綱手の兄貴は転生者   作:ポルポル

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4部アニメ化決定おめでとう


写輪眼は砕けない

 アカリたちは突然の襲撃者から距離を置くため、鬱蒼とした森の奥深くへと逃れて行った。得体の知れない襲撃者の不気味な気配を背中に感じながら、二人は逃走の痕跡を残さぬよう慎重に、けれども素早く、木々の合間を駆け抜ける。

 

 その最中、アカリは、波打ちうねる様な成長を遂げた木々と、ぽっかりと空いた空洞を目にした。

 聳え立つ大樹は寿命を迎えると横たわり、新たな命の糧として朽ち果て、土へと還る。森林の中にぽつぽつと見受けられる空洞は、連綿と受け継がれる命の螺旋の証であった。

 

「大蛇丸、あの場所に一端隠れるぞ」

 

 けれどもアカリは感傷に浸ることもなく、綱手を抱えた大蛇丸を空洞へと誘導する。着地し、身を屈めた二人は腰を落ち着けた。

 

「どうした、大蛇丸」

 

 アカリが訝し気に眉を顰める。

 綱手の体を横たえた大蛇丸が、掛けられた幻術を解除しようとしない。

 写輪眼によって掛けられた幻術を自力で解除するのは、並大抵の実力では不可能だ。解除するには、外部から手を貸さなければならない。だというのに、大蛇丸は一向に、綱手の幻術を解く気配を見せない。

 

「大蛇丸、何故、綱手の幻術を解かない?」

「とっくにやっている。だが……」

「なに……?」

 

 ―――解かないのではなく、解けない。

 

 大蛇丸の悔し気な表情。

 そんな馬鹿な話があるかと、アカリはすぐさま綱手の肌に触れる。

 

「馬鹿な……」

 

 アカリが驚愕に声を引きつらせる。

 

 幻術とは「チャクラの流れ」に干渉し、対象の精神を支配下に置く高等忍術である。チャクラとは、肉体と精神の力を練り合わせて生み出される力であり、ならばチャクラを支配されることは、忍びにとって、肉体と精神、その両方の主導権を奪われるということに他ならない。

 

 だが、他人のチャクラの流れを支配すると言うのは非常に難しく、研ぎ澄まされた高度な技術と、何より、本質的な幻術への適正と才能が必要となる。五大属性とは別にある”陰遁”に含まれる幻術は、性質変化以上に本人の才能を要求されるため、極めるのが非常に難しい分野の術である。

 

 チャクラの流れを支配される―――その危険性がゆえに、幻術は対策法が研究されつくしている。

 幻術に掛けられた後ならば、痛みによる強制覚醒。幻術を掛けられる前ならば、「幻術返し」によるカウンター。

 そのため幻術は、強力かつ修めることが難しい割には、呆気なく破られることも少なくはない。そのため多くの忍びは最低限の知識を学べば、幻術の修行を切り上げて、性質変化へと修行の方向性を定める。

 

 ―――だが、術者に幻術の才能とセンスが備わっていた時、この術は恐るべき能力へと変貌する。

 

 幻術を意のままに操る瞳術―――”写輪眼”を有するうちは一族が、千手一族に敗れた今も尚、忍界にて最強と謳われている理由が、ここにある。

 瞳を合わせただけで、印も無く対象を幻術へと叩き落す写輪眼の瞳力は、数十年幻術の研磨をした老練の忍びが、年若い写輪眼使いに手も足も出ずに敗北することすらあるほどに、強力なもの。「一対一なら必ず逃げろ」と言わしめる、他を寄せ付けない圧倒的なまでの幻術の才能は、確かに最強と謳われるに相応しい。

 

 ―――才能を持つ者が操る幻術は、例えるならば『夢』を見ているような状態を作り出す。

 自分が夢を見ていることを理解していても、人が自らの意志で覚醒出来ないように、人は幻術に掛けられたことを理解していたとしても、その縛りを自ら振りほどくことは出来ない。

 痛みを発生させる行動を起こすことすら許さず、幻術返しを塗り潰す。

 

 だが、あらゆる術には弱点がある。それは、どれほど強力な幻術であろうとも、第三者がチャクラの流れに介入することによって、容易く解除されるということである。

 かつての戦国時代において、写輪眼を有するうちは一族が千手一族に敗れた理由が、そこにある。

 

 写輪眼のうちはと双璧を為した千手一族の英雄・千手扉間は、幾度となく辛酸を舐めさせられた”写輪眼”に対抗するために、とある術を開発した。それが、「影分身の術」である。影分身の術は、写輪眼ですらオリジナルを見抜けないほどの完成度を誇る分身の術の極みとも言えるもの。

 

 扉間は、そして扉間から影分身を伝授された千手一族の忍びは、影分身によって”一対多”の状況を作り出し、”幻術を解除する者”を常に傍に置いた。徹底的なまでの写輪眼対策―――すなわち”数の利”によって、千手一族はうちは一族を降したのである。

 

 ―――ゆえに、綱手の幻術を掛けた男がどれほど強力な幻術を操れるとしても、大蛇丸が、あるいはアカリが綱手のチャクラに介入すれば、その幻術は容易に解除されるはずである。

 

「写輪眼による幻術は、ここまで強力なのか?」

 

 眠り続ける綱手を見つめながら放たれた大蛇丸の言葉に、そんなはずがない、とアカリは否定する。

 

 うちは一族であるアカリだからこそ、”第三者の介入によって幻術は容易く解除される”という法則が、写輪眼にも通用することを知っている。

 

 アカリは改めて、綱手の様子に目を向ける。

 けれども、封印術の影響で写輪眼が使えない以上、瞳力によってチャクラの流れを把握は不可能である。

 

「……」

 

 ふいに、アカリは指先を伸ばして、綱手の首筋に触れた。吸い付くような綱手の肌の感触―――その薄皮の下に、血管の脈動を感じる。

 

 一秒、二秒―――少しの間。

 アカリは綱手の首筋に当てた指を、顎、頬、瞼へと滑らせた。綱手の瞼をそっと持ち上げて、顕わになった眼球を、アカリは覗きこむ。少しして、綱手の瞼を閉じ、手を放した。

 次いで、綱手の慎ましやかな胸元に、アカリは己の耳を近づけた。確かな鼓動がアカリの鼓膜を叩いく。体を起こしたアカリは、力の抜けた綱手の腕を掴み、手首の血管を探る。

 

「―――分かったのか?」

「……」

 

 触診を終えたアカリは静かに、自分の顎を撫でている。

 大蛇丸が沈黙に耐え切れず、声をかけた。

 

「……」

 

 アカリは無言のまま。

 大蛇丸は黙って、アカリの返答を待つ。

 

「……」

 

 アカリは思案気に、自分の顎を撫でている。

 

 撫でている。

 

 撫でている。

 

 撫でて―――。

 

「……」

 

 困った、とアカリは内心で唸る。

 

 

 何 も 思 い つ か な か っ た。

 

 

 アカリは医療知識を持たない。イナの真似をしてそれっぽいこと(・・・・・・)をしたところで、何かが掴めるはずもない。

とりあえずやってみた、といったところだが、それを正直に伝えるのも情けない。

 

「生きてはいる」

「見ればわかる」

 

 それだけか、と言いたげな視線をアカリにぶつける大蛇丸。

 

「幻術は解除されている。それは間違いない。それを踏まえて考えるなら―――外部からの強力な干渉により精神が損傷し、昏睡状態に陥っている……という可能性があるな……」

 

 苦し紛れの言葉を、アカリは平然と言い切った。けれどもアカリの言葉はあながち的外れと言うわけでもない。

 

 強力な幻術は、ときとして人の精神を破壊する。精神を破壊された者は幻術を解除されたとしても、廃人となったまま復帰することができない。そういったケースは、確かに実在する。

 もっとも、正解と言うわけでは無い。そういった強力な幻術は、確かに存在する、と言うだけである。そこまで強力な幻術を操る者は歴史上で見ても稀であり、それこそ六道仙人の時代にまで遡る必要があるだろう。

 

「幻術はあまり得意じゃ無いが、そういうこともあるのか」

 

 表情の変化、感情の顕れが薄いと言う点で、アカリと大蛇丸は似たり寄ったりである。無表情で見つめ合う二人の姿は奇妙なものだが、見る者は誰もいない。

 

 

 早急にイナに診せる必要があると考えた二人だが、木ノ葉と連絡を取る手段が無い。どことも知れぬこの地で、木ノ葉から飛ばされた時空間忍術の効果が切れるまで、隠れ潜まなければならない。恐るべき襲撃者に怯えながら。

 少しして、大蛇丸の言葉。

 

「―――あなたは写輪眼の一族。そこまで強力な幻術を扱う者に、心当たりは?」

 

 核心を突いた言葉に、アカリが唸る。

 

「……私の考えが正しいなら、あの男は……うちはイズナだ」

「うちはイズナ……。抜け忍か?」

「いや……」

 

 戦国の世にうちはイズナが散ってから、すでに半世紀が経とうとしている。歴史に呑まれた一人の忍びの存在をアカリが知っていたのはうちは一族であるからであって、若い世代がその名を知らないのも無理はないことである。

 

「むぅ……」

 

 アカリの複雑な色を混ぜた表情を、大蛇丸が怪訝そうに見つめる。

 

 かつての戦国時代、千手柱間と並び最強と謳われたうちはマダラ。

 今となってはうちは一族にすら嫌悪される存在であるが、一方でその弟であるうちはイズナはしばしば、うちは一族にとっての英雄的存在として語られる。

 

 戦国時代においてうちは一族を率いた強大な力と、最期の瞬間まで一族のことを想い続けたと伝えられるその愛は、まさしくうちは一族を背負うに相応しい男だったと、一族には語られる。

 力を信仰しつつも、そのうちに眠る深い愛を無意識に尊ぶうちは一族ならではと言えるだろう。

 

 アカリにとっても、イズナは幼いころ、子守唄に聴いた英雄。そんな男がどうして、という想いが強く、その表情には影が落ちていた。

 

「うちはイズナはかつての戦国時代、千手一族との抗争の中で命を落とした―――とされている。それが今になって出て来たと言うのはにわかに信じられんが……」

「他に可能性は?」

「奴は写輪眼を持っていた。マダラ襲来以来、うちはから抜け忍が出ていない以上、他に可能性は低い」

 

 とはいいつつも、「本人がそう名乗っていたから」という根拠がアカリの思考の大半を占めていることは言うまでもない。

 

「なるほど……勝算は?」

「はっきり言って、絶望的に無い」

 

 アカリのはっきりとした物言いに、大蛇丸が絶句する。

 綱手とはタイプが違うものの、アカリが勝ち気かつ見栄を張りたがる性格であることを察していた大蛇丸からすれば、素直に自分が敵わないことを認めるとは想っていなかったのである。

 

「うちはイズナは、先代火影たちと渡り合っていたうちはが誇る英雄。大蛇丸ではとてもではないが勝てんだろう……」

 

 微妙に、一族自慢が混ざっているのがうざい。

 顳顬に血管を浮かべた大蛇丸だが、瞬間的に冷静になる。

 

「……人の気配。近くにいるな……」

「うちはイズナか?」

 

 声を潜める二人。アカリの問いかけに、大蛇丸が首を横に振った。

 アカリのいうことが正しいならば、大蛇丸の索敵に引っかかるはずがない。実際、先程は気配一つ感じ取れない完璧な奇襲を掛けられたのだから。

 

 草陰から覗いてみれば、年若い忍びが三人、きょろきょろと周囲を見渡している。様子から見て、新たな受験生だろう。額当ては、木ノ葉―――。

 

「あれは……木ノ葉の忍びか」

 

 三人の年若い忍びたちは、突如として時空間を越えて別の場所に移動したことに戸惑っているらしく、きょろきょろと周囲を見渡している。

 

「ともかく……奴の目的がかつての復讐ならば、もはや試験どころでは無い。木ノ葉隠れへ戻り、三代目火影へこの状況を伝える方法を考えねば。そのためにも、あの者たちと合流するぞ。幸いにも木ノ葉の忍びのようだ。敵では無い」

「先ほど対峙した、岩隠れの下忍たちはどうする?」

「うちはイズナの目的は明確ではないが、自分の存在は秘匿しておきたいだろう。となれば―――」

「口封じ」

「うむ。消された可能性は高い。罠を張って待ち構えている可能性もある」

 

 先ほどの襲撃時、彼らがアカリたちに待ったを掛けた理由も、見えてくる。

 試験開始後、不運にもうちはイズナと鉢合わせてしまったことで、彼らは追われる者となった。命からがら逃げ延びて、怯え隠れているところに、何も知らないどこぞの下忍が現れれば、ああもなるだろう。

 そう結論付けたアカリは、岩隠れの下忍たちへの協力要請の案を却下した。

 

 ともかくと、意識の無い綱手を抱えて、アカリが立ち上がる。

 よく見ても、兄・畳間とは似ても似つかない綱手の寝顔は、幻術により精神を破壊されたとするならば奇妙なことだが、口の端を緩め、安らいでいるかのような印象を受けた。

 

「おい、お前たち」

「ひえッ!?」

 

 下忍たちの怯えた声。その視線は抱えられた綱手に向かっている。恐怖に染まった表情からは、彼らの邪推が容易に想像できる。蒼い髪の少年が、怯える仲間を庇うように前に出た。

 アカリが不機嫌そうに眉根を寄せる。

 

「敵ではない」

「あ、大蛇丸くん」

 

 アカリの隣に並んだ大蛇丸の存在に、下忍たちの肩から力が抜ける。

 

「ふん」

 

 露骨な違いに、アカリが不満げに鼻を鳴らした。

 

 

「つまり、この試験場に敵が入り込んでいるということですか?」

 

 アカリの言葉に大蛇丸が捕捉する形で、簡単な説明が行われた。薄い蒼髪を伸ばした少年が、アカリに結論を問う。仰々しく頷いたアカリに、残りの下忍たちが顔を見合わせて、縋る様にアカリを見上げる。

 

 比較的背の高い大蛇丸でも、未だに10代前半に相応な身長である。一方、ちんくしゃな悪ガキだったアカリも、いつのまにか大人の女へと成長を遂げている。一般的な女性の平均身長よりも高く、抜群のスタイルへと育ったアカリは今、子供たちから見ればこれ以上ないほどに頼もしく見えるだろう。

 

「その、これからどうすればいいんでしょう……」

 

 おどおどと声を出した下忍の女の子に、アカリが視線を向けた。

 相手は、小さな女の子である。しゃがんで声を掛けるという考えの無いアカリの視線は、自然と鋭く見下ろすものとなる。

 

「ひえ」

 

 女の子は怯えたように小さく悲鳴をあげた。

 女の子の悲鳴に、アカリがぷいと首を背けた。

 

「な、何か気に障ることでも……」

 

 綱手が瞬殺され、同年代最強と目された大蛇丸も歯が立たない敵から狙われる可能性があるとするならば、アカリの機嫌を損ねることは死活問題となる。ただでさえ畳間と並び、里の狂犬扱いされている女を目の前にしているのだから、怯えたくもなるだろう。

 

「落ち着いて」

 

 蒼い髪の少年が、震える女の子の肩に手を乗せた。

 

「うちはアカリさん。改めて、俺は加藤ダンと言います」

「……」

 

 加藤ダンと名乗った少年に、アカリが視線を向ける。

 

「この子は人見知りで、誰に対してもそうなんです。失礼だとは想いますが、赦してください」

「……こっちだ。着いてくると良い」

 

 率直なダンの言葉。

 アカリが背を向けて、歩き出す。

 

「俺達を守るために、声を掛けてくださったんですよね。ありがとうございます」

「あまり騒ぐな。見つかるぞ」

「はい」

 

 ダンがアカリの背中に頭を下げ、叱られたことで小さな返事を返す。

 歩き去って行くアカリの背に続いた大蛇丸を見て、ダンは2人の仲間に声を掛けると、小走りで、アカリの背中を追いかける。

 

「……」

 

 不機嫌そうなアカリの表情。

 滑らかな黒髪に隠れた耳は、ほんのりと赤く染まっている。 

 

 

「なんだと?」

 

 アカリたちより遅く現れたダンたちは、アカリたちよりも遅く里へ戻ることになる。その誤差はおよそ一時間。アカリたちが居なくなった後のことを考えると不安が拭えないらしい下忍たちのために、アカリが思いつく限りの罠を周囲に仕掛け終えて、また戻って来たときのことだった。

 

「アカリさん、おかえり」

 

 少し眠そうな表情を浮かべながらも、確かに意識を取り戻している綱手が、アカリを出迎えた。

 アカリはあり得ない光景に戸惑いを隠せなかった。

 

 ―――綱手は幻術で精神を破壊されたのではなかったのか。

 

 アカリは言葉を呑みこんで、大蛇丸の方へ視線を向けた。

 肩を竦めるだけの大蛇丸。

 

 そもそも綱手が幻術で精神を破壊されたというのはアカリのその場しのぎの言葉を、アカリ自身が思い込んでしまっただけであり、なんの証拠も無い仮説に過ぎなかった。

 たまたま、ダンの班員に医術の心得がある者が混ざっており、その下忍の診察の結果、綱手が意識を取り戻さないのは薬物による意識の混濁が原因であり、解毒薬を呑めばすぐに意識を回復するだろうということだった。

 無事に意識を取り戻した綱手に、アカリは安心を覚えなかったわけではないが、言いようのないもやもやがアカリの心中に残ったのである。

 

「強力な幻術……」

 

 大蛇丸の呟き。徐々にアカリのキャラを理解し出したらしい大蛇丸が、アカリに向けて小さく言葉を放ったのである。

 アカリの肩が揺れる。

 

「黙れ大蛇丸」

 

 目玉が零れ落ちそうなほどに目を見開き、大蛇丸を凝視するアカリ。写輪眼は未だ封じられたままであるが、その威圧感は凄まじい。

 睨めつけられた大蛇丸は瞬時に首を反転させた。

 

「ど、どういう状況?」

 

 綱手の言葉に、アカリの目力が弱まる。

 遊んでいる場合では無い。アカリは不機嫌さを残しながらも、腰を落ち着ける。

 

 アカリは、現在、戦国時代の亡霊―――うちはイズナから隠れ潜んでいるという状況を、綱手へ簡潔に伝える。木ノ葉への連絡手段はなく、試験終了まで身動きが取れない以上、中忍選抜試験は諦めなければならないということも。

 

 中忍試験の停止に関しては、綱手としても問題は無かった。元々、イナから伝え聞いた兄の暴走を止めるという目的を一番として、参加したのだ。

 そこで、綱手があることに気が付き、はっと息を呑みこんだ。千手畳間は三代目火影から、試験を一つ任されている試験官であることを、想い出したのである。

 

「お兄様……」

「畳間先輩がどうかしたか」

 

 綱手の呟きに、大蛇丸が問いを投げる。

 綱手が小さく頷いた。

 

「そういうことか……」

 

 それを見て、アカリが呟く。

 

「ど、どういうことですか?」

 

 状況についていけていないダンが、アカリに向き直った。

 

「良いか? うちはイズナは、死んだとされてからおよそ半世紀の間、その存在を忍界から隠し通した男だ。第一次忍界大戦にも参加せず、ずっと、臥薪嘗胆を貫いていた。そんな男が今になって姿を現した理由は、一つしかない。そう……考えるまでも無かったのだ」

「まさか……」

「ああ、この森にいるのだ。奴の復讐の対象が……。千手柱間の孫息子、千手一族次期当主―――千手畳間がな」

 

 アカリの言葉に、下忍たちが騒めきだす。三代目火影の右腕として、里の最高戦力に数えられる彼の庇護下に入ることが出来たなら、身の安全は保障される―――そういった信頼が、そこにはあった。

 

「騒ぐな」

 

 アカリの言葉。

 あくまでもアカリと綱手の気づきは、仮説に過ぎない。実際にいるのかどうかは分からないし、仮にいたとして、見つけ出せるとも限らない。やはりここに潜み続けるのが賢明かと、意見がまとまりかけた時―――。

 

「また貴様らか……。千手の気配がしたと思ったが……」

「風遁・真空弾の術!!」

 

 上方から投げかけられた言葉―――うちはイズナが、見下ろしていた。

 瞬時に印を結び、大蛇丸が上空へ空気の弾丸を飛ばす。だがイズナは突如姿を消し、空気の弾丸は空しく樹木の幹を削った。

 

「逃げろ、畳間先輩を探せ」

 

 大蛇丸の言葉。

 

「はあああああああ!!」

 

 瞬身の術で地面に着地したイズナの上空から、アカリが巨大な棍を振りかぶって落ちてくる。

 イズナは半歩避けることで、危なげなくその攻撃を避けると、着地したアカリの横腹に蹴りを叩き込む。たまらず咳き込み、吹き飛ばされるアカリを、大蛇丸が受け止める。

 

「綱手、狙いは貴様だ! 逃げろ」

 

 大蛇丸の腕の中で、アカリが痛みに表情を歪めながら、叫んだ。だが―――。

 

「―――綱手?」

 

 アカリを蹴り飛ばした片足立ちの体勢から、ゆっくりと足を地に付けたイズナ。まるで獲物を見つけ、首を擡げた獣の如き動で、綱手へと視線を向けた。

 

「そうか、そこの子娘……千手柱間の孫娘か。あまりに弱いので、気づかなかった」

「火遁・豪火球の術!」

 

 綱手に気づいていなかったらしきイズナの反応に、アカリは大変な失敗をしてしまったことに気づいた。イズナは本能的に千手のチャクラを感じ取っていたのだろうが、それが誰から発されているのかは分かっていなかったのだ。

 だとすれば、これからイズナは、まず間違いなく綱手を集中的に狙いだすだろう。

 アカリはそれを阻止するため、イズナを釘付けにすべく、ありったけのチャクラを込めて、火遁の術を解き放った。

 

「逃げるんだ綱手、畳間先輩との戦いを想い出せ」

 

 アカリの術が、イズナと綱手たちの間に炎の結界を作り出す。

 

綱手の脳裏を過ぎったのは、畳間と闘った一年前のあの日こと。

 あのとき、綱手は大蛇丸を残し、自来也と共に応援を呼びに行った。だが、そうした結果、大蛇丸はどうなった―――?

 

「だめよ! これはあのときのお遊びとはわけが違う! 殺されるわよ、大蛇丸!」

「ならばお前が死ね」

 

 陽炎の中から現れたイズナが、綱手の顔面を目掛けて抜き手を放つ。

 

「させん!!」

 

 寸前、イズナの体に、アカリが凄まじい勢いで飛び掛かった。二人はもんどりを打って転がり、草木の中に姿を隠す。

 今のうちにと急かす大蛇丸だが、綱手は優柔不断な態度を見せていた。

 

「カツユなら、畳間先輩がいる場所を把握できる。可能性が一番高いのはお前だ」

 

 大蛇丸の言葉に、綱手がはっと息を呑む。

 

「必ず戻るわ」

 

 言って、綱手が背を向ける。

 大蛇丸がダンに視線を送ると、ダンはそれを受け取って、小さく頷いた。

 

 去って行く綱手たちを見送った大蛇丸の背後で、金属音が響いた。瞬時に距離を取り振り返ると、刀を構えたイズナと、棍を構えたアカリがにらみ合っている。

 

「よそ見をすると死ぬぞ」

「……」

 

 アカリは額と口の端から血を流しており、頬は土埃で汚れていた。呼吸も少し荒い。

 対してうちはイズナはと言えば、ダメージを負った様子も無く、泰然と佇んでいた。うちはイズナの方が格上であることは明白で、大蛇丸は緊張を以て、無言で小さく頷いた。

 

 イズナの姿が、瞬時に消える。

 

「はやい!」

 

 アカリの驚愕。

 一瞬でアカリを追い越して、大蛇丸の下に肉薄したイズナが、刀を横なぎに振った。大蛇丸の腹に薄い切り傷が刻まれる。それだけの傷で済んだのは大蛇丸が苦無を腹の前に出し、咄嗟に軌道を逸らしたからである。

 

 イズナは振り切った刀を掌の中で回転させて逆手に持つと、そのまま引き戻し、今しがた切りつけた大蛇丸の腹に刀の柄を叩きつけた。

 

 傷口に強い衝撃を加えられた大蛇丸は堪らず蹲った。だが、イズナの動きは止まらない。蹲った大蛇丸の顎へを膝で叩き上げる。

 大蛇丸は首を大きく逸らし、その場に仰向けで倒れ伏す。

 

 大蛇丸が倒れ伏すとほぼ同時に、アカリの棍がイズナの胴体を横なぎに抉ろうと振り払われる。

 

「取った!」

 

 と、アカリは想った。

 だが、アカリの渾身の一振りが薙ぎ払ったのは、朽ち果てた丸太―――。

 

 変わり身の術―――イズナを逃したことを理解したアカリは、棍を薙ぎ払った勢いのまま遠心力に乗って、体を一回転させる。イズナが背中に回り込んでいると推測しての、アカリの捨て身のカウンター。

 実際に背後に回り込んでいたイズナは、想いもよらぬ行動に不意を突かれ、棍の一撃を腕に受けた。だが腕に受けたということはガードが間に合ったということである。

 距離を取ってアカリと向かい合ったイズナは、少しだけ痺れたといいたげに、防御した片腕を小さく振っている。

 

「なめるなよ」

 

 アカリが懐から棒手裏剣を二本取り出して、イズナへ向けて投げる。次いで、瞬時に結んだ印は虎。火遁の術が、棒手裏剣に結ばれたワイヤーを辿って、イズナへ迫る。

 イズナは二本の棒手裏剣の間に立ち、難なくそれを避けると、アカリと全く同じ印を結んだ。イズナの口から吐き出された炎はアカリの炎を呑みこんで、逆流していく。

 

「風遁・大突破!」

 

 アカリの口から凄まじい勢いの息吹が吐き出される。ワイヤーを逆流していた炎は大突破の支援を乗せて巨大な奔流と化して逆流し、イズナを呑みこもうと迫った。

 

「土遁・土流壁」

 

 イズナに迫る熱風が、突如として現れた土の壁によって遮られる。進む場所を失った爆炎は暴走し、術者であるアカリへと牙を向いた。

 アカリは爆風に吹き飛ばされて、宙を舞った―――かと思えば、突然爆風が失われ、勢いを無くしたアカリはそのまま地面へと投げ出される。地面に叩きつけられた衝撃がアカリの内臓に染み込んだ。滑り込むように着地した腕が傷つき、血がにじんでいる。

 アカリは傷つき痛む体に鞭打ち、上半身を起こす。

 

 ―――土の壁が作りだされ、爆風を遮っていた。

 

「お、大蛇丸……」

 

 振り向けば、いつの間にかうつ伏せになっていた大蛇丸が、地面に掌を付けて横たわっている。最後の力を振り絞り、アカリを守ったのだろう。

 アカリは影分身の術を発動し、分身を大蛇丸の方へと送り出した。大蛇丸を背負った分身は、綱手たちが向かった方へと飛び去り、戦線を離脱する。

 

 アカリの呼吸が、一息に荒くなる。かろうじて、肘で体を支えているような状態である。

 影分身の術は自身のチャクラを半分に分ける高等忍術。チャクラを大幅に封じられている今、命を削る技に等しいものだったのだ。

 

 ぼろぼろと土の壁が崩れ落ち、その向こうからイズナが姿を現した。もはや満身創痍のアカリに、イズナは哀れむような視線を向けている。

 

「うちはの者を殺したいわけでは無い」

 

 イズナの言葉に、アカリが息荒く、片眉を顰める。

 

「目的は千手の血だ。あの小娘を呼び戻せ。ならば、殺しはしない」

  

 無表情なイズナの視線が、アカリに降り注ぐ。

 同時に、イズナの刀身が、アカリへと向けられる。

 

「え……」

 

 イズナからの提案は、アカリの命を守るものだった。

 憎々し気に歪んでいたアカリの表情がその言葉で憤怒に染まり、けれども一変して縋る様な弱弱しい表情へと変化した。

 

「お前は千手と対を成すうちはの忍びだろう。千手を助ける義理などないはずだ」

「それはそうだが……。ほ、本当に助けてくれるのか?」

 

 アカリの言葉と態度に、イズナが探る様に目を細めた。

 

「同じうちはのよしみだ。約束は守る」

「綱手を呼び戻せば、本当に、助けてくれるんだな……?」

 

 アカリの声が、徐々に弱弱しく張りを無くしていく。

 

「くどいぞ」

 

 そんなアカリを見て、イズナは軽蔑するように目じりをさらに細める。平坦な口調だが、言葉じりに混ざった苛立ちが隠れていない。

 アカリの表情は今にも泣き出しそうなものとなった。繰り返される言葉は、自分の命の保障を確認するためのもの。

 

「つ、綱手を呼び戻せば……」

「そうだ。あの小娘を呼び戻しさえすれば、これ以上、お前に危害は加えない。目撃者も始末してやろう。そうすれば、お前の行動を知る者はいなくなる。安心して呼び戻せば良い」

 

 早くしろと、イズナが顎をしゃくった。

 

「だがことわる」

 

 その瞬間、アカリの表情が一変する。

 弱弱しかった表情は締まり、震えていた目つきは据わっている。そしてその漆黒の瞳には、ハッキリと闘志が燃えていた。

 

「このうちはアカリが最も好きなことの一つは、自分で強いと思っている奴に”NO”と断ってやることだ」

 

 にやりと口の端を歪めたアカリ。

 戦いに負けたとしても、不愉快な想いをさせたと言う点ではアカリの圧勝だろう。みるみる憤怒に染まるイズナの表情を眺めている。アカリは今、これ以上ないほどの達成感に満たされていた。

 

「ふはははははははははは!! ざまあみろ!! 私が仲間を売ると思うか! 舐めるなよ!! ふははははは!」

 

 ついに(・・・)、アカリは大声で笑い始める。体の節々に痛みが走ることも構わず、体を大きく震わせて、目じりに涙をためて、アカリは笑い続ける。憧れていた英雄に裏切られ、自分の人生がここまでだという絶望を跳ねのけて、アカリはただただ大きく笑う。

 

「―――本当なら」

「……?」

 

 突然、イズナの表情から怒りが消えた。

 奇妙な変化に、アカリも思わず笑いを止めてしまう。

 

「素で、一発くらい殴りたい気持ちなんだが……。どうやらここまでのようだ」

 

 ざわりと、森が揺らいだ。周囲から動物の気配が消えていく。動物たちは何かを恐れ、遠くへ遠くへと逃げ出していく。始めに感じた穏やかな静けさは今や無く、寒気を催すほどに冷え込んだ空気の刃が肌を刺す。

 

 がらっと雰囲気が変わったイズナに、アカリは理解が付いて行かない。周囲からに立ち込める殺気染みた冷気にも、困惑を隠せない。

 

 もしや、とアカリは想う。畳間がこちらに向かっているのかもしれないと。綱手たちから状況を伝えられた畳間は、孤独に残った大親友を守ろうと急いでいるはず。殺気立つのも無理からぬことである。

 

「お前なんか畳間にやっつけられてしまえばいいのだ!!」

「お、おう……」

 

 アカリの捨て台詞染みた言葉に、イズナが目を真ん丸にする。

 

「ともかく……。またな」

 

 苦笑したイズナが、印を結ぶ。ぼふんと、辺り一帯が煙に覆われる。

 立ち上った煙が晴れたとき、そこにはすでにアカリの姿も、うちはイズナの姿も無かった。そこにあったのは、千手の家紋を背負った、一人の男の背中。

 襟足を少し伸ばした黒髪。頭部に巻いた額当てを乗り越えて、垂れている二本の髪は触角のようである。はためく紫の外套の下には、修繕された後の残る蒼い鎧(・・・)

 

 そう、うちはイズナとは、畳間が試験に紛れ込むために変化の術で変化していた、幻の敵だったのである。もちろん、変化をしていた理由はそれだけではなく、多岐にわたる。

 

 今頃イナから”合格”を伝えられているだろうアカリは、次に会ったときどんな顔をするだろうかと、畳間は考える。質問責めからは逃れられないだろう。顔を真紅に紅潮させて、罵声と唾を飛ばしながら、掴みかかってくるかもしれない。もちろんそれは避ける。よくよく考えなくとも、中々に酷なことをアカリにし続けた自覚はある。けれども試験官としての仕事を全うしただけなので、殴られる謂れなど無いのだ。むしろ最後の煽りが腹立たしく、逆に折檻したい気分である。ともかく、この後確実に待っているであろう、アカリとの戯れは楽しみだ。だからこそ今は、やらねばならぬことがある―――。

 

「出て来い」

「―――気づいてやがったか」

「そこまで丸出しの殺気だ。気づかない方がどうかしている」 

 

 畳間の背後の茂みから、金髪を長く伸ばした大柄な男が現れた。その男の額には二本の角が、両頬には三本の髭が生えていた。

 この一年間、畳間はその顔を一日たりとも忘れたことは無かった。一年前に畳間の師を殺め、祖父が抱いた平和への意志を汚した男たち―――その筆頭。

 

「すぐに終わらせよう。お前の顔はもう見たくない」

「ほざいてんじゃねぇぞ。一年前は逃げ出すしか出来なかった若造が!」

「時代は常に流れてる。この森に誘い込まれた時点で、あんたらの時代は終わったんだよ―――金角」




余りの忙しさに作者は泣いた

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