綱手の兄貴は転生者   作:ポルポル

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絶望の先に

「……木ノ葉も温くなったものだ。奴が生きていれば、こうはなるまい」

 

 言外に二代目火影を無能だと言った男の表情は不快げに歪んでいる。

 ダイは男の言葉を黙って受け止めた。己が敬愛する火影を馬鹿にされたことは腹が立つが、けれどもこの男の前で反論などできるはずもない。ダイは、ただただ震え上がる己の体を押さえつける。それは恐怖に屈しそうなダイに出来る、精一杯の強がりであった。

 

「木ノ葉の忍びならばもちろん、千手柱間は知っているだろう―――? ……どうした、震えて声も出ないか」

 

 黙して語らぬダイを見下ろす男は、抑揚のある声で、ある男の名を口にした。それは10年前に夭折した初代火影の名であった。

 知らないはずがない。木ノ葉どころか、忍界中を探しても、初代火影を知らぬ者などいるはずもない。千手柱間は忍びの神と呼ばれた男。かつての敵にすら、その突然の死を惜しまれたほどの傑物だ。そんな英雄の名は、”常識”のように、忍界に広がっている。だが男の言葉には、”常識の確認”以外の意味が含まれているように感じられる。それはすなわち、己こそが千手柱間のことを最も深く知る者であると言う、確固たる自負である。

 

「まあ、いい。世間話をするような時間も無い……小僧、ひとつ聞こう。ここで……写輪眼を持つ者を見たか?」

 

 まず、ダイは男の探し人が千手畳間でないことに安堵した。けれども写輪眼を持つ者とは、どういうことか―――ダイは内心で考えを巡らせる。

 写輪眼―――木ノ葉のうちは一族に伝わる血継限界、三大瞳術の一つである。ダイの友人・千手畳間の担当上忍、並びにチームメイトがうちはの者であるから、遠巻きながら、ダイも幾度か目にしたことがある代物だ。

 そこで思い立つ。木龍の出現、写輪眼を探す男―――この二つから推測されることはすなわち、畳間に縁のあるうちはアカリ、あるいはうちはカガミから”写輪眼”を奪おうという許されざる策謀だ。

 そしてこの男はかつて、初代火影千手柱間の治世において、里を滅ぼさんとした悪鬼。放って置けば確実に、木ノ葉に仇名す闇となる。写輪眼を探しているのは、あるいは戦力の増強か―――。

 

(―――畳間はこの男の情報を何らかの方法で掴み、食い止めようとしたに違いない。この荒れ果てた土地はやはり戦いの傷痕……! だがこの男が何事も無かったかのように、未だ”写輪眼を持つ者”を探しているということは、まさか……。畳間……)

 

 ダイの思考は決して間違いでは無い。大きな勘違いをしつつも、その本質は的を射たものだった。友の凶報が、ダイの心を揺らす。

 

 ―――かつて、木ノ葉のあらゆる忍がダイに才能が無いという烙印を押し、その”無駄な”努力を嘲笑った。忍術など使えぬ身は戦いにおいて足手まといでしかなく、かといって体術に才能の輝きがあるわけでもない。能無しという罵倒、落ちこぼれと言う嘲笑は、決して否定できぬ事実であった。そんな中にあって、畳間はダイの実力でなく、その気高い精神を認め、友と呼んだ。それは先の見えぬ闇の中で足掻いていたダイにとって、目指すべき光明と成ったのである。

 畳間はかつての中忍試験最終戦において、己が身を犠牲にすることで仲間を守り、勝利へ導いた。それは忍びとして讃えられるべき偉業だ。けれどもそこでダイは思ったのである。ならば畳間のことは誰が守るのか―――と。それを想ったとき、ダイの進むべき道は決まった。

 

 ダイは静かに、その鍛え上げられた拳を握りしめる。ごつごつと骨ばった傷だらけの拳は、何百と巻き藁を打ち抜いた訓練の証にして、友と駆け抜けて来た青春の日々の記録。

 

「だんまりか……。まあ、いい。どうせ、お前は口を開くしかないのだからな」

 

 ダイの変化を認めた男は、片眉を吊り上げる。その眼球が赤く染まり、三つの巴が浮かび上がった。写輪眼による幻術で、ダイの口を割らせようと考えているのだろう。

 男の言葉に、けれどもダイは答えなかった。瞳を閉じると、体内に意識を向ける。いつのまにか、恐怖に乱れていた呼吸は落ち着き、滲んだ汗はいつの間にか引いていた。そして、ただ静かに、己の内に眠る青春を見つめる。そして―――。

 

「これは―――」 

 

 男の驚くような声。

 ダイのチャクラがにわかに溢れ出し、変貌を遂げた。

 

 一つ―――ダイのこめかみに血管が浮かび上がった。

 

 二つ―――腕の、足の筋肉が爆発的に膨れ上がる。

 

 三つ―――暴れ出したチャクラが、肌の色を赤く染めた。

 

 こじ開けるのは八つの門。その業は己が身を犠牲にし、その身に宿る可能性のすべてを引きずり出すという木ノ葉流体術の奥義にして禁忌。畳間から伝えられたこの業を、いつかくる”そのとき”のため、ダイは己のルールと共に磨き上げて来た。

 

 ―――いつか並び立つと誓った背は、永久に届かぬ幻と消えた。

 

 ダイの心が奮える。

 狂おしいほどの哀しみも、身を焦がすほどの怒りも、震えるほどの憎しみも、確かに心の内にある。だが、それだけではない。

 男への恐怖は今もなお心中にて燻り、絶望感はダイの胸中を焦がしている。だが、それは問題では無い。

 

 ダイの心を奮わせるのは、そんな”ほの暗い意志”では無い。ダイの体を突き動かすのは、そんな後ろ向きな感情では無い。それは木ノ葉に訪れようとしている未曽有の危機を阻止せんがため、己が身を奮い立たせる強き意志の力。唯一対抗しうる男―――二代目火影に、この男の生存を伝えるという、友の遺志を継いだ命を懸けるべき使命の鼓動。恐怖を乗り越えた先に在る気高き魂の叫び、仲間を想う心。すなわちそれは―――。

 

「第四―――傷門、開ッ!!」

 

 四つ―――ダイの瞳から色が失われた。けれどもその心は、青き春の輝きを放つ。

 心無い言葉をぶつけられる日々、罵倒嘲笑の中で足掻き続けようとも、ダイの心には一点の曇りも無い。その心はずっと―――火の意志と共にあったのだ。

 

 疾風。草原に一陣の風が走るとともに、ダイの姿が消えた。

 男は突如として姿を消したダイの変貌に興味と驚きを示している。

 

「外見の急激な変貌に、暴走しているかのごときチャクラの奔流……。これが風に聞く八門遁甲というやつか、面白―――」

 

 言い終わらぬうちに、男の下あごに衝撃が走った。首がのけ反り、体が宙に浮きあがる。

 その足元でしゃがみ込んでいたダイは、宙を貫いている蹴り上げた脚を引き戻し、次いで両腕で地を押し返した(・・・・・)

 蹴り、蹴り、蹴り。男に追従するように、両腕を軸に逆さに飛び上がったダイは、男を更なる高さに押し上げるため、空中で蹴りを喰らわせ続ける。4度目の蹴りの後、再びダイの姿が消えた。かと思えば、空中でのけ反る男の背後にぴったりと張り付いている。

 

「影舞踊か。写輪眼も持たず、器用なものだ」

 

 のけ反ったまま、男は眼球だけをダイのいるであろう背後へ向ける。

 ダイはやはり答えず無言のままで、腕に巻いていた包帯を解き放った。次の瞬間、包帯はまるで生き物のように、男の胴体を腕ごと縛り上げる。その上から、ダイは男の体をきつく抱きしめた。それは死への抱擁―――ダイは体を急速に回転させて、脳天から叩きつけるように、地面へと落下していく。

 

「表蓮華ッ!!」

 

 木の葉流体術秘技、表蓮華。蹴り上げた敵を影舞踊によって追跡し、拘束した敵を地面に叩きつける技だ。

 

「よし、このまま―――」

「―――そう慌てるな」

 

 男が地面に激突したや否や、ダイはすぐさま男から離れると、体を反転した。木ノ葉隠れの里へ向かう為である。けれどもダイの目の前に突如、男が立ち塞がった。ダイは驚きに目を見開く。倒したとは思っていなかった。けれども少しばかりの時間も稼げないほどだとは、思わなかった。男は見下した笑みを崩さず、その声にはやはり嘲笑が含まれている。ダイは悔しげに顔を歪ませたが、すぐさま男から離れると、その脇を駆け抜けようとして―――

 

「待てと言っているだろう」

 

 またも、回り込まれた。

 

「馬鹿な……これほどとは……」

 

 速い。あまりにも速い。ダイの全力が、男にとってはまるで児戯なのだ。攻撃の全ても、直撃の瞬間にいなされて威力を殺されていたに違いない。それほどまでに技量、地力の差がでかすぎる。逃げ出すことも出来ない圧倒的な差が、ダイの心に絶望を染み込ませていく。

 だが―――ダイは拳を握り、型を構える。諦めることは出来ない。ダイは拳を突き出して男の顔を狙い、同時に繰り出した蹴りで胴を狙った。続けて、軸足で地を蹴り上げた。その体は宙に舞い、一枚の木の葉へと変わる。

 

「木ノ葉旋風ッ!!」

 

 空中で繰り出す連続蹴り。一連の攻撃全てが、開門による全速攻撃である。

 

「八門遁甲―――こんなものか?」

 

 ダイの全速の攻撃すべてを、男の眼力は見切っていた。ダイの攻撃、筋肉の動きからそのすべてを、男は目で追っていた。凄まじい瞳術である。男は手を出して受け止めることもせず、体を少し動かすことで、ダイの攻撃すべてを紙一重で避けていた。

 

「小僧、死門を開け。それまでは待ってやろう」 

 

 つまらないと首を振る男は、ダイの攻撃を避けながら余裕の表情で、ダイに知った言葉を投げつけた。

 死門―――八門遁甲の真骨頂にして真の禁忌。火影をも上回る絶大な力の代償に待ち受けるのは確実な死―――それは命を捧げれば到達できるという簡単な領域では無い。数十年にも渡る努力の末に七門に辿りついた者が、ようやく辿りつける神の領域である。いくらダイが努力しようとも、今の段階で辿りつけるものではない。

 ダイは無言のまま、けれども第五・杜門を開放した。これが今のダイに出来る精一杯の開門である。

 

「木ノ葉・剛力旋風ッ!!」

「おっと……」

 

 それだけだ。男が言ったのは、その言葉だけである。背水の陣を敷き、傷門の動きに慣れさせたうえでの、突然の杜門開放による超加速を乗せた一撃を、男はその一言と共に完全に躱しきってしまった。

 

「ああああああッ!!」

 

 ダイの咆哮。突き出す拳、蹴り上げた脚が、すべて躱されていく。決死の攻撃が全く届かない無力感が、ダイに声を上げさせた。

 

「開けないのか、拍子抜けだな。所詮ジャリはジャリか……。やはり、俺の相手は柱間でなければ務まらん」

「がッ―――」

 

 ダイの攻撃の合間を縫って、男はいとも簡単にダイの動きを止めてしまった。男の突き出した手は、寸分たがわずダイの首を捕獲し、ダイはうめき声と共に動きを止め、宙にぶら下がった。   

 

「―――さて、教えて貰おうか」 

 

 男が苦無を引き抜き、その切っ先をダイの眼球に近づけて行く。

 

「目を瞑るのは構わんが、瞼を切り取れば同じことだ。素直に吐いた方が、お前のためにもなると思うがな」

 

 ダイは黙して足掻き、男は無表情で苦無を近づけていく―――。

 

「オオオオオオオッ――――!!」

 

 突如響き渡る、天を貫く龍の咆哮。角都を呑みこんだ(のち)、地に伏していた巨大な木龍が首を擡げたのである。憤怒の表情を浮かべた巨龍は、主の友を害さんとする”敵”へと怒声を叩きつける。

 

「木龍だと……? この世に木遁を使える者はただ一人。まさか……」

 

 巨龍の咆哮に、男は恐怖を抱くことも無く、ただただ懐かしき”友”の残照にかつての情景を見る。喜びと期待、不信の入り混じった複雑な表情は、けれども目の前に在る”強敵”の存在に、愉悦の色を隠しきれていない。

 

「柱間ァ……!!」

 

 男は興味を無くしたおもちゃを捨てるかのように、手に持っていた”もの”を放り投げた。

 放り投げられたダイは痛む喉を抑えて咳き込みながら、目の前でフルフルと小刻みに震える男を一瞥し、禍々しくも極限の愉悦を浮かべたその笑みに背筋を凍らせる。

 

 男が地を蹴り、木龍へと肉薄する。木龍はその巨体を器用にしならせると、その長い胴体で空中を移動する男の周囲を取り囲んだ。

 

「火遁・豪火球の術」

 

 目にも留まらぬ速さで凄まじい量の印を結んだ男は、口から吐き出した爆炎を以て、木龍の胴体を焼き尽くさんとする。けれども分厚い胴体は表面だけが焼け焦げるに終わり、さらに焦げた部位がぼろぼろと零れ落ちると、再びその表面を新たなる木が覆った。

 男は龍の胴体を足場に一気に駆け上がると龍の顔面に肉薄する。

 次の瞬間、凄まじい衝撃と共に、木龍がのけ反った。蹴り、ただの蹴りである。男の蹴りは凄まじい威力を誇り、木龍の巨体を仰け反らせたのだ。

 

「おっと……。チャクラを吸収する性質はそのままか」

 

 男の脚が木龍に触れた瞬間のことだ。微量ながらもその肉体から木龍へ向かって、チャクラが流れ出した。その奇妙な感覚を、男はかつて味わったことがある。直接触れてはならぬと認めた男は、地に降り立つと厳かに腕を組んだ。

 

 体勢を立て直した木龍は、今度はこちらから行くと言わんばかりに男へ向かって突撃していく。咢を開き呑みこもうとするその様は、先ほど角都を呑みこんだ一撃と違わない。

 

 ―――木龍の首が、飛んだ。

 

「やはり……これは柱間の木龍ではないな。誰かは知らんが、期待外れも良いところだ」

 

 音を立てて地に落ちた龍の首を、男は一瞥した。男の周囲を覆うように展開されたのは、青白い半透明なチャクラの鎧・スサノオ。チャクラで生成された巨大な刀が、木龍へ向けられている。禍々しいチャクラを纏った男は先ほどとは打って変わり、落胆に表情を曇らせていた。

 

「今の俺では完成体も完全体も出せんが……”抜け殻”相手には十分だ」

 

 吹き飛ばされた木龍の首から、新たな頭が出現する。木龍は再び、男を喰らわんと雄たけびをあげた。

 

 男の言った”抜け殻”とは言い得て妙である。木龍はもはや術としての機能を果たし終わった後であり、いわば巨大なオブジェと成り果てていた。故に、それが動き出したことこそが本来ならば有り得ざる奇跡である。木龍に宿っていた僅かな畳間のチャクラ、その意思が、友の危機に再度、燃え上がったのだ。絞りかすの燃料で必死に食らいつく木龍の姿は、ダイと畳間の友情が呼び寄せた青春の証である。けれど―――

 

「醜いな……」

 

 再び、龍の首が飛んだ。

 男にとって、目の前に在る木龍と言う存在は、許されざるものだ。柱間と言う最強の男が操った最強の術が、格も力も衰えた模造と成り果てている。柱間を唯一無二としている男にとって、劣化品の存在など許せるはずもないのだ。

 木龍は再び頭部を再生したが、徐々にその大きさを縮ませている。再生によりチャクラが失われ、体を維持できなくなっているのである。

 

「醜い……」

 

 男の呟きは、雄たけびをあげる木龍へ向かって放たれたもの。男は凄まじい期待の後のなにもなさに拍子抜けをしていた。けれども、心底つまらなさそうにため息を吐いたその姿こそは、”油断”。畳間の意志を宿した木龍が、そこを見逃すはずがない。

 

「これは……」

 

 男の足元から伸びた草が、男の脚を絡めとった。それは凄まじい勢いで小型の龍へと姿を変え、怒涛の勢いで男からチャクラを吸い上げる。

 

「姑息な真似をする。消えろ、柱間のぼうれ―――」

 

 確かに、姑息な真似だ。莫大なチャクラを持つ男を相手にするには、完全な木龍であっても足りえないやもしれぬ。絞りかすの小龍によるチャクラの吸収などは、雀の涙ほどに微量なものだろう。

 だが、問題なのはチャクラの吸収では無い。男の体に触れたことこそが重要なのだ。

 次の瞬間、言い終わらぬうちに、男の体が横なぎになるように宙に浮いた。足首に絡みついた蔓が急速に成長し、男をスサノオから引きずり出したのである。男は地面を転がりながら、けれどもすぐさま体勢を整えようとして―――その体に衝撃が走る。空気を伝う震動と共に、その体は再び空中に投げ出されていた。

 

 衝撃、衝撃、衝撃、衝撃、衝撃、衝撃。留まる事を知らぬ衝撃。腹、顔、背中―――体中のあらゆる場所を殴打され続ける男の体は、まるで空中に存在する見えない壁で跳ね返り続けているかのように、縦横無尽に宙を飛びまわった。

 

「おおおおおおッ!!」

 

 肉体を蝕む痛みを堪え、マイト・ダイが咆哮をあげる。温かい滴は、頬を伝わらずに空中へ霧散した。木龍と男の戦いが始まり、少し距離を取ったダイの下、小さな小さな木龍が現れた。それは小さいながらも多量のチャクラを携えており、ダイに捧げたのである。その温かいチャクラにより、八門遁甲の開放によって発生した痛みと肉体の崩壊はにわかに堰き止められ、ダイは感謝の意を告げるとともに、頬を涙で濡らした。ダイはその”温かさ”に、畳間の生存を確信したのである。けれどもそのチャクラは今にも消えような程に弱弱しいものであり、放って置いて良い状況では無いことも理解した。ゆえにダイは木龍の戦いを”時間稼ぎ”にただ一人逃げることをせず、この場に残り、”機”を伺っていたのである。

 そして今がその時だ。”木ノ葉の蓮華は二度咲く”。それを今、ダイは体現する。

 

「刻め、青春の鼓動ッ!! ―――裏蓮華(うられんげ)ッ!!」

 

 木の葉流体術奥義、”蓮華”の極意、裏蓮華。超高速体術による神速の連続攻撃から繋ぐ、必殺の一撃。敵の体を布で縛り上げ、決して避け得ぬ一撃を叩き込む―――今のダイの、最高の一撃である。爆音と共に、男の体が地に叩きつけられた。

 

「待っていろ、畳間!」

 

 ダイは素早く地上に着地すると、すぐさま畳間の眠る方角へと向かった。木龍に触れたとき、畳間の居場所を感覚として掴んだのである。男から逃げきり、畳間を、友を連れて帰る―――。難しいことだが、やりきらねば―――

 

「今のは少し、驚いた。”片目”くらいが、”ジャリ”相手にはちょうどいいということか……。だが、ここまでだ」

 

 のそりと、土煙の中に人影が揺らめく。

 

「あれでもダメなのかッ。くそ、はやく―――」

「そろそろ飽きた。終わりにするか」

 

 男を視認し、ダイは速度を上げる。

 男はのんびりとした口調で、けれども絶対的な支配者としての殺意を乗せて、言い放った。最初は小走りに、けれども徐々に速度を上げて、まるでいたぶるように、駆けるダイを追いかける。

 

「―――ルォオオオオオオッ!!」

 

 ダイを追いかける男の進路を阻むため、友の危機を察した木龍が再び咆哮をあげる。だが―――

 

「いい加減鬱陶しい。消えろ、絞りかすの蛇が」

 

 ―――火遁・豪火滅却。

 

 男を食い止めようとした木龍は、瞬く間に男によって斬り伏せられた。木龍は再び再生しようとするが、その間も与えられることはなく、男の火遁により発生した爆炎に呑みこまれ、塵と消えた。

 

「強すぎる……」

 

 ダイの呟き。どうしようもない現実に為す術も浮かばない。心が折れかけるが、男が言った言葉に、ダイの心が再び炎を宿す。

 

「まずはお前だ、八門遁甲の男。そして次は、柱間の力の一端を使いながら、無様な”ザマ”を見せた忍びを見つけ出し、殺す」

「―――なんだと……」

 

 男の言葉に、ダイの足が止まる。聞き捨てならぬ言葉は、ダイの心に強い闘志を宿した。改めて、明確に友の死を告げられたことは、ダイに真の覚悟を目覚めさせる。すなわち、限界を超えた先に在る領域へ踏み込む覚悟である。ダイは振り返ると、男を凝視した。一連の戦いで変わったことがあるとすれば、衣服が泥で汚れた程度。傷一つ無い状態で、男は悠然と佇んでいる。圧倒的な、力の差がそこにある。

 これからダイのすることは、どうせ死ぬなら―――という投げやりな行動では無い。己の身が滅ぼうとも良い。少しでも友が助かる可能性があるのなら、そのわずかな可能性に全てを掛けると言う、ダイの忍道が選んだ勇気の証。

 

「俺は今まで、”来るべきとき”のために、努力を続けて来た―――」

「なんだ、突然。恐怖で狂ったか?」

 

 ダイが立ち止まったことで、男はゆっくりと歩み寄って来る。

 ダイはぎゅっと拳を握りしめ、己の忍道を噛みしめた。その握力は掌の皮膚を突き破り、血を滲ませる程の強さである。鋭く目を据えて、ダイは男を睨みつける。その瞳に恐怖は無い。あるのは燃え上がるほどの火。青春の火。芽吹いた木ノ葉の意志―――。

 

「―――覚悟の”とき”は今ッ! 大切な人を、命を賭けて守り抜く―――我が忍道を貫き、守り通すときッ!! 八門遁甲、第六・景門、開ッ!!」

 

 マイト・ダイは自他共に、誰もが認める落ちこぼれ。そんな彼が今、更なる境地に辿りついた。肉体の功夫(くんふー)が第六・景門に耐えられぬ段階でありながらも、ダイは無理やりその扉をこじ開けた。景門を開いたその瞬間から、ダイの体の筋組織が崩壊を始める。

 耐えられないことなど分かっていた。そもそも今まで”開けられぬ”門だったのだから。それが今、何故開くことが出来たのか、ダイにも分からない。けれども、男の言葉を聞いたとき、なぜか”出来るような気がした”のだ。

 力とは物質の起こす事象のことだと、誰かが言った。ならばダイが今やって見せたことは何だと言うのか。紛れも無くそれは、千手柱間より受け継がれし”火の意志”、”意志の力”に他ならない。

 悔しさ、切なさ、苦しさ、これまで幾度となく、あらゆる”難”が、ダイの心を呑みこもうした。けれどもダイがそのすべてに耐え忍んだ理由は、そのすべてを耐え忍べた理由は―――大切な人を、守るため。

 

 草原を、疾風が駆ける。

 男の体に衝撃が走る。けれども今までと違い、その体が吹き飛ぶことは無かった。

 衝撃、衝撃、衝撃、衝撃、衝撃、衝撃、衝撃。

 空気の壁を突き破ったダイの拳は炎を纏い、凄まじい衝撃波を生み出した。タイムラグ無く叩き込まれる拳撃は、ダイの腕が無数に増えたがゆえでは無い。一撃一撃が音速を越え、人の認知を凌駕したがゆえに発生する錯覚。物理的に火遁と幻術を引き起こすダイの恐ろしいまでに研ぎ澄まされた体術は、どこまで行こうとも、”守りの力”。

 

「―――朝孔雀(あさくじゃく)ッ!!」

 

 数百を超える拳撃の終わり。ダイは渾身の一撃を叩き込み、その場に崩れ落ちた。同時に、男の体が凄まじい勢いで吹き飛んでいく。そこかしこに散らばった木片を突き破り、尚も速度は落ちぬまま、遠く離れた岩肌に激突し、山崩れを引き起こした。

 

「やった……」

 

 息も荒く、ダイは己の体に意識を向ける。無理やりこじ開けた門は、ダイのコントロールを離れ、暴走の形相を見せていた。筋組織の崩壊は留まる事を知らず、想像を絶する痛みが、絶えることなく続く。生きながら体を分解されているかのような地獄の痛みの中で、けれどもダイに後悔はなかった。ダイはやり切った男の表情を浮かべ―――

 

「ふはははは、危うく消え(・・)かけるところだ。久しぶりに楽しかったぞ、八門遁甲の使い手よ」

「まだ、生きて……くそ……くそ……」

 

 どこから現れたのか、倒れ伏すダイの前に、あの男が現れる。

 崩壊した筋組織、未だ途絶えぬ激痛に動けぬ身を、それでも奮い立たせようと、ダイは体中に力を入れる。けれども体は痙攣したように震えるだけで、起き上がることは無かった。限界の限界を超えたダイの体は既にぼろぼろで、意識があるだけでも不思議な状態なのである。

 けれどもダイは、己の不甲斐なさを呪う。全力を越えた力を出し尽くしても尚、”守り手”足りえなかった己の非才を責め立てる。吐き出す呪詛の言葉はすべて、己を責め立てるもの。己の忍道を貫くことが出来ないことを、友を守ることすら出来ない己を、ダイは責め立てる。唇を噛みしめ、ダイの輪郭を沿って血が流れる。けれども現状が変わることは、決して無い。

 

「すまない……すまない……」

 

 ―――マイト・ダイは、負けたのだ。それは変えようのない現実である。あふれ出る悔しさがゆえに、次から次へと、涙が零れ落ちた。

 

「久しぶりに楽しませてくれた礼だ。名を聞いてやろう、名乗ると良い」

 

 男は腰から取り出した刀を逆手に構え、ダイに向けて垂直に持ち上げた。その切っ先は、寸分違わずダイの心臓を向いている。

 ダイは己の運命を悟り、けれども目を瞑ることなく、男を睨みつけた。決して恐怖には屈しないと、ダイは最後の意地を見せる。

 

「ふっ、良い目だ。―――ではさらばだ、名もなき忍びよ」

 

 ダイが名乗らないことを理解した男は、腕を天高く掲げた。写輪眼で見据えた心臓を目掛け、男はその腕を勢いよく振り下ろす。そして―――。

 

 ―――金属がぶつかり合う不協和音が響き、ダイの目の前から男の姿が消えた。

 

「な、なにが……」

 

 気が付けば、ダイの目の前から写輪眼の男が居なくなり、別の男が立っていた。その男が一体いつ現れたのか、ダイは全く気づけなかった。気配も無く、音も無く―――まるで突然出現した(・・・・・・)かのように、その男は立っていたのだ。

 

「無事か? 名は……ダイ、といったか」

「あ、あ、あぁぁ……」

 

 背中越しに掛けられた声。その声を、ダイは知っている。その大きな背を、ダイは知っていた。その人物を認識した瞬間、ダイは深い安堵を抱き、より一層、けれども別の思いを乗せた涙を溢れさせる。

 

「泣くな、貴様は木ノ葉の忍びだろう。だが、よくやった。 ―――後のことは、ワシがやる」

「はい……。 はい……ッ!」

 

 涙で顔をぐしゃぐしゃにしながら、ダイが何度も何度も頷いて。

 

 ―――白銀の髪が、疾風に揺れた。

 

 

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