綱手の兄貴は転生者   作:ポルポル

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前話の『あらすじ』の、あらすじ部分(綱手姫(50代)が苛められている場面)を改訂しました。
綱手が折れるのが少し早すぎるというか、ちょっと弱すぎるかなと思いましたので。本作の綱手は妹なので原作綱手より脆いところはありますが、それでもちょっと簡単に折れすぎたかなと思いましたので。
もうちょっと強い綱手を折るには、もうちょっときつくしないといけないかなと思いましたので。


やめてくれ。その言葉はオレに効く

「―――後のことは、オレがやる」

 

 畳間はガイの傍へと歩いていき、その崩壊を進める体に触れる。

 畳間の掌が輝くと同時に、畳間の腕から樹木で出来た触手の様なものが伸び、ガイの体に張り付いた。

 どくりどくりと、畳間の体から何かが送り込まれる。ガイの体の崩壊が止まり―――それどころか、既に消滅していた足が再生し始めた。

 綱手が眼を見開いて驚愕を示す中、畳間は静かにガイを見つめ、マダラは静かに目を細めた。

 

「間に合った、というには遅すぎたが……。だが、それでも」

 

 ―――間に合ったよ、ダイ(・・)

 

 畳間は、かつて畳間の目の前で―――畳間の掌の中で、ガイと同じように八門遁甲の陣の反動によって消えていった盟友を偲ぶ。

 

「マイト・ガイ。お前は、木ノ葉隠れの里の―――オレ達(・・・)の誇りだ」

 

 立ち上がった畳間は、綱手には背を向けたまま、周囲の惨状へと眼を向け―――少しだけ、瞳を伏せた。何かに耐えるように歯を喰いしばり、眉根を寄せて、悼むように目を伏せる。

 強く握られた拳が震える。あまりに激しい怒りだ。マダラという理不尽へ対するもの自分自身への不甲斐なさ、自責の念。それが、畳間を怒らせる。

 激しく、しかし、冷たく(・・・)

 数多の戦いを乗り越えて来た畳間に、もはやかつての暴走は無い。

 

「その瞳……、その力……。六道に依るものだな? どうやって手に入れた?」

 

 そう思案気に呟くマダラに対して、いつでも戦闘を始められるようにと、半身に佇む畳間は、その輪廻写輪眼を睨みつけるように細め、マダラを見上げる。

 興味深そうに畳間を見下ろすマダラへ、畳間は言った。

 

 

 そして畳間は、興味深そうに己を見下ろすマダラへ、言った。

 

「―――その眼(・・・)オレ(イズナ)の眼で。この眼は、あなたの眼(・・・・・)だ」

 

 かつて畳間は心臓を奪われ命を落とした際、千手柱間よりその心臓をチャクラと共に渡された。畳間の心臓は、千手柱間より譲り受けた力であり、心だ。

 うちはマダラの永遠の万華鏡写輪眼は、畳間の魂の片割れたるうちはイズナの万華鏡写輪眼を用いて開眼したものである。奴らを滅ぼしてくれと千手を呪い、うちは一族を守ってくれという呪縛と共に、イズナが死の間際に、マダラへと譲り渡したものだ。

 

 そして同時に、千手畳間の瞳―――その永遠の万華鏡写輪眼を構成するもう一つの写輪眼は、うちはマダラの細胞を培養し作り上げた人工の万華鏡だった。

 マダラと畳間の写輪眼、柱間と畳間の心臓は共鳴し、そのチャクラは惹かれ合う。

 

 マダラと柱間がそれぞれ有した、始まりのチャクラ。

 一方は奪い、一方は託された、六道仙人の力。

 そしてマダラと柱間がそれぞれ持つ『(インドラ)』と『(アシュラ)』のチャクラ。

 

 それらは『瞳』と『心臓』という繋がりを辿り、仮死状態で大岩の中に封印された畳間の中へと流れ込み、その体を癒し、変化させた。

 

 その体は、より仙術に特化し、強靭に。

 その瞳は、瞳術を進化させ、澄み渡る。

 

 しかしそれは当然、マダラ側にも利があった。

 生き返った直後におけるうちはマダラの真数千手の発現は、畳間から流れ込むチャクラによって起きたものだった。いかにマダラの体の多くが、黒ゼツによって柱間細胞に置き換えられていたとしても、その領域にまで届くには、足りないものが多くあった。

 

 しかしそれはもう過ぎ去ったことだ。マダラは既に、真数千手を己がものとしている。

 重要なのは、マダラと畳間の瞳が、繋がっているということだ。

 

 だからこそ(・・・・・)畳間は、告げる。

 自身の眼を『マダラと同じ』であると評した上で、しかし決定的に違うものがあることを。

  

「―――見えるものは、違うようだが」

 

「……見えるもの、だと?」

 

 崩壊した木ノ葉隠れの里で、マダラと畳間は戦った。

 あのとき、畳間の背後―――畳間からは本来見えぬ位置にいる木ノ葉の者達の姿を、畳間が視認できるという奇妙な現象が起きた。

 それは、うちはマダラの瞳が視認していた光景であり、マダラの瞳を通して畳間が見たものだった。

 そしてそれは、畳間が大岩の中で眠りに就いている間も、続いていた(・・・・・)

 

「オレは眠っている間……あなたの眼(・・・・・)で、その全てを視た」

 

 畳間は眠りについている間、その視界が、マダラの視界と共有されていた。望んだものでは無かった。ゆえに、目を逸らすことも出来なかった。

 畳間はずっと、マダラが視ている世界を、目に焼き付けていた。心を抉る光景を、見せられ続けていた。

 

 妻が甚振られ、傷つけられた。

 

 相談役を含め、里に残った老人のほとんどが、マダラを止めるために己の命を投げ出していた。マダラという巨大な力を止めるには、老人二名では荷が重い。それは、かつて精鋭と謳われ、仙術によるブーストを用いた、うたたねコハルと水戸門ホムラであっても、変わらない。

 ゆえに相談役二名は、かつて畳間が『決戦』にて行った木遁によるチャクラ吸収を術式化した、里防衛の最終手段―――自爆覚悟の禁術を用い、里に残った老人たちのチャクラを吸い上げて、うちはマダラを長時間に渡って堰き止めた。

 畳間が里を捨てることすら考慮した避難訓練を、火影を襲名後早期に企画し実行に移していたのは、その禁術に巻き込まれる若き火の意志を逃がすためでもあったのだ。

 

 砂隠れが滅ぼされ、我愛羅すら一度殺された。四代目風影は息子を守り、未来に希望をつなげ、木ノ葉(畳間)へと願いを託した。風影だけではない。砂隠れの者の多くが、己の命を捨ててでも、未来にて吹く風を残した。

 

 君麻呂が弟のために命を賭けて戦った。

 

 シスイは憎い仇であるというのに、殺し合いを良しとした(しのび)の歴史に翻弄された、哀れな被害者であると、マダラに対してまで情け(・・)を掛けて―――その優しさがゆえに命を落とした。

 

 祖父が、大叔父が、兄貴分が、大蛇丸が、生き返っていた我愛羅が、必死にマダラを倒さんとしていた。

 合流した連合の奮戦を見た。

 

 マイト・ガイの、父より受け継がれた気高さを見た。

 

 ―――そして皆、散っていった。

 

 畳間にはもう、流す涙は残っていない。

 涙は、眠っている間に枯れる程に流し、乾いた大岩へと吸い込まれた。

 畳間が流せるものは―――もはや血のみ。

 

 そして、そんな地獄の様な光景を、無防備に眠る精神に叩きつけられた畳間は、マダラの言う通り、無限月読に賛同してもおかしくないほどに心を蝕まれ、絶望に堕ちかけた。綱手の様に、もうこれ以上憎しみをばら撒くのは止めてくれと、心中にて懇願した。動かぬ体、発せぬ言葉に狂いそうになった。己の不甲斐なさがゆえに死んでいく子らの姿を見続けることがあまりに苦しくて、出来もしない自害を選択したくなるほどだった。己を責めて、責めて、責め抜いた。

 

 ―――しかし、どうしようもない。畳間は大岩の中に封じられ、瀕死の体で眠っていた。

 

 せっかく皆で積み上げて来た平和な世が崩れ落ちていく様に血涙を流し、そして最愛の息子が自ら両目を潰した時、畳間の心はぐちゃぐちゃに潰された。

 息子と、妻と、過ごした暖かな日々が、畳間の脳裏を過った。

 

 おしめをおっかなびっくり替えて、その姿を視たアカリに笑われた。

 育児ノイローゼ、あるいは構って貰えない寂しさゆえに、アカリが鬼の首を取ったように畳間を揶揄うと、過労によって知らずストレスが溜まっていた畳間が耐えかねてうるせえと反論し、口喧嘩を始めたとき、シスイは、きゃっきゃと笑った。

 きっと、アカリと畳間のじゃれ合いの中にある愛に気づいたのだろう。そして、自分が笑うことで絆され、両親がそういった意地の張り合いを捨てて、素直に仲睦まじくすることを知っていたのかもしれない。優しくて、敏い子だった。

 自分にはもったいないほどの、本当に、出来た子だった。

 

 だからこそ、その絶望もひとしおだったのだ。

 うちはマダラを惨殺した後、己の力で、失った全てを幻術の世界で取り戻す―――その選択肢が、畳間の中に生まれる程に。

 

 マダラの瞳を通して視る世界は、畳間にとってはそれほどまでに、耐えがたい光景だったのだ。

 

 しかし今、畳間は立っている。

 その夢の達成を目前とするうちはマダラの前に―――この時代における最後の希望として、立ち塞がっている。

 

 ―――里をお願いね。大好き。

 

 それは、憎悪と憤怒によって嵐が如く荒れ狂う畳間の心に挿しこんだ、月光が如き優しい光。

 それは、嵐の中にあってなお掻き消されることなく畳間の耳に届いた、小さな祈り。

 

 それは、死にゆく体で畳間を抱きしめ、願いを託したあるくノ一の―――。

 

 彼女はずっと、畳間の手で終わることを願っていた。

 それは感傷的なものではなく、己の精神を幻術によって支配されてなお、秘術によって心の奥深くで己の精神を保持し、里を守らんと孤独に戦い続けた、その気高い火の意志がゆえのものだ。

 操られた彼女は里の家族をその手に掛けさせられ―――畳間の弟である縄樹と、同期の者達を殺した後に、マダラのもとへと連れ去られた。

 

 精神の奥深くに封じられた心は、そこで己の役割を知り、覚悟した。

 

 ―――己の死と引き換えに、いずれ忍界に立ち塞がるだろう『巨大な悪』を打倒するための力を、畳間に遺すことを。

 

 例え畳間の手に掛かることで、畳間の心に深い傷を残すことになってでも、やり遂げるべきだと覚悟した。

 

 大丈夫だろうかと、心配になった。彼は昔から、ここぞというときにヘタレる悪癖がある。調子に乗りやすい(視野が狭くなる)ところもある。大丈夫だろうかと、心配になった。

 

 大丈夫だろうと、信じた。彼の傍には、彼を支える家族がいる。そこに自分はいなくとも(・・・・・・・・)、きっと、彼は乗り越えられる。そう、信じた。

 

 ―――里をお願いね。大好き。

 

 その言葉に込められた思い。

 それは畳間にとって言祝ぎであると同時に、ある意味では呪いだった。

 彼女の危惧した通り、畳間は五代目火影を襲名した後、その時間のほとんどを、里のために費やした。立ち止まることは許されないと、次の世代の教育に力を入れ、里の基盤を再構築し、先へ先へと進んで行った。

 傍に寄り添うアカリがいなければ、恐らくはもっと早く、畳間の視野は狭くなっていただろう。そして畳間は焦り、火種を燻らせる雲隠れへ、後の世代の平和のためという免罪符を使い、強硬手段を取っていた。

 だが畳間はそれを乗り越え、自分達の代で出来る限界を見極め、『託す』という選択肢を見つけ出した。

 

 ―――彼女が危惧し、そして、信じたように。

 

 ただやはり心配だったので、一つだけ、彼女は保険を掛けた。

 操られていた身で、解放されたのは死の直前だった彼女に、出来ることは少なかったが―――少しだけ、畳間の中にチャクラ(匂い)を残したのだ。

 畳間の心が折れそうになった時―――たった一度だけ、その(言葉)が、微かに呼び起される程度の、おまじない。それが彼女の限界で―――発動するかどうかも、そのときまで残っているかどうかも分からない力。畳間の心に届くかどうかも分からない、か細い声。

 

 そして畳間は―――それに大切に蓋をして(・・・・・・・)、思い出の中へと保管した。

 ゆえに、残った(・・・)

 

 それは、畳間が彼女を本当に大切に想っていたからこそ、為された奇跡。

 それは、彼女が畳間を本当に想っていたからこそ、為された必然。

 

 嵐の夜は掻き消され、大地は日輪の下に照らされる。

 

 心象世界―――畳間が蹲っていた、暗く不気味にうねる森林は草花の咲き誇る花畑へと変貌し、業火に焼かれていた空は、大輪輝く晴天となる。

 

 千手畳間はあのとき(・・・・)のように、今一度―――立ち上がる力を、取り戻した。

 そしてあの時は、千手畳間という子供の人生の、これより続く長く苦難な道のりの、最初の一歩を踏み出した時だった。いっせーのーでと、何も、まだ何も知らぬ少年が、遥か続く茨の道へと、その一歩を踏み込んだときだった。全てを欲しがった少年が、多くを取りこぼし、それが叶わぬと知ってなお、誰かと笑い合える日を手に入れる―――大人になるための最初の一歩。

 

 そして今踏み出すのは、千手畳間という大人の、長く険しかった人生の、その終着点へ至るための一歩である。

 覚えてないことも、たくさんあった。流して来た煌めく汗を、涙を、憎悪によって忘れたふりをしようとした。見せつけられた光景が、あまりに悲惨なものだったから。

 

 ―――千手畳間は繊細で、脆い。どれほど強く成ろうとも、それが変わることは無い。ただ、許容範囲が広がるだけだ。

 だからこそ、その心には、決して消えぬ誰かの(想い)があって―――変わらぬものがある(・・・・・・・・・)のだと、その心を支え続ける。忘れてはならないものがあるのだと、叱咤し続ける。いつの日にか、また笑えるように。

 

 アカリがイナと畳間の『約束』に気づけたのは、『決戦』の後、イナの匂いを、畳間の中に感じたからだった。

 もともと情が深く暴走しがちだったアカリが、決定的な『繋がり』である『結婚』を経てなお嫉妬深さが増し、スキンシップが激しくなったのは―――心と心が繋がり合っていたイナへの、嫉妬―――不安もあった。もどかしさも、あった。

 

 畳間はその想いには区切りを付けていて、既にアカリしか目に入っていないのだが―――そこは女心というものだ。そしてアカリが、失う怖さをよく知っている、ということも要因である。

 アカリは戦後、ずっと幸福の頂きでふわふわと浮き続けているがゆえに、ふと下を見たとき、底の深さに恐怖してしまう。失った時のことを考えれば、そういった脆い面も現れる。

 

 すべてが、繋がっている。人々が残した小さな希望が、今―――千の手で繋がり、一つとなった(・・・・・・)

 

 それを理解できないマダラは、満足げに頷いた。

 

「全てを視た、か。では、お前も分かっただろう。この世界は、地獄であると」

 

「それは違う」

 

 マダラの言葉に、畳間が毅然と言い放つ。

 マダラは訝し気に畳間を見つめる。

 畳間は言った。

 

「オレが視たのは、地獄ではない。必死に―――傷ついても、倒れても、大切な人を失おうとも。それでもなお諦めず、立ち上がり、強大な悪に立ち向かう人々の姿だ。例え命を奪われようと、誰かを守るために、少しでも何かを遺そうとした人々の―――気高い火の意志の輝きだ」

 

 ―――それこそが、畳間がマダラの眼を通して視た世界だった。

 

 畳間は力強い瞳を以てマダラを見据え、はっきりと力強く、その言葉を口にする。

 翳りは無い。迷いもない。

 ただその人生の中で、その瞳が見続けて来た真実(・・)を、その言葉を以て、うちはマダラへと叩きつける。

 

「―――この眼は、(あかり)が良く視える」

 

 それは、千手畳間という一人の人間の、これまでの人生を表した言葉であった。

 たくさんの怒りと、憎しみを見つめて来た。暗い闇の中で瞳が曇り、道を誤りそうになったこともある。哀しみに眼が霞み、立ち止まりそうになったことがある。

 それでも、畳間は歩みを止めることは無かった。それは、その瞳に、黄金に輝く火の意志を映し続けていたからだ。だから畳間は歩み続けることが出来た。

 たくさんの命の灯火を、その眼に焼き付けて来た。

 だからこそ―――『五代目火影』千手畳間は、胸を張って、断言できる。

 

「―――オレの眼は、光を視るためにある」

 

 そう言った畳間に、マダラは哀し気な様子で、静かに首を振った。

 まだ分からないのかと、聞かん坊な弟の魂に、マダラは哀れみすら抱いている。

 

「違う。オレ達の眼は、闇を見るもの。失意と絶望を映しだすものだ」

 

 ―――畳間は人々の心、その輝きを見た。

 

 ―――マダラは人々の死、その闇を見た。

 

 畳間は空を見上げ、どこまでも続く空を願う。

 

 マダラは地面を見つめ、染みこんだ血に絶望を抱く。 

 

 二人が視る世界は、決定的に相違している。

 

 畳間が続ける。

 

「もしも、この世界が地獄だとしても。戦国時代とは、決定的に異なることが一つある」

 

「決定的に異なるもの、だと?」

 

 マダラが訝し気に尋ねた。

 畳間は力強くマダラを睨み、告げた。

 

「今の世に地獄を再演させたのは、うちはマダラ。―――あなただってことだ」

 

 怒りを通り越した先にある、冷たい何かが、畳間の心の中にある。

 冷え切った声で、畳間は続ける。

 

「この世界は、着実に平和へと歩を進めていた」

 

「イズナ。お前は、思い違いをしている。平和とは、次の戦争のための準備期間。静かな闘争でしかない。いずれ忍どもはまた、その手を血に染める時が来る。矛盾した人間の手では、永遠の平和など築けるはずがない」

 

「―――そう思うのは、あなたが『信じること』を、恐れているからだ」

 

「違うな。そもそも人間など、信じるに値しないというだけだ。歴史こそが、それを証明している。長い戦い(地獄)があり、次に長い平穏があり、そしてまた地獄が訪れる。それこそが、忍の世の歴史だ。人は、争いからは逃れられん。だからこそ、オレが作る。神となったオレが、この世界を作り直す。オレだけ―――このうちはマダラだけが、恒久的な平和を実現できる」

 

 ―――昔のオレを見ているようだな。

 

 マダラを見て、畳間は静かに思いを抱く。アカリに止められなければ、きっと畳間はマダラの隣でそれを肯定していた。あるいは、畳間自身が、その言葉を、柱間や綱手達に吐いていたかもしれない。

 おぞましいことだ。

 だが、そうはならなかった。畳間はたくさんの絆に引き戻され、そうはならなかった。

 だからこそ、畳間は過去の己との決別の意味をも含ませて、力強く言った。

 

己惚れるな(・・・・・)。オレも、あなたも。どれだけ力を手に入れたとしても、弱さを持つ―――感情を持つ人間であることに変わりはない。少なくとも……虐殺を愉しみ、それを良しとするような人間が見る夢に―――平和な世などあるものか」

 

 冷たく断じた畳間に、マダラは不快気に眉を寄せた。

 しかし、すぐに笑みを浮かべる。

 

「では、お前はどうする? どうやって、争いを無くすというんだ? この地獄を、どうやって救う? 柱間の目指した国づくりは、矛盾を抱えた失敗策。一度破壊しなければ、もはやどうしようもない程に、破綻しきっている。分かっているのか? イズナ、お前は今、己の弱さを認め、自分では夢は叶えられないと言外に告げたんだぞ? そして―――出来もしない、叶いもしない夢に縋りつくことほど、愚かで無意味なことも無い」

 

「そうだ。悔しいが……オレ一人では、夢の先へは届かない。だからこそ―――人は、同じ夢を見る(・・・・・・)

 

 かつて愛する人に言われたその言葉を、畳間は口にする。

 一人では届かない。だから人は、同じ夢を見る者と手を取り合って、励まし合って、少しでも前へ進もうとする。

 

「マダラ。あなたは初代火影の夢を失敗策と罵るが……そもそも、千手柱間の―――爺さんの国造りは、失敗していない(・・・・・・・)

 

「何を言うかと思えば……」

 

 マダラは畳間の言葉に、呆れた様子を見せる。

 畳間は、倒れる祖父を横目に見た。

 痛々しい姿だ。

 願い続けた再会が、このような形になってしまったことが、畳間は哀しかった。後進を信じ、後を託して眠りに就いた偉大な先人を叩き起こし、戦いにその身を投じさせてしまったことが、申し訳なくて仕方が無かった。

 しかしやはり―――その顔をまた見て、その声を聞けたことに、喜びを抱かないと言えば嘘になる。

 畳間は複雑に交じり合う感情を瞳に乗せて柱間を見つめた後、マダラへと視線を戻す。

 その瞳は、柱間に向けられたものとは決定的に異なる鋭さを以て、マダラを貫いた。

 

「―――オレが居る(・・・・・)

 

 畳間は続ける。

 

「綱手がいる。カカシがいる。ガイがいる。ナルトがいる。サスケがいる。爺さんの国づくりは、まだ(・・)失敗なんてしていない。オレ達(・・・)が憧れた、『初代火影』が視た『夢』は、今もまだ、続いている。そして、いつか……。いつの日か、必ず(・・)、後に続いてくれる者達が、その夢へと辿り着く。いつか、必ず(・・)オレ達(・・・)が視た夢を受け継ぎ、叶えてくれる者が―――いつか必ず、現れる。オレ達(・・・)は、それを信じてる。オレ達(・・・)爺ちゃん(・・・・)が、オレ達(・・・)を、信じてくれたように」

 

 オレ達―――そこに含まれるのは、世を去った畳間の同期や、先達たちだ。

 皆が柱間に憧れ、そう在りたいと願った。その夢を受け継ぎたいと思った。皆、畳間とアカリを除き、志半ばで世を去ったが、その想いは今もなお―――ここ(・・)にある。

 柱間の夢が進んだ証が、畳間たちの存在であるように。カカシ達という存在が、畳間たちの世代の夢を、その想いが繋がっていることを、証明している。

 そう信じるからこそ、皆己の命を捨ててでも、若き火の意志たちを守ったのだ。

 

 ―――つ、と地に縫い付けられている柱間の目じりから、一筋の雫が零れ落ちる。

 

 あのとき、己の命を捨てても惜しくないと、そう信じた『甘えん坊なやんちゃ坊主』が、ここまで大きくなってくれたのかと。

 爺ちゃん爺ちゃんと甘えて来ては、扉間を困らせ怒らせていたあの幼子が、ここまで立派に成長したのかと。

 柱間の胸に溢れるその温かさは―――息子が生まれた時と同等のもの。

 

 ―――ボロボロの外套は、背中が大きく裂けている。しかし、そこに揺れる、名に、一切の翳りは無い。その背に刻まれた『五代目火影』の名を、柱間は瞳に刻みつける。

 

「夢は、いつか叶えるものだ。微睡の中で見続けるだけのものじゃない」

 

 畳間は鋭く、マダラを睨みつけた。

 

叶えることを諦めた(・・・・・・・・・・)男が、オレ達の夢(・・・・・)を、侮辱するな」

 

 平和な世を願い、志半ばで世を去ったすべての者達の思いを背負い、畳間が力強く言い放った。

 それが、マダラの視界を通して世界を視た畳間が出した答えであった。

 

 マダラの夢は、確かに一理あるのかもしれない。現実があまりに耐えがたく、かつて在った幸福の中へ還りたいと願う者が、一定数いることは間違いない。畳間はそれを否定しない。マダラの悟りは、ゆっくりと諭し、世に広めていけば、賛同者もきっと増える。

 だが、今マダラが取っている手段は、あまりに性急すぎた。あらゆる可能性を『無し』と切り捨てたその夢は、畳間たちの抱く夢とは、決して相いれず、決して、赦せるものでは無い。

 

 少しずつでも良いからと―――必死に、夢の先へ向かって、苦しみ嘆きながら足掻き続けているすべての仲間たちを、うちはマダラは侮辱した。

 

「確かに、アンタの言う通り、争いの芽は燻っていた。オレ達が築いた平和も、和平も、いつまで続くかは、正直なところ分からなかった。それでも―――忍界は少しずつ、変わり始めていたんだ」

 

 ―――耐え忍ぶ選択をした大人。

 

 ―――里を越えて育まれる子供たちの友情。

 

 これまでの静かな闘争(平和)とは違う、新しい時代の兆しは、確かにあった。新たな風が吹き始め、小さな石は磨かれ、若き木ノ葉は芽吹かんとしていた。

 もう少しだった。里間の同盟・和平の前例を作り、その基盤を整え、固め、維持する。それに尽力し、全力を費やして来た。

 もう少しだった。出来ることは、出来るだけやってきた。畳間に出来ることは、残すところ―――

 

「信じ、託すだけだった。―――もうそこまで(・・・・)、来ていたんだ。それなのに……ッ」

 

 ギリッ―――と畳間が奥歯を噛みしめる。

 畳間はマダラを睨みつける。

 

「それを……あなたは突然現れて、すべてぶち壊した。さっき、オレは『戦国時代とは決定的に異なることがある』と言っただろう。それは―――お前(・・)という存在だ」

 

 畳間が周囲の惨状へと視線を向ける。

 

これ(・・)は、忍の歴史が生み出し、皆が共有した(・・・・・・)―――かつてあった憎しみ(・・・・・・・・・)に依って引き起こされてきた、今までの惨劇とはまるで違う。これ(・・)は、うちはマダラという個人が身勝手に引き起こした―――ただの、虐殺だ」

 

 マダラを睨みつけ、畳間は言う。

 

「もはや、赦す赦さないの次元は過ぎ去った。木ノ葉隠れの里、五代目火影として、忍界を脅かす脅威は排除する。例えそれが……友であろうと、家族であろうと、兄弟であろうと。―――里に仇為す者は、赦さん」

 

 ―――この世界が、お前の敵だ。

 

 例え、うちはマダラが道を誤った決定的な岐路が、うちはイズナの死であったとしても―――畳間に宿るもう一つの魂がゆえだったとしても―――もはやマダラは分水嶺を越えた。

 畳間と一つとなったイズナの魂が、変わり果てたマダラへの謝意(・・・・・・・)を訴えている。

 一人にしたこと。先に逝ったこと。こうなる(狂い切る)ほどに苦しんでいたのに、何もできなかったこと。千手一族への憎しみに憑りつかれ、現世を揺蕩っていたというのに―――こんなに苦しんでいた兄の傍に、寄り添わなかったこと。

 本当に一族を―――家族を―――大切に想っていたのなら、千手一族への憎しみを捨て、残された家族に寄り添うべきだったのだ。憎しみによって曇り切った瞳は、本当に大切なものを見落として、取り返しがつかないところまで、放置してしまった。

 もしもイズナの魂が畳間に入り込むのではなく、マダラの傍に居たのなら―――もしかすると、違った未来を歩めたのかもしれない。しかしそれは在りえない未来だ。

 当時のイズナの魂は、やはり憎しみに囚われていて、マダラなど目に入らなかった。だからこそ、千手一族の胎児へと、その魂を潜ませたのだから。

 仮に、当時のイズナの魂がマダラの傍に添ったとして―――きっとマダラの心に囁く言葉は、千手一族への恨みつらみであり、それはマダラの暴走を助長していただろう。

 

 ―――歯がゆい、口惜しい。

 

 畳間はそう思う。

 忍の闇の犠牲者であるのだと言えば、そうなのかもしれない。

 しかし、違う未来へ進む機会は、これまで幾度もあった。だがそれを選ばなかったのは、うちは兄弟自身である。

 

 ―――責は、受けなければならない。

 

兄さん(・・・)。時代は、進んでるんだよ。時は流れ、世代は変わった。オレ達の戦い(時代)はもう、とうの昔に終わってるんだ。その憎しみも怒りも……、もう過ぎ去った過去のものなんだ。いつまでも、それに囚われて……そこ(・・)に居ちゃいけない」

 

 それは、畳間と一つになったイズナの言葉を、畳間が代弁したものである。

 多くの苦難を越え、イズナもまた、木ノ葉隠れの里の忍者に成った。人は変わるものだ。よくも、悪くも。

 畳間も、イズナも、例外ではない。

 時は流れ、皆が、少しずつ変わっていく。

 

 しかしマダラは今もなお、若かりし当時の憎しみ―――戦国時代から、進めていない。ずっとそこで足踏みをして、囚われている。夢の先に向かっているわけでも、どこかへ届いた(・・・)わけでもない。

 ただ―――あの地獄の中でも、しかし確かに存在し、そして失われた『幸福』にしがみ付き、『(まぼろし)』を見ているだけなのだ。

 

 それは、あまりに憐れなことで―――だからこそ、シスイはマダラを救おうとした。シスイがこの世に生を受け、幸福と呼べる日々を生きられたのは、間違いなく、うちはマダラというかつての英雄(・・・・・・)が、一族を殺されたという憎しみを耐え忍び、千手一族と手を結んだからに他ならない。千手一族だけの里では、千手止水は生まれなかった。マダラと柱間が手を結び、里が興ったからこそ、時を経て、千手止水は誕生したのだ。

 

 優しく育った青年は、そこまで考えて、あのマダラにすら一抹の敬意を抱き、だからこそマダラをも救おうとした。うちはマダラは確かに闇に堕ちた。取り返しのつかないことをして、もはや断罪されるだけの身となった。許されることは絶対に在りえない。

 だが、確かにあったのだ。うちはマダラにも―――木ノ葉隠れの里の、忍び耐える者(忍者)だった時が。シスイはそれを信じた。結局、届くことは無かったが。

 

「オレの死に際の一言が、あまりに長い間、兄さんを苦しめ続けてしまった。道を誤らせてしまった」

 

 無念の中で死に瀕した『イズナ』は、残された者のこれから(・・・・)を何も考えず、ただ憎しみだけを遺してしまった。

 その事実は、受け止めなければならない。それが畳間にとっては、魂の前世であり、畳間自身には関係のないことであったとしても、それを他人事だと、切り捨てることは出来なかった。

 畳間の表情が痛苦に歪む。

 

責は受ける(・・・・・)。兄さんと共に。だから―――ここで、終わらせよう。オレ達の……あまりに長かった戦争(憎しみ)を」

 

 畳間はマダラを一度だけ穏やかに見据えた。それが、マダラに見せる最後の情け。

 

「兄さん。一族を守るという約束を……守ってくれて(・・・・・・)ありがとう(・・・・・)。兄さんのおかげで、一族は繁栄し、『うちは』は皆から慕われる、木ノ葉()の要となった。……兄さんのおかげ(・・・・・・・)だ。オレの死を耐え忍び、千手柱間と手を結んだうちはマダラ(・・・・・・・・・・・・・・・・)を、オレは心から誇りに思う。だからこそ……オレは、今のあなたと一緒に行くことは出来ない」

 

 そして畳間は鋭くマダラを見据えた。もう、掛ける情けは無い。これより畳間は、五代目火影としてマダラを討つ。

 ゆえに、畳間は告げる。

 うちはマダラという、今は亡き英雄(・・・・・・)の意志を継ぎ、胸を張って―――変わり果てた怪物との、決別を。

 

「―――オレは、木ノ葉隠れの里の忍び耐える者(しのび)だ。かつて(・・・)、兄がそうだったように」

 

 畳間を視るマダラの眼球が細かく動く。

 動揺か、困惑か、あるいは別の何かか。

 しかしその眼の動きは、マダラの中で確かに起きた、何かしらの心の動きを表していることは間違いないだろう。

 

「イズナ……。……っ」

 

 マダラは悲痛に表情を歪め、瞑目して俯くと、思案気に、静かに目を開いた。

 悩むように、迷うように、マダラはじっと足元を見つめている。

 

 ―――感謝の言葉を、掛けられた。

 

 マダラは常、思っていたのだ。柱間との決別のときですら、その言葉を口にしたほどだ。

 

 ―――弟との約束も守れなかった、と。

 

 マダラはそう考えていた。

 

 ―――自分にはもう守るべきものなど何もない。

 

 だからこそ、この世に見切りを付けて、ただ一つ残った平和という夢のために―――。

 

 だが、約束は、守れていたのか? 

 あの時、イズナの死の哀しみと憎しみを耐え忍んだことは―――柱間に『弟を殺せ』と、オレと手を結びたいのならイズナの仇を殺して見せろと、そう断じなかったことは、間違いでは無かったのか。

 

 オレ(マダラ)のおかげだと、約束を守ってくれてありがとうと、命も約束も、何一つとして守ってやれなかった弟の魂は言う。

 しかも、その言葉は詭弁ではない。感じるのだ。うちはイズナの魂が、千手畳間という肉体を使って伝えている、本心であることを感じる。

 

 マダラは頭の中に、何かが沁みるような感覚を覚えた。激しい負荷が、脳に掛かる。

 そこから逃れるように、マダラは強く拳を握った。

 そして迷うように、苦しむように、眉根を寄せて、目を開く。その鋭い視線を、畳間へと向けた。

 

「……時間は、充分やっただろう。……残念だ」

 

 その声は、ようやく絞り出したようなか細い音だった。

 もう後には引けない、か。あるいは、思考の処理が追い付かず、当初の目的にしがみ付いているか。マダラもまた、決別を受け入れ、『夢の中』にいる弟との再会を選んだ。

 マダラは畳間を見下ろし(・・・・)、畳間はマダラを見上げる(・・・・)

 二人は互いに地を、空を見る。

 

 互いの輪廻眼の視線が絡み合い―――二人の姿が消える。

 巨大な二つの力が、激突した。

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