綱手の兄貴は転生者   作:ポルポル

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幕間・一つの区切り

 向き合っていた二人は、互いに仇敵への殺意を鋭い眼光に乗せている。

 

「―――その鎧、どうも見覚えがあるな。随分前にぶっ潰した奴の鎧に、よく似てるぜ」

「ほぉ……」

 

 金角の言葉を受けて、畳間の表情から色が消える。底冷えするほどに研ぎ澄まされた殺意が周囲へと拡散する。

 畳間の鎧は、二代目火影・扉間の遺品。今日この日に扉間の鎧を身に着けたのは、決して偶然などでは無い。

 

 突如、金角が足元に視線を向けた。ちィと悪態を吐き、その場から素早く飛び退く金角。

 いくつもの人間の手が、地面を突き破って現れた。飛び去ろうとする金角に追い縋るように伸ばされた手が、一手間に合わず、宙を掴む。地面に潜ませていた畳間の影分身が奇襲を仕掛けたのである。

 

 さらに畳間は間髪を容れず、飛び上がった金角へ向けて一枚の手裏剣を投擲した。直後、凄まじい速さで畳間が影分身の印を結べば、投擲された一枚の手裏剣は、数百枚の弾幕へと変貌する。

 

「小癪な真似しやがって!!」

 

 金角が凄まじい勢いで吐き出した息が、手裏剣の弾幕を吹き飛ばす。風遁か、あるいはただ肺活量だけで押しのけたのかは分からないが、小手先の術が通じる相手では無いということは分かる。

 畳間は地面を蹴りつけた。力強く踏みつけられた土は捲れ、畳間の姿がその場から掻き消える。金角がほぼ同時に、枝を蹴りつけた。負荷をかけすぎて折れないように、絶妙な力加減で蹴られた枝は凹むだけで済んだが、金角の突進は畳間のそれに劣ることはなかった。

 空中でぶつかった二人の刀は、互いの肉を喰らうことなく空を斬った。ほぼ同じタイミングで地上に足を付けた二人は間髪を容れず振り返り、駆け出した。

 

 二人のぶつかり合いが、物理的に火花を散らす。金属のぶつかる音がその場に響く。

 金角の一撃を、畳間が伏せて躱した。手を地面に付けた瞬間、刀を持っていない方の手で握り拳を作る。金角がうつ伏せになった畳間の背中へ刃を振り降ろすが、畳間は金角の足首を刈り取ろうと刀を振るった。気づいた金角が飛び退いて、畳間はその隙に体を起こす。未だ宙にいる金角へ向かって、握り拳の中身(・・・・・)をぶちまけた。

 

「うっ!?」

 

 顔面に土塊を投げつけられた金角は反射的に目を瞑る。畳間は目を閉じた金角の首を刈り取ろうと、刀を横なぎに振るった。だが金角は目を閉じたまま、それを自身の刀で迎え撃つ。鍔迫り合いの形で、二人が停止する。

 

「若僧、剣使いじゃねぇみてぇだな。体術は大したもんだが、剣筋は見え見えだ。お師匠様の見様見真似(・・・・・)で頑張ってんだろうな、健気で泣ける話だと思うぜ。けどよ、忘れちゃいけねえぜ。そのお師匠様をぶっ殺した(・・・・・)のは―――この俺様なんだぜ」

「ッ!!」

 

 金角の挑発に、畳間は眼球が零れるかと想うほどに、目を見開いた。畳間の両腕の筋肉が盛り上がり、血管が浮き上がる。鍔迫り合いを片手に任せ、畳間は片手を振りかぶり、金角の頬を殴り抜けた。

 畳間の拳が金角の頬に抉り込んでいく中、金角の拳もまた、畳間の頬に抉り込んでいく―――クロスカウンター。

  

 ―――金角と畳間が、木々をへし折りながら吹き飛んだ。

 

「やはり……腐っても影クラス。甘くはないか」

 

 師の仇を前にして、少し冷静さを欠いている。勝負を少し焦った―――畳間は瓦礫と化した木々の山に沈んだまま、まずは自分の状態を知ることを意識した。

 

 一年前の戦いから、畳間は桁違いに強くなった。柱間や扉間(・・・・・)のような単体で九尾に勝てるような化物染みた影クラスには未だ達していないが、それでも、三尾程度までなら一人で倒せるだろう。

 けれども金角は九尾に力及ばずとも、殺されもしなかった男。果たしてどのレベルの実力を備えているかは、実際に戦った二代目火影の情報無くして、事前に掴むことは難しかった。力の差がどれほどあるかは分からないというのに、下手に慢心して返り討ちに遭うなど、冗談では済まない大問題だ。

 畳間は立ち上がり、口の端から流れた血を指で拭い取ると、口内の血をぺっと吐き出した。

 

「なに……?」

 

 前方の木々が凄まじい勢いで切り倒されて行く―――。

 異様な光景が畳間の目に入り込む。遠くから、徐々に近づいてくる不可視の刃は、風遁による大暴風。鋭利な刃物で両断されたかのような木々の断面が、その切れ味の凄まじさを物語る。

 

 丑、牛、未、巳……。

 

 畳間が凄まじい勢いで印を結ぶ。

 印は土遁。畳間の体は瞬時に地面の中へ沈んでいき、爆風の刃は宙に掻き消える。

 

 どうするかと、思考する。この状態からの奇襲は、本体で行うのは下策。ならば一度距離を取り、影分身を―――

 

「―――がッ!?」

 

 ―――突然、畳間の襟首が引っ張られる。首を絞めつけられる感覚に、堪らず首元を守る畳間。

 

「久しぶりに会ったな」

 

 にやりと笑った金角の表情。地面に手を抉り込ませ、地中に潜む畳間を引き摺り出したのである。金角の腕には、鋭利な刃物。畳間の肉を喰らわんと迫る刃が、その直前で停止する。金角の腕を、木の蔓が絡めとっていた。

 

「こりゃ、木遁じゃねぇか!」

 

 金角が、己の手に巻き付くものを見て、驚嘆を叫ぶ。金角は戦国時代を生き抜いた、いわば生ける伝説であり、千手柱間の木遁を知っている。その危険性や、自身が宿す尾獣チャクラへの特性も。

 金角は畳間に止めを刺すことを諦め、未だ力の弱い蔓を振り払い引きちぎると、慌てたように畳間から距離を取る。

 

「―――木遁・樹海降誕!!」

 

 逃がさんとばかりに、畳間は両手の掌を合わせる。まるで神仏へ祈りをささげるかの如き姿は、チャクラから生命を生み出すという、神仏の如き所業を司る木遁ゆえの印なのかもしれない。

 周囲の木々が突如として動き出し、金角を目掛け、その枝や蔓を伸ばす。一転して追われる者となった金角は、四方八方から迫る木々から逃れようと走り回るが、その手を振り払うことは出来そうになかった。

 

「ちィ、どうなってやがる! まるでこの森全体が生きてるみてぇじゃ―――」

「―――言ったはずだ、金角。貴様はこの森に誘い込まれたんだ、と。貴様の周囲360度、半径一キロメートルのすべてが……俺の樹海だ」

 

 猿飛ヒルゼンから試験官と言う名の、下忍護衛部隊長と金角討伐隊長の任を任されてから二カ月。畳間は毎日この森に通い、コツコツと、森の木々を自然のものから木遁で生み出したものへと移し替えて来たのである。

 柱間のように一人で地図を描きかえることが出来るわけではない畳間は、事前準備を怠ることをしなかった。扉間を殺した男への警戒は強かったし、確実に殺したいと考えていたからである。結果としてそれが畳間の油断を誘い、早々に切り札を切らねば殺されるという状況に立たされてしまったのだが、それはそれである。

 

 猿飛ヒルゼンが岩隠れと組んだ理由の一つに、この金角の存在があった。

雲で起きた凄惨な事件を知っている岩隠れは、当初、弱まった木ノ葉を切り崩そうと行動を起こした。表だって行動を起こさなかったのは、さすがに大きく行動を起こせば、弱まった木ノ葉を守ると言う名目で、霧や砂、果ては雲までにも、岩隠れを集中的に叩く口実を与えかねなかったからだ。ゆえに、約一年間の裏の激戦は、実は岩隠れが雇った抜け忍の数が圧倒的に多かったのである。けれどもその全ては畳間率いる護衛隊が打ち取った。

 木ノ葉との関係を見直した方がいいのではないか―――岩の長老たちが話し出した頃である。金角部隊が砂隠れに亡命したという情報を掴んだ。さすがの岩も、金角などという国際指名手配の大悪人を受け入れるような国を味方にしたくはないと、消去法ではあったが、木ノ葉からの呼びかけを受け入れた。

 

 同時に、岩と木ノ葉が接近していると言う情報は、砂隠れとしては面白くない。よって砂隠れは、木ノ葉と岩の合同試験の最中、各里の下忍たちを、「各里の上忍による暗殺」という名目で殺戮し、互いに憎しみ合わせ、殺し合わせようと画策したのである。砂隠れはそこに、金角部隊を投入した。

 

 情報を手に入れた三代目火影は、金角討伐を畳間の作り出した森で行うことを決断。

 畳間を試験官として派遣し、金角が現れるまでは通常の試験を行うことで油断を誘い―――現れたと同時に子供たちを里へ送還、残った上忍たちで金角部隊を討ち取ると言う壮大な計画が発動したのである。

 

「今頃、貴様の部下たちも同盟軍に打ち取られている頃合いだろう。木ノ葉からは白い牙を筆頭に精鋭15名、岩隠れの人数は少し少ないが、代りに土影の片腕・両天秤のオオノキが参加している」

「なん、だと……」

 

 木遁で縛り上げられ、金角が苦しげに声を出す。畳間は徐々に木遁の縛る力をあげており、ゆっくりと圧殺へと向かわせる。

 

「貴様は、二代目火影の術で殺したかったが……。もういい」

 

 言って、畳間が金角に背を向ける。もう本当に、その顔を見たくないのだろう。

 

「地獄で叔父貴に詫び続けろ、金角」

「―――銀……の声、か? ど……にい……だ、お前は……んだ……じゃねぇか、俺に……生きろと、そう……言ってんのか? お……前……」

 

 金角の、くぐもった声。畳間が訝し気に振り返る。金角の体は既に木遁の繭に呑みこまれ、髪の毛一本すら残っていない。独り言が、繭の中からわずかに聞こえている。

 狂ったか、と畳間は考えた。そんなことが、あるはずがないのに。

 

「ガ゛ァァァ゛ア゛ア゛!!」

 

 天地を震わせるような絶叫。雄叫び。爆音とともに、木の繭が内側から吹き飛ばされた。

 

「なんだと、馬鹿な……」

 

 爆風と木の破片の向こう側から現れたのは、六本の尾を振り乱す、赤いチャクラの怪物―――。

 なんだこれはと、畳間が一歩下がる。

 それは、まだ里が無かった時代、忍びたちの恐怖の象徴とされていたものである。今は各里に封じられたが、それでもなお人柱力として、恐怖と畏敬の的となっているもの―――尾獣。

雲隠れでのクーデターの際、畳間はこれを見たことがある。けれども今、目の前にいる金角は、あの時と比べても、あまりに禍々しい。そもそも、この形態を加味して、森の大結界を作った。あちこちに九尾の力を抑える札を配置してある―――。

 

「止まれ、金角!」

 

 畳間が片手で印を結び、チャクラを込める。周囲に張りめぐされたチャクラ封じの結界が発動し、数か所から光の柱が天へと昇る。だが―――

 

「尾獣玉!!」

 

 鬱陶しい。そう言わんばかりに、金角が雄たけびをあげる。

 金角の口から放たれたどす黒いチャクラの塊が、真っ直ぐに畳間に迫った。畳間は咄嗟にしゃがみ込んでこれを回避したが、その直後、後方の森で爆音がはじける。

 はっと畳間が振り向いた先、土煙の向こう側には、大きなクレーター。生い茂っていた草木はその姿を失い、死の大地へと変貌を遂げていた。結界も一撃で吹き飛ばされた。この術の直撃は死を招く。畳間の背筋が震えた。

 

 尾獣玉を吐き出した金角が、ゆっくりと口を閉じる。畳間の驚愕の表情に、口の端を歪める。そのゆっくりとした動作が、逆に畳間の畏怖を煽った。

 

「千手、畳間。二代目火影の弟子だっつってたよなぁ!! だったらよぉ、俺はもう一度、仇を取れるってことだよなァ、弟―――銀角のよぉ!!」

 

 かつての雲隠れ撤退戦。二代目火影・千手扉間は、単身で金角部隊20名を釘付けにしたうえで、応援として駆けつけた銀角を討ち取った。

 その後、弟を殺されたことに激怒し、九尾化した金角との戦いで致命傷を負った扉間は、突如として金角の前から姿を消したのである。そのため、金角は扉間の死に際を知らない。扉間を殺したという自負を持ちつつも、手ずから葬ることが出来なかった不満と言うものを、持ち続けて来た。

 弟子を殺せば、少しは気が晴れる。その程度の感情しか持ち合わせておらずとも、弟を深く愛する兄にとってはそれだけで十分だった。

 

 金角の豹変が、決して良く無いものだと、畳間は直感で理解した。かつての撤退戦、巨人化した角都を前にしたときのような、凄まじいまでの圧迫感を感じる。

 

「木遁―――!!」

 

 畳間は合掌し、森の木々を再び支配化に置く。畳間の指令を受けた木々は、力強い勢いで金角の体に巻き付いて、その体を拘束しようと蠢くが―――。

 

「あめぇ!!」

 

 尾の、腕の一振りで、その全てが破壊されてしまう。

 木遁が通じない―――というより、畳間の木遁に力が足りない。

 かつての戦いに於いて、禁術で燃やし失ったのは、千手柱間の加護だった。木遁専用に編み込まれていた経絡系は始まりの道を取り戻し、畳間は水と土の力を取り戻したが、畳間は木遁の才能を失った。

 無論、今も使用できるくらいには体になじんでいる木遁だが、必要とするチャクラ量が桁外れに増えたのである。また、九尾に並ぶほどを誇っていたチャクラ容量そのものも減少した。それでもサクモの5倍ほどのチャクラ量を誇るが、それにしても木遁のチャクラ使用量が馬鹿にならない。

 

 無論、忍術という「チャクラの方向性」を持った九尾の力という、金角の力が桁外れに強いということもある。尾獣は強大な力をそのまま振り回すが、人柱力は強大な力を一転に集中し、破壊力を増大させる。

 

「化物が……」

 

 畳間の表情が苦々しく歪む。

 金角はチャクラの衣に覆われ、怪物のそれと化した顔に歪んだ笑みを浮かべると、畳間へ飛び掛かった。

 チャクラの鎧にこの巨体。接近戦は厳しいと判断し、畳間はすぐさま刀を鞘にしまう。

 

 土遁・土流壁。殴り壊される。

 

 水遁・水鮫弾。弾き飛ばされる。

 

 火遁・豪火球。撃ち落とされる。

 

 畳間が地を蹴り、距離を取る。金角はそれを追撃する。

 畳間の体が、金角の射程内に入る。

 

「オラァ!!」

 

 叩き潰そうと横なぎに振るわれる金角の剛爪。

 畳間は半歩背を反らすことでそれを避ける。鼻先を通ったそれは、空気を切り裂く音がした。

 

 顔面を吹っ飛ばそうとした眼前に迫った拳。

 畳間は一歩左に体を動かして、それを躱した。空気を殴る音が、畳間の鼓膜を叩く。けれども怯まない畳間は、腰から目にも留まらぬ速さで苦無を引き抜いた。金角の腕に苦無を突き刺すと、後方へと飛び下がる。

 

 苦無を腕に突き立てられた金角は、痛みを感じていないのか、全く動じた様子を見せない。それどころか、畳間に良いように避けられていることが非常に腹立たしいようだ。癇癪を起したかのように、離れた畳間に飛び掛かった。

 

 金角は畳間を両拳で押し潰そうと、今度は万力のような動きで両腕を振るった。

 畳間はそれを、あえて一歩進むことで潜り抜けた。金角の懐に潜り込むことに成功した畳間は、そこで片手印を結ぶ。

 瞬間、金角の腕に突き刺さっていた苦無―――に取り付けられていた起爆札―――が爆発する。たまらず、金角は顔を背ける。

 

 この瞬間が好機―――畳間は目にも留まらぬ速さで印を結んだ。

 畳間の口が、ぷっくらと膨らむ。そして―――

 

「―――水遁・水断波!!」

 

 凄まじい勢いで発射された水の槍が、金角の腹部を貫いて、向こう側の木の幹に穴をあける。

 

「がァ!!」

 

 堪らず声をあげた金角は、膝を蹴り上げた。

 けれども畳間は、その攻撃にすら対応した。

 迫る金角の膝に手のひらを乗せて衝撃を和らげると、その勢いに乗って宙へ飛びあがり、金角から距離を取った。

 

「―――ふぅ」

 

 大きく深呼吸する畳間。周囲から「球状の歪み」が失われる。

 

 それは畳間だけのオリジナル、圏界(けんかい)

 チャクラを周囲に張り巡らせることで敵の動きを把握する、極小の探知結界である。ある意味では制空圏(せいくうけん)とも呼ばれるこの術は、近接においては敵の体術を感知下に置くという抜群の性能を誇る。だがその反面、チャクラを自分の周囲に常時張り巡らせねばならないこの術は、金角のような巨体相手には非常にチャクラの消費量が多くなる。

 

 呼吸荒く、畳間の背に汗が滲む。

 

「今のは痛かったぜ。少しだけな」

「超回復か」

 

 金角の腹部の傷が、チャクラによって塞がれようとしている。大ダメージであったはずだが、回復が間に合ってしまっている。

 金角を倒すには、一撃で殺し切る必要があることを畳間は理解した。

 

「決定打はある」

 

 水断波が有効であるということは分かった。畳間が呟く。二代目火影の教えが、畳間に必殺の一手を授けてくれる。

 だが、水断波は初動が遅く、大振りな術。隙を作るのは難しい。かなり高度な立ち回りを要求される、厳しい戦いになるだろう。

 

 疾風が駆ける。畳間の姿が消える。

 

 烈風が逆巻く。金角の姿が消える。

 

 金角の拳が畳間の頭上の空気を殴り飛ばす。畳間のチャクラが練り込まれた刀が金角の頬の薄皮一枚を切り裂いた。

 金角が体を捻り、尾を振り上げて上空から畳間を襲う。だが畳間は木遁で壁を作り出してそれを受け流すことで金角の動きを一瞬だけ支配下に置いた。滞空する金角へ、畳間が渾身の拳を抉り込む。そして直撃の瞬間、畳間の拳は木遁の装甲により、10倍にも膨れ上がった。千手の盟友である秋道一族に伝わる部分倍化の術のオマージュである。

 

「―――ッ!!」

 

 全力で振り抜いた畳間の拳は金角の体を吹き飛ばし、畳間の体は金角を殴り飛ばした反動で前に進む。畳間はその前進に体を合わせて加速準備とし、金角を追いかける。

 

「!!」

 

 金角が着地した瞬間、畳間が追い付いた。畳間は飛び上がり、上空から体重を乗せて、地面に叩きつけるように拳を力強く振り抜いた。畳間の拳は金角の後頭部に直撃し、その体が地面に抉り込む。畳間は間髪を容れず金角の体を全力で蹴り上げると、凄まじい速さで印を結んだ。

 

「水遁・水龍弾の術!!」

 

 畳間の口から吐き出された大量の水が、龍の姿を象って行く。凄まじい勢いで金角を呑みこんだ水龍が空中で回転し、再び金角を地面へと叩きつけた。

 

 一瞬の間。背中に寒気を感じた畳間が瞬時に振り返ると、そこには赤い尾が迫っている。九尾の尾のチャクラを形態変化させ、射程距離を伸ばしているのだろう。金角は先ほど叩きつけられた場所に四つん這いで、畳間を睨みつけている。

 反射的に体を逸らしそれを避けた畳間。だがさらに別方向から、新たな尾が近づいていた。それをしゃがみ込んで避けた畳間が、地面を蹴りつける。このままでは周囲をチャクラで囲まれる。それを危惧して、一端の撤退を選択した。

 二つの尾を潜り抜け、畳間が逃げ出そうとした先に、更に四つの尾が待ち受けていた。畳間は木々を操り壁を作りつつ、尾を縛り上げようと木々を動かし―――目の前に迫った金角の腕に反応するのが遅れた。

 

 金角の拳が畳間の顔面に突き刺さる。畳間の首が大きくねじれ、吹き飛んだ。多くの木々をへし折りながら、畳間の体は地面に転がり落ちる。

 

「あ……が……」

 

 声にならないうめき声をあげる畳間。たった一撃でこの有り様である。だが、己の情けなさを叱る時間も無い。敵は二代目火影の仇。必ず討ち取らねばならない。震える腕を支えに、畳間は体を起こした。だが金角は畳間が復帰するのを待ってはくれない。全力を注ぎ込んだ尾獣玉を作成し、間髪を容れずに打ちだしたのである。巨大な殺意の塊が近づいてくるのを感じながら、畳間は決断する。

 

 畳間は柱間から受け継いだ額当てをむしり取り、懐にしまった。剥き出しになった額―――そこに刻まれていたのは、千手の家紋。

 

「陰封印・解。瞳術・写輪眼」

 

 千手の家紋が薄れていき、畳間の瞳が赤く染まって行く。

 一年前の戦いから写輪眼を開放した畳間は、封印術を解いてもらうため、うずまきミトに相談を持ち掛けた。ミトの指南のもと、幾度か写輪眼を扱った畳間だったが、ある2つの問題が浮上したのである。

 

 一つは肉体的な問題。写輪眼を使うと、八門遁甲使用時並の副作用が発生する。これは畳間からすれば別に良かった。本当は良くないが、刹那に生きる忍びである以上、戦いの後の副作用など意識していられない。

 問題は二つ目、精神の方にあった。畳間は写輪眼を使うと興奮状態に移行し、感情の起伏が極端に激しくなる。憎しみと言う感情の暴走を制御することが出来ず、周りの人間すらも巻き込んでしまう。泣く泣く戦力となる写輪眼を自身のチャクラで封印しすることとしたのである。

 一定時間たつと自動的に再封印の術式が起動するこの封印術は、生前の扉間が、ミトと共に発明していたもの。扉間は、畳間がいつか己の闇を受け入れ、天へと駆け昇る時を信じていたのである。

 

 金角の尾獣玉が、畳間の眼前、数センチまで迫る。直撃の瞬間、畳間の姿が消える。

 

「飛雷神―――」

「後ろだと!?」

 

 畳間が、金角の頭上に”飛んだ”。先ほどのクロスカウンターの際、マーキングを打ち込んでいたのである。

 畳間は土遁の印を結んだ。それは幼いころ、祖父と共に作り、扉間に叱られた懐かしの技。

 

「―――土砂崩れの術!!」

 

 時を経て、質・規模、共に桁外れになった濁流が金角を呑みこんで、森を押し流していく。だが畳間は着地して、しまったと後悔した。今まで大技をあまり使ってこなかったのは、この森のどこかで戦っている同盟軍の邪魔をしたくなかったからである。写輪眼を発現したはいいものの、早速影響が顕れ始めていた。

 

「早めに決める……」

 

 畳間が土砂の上に乗り、合掌の姿勢を取る。金角が呑みこまれた土砂は、畳間のチャクラで作られたもの。金角がどのあたりにいるか、把握は容易い。

 金角はチャクラの鎧で自身を覆い、濁流を強引にかき分けて進んでいた。徐々に畳間のいる場所へ近づいてきている金角。畳間は獣に感じるような恐ろしさを、金角に対して抱いた。

 

「止まれ……ッ!!」

 

 場所を把握した瞬間、土砂にチャクラを流し込む。金角の周辺のどろどろの濁流が凄まじい勢いで固形化し、さらにそこから生まれた木々が周囲を雁字搦めに覆っていく。けれども金角は暴れ続ける。自由の利かない土砂の中で、尾を、爪を、剛腕をあらん限りに振り回し、自身を拘束しようとするあらゆるものを破壊する。

 

 爆音。土砂の一角がはじけ飛び、赤いチャクラの怪物が現れた。だが、その衣は所々剥がれ落ち、顔の半分や四肢の一部など、人の肌が見え隠れしている。

 このダメージは土砂崩れの術によるものでは無いだろうと、畳間は考える。圧殺を得意とするこの術に、ここまでの破壊力は無い。だとすれば、恐らく―――。

 

「尾獣玉か」

 

 金角は拘束から脱出するため、あえて近くで尾獣玉を暴発させたのだ。相当の覚悟が無ければ、出来ることでは無い。畳間は金角もまた決死の覚悟で挑んでくることを察し、瞳へ流し込むチャクラの量を増やした。

 畳間の三つ巴が、ぐるぐると回転していく。やがてそれは一つの円となり、万華鏡となった。 

 

「そりゃ、うちはの写輪眼じゃねぇか。なるほどな……俺を一人で止めるなんて”舐めた真似”をするだけはあったってことか」

 

 満身創痍と言った様子の金角が笑う。だがそれは畳間を認めたがゆえのものでは無い。畳間が切り札を使い切ったと判断しての、余裕の笑みである。また、金角の傷が徐々に回復している。金角を倒すとすれば、今、このタイミングしかない。畳間はそう感じ取った。

 

「弟も守れなかったお前が、大物ぶるもんじゃないぜ」

「テメェぶっ殺す!!」

「第三生門・開!! いくぞオラァ!! こっちも師を殺されてんだよ、てめぇらにッ!!」

 

 未だ第四門を開くには至らない八門遁甲だが、生門のコントロール技術はほぼ完璧に近くなってきている。副作用は当然あるが、戦闘中に激痛が発生するなどのリスクは大幅に激減している。よって、初速から全力で、畳間は地を蹴りつけた。

 逆鱗に触れられた金角もまた、怒り狂って畳間へと吶喊する。金角の両拳が畳間の前方を、6本の腕が周囲から襲い掛かった。手数、スピードこそ上がっているが、怒り狂った攻撃はがむしゃらで、先ほどまでの精度ではない。畳間は周囲にスサノオを展開し、さらにその上から木遁の鎧を装着させ、4本の腕を生やした。

 

 ―――拳撃が始まった。

 

 互いの拳を互いの拳で弾き合うというこの戦いは、生身であればすぐに拳が砕き割れること必須である。金角と畳間はその場でにらみ合う。片や6本の尾、方や6本の腕での殴り合いは、万華鏡写輪眼による”見切り”にすべて意識を集中していた畳間が一つの隙を拾う。

 

「万華鏡写輪眼―――思兼(オモイカネ)

「な、なんだこれは!!」

 

 金角の体が突如バランスを崩した。まるで何かに引きずられているかのような動きで(・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・)、畳間の方角へ、金角の体が動いている。両腕の爪を地面に突き刺して、これを止めようとしている金角が、はっと気づいたかのように声をあげた。

 

「こ、この力はうちはイズ―――」

「くたばれ!!」 

 

 金角の注意が逸れ、拳撃が弱まった瞬間、畳間は全チャクラをスサノオに流し込んだ。一撃一撃が重くなった拳が、雨あられと金角に降り注ぐ。

 

「がァああああ!!」

 

 金角の絶叫が響く。だが畳間は攻撃を止めない。金角が死ぬまで、悲鳴が終わるまで、スサノオの副作用による肉体の痛みを堪え、畳間は拳を振るい続けた。

 

「―――時間、か」

 

 数分後、肩息荒く、畳間が呟いた。額の汗をぬぐい、湿った髪を掻き上げる。剥き出しになった畳間の額には、再び千手一族の家紋が浮かび上がっていた。同時に、畳間の瞳が赤色を失っていく。展開されていたスサノオも崩壊し、装着していた木々が乾いた音を立てて地面に転がった。

 

 千手のチャクラによる封印が完了し、畳間が内心で反省会を行う。やはり感情に支配され、雑な攻撃になっていた。忍びはいついかなるときも感情を表に出すべからず―――扉間の教えを反芻し、冷静を保つことを意識しているが、なかなかうまくはいかない。

 一つため息を吐いて、畳間は金角の”死体”へと目を向けて―――。

 

「―――しまッ」

「油断か、兄ちゃん」

 

 九尾の衣のほとんどが剥がれ落ち、3つの尾となった金角。彼は拳を引き絞り、畳間に照準を合わせている。畳間は咄嗟に刀を引き抜こうとして、けれども間に合わず、金角の放った全力の拳を直撃させてしまう。

 

「がッ!!」

 

 腹部にめり込んだ金角の拳は強烈で、畳間は肺の空気をほとんどを吐き出して、吹っ飛んだ。だが、金角は吹っ飛んでいく畳間に追いつき、尻尾で上空に弾き飛ばす。さらに上空に飛ばされた畳間に飛び上がって追いついた金角は、地面に向けて鉄槌を降す。

 

 持久戦に於いて、化物染みた畳間より、本物の化物だった金角の方が有利に働くのは当然だった。普段、持久戦の味を占めていた畳間は、短期決戦で確実に金角を仕留めなければ負けるということまで頭が働いていなかったのである。畳間自身のチャクラ量が他の忍びからすれば化物で、畳間自身もそれを自覚していたからこその軋轢。金角が相手だったからこそ、畳間の真骨頂が悪手となった。

 

「がはッ!」 

 

 体中に感じる重い衝撃と激痛。大技の連発でチャクラがほとんど残っていない畳間に、この激戦の中で飛雷神で逃げる余裕はもはやない。一方、痛みと命の危機により冷静さを取り戻し、格下としか思っていなかった畳間への慢心を捨てた金角は、全力を出せずとも、本来の力を発揮し始めていた。

 

 殺される。息つく暇のない連続攻撃に、畳間の体が悲鳴をあげる。もはや逃げることすら出来ずなぶり殺しにされるしかない。まだ早かったのか、そう悔いる畳間の意識の中に、聴きなれた声が響いた。

 

 ―――気づけば、畳間は地面に転がっていた。意識を失っていたわけでは無い。なぜ地面に転がっているのか、金角はどうなったのか、すべて理解している。だが、直前に起きた一連の流れは、まるで体が勝手に動いたかのように、畳間の力を必要としなかったのである。

 

「お、叔父貴が……」

 

 いつの間にか鞘から抜かれていた刀。刀身がへし折れ、短い刃先と柄しか残っていない。カタカタと、畳間の手が震える。それは恐怖ゆえでは無い。歓喜ゆえでもない。理由がわからない。だが、この震えは心の底から湧き上る何かが、そうさせている。

 

「守ってくれた……」

 

 畳間の呟き。畳間の目じりから、一筋の涙が零れる。

 この折れた刀は、畳間の師匠であり二代目火影・千手扉間が愛用していた忍者刀である。前世の自分を殺めたという曰くつきの刀であるが、扉間の死後、畳間はこの刀を愛用していた。

 

「おっちゃんが……」

 

 先ほど、畳間が金角の攻撃を受けたとき、扉間の刀が鞘から解き放たれた。恐らくは慣性の法則により、縦横無尽に飛び跳ねていた畳間の体から滑り出したのだろう。だが畳間には、刀が鞘から解き放たれる動作は、まるで誰かが引き抜いているかのようにも見えたのだ。

 

 空中で回転した刀は畳間の前に躍り出た。畳間は無我夢中でその柄を掴み取り、金角の最高の一撃を受け止めた。結果、刀は根元数センチを残してへし折れた。

 だが、その刃は空中を回転し―――凄まじい勢いで、金角の眼球を貫いたのだ。

 

「がああああああああああ!!」

「おっちゃんが守ってくれた……ッ!!」

 

 悶え苦しみ、悲鳴をあげる金角。完全に油断していたところ、空中で身動きを取れず、かつ自分自身の全力の攻撃で跳ね返って来た刃は、金角のより深いところにまで突き刺さっていた。

 

「おおおおおおおおおおおッ!!」

 

 畳間は痛む体に鞭打って、震える膝を奮い立たせる。声にならない雄たけびをあげ、へし折れた柄を強く握りしめた。

 体内で、チャクラを練る。久しく忘れていた、体の中を冷たい水が駆け巡る感覚。そのとき、折れた刀身が長さを増していく。

 透明な刃―――奇しくも、扉間が畳間を守るため、その命を投げ打ったマダラとの戦いにおいて、扉間が最後に使った術であった。

 

「飛雷神・水断斬!!」

 

 畳間が地を蹴った。もはや金角の下へ辿りつけるほどの体力は残っていない。だが、畳間には術がある。二代目火影から受け継いだ宝物があった。

 

 ―――瞬間、金角の悲鳴が止まる。

 

 畳間は金角の隣をすり抜けて、背中合わせに立っていた。

 たまらず、受け身も取れず、地面へと崩れ落ちる畳間。

 

 ごとんと、何かの落ちる音。

 首から上を失った金角の体が、その場に崩れ落ちた。

 

「叔父貴……あなたの仇は……」

 

 畳間の意識が、途絶える。


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