綱手の兄貴は転生者   作:ポルポル

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写輪眼のアカリ

 写輪眼(しゃりんがん)

 うちは一族に伝わる血継限界。

 敵の動きを読み取り記憶し再現する瞳力を術者に与え、体内で発生するチャクラの奔流は、動体視力だけでなく、身体能力そのものを押し上げる。

 印を盗むことで敵の術を真似ることも出来るその器用さは、秘伝忍術を持つ数多の忍びに恐れられる瞳術である。

 

「しかしオレの熔遁は血継限界―――盗めはせんぞ」

 

 鬱蒼とした森の中、アカリとドダイが対峙する。

 術系統の血継限界は、生まれながらにして2つ以上の性質変化を宿した、所謂”天才”のみが扱うことが出来る才能である。写輪眼があろうとも扱える代物ではなかった。

 さて、片や写輪眼と”足手まとい”、かたや溶遁の術と水遁使い。畳間が動けない状況は圧倒的に不利だが、アカリは嬉しくて仕方がないと言うように笑っている。

 

「良い・・・良ィぞぉ。感じる、見える・・・。貴様らのチャクラの色が、その波が」

 

 ハアハアと興奮して口調で息を荒げ、艶めかしい動きでアカリが頬に手を添える。畳間が口の端を引きつらせた。

 相対しているドダイたちからすれば”うちは”が恐ろしくて仕方がないが、畳間も目の前のアカリが別の意味で恐ろしい。

 

 巳、未、申、亥、午、寅―――目にもとまらぬ速さで結ばれていく術の印。

 ドダイは霧の下忍を連れて逃げようとするが、畳間に奪われた片目が疼いたらしく、一瞬その体勢を崩した。霧の下忍が慌てて印を結び始める。

 一瞬早く印を結び終えたアカリが、空気を肺一杯に溜め込んで体を反らした。

 

 

「火遁・豪火球の術!」

「水遁・水陣壁!」

 

 アカリの口から吐き出される炎は見る見るうちにその大きさを増していく。溜めに溜められた業炎は人ひとり呑み込んで余りある巨大さへと成長し、ドダイたちへ迫る。

 霧の下忍が水遁で迎撃する。巨大な火の塊と水壁のぶつかり合い。敵もかなりのチャクラを注いでいるのか、その壁は厚く、巨大であった。

 

「うちはを・・・いや―――私を、舐めるなァ!!」

 

 ―――爆音。一瞬の拮抗の後、火の塊が水の壁を破壊した。飛び散った水は蒸気へと変態する。

 

「アカリのやつ、火遁で真っ向から水遁をぶち破りやがった・・・」

 

 畳間であっても火遁で水遁を打ち破るなど難しい。余程の実力差でない限りありえないそれに、畳間は絶句する。

 

「私は木の葉の下忍―――写輪眼のアカリ」

 

 爆風で吹き飛んだドダイたちに言い放つ。立ち込める煙の中、悠然と佇むアカリの背中―――風に舞い踊る髪に、畳間はその目を奪われた。

 背中を見せたまま、肩越しに振り返ったアカリが、優しげにふっと笑う。語る言葉も無いと一瞥したその様は、畳間への意趣返し。

 畳間が起こした一連の失態を行動で示してくるアカリに、畳間は「根に持ってるなぁ」と苦笑する。

 

「ここまでされて黙ってるってのも、男が廃るな」

 

 立ち上がった畳間は覚束ない足取りだが、弱音を吐いてはいられない。兵糧丸や増血丸など、ありったけの忍者食を口に放り込み、体の中のチャクラの流れと”点穴”を意識する。無茶だとしても、今、畳間は並び立たなければならない。己の不始末を、アカリにすべて拭わせることなど己の沽券に関わる。

 

 

「気を付けろ、奴の短刀、遅効性の毒が塗ってある」

 

 背を向けるアカリの耳元に口元を寄せ、畳間が囁く。

 耳に触れる吐息にびくっと震えたアカリに気づかないふりをして、畳間は続ける。

 

「オレのカツマルの治癒が間に合わん。いいか、喰らえば終わりと思え」

「そんなドジは踏まないさ。なァ、千手?」

「言ってくれるぜ・・・」

 

 にたりと粘着質な笑みを浮かべるアカリに、畳間が口の端を引きつらせる。

 アカリが杖を構え、畳間は苦無を引き抜く。未だ体は言うことを聞かないため、アカリを主体として動き、フォローに回る形になるだろう。 

 

 隣に並ぶアカリを、畳間は一瞥した。そのらんらんと輝く赤き瞳は、うちは一族の証明である。

 畳間とアカリ、今、千手とうちはが並び立った。

 畳間はその意味が分からない男では無い。感極まりそうで沁みる目の奥と、震えそうな体の奥―――爆発的なチャクラの奔流が、畳間の魂を焦がした。

 

「アカリ。オレ達は、うちはと・・・千手。思うところもあると思うが、この戦い、よろしく頼むぜ」

「千手と馴れ合うつもりはないわ」

 

 いつかのときをなぞるように、2人の視線が交差する。その声はまるで(うた)でも諳んじるかのように澄み渡る。

 

「馴れ合うつもりはない・・・って言われてもな。オレ達は二人一組(チーム)になったんだ。いわば運命共同体」

「ふ・・・反吐が出る」

 

 隣の男を一瞥し見つつ、アカリはその喉元へ、ツンツンと杖を突きつける。しかしその言動とは裏腹に、アカリはその頬に優しい微笑みを湛えている。

 

 そしてそれは、畳間とて同じだ。

 長く難しい道のりだった。まさか死に掛けないと仲良くなれないとは、さすがに思っていなかった。

 ”うちは”たる己の担当上忍が、優しい人で良かった。ダイには背を押され、サクモはただ静かに道しるべとなり、扉間は弟子の成長を願い多くの試練を与えてくれた。傍にいなくとも、イナに貰った温もりは傍にある。

 心細いなど口にしてみろ。それはもう、大嘘だ。

 

「だが―――」

 

 アカリは杖を手元に引き戻し、その切れ長の瞳で畳間を一瞥する。耳のピアスを指の甲でそっと弾いたアカリの仕草が、畳間の目を惹いた。 

 

「―――”友”の言葉になら、耳を貸そう。千手がどうなろうと知ったことではないが、”畳間”の立場を悪くしたくは無い」

 

 かつての下忍昇格試験の折、畳間はアカリにその野望を問うた。あのとき畳間は、形は違えど一族の夢を継ごうとするアカリに共感を覚えたのだ。そして魂の根本から、その夢を讃えたくなった。

 だからあの火影邸襲撃の際、畳間は己が施設へ戻ることと引き換えに、アカリとサクモを下忍にしてほしいと、扉間に頼むつもりで事に臨んだ。

 

 思えばあの時から畳間もまた間違えていたのかもしれない。忍びの本懐は自己犠牲だと、誰かが言った。畳間もまたそれを美徳とした。しかしあの試験で求められたものは自己犠牲などでは無いし、必要だったものでもない。

 

 求められたのは、理不尽を前に結束を選べる決断力と、同じ里の仲間を想う心。

 必要とされたのは、己が落とされるかもしれないという恐怖、己が下忍になるのだと言う邪念―――その2つを制す、真に気高い”忍び耐える覚悟”。

 

 請け負う任務が気心知れた仲で組まれたものであるならば、そんなものは必要ないだろう。しかしそうとも限らない。同じ里でありながら顔を合わせたことの無い者とているだろう。そういった者と組み、そして命の危機に晒されたとき、果たして仲間を思いやることが出来るのか―――決して、「自分が死ぬから逃げろ」と言う試験では無かったはずだ。

 

 アカリはあのとき、夢と言う名の”はらわた”を明かした。曲がりなりにも真っ向からぶつかろうとしていたアカリに、畳間はその”はらわた”を明かさなかった。

 ならば畳間がするべきことはただ1つ。ずっと先延ばしにしていた、”最初にして最後”の想いを伝えること。すれ違いを終わらせて、本当の意味でぶつかり合える戦友(とも)となるために。

 

「アカリ、オレの夢はな―――」

 

 

「畳間、2時の方角に苦無。霧の忍びは後方に戻り水遁でこちらを打ち抜くつもりのようだ。本体は隠遁、影分身で陽動を仕掛け仕留めろ」

「了解」

 

 畳間が霧の中で苦無を弾いた。

 ギョロギョロと縦横無尽に動き回るアカリの写輪眼は、霧にあっても敵の動きを逃さない。

 

「影分身の術」

 

 生み出した影分身に誘導を任せ、畳間は隠遁で気配を抑えた。

 ワザとらしくない程度に音を鳴らしながら駆ける影分身に、本体は静かに追従する。

 敵の水遁が直撃し、影分身が音を立てて消滅すると、同時に畳間は術者の方角へ疾風の如く駆け出した。

 

 畳間の意図に気づいたらしいドダイが溶遁の壁で進行を阻もうと仕掛けるが、チャクラを感知するアカリの写輪眼はそれを許さない。

 しかしドダイも優れた忍びである。

 霧によって幻術を封じられてはいれども、写輪眼はチャクラの色を見るため、ドダイの動きはアカリに筒抜けだ。だと言うのに、護謨の鎧に体を包んだ手負いのドダイはアカリ相手に一歩も引かず、食らいついているのだ。

 

 「捉えた。火遁・双竜炎弾!!」

 

 畳間は霧の下忍を己の気配察知領域―――圏界(けんかい)の中で察知する。

 高ぶった感情が魂を揺らし、畳間に新たなる火の忍術を与えた。窄めた口から吐き出された2匹の炎の竜は、霧の下忍の逃げ道を塞ぐように、左右から回り込む。炎竜がその咢で地面を抉り、爆発音が響いた。

 堪らず後方へ飛び下がった霧の下忍の両足が、地面から離れる。そこに生まれた一瞬の滞空時間、隙を突いた畳間がチャクラを一気に解放し、さらに膨大なチャクラを足へ注ぎ込んだ。

 

「がはッ・・・」

 

 畳間の頭突きを腹部で受け止めた霧の下忍は、血反吐をまき散らしながら吹き飛んでいく。

 吹き飛んでいく霧の下忍の背後に回り込み、畳間はその体を受け止めた。しかし、それは優しさの欠片も無い、片腕を突きつけただけの粗末な受け止め方だ。

 畳間の腕を基点にし、霧の下忍は背中側へ”く”の字に折れ曲がる。骨が軋む音が伝導し、霧の下忍は白目を向いて吐血する。

 

「今のは、瞬、身? はやすぎ・・・る・・・」

 

 痛みに気を失った霧の下忍を、畳間が地面におろした。巻物を探すために体を弄り始めるが、その体の構造に気づき、気まずげにため息を吐いた。

 

「突かば槍、振るえば薙刀、持たば太刀・・・ここまで使いこなすとは、大したやつだ」

 

 場面は変わり、アカリとドダイ。

 首を逸らし突きを避け、振るわれる杖をしゃがんで躱し、ドダイは足払いを仕掛ける。

 杖を地面に突き立てて蹴りの盾としたアカリは、突き立てた杖を軸にして回転膝蹴りを放つ。丁度ドダイの頭部を破壊する位置取り―――地面を押した反動で自分の体を押し上げたドダイは、放物線を描くようにアカリの上を飛んだ。

 変幻自在の杖使いを前にして、身動きのとれない宙へ逃げるとは―――アカリは回転する勢いに任せて突き刺した杖を地面から引き抜いて、振り抜いた。太刀ならば肉体を両断できる三日月の軌道。

 

 ドダイは空中で印を結ぶと口から護謨の膜を吐き出してその身を守る。

 しかし撓りを持った杖の勢いは殺せるものでは無く、ドダイは護謨に包まれたまま、遠方へと吹き飛んでいく。

 

「逃がさん!!」

 

 素早く印を結んだアカリが放つのは、火遁・豪火球の術。先ほどより小さいがゆえにスピードを増した火の塊がドダイを追った。

 爆発音ととともに炎が散開し、霧の中へ消える。

 

「っと」 

「これも防ぐか、うちは!!」

 

 護謨壁を踏み台に飛び、瞬身まで使った高速移動による、ドダイ渾身の襲撃だ。防げたのは、畳間が与えた足の傷の効果も大きい。回復手段を持たないドダイは、やはり長期戦におけるその不利を思い知った。

 

「貫けッ!!」

 

 変幻自在に蠢く杖は、ドダイとの攻防の中で遂に競り勝ち、その先端を鳩尾に叩き込んだ。

 護謨の膜があろうとその衝撃は殺せるものでは無かった。ドダイは肺の中の空気を吐き出しながら、地面を滑り飛んで行く。

 乱れた呼吸、痛む鳩尾を堪えて立ち上がったドダイのまわりから、霧が晴れていく。ドダイはその意味を悟り、悔しげに面を伏せた。

 

「うちの相方がやってくれたようだ。貴様も覚悟を決めろ」

 

 霧が晴れた―――前門のアカリ、後門の畳間。袋の鼠となったドダイは、畳間に担ぎ上げられた霧の下忍を一瞥する。

 

「負けたか・・・」

 

 畳間の怪我はカツマルによって治癒され続けている。

 万全には程遠いが、霧の下忍を上回る強さを持つ畳間と、写輪眼を持つアカリに前後を抑えられた今、もはや逆転勝利は無い。どちらかを道連れに死ぬくらいなら出来るだろう。しかしこれはあくまで中忍試験であり、死にに来ているわけではない。

 とはいえ、このまま殺されないとも限らない。ドダイは巻物を地面において、見逃して欲しい旨を伝える。

 

「本物とも限らん。殺して奪い取る!」

「止めろ、アカリ。良いだろう」

「畳間、貴様何故だ!」

「これは試験であって殺し合いじゃない。それに、さっきの借りもある。木の葉の忍びは卑劣ではない。すまなかった。こいつも連れて行け」

 

 

 名前を聞いておきながら、ドダイが言い終わらぬうちに仕掛けた、あのやり取りのことである。義理に欠ける行為は、敵であってもあまりしたくはない。

 畳間が一歩下がれば、ドダイも一歩畳間に近づき、アカリが前に出る。

 距離を保ちつつ場所を変え、アカリは巻物を回収する。

 アカリと畳間が仕掛けてこないことを確認したドダイは霧の下忍を背負い、瞬身の術でこの場から姿を消した。

 

「アカリ!」

 

 いきなりの死闘、写輪眼の酷使に、忍術の大盤振る舞い。チャクラを使い果たしたアカリは、ドダイが逃げたことを確認したと同時に、その意識を飛ばした。

 崩れ落ちるようによろめいたアカリに駆け寄ってその華奢な体を抱き留めた畳間は、泥だらけになったアカリの頬をそっと撫でる。

 眠るアカリの垂れた目じりと、緩んだ口元が微笑ましい。

 

 

「お疲れさま」

 

 すやすやと眠る森の美女を横抱きに持ち上げて、笑いかけた。

 しかし畳間は本来、アカリの比では無いほどの重症である。カツマルの治療と、”チャクラの開放”によるブーストにより保っているが、いつまでも持ちはしない。

 

「はぁ・・・先が思いやられる」

 

 アカリのおかげでなんとかなったものの、1戦目からこの難敵である。このレベルがうようよいると思うと、畳間は嫌気しかしてこない。

 畳間はため息を吐いて、その場から姿を消した。

 

 

「むぅ・・・」

「起きたか、アカリ。ほら、水だ」

「すまぬ」

 

 削った木材で作った筒を、寝ぼけまなこのアカリが受け取った。並々と揺れる水は森の恵み。冷えた水が喉を潤し、アカリは意識を覚醒させる。

 

「私はどうなった?」

「1日と半日寝てた。いきなり写輪眼を酷使して疲れたんだろ」

 

 

 霧の中で敵を探るため、覚醒したばかりの写輪眼にチャクラを流し込み続けた結果だ。試験が終わったら畳間の祖母であるミトに検診をしてもらった方が良いだろう。

 扉間から伝えられている写輪眼のさらに先―――万華鏡写輪眼は、酷使すると失明のリスクもあると聞く。ただの写輪眼とはいえ、用心するに越したことは無い。

 検診の旨に了解の意をしめしたアカリは、空になった筒を畳間に返却し、ふうと息を吐き出した。

 

「敵は?」

「大丈夫。周囲は気配遮断の結界で覆ったし、鳴子の結界も作った。すずめの涙ほどのチャクラで作った影分身を、いくつか巡回に出してもいる。敵が近づけば分かるさ」

 

 腰のポーチから兵糧丸を取り出してアカリに渡す。カツマルによる治療と、睡眠による自然回復に加えて、医療食品による滋養強壮を合わせれば、しばらくは大丈夫だろう。

 少し過保護に過ぎるかもしれないが、扉間の修行において、畳間の扱いはだいたいこんな感じである。

 

「そうか・・・すまん」

「なにが?」

「気を失って、迷惑を掛けた。不甲斐ない」

「気にするな。俺は影分身で、本体はそっちで寝てる。そろそろオレも限界だから、あとは頼む」

 

 

 ぼふんとアカリの目の前から畳間が消える。ぽかんとそれを見送って、アカリは本体の畳間が眠る方角を一瞥した。 

 

「損した気分だ。畳間め・・・」

 

 立ち上がり、感覚を確かめるように手を握り、開く。片足ずつ上げては下げ、肩を数度回す。閉じた瞳を開けば、2つ巴の赤い瞳。

 寝苦しさゆえに張った背中以外、不調は見られなかった。背中の張りも少しすれば気にならなくなるだろう。

 眠る畳間の傍に腰を下ろしたアカリが自分のポーチから携帯食料を取り出した。腹にたまるように作られた、木の葉食堂印しの忍者食だ。

 暇だなァ―――リスのような愛らしい仕草でぽりぽりと齧りながら、アカリは畳間が目覚めるのを待った。

 

「おはよう、アカリ」

「おはようではないわ! 気持ちよさそうに眠りおって!! ・・・もう、大丈夫なのか?」

「ああ、ばっちりだ。傷は深かったが、過酷なサバイバル自体は初めてじゃない。兵糧丸に増血丸、忍者食と医療食品を、ありったけ食ってから意識を飛ばしたからな。死ぬことはないと思ってたが、どれくらい経った?」

「私が起きたのが1日と半分。それからもう2日経った」

「ってことは3日過ぎたのか・・・。必要な巻物は後1つ。そろそろ動かないと、まずいな」

 

 全快には程遠い体の調子は、筋肉痛に眩暈に空腹に手や肩の張り、骨の軋みなど問題点だらけ。しかし、それは許容範囲内だ。

 そんな許容範囲が生まれたのは、主に扉間の修行のせい。

 鬼畜の所業だと思っていた数々の修行が身を結び、畳間としても乗り越えてきた甲斐があったと言うもの。とはいえ、不眠不休での任務遂行など中忍、上忍となれば当然のように増えてくるだろう。泣き言も言っていられない。

 

 簡単な食事を終えて体の調子を確かめた畳間は、影分身を哨戒に向かわせる。

 体に変化―――哨戒に出ていた影分身が消え、その経験が畳間の体に帰順されたのだ。

 

「影分身から情報が入った。獲物が掛かったようだ。もう1体の影分身がこちらに誘導している。準備しろ」

 

 立ち上がった畳間が、脇に置いていた短刀を腰に挿す。アカリもそれに続き、幹に立てかけられていた杖を握り締める。

 

 罠にかかったのは、砂と木の葉の下忍。木の葉の下忍とはいえ、畳間たちと同期でない者の方が多い。畳間とアカリにとっては知らぬ顔である。

 しかし向こうは知っていたようだ。畳間が”落ちこぼれ”ていると考えているからこそ、追ってきたのだろう。その程度の情報収集力の忍びはたかが知れる。そしてこの試験中に写輪眼を開眼したアカリもいる―――まず負けは無い。

 案の定と言ったところか、木の葉の下忍はアカリの写輪眼による幻術に呆気なく陥落した。ドダイのこともある。砂の下忍の力量が唯一不穏分子であったが、風遁しか使えなかったようで、アカリの火遁に呑みこまれて消えた。

 

「呆気ない・・・」

「お前やり過ぎだ。下手したら死ぬぞ」

 

 消し炭寸前で伸びている砂の下忍に、畳間は口寄せしたカツマルを付け、応急処置を施す。不必要な殺生は、本来あまり好まない。

 甘い奴め―――アカリが黒い瞳で畳間を一瞥する。しかし、こういう類の人間が憤激するときこそが一番恐ろしいのだ。アカリはつまらなそうに鼻を鳴らした。

 

 2つ目の巻物を手に入れて、畳間とアカリは森の中央に聳え立つと言う塔を目指した。

 

 

 塔に辿りついたアカリと畳間がまず初めに行ったことは、看板に記されていた『集めた巻物を開け』という指示に従う――――ことではなく、「疲れたァ」と床に倒れ込むことだった。

 蓄積された疲労は、そのまま眠れてしまいそうなほどである。しかし2人もさすがに忍びであり、その場で眠りこけることは無かった。

 

 開かれた巻物に記されていた口寄せの術式によって現れたカガミは、2人に労いの言葉を送ろうと笑みを浮かべ―――だらしなく寝そべる弟子の姿を目の当たりにした。だらしないと叱りつける一方で、あまりにも草臥れた2人の外見に、少し心配にもなる。カガミにとって特に衝撃だったのは、見下ろした際に視界に入り込んだ、畳間の”禿げ”。

 

 なにがあったのか聞くに聞けないもどかしさが、うちはカガミを襲う。

 アカリの雰囲気が変わり、写輪眼を開眼したことにも気づいていたが、それを上回る衝撃であった。ちなみに、畳間の禿げはドダイの護謨弾で引きちぎられたときのものである。

 

「やっと来たぁ! あんまり遅いから、心配しちゃったわよ―――って、す、すごい格好ね・・・。大丈夫なの、あんたたち。生きてるー?」

「呑気な顔を晒しおって・・・。私たちはいろいろあったのだ」

「ほんとうにな」

「なにそれ?」

 

 次の試験についての内容を簡潔に伝えたカガミが姿を消し、奥の扉からイナが顔を出した。

 体力的にも精神的に疲れ果てている2人は、イナの登場にも関わらず、ぐでーと倒れたままだ。ラフな格好をしたイナは、相当前に辿り付いていた様子である。

 

 イナが言うには、最初こそ地形の把握や相方との親睦で時間がかかったが、ある程度のコミュニケーションを取った後は、怒涛の勢いで攻勢に転じたと言う。

 感知タイプとしての天性の才をいかんなく発揮し、サーチ&デストロイを繰り返した結果、イナの第2試験はおよそ半日で終結した。それから3日、イナは家にも帰らないで、カガミと共に畳間の到着を待っていたのだと言う。

 なんて良いやつなんだと、畳間はイナの優しさを受けて感動に震える。一方アカリは、最速で塔に辿りつきながらも、すでに帰ったと言う薄情な6班最後の1人に、内心で唾を吐きかける。

 なにがあったのかと尋ねるイナに、畳間とアカリが自分たちの苦労を語り聞かせる。畳間の口から出て来た名前を聞いて、イナはぱちぱちと瞼を瞬かせた。

 

「ドダイ? 雲隠れ最強の下忍だって言われてる人が、確かそんな名前じゃなかったかしら」

「みたいだな。おかしいと思ったんだよ、あの強さ。2組目はたいしたことなかったから余計にな。ったく、なんで初っ端からそんな奴と・・・」

「ほんっと運無いわねぇ、あんた。でも、生きててよかったじゃない。―――お疲れ様」

 

 白魚のような指先―――寝そべる畳間に、イナが手を差し出した。にやっと笑ってその手を握り締め、畳間は起き上がる。

 立ち上がった畳間の、泥と血で汚れきった頬に、イナが優しく片手を添えた。空いた手で持ったハンカチで、血と泥を拭った。

 

「おい、イナ。汚れっちまうぞ」

「いいのよ。じっとして。良い子だから・・・」

 

 じっと目を見つめるイナに何も言えず、畳間は直立不動のまま、気まずげに視線を逸らした。それを了承の旨としたイナは、優しく血と泥を拭う。汚れの下から現れた、真新しい傷痕―――傷は塞がっていても、その痛々しい痕跡はもはや消えることは無いだろう。

 

「名誉の負傷だ」

「馬鹿なこと言わないの!」

 

 誇らしげな顔をする畳間の頬をイナがぺちぺちと優しく叩き、その傷痕を労わるように指先でそっとなぞる。

 触れるか触れないかと言う絶妙な力加減がくすぐったく、少し身を捩った畳間の尻に衝撃が走る。

 

「おごッ」

「気持ち悪いわ、ヘタレめが」

 

 いつのまにか立ち上がっていたアカリが、デレデレとする畳間の尻に蹴りを打ち込んだのである。不機嫌そうに鼻を鳴らし、アカリは可愛らしくそっぽを向いた。

 畳間はと言えば、疲労困憊の体に受けた衝撃は思いのほか大きく、膝をついてぷるぷると震えた。畳間の体はその衝撃を以て限界を迎える。自重すら支えられないと腕を振るわせ、「ちょっと、手を、手を貸してくれ」と訴え、ぱたりと床に倒れ込んだ。


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