綱手の兄貴は転生者   作:ポルポル

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お待たせして申し訳ありません、急ピッチで書き上げました
一応推敲しましたが、誤字脱字矛盾在りましたらご報告ください


木の葉の

 里が興るずっと昔のことだ。戦国の世で、うちはマダラと千手柱間は友であった。その二人が袂を分つきっかけとなったのが「弟」の存在である。

 

 当時、うちは一族を率いていた「うちはタジマ」と、千手一族を率いていた「千手仏間」は、”一族”を深く慮っていた。例え実子が命を落とそうとも毅然とした態度を崩さないその姿は時に冷酷非情にも映ったが、彼らは一族の存続こそが”要”であると、信じて疑っていなかったのである。故に両一族は、戦場に立った敵は、例えそれが女子供であっても殺し、あるいは殺されて来た。それはある意味で平等な関係であり、戦場に立ってしまった以上、柱間とマダラの弟たちが殺されることは、戦国の世の習いだったのだ。

 

 柱間とマダラは戦国という時代に、多くいた弟たちを奪われた。残ったのはたった一人―――友であった二人は、そのたった一人の大切な弟を、互いの一族の長に目の前で殺されそうになるという残酷な現実を突きつけられて、袂を分つことになる。

 やがて―――

 

 柱間は弟だけでなく、幼い子供たちすべてが守られるべき存在であると考え、その先にある夢を見つけた。

 

 マダラはたった一人残った弟だけはどのようなことがあろうとも必ず守り抜くと、強く誓った。マダラは深い親愛を向けていた柱間との絆を断ち切ってでも、弟を守りたかったのである。

 

 後に忍界最強の一角となるうちはマダラの実弟として、うちはイズナは育った。イズナは深い愛を注いでくれる兄に感謝し、深い尊敬の念を抱いていた。弟であるイズナの無事を祈り願掛けをするほどに信心深く、また一族を思いやる優しい兄マダラは、イズナにとって誇りそのもの。

 愛情と尊敬―――互いを想い合うマダラとイズナの絆は、時の流れと共に、より強固なものとなっていく。彼らはうちはが誇る二枚看板として、戦国の世に名を轟かせていった。そんな2人の前に立ちふさがったのが、因縁深き千手一族である。

 

 ある戦いの最中、宿敵・千手一族の長たる柱間が、停戦協定をうちは一族に申し出た。けれどもうちはマダラは―――いや、うちはイズナは、その呼びかけを受け入れなかった。「千手一族は信用ならない」と、イズナは言った。ならば、マダラはそれを信用する。例え内心では争いに疲れ、もう一度かつての友を信じたいと思い始めていたとしても、マダラはイズナの言葉を無碍にすることは出来なかった。それはイズナの言葉が、決して、憎しみから生まれたものでは無かったからだ。

 イズナは誇り高く傲慢なところがありながらも、その実誰よりも”一族”という括りを大切にしていた。”一族”を愛していた。うちは兄弟の中で最も、”父”の血を色濃く受け継いでいたと言ってもいいだろう。そんなイズナが”最後の弟”だったことは、マダラにとって幸運だったのか、不幸だったのか―――。

 

 「口寄せ・穢土転生」という術がある。死者を黄泉から呼び出して縛り、術者の意のままに使役するという卑劣な術だ。呼び出された死者は反抗することも許されぬまま、かつての家族を、仲間を殺す道具として、利用される。それは戦国の世にあっても鬼畜の所業。許されざる禁術である。ゆえに、その術を知る者はおしなべて嫌悪と憎悪、そして恐怖を、その術の使用者―――千手扉間に抱く。それは戦国最強の一角であったイズナであっても、例外では無かった。

 死んだ敵を利用して仲間殺しを強要し、あるいは人間爆弾として使い捨てにするという非道は、仲間、一族を重んじるイズナにとって、決して看過することのできない悪鬼の所業。ゆえにイズナは、穢土転生の開発者である千手扉間や、その実の兄の言葉など、信用に足る要素がまるでないと斬り捨てた。純粋で優しく、少々騙されやすい傾向のある兄―――マダラを貶めようとしている千手一族の策謀であると、信じて疑っていなかった。イズナはただ純粋に、優しい兄を守ろうとしたのである。

 

 そして、運命の日―――遂に千手一族とうちは一族が激突した。

 その戦いはいつもの小競り合いでは終わらず、遂には当主同士が激突するほどの大規模な戦闘へと到達する。当然、イズナもその戦いに参戦することになる。

 開眼した万華鏡写輪眼の能力を使い、戦場を駆け回り千手一族を殺害していたイズナ。その暴威を止めたのは、風を切り裂き疾風の如く現れた、千手扉間。

 柱間の木人が唸り、マダラの爆炎が轟く戦場を背景に、2人は激突した。二人の戦いは柱間とマダラの大規模な戦闘と比べて大人しいものであったが、その戦いは一手一手が計算されつくした殺意の詰将棋。最速の動きは時空をも凌駕し、伝説の瞳術は空間を歪めるほどの暴虐を示した。

 

 一手の失敗が死を招く殺人に特化した二人の(わざ)の激突は、己の力に慢心したイズナの見せた一瞬の隙にて、決着となる。

 千手扉間の刀がイズナの体を切り裂き、イズナは血を吐き散らして崩れ落ちた。焦燥に表情を歪めたマダラは柱間との戦いを放り出すと、イズナの下へと駆け寄っていく。

 柱間はイズナの下へ駆け寄るマダラの背をじっと見つめたが、追撃を仕掛けることは無かった。柱間の瞳に映っていたのは敵でなく、只々弟を案じるかつての友の姿だったのである。

 

 ―――戦いを、終わらせよう。

 

 放たれた柱間の言葉は、今までで最も深く、マダラの心に届いた。同じ兄としての”はらわた”が、二人を共鳴させた。常のマダラならば、いちもにも無く柱間の手を取っただろう。マダラは大切なもののためならば、頭を下げることを厭わない男だ。これまで再三にわたる柱間の要請を無碍にしてきたのは、信頼する弟の言葉があったからである。決してマダラ自身が、血で血を洗う戦いを好んでいたわけでは無かった。ゆえにマダラは一縷の望みを持って柱間の手を取ろうとしたが、やはり他ならぬイズナが、それを止めた。イズナは死に瀕して尚、千手一族は危険だと言う思想を譲らなかったのである。

 

 マダラが冷静であったなら、イズナを落ち着かせ、柱間の手を取っただろう。柱間が本当にイズナの言う通りの外道ならば、先ほど背を向けたとき、柱間はマダラを殺し、今頃は勝鬨をあげていたはずだ。けれどもマダラは冷静さを欠いていた。最愛の弟の危機という瀬戸際が、マダラの思考を狂わせたのである。一瞬の戸惑いの後、マダラは何時もの通り、柱間の手を振り払った。結果―――うちはイズナはそのときの傷が元で命を落とすことになる。

 

 写輪眼は現世とあの世を繋ぐ、超常の力。千手一族に殺害されると言う末路は、これまでにない深い憎しみをイズナに芽生えさせた。死後、イズナの肉体はマダラの手で丁重に葬られたが、その魂はあの世へ行くことは無く、輪廻の輪から外れ、現世を漂った―――その魂の根底に、千手一族への憎しみを宿して。

 

 イズナを失ったマダラは、イズナの遺言である「うちはの天下」を目指すため、千手一族と戦った。亡命者が続出して崩壊を始めたうちは一族を率い、マダラは少数の賛同者と共に、決死の戦いに臨んだ。最高の力を携えた死闘は、結果だけ言えばマダラの敗北で終わるものだ。けれどもその戦いをきっかけとして、マダラはイズナの死の悲哀を乗り越えることとなったのである。和解した柱間とマダラは手を取り合い、両一族の戦いは終わりを告げ―――やがて里という組織が生まれ、複数の一族を繋いだ。戦国の世は幕を降ろし、誰もがその瞬間を祝福を持って迎えたのである。

 

 そして時は流れ、時代が進む。

 千手柱間が”祖父”となる―――新たな世代を担うであろう、千手一族直系の誕生である。やがては次代を背負うであろうその子供の誕生を、いまかいまかと、誰もが待ち望んだ。千手柱間も、うずまきミトも、千手扉間も、うちはマダラも、誰もが―――そう、現世を漂っていたうちはイズナの魂もまた、ほの暗い喜びを宿して、その子供の誕生を待ち望んだ。すべては憎き千手一族を内側から崩し、滅ぼすために。母の胎内で眠る赤子の魂の中に潜み、イズナはいずれ来る覚醒の時を待った。

 

 生まれた子供はすくすくと成長したが、あるとき、突然の闇に浸食を受ける。魂を染められる嫌悪感と恐怖。発作的に湧き上る祖父や家族への憎しみと、理由のわからぬ破壊衝動。徐々に甦る自分のものでは無い記憶と感情。己が異形と化したような孤独感と絶望感に苛まれ、幼い心はぼろぼろと崩れ落ちていく。そんな心の隙間に、灰色の霧は入り込んでいった。体の芯に染み込んでいく憎しみと言う名の冷気は、震え上がるほどの生理的嫌悪を示した。子供の魂は徐々に変容し、やがて確固たる殺意を抱こうかというとき―――大樹の抱擁と微笑みが、それを押し止めた。

 その後、子供は大樹を失ったが、優しい月の光の下で涙と言う優しさを知る。燃え盛る灯りは植え付けられていた”死の楔”を燃やし尽くし、白銀と獣の友情が子供を少年から青年へと磨き上げた。そして今、知らぬふりをしていた恐怖を乗り越えるときが来た。

 

 畳間は静かに息を吐いた。

 心は凪いだ海の如く静まり返っているようで、その奥底では灼熱のマグマが燃え盛っている。沸騰寸前で温度を留めているように―――千手とうちは、相容れぬ二つの力を統率し、均衡を保つ。今までの畳間には決してできなかった所業である。

 

 触手の海に逃れた角都を、畳間は目の動きのみで追った。視界は様相を変え、様々な色と”流れ”が浮き彫りになる。チャクラの色を読み、その流れを知るという写輪眼の口伝は、なるほど確かに今の視界そのままである。

 つい先刻まで苦戦を強いられた触手の海と、そこを泳ぐ怪物。けれども今となっては、明らかに異様な色を見せている物体の補足など容易いことだ。

 

 畳間が地を踏みしめ、蹴りだし、駆ける。畳間が駆け出すと同時に、触手たちの動きが変わった。畳間が角都本体を補足したことに気づいたのだろう。真っ直ぐに突き進む畳間の行く手を、あらん限りの触手たちが塞ぐ。角都も本気になったのだろう。やはり今までとは比べ物にならない質と量であった。

 けれども畳間はそのすべてを捕捉していた。凄まじい速さで振るわれる拳には、木遁で作り上げた拳鍔。触手は砕かれ、地へと叩き落とされる。淡々とそれを行っていく畳間は、無表情のまま。眼球だけがぎゅるぎゅると縦横無尽に動き回る。凄まじい攻防。畳間は確かに走ることを妨げられたが、じわりじわりと前へ進んでいた。

 

 畳間には新たな力というアドバンテージが在り、角都はそれを危険だと判断し、冷静に分析しようとしている。それは結果的に戦闘行為に対する集中を欠くことに繋がっていた。それは高次元の戦いにおいて、一瞬の動揺、隙となんら変わらない。畳間は神速でそこを突き、千手柱間の力で再生された千手畳間の心臓を破壊しようとしているのである。その策が成れば、角都は柱間の力を失うだろう。ならばもはや覚醒した畳間の敵では無い。新たな力を利用し、一つ一つ丁寧に完全に、心臓を破壊していくのだ。

 

 角都の分身達が、畳間の前に立ちふさがった。チャクラを相当練り込まれているようで、明らかにチャクラの密度が違う。遠隔操作の触手とは違い、さすがに手ごわい相手となるだろう。けれども今の畳間には、なんら脅威を感じなかった。

 

 ―――木遁・皆布袋の術。現れた拳は、巨人のもの。並み居る分身を殴り、叩き潰す。唯一残った分身を、畳間は静かに殴り殺した。一瞬の静寂の中、畳間は拳を引き戻し、一歩進む。一歩、一歩。それはまるで無人の野を往くが如し。

 

「千手畳間ァーーー!!」

「……」

 

 もしも角都が遊びに興じず、渾身の力で殺しに掛かれば―――先ほどまでの畳間ならば、最初の競り合いで殺されていただろう。それをしなかったのは角都の性格であり、そうさせるために戦いの引き伸ばしに掛かった畳間の策である。それを理解しているから、角都は怒りを堪え切れない。

 一歩、一歩と近づいて行く。畳間と言う死神は、角都の命を刈り取らんと迫る。けれども角都の生への執念は、死の覚悟を持った畳間の上を行く。角都は遂に、奥の手を切った。

 

「がああああああああああああ!!」

 

 激痛に喘ぐかのような、角都の咆哮。同時に畳間の瞳が、角都の異変に気付く。

 角都の周辺に集まっていた4つの心臓。それぞれ異なった色を宿していた心臓から、それぞれの色が失われていく。四色のチャクラは、水が下流へ流れて行くが如く、角都本体の心臓へと集まっていた。それはかつて畳間の胸で鼓動を刻んでいたものに相違ない。今では角都の色を宿したその心臓は、色が混ざり合い、灰色へと変貌していった。

 渦を巻く灰色のチャクラは徐々に巨大さを増し、脈を打った。すべての触手が膨張し、蠢きだす。重なり絡み合う触手は脈を打ちながら、一つの巨大な塊へと変貌していった。

 畳間はすぐさま角都へ木遁による襲撃を仕掛けたが、そのすべてを、角都は打ち払った。チャクラのオーラが角都を覆う。膨大なチャクラは、空間を歪ませているかのような錯覚を畳間に与える。

 

 ―――震動。骨の芯に響くかのような、大地の震え。それを引き起こしたのは―――蜃気楼のように歪んだ空間の向こう側から、角都はその変わり果てた姿を現した。

 

「化物が……」

 

 畳間の呟き。見上げた先で、触手で出来た巨人が畳間を見下ろしていた。その大きさや姿かたちを、畳間は見たことがある。

 

(昔見せて貰った、爺さんの木人と同等か、それ以上……。やはりこいつ―――)

 

 千手柱間の力を吸収していたと考えて、間違いない。柱間はその力の大半を死者蘇生という奇跡に注いだが、それでもなお、柱間の力は畳間と言う器を零れる程度には有り余っていた。そのこぼれた力を、角都は吸収したのだ。それは柱間本来の力の何分の一程度の大きさだろうが、それでも、それは脅威と見て相違ない。

 

「それが貴様の切り札か、角都」

「貴様のせいで集めた心臓を使い捨てにすることになってしまった。償って貰うぞ、千手畳間。貴様の心臓でな」

 

 四つの心臓は、それぞれ角都が、強者から蒐集したもの。それらすべてのチャクラを一つに集めることで、本来の数倍に至る強大な力を得る―――角都が辿りついた、禁術・地怨虞の極み。今の角都は、現代の”影”に匹敵する怪物だ。発するチャクラは、比類なきもの。肌が痺れるほどの威圧感を、畳間は感じている。

 角都はこの状態になるのは初めてであったが、非常に馴染んでいることを感じている。まるでその姿こそが本来の状態であるかのように、指の先まで正確に感触を把握している。角都は高揚感と共に勝利を確信したが、もはや慢心など無い。背後に拳を作り出した。その数えきれない拳のすべてが畳間を捕捉している。かつて己を殺害した柱間の術を、角都は凄まじい恨みと共に覚えていた。

 

「―――禁術・真数千手。死ね、千手畳間!!」

「お、おおおおおおおォォオ!!」

 

 角都の拳の軍勢。その拳はもはやスカスカの触手では無く、一個の岩石のような密度を誇っていた。拳の流星群は、正確無比に畳間の頭上に降り注ぐ。畳間は雄たけびと共に、それを迎え撃つ。作り出した樹の大盾は一瞬で破壊され、木片がはじけ飛び、離れたところで地面に突き刺さる。雄叫びと共に次々と作り出す木遁の盾は、作り出した途端に瓦礫へと変貌していった。

 

 そして、直撃―――大地は抉れ、凄まじい轟音と共に震えた。土煙が立ち上り、畳間の姿が掻き消える。

 

「馬鹿な―――」

 

 勝ったと確信するよりも前に、角都は呆然とした呟きを溢した。土煙が晴れたそこには、信じられない光景があったのである。角都は驚愕に唇をわななかせて、零れんばかりに瞳を見開いた。

 その視界に映ったのは、抉れた大地、崩壊した木遁の大盾、そして―――骸骨の巨人。

 

「馬鹿な―――」

 

 それを角都は戦場で目にしたことがある。まだ角都が若かったころ、戦場を支配した最強の一族の片割れ―――その二枚看板が操っていた、紫色(ししょく)の死神だ。膨大なチャクラで編み込まれた紫の鎧は、あらゆる攻撃を防ぎ、敵を薙ぎ払う盾にして矛。角都はその暴威に震えたのではない、千手一族である畳間が使えることに驚愕したのである。

 

「―――ありえん……。貴様は、一体何者だ。千手だと言うのは偽りで、うちはの者だったというのか?」

「俺はうちはでも、千手でもない。俺は木ノ葉隠れの里の忍び―――畳間だ」

「減らず口を。だが、今の俺を越える者はいない。貴様の心臓を取り込み、さらなる高みへと至る」

「人の命を弄んで、何が高みだ。もうしゃべるな角都」

 

 スサノオが身を起こした。その姿は骸骨のままであったが、畳間の心情を現しているかのように、荒々しいオーラを纏っている。

 スサノオと巨人が向かい合う。それはかつてのマダラと柱間の戦いを再現するかのような立ち位置であったが、角都は柱間と比べるにはあまりにも小さく、畳間はマダラと比べるにはあまりに近い。

 

「それに……言ったはずだ。貴様は俺が殺す―――」

 

 二人の拳が、ぶつかる。  

 角都は己が強いと自負しており、そしてそれを証明することを好む。冷静沈着、頭脳派であると認識される一方で、暴力を振るうことに快感を覚えるサディストである。柱間の力を手に入れて更なる領域を知り、”極めた”と自負していた角都は、真っ向から己に立ち向かう畳間の姿に、ある種の敬意を抱き始めていた。ゆえに角都は冷静に、畳間のことを分析しなおしていた。

 千手畳間。初代火影、千手柱間の孫。二代目火影千手扉間の内弟子にして、後継者。その血脈にうちは一族が入る余地はない。近くに位置するうちはカガミ、うちはアカリは、畳間に瞳をくれてやる義理は無いし、万華鏡写輪眼を開眼していない。そもスサノオを発現しているうちはの忍びはここ数年の間、現れていない。一番最近の者で、千手柱間に殺害されたうちはマダラ、そしてその次が、千手扉間に殺害されたうちはイズナである。

 うちはイズナの眼は、うちはマダラが奪ったと伝わっている。それは後の世に伝わる”お伽噺”であり、”英雄”柱間に対する絶対悪として描かれた、創作上のマダラである。けれどもマダラの人となりを知る者は少なく、それが真実だと誰もが思った。角都とて例外では無い。ならば角都の辿りつく答えは、一つ。

 

「貴様のその眼、千手柱間がうちはマダラから奪ったものだな……」

 

 畳間は答えない。例えそれが間違いだったとしても、少ない情報からそこまで辿りつく角都の観察眼に舌を巻くのみだ。

 スサノオと巨人の拳がぶつかる度に、衝撃波が生み出される。空中で発生する轟音は空を響いた。

 遠くから二人の戦いを見ているのは、誰か。息を荒らげる緑装飾の若者。老夫婦に、子供たち。彼らは気づいているのだろうか。知るときが来るのだろうか。その轟音は、ある一人の若者が、彼らを守るために作り出した音だということに。

 

 はっきり言おう。このまま戦えば、千手畳間は敗北する。畳間の万華鏡写輪眼の能力は、巨大化した角都には通用しない。スサノオはその力の代償に畳間の力を奪い、畳間を消耗させる。柱間の力と言う平等な条件にあって、写輪眼の力を足したとしても、畳間は未だ角都に届かない。それは角都が生還後から今まで己の研磨を怠らなかったという確固たる理由がある。

 扉間の英才教育は凄まじく、潜在能力を開放した畳間の力は同年代に在って並ぶものはない。白い牙と謳われるサクモですら、今の段階では霞むやもしれない。それほどのものだ。それでも角都は数歩先にいる。決して畳間が弱いわけでは無い。柱間との戦いとも言えぬ戦いが、角都の強さと言う認識を変えたのである。もしも角都が柱間を怒らせていなければ、ほどほどの力で追い返されただけだっただろう。角都は手加減されたと言う事実に気づかないまま、自分は強いと幻の自負を抱いて、無駄な歳月を経たに違いない。だが、今の角都はそうでは無い。その瞬間に刻み込まれた”強さ”を追い求め、研磨をし続けた。禁術を利用し、最大限の効率で己を作り替えたのである。

 畳間には決定打が無い。並の忍びが相手であれば、スサノオの拳を一振りすればいい。敵はひとたまりも無くひき肉に変わる。けれども角都は並では無かった。硬化した皮膚は雷遁以外のほぼすべての攻撃を跳ね除け、その拳は岩盤を砕くほどの破壊力を持つ。畳間が角都と拮抗しているように見えるのは、ひとえに千手扉間に叩き込まれたすべての業を総動員しているからこそである。

 そして、変化が起きる。畳間は急激に鋭くなった眼球の激痛に、スサノオの中で頭を掻き毟った。

 

(不味い……。これは、やはり、気づいていたか……)

 

 畳間の額に浮かび上がったのは、うずまきの刻印―――。

 

(うずまきミト―――婆さんの封印術……)

 

 千手扉間は、修行の最中、畳間の肉体から立ち上るうちはイズナのチャクラを感じ取り、畳間の正体に気づいた。ならば扉間以上の感知タイプのくノ一であり、九尾の力をコントロールすることで悪意の波動をも察知するうずまきミトが、畳間の、愛する初孫の異変に気づかないわけがない。彼女は千手柱間よりもさらに早くから畳間の本質に気づき、万一の際は己の一存で縛り上げられるように、細工を仕掛けていたのである。誰よりも優しい柱間の縁者であるからこそ、時に非情であらねばならなぬのは、なにも弟だけでは無い。妻であるミトも―――いや、妻であるからこそ、だろう。もしものときは―――その覚悟は、果たしてどれほどの苦悩の末の決断か。

 

(もはやこれまで……ならば、最後の一手にすべてを賭ける―――)

 

 このまま万華鏡を使っていれば、封印術によって完全に拘束される。そうなれば、畳間の勝ち目は消滅することになる。ならば―――

 

 畳間の万華鏡の形が崩れ始め、スサノオが崩壊を始める。畳間は咄嗟に木遁で己を覆う球状の盾を作り出したが、果たしてどれほど保つかも分からない。

 拮抗していた凌ぎ合いは、一転して角都の猛攻へと変貌した。皆布袋の術で作り出した巨人のてのひらは破壊され、獣の難を祓うとされた巨人の顔面は砕かれる。崩壊したスサノオを完膚なきまでに破壊した拳の流星群は再び地面に到達し、緑の大地を崩壊させていった。

 天をも揺るがすほどの震動が納まってしばらく、土煙が晴れていく。そこには血塗れで横たわる、千手畳間の姿があった。

 とくんとくんと弱弱しい心臓の鼓動がそこにある。半開きの口から漏れている浅い呼吸は、聞いている側が息苦しくなるほどだ。

 

「しぶとい……男だった―――」

 

 角都は畳間が倒れ伏していることを確認すると、地面に片膝を突いた。重い震動が地面に伝わり―――角都の体が、徐々に小さくなっていった。

 あらゆる術には、欠点があると言われている。畳間のスサノオは身を襲う激痛と消費する膨大なチャクラからして、長期戦には向かない。角都の禁術の欠点は、すべての心臓―――五大性質変化全てを利用したドーピングがゆえの、肉体的負荷であったのである。触手を脱ぎ捨てた角都は、それゆえに本物の忍びの雰囲気を纏っていた。小手先の術に頼らない、身一つの今こそが、本来の角都であったのかもしれない。生きる中で在り方が変質するなど良くあることであり、だからどうということもない。これから角都は畳間の心臓を再び奪い、更なる高みへ到達するだろう。木遁という力を手に入れて、千手柱間の力に近づくのだ。ゆえに角都は畳間をミンチにするわけにはいかなかった。

 角都は畳間に近づいて、静かに手を伸ばした。意識を失い閉じた瞳を、瞼の上から見つめた。写輪眼―――忍びであればだれもが憧れる、最強の瞳術である。

 

 ―――それも、いただいておこう。

 

 触手を操る力はもはやない。それほど己を消耗させるまでに強力な男となったかつての小僧に、角都は内心で敬意を払った。貴様は己の糧となり死ぬために生まれて来たのだと、角都は食材となった生き物に感謝するかのように、畳間に感謝を抱く。

 

「八門遁甲―――第三生門……開」

「貴様、生きてッ―――」

 

 角都の手が畳間の心臓に触れるその一瞬前、畳間の瞳が見開かれた。その瞳はすでに赤色を失っていたが、すべてを見透かすかのように、角都を映している。

 畳間は、自分が殺されるとしても、人の形を留めたままであろうということに気づいていた。角都は畳間の心臓を欲している。ならば心臓を壊さぬように、畳間を殺すか、あるいは行動不能にするはずだ。真っ向勝負で勝てないのなら、虚を突くしかない。そう考えた畳間は、分の悪い賭けだったとしても、その策を敢行した。仮死状態となることで角都の油断を誘い、心臓を奪おうと近づいてきたときに最高の攻撃を喰らわせる―――。仮に角都が遠距離から、触手で畳間の心臓を奪おうとすれば、空振りで終わり、今度こそ殺されていただろう。運も実力の内とはよくいったものだが、畳間の粘り強さが、それを引き寄せた。初戦の奇襲と、そこからの粘り強さこそが畳間の真髄である以上、それは畳間の実力に相違ない。死の先に在る生を掴み取るための、畳間の覚悟の勝利である。

 

 八門遁甲は体内のリミッターを外す禁術だ。それは肉体を活性化させるものであるが、此度の開門は、その限りでは無い。畳間の肉体は既に限界を迎えている。四肢の骨は砕け、肋骨も無事なものを探す方が難しい。開門したところで動ける状態では無い。ゆえに畳間が行ったのは、ある意味で肉体活性よりも危険な荒業である。

 それはリミッターを外し、魂をチャクラに変換させる形態変化の極地。八門遁甲から派生した、禁術の中の禁術。命と引き換えにすることで一時的にだが、火影をも超える力を手にする八門遁甲と並ぶであろうその(わざ)は、二代目火影・千手扉間がその生涯の最後に完成させた、究極の肉体活性―――。

 

 ―――チャクラは爆発する。

 

 今この瞬間、畳間は千手柱間と同じ舞台に駆け昇った。当然である。柱間から受け継いだ力の大半は、千手畳間の中に在る。ならばその柱間の力に、千手扉間の技が加われば―――最強に見える。

 

 地面を突き破って現れたのは、巨大な木龍。それは柱間が操った木龍と比べても、けた外れの大きさを誇っている。木龍は畳間を呑みこむと、その弱り切った体を体内にしまい込んだ。

 龍の胎内で、畳間はかつて幼いころ、巨大な大樹に抱かれていた時の温もりを感じた。一筋のしずくが、頬に流れる。それはこの瞬間が、ある絆との本当の離別の瞬間(とき)だと感じ取ったがゆえの、決別の儀式であった。

 

 畳間を慈しむような木龍の表情―――一転、角都に向けるのは憤怒の形相。天上へ駆け昇った龍は天空で反転すると角都を目掛け、凄まじい勢いで天を降る。

 

「俺は……強いんだ―――」

 

 龍の咢が地面を食いちぎる。角都は凄まじい速さで肉薄する龍の口を見つめ、最後の言葉を口にした。かくして角都は大地の一角と共に、龍の腹に消えた。「俺は強い」と言う自負を真のものとするために強さを求めた男は、未だ強さの(きざはし)を昇り切らぬ若者の手によって、その生涯の幕を閉じられた。

 

 ―――木龍は地に伏し、青年は目覚めの時を待った。それはすなわち、再び天へ昇るとき―――

 

 千手畳間はこの戦いののち、ある通り名でその強さを囁かれるようになる。

 

 ”木ノ葉の昇り龍”

 

 ―――と。

 

 

「たたみまーー! どこだーー!?」

 

 荒れ果てた大地を慎重に歩きながら友の名を呼ぶのは、緑色のタイツに身を包んだ大柄な青年である。太い眉に長い下まつ毛はアンバランスで、鼻の下に蓄えているちょび髭が凄まじいほどに似合っていない。武者修行と言う名目で木ノ葉を抜け出してしばらく経った、良くも悪くもアグレッシブな彼がこの場に居合わせたのは、全くの偶然だった。一宿一飯の恩を頂いている最中、凄まじい震動と轟音が響き、見ていれば、木龍が空を昇った。この世で木遁を使えるのは、千手柱間亡き今、千手畳間のみである。これはただ事ではないと感じ取った青年の名は、マイト・ダイである。すわ友の危機かと駆けだしたは良いものの、瞬身の術すらも使うことが出来ない落ちこぼれな彼は、肉体活性をすることも出来ず、辿りついたときにはすべてが終わった後。瓦礫に埋もれたこの場所で、居るはずの友を探していると言う状況である。

 

 辺りには畳間と角都が散らかした巨大な木片がそこかしこに散らばっており、非常に歩きにくかった。よいせよいせと瓦礫を避け、ときにひっくり返して畳間を探していたダイ。さすがに楽観的な彼も、あまりに判明しない友の安否に、焦燥感を抱き始めていた。

 

「おーい、たたみまーー!! まァーーー!!」

「―――おい、貴様」

「な―――。かっ―――い、ああ……は、はァ、はァ」

 

 突然掛けられた声に、ダイは一瞬肩を揺らした。もしや畳間と戦っていた敵かと身構えて、いつでも八門遁甲を開門できるように意識を集中し、絶望した。

 ダイは自分が落ちこぼれであることを自覚している。畳間が―――おそらくは―――苦戦し、ここまで大地を荒れ果てさせるほどの強敵に、勝てるなどとはつゆほども思っていない。瞬く間に殺されるのがオチだろう。それでもダイが逃げ出さないのは、ここに畳間がいるかもしれないからだ。「大切な人を守り通す」という忍道が、ダイを奮い立たせる。敵がどれほどの強敵であったとしても、ダイは友を置いて逃げ出す男では無い。

 

 ゆえに―――

 

 目の前に立つ男がどれほどの”怪物”かということを肌で感じたとしても、

 

 あまりの恐怖にシーツに大きな染みが出来たとしても、

 

 恐怖に足がすくみ涙が零れ落ちようとも、

 

 ダイの辞書に退却の文字は無い。

 

 ―――その男は、すべてを見透かすような目をしていた。深淵を覗いているかのような、漆黒の瞳。片目は前髪で隠している。身に着けている茶色の甲冑は年季の入った代物で、沢山の傷が目立った。

 

「木ノ葉の忍びか―――? それにしては……弱いな」

 

 男の低い声が愉悦を含み、ダイを嗤った。

 ダイは弱いと言われたことに対して何かを想うよりも、その声そのものに恐怖した。次元が違いすぎるとは陳腐な言葉だが、まさしくその言葉通りである。この男が腕を一振りすれば、ダイの体は失った首から噴水のように血をまき散らして倒れ伏すだろう。この男の気まぐれで、生きるか死ぬかが決まるのだ。ダイは自分の呼吸が荒くなっていくことを自覚しつつも、それでも決して、後ずさりすることだけはしなかった。

 

「なんだ小僧。俺を知らないのか?」

 

 やはり男の声は、愉悦を含んでいる。一言一言に嘲笑いの含み笑いが添えられていた。普通なら苛立たしいそれは、男の絶対的な自信と圧倒的な存在感から、強者の資質としてダイの目には映った。決して真似をしたくはない系統の、”力”である。ならばまた一つ、ダイには逃げ出せない理由が出来た。ダイの信じる力とは、絆が生み出す心の繋がりであるからだ。決してこの男のような、巨大な個と暴力では無い。

 

 男はダイが逃げ出さないことから、自分を知らないのだと思ったようである。しかしダイはその男のことを知っていた。ダイが尊敬する初代火影・千手柱間のことを知ろうとしたならば、必ず知ることになる存在だからである。そしてもしも目の前の男がその通りならば、マイト・ダイはここで死ぬ。

 

 それでも、それでも、(たたみま)だけは―――ダイはひとり、心を震わせた。


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