綱手の兄貴は転生者   作:ポルポル

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これからまたしばらくの間、パソコンを使えなくなりそうなので、先に投稿しておきます。少々急ぎましたのでまた誤字脱字あるかと思いますが、ご報告の程よろしくお願いします


語られぬ死闘

「―――後のことは、ワシがやる」

 

 ダイの目の前に佇む偉丈夫、その白銀の髪が風に舞う。その姿を、その大きな背中を、ダイは知っていた。

 

「火影様……!!」

 

 ダイはその男の名を呼んだ。それは当代火影―――畳間たちを逃がすため、単身死地に残ったはずの千手扉間その人である。その鋭い眼光は一切の感情を排し、ただその先に佇む男を見据えていた。

 

「―――やはりお前か、扉間」

 

 男の見下すような嘲笑いを含んだ声音は、けれどもどこか複雑な色を宿していた。歪んだ笑みをのせた表情はそら恐ろしい。それは久方ぶりの再会を喜ぶ恋人のような、獲物を見つけた獰猛な狩人のような、酷く不気味な雰囲気を併せ持っていた。

 含み笑いを隠さず、扉間を馬鹿にするかのような男―――うちはマダラの声音。けれども、その声の奥に燻る地獄の業火の如き憤怒と憎悪の色を、マダラは隠しきれていない。

 扉間はマダラの憎悪に恐れることなく、その鋭い眼光をさらに鋭く研ぎ澄ませ、マダラの全身を探った。マダラから感じるそのチャクラは、巨大にしておどろおどろしい。かつて戦場で感じ続けた、「うちはマダラ」の存在そのものである。そのチャクラは決してまがい物では無く、確かな”生”の躍動を感じさせた。

 

(こやつ……穢土転生や、それに連なる術によって存在するまがい物では無い。間違いなく生きたうちはマダラ。だが、なぜ生きている? 兄者に殺された(のち)、その死体はワシが回収し、木ノ葉の最奥に封じた……)

 

「答えろマダラ、なぜ生きている」

「久方ぶりの再会だと言うのに、ずいぶんな物言いではないか、扉間。その問いに答えてやるのは構わんが、その前に……俺も聞きたいことがあってな」

 

 マダラは悠然と腕を組むと、思案げに目を閉じる。少しして瞼を開けたマダラは、その赤い瞳を、遥か遠くの空へと送った。その一連の所作に、ある種の神聖さがにじみ出ていたのは―――誰も犯すことが許されぬ、(とうと)きかつての記憶に、思いを馳せていたが故である。

 

「少し前のことだ。この場所で、懐かしいチャクラを感じた」

 

 マダラは探るように、確かめるように、扉間へと視線を向ける。扉間は反応を示さず、じっとマダラを見据えている。マダラはつまらなさそうにため息を吐くと、悲しそうな所作で、首を左右に振った。

 

「それは濁ってはいたが、奴の―――亡き柱間の力の一端を感じさせた。最初は”それ”と戦うのも、悪くはないかと思ったが……さらにもう一つ、懐かしいチャクラを感じ取ってな。さすがに驚いたぞ。思わず己の五感を疑ってしまうほどにな」

 

 マダラの赤い瞳が刃物のように研ぎ澄まされる。虚偽や沈黙は許さないとばかりに、強い意志の宿った眼光である。

 

「扉間、お前が柱間の(チャクラ)を……木遁を次代に受け継がせようと足掻いていたことは知っている。危険性が高すぎたため、実験段階で頓挫したこともな。だが、情報とは洩れるものだ。ゆえに、柱間のチャクラに関してはな、他の忍びが手にしていたとしても、さほど不思議ではないのだ。許すかどうかは別だがな」

 

 一拍の間。マダラは言葉を口の中で転がすように、この世の無情に疲れたように、一度深い溜息を吐いた。

 

「それで、何が言いたい、マダラ」

「ほう、それを俺に言わせるか、扉間」

 

 扉間はマダラが言わんとしていることを理解し、その全てを察したうえで、しらを切った。

 それを察したマダラは、可笑しくてたまらないとばかりに、くくくと喉を鳴らした。吹き出すのを堪えるように、マダラは片手で頭を押さえたが、それでも体の揺れは止まらない。

 

「本当に、本当に懐かしいチャクラだった。だがそのチャクラは存在するはずがない。あれは我が血族のチャクラ、既に失われて久しいものだ。我が弟は、うちはイズナは……他ならぬ貴様の手に掛かり、死んだのだからな。そうだろう、扉間?」

 

 優しげな声音と穏やかなマダラの表情は、来るべき嵐を予兆させる。けれども一転して哀しげな表情を浮かべたマダラのそれは、未だ演技がかった偽りのものである。

 

「イズナは死んだ。死んだ人間は生き返ることはない。あの柱間ですらそうであった。だが一つだけだが、死者を呼び戻す術を、俺は知っていてな……」

「……」

 

 沈黙を守る扉間は、すでにマダラの意識から外されている。それは積もり積もった憎しみと不満が生み出した排斥である。これまでの経験則から、扉間が情報を明かすことは無いと、マダラは理解していたのである。

 

「穢土転生―――扉間貴様、イズナを”使った”な?」

「だったらどうだってんだ、マダラ」

「扉間ァ!!」

 

 苛立ちが最高潮に達した瞬間、マダラの仮面は剥がれ、剥き出しの憎しみが晒される。それはうちは一族に在って誰よりも愛情が深いと謳われた男の、失意と絶望の象徴だった。

 扉間の後ろで地に伏せていたダイは、突如マダラから発せられたその研ぎ澄まされた殺意の波動に身震いし、冷汗を流した。先ほどまで繰り広げていたマダラとダイの戦いが、マダラの”気まぐれ”が生み出した幻だったのだと、改めて叩きつけられたのだ。うちはマダラはいつでもダイを殺すことが出来たという、非情の現実がそこにあったのである。

 

「それで怒り心頭のお前は、俺に文句を言うために、わざわざ出て来たってわけか?」

 

 暴力的な力に震えつつも堪えるダイと、怒りに震えるマダラの直線上に、扉間が割って入った。圧力から解放されたダイはため息を吐くと同時に、その瞬間、己が恐怖のあまりに呼吸を忘れていたことに気がついた。

 

「扉間、やはり貴様は卑劣な奴だ。イズナを、我が弟を殺すだけでは飽き足らず、今になって”使う”とは……。そこまでの男だったとは、さすがに俺も驚いた」

「好きに言え」

 

 いやに饒舌なマダラは、やはり怒りに理性を薄くしているのだろう。

 扉間は静かに、冷静に、現状を分析していた。

 瀕死の畳間には、すでに応急処置を施してある。八門を塞ぎ、禁術による魂の浸食を止め、写輪眼の封印をかけなおした。それもこれも全ては、マイト・ダイの奮戦あってこそのものだ。ダイがマダラの意識を一手に引き受けていたからこそ、扉間は潜み、畳間の治療を行えたのである。

 ゆえに、ダイは己を責める必要などない。ダイがやるべきことをすべてやり遂げたからこそ、今、千手扉間はここに居る。千手畳間も、マイト・ダイもまだ生きている。ダイは負けてなどいなかった。全てを繋ぎ切り、”仲間”へ託すことのできたダイは、圧倒的な”個”に打ち勝ったのである。

 扉間は内心で、ダイを褒め称えた。口にも出さなかったが、ダイに宿るものを、扉間は認めた。その紛れも無い火の意志を、二代目火影が直々に認めたのである。

 そして今、扉間はダイの体に触れると、その八門を外から閉じた。わずかながらも千手のチャクラを注ぎ込み、多少の処置を施す。

 

「ふっ……。畳間がワシに叱られるのを覚悟で、八門遁甲を持ち出した理由が分かったわ」

 

 ダイの体から手を離した扉間は、にやりと笑みを浮かべると、再びマダラへと向き直った。

 扉間の言外の言葉を受け取ったダイは、あまりの喜びに涙を流す。己の努力は決して間違いでは無かったと、二代目火影に認められたと言う事実は、ダイの涙腺を崩壊させるに十分な破壊力を宿していたのである。

 

 けれどもうちはマダラにとっては、そんなものはくだらない三文芝居に過ぎない。マダラは苛立たしげに眉根を寄せると、こきりと首を鳴らした。

 

「俺を前に随分と余裕だな、扉間。それは俺をいつでも殺せるってことか? それとも、その八門遁甲の小僧を、穢土転生の生贄にでも使おうということか。確かにイズナを呼び出されれば、さすがの俺も参ってしまうかも知れんな」

 

 憎しみを多大に含んだマダラの軽口に、扉間は答えなかった。

 千手扉間は、己の内弟子である千手畳間が、うちはイズナの魂を宿していることを知っている。ゆえに穢土転生では、うちはイズナを口寄せすることは出来ない。

 千手扉間は考える。マダラの言動には、大きな齟齬がある。千手畳間の中に宿るうちはイズナに惹かれてやってきたのは確かだろう。だがマダラは、イズナのチャクラが発現した理由を、口寄せ・穢土転生によるものだと考え違いをしている。

 

 うちはマダラは、愛情深い男である。扉間は長年の研究からうちは一族の特性を深く理解していたし、その中でも突出していたマダラのことも、その死後、調べ尽くした。ゆえに、うちはイズナが転生し、千手畳間として存在していると知れば、まず間違いなく、千手畳間は連れていかれる。あらゆる拷問を以て洗脳し、第二のマダラに仕立て上げようとするだろう。千手畳間は扉間の内弟子であり、亡き兄・柱間が残した未来への種。決して、うちはマダラに渡すわけにはいかない。ゆえに扉間は己が穢土転生でイズナを口寄せしたとマダラに思い込ませたまま、マダラの狂おしいまでの殺意と憎悪を、その一身に受け止めるのである。

 

「だが扉間。イズナを使った割には、随分とやられたな。かつて(しのび)一の速さを誇ったお前も、今ではそのざまだ。やはり、年には勝てないか?」

「……」

 

 マダラの言葉に、扉間は静かに瞬きをすることで答えとした。動揺も焦燥もない。扉間はただ己を見つめ、現在の最善の手を打つのみである。

 けれども扉間の背に守られているダイは、そうもいかない。熱く、若い彼は、マダラの言葉に怪訝な表情を浮かべ、次の瞬間、あまりの驚愕に息を呑みこんだ。

 

 ―――扉間の、青かった鎧は朱色に染まり、各所が破壊され、鎧としての性能が失われている。鍛え抜かれていた長い手足の肉が所々削げ、指が数本欠けた掌は今も尚、鮮血に濡れている。見様によってはダイや畳間よりも重い傷を負った彼は、けれども背負うものの重さがゆえに、決して屈することは無い。

 

 ―――里を慕い、貴様を信じる者を守れ。そして育てるのだ、次の時代を託すことのできる者を……。

 

 扉間が火影となる猿飛ヒルゼンに遺した言葉であり、ヒルゼンに示した道である。里を慕い、火影(扉間)を信じる者―――すなわち猿飛ヒルゼンたちを守り、次の時代を託せる人材へと育て上げた。扉間自身が歩んで来た道を、扉間はヒルゼンに示したのである。ゆえに、扉間は最後の瞬間まで、己の”忍道”を貫き通す。

 

「答えろマダラ、お前は何故生きている」

「柱間との戦いで、俺は確かに死んだ。俺の死後、お前が俺の死体を処分せず、研究に利用するだろうことは分かっていた。ゆえにな、死後しばらくしてから、分身と俺の”死”を入れ替えるように、事前に細工をしておいただけの話だ」

「―――うちはに伝わる、イザナギとかいう術か。片目を代償に、運命を描きかえる」

 

 髪を掻き上げたマダラ。今まで黒い長髪に隠されて来たその奥にあったのは、色を失い、白く濁った眼球である。髪を降ろし、再び片目を隠すと、マダラは笑った。

 

「そこまで調べ上げたか。あるいはうちはの者が教えたか? 有り得ない話では無い。今のうちは一族は、かつての誇りを失った腰抜けどもの集まりだ。二代目火影様直々の命令とあれば、断れまい」

「マダラ、その言いようだと、ずいぶんと気にしているようだな。一族から相手にされず、たった一人で”抜ける”ハメになったことを。たった一人の肉親に、絆でも求めて彷徨い出て来たか」

 

 マダラから表情が抜けた。幽鬼のように不気味な表情は、長年相対してきた扉間であっても、見たことの無い類のものだった。扉間は怪訝そうに眉根を寄せて、来る激戦に備え、チャクラを練り始めた。

 

 風の流れが変わる。空間の雰囲気が変わった。 

 

「―――扉間。俺はこれでも驚いていてな。あまりにも大きい怒りと、深い憎しみだ。弟が死後の安寧までも奪われたと思うと、胸が苦しくなる。気づけば、体が動いていた。本来ならば隠れ潜まねばならぬ中―――俺も存外、情に厚い男だったようだ」

「お互いにな」

「相も変わらず、ほざきやがる」

 

 自分に酔うように―――いや、酔っているふりをして、マダラはその激情を抑えているのだろう。マダラは扉間のことを嫌っているが、舐めているわけでは無い。戦闘においては己をも上回る速さを誇り、数々の術を生み出した頭脳、他人の弱点を的確につく眼力、柱間と共に忍界最強の千手一族を率いて来た手腕、純粋な戦闘力―――全てを認めたうえで、マダラは扉間への評価を下している。すなわち、うちはマダラであっても、侮れば負けうる男である、と。

 けれどもその深い激情は堪え切れるものでは無い。マダラの口調から含み笑いは失われていき、纏う雰囲気は徐々に鋭利さを増していた。マダラは血に濡れた扉間を見据え、その体全体を眺めた。複雑な思いを乗せた瞳は薄らと細められ、哀愁を乗せた表情が浮かび上がった。それはかつての好敵手の一人が、無残な重傷を負っているという現実が哀しいからでは無い―――。

 

「扉間……。正直な……ずっとお前を、”そう”してやりたいと思っていた。お前は……イズナを殺めた男だ。この手でお前を、血に染めてやりたかった」

「マダラ、お前がなにを考えているのかは知らん。だが、お前はすでに表舞台から降りた男―――忍びの世のため、木ノ葉のため、二代目火影として、貴様は決して生かしてはおかん」

 

 二人が風に乗る。重々しい鎧の音が重なり、刀が交差した瞬間―――火花が散った。

 

 

 扉間の前方一面が、爆炎の海に呑みこまれた。

 

 ―――丑申卯子亥酉子寅戌寅未子壬申酉辰酉丑午未酉巳子申卯亥辰未子丑申酉壬子亥酉。水遁・水龍弾の術。

 

 一瞬のうちに凄まじい量の印を結びきった扉間の足元から巨大な水の龍が出現し、爆炎の海の一角を呑みこんだ。扉間は水龍の影に隠れてマダラへと肉薄しつつ、口内でチャクラを練り上げる。

 

 ―――水遁・天泣。

 

 印を用いない性質変化、鋭利な針状に保つ形態変化を併せ持った、忍術の極みの一つ。圧倒的な暗殺・奇襲性を内包したその術は、口内に水針を留めたまま、別の術の発動が可能である。けれどもそれは、扉間が卓越した忍術の使い手で在ると言う証明であり、他の忍びが安易に真似できるほど簡単な技では無い。

 

 扉間の頭上、水龍の背中に、炎の龍が激突した。火遁・豪龍火の術―――連射も可能な龍を象った火が、扉間の水龍を食い破らんと荒ぶる。

 扉間は素早く印を結び、地面に手を押しあてた。次の瞬間、扉間の背後から土の槍が飛び出し、そこに現れたマダラの分身を貫き消滅させる。続いて首を半月に動かしながら、口内の天泣を凄まじい勢いで発射する。それは扉間に迫っていた火遁・鳳仙花の術で形作られた無数の火の球を寸分たがわず撃ち落とし、勢いをそのままに、その先にいるマダラへと迫った。天泣はマダラの刀によって撃ち落とされたが、扉間は瞬身の術を使ってマダラの背後へと迫り、素早く印を結んだ。水遁・水鮫弾(すいこうだん)と呼ばれるその術は、鮫を象った水の巨大な弾丸を叩きつける、霧隠れに伝わる秘術の一つ。それを、マダラは須佐能乎を展開することで難なく防いで見せた。

 

「水の無いところとはいえ、この程度(レベル)の水遁とはな……やはり鈍ったか、扉間。むっ……」 

 

 マダラの軽口を、扉間は許さなかった。須佐能乎の中で、ぎゅっと眉根を寄せたマダラを見て術の成功を確認した扉間は、再び印を結ぶ。

 

「相も変わらず黒暗行とはな、芸が無い。扉間、やはりお前は姑息な奴だ」

 

 幻術・黒暗行。畳間にも伝授した、相手の感覚を奪う幻術である。

 扉間は須佐能乎の弱点である、足元からの攻撃を即座に行った。水龍がマダラの足元から突如として飛び出したが、その数瞬前に、扉間の動きを読み切っていたマダラに、飛び上がることでそれを躱される。

 

「水遁・水龍翔弾」

 

 マダラに追い縋る水龍が咢を広げ、その口内から凝縮された水の弾丸が発射される。それは龍の口内で乱回転し、球状に圧縮された濃密度の破壊球である。それらは須佐能乎に激突すると唸り声をあげて須佐能乎を削り取っていく。

 

「ふはははは! 扉間、思えばお前とやり合うのは初めてだったな!」

 

 須佐能乎を徐々に剥がされていると言うのに歓喜の雄叫びをあげるマダラに、扉間はその危険性を再度認識する。

 生かしておけば、必ずのちの世の災いになる男。ヒルゼンたちを逃がすための囮として散るはずだった身が今も尚、満身創痍ながらも生きているのはすべて、兄・柱間のやり残したことをやり遂げるためだと、扉間は考えている。

 雲との同盟を失敗し、二代目火影・雷影が失われた忍界は、この(のち)未曽有の戦国時代が訪れるだろう。かつて一族間であった戦いや、戦国時代の終結直後がゆえに戦力が揃い切っていなかった第一次忍界大戦とは比べ物にならないほどの、巨大な戦争が訪れる。扉間は雷影と最後の言葉を交わしたときから、その未来を見据えていた。ゆえに、これから訪れるであろう血で血を洗う地獄のような世界の中で、決して消えない炎を、扉間は選んだ。

 誰よりも優しく、甘いところがある猿飛ヒルゼン。少々危ういところはあるものの、扉間の思想を強く受け継いでいる志村ダンゾウ。二人が手を取り合えば、きっと木の葉は強くなる。そして戦争を越えたその先で、新たな世代を作り上げてくれるだろうと、信じている。

 そして、千手とうちは、かつて戦国時代を支配した二つの巨大な一族を結びつける可能性を持つ、千手畳間。千手とうちはが真の絆を育めるのならば、きっと、あらゆる里との間にも、あらたな絆を育めるだろう―――扉間はその先に在る夢を信じている。ゆえに扉間は、己の全力を以て、うちはマダラを撃破する。

 

 扉間には時間が無い。処置を施した畳間は、放って置いても死なないだろう。ダイにもチャクラを分け与えた。ゆえに、仮にここで扉間が死んだとしても、二人がすぐにどうこうなることは無い。マダラさえ殺しきれば、それで良い。

 

 火遁・爆風乱舞。 

 

 本来ならば風遁使いと火遁使い、二人居なければ発動出来ない術を、マダラは一人で披露して見せた。風遁によって威力を増した火の嵐は扉間の水龍を掻き消して余りあり、扉間もまた、爆風の煽りを受けて吹き飛んでいく。地面を転がる扉間は、身を蝕む激痛をものともせずに体勢を立て直し、再び口内で天泣を練り上げる。

 

「死ね、扉間!」

 

 爆炎の中からマダラが放った火の龍は、尾獣ほどの大きさを誇っている。扉間はそれを目にしても絶望することなく、己のすべてを賭けてそれに相対する。

 扉間は無数の天泣を打ち出しながら、それに追従するように苦無を投擲し、印を結んだ。それは手裏剣影分身の術。影分身をヒルゼンに伝授し、ヒルゼンが考案した術を、今度は師である扉間が使用した。苦無は無数に増殖したが、火の龍に呑みこまれて行く―――。

 

「やはり扉間には”面”での攻撃は意味をなさんか。強かな男よ」

 

 火の海を突き破り突如として現れたそれをマダラが躱せたのは、扉間が常々、敵が勝利を確信した瞬間に、必殺の一撃を繰り出すと知っていたからだ。

 マダラの須佐能乎を突き破り、顔面の真横を通り過ぎたのは、水遁・水断波。あらゆるものを切断し、貫く扉間の最強の一撃である。さらに突如として現れた無数の水針―――天泣と、無数の苦無たち。天泣、水断波によって生み出された道を、苦無は駆け抜けて来たと言うわけである。

 マダラは苦無や天泣を避け、あるいは撃ち落とす。水断波によって穿ち抜かれた風穴から天泣が入り込み、須佐能乎の中で、マダラは身を捩らせてそれを躱す。すべての攻撃を撃ち落としたことを確認したマダラは、扉間によって開けられた風穴を修復するために、須佐能乎を”解除した”。

 

「―――飛雷神斬り!」

「と、扉間ァ!!」

 

 その瞬間、扉間は苦無のマーキングを用いて飛雷神の術を発動し、マダラの体を、腹を切り裂いた。水の性質変化と形態変化を―――すなわち水断波の切断能力を纏わせた忍刀はマダラの鎧を容易に切り裂き、はらわたを零れさせる。

 

 だが―――扉間は畳間を救うため、金角部隊をやり過ごしたのち、その重症の体で飛雷神の術を使った。そしてダイに己のチャクラを譲渡し、今、満身創痍のままうちはマダラと戦い、チャクラを使い果たした。もはや、術は使えない。

 かつてうちはイズナを殺害した技によって、兄であるマダラもまた殺されようとしている。マダラはその事実に激怒し、怒りに痛みを忘れた。

 

 その二つが、危機を好機に、好機を危機に変化させる。

 

 須佐能乎の剣が、扉間の体を貫いた。

 

 もはやこれまでと、扉間は思った。だが、これで終わるまいと、扉間は動いた。須佐能乎に貫かれたまま、扉間は腕を動かし、マダラの首を刎ね飛ばす―――。

 どさりと倒れ伏したマダラの体を見下ろし、扉間は思考する。決してこれが終わりでは無いことを、扉間は知ってしまった。うちはマダラにしては”弱すぎる”。分身か、あるいは分裂か。うちはマダラであっても、本物では無い。それはすなわち、本体が別に生きていると言う証明に他ならない。

 

(―――だが、ここまでの精巧さ。力の一端を裂いているのは間違いない。であれば、今首を刎ね、確実に殺したぶんは、還元されぬままであるはず……。もはや体が動かん。言葉すら……だが……木の葉には、サルが―――三代目火影がいる)

 

 扉間は、首を刎ねられてなお消えぬマダラの死体を見て、推測を続ける。そして本体が出張ってこない以上、マダラはしばらくの間は、動けない状況にあるとみて良いだろう。あと数年もすれば、この一連の事件を経て、猿飛ヒルゼンが三代目火影として”完成”する。ならば心配はないだろう。”サルならば”と、扉間はヒルゼンに厚い信頼を置いていた。

 

(畳間……里を慕い、ワシを信じたあの馬鹿者を、ワシは、守りきれただろうか……。ワシがしてやれるのは、ここまでのようだ……。後は、若き世代に任せるとしよう……兄、者……)

 

 静かに瞳閉じた扉間の頬に浮かんだのは、未来を信じる、穏やかな笑みだった―――。

 

 

 体を引きずるようにして、ダイは前へと進んでいた。火の海と巨大な水溜りが、まるで互いを喰い合うように点在している。

 

「二代目様……どこにいらっしゃるのですか……」

 

 激闘の音が止んで久しく、そこには人の気配を感じない。けれども揺れ動く炎、炎を反射する水の鏡が不自然に整っている。それはまるで、ダイに光の道を示しているようだった。ダイは一瞬の迷いの後、その先を真っ直ぐに進んでいった。

 そして―――

 

「二代目様! 御無事ですか!」

 

 炎に囲まれてなお、血に濡れなお、倒れ伏すことなく佇む扉間の背中を見つけたダイは、痛む体を推して駆け足になる。その足元に在るのは、赤く染まった首の無い男。黒い長髪が絡まったなにかが、すぐ傍に在る。

 

「良かった、二代目様! に、にだいめ……さま……」

 

 扉間に駆け寄ったダイは、その姿を近くで認識した瞬間、言葉を失った。忍刀を握り締めたまま、火の中に在って微動だにしない扉間の体には、巨大な風穴が開いている。緋色に染まったそこは、けれども血の流れは止まっている。すでに体中の血液が流れ出した後だということである。すなわち、二代目火影千手扉間は―――

 

「た、立ったまま……身罷られて……に、二代目様……。ぐ、ううぅ、ぐぅぅうう……」

 

 ダイは扉間を奉るように膝を着き、深い哀しみに涙を流した。当代火影、千手扉間。最速と謳われ、戦国の世を駆け抜けた彼は、子供を守るために行き、そして死んで行った。ダイは哀しみの中に、けれども、心中に灯る熱き心を感じた。ダイは扉間の中に、真の火の意志を垣間見たのである。瀕死の重傷を負いながらも戦い抜いたその姿は、ダイの心に、確かな火の意志を宿らせた。

 顔をぐしゃぐしゃに歪め、ダイは涙を流し続ける。そして―――

 

「万華鏡写輪眼―――イザナギ」

 

 ダイは崩れ落ち、意識を失った―――。

 

「扉間め……」

 

 生首が動き、呟いた。両目から色を失った生首は、瞳を閉じたまま、ため息を吐く。

 

「土影の”分裂体”を真似てみたが……力が大幅に落ちる上、本体にも少なくない影響が出るとはな……。これでは影分身の方がマシだ……。やってくれる、扉間……。俺の存在を公にするわけにはいかん多少リスクはあるが、やむをえんな……」

 

 マダラが行ったのは、万華鏡写輪眼による、記憶の改ざんである。うちはマダラと言う存在を、ダイの記憶から消し去った。本来の力である運命の改ざんをすると、本体であるマダラすらも、両目を失明してしまう危険があった。故にリスクはあるものの、ダイの記憶を改ざんすると言う、ギリギリの選択を下したのである。

 

「だがまあ、扉間……。お前をこの手で殺せたのは、僥倖か……」

 

 言い終えて、マダラの肉体がチャクラの粒子に変化し、まるで水に溶けていく粉のように失われて行く。残ったのは、扉間の亡骸の傍で倒れ伏すダイ、そして、離れたところに眠る畳間の二名。

 

 語られぬ死闘は今、幕を閉じた―――。


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