綱手の兄貴は転生者   作:ポルポル

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中忍選抜試験編


 連続して聞こえる花火の音と、人の喧騒。木の葉隠れの里主催・中忍選抜試験の開催である。他里から多くの人間を招いて開催されたこの催しは、お互いの戦力を探る”小さな戦争”という面も潜んでいる。しかしそういったことを神経質に監視する必要のあるのは里の上層部のみ。市居の人々にとって、今はただこの平和な”祭り”を楽しんでいた。

 

 ”火の国・木の葉隠れの里所属、木の葉忍者養成施設第一期生、第6班下忍、忍者番号1854、千手畳間”

 

 自分の個人情報が乗せられた中忍選抜試験の参加権を受け取った畳間たち6班は、いよいよかと背筋を伸ばす。

 中忍選抜試験予選会場は、木の葉隠れの里の中心から少し離れたところに設けられていた。うちは、猿飛、油女一族の住居に囲まれたその場所は、木の葉隠れの忍びであっても、妙に落ち着かない位置取りである。なにがあっても対処できるようにと言うことだろうが、万全を期し過ぎであると言えよう。

 

「おお、お前ら。もう来てたのか」

「ボクらも結構はやめに来たと思ったんだけどね」

 

 試験会場へ入場した6班は、同じく入場していた同期の面々と挨拶を交わす。アカリはわいわいと盛り上がる同期達から距離を置くと、つまらなそうに鼻を鳴らした。壁に背を預け腕を組む姿は、クールなお嬢様と言った様子。一人佇むアカリへ、他里の忍びが近づいて行く。”容姿”と言う誘蛾灯に掛かった哀れな虫たちの末路は、一体どのようなものだろうか。お祭り気分も過ぎると言うところである。

 案の定と言ったところか、アカリの可愛らしい顔つきとけしからんスタイルに釣られてしまった他里の忍びたちは、アカリの毒舌に蹴散らされている様子。

 

「おいデブ。身の程をわきまえろ」 

「なんだと、このアマ」

 

 アカリの暴言を受け、隈取を描いた顔を屈辱に歪ませる太めの男。額当てからして霧隠れの下忍だろう。チャクラが荒立ち、茶色の長髪がわなわなと揺れる。空間を埋め尽くすほどの莫大なチャクラ量が、太めの男からにじみ出ているようだ。畳間ほどではないが、それに追従するほどのチャクラ量―――サクモはいつでも反応できるよう、腰の短刀に手を伸ばした。

 

「なんだ・・・って、アカリかよ」

 

 剣呑な雰囲気を醸し出す元凶の2人―――そのうちの1つに見知った顔。畳間は慌てて自分の話を切り上げて、太めの男とアカリの間に割り込んだ。引きつった笑顔で霧隠れの下忍に牽制を入れた畳間が、アカリを勢いよく引っ張った。霧隠れの忍びに背中を見せるようにアカリと肩を組んだ畳間は、アカリのツンと澄ました顔へ、怒りの形相を浮かべた顔を近づける。「カガミ先生に大人しくしろって言われてただろうが!」と、小さい声で怒鳴ると言う器用な真似を見せる畳間に、アカリは不機嫌そうに鼻を鳴らした。

 

「そこのブタが身の程もわきまえず私をナンパしようとするからだ。うちはを舐めているとしか思えん」

「そんなわけねえだろ。あれだ、ほら。綺麗でセクシーなレディがいたら声を掛けたくなるのが、男ってもんだろうが」

「千手・・・」

 

 お世辞である。しかしアカリの不機嫌そうに細められていた目が、ゆっくりと丸くなっていくのを見て、畳間は作戦の成功を―――。

 

「貴様、私に欲情していたのか? 気持ちの悪い。触るな。しばらく話しかけるなよ、下種が」

 

 ふんと鼻を鳴らしたアカリは、畳間を突き飛ばしてすたすたと歩きだしてしまった。

 褒めたのに罵られ、気持ち悪いとまで言われた畳間は、そこまで言われる筋合いはないと憤慨する。ぶつぶつと文句を言いながら立ち上がって尻を叩ていると、畳間をじっと見ている霧隠れの下忍と目が合った。

 

「・・・。すまなかったな、霧隠れの人。誰にでもあんな調子でなァ。悪気はない・・・と思うんだ」

「お前、なんか大変そうだな」

 

 畳間がチームメイトの失礼を詫びれば、霧の下忍はなんとなく察したらしい。「構わねえ」と荒立つチャクラを引っ込ませ、にやりと笑う。覗いた歯はサメのように鋭く尖っていた。

 

「オレは木の葉の千手畳間。あんたは?」

「オレは霧の西瓜山河豚鬼(すいかざん ふぐき)だ」

 

 長髪に隠れている長刀が、かちゃりと鳴った。

 

 

 一悶着ありながらも無事に試験会場控室へと到着した一行は、適当な席に腰を落ち着けた。先の一件で、畳間とアカリは、他里の下忍たちに目を付けられたらしい。里ごとにブースが分けられていることが唯一の救いである。

 往来の場で名を明かした”千手”に対する警戒は相当なもの。畳間はその一挙手一投足を監視されていた。まるで針の筵のような気持ちの畳間である。そんなやつの傍にはいられないと、木の葉の同期達は無情にも、畳間からかなりの距離を取っていた。

 元凶のアカリすらも畳間から少し距離を置いて座っている。こちらを見ようともしないアカリの態度に、「本気で気持ち悪がってるのかよ」と畳間は軽く落ち込んだ。

 サクモは畳間の後ろに座っているが、中忍選抜試験に備えて購入したらしい白銀の短刀を見つめており、フォローする様子はない。下忍になって2年間の任務報酬金をすべて注ぎ込んだと言う忍者刀に、最近夢中なサクモであった。

 

「あ、いたいた。あんたらはやいわね」

「イナ、ここには来ない方が・・・」

「え、なにが?」

 

 

 中忍選抜試験の開始数分前に現れたイナたちは、回りの空気もお構いなしに畳間の隣に腰を下ろした。少し弱ったように制止する畳間の言葉も意に返さないイナは、「まだ始まらないのかしら? 緊張するじゃない」と全く緊張していない様子で笑っている。

 いつの間にこんなに肝が据わったんだ―――イナの鋼の心臓具合に畳間が慄く。イナと畳間が話をしていると、すすす―――とアカリが寄って来て、イナの隣に座った。

 

「あら、久しぶりじゃない。元気してた?」

「う、うむ。そなたも元気そうだな」

 

 笑って迎え入れてくれたイナに、アカリは耳を赤くして頷いた。

 以前は助かっただの、また手入れの仕方を教えてほしいだの、にこやかに話し出すイナとアカリに、畳間はハトが豆鉄砲を喰らったような顔をする。

 

「なんだお前ら、そんなに仲良かったのか。知らなんだわ」

「黙れ変態。今私はイナと話している。その臭い口を閉じろ」

「おまえ、それは酷いぞ・・・」

 

 畳間が落ち込んで項垂れた。アカリが満足げに鼻を鳴らせば、イナが「やめなさい」と窘める。アカリはむっと反論しようとしたが、後ろからサクモによって止められた。

 

「みんな、始まるよ」

 

 入室してきたのは、木の葉の上忍。名を猿飛ヒルゼン。扉間の側近で未だ班を請け負っていない彼は、中忍選抜試験の試験官の役割を任されたのである。”第一回合同中忍選抜試験”という仰々しい名前通り、開催の言葉も長く退屈なものであった。ヒルゼンによるありがたい長話のあと、ようやく試験の内容が知らされる。

 

 ―――これから解答用紙を配る。その問題に応えよ。解答用紙の回収は里ごとにまとめて行う。また、各里による不正行為防止のため、解答用紙は別の隠れ里の上忍が回収し、採点する。問題数が非常に多いと言うこともある。状況判断を違えずに回答を進めろ。

 

 どんなものかと身構えた畳間たちだったが、何のことは無い単なる筆記試験だ。下忍各々、異なる里の上忍によって配られた解答用紙を受け取って、第1試験が始まった。

 

 第1問目―――100の忍術、その印を文字で記せ。

 酉、申、未と印は多くあり、さらにそれらを連続で結ぶことで忍術は発動する。術を”印の名前”ではなく、指の動きと流れで覚えている、いわゆる努力型の天才肌には酷な内容と言える。

 畳間は机の下で1つ1つ印を結んで、印の順番とその名前を思い出すなど、一苦労だ。

 

 第2問―――自里における”高等忍術”以上の印を1つ記せ。高得点問題だ。

 第1問の100の忍術の中も、高等忍術はいくつか含まれていた。その後にこれである。しかも、”自里の”高等忍術以上の印と来たものだ。

 

 ―――なるほど、術のレパートリーを見る試験かと、あるものは笑った。

 

 ―――まさかこれは・・・と、あるものは潜む可能性に気づいた。

 

 第3問―――忍びとしての心構えを述べよ。

 心理テストを基にした、中忍になるにあたっての心構えを問う問題。一見○×の簡易テストに思えるが、これがまた難解で、忍びとしての洞察力を試すための引っ掛け、あえての誤字脱字、文法の変更、取りようによってはどうにでも読めるような文章を作るなど、ところどころに罠が隠されている。

 

「残り5分で試験を終了し、答案を回収する」

 

 ブースの前に現れたヒルゼンの言葉に、畳間は違和感を抱く。ちらりと別の里のブースへ視線を送れば、砂隠れの里のブースには同じく砂隠れの上忍、雲隠れの里のブースには同じく雲隠れの上忍が、答案回収のために現れているようだ。

 なんだこの違和感は―――思考の交錯。そのとき畳間は、この試験の裏側に気づいた。目を見開いて筆の動きを止め、消しゴムで解答を消していく。2つ隣をちらと見れば、アカリも同じく解答を消しているようだった。

 

「止め!!」

 

 第1試験終了の合図。各里の上忍が、各々の里の下忍から解答用紙を回収していく。

 

「ちょっと、だいじょうぶー? しっかりしなさいよ」

「疲れた・・・」

「おのれ2代目火影・・・」

「だめそうね」

 

 やってきた少しの休憩時間―――がやがやと騒がしくなる教室で、畳間とアカリが突っ伏して燃え尽きていた。

 

「第一試験合格者を発表する。静かにしろ」 

 

 さっそうと現れたのは2代目火影・千手扉間。

 千手扉間と言えば忍界広しといえど並ぶ者の無い”最速”の男だ。知らない忍びは”モグリ”も同義。

 生きる伝説として扉間を越える者はもはやおらず、並び立つとすれば、唯一雲隠れの金銀兄弟だろう。

 ”雲に二つの光あり”と謳われる金閣・銀閣兄弟は、うちはマダラが操り、千手柱間の手で封印される以前、九尾からそのチャクラを奪い、己のものとした。九尾をその身に宿すことなく”九尾の人柱力”と同等の力を得た金銀兄弟は、もはや生きる伝説として畏れられている。

 そんな有名人である扉間直々の登場だ。最速の忍びは採点すらも速いのかと、下忍たちはその高性能さに息を呑んだ。

 

 次々と合格者が発表されていく中、畳間、アカリ、イナ、サクモも名を呼ばれ、ほっと胸をなでおろす。

 以上だと締めた扉間が合格者の発表を終えた。しかし―――

 

「そんな馬鹿な! オレは全問答えたはずだ! 見直しもした! 間違いない!」

 

 名前を呼ばれなかった下忍だ。心当たりがあるのか、そうだそうだと喚き散らす他の下忍たち。

 なんつー命知らずなことを―――と、畳間は目を逸らす様に俯いた。噂ばかりで現実の扉間を知らないがゆえの愚行である。彼らの不幸を嘆き、畳間は六道仙人へと祈りをささげる。

 

「黙れ」

 

 静かな一言―――しかしその一言で、室内はがらりとその形相を変えた。扉間の重々しいチャクラが一瞬で室内を埋め尽くす。その圧倒的な力は、木の葉の上忍たちであっても冷や汗がにじみ出るほどのものであった。畳間は慣れて来たため受け流しているが、サクモやアカリは下忍昇格試験のときに見た鬼の形相を思い出してぶるりと背筋を震わせる。自里の若い衆にトラウマを植え付けていることに扉間は気づいているのだろうか。

  声を荒立たせていた下忍たちは、扉間の威圧の前にその口をぎゅっと閉じ、あるいはその体の震えを止めようと己の体を抱きしめていた。

 ふっと圧力を緩めた扉間が、身の程もわきまえずに吼えた下忍へ目線を向ける。

 

「この試験で試していたのは学力では無い。”判断力”だ」

 

 扉間がそこまで言って、察しの良い忍びたちは眉根をあげる。最初から気づいていた下忍たちはやはり―――と、己の考えの正しさに頷いた。この第1試験には、学力調査ではない裏の意味が隠されている。仲違いを誘い、その実チームワークを見定めた、かつての下忍昇格試験の様に。

 

 試験開始前の、猿飛ヒルゼンの言葉。

 ―――これから解答用紙を配る。その問題に応えよ。解答用紙の回収は里ごとにまとめて行う。また、各里による不正行為防止のため、解答用紙は”別の隠れ里の上忍が”回収し、採点する。問題数が非常に多いと言うこともある。状況判断を違えずに回答を進めろ。

 

 問題の一文。

 ―――”自里における”高等忍術以上の印を1つ記せ。

 

 他にも、ヒルゼンのスピーチや問題の中に、”その答え”に導くに足るキーワードは隠されていたのである。また、解答用紙の配布を他里の上忍にさせることで、答案の回収もまた他里が行うという言葉に真実味を乗せることも行っていた。

 

 そう。この試験の裏に隠された真実とはすなわち、『自里の情報を売り渡そうとしている己の迂闊さに気づけ』。

 

 裏の意味に気づかない忍びは中忍になるにはまだ早い。己が中忍になるために機密情報を売る者など論外である。ゆえに、”全問解答”は不合格。

 分身の術や変化の術など、どの里でも知られている共通の忍術だけを回答し、高得点の第2問を答えず、自里に不利益の無いまま点を取ることこそが合格の条件であったのだ。

 だからこそ、最後の5分で本当の回収者を明かした。最初に言った、”他里が答案を回収する”という言葉が嘘であると教えるためだ。ではなぜそんな嘘を吐く必要があったのか―――考えればおのずと答えは出る。これでも気づかないのなら、もう1回下忍をやり直せと言うことだ。 

 

 木の葉の下忍は扉間の性格を知っていたため、早い段階でその答えに辿りついた者も多かった。イナやサクモがそうである。しかし、他里の下忍に扉間の性格を測れなど無理な話。そのため、必然的に木の葉に比べてスタートダッシュが遅くなる。公平な条件に見えるこのルールは、その実、木の葉の忍びに対して甘い作りになっている。

 凄まじい人だ―――と、裏の意味に気づいた木の葉の下忍たちが震える。火影としての頼もしさと強かさ、そして身内では無い者への非情さに。

 

 完全に論破された不合格者が席を立ち、会場から去っていく。この後、自里の上忍にこってり絞られるだろう。高等忍術の漏洩―――例えるならば、畳間が”影分身の術”を外部へ教えるようなもの。

 

「恐ろしい試験だった・・・」

 

 さて―――残った他里の下忍たちは、今の圧倒的不利な情報戦を生き残った猛者たちだ。この先の試験がどのようなものになるかは定かでは無いが、油断は出来ない。

 畳間は突っ伏していた体を起こし、ちらほらと残る下忍たちを見定めた。

 

 

「なぜ私のパートナーが貴様なのだ、千手!」

「いや、そこは同じ里で同じ班だったことを喜ぼうぜ・・・。サクモなんて岩の忍びと組む羽目になったんだから」

 

 畳間はここにはいない相棒の身を案じながら、腐葉に覆われた地面を蹴りつけて駆け抜ける。

 

 第2試験―――それはチーム対抗による巻物争奪戦(サバイバル)

 

『各班に1つ配られる巻物を”3つ”手にし、森の中心にある塔へ届けろ』

 

 第2試験担当試験官・志村ダンゾウの言葉だ。至極簡単なルールで制されたサバイバルマッチ―――しかし、そのチーム編成が曲者だった。純粋な実力勝負を望んでいた受験者たちの淡い希望は粉々に砕かれて、それは提示される。

 このサバイバルに共に挑む相棒は、気心知れた自里の仲間ではない。里の垣根を越え、すべての受験者の中からランダムに抽出された即席の二人一組(ツーマンセル)―――忍びとしての基本を試されるサバイバルに加え、標的の奪取・防衛に関する駆け引きの技術、さらには即席のチームワークまで求められる。加えて、第一試験の内容を踏まえれば、他里の忍びである相棒へ、必要以上に己の手の内を明かしてはならないのだろう。

 さらに非道なのが、第2試験の舞台となった樹海だ。毒虫や猛獣などが無数に生息しており、手練れの忍びであっても死の危険と隣り合わせという曰くつきの森である。下忍たちの力量が、極限の状態で試される。

 

 畳間の言う通り、サクモは岩隠れの、イナは霧隠れの忍びとそれぞれニ人一組(ツーマンセル)を組まされている。ゆえに奇跡的な確率でアカリと組めた畳間は、自分の幸運に凄まじい感謝を述べた。

 

「巻物欲しけりゃ遺書を書けだなんて、堪ったもんじゃねぇよなァ」

「ほう? 死ぬのが怖いか、千手」

「そりゃ怖えさ。やりたいことが山ほどある」

 

 実際に一度死んでいることは言わない。

 思わぬ反応に、アカリは一瞬戸惑った。またすぐに憎まれ口を叩いたが、先ほどとは少し表情が違う。

 

「アカリ、止まれ」

 

 畳間の言葉に呼応し、アカリが立ち止まる。慣性に従ってツインテールが前後に揺れた。

 しゃがんだ畳間が数本の苦無を投擲する。目標は数歩離れた変色した地面、空中にピンと張った仕掛け糸だ。

 プツンと糸が切れる音と、金具が裂ける音。次いで発生した爆発―――仕掛けられていた起爆札―――に紛れ、金属の擦れる重苦しい音が鳴り、誰もいない空中を無数の苦無が飛び去った。腐葉土の下からは土色に塗装された鉄の罠が数個現れ、その歯を閉じる。

 トラばさみ―――足を踏み入れた者の肉を食い破るその罠は、一度食らいついた獲物を放さない。限定的ではあるが、足止めに有効なトラップである。さらに煙がもくもくと舞い上がり、トラばさみ周辺を覆い隠した。

 二重、三重と仕掛けられた罠。しかし、それだけではない。

 

 

「1,2,3・・・8か。ふん、お粗末な隠遁だな。丸わかりだ」

「待て、アカリ。こっちへ来い」

 

 チャクラを察知する”感知タイプ”の才能は後天的に身に着けることは難しい。アカリも畳間も感知における才能は乏しいが、チャクラではなく、足音や風の音で敵を察知する五感を研ぎ澄ませてきた。それでもやはり、天性の感知タイプの観察力には劣る。

 また、戦いの舞台となっているこの森は、太陽光を遮るほどの巨木が林立する樹海。常に薄暗く、忍びたちの視界を遮っており、身を隠すに打ってつけと言えるこの条件下だ。そんな条件の中、先の罠まで駆使しておきながら、敵の忍びはアカリに気配を察知されている。

 大したことの無い敵だ―――そう考えたアカリが腰だめに杖を構えた。

 

「吶喊する。後に続け千手!」

「いや、待てって」

 

 駆けだそうとしたところで畳間に後ろ襟を引っ張られ、踏鞴を踏んだ。けほっと咽て憤ったアカリの目前に、素早く迫った畳間の指先が迫る。鋭い痛みと、骨に響く衝撃―――でこピンだ。

 呆れた表情の畳間を涙目で睨みながら、アカリが額を抑える。険悪な雰囲気になりそうなところで、畳間が首の動きで周囲を示す。気配が消えていた。

 

「やつらどこへ・・・」

「幻術だ。即席かつ他里も入り混じったチームで、同盟はまずあり得ない。8人もいきなり囲みに来るわけねぇだろ。落ち着け」

 

 用意周到に幻術の術式まで彫り込んで、獲物が掛かるのを待っていたのだろう。畳間は”千手の者”として幻術、忍術、体術の基礎を扉間から徹底的に叩き込まれている。下忍レベルの幻術ならば、自力で解術するのは”わけない”。

 

「なんという屈辱か・・・この私が」

 

 うちは一族たる己が易々と幻術に掛かったことに対する自噴―――というよりは、幻術を掛けた者に対しての殺意が溢れ、アカリの瞳孔が爬虫類のような鋭さを見せる。

 

「アカリ、お前どこに吶喊しようとした?」

 

 畳間が声を潜め、アカリが目線で方角を示した。

 

「理由は何だ?」

「数が一番少ない場所だったからだが・・・。それがどうした?」

「ここまで周到に用意された罠だ。幻術の見せたものにも、意味があると思ってな」

 

 ともすれば、アカリが向かおうとした方角にあるのは新たな罠。であれば最も安全なのは、幻術下のアカリが避けた方角だ。畳間が苦無を放つ。

 

「アカリ、龍火だ」

「よかろう」

 

 畳間が投擲した苦無に結びつけられた、細いワイヤー。意図を理解したアカリが傍に駆け寄り、素早く印を結ぶ。畳間の苦無は草むらの中まで突き進み、その姿を晦ませたが、ワイヤーは途切れていない。口元に指の輪っかを寄せたアカリが、肺いっぱいに空気を溜め込む。

 

「寅ァ!! 火遁・龍火の術!!」

 

 しかし吐き出されたのは空気ではなく―――豪火。噴き出した炎がワイヤーを呑みこみながら、凄まじい勢いで走り抜ける。

 

「無事か、アカリ」

 

 カラン―――と、苦無がアカリの足元に転がった。アカリがこくりと頷く。

 術を放ち無防備になったアカリ目掛けて放たれた苦無を、畳間が弾き飛ばしたのだ。

 

「いきなり女から狙うとは、穏やかじゃねぇなァ。オイ」

「それはこちらのセリフだ。いきなり火遁なんて使いやがって。山火事でも起こすつもりかよ」

 

 畳間のドスの利いた声。剣呑な気配を纏い、鋭い視線を向けた先には、2人の下忍。額当ての印は、霧と雲。畳間の眼光を真っ向から受け止めたのは、雲隠れの男。

 2人の間で、火花が飛んだ。言い終わらぬうちに、苦無を投げ合ったのだ。苦無の軌道はお互いの喉―――ぶつかり合い勢いを殺された苦無が地面へ転がり落ちる。

 

 かくして、第一回中忍選抜・第2試験、最初の戦いが始まった。




元旦に投稿したかったんです。

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