綱手の兄貴は転生者   作:ポルポル

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頑張れ下忍編
待ち受ける災禍


 木ノ葉隠れの里の演習場。一年前に畳間とアカリが破壊したこの場所も、今となっては綺麗に修繕され、荒らされた痕跡も残っていない。

 

 そんな演習場の一角に、女が二人。

 畳間は静かに、二人の傍へと近づいて行く。

 

 一人はその艶やかな黒い長髪を後頭部で止め、動きやすそうに高くまとめた、うちはアカリ。

 一人は太陽に映える優しい金色の髪を団子状に後頭部で纏め、片側の前髪をおろしている、山中イナ。

 

 二人は同じような格好をしており、タンクトップで胸部を隠し、動きやすそうなホットパンツを穿いていた。ホットパンツからすらりと伸びた長い脚は美しい線を描き、曝け出された二の腕は程よく引き締まっている。放り出された臍、白い肌下の筋肉は絞り上げられており、薄らと浮き上がった腹筋が美しかった。両者とも女らしい丸みを保ちつつ、忍びとして必要な体つきに磨き上げている。両者の間で違うもののがあるとすれば、それは胸部の膨らみ方のみである。

 

 畳間は二人から少し離れた場所で立ち止まると、怪訝そうに眉根を寄せる。

 

(あいつらは何をやっているんだ……)

 

 この場所は若き忍びたちが己が力を磨き上げる演習場である。イナとアカリがこの場にいると聞いた畳間が、二人が仲良く修行をしているものだと考えたとしても、何らおかしいことは無いだろう。もしも必要なら組手の相手になるつもりもあったし、当然、アカリとイナは組手をしているものだと、畳間は思っていた。

 よって、畳間から少し離れたところにいるイナとアカリの現状は、畳間にとっては予想外でしかなく―――。

 

 

「あ、ああああ!!」

「頑張って! あと少しなんだから!」

 

 汗を滴らせたアカリが苦しそうに雄たけびをあげると、白い肌を光に照らされているイナが激励に声を震わせる。一見して美しい光景だが、畳間には解せなかった。

 

「すげー、あのお姉さん二人、お馬さんごっこ(・・・・・・・)やってるぞ……」

 

 不運にも、アカリとイナの姿を目撃してしまったらしい。忍びの卵と想われる少年少女たちが、じっとイナとアカリを見つめている。

 畳間は一度二人の知人に視線をやると、他人のふりをすることを決めた。何故なら、アカリは四つん這いで地面に這いつくばり、イナはそんなアカリの背中に馬乗りになっているからだ。

 

 アカリは体を低く伏せ、伸ばした四肢の先―――拳と爪先で器用に体を支え、演習場を歩き回っていた。その光景を「歩いている」と表現していいのかは畳間には分からなかったが、ともかく、アカリはイナを背中に乗せて、馬のように動き回っていたのである。

 一体全体、あの二人に何があったのか。畳間は知らぬうちに幻術に掛けられていたのかもしれないと、痛くも無い目頭を押さえた。

 

「見ちゃだめだよ、危ないよ!」「あ、でも、パパとママが前に似たようなことやってたような?」「それは見なかったことにしなさい」「プロレスごっこ?」「でも女の子同士だよ」「そういう世界もあるの?」「自来也先輩が言ってた。女の人には秘密がいっぱいあるんだって」「マジかよ。自来也先輩が帰ってきたら聞いてみようぜ」「おしりとか叩くのかな?」「え、なんで?」「おしりたたくの?」「女ってすげー!」「じゃあ、自来也先輩が言ってた綱手さんもおしり叩くの?」「綱手さんかわいい!」「綱手さん綺麗だよね」「綱手さんもあんなことするのかな?」「俺母ちゃんに聞いてみようかな……」

 

 ダムが決壊したかのような、少年たちの怒涛の井戸端会議。子供達の囁き声と騒めきがいくつにも重なって、畳間の耳に届いた。

 

(自来也……。子供たちに何を教えとるんだ、あいつは)

 

 いらぬ知識を後輩に流布しているらしい自来也に畳間は頭痛を堪えつつ、最後に喋った少年の今後の安寧を胸の内で祈った。

 とはいえ綱手の名が出た以上、兄としては他人のふりはできまい。(たむろ)している少年たちの傍に大股で近づいた畳間は、体から威圧感満載のチャクラを溢れさせて、少年たちを覗き込むように、にこりと微笑んだ。

 

「綱手はそんなことしない。いいな?」

「な……ッ」

「な?」

 

 少年の一人が、引きつった声を漏らす。畳間は少年が溢した単語を反芻し、首を傾げた。そして次の瞬間―――。

 

「な、蛞蝓王子だーーーッ!!」「逃げろーー!!」「潰される!!」「食われるぞー!」「貼り付け獄門?」「千年殺しだけは許して」「ばか、はやく逃げるんだよ!」「うわ~ッ!」「こえええええ」「もれちゃった」

「そ、そこまで怖がられると俺も傷つくのだが……」

 

 子供たちは畳間を認識した瞬間、蜘蛛の子を散らすように血相を変えて駆けだしてしまった。畳間は自分の評価があまりにも酷いことになっていたことに打ちのめされ、空を掴むように、虚空へと手を伸ばした。

 

「あら、畳間じゃない。元気~?」

「子供に嫌われるとはな、性格の悪さがにじみ出ているぞ」

 

 今の騒動で畳間に気づいたらしいイナの間延びした声と、アカリの悪意の籠っていない軽口は、畳間に言いようのない脱力感を抱かせる。もはや他人のふりも出来ぬ状況だ。畳間は観念したように、短く整えた髪をくしゃりと掻き上げた。

 相も変わらず、二人は馬と騎乗者という格好を崩していない。近づいてくるアカリはやはり四つん這いであり、イナは大股で腰を落ち着けている。

 

「アカリ、イナ……。その、良い天気だな」

「はァ? 今更改まって何言ってんの?」

「まあ、実際良い天気ではあるが」

 

 畳間のぎこちない挨拶に、イナが不審げに首を傾げる。そのイナの股の下で、縛った黒髪を泳がせているアカリが、どうでもよさそうに相槌を打つ。

 

「邪魔してしまって悪いんだが」

「邪魔ってほどじゃないわよ。ねえ、アカリ?」

「うむ。むしろ畳間も手伝ってくれると助かるが」

「ええ……ッ!?」

 

 「俺も巻き込まれるのか」と、畳間の頬に一筋の汗が流れ落ちる。

 

「ところで、二人は何をやっているんだ?」

「アカリの修行の手伝いだけど……見てわかんない? ほらアカリ、もう少しなんだから続けなさいな」

「うむ、そうだな」

 

 何をしているのかだけ確認をしたかった畳間だったが、イナに当然のことを聞くなとばかりにそげなく返される。見ても分からないどころか、見てると全く別の何かに見えるがゆえの質問だったのだが、イナはそれに気づいていないようだった。

 イナの言葉を受けてアカリが始めた作業は、腕の屈伸運動―――腕立て伏せである。

 なるほど、イナは重り代わりになっていたのかと納得するが、肌の大部分を露出させた女二人がする行為にしては目に毒である。

 実際少年少女たちに悪影響を与えているわけだから、本人たちに理解はさせた方がいいだろう。とはいっても、少年たちの妄想の大部分は、妙な知識を入れ込んだエロ猿の所為のような気もするが―――。

 

「あー……。イナ、俺が同じような格好をして、アカリの上に馬乗りになってたらどう思う……?」

「は、はぁ? 突然どうしたのよ、あんた。そんな……そんな……あっ」

 

 基本的に性的なアプローチを見せない畳間の口から放たれた言葉は、二十を超えて一途なイナに珍しい狼狽をもたらした。

 薄着でアカリの上に馬乗り―――アカリの名を出して嫉妬心を煽りに来たのかと、遂に一年前の約束を果たしてくれるのかと、しかしこんなところでアカリの前でと、イナは頬を赤く染めてたじろいだ。けれどもイナは聡い女である。すぐさま自身が置かれている状況と照らし合わせ、自分とアカリが客観的にどのように見えるかを推測し、畳間が言わんとしていることに辿りつく。

 結果――― 

 

「違う!! 違うの!!! あのね、違うから! 別にそういうんじゃないから!」

「お、おう」

 

 アカリに乗ったまま、イナが凄まじい状況で声を張り上げた。

 畳間はイナの鬼気迫る形相に怯えつつも、アカリの屈伸運動に追従してイナの顔の位置が上下することに若干のシュールさを感じていた。

 

「ちがッ……! た、助けて畳間。イナがいきなり私を押し倒して雌馬になれって……」

「アカリィ、あんたは黙ってなさい! そもそもあんたから言い出したことでしょうが!!」

「―――きゃんッ!」

 

 イナの慌て具合に愉悦を感じたのか、アカリが突如として口を挟む。それが自分の首を絞めることにも繋がっているとは、気づいていないのだろう。アカリの言い分だと、アカリはやりたくも無い馬役をさせられて、イナに使役されている―――ということになる。

 

 そんな言い分に騙される畳間では無いが、イナからすれば堪ったものでは無い。目の前の幼馴染に、もしかすると嗜虐趣味の同性愛者扱いされるかもしれないのだ。イナは目じりを吊り上げて、大きく振りかぶった平手を、アカリの尻に勢いよく叩きつけた。

 はじけるような軽やかな破裂音が響くと、アカリが尾を踏まれた猫のような悲鳴を上げる。

 

「さっきの小僧どもはそういうことかぁ……。秋道さんちの子もいたし……、どうすりゃいいってのよ、もー」

 

 イナはといえば、アカリの形の良い柔らかな臀部を力いっぱい叩いたことで、怒りそのものは晴れたらしい。「勘弁してよー」と泣きべそをかきそうな表情で項垂れて、疲れたようにため息を吐いた。

 

「ほらアカリ、あと少しよ。頑張んなさい」

「うむ、頑張るぞ」

 

 けれども、項垂れてから一瞬後―――顔をあげたイナは一転して優しげな表情を浮かべていた。アカリに掛けた声音はやはり優しいものであり、イナは声掛けと同時にアカリの臀部を再び数度叩いたが、それは母が子を励ますような優しい動作であった。アカリはぎこちなく頷くと、黙々と腕立て伏せを再開する。

 

(この二人の距離感はやはり分からんな……)

 

 畳間は二人のやり取りを見つつ、所在無さげに後頭部を数回掻いた。

 

「いつになく修行……?」

「修行でいいのよ」

「その修行に熱が入っているみたいだけどよ、もしかしてアカリは今度の中忍試験に参加すんのか?」

「当たり前だ。満を持してな」

 

 にやりと笑みを浮かべたアカリは、再び腕立て伏せへと意識を戻す。

 

 初めての中忍選抜試験からおよそ四年。畳間の同期は一人を除いて中忍に昇格し、上忍になる者もぽつぽつと現れている。哀しいことに、下忍のままである”例外の一人”と言うのが、他ならぬうちはアカリその人なのは言うまでもない。

 アカリが躍起になるのは、当然と言えた。

 

「―――九百九十一、九百九十二……」

「とまあ、そういうわけ。今なら中忍になれる気がするって、張り切ってるのよ。エントリーも終わっているみたいだし、畳間も応援してあげて」

「ほう、エントリーも終わっているのか」

 

 きらりと、畳間の眼が輝いた。

 アカリが数えているのは腕立て伏せの実行回数に間違いないだろう。苦しげな呼吸の中に喜びと言うものが紛れているのが、伝わって来る。

 無論、腕立て伏せで腕が過労で痺れることが気持ち良いのではない。恐らく、千回だと思われる達成目標に近づいているがゆえのものだろう。

 畳間はあることを告げようとして、口を噤む。千回を目前にしたアカリに対する仕打ちにしては、あまりにも無慈悲だと思ったからだ。

 

「―――九百九十九! 千……! やったーー!!」

「アカリ、今回の中忍試験、俺が試験官をすることになったから」

「……え?」

「うわぁ……」

 

 なので畳間は千回達成直後に、その事実をお披露目することにした。

 案の定、アカリの動きがぴたりと止まり、達成感に緩んだ頬に緊張が走る。汗ばみ赤らんでいた肌が色を失っていき、限界を超えた腕が震えだす。

 アカリの震えを密着している太ももに感じ、イナが哀れみを込めた吐息を漏らした。パタリ―――イナが立ち上がると同時に、アカリの体が崩れ落ちる。 

 

「アカリ、最後に失敗したからもう千回ね」

「ちょ、今のは仕方ないだろう?!」 

 

 イナの無慈悲な宣告に、倒れていたアカリは慌てたように体を起こす。けれども抗議の声は聞き入れられることは無かった。

 アカリは非常な現実に打ちのめされたのか、ぺたんと地面に座り込み、哀しげな唸り声をあげた。

 

「もう、冗談よ、アカリ」

「ほんとうか!?」

「ええ、達成おめでとう……」

 

 体と衣服に付着した砂埃を払っていたアカリは、イナから差し伸べられた救いの手に飛びついて、表情を明るく染める。けれどもイナはどうでも良さそうに視線をずらすと、畳間に視線を向ける。

 

「で、畳間。今の話、本当なの?」

「ああ、何番目になるかはわからないが、試験を一つ、任せてくれるらしい」

「へぇ、凄い大役じゃない。昇格ってこと?」

「まあ、そうな……」

「お前が試験官だと!? 私はどうなるんだ!? 死ねと申すか!?」

 

 座り込んでいるアカリが、血相を変えた。どうやら自分が置かれている状況に気が付いたらしい。イナはアカリの甲高い声に耳を抑えると、不快げに眉根を寄せる

 

「ちょっと、アカリ煩い」

「ふぇえええ」

 

 イナに斬り捨てられた哀しみからか、アカリは情けない声を漏らした。

 あまりにも情けないアカリの様子を見兼ねた畳間が、苦笑しつつ手を差し伸べる。

 

「ほら、とりあえず立てよアカリ」

「た、畳間ぁ……」

 

 ぐずっていたアカリはまるで救世主でも見つけたかのように表情を緩め、ほんのりと頬を染め、その手を握る。ずっと、握っている。畳間の手を支えに立ち上がった後も、アカリは畳間の手を離さない。それどころか両手で包むように、畳間の手を覆ってしまった。

 

「ほぅ……」

 

 畳間は自分のごつごつとした手とは違う、アカリの柔らかな手に包まれて、柔らかな感触を味わった。このままずっと感じていたい温かさは、畳間を穏やかな気持ちにさせる。その気持ちがアカリに通じたのか、アカリは畳間の手を握る力を、ぎゅっと強くしていく。強く、強く―――

 

「いでででで!」

 

 直後、畳間が悲鳴を上げ、アカリから逃げるように手を引っ込める。

 

「あ、いや、他意はないんだ。ただ……印を結べなくなれば試験官なんて、出来なくなるなと思って。すまんな」

 

 畳間に手を振りほどかれたアカリは少し寂しそうにするも、全く謝意が感じられない表情で謝罪の言葉を述べた。

 畳間は痛みを逃がすためにてのひらを乱暴に振りつつ、呆れたように目を細める。

 

「そこまでやるかよ、普通」

「このままでは死活問題にかかわる。私も、必死というやつなのだ」

「お前な、俺を排除するんじゃなくて、実力で中忍昇格を勝ち取ろうって気概は無いのか?」

「いやぁ……。”最近のアンタ”知ってたら、さすがにあたしでもそうするわ」

 

 「今回はアカリに同情する」と言外に語ったイナは、アカリへは憐れみを、畳間には呆れを向けて、肩を竦めた。

 

「なんで……?」

「ほら、イナもそう言っている」

 

 思わぬ援護射撃に喜んだアカリと、竦む畳間。

 ここぞとばかりに、アカリは畳間に詰め寄って糾弾の声をあげた。

 

「そもそも、畳間ァ!! 貴様がすべての元凶じゃないか!!」

「元凶って、これまた人聞きの悪いことを……」

「第二試験を共に戦い抜いたこの私を、最終試験で裏切るなんてことするから!」

「いや、裏切るって……それに関しては俺に言われてもな……」

 

 この私を―――を強調したアカリは、片手を広げ、片手で胸を抑え、まるで舞台役者のような動作である。けれどもその切実な訴えは、畳間には全く届かなかった。

 

「二次試験で組んだ忍びは敵対するように、事前に組み分けされていたらしいし、文句を言うなら扉間の叔父貴宛てにしてくれ」

「おのれ、二代目火影ーッ! 死してなお私の邪魔をするか!」

「お前の邪魔をしたのは、叔父貴が死ぬ前の話だけどな」

 

 畳間が呆れたように言えば、アカリが天に向かって吠える。地団太を踏むアカリは、とても氷の美貌として噂されている女には思えない。

 

 ―――曰く、アカリが通った後の道には、呆然自失で立ちすくむ男たちの柱が作られる。朝に見かけたので話しかけたはずが、いつの間にか夜だった。すれ違いざまに肩が触れたと思ったら、病院で目が覚めた。遠目で可愛いなァと言ったら、電柱とキッスしていた。

 その全ての証言に共通したのは、いっそ冷たさすら感じさせる、美しき赤い瞳と目が合ったということだ。

 

 そう。十中八九、アカリに興味を示した男たちは写輪眼で幻術に掛けられている。間違いないと、畳間は断じている。多少被害妄想が強い女であるから、綺麗だのかわいいだの踏まれたいだのという称賛の言葉を、陰口と勘違いして、黙らせているのだろう。あるいは恥ずかしいがゆえの照れ隠しか―――。

 

(不器用な奴)

 

 そんなアカリを見る畳間の視線は、とても優しいものだった。

 

「はァ……。そもそもな、最終試験ではせっかくのお披露目が台無しになってしまって……。私はショックだった」

 

 落ち着きを取り戻したらしいアカリの、拗ねたような呟き。

 けれどもお披露目とは、一体なにかと、畳間は思考する。

 

(確かあのとき、アカリはカガミ先生から指導受けてたんだっけ。……まさか、こいつ―――)

 

 今、数年越しに明かされた衝撃の事実。

 畳間は呆れたように瞬きを繰り返した。けれども今更ながら、確かに思い当たる節があったことを、畳間は思い出す。

 

 恐らく、兄であるカガミから受けた修行の成果を、アカリは見て貰いたかったのだ。誉めて欲しかったのかもしれないし、認めて欲しかったのかもしれない。

 誰にとは断言しない。

 だが、畳間たちが中忍に昇格したときにアカリが異常に落ち込んでいた原因の一つは―――その”誰か”にお披露目が出来なかったと言う、無念の想い……。

 

(まったく……なんて素直じゃない”妹”なんだ、こいつは)

 

 畳間は苦笑を浮かべる。けれども、その気持ちも分かる。亡き恩師に対して、畳間もきっとずっと、同じことをやってきた。

 

「お披露目と言えばな、俺だってあのときは反則判定で強制退場を喰らってんだ。変わらねえだろ」

「畳間、それとこれとは話が違う。私はルール違反はしていない」

「お前なぁ……」

 

 せっかくアカリのフォローに回った畳間を、当のアカリが斬り捨てると言う暴挙。畳間は疲れたように肩を竦めると、優しげな視線から一転、呆れたように目元を細める。

 

「それに、お前を仕留めたのは、俺じゃなくてイ――」

「畳間、あんたにはアカリの気持ちが分かんないの?! 同期はみんな中忍、そのうちの何人かはもう上忍にもなっているっていうのに……辛いに決まってるじゃない」 

 

 アカリの矛先をイナに向けようとした畳間だったが、静観していたイナはそれを瞬時に悟り、その策略を潰しに掛かる。アカリに同情するような言葉の後、イナは哀しげに目を伏せた。

 畳間はびっくりしたように大きく口を開くと、目の前の幼馴染が自分を売りとばしたことに気づいた。

 

「いや、イナ……。その”上忍になった何人”かのうちの一人はお前……」

「そ、それに!! 同じ班のサクモは白い牙なんて通り名で呼ばれちゃってるじゃない。あんたにしても、この一年でヒルゼンさんの側近に昇格したうえに……なんだっけ、鯉のぼりだっけ? なんて呼ばれて」

「いや、昇り龍だけど。鯉のぼりてなんだよ」

「いいじゃない。昇り龍がなんぼのもんよ」

 

 自分の通り名を訂正する畳間だったが、いやに冷たい声音のイナに斬り捨てられる。「いつものイナじゃない」と、畳間は怯んだ。

 そこに乗り込むのが、アカリである。「そうだ……」と天啓を受けたかのように呟いたアカリは、わなわなと唇を震わせている。これはまた面倒なことになりそうだと内心でため息を吐いた畳間は、気だるげな所作で頭を掻いた。

 

「私だけが下忍のまま……! くそぅ! くっそーーー!! この気持ちが畳間ァ、貴様に解ってたまるかぁ!」

「そりゃ分らんけど」

 

 叫びながら、アカリは畳間の胸倉を掴んだ。その動きは畳間の目を持ってもしても捉えきれぬほどで、されるがままに首を揺らした。畳間の気の無い返事が腹立たしいのか、アカリは不愉快そうに眉根を寄せた。

 

「あのなァ、アカリ」

 

 胸倉を掴むアカリの手首を握り、畳間はその横暴を止めさせる。そして視線に少々冷たい色を乗せて、アカリを見下ろした。この一年で研ぎ澄まされた視線は鋭く、頬に残るかつて刻まれた刀傷が威圧感を増大させる。

 

「なんだその眼は……」

 

 アカリは、その鋭い視線を真っ向から受け止めた。目の前の男には決して屈しないと言う意思が鋭い視線となって顕れていたが―――少し視線を降ろせば、その華奢な腰は完全に引けている。

 

(まったく……意地っ張りは変わらんな)

 

 そもそも畳間は、そしてここにいないサクモもまた、アカリが中忍に成れるように、今まで色々と手を尽くして来た。そのすべてを蔑ろにしたのはアカリ自身であり、畳間からすれば、アカリに責められる謂れなど存在しない。とはいえ、言いたいことは分からないでもないし、気持ちだって察せられるというのが、畳間の本音だ。

 

 この数年間、アカリはすべての中忍試験に落ちているわけだから、再び中忍試験が近づけば緊張で荒れもするだろう。不安なら不安と言えばいいのに、変に意固地になってしまうのは、染み込んだ癖が抜けきっていないからか。弱い自分を晒すことへの抵抗は、アカリの中に未だ根強く残っているようである。

 ならば友として、畳間は飾り気のない本音を、アカリに伝えることにする。

 

 畳間はくしゃりと笑みを浮かべると、握り拳を振り上げる。表情と行動が一致しない異様な畳間に怯えたのか、あるいは単純に殴られることを恐れたか、咄嗟のことに、アカリは肩を竦めて目を瞑った。

 

 ―――こつんと、アカリの額が小突かれる。

 

 アカリが目を開くと、そこのあったのは苦笑い。

 畳間は拘束していたアカリの手を解くと、扉をノックするように、アカリの白い額を拳の甲で軽く小突いたのである。

 アカリは目を白黒”赤”させている。額の一か所が少し赤く、そして徐々に顔全体が赤みを帯びていく。唖然、だらしなく口を開いたアカリは、まるで餌を待つ金魚のようである。

 

「大丈夫だ。今のお前なら、どんな試験だって乗り越えられる。それは俺が保証する」

「ぅん……ありがと」

 

 停止していたアカリは小突かれた額を両手で隠し、こくりと頷いた。

 畳間はそんなアカリから少し距離を取って、鼻を鳴らす様に、微笑みを浮かべた。

 

「そのあんたが極悪試験官なわけだけどね」

 

 けれどもイナは、畳間が巧妙に話を逸らしたことに気づいていた。冷たい視線を送られて、畳間は密かに冷汗を流す。

 

「けどま、何かしらね? この可愛い生物は」

 

 縮こまっているアカリがあまりにも普段と違いすぎて驚いているのか、俯いたアカリの頬を、イナが左右から揉みしだく。

 

「やめんか!」

 

 少し揉まれた後、アカリはいつも通りの反応を返したが、その頬は赤く染まったまま、口端が緩もうとするのを隠しきれていなかった。

 

「でもさぁ、あんた大丈夫なわけ? 一応、昇進なんでしょうけど、あんたに”試験”なんて考えられんの?」

 

 しばらくして、女同士のじゃれ合いを終えたイナが心配そうに口を開く。実際、養成施設時代の畳間はお世辞にも成績が良いとは言えないものだった。ゆえに畳間が「座学は無理だ」と恥ずかし気も無く言い切っても、イナは「でしょうね」と頷くだけで終わる。

 

「だから、実戦形式になるだろうけど、内容がな……」

「そこはまあ、今までの試験を参考にしつつ、考えて行けばいいんじゃないかしら」

「そうだな。超忍者蹴鞠も場合によっては”あり”か……?」

「いや、それはどうかなぁ」

 

 始めての中忍選抜試験のことを思い出して呟いた畳間に、イナもまた当時を思い出し、苦笑いを浮かべる。あれは一発ネタのようなもので、またやっても受けが悪いのではないかと、イナは畳間に伝えた。

 

「そうだ、私にいい考えがある!」

「あら、なにかしら?」

「……」

 

 何か妙案を思いついたらしいアカリの発言を受けて、イナは小首を傾げた。アカリが下忍として試験に参加する以上、アカリの意見は全部却下されるのが必然なのだが、そこは情けと言うものだ。優しげな笑みを浮かべるイナがいる一方で、何となくアカリが言わんとしていることを察した畳間は、嫌そうに目元を細めた。

 

「畳間、試験内容を私に―――」「試験内容を下忍に教えるつもりは無い」

 

 アカリの言葉尻を潰すように、畳間が言葉を重ねた。

 畳間に斬り捨てられたアカリは、その驚愕に目を開き、半開きの唇を震わせている。

 

「応援するって言った!」

「それとこれとは別なんだよなぁ」

 

 半泣きで言い縋るアカリに、畳間は全く痛まない心で現実を突きつける。

 

「むむむー……畳間、やはり私たちは戦う運命に……」

「やめなさい。今度はサクモじゃなくてあたしを巻き込むつもり?」

「イナ、やめ。別にそんなつもりは……いったーい!」

 

 写輪眼を発現して畳間に肉薄するアカリを引き戻すために、イナはアカリの髪房を握り締める。アカリは頭皮がはがれるような痛みに耐えかね、叫び声を上げる。

 

「畳間、あんたの言いたいことは分かったわ。このお馬鹿をお仕置きしたらあんたの家に行くから、そこで試験について話し合いましょう」

 

 アカリを引っ張りながら、イナは振り向き様に畳間を見た。

 

「あ、イナずるいぞ! あ、いたい」

「助かる。待ってるよ」

 

 イナの知恵を拝借するという約束を取り付けられ、目的を果たした畳間に、引き留める理由はない。

 ずりずりと引きずられて行くアカリを見送って、畳間はさっさと踵を返したのであった。

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