口一番にそのようにカカシへ口止めしたと聞く。カカシ自身、アカリと畳間には息子の様に可愛がってもらい、シスイとも家族的な付き合いがった。そのシスイを可愛がり、ことあるごとに姿を現していた綱手の、シスイへの愛情も知っている。

 カカシは自来也に言われるまでも無く、シスイについての情報は、カカシの下で留め置いていた。

 

 ―――いや……。

 

 しかし自来也は迷った末に、綱手にシスイのことを話すことを決めた。

 それを聞いた綱手は気丈に振舞っていたが、手の震えを隠し切れてはいなかった。だが、綱手には『もしかしたら……』という希望があった。

 それが、例え都合のいい妄想(・・・・・・・)でしかなかったとしても。

 

 ―――シスイがマダラを倒せた可能性だってある。あの子は強い子だから。お兄様と義姉さんの子供だ。千手とうちはの血を継ぐ者だ。私の甥なんだ。

 

 シスイが死んだとは、誰にも言い切れない。だってそうだろう。シスイが死ぬところを、誰も見ていないのだから。

 だから綱手は、シスイの生存に己の命を賭ける。 

 

 もしもシスイが殺されていれば―――己の命を賭けて、うちはマダラを抹殺する。いや、己以外のすべてを賭けて、必ずマダラを排除する。

 それはもともと連合の帯びる任務ではあるが―――綱手はもう、自分自身が生き残ることは望まない。最愛の兄を失い、最愛の甥すらもとなれば、綱手はもう耐えられない。縄樹の死があった時点で、そしてダンの死を迎えた時点で、実際綱手の心は限界だった。それが耐えられてきたのは、兄がいたことと、甥が生まれたからだ。

 

 ―――愛しい甥達が生きる未来を守りたい。この子の成長した姿を見たい。愛しい甥が健やかに育まれる里を維持したい。里の施設は充分だろうか。風邪などを患えば私が治す。そのためには設備の整った病院が必要だろう。子供が健康に育つには、友達も必要だ。友達が傷つけばシスイも傷つく。であれば皆をおしなべて守らねば。

 

 シスイの誕生と共に、綱手に新たな生きる意味が、鮮明に心に刻み込まれた。

 

 しかし残念というべきか、あるいは新しい風に心を躍らせるべきか。シスイは火影は目指さないと言う。縄樹やダンが叶わなかった夢を―――などは、今は特に思わない。それは実の兄である畳間が為していることだからだ。

 あのとき―――『木ノ葉隠れの決戦』において、千の手を背負った兄の姿を目の当たりにし、一筋の涙を無意識に流した時、綱手の中にある闇は、溢れ出た万感の思いによって、どこぞへと流れ去った。

 

 ―――祖父の願いを。大叔父の意志を。先生の心を。縄樹の『夢』を。ダンの想いを。

 志半ばで世を去った、綱手の―――綱手たちの大切な人達から託されたその『すべて』を背負い、立ち上がった兄の姿に、綱手の心は、救われた。

 世を去った彼らは、しかし、兄の中に確かに生きているのだと、確信できたから。

 

 甥に生きる意志を、兄に過去の清算をして貰った綱手は、五代目火影誕生以後、『妹』らしく、自由奔放に生きてきた。自来也を真似たわけではないし、現実逃避を行っていたわけではない。

 それが、平和の時代を夢見た彼らへの、最大の手向けになると信じたからだ。

 

 ―――哀しみに打ちひしがれ、一度は未来を諦めた私が、こんなにも楽しく、明るく生きているよ。もう、木ノ葉は大丈夫だよ。

 

 そう『そら』へと伝えるように、綱手はシスイを可愛がる以外、博打(趣味)に力を注いだ。

 

 ―――だが、憎しみと哀しみを堰き止めていた兄は倒れ。生きる気力(シスイ)すら、奪われたというのなら。

 

 綱手にはもう、後がない。

 シスイの死を認識し、己の心が激しい怒りを抱けている(・・・・・)うちに―――失意に呑み込まれ、戦意を失う前に―――全力を以て、残されたすべての者のために、マダラを殺す。

 

 ―――兄が残した最後の仕事は、私が命を賭けてやり遂げる。

 

 この戦いは、かつてのような、忍界に平和を齎す戦いではない。忍び同士が、お互いに分かり合うための戦いではない。平和を脅かす『害獣』の抹殺を旨とする戦いだ。

 

 ―――黄金色に輝く、暖かな優しい火の意志は、これからの時代(・・・・・・・)に、置いていく。

 

 己が命を賭して、共に戦う若き炎(カカシやイタチ)を守り抜き―――『千手の綱手姫』の物語の、幕を閉じよう。

 

 ―――それでも。

 

 覚悟を決めてなお震える手を、綱手は胸元に当てた。

 

 ―――お爺様……。

 

 綱手の胸元に、初代火影の首飾りはない。

 かつて弟に贈り、そして哀しみと共に綱手のもとに返還された初代火影の首飾りは、再び『綱手の希望』のもとへと贈られた。

 

 ―――どうか。どうか……。シスイを助けて……。お願い……。お兄様……。お爺様(・・・)……。どうか……。どうか……。

 

 そして綱手は、震える手を誤魔化すように、ぎゅっと拳を握り締め。

 

 ―――奇跡へと、願いを託したのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 うちはイタチは、シスイのことを親友だと感じている。

 シスイは年下だが、しかし時折、年上のようにも感じられる、互いに高め合える最高の友。シスイと共に次代の里を担い、よりよい未来を築いていける幸福を待ち望み、いずれ来たる日のために、イタチは己を研磨し続けて来た。

 数年前、ナルトが里を出た少し後に発症した病は、異変にいち早く気づいたシスイと、里の最高峰の医療忍者であるカブトの手によって除去されていた。リハビリにこそ少し時間が掛ったが、それもカブトやシスイの支援もあって滞りなく済んでおり、イタチの身体は万全である。

 

 リハビリ中こそシスイに軍配が上がったが、うちはイタチと千手シスイの実力は、伯仲している。

 

 イタチは万華鏡写輪眼の瞳術と凄まじいまでの洞察力があり、また高度な戦闘技術を有している。手裏剣一つで敵を動かし(・・・・・)、一撃必殺の幻術に叩き落す巧みな戦闘スタイルは、うちは一族の鑑のようである。

 

 一方で、シスイは写輪眼こそ開眼していなかったが、仙術と、仙術によって桁違いに強化された多彩な忍術、日向の柔拳やマイトの剛拳をも寄せ付けない体術がある。

 また、シスイが使用する術は印の数が少ないか、あるいは印を必要としない術が多く、術の発動までに必要とする時間がとにかく短い。

 水龍弾の術のような、強力無比がゆえに印の数が多く発動までに時間が掛る術と同等の威力の術を、シスイはほぼノーモーションで発動することが出来るのだ。また螺旋丸や天泣のような印を用いすらしない術もある。

 

 その瞳術と明晰な頭脳・観察眼、あらゆる忍具を巧みに操る技術を駆使し、まるで詰将棋の様に堅実に戦うイタチと、低燃費かつ強力な術で敵を終始揺さぶり続け隙を突く、あるいは敵が勝利を確信するタイミング―――最大火力の発動―――を、弱点を突くことで正面からねじ伏せて降参を迫るシスイ。

 互いに手札を知り尽くしている二人の戦いの明暗は、シスイの水遁が的確に刺さるか、あるいはイタチの幻術がシスイの堅牢な精神防御の隙を突くかで、分かれる。

 長期戦となれば、チャクラ量の差でイタチの方が若干不利なことは否めないが、かといって短期決戦が有利という訳でもない。それでもなおシスイとイタチが拮抗しているのは、ひとえにイタチが天才かつ、努力を惜しまない傑物だからだろう。

 

 また、シスイはほぼノーモーションで大規模な術を連続で行使し続けることが出来るが、イタチも、幻術だけという注釈はつくが、指一本の僅かな動きで、相手を幻術に落とすことが出来る。

 

 更にイタチは、『指一本での幻術行使』に加え、マイト・ガイが足の動きだけで敵の動きを把握するとかいうとんでもないことを実践していたことを知ると、今度は足の指の動きだけでも相手を幻術にかけられるように猛特訓を開始した。もともと足の指を出しているサンダルを好んで履いていたので、問題はなかった。そういう問題では無いのでは?と、さすがのシスイも、イタチに無茶を伝えたが、シスイは指先で螺旋丸を作り出すのでどっこいどっこいである。アカリ似のチャクラコントロール技術の高さは、幼い頃はチャクラコントロールが大の苦手であった畳間が羨むほどである。

 

 ―――なあ、フガク、アカリ。足の指だの指先だので忍術発動するのって、どう考えてもおかしくないか? 

 

 ―――さすが私の息子だ。

 

 ―――さすがオレの息子だ。

 

 ―――……。まあオレもそう思うけど。

 

 なんて談笑が、一族の面倒くさい会合(という名の飲み会)であったりなかったり。既に奪われてしまった過去であるが。

 

 そういう訳で、実のところ、マイト・ガイの天敵はうちはイタチだったりする。忍術の才能がないガイには、イタチほどの高度な幻術を自力で解除することは難しい。かつて畳間の提案で新旧世代の忍組手を行った際、新世代チームが―――シスイを含めて―――敗北した旧世代チーム(カカシは名前にちょっと抵抗があった)に対し、イタチだけが勝利を収めている。

 

 それは、写輪眼対策としてカカシ相手に実践している足の動きを見て行動を予測する、というガイだけに許された意味の分からない技能を逆手に取り、ガイがイタチの足の指を見た瞬間に幻術に落としたゆえである。

 これには畳間すらも心の底から驚愕し、感嘆の声をあげた。若い世代の奮発材になってくれればいいなーくらいに思って開いた忍組手(里をあげてのお祭り騒ぎ)は、新世代チームが一矢報いての終幕となった。

 

 ―――なお、シスイが敗北した旧世代チームのメンバーは、大人げない糞親父である。

 

(シスイ……) 

 

 そんな何でもないようなことが幸せだったと感じられる日々を想起しながら、イタチは駆ける。

 イタチはマダラを目にしたわけではない。だから、シスイとマダラが戦った場合、どちらに軍配が上がるかは、予測すら出来ない。

 五代目火影が敗北したという事実はあるものの、それも連戦に次ぐ連戦であったがためである。万全の状態の千手畳間がマダラと相対したとして、果たして呆気なく敗北したとは思えない。

 

 相性の問題もある。一芸に特化したガイ相手にイタチは勝利を収めることが出来る。

 そして、畳間とガイが戦った場合、畳間はガイ相手に確実に勝利するには仙法の展開を強いられる(つまり苦戦する)わけだが、しかし畳間が苦戦するガイに完勝したイタチは、畳間にはどうあがいても勝てない。

 

 ―――イタチですら、そんな今考えたところで意味のないことに思考を割く位には、動揺している。だからこそ、シスイの実母であるアカリのことが、心配だった。

 

(シスイ……)

 

 地を蹴るイタチの脚に、少し強く力が加わった。

 

 

 

 

 

 

 

 ―――時が、少しだけ進んだ未来。連合軍とうちはマダラの戦いが始まったあたりの頃である。

 

「ナルト君。お茶、呑む?」

 

「ありがとうヒナタ。貰うってばよ」

 

 仙人モードとなったナルトは、渦潮跡地全体にチャクラを張り巡らせて、チャクラ感知を行っていた。

 イタチや自来也に言われた通り、この場所を守るためである。

 

 影分身による仙術チャクラの都度供給によって監視と守護を長く続けているナルトだが、仙術チャクラの維持には体力を使う。

 その場に座し動いていなくとも、体力の消耗は少なくない。

 目を閉じて神経を集中し、チャクラ感知を行使し続けていたナルトが、額に滲んだ汗を袖口で拭った頃、飲み物とおにぎりなどの簡易食を持って、ヒナタがナルトのもとを訪れた。

 

 ナルトは笑顔を浮かべてヒナタから食事を受け取ると、ばくばくとがっついて食べ始めた。

 ヒナタは微笑まし気にナルトを見守っている。

 様式美のように、ナルトがおにぎりを喉に詰まらせた。ナルトは急いで、お茶を口に流し込んで詰まったおにぎりごとごくりと大きく呑み込んだ後、ごほごほと咳き込みながら、胸元を撫で降ろす。

 しょうがない人だと、ヒナタは心配と庇護欲を以てナルトに駆け寄って、その背中を優しく撫でる。ナルトはありがとう、とお礼を述べた。

 

「もう……。焦っちゃダメだよ、ナルト君」

 

「なんか、癖んなっちまっててさ。うち(孤児院)でも、旅の途中でも……ゆっくり食べてると盗まれるから……」

 

 孤児院では兄弟たちが、旅の途中は自来也が(修業と称して)ナルトにちょっかいを出していたので、早食いが癖着いてしまっていた。後者は最悪である。

 孤児院ではアカリが怒鳴りつけていたが、アカリ自身、幼少期にカガミ班員で焼き肉などを食べに行ったときに、畳間から焼き上がった肉を奪ったりしていたので、孤児院の子供たちは親に似てしまったのだろう。畳間は祖母の教えが良かったので、その辺はしっかりとしている。

 

「た、たいへんだったんだね……」

 

 ヒナタは名家・日向の令嬢であるだけあって、その辺の礼儀作法は完璧である。

 

「でも、賑やかで楽しそうだね」

 

 真似したくはないけど、と内心で思いつつ、千手家の食事風景を想像して、ヒナタは楽し気に笑った。

 

 ―――そのとき、ナルトたちのもとに香憐が駆け寄って来た。アカリのもとに居たいと、香憐は戦地へは行かなかったのである。

 何やら興奮している様子の香憐に、ヒナタとナルトは小首を傾げ、頭の上に疑問符を浮かべるが、直後に大声で放たれた香憐の言葉に、その理由を理解する。

 

「ナルトォ!! サスケの奴が眼ェさましたぞ!!」

 

 カッ!っと、ナルトが眼を見開いた。

 しかしナルトは胡坐をかいたまま、その場から動かない。

 

「……良かった」

 

 数瞬の間。

 ナルトは瞑想するように再び目を閉じて、再びチャクラを練り始めた。

 駆け寄って来た香憐と、傍に居るヒナタの表情に困惑が浮かぶ。ナルトならきっとサスケの所まで駆け出すだろうと考えていたからだ。

 

「おい、ナルト。サスケの奴が眼ェ覚ましたんだぞ?」

  

 香憐がナルトの傍で言った。行かないのか、と言外に問いかける。

 

「オレには、オレの役割がある。今は、サスケには会えねェってばよ」

 

「お前……」

 

 ナルトが何かに耐えるように顔を伏せて、静かに言った。

 ナルトは孤児院の皆が敬愛する五代目火影の最後の言いつけを破り、結果的に君麻呂を死に追いやった。その負い目もあるのか―――。

 また、香憐はナルトがサスケのことを大切に想っていることを知っている。それでもなおナルトが今この場での役割を遂行しようというのなら―――掛ける言葉は、見つからなかった。

 

「……ナルト君」

 

 沈痛な雰囲気を纏うナルトと香憐の間に、ヒナタが割って入った。

 ヒナタは、慎重な表情で何かを考えている様子であった。

 

「私が監視を変わるよ。少しの間だけど……、私の白眼なら、この場所全域を見渡せるから。休憩も、取れてないでしょ?」

 

「え? いや……大丈夫だってばよ、ヒナタ。オレは―――」

 

「……ナルト君」

 

 ナルトの言葉を遮る様に、ヒナタが言葉をかぶせた。恐る恐る、と言ったふうにナルトの名前を呼ぶヒナタの声は、しかしブレない芯のようなものが、感じられた。

 

「私、少し変だなって、思ってたの。ナルト君が、みんなについて行かなかったこと」

 

「……それは、エロ―――自来也先生に、止められたから。連合の決定だって」

 

「それが、おかしいと思ってた。だって、そうでしょ? 私と違って、ナルト君は強い。アカリ様も、言ってたよ。『今のナルトは強い』って」

 

 アカリは、憎しみを乗り越えた今のナルトに対し、仙術を会得する前―――アカリとの戦いを終えた直後の畳間と同等の力を有していると考えており、その旨をヒナタに伝えている。ナルトがここを守っている以上、安心である、とも。

 だが、それが変だと、ヒナタは思った。ヒナタは同期の中では比較的おとなしく、自己主張をあまりしないために影が薄いが、日向宗家の娘だけあって、その洞察力は決して低くない。特に、仲間への気配り、思いやりという点では、同期においてもトップクラスの優しさ、心根を持つ。自己主張の低さは、決して自己肯定感の低さが故のことではなく、他者への思いやりが深いがゆえのことだ。

 

 ゆえにヒナタは、ナルトを見つめていた。

 里が壊滅し、多くの犠牲者が出たことから、皆が同じように辛苦を抱いていることに間違いない。しかしナルトの抱く辛苦は、その中でも殊更、重い。義父を目の前で失い、己の失敗で義兄を失った。

 ヒナタはナルトの心に思いを馳せ、その痛みに寄り添えるようにと傍に居た。だからこそ、ナルトの違和感に、気づけた。

 

「火影様が倒されるほどの力を持った敵を相手に戦うというときに、ナルト君を連れて行かないなんて、やっぱり変。そしてそれを、ナルト君が素直に受け入れたことも」

 

「……それは。オレってば、反省して……」

 

「それだけじゃない。マダラがナルト君……人柱力の人達を狙ってるなら、やっぱり連れて行かないのは変だよ。もしも雲隠れの里に向かっていたっていうマダラが進路を変えてここ(・・)に来たら、ナルト君はまた、一人での戦いを強いられる。今度は私たちを守るために、もっと不利な状況で、だよ? マダラを倒すにも、ナルト君を守るにも……絶対、ナルト君は連合の方たちの近くに居た方が良いと思う」

 

「それは……そうかもしれないってばよ。でも、カカシ先生も、そう(・・)だって。だからオレは、それを守ってる。それだけだってばよ」

 

「……。私も、なんて言えばいいか、よく分からないけど……。でも、カカシ先生も、自来也様も、綱手様も……ナルト君と親しいよね? だから、私、思ったの。なにか―――ナルト君に、戦えない理由が……戦わせたくない理由(・・・・・・・・・)が、あるんじゃないか、って」

 

「オレに、戦わせたくない理由……?」

 

「……うん」

 

 ヒナタが思案気に目を伏せる。

 そして顔を上げ、ナルトを見つめると、はっきりと、問いかけた。

 

「ナルト君は……サスケ君に、会いたくないの?」

 

 ―――図星。

 

 見開かれたナルトの目が、それを物語っていた。

 やっぱり、と小さく呟いたヒナタは、ナルトの傍へ近づき、その片手を両手で包み込むように、ぎゅっと握り締めた。

 

「ナルト君は、サスケ君に会った方が良い。ぜったい。きっと……ナルト君が変わっちゃった理由が……失ったもの(・・・・・)が、そこにあると思うから。―――香憐ちゃん、お願い」

 

「え? どういう……」

 

「―――おねがい」

 

「……お、おう……」

 

 ヒナタがナルトの両手を掴んだまま引っ張り、香憐のもとへと引きずっていく。

 香憐は困惑し、戸惑ったように目を瞬かせるが、ヒナタの有無を言わさぬ雰囲気に押し負けて、ナルトの手を引っ手繰る様に掴んだ。

 

「ほら、行くぞナルト!!」

 

「え、あ、ちょ……」

 

 引きずられていくナルトの背を見送って、ヒナタは白眼を解放する。

 あまり長くは続かないが、しかし自分で言った手前、ナルトの分の警戒はやり遂げなければならない。きっとそれが、今ここに自分がいる理由だと―――ヒナタは勝手に想うから。

 

「……ナルト君。頑張って」

 

 重い宿命を背負うこととなった友達へ、ヒナタは小さくエールを送った。

 

 そして、ナルトと香憐が病室に辿り着く。

 そこには、サスケの母のミコトや、イタチの婚約者であるイズミがいた。

 二人とも目が赤く染まっている。写輪眼ではない。泣いていたのだ。

 

「―――ウスラトンカチ。なんで、ここにいる」

 

 ナルトの姿を認めたサスケが、鋭くナルトを睨みつける。

 怒りや憎しみ、というったものではない。だが確かにある『苛立ち』に、ナルトはたじろいだ。

 

 サスケ……?、と傍にいるミコトが困惑を滲ませて、息子の名を呼んだ。

 片腕を失ったのは、ナルトに原因がある。だが、遂先ほど(・・・・)まで、サスケはそのことについて、恨み節など一切口にしていなかった。

 

 サスケが目覚め、涙を流す母に対し、サスケは開口一番に、『ナルトは悪くない』と、そう言ってのけたのだ。

 だと言うのに、ナルトの姿をいざ眼にしたサスケがナルトに放った言葉は、苛立ち混じりの叱責である。

 

 尻込みするナルトだが、しかし来てしまった以上、やるべきことはやると、意を決して歩き出した。

 こつりこつりと、ゆっくりサスケに近づいて行くナルト。

 ミコトはイズミの肩をそっと叩き、退室を促した。二人きりで話したいこともあるだろう。ミコトは不器用なフガクを夫に持つがゆえに、男のそういった繊細な機微が分かる女であった。

 出ていくミコトとイズミに、香憐もついて行く。意味は分からないが、そうした方が良いと思ったのである。

 そして二人きりになった病室に沈黙が広がる。

 

 ―――意を決して、ナルトが口を開いた。

 

「サスケ。ご―――」

 

 そこまで言って、ナルトは言葉を呑み込んだ。そして、ぎゅっと拳を握り、深く、頭を下げた。

 

「ありがとう。お前のおかげで、オレは踏みとどまれた」

 

「……もうすんなよ」

 

 苛立たし気にナルトを見ていたサスケは、しかしナルトの言葉は受け入れる気があるようである。

 ナルトへの返しの言葉やその抑揚に、ナルトへの恨み節は感じない。

 だからこそ、先ほどの言葉と、言葉に乗せられていた苛立ちが、不可思議だった。

 

「アレをもう一度ってのは、さすがに疲れる」

 

 続けられたサスケの言葉。

 それはナルトを叱責するどころか、言外に『同じことになったらまたやる』、という決意すら、にじみ出た言葉であった。何があろうと、決してナルトは見捨てないという、固い意思だ。 

 サスケの意志を感じ、感動か、あるいは困惑か、ナルトの瞳が小さく揺れる。

 

「サスケ……。お前……。どうして、そこまで……」

 

 唇を戦慄かせ、握った拳を震わせているナルトへ、サスケは呆れた様な視線を向けて、言った。

 

「バカかお前。いや、お前はバカだったな……」

 

 一人で納得している様子の失礼なことを言うサスケに、しかしナルトは言い返せるわけも無く、しゅんと項垂れた。

 

「はぁ……」

 

 サスケの言葉の意味や、意図を理解しているわけではなさそうである。続けての問掛けや、バカと罵ったことに対する反抗が無いのが、その証拠である。

 しょうがねぇな、とサスケは疲れた様に溜息をついて、言った。

 

仲間(友達)だからだ」

 

「それだけ……?」

 

 サスケの言葉を聞いて、ナルトが困惑に目を揺らした。

 

「それだけ?って、なんだよ」

 

 サスケが苛立たし気にナルトを睨む。

 

「いや、だって、そうだろ。それだけの理由で、お前……。左腕を……」

 

「……」

 

 サスケが布団から左手を出して見せる。

 肘から下の無い、包帯でぐるぐる巻きにされた腕である。

 ナルトが痛ましげに、泣きそうに表情を歪ませた様子を見て、サスケはひらひらと腕を振った。

 

「……お前が気にすることじゃない。オレは、オレの意志で、オレの忍道を貫いた。その結果だ」

 

 サスケの言葉を聞いて、ナルトが苦し気に、吐き出すように言った。

 

「でも、オレのせいで……。どうすんだよ、お前。お前の夢は……火影だろ。それじゃ……」

 

 火影は、木ノ葉隠れの里における『最強の忍者』の称号。片腕を失ったハンデは、あまりに大きい。サスケの夢が潰えてしまったと、潰してしまったと、サスケの腕を現実に目のあたりにしたナルトは、改めて自責の念を抱いた。

 しかしサスケはナルトを見定めるように目を細めて、言った。やはりその瞳には、苛立たしさが滲んでいる。

 

「火影は、片腕じゃできねーのかよ」

 

「え?」

 

「ナルト。お前、火影ってのがどういうものなのか、わかってんのか?」

 

「それは……木ノ葉隠れの里の、最強の忍者―――だってばよ。皆を守る……」

 

「……じゃあ、里を守れなかった五代目は、火影失格か?」

 

「んなわけねえだろ!!」

 

 サスケの言葉に、ナルトが嚙みついた。

 サスケが落ち着いた様子で続ける。

 

「落ち着けよ。お前の理論じゃそうなるだろって話だ」

 

「……」

 

「オレも、受け売りだが……。五代目から、『火影とは何ぞや』って口伝を貰ってる。お前は、同じ火影を目指すライバルだ。オレだけ知ってると不公平だからな。教えてやるよ。ウスラトンカチ」

 

 そしてサスケは、真っすぐにナルトを見つめて、言った。

 

「『里の皆はオレを信じ、オレは皆を信じる』。それが、火影だ」

 

 ナルトが、目を見開いた。その言葉は、どこかで、聞いたことがあった。意味が分からないまま、記憶のどこかへ埋もれてしまっていた義父の言葉が、今熱を帯びて、ナルトの心へ浮き上がる。

 

「抜け出したお前をそのままにすれば、オレは……オレを信じられなくなる。それじゃ、火影以前の問題だ」

 

 それに、とサスケが続ける。

 

「オレも、ずっと思い違いをしていた。強い忍者が……最強の忍者が、火影になるのだと。だからずっと、オレの強さを、認めて貰いたかった。オレが一番強いと、示したかった。だから……『力』を求めた。そうすれば火影になれると思っていた。……お前がいない間、オレも……それなりに『失敗』をした。サクラにも、迷惑をかけた」

 

 懺悔をするように、しかしどこか照れ臭さを滲ませて、サスケが言う。そこに苦悩はなく―――それどころか、己の失敗を受け入れ、前に進んでいる者の『余裕』が見えた。

 

 ―――置いていかれている。

 

 ナルトが困惑と葛藤、焦燥を抱いたとき、サスケが初めて、苦笑を浮かべた。

 

「お前の考えていることは、分かる。オレも、似たような葛藤をして……苦悩した。同じだなんて、言うつもりはねぇよ。ただ、オレは早くその機会が来て、お前は『今』だった。それだけだ。もしかしたら……」

 

 ―――()だったかもしれねぇ。

 

 サスケの言葉を受けて、ナルトは、己の中にある焦燥感が解けていく感覚を覚えた。

 逆だったかもしれない。ただ、早いか遅いかの違い。

 そう思えば―――そして、思えた時。ナルトの中の何かが、また一つ、溶けていく。

 

「ナルト。これは兄さんの受け売りだが……『火影になった者(・・・・・・・)が、皆から認められるんじゃない。皆から認められた者(・・・・・・・・・)が、火影になるんだ。―――仲間を忘れるな(・・・・・・・)』。そう、兄さんがオレに教えてくれた」

 

 サスケの言葉を―――特に、最後の一言を聞いたナルトは、咄嗟に息を呑んだ。

 

 皆を信じ、皆に信じられる者が火影である。皆に認められた者が火影である。火影の条件に、強さの有無など、ありはしなかった。

 あるのは―――『仲間』への想いの、『問いかけ』だけ。

 そこでナルトは、感覚的に気づいた。

 母の愛を受け、憎しみを乗り越えた。仲間を守ると心に決めた。

 だが、実際に行った行動は―――上司の言いつけを、守っているだけ。

 

 ヒナタに言われた言葉が、蘇る。

 ナルトが戦えない理由。戦わせられない理由。無意識に、戦場から身を退く選択をせざるを得なかった(・・・・・・・・・)理由。

 そしてそれこそが、サスケが苛立っている理由(・・・・・・・・・・・・)

 

 そして一拍置いて、サスケが続けた。

 

「里のみんなから『火影』と認められるのに、片腕の有無は関係ねぇ。オレは、火影を目指す(・・・・・)父さんのような(・・・・・・・)、立派な忍者に成る」

 

 ―――つまり、里の皆から認められる忍者を、目指す。ということだ。そして『皆から認められる』ことに、隻腕かどうかなど、関係ない。

 確かに、心無い者はいるかもしれない。片腕じゃ任せられないと、老婆心から言う者もいるかもしれない。

 それでも、サスケの進む道は変わらない。

 

「……お前は、どうなんだ」

 

 サスケが言った。

 

「オレは……」

 

 真っすぐ、自分の言葉を曲げない。それを貫くなら、火影になると、そう言うべきだ。

 だが、ナルトはその先の言葉を告げられない。サスケの前で、その言葉を口に出来ない。

 その理由―――。

 

「お前は、どうなんだよ」

 

「オレは……」

 

「お前はどうなんだって、聞いてんだ。答えろよ……ッ」

 

 サスケが苛立たしげに言った。サスケは、まだ若い。ナルトの苦悩を理解し、何が原因かもわかっていても、それを解消してやる方法を知らない。

 イタチ達のように、落ち着いて冷静に諭していくというのは、サスケにはまだ難しかった。出来て、先達の言葉を伝えることくらい。それ以降は、若く、熱い思いを、ぶつけざるを得ない。

 

「腑抜けてんじゃねーぞ。ナルトォ……ッ!! いい加減にしろよ!!」

 

 徐々にヒートアップしていく言葉と共に、サスケはベッドから身を乗り出した。

 そして右手でナルトの胸倉を掴み、ナルトを傍へと引きずり寄せる。

 ナルトは抵抗せず、されるがままであった。

 

「火影はお前の夢だろうが!! なんでそこで詰まるんだよ!!」

 

「だって、お前―――。お前が火影になるって。だから―――」

 

だから(・・・)? だからなんだよ! 『オレがサスケの腕を奪っちまった』から、オレに火影を譲る(・・)ってか? ―――ふざけんな!!」

 

 サスケが泣き出しそうに表情を歪めて、ナルトへ怒声をぶつけた。

 

「オレ達は、そう(・・)じゃないだろ!! オレ達は、対等なライバルだ!! オレはお前に勝って、火影になる!! お前はオレに勝って火影になる! 皆に認められて―――最後に、オレとお前は戦って、どっちが火影に相応しいかを確かめ合う(・・・・・)!! そう(・・)じゃねえのかよナルト!!」  

 

 ―――サスケの理想。互いの勢力が一歩も引かないナルトとサスケの火影襲名の対決は、最後に、互いの票を賭けての戦いになる。戦いに勝ち、票を奪うのではない。満足のいく戦いの末に、『こいつは火影に相応しいと』、そう認めた相手に(・・・・・・)火影(願い)託す(・・)。その果てに、サスケとナルトのどちらが火影になるかが、決まるのだ。

 そのような青臭い理想、微笑ましい未来予想図がサスケにはあって―――しかし今のナルトは、火影を目指すライバルと認めるには、あまりにも弱かった(・・・・)

 

「サスケ……でも―――」

 

 ナルトが言った。

 無茶苦茶な要求である。普通に重いし、理想が高すぎる。

 自分のせいで腕を失った親友の夢を阻むような行動をしろと、当の親友が言っているのだ。

 ナルトの困惑は当然だろう。

 だが、サスケはうちは一族の直系。それに血気盛んな若者だ。思い込んだら止まらない。

 

「この腕は―――親友のために命を賭けたっていう、オレの誇り……勲章だ!! お前、仮にオレが別の任務で腕を失ったとして、同じことを言ったかよ!? 言わねぇだろう!! お前だったら、『手加減はしねぇってばよ』って、そう言ったはずだ!! 違うか!? ナルト!!」

 

「……それは」

 

 その通りだった。

 そんな同情こそが、サスケへの最大の侮辱だと、常のナルトはそう気づけたからだ。自分のせいで―――その事実が、ナルトの瞳を曇らせる。

 だが、ナルトはまだ若い。短期間で受けた心の傷は余りに深い。それら(・・・)を求めるのは、あまりに酷なことだ。だから自来也たちは、それ(・・)をしなかった。

 だが、サスケは違う。ナルトを守り育む側ではない。サスケは互いに切磋琢磨(・・・・)する、ナルトの対等な親友だ。同期であるヒナタもまた同じ。だからヒナタは、荒療治のために、自覚なくではあるが、ナルトをサスケの下へと送り出した。

 

 友達ならば。

 時に傷つけあってでも―――その頬を殴りつけてでも、見過ごせないものがある。それが出来る立ち位置にいる。そして、それ(・・)が出来るから―――うちはサスケは、うずまきナルトの親友なのだ。

 

「それだけじゃねぇ……ッ!!」

 

 サスケはナルトの胸倉を掴む手に力を込めて、ナルトの顔を更に引き寄せた。視線が絡み合う距離。

 

「ナルト。もう一度聞くぞ。―――お前、なんでここにいる?」

 

 最初に、サスケがナルトに放った言葉だ。

 

「それは……ヒナタが会いに行けって」

 

「違う」

 

「え?」

 

「なんで、まだ(・・)ここにいるんだって、そう聞いてんだ」

 

 サスケが一拍置いて、続けた。

 

「母さんから聞いた。連合が出立したって。なんでお前は着いて行かなかった? 何か理由があるのかとも思ったが……その様子じゃ、違うだろ? 言ってやる。お前は―――」

 

 互いの吐息が掛かるほどの距離で、サスケが鋭くナルトの瞳を睨みつける。

 

「―――怯えてるんだ」

 

 どくん、とナルトの心臓が高鳴った。

 サスケは写輪眼を発現していた。片方の瞳は白く濁っていたが、残された瞳は、鋭くナルトを見据えている。まるでその心の内を捕えるかのように。

 

「やはりな」

 

 サスケが言う。

 

「お前は、怯えてる。戦いに、じゃねぇ。また憎しみに呑まれるんじゃないか。自分が誰かを傷つけるんじゃないか。―――その恐怖に負けて、お前はカカシ先生(・・)たちに、ついて行かなかった」

 

 ―――自来也が見抜き、カカシ達がその場で口裏を合わせた、ナルトを連れて行かなかった理由。

 それは、ナルトの心の奥に、恐怖が燻っていたからだ。九尾への恐怖。憎しみへの恐怖。サスケを―――最も親しい友を己の手で傷つけてしまった、失いかけたがゆえに発現した、力を揮うことへの恐怖。

 掟を破ってしまった、ルールを破ってしまった。だからこそ起きた悲劇を繰り返したくないと、心の底から願い、そして成長したがゆえに失ったもの。

 

 憎しみを乗り越えたナルトが、最後に乗り越えるべき壁。

 自らアカリへと助けを求め、そして傷つけ(愛し)合ったがゆえに畳間には訪れ無かった、うずまきナルトの最後の壁。

 

掟を守る(・・・・)のは、楽だよな。上の言うことを聞いてればいいんだからな」

 

「それは……」

 

 じっと瞳を見つめて来るサスケから、ナルトは僅かに視線を逸らす。

 

「オレは……もうあんなこと……したくねぇから……」

 

 ナルトが、絞り出すように言った。

 サスケはぐい、とナルトの胸倉を更に近づける。額が当たる距離。目を逸らすのは許さないと、サスケの写輪眼が金縛りを放つ。

 本来ならば容易に解除できるだろうそれは、動揺しているナルトには解除が難しく。ナルトは瞬きも出来ぬまま、サスケの瞳を見つめている。

 

「ナルト。マダラを倒す術がある―――それが真実だったなら、お前の行動自体は間違いじゃない。オレはそう思っている」

 

「え?」

 

 困惑するナルトに、サスケが続けた。

 

「―――お前の失敗は、掟を破ったことじゃない。仲間を頼らなかったことだ(・・・・・・・・・・・・)。仲間を蔑ろにしたことだ」

 

 ―――お前は才能がある。だいたいのことは、一人で何とかなってきた。壁にぶつかろうとも、一人の努力で越えられる程度のものでしかなかった。だからだろう……。お前は、一人で生きて来たと自惚れている。一人では越えられない壁に直面してもなお、一人で何とかなる―――その愚かで誤った認識を捨てきれていない。

 

 サスケが思い出すのは、少年時代に突如として現れた、自分に似た(・・・・・)男の言葉。

 まるでサスケのすべてを見透かしたかのような言葉だった。腹立たしいと、そう思わなかったと言えば嘘になる。だがそれは―――サスケの心に根付いた、教えの一つでもあった。

 それを、サスケはナルトに告げる。

 

「ナルト。お前は何故―――仲間(オレ)を頼らなかった」

 

 ナルトが、息を呑んだ。

 

「お前が目覚め、ここを発つまでの間、いくらでもチャンスはあったはずだ。オレもいたし、サクラもいた。探せばすぐに、オレ達は合流出来た」

 

「それは……」

 

「そして今、お前がここにいるのは、一人じゃ出来ないことを知り……心が折れたからだ」

 

「……」

 

 サスケは少しだけ、穏やかに表情を緩めた。

 自分を蔑ろにしていたことを、無言によって肯定したナルトを、赦す(・・)と、示すために。

 サスケは、不思議と心が落ち着いていることを感じた。先ほどまで滾っていた熱は消え、しかし不思議と温かく、凪いで(・・・)いる。

 

「……己惚れたな、ナルト。オレ達はまだ若い。出来ないことは多い。大切なのは、仲間に頼ることだった。自分の不足を知り、助けを請うことだった」

 

 サスケは自分でも驚くほどに穏やかな口調で、ナルトへ語り掛けていた。

 

「……」

 

 沈黙を続けるナルトに、サスケは穏やかに問いかけた。

 

「怖いか?」

 

「……怖いよ」

 

 力なく呟いたナルトに、サスケは微笑んだ。

 

「……オレもだ」

 

「え?」

 

 ナルトが困惑を呟く。

 自信満々なサスケの口ぶりは、恐怖など存在しないかのように感じさせるもの。

 

「オレも、多く失敗して来た。失敗はすればするほど、心が委縮する。オレもお前の様に、身動きが取れなくなった時期がある。だがそれは……オレに芯が無かったからだ。だから軸がブレ、目が闇に囚われ動けなくなる」

 

 一拍置いて、サスケが続ける。

 

「それにだ……ナルト。抜け出したお前を一人で追いかけたオレも、掟破りという点では……。ナルト、お前と同じだ」

 

「でもそのおかげで、オレは……」

 

「ああ。だから(・・・)、オレはお前に聞いた。『木ノ葉隠れの里の中忍最強の忍者(・・・・・・・)』が、なんでまだここにいんだってな」

 

「……!!」

 

 サスケの伝えたいことが、ナルトの中で形になっていく。

 サスケが掟に背いて独断専行したのは、ナルトを助けるためだった。もしもサスケが何かしらの理由で誰かの合流を待てば、ナルトには追いつけず、ナルトは恐らく、今ここにはいなかっただろう。

 サスケは、それと同じだと、ナルトに伝えようとしているのだ。

 独断専行でも、連合軍に合流すべきだと。

 ナルトは、抱いた推測を確信にしたくて―――ナルトは最後の問いを、サスケに投げかけた。

 

「じゃあ、サスケ。お前の中の『芯』ってのは、なんなんだってばよ」

 

「お前も、教えて貰ってるはずだけどな……。オレ達が下忍になった日に」

 

 サスケが呆れた様に目を細めた。

 

「え? オレ達が、下忍になった日……?」

 

「……」

 

 ここまで言ってまだ分かんねーのかこいつ、とでも言わんばかりの様子である。言葉にしなければ分からないこともあるし、そもそもサスケがそれらを理解するまでに、かなりの言葉を畳間やイタチから掛けられていることは、当然棚に上げている。

 

 ―――サスケが戸惑わず掟を破り速やかに動くことが出来たのは、ただ単に感情で走ったからではない。ナルトのためだったからだ。

 掟やルールは、仲間を守るためにある。だが仲間を守るためにその掟とルールが邪魔になるのならば、戸惑うことなく破れ。

 それこそが二代目火影が定めた『下忍試験』の本質であり、感情に囚われやすく、仲間を蔑ろにしやすいサスケが定めた、『軸』。例え何があろうとも、仲間を大切にするという軸があれば、火影へ続く道からは逸れない。

 

 好敵手に塩を送ることになるが―――それもまた、サスケの忍道が故。

 サスケは真剣な表情で、文字通り眼前のナルトの瞳を見据え、言った。

 

「―――忍者の世界において、ルールや掟を破るやつはクズ呼ばわりされる。けどな。仲間を大切にしない奴は、それ以上のクズだ」

 

 ナルトが眼を見開いた。

 心の中に、炎が燃え上がる。全ての点が、一本の線で繋がり―――ナルトの中に、木ノ葉の文様を描いた。

 

「オレも、そう信じている」

 

 二代目火影より受け継がれし火の意志は今、はたけサクモ、はたけカカシと代を経て―――うちはの若者の心に燃ゆる。

 

「ナルト。お前は、オレの兄弟(・・)だ。腕の一本程度……惜しくない。お前を失うことが……、それ以上に怖かった」

 

 それが、『何故自分を助けた』というナルトからの問いに、遅れて明かしたサスケの答え。

 

「サスケ……」

 

 感極まった様子のナルトが、震える言葉を小さく零す。

 

 そして―――ナルトの体が、サスケの左目が、淡い光を放つ。

 

 サスケの(チャクラ)が、ナルトの想い(チャクラ)が―――暖かな力が、互いにぶつけ合った額から、互いの体に流れ込む。

 

 ―――古の時代。殺し合ったある兄弟のチャクラが今、千の時を経て和解し、一つとなる。

 

 予兆はあった。

 サスケとナルトの合わせ技―――大玉螺旋砲の威力が極端に跳ね上がった現象。ナルトはあの現象について、『相性が良すぎる』と推測したが―――正解だった。

 サスケとナルトの力。そのチャクラは、長き時を相反し続けて来た二つ。互いに、互いの意志で重なり合った時、その力は『始まりの力』へと辿り着く。

 

 ―――輪廻眼を湛えた老人が、暗い異空間で静かに涙を流す。

 

 それは長い時を見守って来た始祖(・・)の力を借りぬまま為し遂げられた奇跡であり。

 

 ―――古い時代へ終わりを告げる。新たな時代の、兆しであった。

 

 

 

 

 

 

 

 そして、時は戻り。

 両目の潰れた眼孔からは止めどない血が流れ、また口からもだらだらと血を流し続けているシスイの意識は既に無く、その身を貫くマダラの腕に寄りかかる様に項垂れて居た。

 残り少ないチャクラすら吸い取られ、その命は風前の灯火。多量の出血が気道を潰し、既に呼吸すらままならない状態であった。

 

「……」

 

 マダラがシスイから腕を引き抜いた。

 支えを失ったシスイの身体は力なく地に崩れ落ちる。どくどくと流れる血が、倒れ伏すシスイの周囲に、血だまりを生み出した。

 

「……」

 

 マダラは倒れ伏したシスイを見下ろした。

 風穴の空いた背中。もはや、数分も持たないだろう。だが―――マダラは油断しなかった。写輪眼の力の一端を奪われた怒りと、警戒心。 

 そして、あわよくば奪ってやろうと考えていた、未完の『輪廻写輪眼』を潰されたことへの苛立ち。それは、悉く己の思惑を潰してくれたシスイへの、慈悲で在り―――新たな神の、裁きである。

 

「死ね。イズナの息子」

 

 ―――これを以て(・・・・・)、過去への決別とする。

 

 マダラが内心で決意を謳う。

 だがそれは―――マダラの中で、未だ過去への決別が為されていないということの裏返しで在り、ただ一つだけ―――『誰か』を殺すことへの忌避があるということの証左でもあった。

 

 マダラが須佐能乎を部位展開させる。巨大なチャクラで構成された、巨大な刀を、振りかぶる。

 

 ―――疾風が、荒野を駆けた。

 

 振り下ろされたチャクラの刀は大地を割り、轟音と共に天地を揺らす。

 

「……」

 

 マダラの身体が、震える。小刻みに、震える。

 

「……」

 

 マダラが跳躍した。

 その足元から、巨大な樹木(・・・・・)と、『莫大な砂』が、地面を突き上げるようにして姿を現した。

 跳躍したマダラの上方から、巨大な火の龍が咢を開いて急降下し、それはさらに上空から放たれた猛烈な風に煽られて、その大きさを倍以上に膨張させる。

 

 ―――須佐能乎。

 

 超巨大な須佐能乎が、展開された。

 より巨大に、より禍々しく。

 輪廻写輪眼を得たマダラの須佐能乎は、さらにその力を増していた。背には烏にも似た巨大なチャクラの羽が生え、飛行すらも可能としているようである。

 風遁と火遁の合わせ技、木々と砂の濁流を跳ね返したマダラの巨大な須佐能乎が、立ち上がる。

 雲を突き抜けるような雄大さは―――まさに、神の降臨。

 

 だが、それは邪神の類。

 

 その巨体の頭部内にて地上を見下ろすマダラは、先ほどからフルフルと震えさせた体をそのままに、二ィ、と歪な笑みを浮かべ、そして誰かの名を呼んだ。

 

 マダラの視線の先。

 二代目、三代目―――影を背負いし二英傑、不老の蛇と、砂漠の修羅を引き連れて。

 

 ―――今、(しのび)の神が蘇る。

 

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