踊る炎
アカリは不愉快そうに眉根を寄せて、三代目火影・猿飛ヒルゼンを見つめている。アカリの両隣に立つ畳間とサクモも、あまり気が乗らない雰囲気が、立ち姿に現れていた。
そんな第六班の様子に、火影装束を纏い椅子に腰かけているヒルゼンは困った様に苦笑を浮かべ、キセルから立ち上がる煙を揺らめかせている。
それは、火影の執務室でのことである。
「三代目、言わせてもらうが、今年に入ってから、何度目だと思っている」
アカリの苛立ち交じりの言葉に、畳間が怠そうな雰囲気で同意を示している。
「仕方あるまい。これも第六班が優秀であるからこそ」
「俺も鼻が高い」
三代目のなだめようとする言葉に、三代目の傍に控えるカガミが上乗せする。
アカリが中忍になり、うちはカガミが第六班を離れてしばらく、
大名はアカリの任務姿勢にいたく感動し、第六班を絶賛し、褒めたたえた。そのときはアカリも素直な喜びを以て、任務達成の報酬を受け取っている。
その後、噂を聞いた火の国の大名たちから、第六班へ名指しの依頼がぽつぽつと増え始め、最近では第六班は一躍、引く手数多の優秀なチームとして名を馳せて―――それがどうして
「大名の護衛任務。それはいい。だが、
つい先日も、第六班は大名から直々の依頼を受けて、大名の護衛として里を数週間離れていた。湯隠れの里と言えば、温泉街で名高い観光地。だが任務中の護衛が温泉を満喫するなど許されるはずがなく、大名家族が心の底から温泉街を満喫している裏で、第六班は陰ひなたに徹していた。
それが一度ならばいざ知らず、大名の護衛が終わり湯隠れの里から戻れば、また別の大名の護衛で湯隠れの里へ向かう生活が何度も何度も繰り返されれば、嫌にもなる。もはや第六班は木ノ葉の誰よりも湯隠れの里に詳しいと言っても過言ではないが、実際に観光者として湯隠れに入ったことは皆無である。
『旅行の護衛は第六班に』
それが、火の国の大名たちの流行りであった。
「畳間、言ってやれ」
「この千手畳間は火影様の言うことには従います。その代わり、報酬は弾んでください」
「な、裏切ったな! 示し合わせてボイコットしようといったじゃないか!」
「何のことか分からないな」
アカリと畳間のじゃれ合いを、ヒルゼンが楽し気に見つめている。
「ところで、今回の任務だが……。畳間は今回の任務からは外れて貰う。その穴埋めとして、うちはカガミを第六班へ復帰させることとする」
ヒルゼンの言葉に、畳間とアカリが会話を切り上げて、いぶかしげな表情を浮かべ、ヒルゼンへと向き直る。
「どういうことです、火影様」
「サクモ。そのことだが、サクモとアカリには、カガミから詳細を話す」
「先生が……?」
カガミは自分を見るサクモに、笑みを返すと、前に進みでた。
「というわけだ。よろしく頼むぞ、二人とも」
「畳間はどうなる?」
「それについてだが……。ここから先は特定の上忍だけが知ることが出来る機密情報となる」
三代目が言外に、アカリとサクモの退室を促した。アカリもそれを察するが、
「しかし……」
「行こう、アカリ。機密だっていうなら、仕方ないだろう」
渋るアカリに、サクモが呼びかける。アカリは欲しいものを取り上げられた子供のような表情で、三代目を、そして畳間を見つめる。
「アカリ、そんな目で見るな。俺だって初耳だ」
アカリの視線に、畳間が困った様に口を開いた。
アカリとて、畳間に対して思うところがあるわけではない。第六班で揃って高ランク任務を請け負えるようになってから、三人はずっと一緒だった。アカリは奇妙な寂しさを感じていた。
ちらちらと畳間を振り返るアカリの背を押しながら、サクモとカガミが退室していく。扉が閉まり、けれども少しして、アカリが扉の隙間から顔を出す。
畳間が困った様に手を振ると、じとっと畳間を見つめて、アカリは今度こそ扉を閉めた。
足音が遠ざかっていき、しばらく、三代目が口を開く。
「単刀直入に言う。ミト様のことだ」
「だろうと思っていた。―――今はまだ、問題はない。だが、全盛期の力はすでに失われた。老いには勝てないといったところか……。遠からず、”次”は必要になるだろう」
うずまきミト。千手柱間の妻にして、その身に九尾を宿す、木の葉唯一の人柱力。だが、ここ数年の時代の激動を経て齢70を迎えんとするミトに、かつての力はもはやない。
ミトもいずれ死ぬだろう。そのとき、封じられた九尾はどこへ行くのか―――。人柱力が死ねば、尾獣は一時的に力を失い、消滅する。しかしいずれまた、どこからともなくこの世に現れるのだ。人柱力という抑止から解放された、災害として。
戦力バランス的にも、そして九尾そのものの脅威を考えても、九尾を野に放つことは決して許されない。火影が受け継がれていくように、人柱力もまた、受け継がれていかなければならない。
けれども尾獣、特に九尾の人柱力には、九尾を封じ込められるだけの巨大なチャクラという、天性の資質を求められる。うずまき一族や千手柱間のような、常識はずれの桁違いなチャクラが必要なのだ。だが、ミトの血を引く者たちには―――綱手や縄樹にも、その資質はない。ただ一人を除いて。
「―――はっきりいえば……畳間。ワシはお前を二代目人柱力にと、考えておる」
放たれた三代目の言葉に、畳間は驚いた様子を見せなかった。畳間自身も、九尾の人柱力の後継という問題に感づいていたからだ。信頼性や資質を鑑みれば、千手柱間とうずまきミトの子孫を措いて、木ノ葉隠れの里に、人柱力の候補はいない。だが、綱手も縄樹も、畳間の両親すらも、九尾の器となりえる素質ではない。
唯一、祖父母の素質を色濃く受け継いだ畳間に白羽の矢が立つのも、当然のこと。祖母にかけられた封印が弱まりつつあった二年前から、畳間がずっと考えていたことでもあった。
「俺は、無理だろう」
「……お前はミト様に迫るチャクラを有する。人柱力として、申し分ない。九尾を宿すことに抵抗があるのはわかるが―――」
「違うんだ、三代目。そうじゃない。―――九尾を俺に入れれば、まず間違いなく、俺は里へ害をなす」
言い切る畳間に、三代目が険しい表情を浮かべる。それは言い換えれば、畳間が里に害意を持っているとも取れるからだ。
畳間は首を振り、穏やかに訂正の言葉を紡ぐ。
「俺が里に害意を持っているわけではない。ただ、そうなってしまいかねない要素を持っている。婆さんに聞いてもらっても、きっと同じことを言うはずだ。俺は―――人柱力にはなれない」
三代目火影すらも知らぬ、畳間のもう一つの姿。
戦国時代を生き、千手一族に連なるすべてを憎み世を去った、うちはイズナの魂。畳間は己の中に”うちはイズナが存在していること”を受け入れ、写輪眼という、うちはの魂に依る血継限界を扱うに至ったが、その魂の奥底にくすぶる闇の炎を消すに至ってはいない。九尾が憎しみと殺意の塊であるというのなら、千手畳間は確実にその闇に飲み込まれるだろう。
「―――そうか」
三代目が肩の力を抜き、白い煙を空へと吐き出した。畳間がいぶかしげな表情を浮かべるのを見て、疲れたように笑う。
畳間はてっきりもっと食い下がられるかと身構えていたので、三代目のあまりに呆気ない幕引きに、困惑した表情を浮かべた。
「畳間よ。お前は初代様に似ているようで、その実、性質的には二代目様にも、よく似ている。初代―――柱間様は大らかで穏やかな方だったが、時に背筋が凍るほどの冷厳さを見せられることもあった。二代目様は厳しく冷静な方だったが―――その内には、誰よりも情熱的な魂を秘めていらっしゃった」
過去を懐かしむように、三代目は目を閉じる。ヒルゼンは思い出す。己がまだ世を知らぬ子供だった頃、厳しくも優しく、道を示してくれた、二人の先人たちの背を。
何かあるのではないかとは、感づいていた。
かつて柱間が生きているころ、将来、畳間をヒルゼンの弟子とし、イナ、サクモを班員とする案が、扉間から出されたことがある。仲間を想う者たちと共に心を育むことが、畳間の抑止となると扉間が考えたからだ。けれども柱間はそれを否定した。
憎しみと愛、二つを併せ持つ者―――すなわちうちは一族と共に育つことこそが、必ず畳間に大きな成長をもたらすと、柱間は断言して見せた。いつもなら扉間に言い負かされる柱間が、そのときだけは決して、その主張を譲らなかった。
扉間は結局、畳間については亡き兄の命を守り、うちは一族の者たちを共につけた。扉間自身もまた、柱間とは別の意図で、その構成のメリットへとたどり着いたからである。
ヒルゼンは思う。もしも畳間が千手一族にはないもの―――二代目火影すら超える”激しさ”を持つというのなら、確かに、九尾を身に宿すことは破滅へつながる一手となるだろう。九尾について調べ、木ノ葉の生き字引であるミトから話を聞いてから、畳間を九尾の人柱力にすることのメリット、デメリットをずっと考えていた。
ゆえにヒルゼンは畳間に人柱力の案を否定されても、たいして反応しなかったのである。ヒルゼンはすでに、代替案を用意していた。
「兄貴、どうかしたのか?」
だが、畳間は三代目の心中など知らない。
畳間が困った様に言えば、ヒルゼンは自分が過去へ意識を向け過ぎていたことに気がついた。
「すまぬな。まだそんな年でもないと思っていたが、過去を懐かしんでしまった。ともかく、畳間よ。お前が人柱力になることに同意するなら、それで良いと考えていたが……。実際のところ、お前の現在の実力や立場を踏まえると、人柱力として表舞台から遠ざけるのは、デメリットが大きすぎる。お前が人柱力になれないというのなら、それはそれで構わん」
人柱力になれば、大きな力を手にすることが出来る。だがそこに至るためには、生死の境を彷徨おうとも九尾の力を封じ続け、封印を安定させるという、卓越した封印術の技量が必要になる。もともと細かな調整が苦手な畳間だ。九尾を完全にコントロール下に置き、その上で戦線に復帰するには、長い修行が必要になるだろう。二代目の死から三年、木ノ葉はようやく前に進み始めた。切り札の一枚を、今、容易に切るわけにはいかない。
ならばどうするか。連れてくればいい―――。
「―――畳間。これからお前に託すのはSランク任務。これより渦隠れへ向かい、この巻物を渦隠れの長に渡せ。現段階でこのことを知るのはお前を除き、ワシの片腕たる根のダンゾウのみ。心せよ」
それは里を守るための一手。だが見方を変えれば、一人の少女の未来を閉ざす、里の闇となるもの。
火影としての顔を浮かべたヒルゼンに、畳間は静かに頷いた。
★
数キロ離れた後方に兄・うちはカガミと同僚であるはたけサクモ、そして護衛対象である火の国の大名を置き先行するアカリは、街道を外れた森の中に身を潜ませて、発現した写輪眼を使い、人の気配を探っていた。周囲に人の気配はなく、アカリは写輪眼を消し、疲れたように目を瞬かせる。
平和ボケした大名の命を、どこの誰が狙うというのか。
畳間が抜けた今回の護衛任務に、アカリはあまり乗り気ではなかった。
時間が過ぎる。アカリは写輪眼を発現し、その場から飛び去った。
大名を乗せた籠が進む距離を計算し、一定時間ごと、潜伏しているアカリが先行して周囲を警戒する―――この数時間続けてきた作業が、また一つ進んだことに、アカリは何の感慨もわかない。
もしも畳間がいれば、大名の傍に畳間と共に残り、感知タイプであるサクモを先行させた。けれども今日の任務に、畳間はいない。兄・カガミとの仲は未だ奇妙な気まずさがあり、あまり一緒にいたくないというのが、アカリの本音であった。
進むと、森の匂いが少し強くなった。先日の雨の名残が、生い茂る木々の中に残っているのだろう。独特の湿った匂いが、アカリの眉間に皺を寄せさせる。
「霧か……」
少しだけ、見通しが悪くなる。土に含まれた水が、蒸気に変わり始めているようだった。徐々に濃くなる霧の中に、”色”は捉えられない。アカリの写輪眼はチャクラの色を見る瞳術。霧による視界の悪さなど、何の障害にもならない―――。
ピィ―――――――……。
静かな街道に、笛の音が響く。
草陰に身を屈めて潜んでいたアカリは、懐から取り出した小さな笛を吹いていた。
直後―――アカリは咥えていた笛を吐き飛ばして、クナイを太ももから引き抜いた。
―――うちは一族の写輪眼は、生き物のチャクラの色を見る。すなわち、精神エネルギーと身体エネルギーの色を捉えるということ。
確かにこの森に、人の気配はない。だが、森には人以外の生き物が、多く生きている。
―――霧が、深くなる。
アカリの写輪眼は、今、”何の色も見えなかった”。
振り返った瞬間―――アカリの目の前には、頭蓋を貫こうと迫る忍者刀。
アカリは冷静に、握ったクナイで迫る刀を弾き返した。けれども弾かれた刀は軌道を変えて、今度はアカリの首を刈り取ろうと、水平に振りかぶられた。アカリは屈んだ体制から器用に上半身を逸らすと、そのまま地面に両手をつけ、体勢をブリッジへと移行する。
刀がアカリの体の上を通過する。アカリは、刀が自身の体の上を通過した直後、体の筋力をバネのようにしならせ、下半身を勢いよく浮かせ、倒立へと体勢を移行する。倒立へ移行するために振り上げられる鍛えられたアカリの足は、さながら空を斬る鞭のようである。襲撃者はアカリの蹴りから逃れるため、後方へと飛び去った。
倒立したアカリは両掌で地を押し、両腕の力のみで体を宙に浮かせた。縦回転したアカリは両足を地につけると、さらに両足で地を蹴りバック転にてさらに後方へと移動し、獲物を狙う四足歩行の獣のように体を低くして、襲撃者へと鋭い視線を向けて―――目前に迫る忍者刀を、クナイで弾き飛ばした。忍者刀は宙を回転し、アカリの近くの地面へと突き刺さる。
アカリはちらと視線を刀に向ける。それは刀と言うにはあまりに細く、鋭い。まるで巨大な針のようであった。
「特殊な形状の忍刀に、この濃霧。―――霧隠れ忍刀七人衆か」
襲撃者は霧の中に姿を消した。男なのか、女なのかも、定かではない。だが、この写輪眼をも妨害するこの濃霧に、アカリは見覚えがある。千手畳間とうちはアカリが心を通わせた、始まりの中忍試験。第二試験で戦った霧隠れの下忍の妨害により、アカリたちは苦戦を強いられた。今も立ち込めるこの濃霧が忍術によるものだと気づき、襲撃者の存在に気づけたのも、過去の経験があったからこそ。
「霧隠れの者とは、かつて戦ったことがある。笛を吹いて、異変を仲間にも知らせた。奇襲は失敗だ。残念だったな」
霧の中にいるであろう襲撃者へ向けて、アカリが憎まれ口を叩く。
霧隠れの襲撃。その目的は火の国の大名の抹殺。忍刀七人衆を動かすということはすなわち、霧隠れの殺意は本物であるということ。
まさか―――とは、思った。だが、ありえない話でもなかった。気を抜いていたのは、アカリか、あるいは里そのものか―――。
うちはカガミ、はたけサクモ共に、木ノ葉でも指折りの実力者である。だが、仮に忍刀七人衆全員が来ているとすれば、アカリを含めても、3対7。
あまりにも不利な数である。
―――どう切り抜ける。
嫌な湿気が、アカリの体に纏わりついた。
「なに……?」
アカリの傍に突き刺さっていた刀がひとりでに動き出し、霧の中に消えた。その直後、霧の中から再び、針のような刀が飛び出してきた。アカリはそれを避けると、写輪眼で軌道を追った。
「糸……? ちッ……!!」
針のような刀には、目に見えないほどに細い糸がつながっていた。霧の中から伸びるその糸が、刀を操っているのだろうと、アカリは推測する。
直後、濃霧から、襲撃者が姿を現した。仮面をつけ、暗い色の外套で体を覆い、手にいれられる敵の情報は、身長くらいである。
アカリは襲撃者の蹴りをいなし、強烈な回し蹴りを仕掛ける。けれども襲撃者はそれを屈んで避けると―――いつのまにか手に戻っていた忍刀で、アカリの足を貫こうと突き出した。
アカリは握っていたクナイを投げ、針のような刀の軌道を上方へずらし、同時に宙にとどまっていた足を振り下ろすことで攻撃を避ける。最中、アカリは腰の巻物を抜き取り、宙に広げ、両の掌を叩き合わせる。
「口寄せ!!」
煙と共に現れたのは、地面につけてアカリの胸部辺りまで―――乳切りと言われる長さの杖。振るわれる杖は風を斬り、地を抉る。その金剛力は細身の刀で受け止めきれるものではない。
襲撃者はアカリの振るう杖の暴威を、後退しつつ避ける防戦へと移行した。
「効かん!!」
たびたび投げつけられる針のような刀を杖で難なく弾き、アカリは吠える。
襲撃者は後方に飛び、針のような刀を勢いよく引き戻す。刀が戻るまでの数瞬の間―――襲撃者が行ったのは、水遁の印。
圧縮され、高速回転が掛かった水の塊が、アカリへと向かう。
アカリは体を
「うらぁ!!」
渾身の力で水球を打ち返したアカリの雄たけび。
跳ね返ってきた水球に激突する直前、針のような刀を手にした襲撃者が、再び針のような刀を投擲する。アカリはそれを難なく弾き―――水球に激突した襲撃者が、木々をへし折って吹き飛んでいく様を見届けた。
アカリは追撃しようとして―――周辺に張り巡らされた糸の存在に気づいた。襲撃者がたびたび針のような刀を投げていたのは、アカリを害するためでなく、糸の結界を作り出すための布石。アカリは悔し気に眉根を寄せる。
収縮する糸がアカリの体に食い込み、アカリは縛り上げられる。アカリを縛る糸の先は、濃霧の中へ消えている。直後、濃霧を食らいながら現れたのは、水で形作られた巨大な鮫。
アカリは縛られる直前、結んでいた印によって蓄えていた火のチャクラを、膨らませた口から吐き出した。それは爆炎で作られた、巨大な龍。
しかし性質変化の法則において、火遁は水遁に劣る。ましてや霧の中にあり、火は威力を下げられる。水の鮫にぶつけても、火の龍はかき消されるだろう。ゆえにアカリが狙うのは―――。
「ただではやられん!!」
火の龍はアカリを縛る糸の軌跡に乗り、濃霧の中へと進んで行く。かつて畳間と共に戦った中忍試験において、アカリは同じ原理の術を使った。火遁・龍火の術。それを、それよりもはるかに強力な術で、再現したのである。
―――ここまでか。
大口を開けて迫る鮫を前に、アカリは突然の終末を悟り―――。
「風遁・烈風刃の術!!」
突如、不可視の刃が、水の鮫の胴体を切断し、鮫を形作っていた水ははじけ、虚空へと消え去った。
「悪く思うな。お前たちは忍刀七人衆。二対一で、当たらせてもらうぞ」
優しげな瞳を赤く光らせて、アカリを庇うように立つ、うちはカガミ。彼は霧の中に潜む手負いの”針”使いに、毅然と言い放った。
「カガミ……」
対してアカリは―――。
「なぜ護衛対象を放置する!!」
任務を放棄し、アカリの下に駆け付けた兄を叱責する。
カガミがここにいるということは、護衛対象を守護する忍は、はたけサクモのみ。白い牙と讃えられるサクモであっても、忍界に名を轟かせる忍刀七人衆の相手を一人でするには荷が重すぎる。アカリは護衛対象、任務への心配よりも、本心では親友・サクモの心配の方が大きかった。
「護衛対象も、サクモなら大丈夫だ。あちらに、襲撃はない。それに、”彼”もいる」
「彼……? 畳間が来たのか!?」
「いや、畳間ではないけども」
「今の木ノ葉にサクモと並びたてるのは、畳間しかおらんだろうが!!」
班員たちの強さへの果てしない信頼が言葉からにじみ出る。成長した妹を前に、兄として、カガミは感動を隠しえなかった。だが、ここは戦場。油断は許されることではない。
「うちはカガミ……。三代目火影の懐刀にして、うちはの若獅子か。われら忍刀七人衆といえども、一人で相手どれる者ではないか。”針”よ、待たせたな。助太刀する」
「何者!!」
アカリの叫び。
霧の中から現れたのは、巨大な刀を背負った大柄の忍。仮面をつけ、やはり暗い色の外套を纏ってはいるが、その巨大な刀を見間違えるはずもない。
「―――その巨大な忍者刀……。確か……!!」
「やはり。この刀は、正体を隠すには不向き……」
「お前は……お前は―――。誰だったか」
アカリの言葉に、空気が凍る。
「お前、うちはアカリだろう。俺の事を忘れたというのか」
「誰だと聞いている!! 答えろ!!」
「アカリ、落ち着け。忍が感情をむき出しにするな」
「む……」
糸の縛りから脱出したアカリが、杖を突きだして、巨大な忍者刀を背負う男を問い詰める。男は少し気落ちした雰囲気をしていた。カガミはそれを無視し、兄として、妹の無様を窘める。
「あの大刀は6年前、始まりの中忍試験で見たことがある。受験者の名は、西瓜山河豚鬼―――今では二代目水影の
「思い出せん……」
「アカリも会っていると思うが……。まあ、構わない」
カガミが腰を落として刀を構える。カガミの戦闘スタイルは、二代目火影・千手扉間のそれに近い。刀を使い、近接戦を仕掛け、印を必要としない忍術、瞳術にて敵を嵌める。
「最速で仕留める。写輪眼―――」
「おっと、わりィけどよぉ……」
突如―――河豚鬼が、かしこまった様に姿勢を正した。
霧の中から現れたのは、袖の長い服を着た、色白でちょび髭が似合う、眉なしの男―――。
「うちはの厄介さってのは、よぉーく知っててよ。
一対一なら必ず逃げろ。二対一なら後ろを取れ―――ってな。対うちは戦法としちゃ、数はまだ一人足りねぇが。とりあえず、二対三だ。悪く思うなよ、うちはの嬢ちゃんたち。なんたってお前たちは戦国最強の―――うちは一族なんだからよ」
「ば、馬鹿な……。な、なぜ……」
「おいおい、大丈夫かよ。顔色が悪いぜ。今のは冗談だってぇの」
霧の中から現れた男を目の当たりにし、カガミの顔色が変わる。血の気が引いた頬は、まるで土のように血色が悪い。アカリはカガミの豹変を見て、異常事態に気づくが、それが何かは―――。
「二代目……水影……!!」
「おう、俺を知ってんのか? いやぁ、俺も有名になったもんだぜ。このまま伝説でも作っちまおう」
「はい」
気さくな雰囲気で笑うこの男こそが霧隠れ二代目―――鬼灯幻月、その人である。
「白い牙も、登り龍もいねぇか。―――おい、河豚鬼」
「―――はっ!」
「お前らは先行して標的を仕留めてこい。俺は、こいつらとやってるからよ」
二代目水影の性格を、霧隠れの忍びである河豚鬼は良く知っている。護衛としてどうかと言われると反応に困るが、下手に残ると、逆に叱責され、殺されはしないが、殴られる可能性もある。河豚鬼は素直に頷くと、霧の中に消えた。
「待て!」
「待つのは君だ、アカリ。向こうにはサクモがいる。まずいのは―――俺たちの方だ」
河豚鬼を追って飛び出そうとするアカリを、カガミが制す。
研ぎ澄まされた写輪眼の眼光は、ぶれることなく幻月を見据えている。
二代目水影。初代水影の側近ですらなかった彼は、第一次忍界大戦において、彼は無名でありながら、後の二代目土影・無と互角の勝負を繰り広げ、霧隠れの敗戦を食い止めた。その類まれな力と人柄を認められ、破竹の勢いで”影”に上り詰めた、まさしく怪物である。他の影に比べ、伝説という伝説はない。ゆえに―――情報が少なく、最も危険な忍。
「他里とはいえ、若い芽を狩るのは忍びねぇが……これも世の常だ。楽しくいこうぜ」
★
「おいおい、あいつらを先行させたんだからよ。もうちっと手ごたえのある戦いを頼むぜ」
ちょび髭の男―――二代目水影・鬼灯幻月が、逃げ回るカガミとアカリの背に向けて、両手の人差し指を突き出している。幻月はアカリとカガミの相手が自分一人で充分だと言い放ったが、その言葉に偽りはなかった。
水鉄砲の術。鬼灯一族に伝わる秘伝忍術である。非常に殺傷能力の高い水弾をワンアクションで繰り出すその術は、二代目火影・千手扉間が、”天泣”を開発する際のヒントにしたと言われているものである。すなわち、少なくとも、二代目火影が得意とした”天泣”と同等か、それ以上の破壊力を持つということだ。
アカリがいた木が、カガミがいた地面が、幻月の術によって破裂する。まるで起爆札を爆発させたかのような惨状は、まぎれもなく水遁の術で起こされている現象である。
「火遁・豪火球の術!!」
飛び回る最中、アカリが渾身の火遁を解き放つ。
「ほぉー、逃げ回るだけかと思えば、いい火遁を使うじゃねぇか」
「くそが!!」
幻月の称賛が、アカリには酷く腹立たしいものだった。なぜなら、アカリが放つ火遁の術はすべて、幻月の放つ水鉄砲の術で、おしなべてかき消されているからである。
「―――木ノ葉流・三日月の舞」
「お?」
「やったか!?」
幻月の体が、胴体で両断される。いつの間にか幻月の背後を取っていたカガミが、幻月の体を斬り飛ばしたのである。
アカリが、歓喜に叫ぶ。だが―――。
「良い太刀筋だ。けどよ、意味ねぇぜ」
両断されたはずの幻月の体は、瞬く間にもとに戻っている。
幻月は刀を構えるカガミに人差し指を向け、水鉄砲を放つ。カガミはその軌道を写輪眼の力で見切り、数ミリで避けると、刀を振るい、幻月の指を切断する。
だが、切り離されたはずの指は瞬く間にもとの形に戻る。
「木ノ葉には良い忍がいるな。その太刀筋、七人衆に欲しいくらいだぜ。―――じゃあな」
切られながら、幻月はおしゃべりを止めず、けれども攻撃後の隙を見逃すことはない。カガミへ向けて、再び水鉄砲を放とうと、指を向ける。
「ああああああああ!!」
雄たけびをあげ、アカリが杖を振りかぶる。火の鎧を纏った、正真正銘、全力の一撃である。だが―――。
「おらよっと」
「げぁ……」
幻月は指先をカガミに向け、上半身を微動だにさせず、アカリの腹を蹴り抜いた。
うめき声をあげて吹き飛ぶアカリ。アカリは木の幹に激突し、血反吐を吐いて、地面に転がった。
「あの娘っ子。ありゃあ、もしかしなくても、中忍かよ。おいおい、大名の護衛なんて高ランク任務に中忍を同行させるなんざ、木ノ葉はどうかしてんじゃねえのか? ―――守れもしねぇってのに」
「うぐ、ぁ、あ……」
アカリの呻くさまをみて、幻月は痛まし気に眉間に皺を寄せる。
「ただの蹴りだぞ。それで、あんなに痛がっちまってる。あの娘っ子、殺されるぞ―――この俺に」
―――アカリの痛ましい姿を見て、幻月のその言葉を聞いて、カガミの眼が見開かれた。
「お?」
吹き飛ぶアカリを見送って、振り返ると、カガミの姿が消えている。幻月は突如いなくなったカガミに、不思議そうに首をかしげる。
「―――その通りだ」
少し離れた場所に、カガミが立っている。俯いており、表情はうかがえない。
「平和ボケしていた。守れるとうぬぼれていた」
カガミの独白を、幻月は静かに聞いてやる。男の魂の叫びを遮るほど、幻月は無粋ではない。それどころか、こういった雰囲気は、幻月にとっては願ってもないものであった。
「忘れていた。父を、母をこの手にかけて―――俺は忍びの道に誓った。必ず『守り抜く』と。殺させない、絶対にッ―――!!」
カガミの雰囲気が変わる。荒れ狂うチャクラに、幻月が楽し気に頬を緩ませる。
「その紋様……。知ってるぜ、万華鏡。伝説に聞く、うちはマダラと同じものだ」
「―――木ノ葉隠れ、若獅子カガミ。
カガミの両目に浮かぶ万華鏡の紋様が、激しい炎のように、踊る―――。
推敲途中で送られてしまった。
頑張って直したけれども、ミスがあったらよろしく頼んます