綱手の兄貴は転生者   作:ポルポル

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雲隠れ編
二代目火影


 日の出より少し早くに目を覚ました畳間は、健やかな寝息を立てている綱手と縄樹を起こさぬようにひっそりと家を出た。大きめの鞄を肩に背負い、堂々と道を歩く。薄らと暗い空の下、ひんやりとした空気を大きく吸った。肺いっぱいに溜まった朝の空気が体を冷やす。見知った道を歩き門へと向かう道すがら、畳間は新調した外套に思いを馳せた。上忍昇格を祝して、両親と師である扉間から贈られた紫の外套―――背負うは二文字は、誇りの”千手”。

 畳間が目的地である”あ”ん”の門に着いたところで、待ち人の姿は見受けられなかった。交代制の門番が、薄暗い道を見張るのみである。

 

 畳間の存在に気づいた門番が、仰々しく礼をして見せた。畳間も倣って礼を取る。

 

「これはお孫様。御噂はかねがね」

「おじさん、お久しぶりです」

「ええ。凛々しくなられた。まるで先代様の生き写しだ」

 

 この男、かつて畳間が角都と死闘を繰り広げ敗北したあの日、畳間を見送った門番である。長年門番という役職に就き、里を出る者たちを、里へ戻った者たちを迎えて来た。里を出たきり戻ってこないものも、冷たくなって戻ってきたものも、すべてを見て来た男だ。

 かつてのやんちゃ坊主が、よくぞ立派に成長したものである―――男は、誇らしげに”千手の外套”を纏う畳間を見て、微笑んだ。つい先日も、演習場を壊滅させたと言う噂で里は持ちきりだったが、それもまた元気な便りというものだ。

 

「おお、畳間か。お前が一番みたいだな」

「猿の兄貴、おはよう。―――髭は?」

「あぁ、いや、それがなァ。ビワコのやつがな、護衛として行くなら正装しろと、無理やり・・・」

「ああ、(あね)さんが」

 

 畳間が門番と談笑することしばらく、男が一人現れた。名を猿飛ヒルゼンと言う。

 ヒルゼンの姿を見止めて、畳間は門番との会話を手早く切り上げた。

 蓄えていたはずの髭をそり上げて、加えて目じりに少量の隈取を塗った彼の容姿は、普段よりもだいぶ若々しい印象である。ヒルゼンは少々、童顔なようだ。

 ヒルゼンの相方であるビワコが、ヒルゼンに髭を剃らせたのは、いまヒルゼンが言った理由だけではないだろう。畳間やサクモがヒルゼンの髭を”渋い”と評価していた一方で、”むさくるしい”、”勿体ない”という苦情が、女性陣から上がっていた。父の跡を継いだヒルゼンは、今や里の最高幹部の一角。役職に相応しい貫録を出そうと、形から入って髭を蓄えていたのかも知れない。けれどもこの様子を見るに、婚約者であるビワコも他の女性陣と同じような意見だったようである。

 

「お、畳間。それが扉間様に頂いた衣か?」

 

 外套を羽織った畳間の姿に、ヒルゼンが「ほぅ」と感嘆の息を吐く。先代火影・千手柱間の面影を見て、その憧憬を抱いたからである。また、畳間が火影邸を駆け回っていたころから、ヒルゼンは畳間を知っていた。歳の離れた弟のようなものだ。その幼少期のころから見守って来た、手のかかる弟弟子―――畳間が立派に成長した姿は、情が深く涙脆いヒルゼンの涙腺を刺激した。

 

「くぅ、先代様、見ていらっしゃいますか」

「なあ、猿の兄貴。どう、似合ってる? この千手って文字、気に入ってるんだけど」

 

 目頭を押さえて、ヒルゼンは火影岩に語り掛けた。しかし畳間はその場で踊るように一回転し背を向けて、親指で背中の二文字を指し示す。

 はしゃぐ畳間の姿は、ヒルゼンの感動を壊すには充分だった。目頭から手を離して、困ったように頭を掻く。外見は大人びても、中身はあまり変わっていないようである。けれども良い意味で変わらない弟弟子の姿に、ヒルゼンは湧き上る笑みを堪え切れなかった。

 ところで、とヒルゼンが目を細める。

 

「お前、またやらかしたって聞いたぞ」

「面白おかしく生きる、それがオレの忍道だから」

「ったく、懲りない奴だな、お前というやつは。あの大蛇丸から”猿飛先生が良い”などという言葉を聞くとは思わなかったぞ」

 

 大蛇丸の言葉が相当嬉しかったのだろう。後光を感じるような朗らかな笑みを浮かべるヒルゼンに、畳間は眩しさを覚える。

 

「へえ、大蛇丸がそんなことを? 兄貴に懐いてるんだなァ。案外かわいいところもあるんじゃねェか」

「うむ、師匠冥利に尽きるってもんだ」

「そういうことなら、きっと兄貴と大蛇丸の相性は良いんだろうな」

 

 畳間は自分もそんなことを言われるような師になりたいと、内心で燃えていた。少なくとも、畳間自身は扉間を尊敬してはいるものの、扉間じゃなきゃ嫌だとは言えそうもない。複雑な気分である。

 

「猿飛と畳間・・・。まだ二人だけか」

「ダンゾウか」

「ダンゾウさん、おはようございます」

 

 

 二人の前に現れた忍びの名は志村ダンゾウ。顎に十字傷を持った彼は、ヒルゼンと共に扉間の教えを受けていた、ニ代目側近の手練れのうちの一人である。その実力は木ノ葉における最高戦力たる猿飛ヒルゼンに勝るとも劣らない。

 畳間の挨拶に「おう」とそっけなく返したダンゾウは、近くの壁に寄りかかって瞑目してしまった。

 

 志村ダンゾウと猿飛ヒルゼンは幼馴染である。そのヒルゼンに、ダンゾウが強い対抗心を燃やしているらしいということは、畳間も気が付いていた。

 畳間はヒルゼンに対して、”舐めた”言動ばかりが目に映るが、それはヒルゼンの懐が深いことを理解している畳間の”甘え”であって、本質的にはヒルゼンに懐いている。

 それが原因か、あるいは誰にでもそうなのか。ダンゾウはあまり畳間と関わろうとしていない。けれども畳間を嫌っているのかと言えば、そうでもない。畳間もまた、ダンゾウを嫌っているわけでは無かった。ただ気難しい人なのだろうと察して、必要以上に踏み込もうとは思わなかったのである。

 

 険悪とは言わないが、友好的ともいえない雰囲気の中に、一人、忍びが加わった。うたたねコハルと言う、妙齢の美女である。

 コハルは、扉間の側近として取り立てられた忍びの中で、唯一の女性である。女性だてらに男たちに負けない腕っぷしを誇るくノ一だが、その勝ち気そうな雰囲気の割に、内実はお淑やかである。優しく穏やかな彼女は、畳間の周囲にはいないタイプの女性。

 畳間はコハルと関わるうちに、周りにいる女性の”気の強い率”を改めて突き付けられた形となった。綱手、イナ、アカリ―――唯一おしとやかな女性が祖母ミトのみであると言う環境は、なにかしら考えさせられるものがある。

 一人、また一人と気配が増えていく。秋道トリフ、うちはカガミと言った木ノ葉においても名の通った英傑たちである。彼らに比べれば、畳間などまだまだ若輩だ。敬意を忘れず、一歩引いて先輩方と向き合った。

 

「先輩方、ご教授賜れれば幸いに存じます」

 

 錚々たる顔ぶれ。彼らは皆、二代目火影扉間直々に選りすぐられた精鋭。これより始まる新たな時代を、扉間の傍で見つめることを許された、次代を導くに値する若き火の意志たちである。畳間はその末席に加えられた。先日の急な上忍昇格は、そのため下準備のためでもあったのだ。

 

「おかしいぞヒルゼン。これは畳間じゃない」

「そうだなカガミ。オレもそう思っていたところだ」

 

 畳間の殊勝な態度に面喰ったのか、奇妙なものを見る目つきで、ヒルゼンとカガミは畳間を見ている。

 普段、畳間がカガミやヒルゼンに対して見せる態度と比べて、それはあまりにも畏まっていた。それが悪いと言うわけでは無く、「オレ達も敬えよ!」という苦情である。本心からそう思っているわけではないが、コハルやトリフに表している敬意など、二人は一度も示されたことが無い。

 

「どうしたのよ、ヒルゼン。良い子じゃない」

「言いがかりは止めてくださいよ、先生、猿飛兄さん」

 

 コハルの後ろに隠れるようにして、畳間が困った顔を浮かべる。

 このクソガキと、ヒルゼンが拳を震わせた。

 

「居た居た! 良かった、間に会ったみたいね」

「イナ、どうした。こんな朝早くに」

 

 なんだかんだと愉快気な一行の下に、女性が一人駆け寄って来る。前髪を垂らしつつも、短く整えた金髪を揺らしているその女の名は、山中イナ。上忍と成り、”精鋭”に数えられた畳間と違い、彼女は療養中のサクモと共に里に残る。サクモ、イナは里の象徴とし、畳間は政治分野において柱とする、扉間の意志である。

 

「最近、会えてなかったじゃない?」

「そうだな」

「あんた、また、しばらく里を留守にするんでしょ? だから、見送りだけでもって思って」

「おー、そうか。ありがとよ。嬉しいぜ」

 

 思わぬ人物の登場に目を瞬かせつつも、畳間はイナを迎え入れた。少し頬を緩める畳間を、ヒルゼンはにやにやと見つめる。邪まな視線を感じた畳間は、じろりとヒルゼンを睨みつけて威嚇した。けれども何時もの意趣返しか、ヒルゼンはおどけたように肩を竦めるのみ。

 そこに気を利かせたのが、うたたねコハルである。畳間を見送るイナの表情に感じ入るものがあったようで、コハルはヒルゼンの耳を摘まむと、ダンゾウの方へと引きずり去ってしまった。男の門出を見送る女心―――それを邪魔する者は許さないと言わんばかりの強硬策。コハルの所作に気押されたのか、大人組はぞろぞろとその後について離れていく。コハルは去り際に、イナへウインクを贈った。

 イナはコハルへ向けてぺこりと頭を下げると、畳間と向かい合う。

 

 

「ハンカチ、持った?」

「持ってる。止血丸も」

「そう・・・忍具は? 兵糧丸とか、巻物とかね」

「それなりにはな。けど、今回の外遊は雲との同盟締結だけだ。戦闘は無いだろうさ」

「あんたねぇ、気を抜いちゃダメよ。あんたそんなんだから、いつまでたっても火影様に免許皆伝もらえないんじゃないの。忍びたる者、常に警戒は怠るべからずなのよ」

「い、いや、しかしだな・・・」

「黙りなさい。あんたの評価は、火影様の評価。ひいては木ノ葉隠れの里の評価につながるのよ。上忍になったんだから、そういうことも、忘れちゃダメ」

「それは、そうだが・・・」

「口答えしない! 演習場の件も、帰ってきたらもう一度、ちゃんとサクモに謝るのよ? アカリのことは、私に任せて。カガミさんと一緒に、一度話し合ったから大丈夫だと思うけどね。分かった?」

「はい」

 

 たじたじの畳間に、イナは語り続ける。サクモの次に、畳間に先駆けて上忍と成ったイナ。彼女は、御旗とされたサクモや、これから”一族”を象徴する存在となる畳間よりも、上忍に相応しい心構えを持っているようである。

 

「雲隠れ、雷影様にも失礼の無いようにね。そこは、大丈夫だと思うけど。それにこの服・・・」

「ああ、これは、あたらし―――」

「襟も曲がってるし、ちゃんとなさい」

「はい」

 

 イナに襟を正され、されるがままの畳間が項垂れる。新しい衣を、自慢したかったのである。

 

「あのね、畳間、これ・・・」

「うむ? なんだこれ」

「ま、待って。振らないで!」

 

 畳間の襟から手を離したイナが、腰に巻いていた大きめのポーチを差し出した。ほどよくずっしりとした重さ。伝わって来る熱。受け取った畳間は不思議そうな表情で、それを軽く揺らした。畳間の行動に少し慌てた様子で、イナがそれを止める。

 

「お弁当、作って来たのよ。よかったら食べて欲しいなって、思って・・・」

 

 俯いたイナの頬に、仄かな朱色が差し込んだ。らしくなくもじもじと身を捩らせるイナの姿に、畳間もまた少々の気恥ずかしさを覚えた。礼を言い、弁当の入ったポーチを腰に巻く。鞄の中は外遊中に使用する替えの衣服やらが詰まっていたため、有難い気遣いだった。

 畳間からの礼に、イナは嬉しそうに笑う。残したら許さないんだからねと、少々の毒は照れ隠し。しかしその後すぐに、イナは少し寂しそうな表情を浮かべた。しばらくぶりに会えたと思えば、また長期間会えないようになる。やはり、堪えるのだろう。

 考えだしたら、止まらない―――しょぼんと俯いてしまったイナの頬に、畳間は掌でそっと触れた。目にかかった髪を優しく掃うと、長いまつ毛が震えるイナの瞳を覗き込んだ。畳間の目じりが、優しく下がる。

 

「イナ、いつもありがとう。随分と待たせちまったが、オレが上忍になってから―――そう、思っていたんだ」

「た、畳間・・・」

「この同盟が締結されれば、じいちゃんの悲願も達成される。そうしたら―――」 

「―――時間だ。ゆくぞ」

 

 ぴたりと、畳間の会話が止まった。静寂を取り戻した街路に乾いた足跡が響き、鎧のこすれる金属音が近づいてくる。ぽかんと固まるイナと畳間の隣を颯爽と通り過ぎた(おとこ)―――揺れる外套に背負う文字は『二代目火影』。

 初代火影千手柱間、雷影初代エーからの悲願であった木ノ葉・雲の同盟が、遂に締結される。

 扉間はその最終会談のため、雲隠れの里へと赴くことになる。先日に上忍と成った畳間を側近として新たに迎え、ヒルゼンたちと共に、この会談に同行することを指示した。畳間の役目は扉間の”鞄持ち”だが、その本質は”学び”。二代目火影扉間の外交術を、そして他里の”影”を直に見て、見分を広めることこそを本分とする。それはすなわち、時代の節目に立ち会わせると言うことに他ならない。

 

「二、二代目様・・・」

「む・・・? なんだ」

 

 困ったように笑うヒルゼンに、扉間は訳が分からないとばかりに首を傾げる。

 がくっと肩を落とした畳間とイナ。呆れたように笑うコハルとカガミ。ホムラとトリフが肩を竦めれば、ダンゾウが鼻を鳴らした。

 

  

「じゃあ、行ってくるよ」

 

 ともかく、この雰囲気ではもはや続きは伝えられない。この遠征が終わり、里に戻った時に改めて”それ”を伝えると、畳間は申し訳なさそうに笑った。けれどもイナはただただ嬉しそうに頷いて、それを受け入れる。

 畳間はイナに背を向けると、門の外で待つ仲間たちの下へ向かった。外套が風に揺れる。

 

「あ、畳間! その服、かっこいいよ!!」

 

 抑揚のこもったイナの言葉。畳間は背中越しに手を振って、それに答えたのだった。 

 

 

 

「火影殿。よくぞいらした。初代からの悲願の達成、感慨深い」

「うむ、雷影殿。此度の同盟、木ノ葉側としても、真に喜ばしく思う」

 

 雲隠れの里、雷影邸。無骨で巨大な岩の間に聳え立つ、これまた巨大な卵状の建造物である。

 その一室で、扉間は二代目雷影との会談の席に着いていた。タイプは違えど理想家な初代から”影”の名を受け継ぎ、主に政治面での功績をあげてきた二人。お互いに初代”影”の右腕として護衛、王佐の才を揮って来た。同じ二代目という肩書きを背負う者同士だからというわけではないが、お互いに共感するところも多い。

 

 長机に向かい合う二人の”影”。部屋の奥に座り、”雷”の文字を背に掲げた、二代目エー。入り口を背にし、傍らにヒルゼンと畳間を控えさせる扉間。

 扉間はちらと畳間を見る。雲隠れに着いたばかりのころ、他里という珍しい環境に、畳間は少し浮足立っていた。扉間をして少し心配になったものだが、今は立派に扉間の護衛として、分を弁えた言動を取り、控えている。情操教育も上手く成果を見せていることを、嬉しく思う扉間であった。

 

 同等の条件で結ばれる軍事同盟―――焦ることは無い。ゆっくりと、しかし確実に、木ノ葉隠れと雲隠れの同盟において、重要な要項の最終確認を進めていく。

 

「火影殿、そこの忍びが千手畳間か。うちのドダイから、話は聞いている。その若さで凄まじい腕の忍びであるとか。さすが柱間殿の直系で、火影殿の弟子と言ったところ」

「ふ・・・。これ(・・)もまだまだ未熟。先の大戦においては、そこの二人―――”雲に二つの光あり”という高名、木ノ葉にも届いている」

 

 しかし時折、話が逸れる。先の中忍試験の内容であったり、先代の生前に関する話であったり、かつての大戦の話であったり。腹の探り合いでもしているのかもしれない。同盟締結が決定しているからと言って、完全なる譲歩を見せるつもりは、扉間にはさらさら無いようである。

 特に先の中忍試験において畳間は、雲隠れ最強のルーキーに重傷を負わせ、棄権させている。少々の気まずさを感じつつも表情に出さず、黙して扉間の傍に控えている畳間は、ちらと雷影の傍に侍る二人の大男を見比べた。独特の被り物をし、頬に三本髭が刻まれた、長髪の男たち。

 雲の金銀兄弟と言えば、雲隠れが誇る最高戦力として有名である。畳間の祖母たるうずまきミトに封じられる前の九尾に戦いを挑み、丸呑みにされたかと思えば、九尾の腹の肉を喰らって生きながらえ、とうとう生還したと言う伝説を始め、話題に事欠くことが無い。先の第一次忍界大戦における、木の葉と雲の戦線においては、奪い取った九尾のチャクラを存分に揮い、前線で戦っていた千手一族を多数殺害している。扉間の伴侶が命を落とした戦いでもあった。

 

 当時赤子だったといえど、その話を人伝に聞いている畳間や、実際に戦場を知っているヒルゼンは、扉間とエーの話に、気が気では無い。私怨に囚われ、同盟を不意にするほど愚かな男たちでは無いことは重々承知のことではあるが、それはそれ。人の心は測りがたいからこそ、今の世まで戦いが受け継がれてきてしまったのである。

 ―――あるいは。これは踏み絵なのかもしれない。同盟の直前にお互いの憎しみをぶつけ、理解し合うことで、より確かな同盟へと至るための、前準備。お互いがお互いに憎しみを抱いていることを知っていてなお、次の世代、子供たちのために耐え忍ぶという固い決意の表明。真実、争いの無い世を求めていると言う切なる願い。

 

 学ぶことなど山ほどあると、畳間は突きつけられる。この会談が終わった後、今度は自分から扉間に師事しようかと、畳間は思いついた。瞑目して、亡き祖父を想う。畳間は戦争を知らない子供だ。大切な人を失う辛さは知っていても、戦争の傷痕を知るわけではない。それでも、祖父・柱間や師父・扉間が強く抱いていた想いを知っている。戦争という哀しみの、終わりが始まる―――その先頭に立って道を突き進み、遂に辿りついた英雄、千手扉間。彼の弟子であることを、畳間は誇りに思った。扉間に対しては、決して口には出さずとも。

 

「・・・え?」 

 

 ―――爆音。雷影邸の窓から覗く景色、雲隠れの里の一角が爆ぜ、消し飛んだ。呆けた、一瞬の隙、天井から襲い来る人影。金属の擦れる音―――畳間が咄嗟に対応できたのは、扉間に叩き込まれてきた修行の成果。逆手に持った苦無で天井からの奇襲を防いだものの、重力を味方につけて重さを増した攻撃は受け止めきれるものでは無かった。畳間は弾き飛ばされ、扉間から距離を取らされる。

 

「サル、無事か!」

「二代目様! くそッ、畳間、頼む!!」

 

 ヒルゼンが叫ぶ。ヒルゼンを襲撃した忍びは、畳間よりも一人多い二名。相手は相当の手練れのようで、ヒルゼンもまた弾き飛ばされ、窓ガラスを突き抜けた。ヒルゼンは空中で体勢を持ち直して扉間の下へ戻ろうとするが、更に屋上から降り注ぐ奇襲によって遮られ、為すすべなく落ちていく。

 

「火影殿! なにごとだ、だれぞ―――」

 

 畳間は影分身の術を使うと、分身を守るように前に出た。畳間の後ろで木遁の印を結んだ分身が、体に木の鎧を纏っていく。畳間は襲撃者と戦いつつ、影分身を扉間へと向かわせた。室内にいる襲撃者は三名。畳間が一人を相手にしているので、実質二名である。ならば、金銀兄弟が一人ずつ対応すれば、切り抜けられる。そう、考えた矢先―――、状況を把握しようと人を呼ぼうとした雷影の声が途切れた。

 

「ぐッ―――」

 

 次いで、扉間の苦悶の声。

 畳間の影分身が消滅する。

 ぞっとするほど禍々しいチャクラが室内に充満した。感知タイプでは無い畳間であっても、肌で感じ取ることが出来るほどの凶悪な殺意。憎しみの塊が、畳間の精神を襲った。

 しかしそれに怯えるほど、畳間は弱くない。腕を木に変えて目前の忍びの顔を殴りつけると、細く長く伸びた枝が忍びの鼻の穴、口から入り込み、後頭部から突き抜けた。

 一瞬の痙攣の後、襲撃者の体から力が抜ける。図らずも襲撃者の体を抱き留める形となった畳間は、その肩越しに、在ってはならない光景を垣間見た。

 

「―――!!」

 

 赤い(チャクラ)の衣を纏った怪物の禍々しい腕が、扉間の腹を貫いていた。

 居てもたってもいられず、畳間は腕を振り抜いて、襲撃者の死体を投げ捨てた。怒りに雄たけびをあげ、畳間は吶喊する。なぜ、このようなことになっているのか、畳間は理解できない。今日この日は、記念すべき日となるはずではなかったのかと、溢れ出る悔しさが止まらない。それでも今畳間のやるべきことは、二代目火影の救出、護衛である。

 扉間が、師が、血反吐を吐いて苦悶の表情を浮かべている様を見て畳間の心に湧き出した、震えあがるほどに激しい情念。それをぐっと抑え込めたのは、金銀兄弟に応戦する様子が無い理由を把握したからだ。血まみれの雷影の傍、返り血に濡れた銀閣の邪悪な笑みを、見てしまったからだ。

 扉間は、確かに老いた。還暦を迎え、全盛期を過ぎている。さらに戦いから身を引いて二〇年近く、戦場を駆け巡ったころに比べれば、勘も鈍っただろう。それでも、扉間は火影である。千手一族の、長である。並の忍びに、後れを取るはずがないのだ。しかし、金銀兄弟は並では無い。九尾のチャクラを全開にした、完全なる不意打ち。加えて、室内の襲撃者二名を討ち取ったその隙を突かれた扉間は、その奇襲に対応することが出来なかったのである。

 

 しかし扉間も並では無い。苦無を引き抜くと、己を貫いている腕に突き刺した。同時に膝蹴りを喰らわせ、腕の骨をへし折った。拘束から抜け出して距離を取った扉間の傍に、畳間が駆け寄った。大丈夫なのかと詰め寄る畳間は心配そうな表情を浮かべ、傷の手当てをしよう手を伸ばす。けれども扉間はそれを手で制し、鋭い眼光を怪物に向けた。

 

「それが九尾の力か。本物に比べればだいぶ格が落ちる」

「これが九尾・・・?」

 

 務めて平静に言い放った扉間を、怪物―――金閣が笑う。赤いチャクラの衣は、尾獣化の証である。確かに本物の九尾には数段劣るだろうが、決して侮れるものでは無い。現に、扉間が付けた傷は既に癒えているようで、折られたはずの腕はなんの滞りも無く動き回っている。

 ごくりと、畳間は喉を鳴らした。

 

 ―――すまん、みんな。ここまでかも知れん。

 

 かつてマダラが操り、柱間が封じた最強の尾獣、九尾。今、目の前に在るのは、確かにその名に劣らぬ暴圧を纏った怪物である。これでなお本物に比べれば格が落ちると言うのだから、笑えない―――だが畳間は、扉間の護衛。例え、それが名目上のものだったとしても、畳間は嬉しかったのだ。扉間の側近に、ヒルゼンやカガミと同等であると認められたことが、嬉しかった。ならばその命を賭してでも、忍びとしての役割を全うする。それが畳間の忍道であるからこそ、辛い修行を越えてこられたのだから。

 もはやここは敵地、生き残ることは難しい。思い出すのは、綱手の笑顔、イナの笑顔。アカリの膨れ面、サクモの呆れ顔。楽しかった日常。

 ゆえに皆に恥ずかしくない死に様を往きたい。畳間は決死の覚悟を抱き、扉間の前に出た矢先―――

 

「このようなことになってしまい、本当にすまない。火影殿」

 

 土の壁が吹き飛ぶ騒音、床が破壊された轟音。横っ面を殴られた銀閣が壁を突き破って外へ吹き飛び、頭上から殴りつけられた金閣は床を突き抜けて、一階まで叩き落された。土煙の中、ゆらりと現れたのは、血塗れの二代目雷影エー。

 

「このクーデター、察知できなかった己が不明を恥じる時間も無い。しかし火影殿、貴殿をこの場で死なせてしまえば、先代に申し訳が立たない。行って欲しい。金閣銀閣は、私が止める」

「―――心から、残念に思う」

 

 扉間の、畳間の決断は速かった。頷いた扉間が飛び去り、畳間が続く。その直後、扉間をいかせまいと地上から飛び上がって来た金閣であったが、二代目エーが飛び掛かり、それを阻止する。喧騒に消えていく雲隠れの英雄を見送って、畳間は神妙に目を伏せた。残して来た、ヒルゼンのことを想う。

 

「畳間、サルのことは気にするな。あれはワシの知る中で最も”できる”忍びだ。そうそう死なん」

 

 扉間は自身が傷の痛みを隠し、それが火影としての役目だとばかりに、畳間の心を鼓舞する。

 

「まずは雲を脱出する。畳間は分身をダンゾウたちの下へ送れ。里外で合流する」

 

 頷いた畳間は木遁分身の術を使い、散開させる。影分身でないのは、伝令役であるからだ。早々に消えられては困る。さらに口寄せの印を結びカツマルを呼び出して、扉間に張り付けた。こう激しく動いていては応急措置程度の効果しか得られないだろうが、無いよりは良いだろう。

 

 里の外を目指し空中を飛びかけている最中、畳間は地上に、隻眼の忍びを見つけた。遠目からも分かる独特の術―――十中八九、中忍試験で手合せをしたドダイ。一度、平時にて顔を合わせてみたかった。かつて自分を追い詰めた男に、敬意を持って。雲を観光するのも、悪くないと思っていた。

 畳間はすべての想いを振り切って、駆け抜ける。今は生き残り、木ノ葉に戻る。もう、振り返らなかった。

 

 

 鬱蒼とした森の中、枝の合間を駆け抜ける。畳間は呼吸が荒くなっている扉間をちらと見た。カツマルの治療が追い付いていないのか、あるいは―――

 

「おっちゃん、その傷・・・」

「うむ・・・。九尾のチャクラだろう」

 

 九尾のチャクラは、膨大な憎しみと殺意を纏った狂気そのもの。人の身には毒にしかならない。ゆえに金銀兄弟は讃えられたのだ。九尾のチャクラを制した、と。この世に九尾のチャクラを扱えるのは、人柱力か、木遁の使い手であった柱間くらいのものだ。

 しばらく走り、扉間は畳間に一端立ち止まる旨を伝え、共に地上に降りた。扉間は生粋の感知タイプである。仲間の気配が近くに在ることを感じ、この場所を合流点にしようと考えたのだ。扉間は呼吸を整えて、平静を保つ。

 

 カツマルと畳間は、扉間の傷の治癒にチャクラを注ぐ。畳間は扉間の表情を伺った。黙する扉間は、何を考えているのか分からない。今ならば、まだ確実に生還できる方法が残っている。飛雷神の術―――空間を飛び越える時空間忍術は、今この場から木ノ葉隠れの里へ瞬間移動することを可能とする。全盛期の扉間ならば、精鋭部隊全員を連れて帰っても余りある実力を秘めていた。けれども老いた今、一緒に飛べて、せいぜい二、三人程度。飛雷神の術に使うチャクラの量を考えれば往復は厳しく、全員の生存は難しい。さらに傷を負い、九尾のチャクラに犯されている今、”せいぜい二、三人”であっても、飛べるかどうか怪しくなっている。だが、扉間は火影。里に無くてはならない象徴である。畳間を含めて、精鋭チームが全滅することになっても、扉間だけは―――。

 

「二代目様、御無事でしたか!」 

「サル、か。良くぞ戻った」

「カガミ先生!」

「二代目様、畳間・・・」

 

 血と泥に汚れつつも元気な姿を見せたヒルゼンが、扉間の下にはせ参じた。続いてカガミ、トリフ、ダンゾウが到着し、しばしの後、コハルとホムラも合流に成功する。分断されていた精鋭部隊を合流させたのは、畳間の手腕によるところが大きかった。

 畳間の木遁分身によるリンク―――木遁分身は経験を本体に還元・蓄積させることが出来ない分、情報の共有を常時行っている。湿滑林の蛞蝓が持つ、意識の共感・共有能力に似た、木遁分身にのみ存在する独自能力。各人の下へ送った木遁分身が、誘導役としての役割を果たしたのである。

 

「囲まれたな・・・」

 

 扉間が瞑目し、指先で地面を触れる。チャクラを練りあげて、周辺の気配を探った。

 畳間は知らず、固唾を呑んでいた。早く言えと自分を急かす。あなただけ帰還してほしいと、扉間に伝えるのだ。

 静寂な森が逆に煩わしい。手が震える。死への恐怖は在る。しかし、かつての中忍試験で乗り切った。今畳間が感じている恐怖は、死そのものに抱いたものではない。

 ―――伝えたいことがあると、イナに言った。待っていてほしいと頼み、帰ると約束したのだ。

 

 

「敵は・・・二十。この追跡力からして、雲隠れ―――手練れの金閣部隊か」 

「金閣ってことは―――」

 

 二代目雷影は、すでに―――。

 

 畳間は、最後まで言葉を告げなかった。扉間は、静かに頷いた。

 手負いとはいえ、二代目雷影を殺害するほどの忍び。不意とはいえ扉間に傷を負わせるほどの手練れ。

 

「こちらは二代目様を含めて八人、これじゃとても」

「ホムラ! そんな弱腰でどうする。敵はまだこちらの位置をはっきりとは把握できてない。ここは待ち伏せして不意を突き、逃げ道の突破口を―――」

「無理だコハル。この場合、誰か一人が陽動で気を引くしかない」

「囮役か・・・。まず命は無い。一体、誰が・・・」

 

 しんと、静まり返る。

 扉間はじっと皆を見つめ、何かを待っているようだった。畳間もまた、皆の表情を伺った。不安げに俯いている姿は、怯えているようだった。唯一ヒルゼンだけは一度瞑目し、強い意志を宿した瞳を扉間に向けた。

 

 畳間もまた、瞑目した。きっとここは、畳間の分岐点。言葉に出来ずとも、畳間はそれを感じ取った。

 ここで逃げようとも、悪いことなど何もない。ただ、畳間の考え方が変わるだけだ。これから先、里よりも個人を優先するようになるというだけだ。里よりもイナを、忍びである前に人として、畳間は生きていくことになる。それは悪いことでは無い。イナは、生きて帰って来てくれて良かったと喜ぶだろう。仮に柱間が生きていれば、同じことを言ったはずだ。

 だが、畳間の心がそれを許さない。ここで己が悔いのために尻込みしては、畳間は生きていても死んでしまう。魂が、折れてしまうのだ。木ノ葉隠れの忍びとして、誇りある生き様と死に様を、畳間は望む。今、その覚悟を見せずして、”先の夢”に辿りつけるはずもない―――。

 畳間は深呼吸をして、静かに、しかしはっきりと言い切った。

 

「オレが行きます」

 

 二つの声が重なる。畳間とヒルゼンが顔を見合わせ、眉根を寄せる。

 

「ヒルゼン、畳間!」

 

 カガミの咎めるような声。

 

「心配するな。こう見えて、お前らの中じゃ一番できると自負してる。死にゃあしないよ。だから、畳間、お前も―――」

「ふっ、兄貴よ。敵は、あの金閣だ。九尾のチャクラを持つ怪物だ。尾獣に対抗できるのは、木遁しかない。オレが、適任だ。それに、オレには瞬身がある。みんなが逃げた後で、すぐに追いつくさ」

 

 困ったように笑うヒルゼン、肩を竦める畳間を見て、ダンゾウが表情を歪めた。

 ダンゾウは、怖かったのだ。一人、囮になることを恐れ、忍びとして殉職することを当然だと思いつつ、けれども行動に移せなかった。脳内では己を奮い立たせる言葉がぐるぐると回り続け、心の底では死にたくないと言う願いが体を縛り付けていた。現実的な死が目前まで迫った状況で、ダンゾウはイモを引いてしまったのである。

 ダンゾウは誇り高い忍びだ。里を慕い、火影たる扉間を信じ、敬愛している。だというのに、死から逃れたことを安堵してしまった。友と後輩が自分の代わりに死ぬと言ったことを、心のどこかで喜んでしまった。「自分は死ななくていいのだ」と、ほっと、安心してしまった。それが恥ずべきことだと、ダンゾウは知っている。忍びとしての誇りが、他ならぬ自分自身を責め立てる。臆病で弱腰な己を、他ならぬダンゾウ自身が許せない。

 

「黙れ、ヒルゼン、畳間! ―――オレが、オレが手をあげようと思っていたんだ! それを、お前たちはッ!!」

「ダンゾウ、お前・・・」

「……」

 

 何かを振り払うように、あるいは何かを堪え抑えるように声を荒らげたダンゾウの表情は辛そうに歪んでいた。ダンゾウの取り乱した様子に、ヒルゼンは戸惑ったような、困惑した表情を浮かべている。けれど、畳間にはダンゾウの気持ちが、なんとなく理解できるような気がした。

 ヒルゼンは心底、仲間のために死地への名乗りをあげた。恐怖を乗り越えた本当の勇気と、己を犠牲にしてでも仲間を守るという、受け継がれるべき火の意志を示したのである。

 畳間は、少し違った。畳間とて、ダンゾウと同じであったのだ。一歩決断が遅ければ、ダンゾウと同じ自責の念に駆られ、苦しんでいただろう。直前まで、畳間も悩み、戸惑っていたのだから。畳間は、別にそういったことで奮い立ったわけではない。確かに、そういった気持ちが無いわけではないが、決定打では無かった。そっちの方が、カッコいいと思ったからだ。

 

 怯えて逃げたと、自分を責め続けるよりも。尻込みしたと、呵責の念に囚われるよりも。きっと、この生き様こそが己の忍道だと、畳間は何となく思ったのだ。”千の手”に恥じない、友に誇れる、自分で在る―――と。

 

 ダンゾウと、畳間・ヒルゼンの違い。それはなにか。

 

 忍びとして”そう在るべき”という確固たる決意か? あるいは”そう在りたい”と願う強い意志か? 己の誇りを貫き守り通すと言う強靭な精神力か? 

 

 ―――いや、違う。ダンゾウと、畳間・ヒルゼンの違い。それは、千手柱間の”火の意志”だ。

 

 柱間は理想論者であったが、誰よりも里を愛していた。

 

 扉間は現実主義者であるが、誰よりも里を重んじていた。

 

 柱間は里を愛するがゆえに、自発的に皆が里を愛することを望んだ。

 

 扉間は里を重んじるがゆえに、何よりもまず里を守れと伝えた。

 

 忍びに最も大切なものは、”心”。命の危機に瀕した瀬戸際の状況で、最終的に生き死にを決めるのは、何をおいても、まず”心”なのである。

 確かに柱間のやり方では、現実的な面で不甲斐ない。けれども扉間の考えでは、精神的な面で遅れが生じる。ゆえに千手兄弟は、二人で支え合ってきた。同盟、終戦、里の興り―――柱間が辿って来た道のりは、扉間の現実的手段無くして実現しなかったものが多い。しかしその最後の一手に必要なものは、やはり柱間の”優しき心”であった。

 

 若さゆえに―――ダンゾウもあと数年すれば、仲間のために身を捨てることを選べただろう。ダンゾウは優秀な忍びだ。扉間が一際目を掛けるほどの逸材である。きっと、あと数年もあれば、自分の力だけでヒルゼンと同じ領域に辿りつけただろう。

 ヒルゼンは、柱間を知っていた。原初の”火の意志”を、直接受け継いでいる。畳間もまた、そうである。里への愛(柱間)と、忍びの掟(扉間)を知っている。今このときに差があるのは、当然のことであった。惜しむらくは、今このときに、”この瞬間”がやってきてしまったこと。

 ゆえにダンゾウは、恐怖に震える心から目を背けて、自分を振るわせることしか出来なかったのだ。

 

「自己犠牲は忍びの本分。オレの父も祖父も、戦場で忍びとして散った。だから―――」

「―――囮役はもちろん俺が行く。貴様たちは、これからの里を守って行く、若き火の意志たちだ」

 

 ダンゾウの言葉を遮った、扉間の宣告。ダンゾウは目を見張り、畳間とヒルゼンは息を呑んだ。

 

「だ、ダメです! あなたは火影なんですよ! 里にはあなた以上の忍びはいない!」

「ダンゾウよ。貴様は何かあるごとにサルと張り合ってきたな。しかしこの場に必要なのは、仲間同士の結束だ。私的な争いを持ち込むな」

 

 ダンゾウの心を見透かしたうえでの、扉間の淡泊な言葉。圧倒的な正論は、ときに人の心を追い詰める。

 ダンゾウは悔しそうに震え、俯いた。ヒルゼンは心配そうに、ダンゾウを見やる。それもまた、ダンゾウの心を蝕んだ。

 

「決断が遅かったのは事実。まずは己を見つめ、冷静さを欠くことなく己を知ることだ。今のままでは、仲間を危機に陥れる」

「―――オレは、ダンゾウさんに同感だ。おっちゃん、あんたは生きなきゃならねぇと思う」

「畳間・・・」

 

 俯いていたダンゾウが、驚いたように畳間を見た。畳間はしっかりと、扉間と向かい合っている。

 扉間は、弟子の眼光を受け止めた。思えば、このわんぱくな弟子はずっと、扉間と向かい合うことから逃げていた。この場、最後の最後で己と向かい合えるようになった弟子のことを思い、扉間は嬉しく思う。一方で、師としての”最後の仕事”を見せつける必要があるようだった。師に歯向かうなど、百年早い。

 

「二代目様と呼べと、言っているだろう」

 

 薄らと笑った扉間は、また次の瞬間には鋭い眼光を放っていた。

 

「畳間よ。貴様も、何かあるごとにワシに歯向かってきたな。最後の最後まで生意気な弟子よ。しかし貴様の”秘めたるもの”を想えば、それも当然だ」

 

 突然放たれた、畳間の核心を貫く言葉。畳間は動揺し、息を呑んだ。

 気づかれていたのかと動揺し。

 気づいていて尚も、変わらぬ厳しさを与えてくれていたのかと、厳しくも優しい扉間の情熱に、畳間は震えた。柱間に認められたときとはまた別の想い。灼熱のように滾る感情が、畳間を覆った。

 

「畳間よ、貴様が信じ、貴様が往くべき道を歩め。千手の名を背負い、新たに取るべき”手”を見せてみよ。―――任せたぞ」

 

 ―――任せた。扉間が、そういった。畳間が誰よりも尊敬する忍びが、畳間に”先”を託した。それが一つの終わりを意味することであっても、畳間は激情に震えた。ずっと、扉間が嫌いだった。ずっと、扉間を尊敬していた。柱間とは正反対のその大きな背中を、畳間は追いかけていた。いつか追い抜かして、見返してやろうと、そう思っていた。しかし扉間はずっと前から、畳間のことを認めていたのだ。畳間が”秘めた危うさ”を乗り越えて往く強さを持つと、信じていた。

 それが嬉しくなくて、何が嬉しいのか。目じりに光るものを浮かべ、畳間は肩を震わせて俯いた。

 

 扉間にはもはや、畳間に言うべき言葉は無い。万感の思いを、言の葉に乗せた。きっと、伝わっただろう。伝わっていなければ、扉間に見る目が無かったと言うだけである。ならば、心配事など在りはしない。

 扉間が畳間に任せたこと―――それは、千手のことであり、うちはのことである。里を任せるには、畳間はまだ若い。あるいはあと十数年もすれば、三代目を背負って足りる器であったかも知れないが、今はまだ―――。ゆえに、この場で最も強き心を持つ青年に、扉間は他のすべてを託す。

 

「とにかく、ダンゾウ、サル、畳間。その歳で焦ることは無い。いずれその時が来る。そのときまでその命、取って置け」

 

 もはや時間も無いと、扉間が立ち上がった。畳間もダンゾウも、それをじっと見ていることしか出来ない。扉間の壮絶な覚悟と強い意志を、感じ取ったからだ。火影として、若き火の意志を次代へ紡ぐことを優先しようとしている。最初から、精鋭部隊を見捨てさせ、一人生き残らせようなどと言う畳間の考えなど通用しなかったのだ。扉間は、それほど小さな男では無い。

 

「サルよ」

 

 ぽつりと、扉間の言葉。ヒルゼンは少し驚いたように、扉間を仰いだ。

 

「里を慕い、貴様を信じる者たちを守れ。そして育てるのだ。時代を託すことが出来る者を。明日からは貴様が―――火影だ」

 

 ―――木の葉を頼むぞ。

 

 全員が、目を見開いた。特に火影就任を言い渡されたヒルゼンは驚愕に言葉も無いようであったが、やはり”最も心強き忍び”である。次の瞬間にはその言葉の重さを受け止めた。謹んでそれを拝し、頭を下げる。

 扉間が集めた精鋭たちの中で、最も仲間を想いやり、最も早く決断を下せたヒルゼンに、扉間は後のすべてを託した。やり残したことは多くあるが、カガミ、畳間、ヒルゼン、ダンゾウ―――彼らが手を取り合えば、きっと上手く行く。扉間は、それを信じていた。

 

 もはや言うべきことは無いと、扉間が背を向ける。今生の別れになるだろう。ヒルゼンを始め、皆は扉間の背に最敬礼を捧げた。

 まずヒルゼンが、飛び去った。トリフ、ダンゾウが後を追う。動こうとしない畳間に声を掛けようとしたホムラを制止した後、コハルとカガミを含めた三人が姿を消した。

 

 畳間が、立ち上がった。ここでごねれば、扉間の信頼を踏みにじることになる。それだけは、畳間には出来なかった。だから畳間は、扉間に背を向けた。そして背中越しに万感の思いを込めて、言葉を贈る。

 

「二代目様。我が偉大なる師よ。今まで、ありがとうございました。どうか、ご武運を」

「―――畳間。そこは―――”おっちゃん”で良い」

 

 畳間は最後まで、扉間には勝てなかった。堪え切れずに頬を伝った熱さに気づかないふりをして、畳間は飛び去った。

 残った扉間は一人、薄らと笑みを浮かべた。

 

 

 ヒルゼンを先頭に、畳間を最後尾に、精鋭部隊は駆ける。火の国の国境を越えれば、とりあえずは安全だ。手負いの扉間が、どこまで持つか分からない今、少しの時間であっても惜しい。ゆえに、”それは”必然だった。

 

 精鋭部隊の中腹へ向けて、黒い”何か”が凄まじい速さで肉薄した。写輪眼を持つカガミでなければ、対応できなかったやもしれない。苦無でそれを弾いたカガミが部隊から外れ、すぐ後ろに居たコハルがカガミの下へ駆け寄った。追撃を行おうとする黒い”何か”を遮るため、畳間が飛び出し、木遁の術をぶつける。木を貫いて動きを止めた黒い”何か”を見て、畳間の全身が総毛立った。

 

「これは―――」

 

 なるほど。確かにおかしいと言えば、そうだった。雲隠れには、金銀以外の手練れとて存在する。風の噂によれば、全身を雷の鎧で覆い凄まじい強さを揮う巨漢もいるとか―――。

 いかに金閣銀閣兄弟であっても、火影と雷影、そしてその護衛や雲隠れの忍び全員を相手取って戦えるほどの人数を揃えることは難しい。ゆえに、考えてしかるべきだったのだ。

 

「貴様―――生きていたのか」

 

 盤上に布陣した金銀の背後にある、”別の駒”の存在を。

 

「それはこちらのセリフだ。殺したと思ったが、存外にしぶとい」

 

 隠れた、”角”の存在を。

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