綱手の兄貴は転生者   作:ポルポル

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正直すんません。
忙しすぎて、個人的な感覚では、まだ7月前半だった……。
昔、大人に夏休みなんてないって言ってた親戚の叔父さんの言葉が身に染みる


戦火へのカウントダウン

 渦隠れの里。そこは畳間の祖母の故郷であり、うずまき一族の血を受け継ぐ畳間にとって、第二の故郷ともいえる場所である。周囲を海に囲まれた小さな島国の辺境に位置するその里は、霧隠れの里、木の葉隠れの里に挟まれた危険な立ち位置にある。木の葉隠れの里を興した千手柱間の妻としてうずまき一族の姫が嫁いだのも、千手という、うちは一族と並んで最強を欲しいままにした一族を、有事の際の戦力として引きずり込むという算段があった。

 その後、千手柱間は里というシステムを構築し、戦国時代を終わらせた”火影”として、忍の世界の頂点に立った。初代火影の妻を輩出したうずまき一族は、火の国および木の葉隠れの里の庇護下に入ることとなり、一定の平和と平穏を享受するに至った。ゆえに、渦隠れの里は、木の葉隠れからの要請を、断ることが出来ない。

 

 畳間はかねてより、渦隠れより貰い受けた少女、うずまきクシナの近況報告という名目で、渦隠れの里へ足を運んでいた。また、祖母の出生の地への観光という名目を強めるため、たびたび弟である縄樹を同伴していた。

 木の葉と砂が小競り合いを始めてなお、畳間が戦線に赴かないのは、渦隠れへ足を運ぶ機会を減らさないようにするためであった。

 

 その目的は、渦隠れに潜む可能性のある、裏切り者の調査。

 うちはカガミが殺害された際、生き残ったアカリの証言から、二代目水影がうちは兄妹の殺害を目的として火の国へ侵入した可能性が高いという情報がもたらされた。だが、カガミが第六班に復帰したのは突然のことであり、カガミを狙って待ち伏せが出来たことは、あまりにも不自然である。

 

 確かに、大名の護衛の任務を第六班が引き受けたこと自体は、大名側からならば容易に漏れえることである。だが、うちはカガミが第六班に復帰することを知りえた者は、あの場に居合わせた者たちだけ。

 ―――しかし、畳間が「第六班を抜ける」と知ることが出来たものは、他にいる。それは、クシナを受け取りに畳間が赴くと三代目火影より伝えられた、渦隠れの里上層部。

 

 第六班は護衛任務専門という噂が広まっていた。大名の護衛は、戦を忘れて久しい大名たちがいくら気軽に考えていようとも、忍にとっては決して気を抜くことのできない重要任務。畳間が抜けた状態―――中忍と上忍の二人一組(ツ―マンセル)の状態で任務が遂行されることは、まずありえない。必ず、人員の補充がされる。そうなった場合、畳間が抜けた第六班に補充される忍は、かつての担当上忍である、うちはカガミ以外にありえない。

 

 畳間の欠員を知れたのは、木の葉上層部と、渦隠れのみ。

 

 渦隠れの里に、木の葉に仇なす者がいる―――それが、畳間とダンゾウの推測である。

 ややタカ派な言動を見せる畳間とダンゾウを相手に、三代目火影は公平な視点を保たねばならない。ヒルゼンは千手柱間の代からの盟友である渦隠れを疑うことを渋ったが、畳間が内偵を行うことを否定することは無かった。渦隠れがうずまき一族の直系に連なるうずまきクシナを木の葉に引き渡していることから、三代目火影は渦隠れの裏切りは無いとみているが、それすらもいずれ牙をむくまでの布石でないとも言い切れない。裏切りの芽が渦隠れ全体に蔓延していることを否定できない以上、世情が乱れ始めている今、木の葉を守るためにも、渦隠れの里の内偵調査は必須事項であった。

 

 一年と半年。

 畳間はクシナを理由として、渦隠れの里へ足繁く通った。その最中、砂隠れと小国の小競り合いが徐々に激化し、サクモが再び戦場へ向かう背を見送ることもあった。畳間は友の助けになれないことを悔やむ己を殺し、任務を遂行し続けた。

 

 そしてその成果は今―――目の前で赤い海に沈んでいる。岩辺に潜んでいた畳間は、驚愕に目を見開いてじっとその光景を見つめていた。

 

 そこは、水平線を見つめられる砂浜。細かな白砂が日にきらめいては波に隠され、少し攫われた砂がまた姿を現す。人影の見えない砂浜において、畳間が探し続け、ようやく見つけた”裏切り者”は、命の源を惜しげもなく白砂に吸わせ、微動だにせず横たわっていた。

 

 およそ、4時間―――。畳間は横たわる渦隠れの忍を、監視していた。仮にそれが演技だとするならば、あるいは何らかの待ち伏せがいるならば、しびれを切らして動き出す時間だろう。すでに日は傾きを見せ始め、砂が吸った赤は、空気に触れたことで赤銅色に変化している。

 

 畳間は岩陰から苦無を投げた。苦無は何の抵抗を受けることもなく、横たわる忍の背中に突き刺さる。

 

 ―――1分、2分。

 

 動きはない。

 畳間は周囲を見渡して、岩陰から姿を現した。うつ伏せに横たわる渦隠れの忍に近づいていく。万一を考えて引き抜いた苦無は、飾り気のない漆黒の刃を、日の下に鈍く光らせる。砂浜に畳間の足跡が残らないのは、水上歩きの術の応用によるものだった。

 

 畳間は横たわる忍の傍にしゃがみ込むと、横たわる忍の首筋に、二本の指を添えた。指先を打つ躍動はない。間違いなく、死んでいる。

 

 畳間は眉根を寄せると乱暴に、亡骸を仰向けに転がした。

 血に染まった短刀が、亡骸の下から姿を見せる。仰向けになったことで晒された亡骸の首元は、おびただしい量の血液に濡れ、惨たらしい傷跡を晒している。

 

 この男とは、畳間も何度か話したことがあった。緩んだ細い目元が温和な雰囲気を醸し出す男だったことを、畳間は思い出す。

 けれども、今、その細目は見開かれて虚空を見つめている。表情は酷く歪んでいた。まるで、信じられないものを見たかのように。男は、自らの手で己の首を掻き切った(・・・・・・・・・)とき、一体、何を見たというのだろうか。

 

 畳間は事務的に亡骸の瞼を閉じた。

 使い手の居なくなった血染めの短刀に視線を向ける。それを拾おうと手を伸ばそうとして―――畳間は動きを止めた。

 

 見られている感覚。すでに、だいぶ近づかれている。目の前に集中し過ぎ、周囲への警戒を疎かにした。畳間は内心でため息を吐いて、己の迂闊さを戒める。

 

 畳間は伸ばした手を戻し、ゆっくりと立ち上がった。背中越しに、お前に気づいているぞ、と殺気をぶつけてやれば、気配の主もまた、同じように殺気を放った。

 

「―――ッ」

 

 開戦の合図は無かった。

 

 畳間は瞬時に振り返り、手に持つクナイを投擲した。

 気配の主は瞬時に距離を詰め、まるで丸太のような大刀を、畳間がいる場所に振り下ろした。

 

 畳間のクナイは襲撃者の側を突き進み、あらぬ方向へ飛んでいく。

 襲撃者は畳間の殺害を確信したのか、畳間の目の前で口の端を釣り上げて―――畳間の姿が消えた。

 

 ―――飛雷神・二の段。天泣。

 

 驚愕する襲撃者の背後に突如として現れた畳間は、印を必要としない水遁・天泣を発動。その研ぎ澄まされた水の千本は、真っ直ぐに襲撃者の頭部へと向かっていき、直撃。

 

「分身か……」

 

 天泣が当たった襲撃者の体は弾けるように霧散し、ただの水となって砂浜に吸い込まれていく。

 

 

 ―――直後。現れたのは、三つの影。どの忍も特徴的な忍刀を携えて、畳間を包囲する陣形を以て、接近していた。

 畳間は三つの影にかわるがわる視線を向けると、頷いた。

 

「なるほど、やはり、霧隠れ。あの渦隠れの忍は、貴様らの内通者だったというわけか。他里のために自害することを選ばせるとはな……よほど、霧は調略の練度が高いと見える」

 

 自害した渦の忍は、あるいはクシナの縁者だった可能性もある。そこも調べなければ分からないが、渦の忍が一定以上の愛情をクシナに向けていたのだとすれば、これから訪れる人柱力としてのクシナの運命を嘆き、凶行に及ぶこともあるかもしれない。

 

 どちらにせよ、渦隠れに裏切りの芽があると木の葉が知れば、動かざるをえない。その調査には、渦隠れに通っても不自然ではない者―――かつての盟友である千手一族の者が選ばれることは目に見える。そして実際、千手畳間は渦隠れに出向き、裏切り者の尻尾を掴んだと思い―――誘い出されたということだ。

 

「―――千手一族次期頭、千手畳間殿とお見受けする」

 

 霧隠れの忍の言葉に、畳間は眉を顰める。 

 

「……狙いは、オレの首ってわけだ。オレも有名になったもんだ。―――だが、遅かったな。オレを殺せるとすれば、それはガキの頃だけだったぜ」

 

「―――ここ数年で、あなたの武勲は恐ろしいほどに高まっている。実際、”あの”金角を打ち取ったという名声は、あなたの実力を、凄まじい勢いで忍界に轟かせた。まさに、龍が天に昇るが如く。その実力を、この年まで隠し通したこと、称賛に値する。十代にして木の葉上層部に鳴り物入りした白い牙の名声に加え、千手は衰退した(・・・・)という噂に身を隠し、その爪を研ぎ澄ませていたということでしょうが―――まさに、(しのび)

 

「あ、いや、オレはそんなことしてるつもりは無かったんだが……」

 

 二代目火影が、畳間を守るために打った、数多の布石。畳間はそれに気づかず、奔放に生きて来ただけである。畳間は最近、こういった話をよくされるが、そのたびに、居心地の悪さを感じている。心当たりがまるでないからだ。扉間が何かしていたのだろうなとは考えるが、考え出すと、自分が亡き師にかけていた苦労に首を絞められるので、あまり考えないようにしていた。

 

「そ、そこの大刀使い。お前、西瓜山河豚鬼だろう。中忍試験のときに、会ったな」

「……お前は覚えていてくれたか」

「……?」

 

 話を逸らそうと、畳間は見覚えある大刀を持つ忍を見た。

 帰ってきたのは、どこか哀愁のある言葉。誰かに忘れられたことがあるのかもしれない。畳間は小首をひねった。

 

「―――ともかく」

 

 畳間の言葉に、空気の流れが変わる。

 波の音すら遮られるように張り詰められた空気は、霧の忍びたちに、寒気すら感じさせた。

 

「貴様ら霧が木の葉の敵になるというのなら―――」

 

 言葉の最中、畳間の周囲に、6体の分身が現れる。

 6体の影分身は二人一組(ツ―マンセル)となり、それぞれ、霧隠れの者と相対するように位置取った。

 

「―――是非もない。ここでオレが―――」

 

 影分身が一斉に、印を結びだす。

 霧隠れの忍びたちは、すぐさまそれぞれの忍刀を引き抜き、臨戦態勢へと移行した。

 6体の影分身に守られるように佇む畳間は、腕を組んで顎を引き、貫くような視線を向けた。

 

「―――始末する」

 

 組んだままの腕。指を一本、持ち上げた。

 チャクラが爆発する。荒れる風が舞い、砂が吹き荒れる砂浜に、龍が昇った。

 

「水遁・水龍弾の術」

 

 畳間の影分身たちが、一斉に術を放った。六頭の龍はそれぞれの敵を喰らおうと迫る。

 

 ―――だが、そのすべてがはじけ飛んだ。

 

 迎え撃ったのは、霧隠れ、それぞれの忍刀。

 一つは、鋭利な鱗に覆われた大刀。 

 一つは雷を帯びた双刀。

 一つは魚のカレイやヒラメを上から見たかのような、広い刃を持つ大刀。

 

 影分身たちと、霧隠れの忍が激突する。 

 

 本体の畳間は少しだけ戦況を見据え―――直後、西瓜山河豚鬼に狙いを定め、動き出す。

 霧隠れの三人の中で最も若いがゆえに、動きが他の忍びよりも洗練されていない。削るならそこからだと、畳間は考えた。

 

 畳間が地を縫うように駆ける。

 畳間は腰のポーチからクナイを引き抜くと、チャクラを流し込んだ。金角を打ち取った際に使った、圧縮した水遁を纏わせる術である。

 

 河豚鬼と切り結んでいた影分身が、突如として消滅した。大刀を振りかぶっていた河豚鬼は、突如として消えた影分身に対応できず、大刀を振り下ろした。

 

 畳間は消えた影分身が生み出した煙にまぎれ、接近し、クナイを振り抜いた。クナイを覆うチャクラはその刃先を、まるで刀ほどの間合いにまで伸ばした。

 

 だが、さすがに霧隠れ七人衆。河豚鬼は足を痛めるのも構わず、無理矢理の体制で瞬身の術を用い土を蹴り、飛び退った。同時に、下がる勢いで鮫肌を引き寄せて、身を守ろうと構える。

 

 畳間は振り抜いたクナイを引き戻すと、居合の型ように腰だめに構え、飛び退った河豚鬼へと肉薄する。

 

 そして、激突する。

 刀ほどの間合いを持ったクナイと、河豚鬼の大刀。九尾の鎧すらも剥がし取った一撃は、いかな忍刀であっても防げはしない―――。

 そして畳間は、忍刀の恐ろしさを知った。

 

「―――俺の大刀・鮫肌は……チャクラを削り、喰らう」

「なにッ―――?」

 

 畳間が振り抜いたクナイ刀は、河豚鬼の持つ大刀―――鮫肌とぶつかり合った瞬間、相応の間合いしか持たない、クナイへと巻き戻り、宙を斬った。

 その時の感覚はまるで、座ろうと思った場所に椅子がなかったというような、浮遊感と驚愕。

 

 ―――目前に、大刀が―――鮫肌が、迫る。このままでは、顔面が吹き飛ばされる。

 

「圏境・天威ッ」

「おっと……。言っただろう。大刀・鮫肌は、チャクラを削り―――喰らう」

 

 畳間は瞬時に周囲にチャクラの結界を生成、さらにその結界内に、膨大なチャクラを爆発的な勢いで開放し、河豚鬼の動きを止めようとする。だが、その莫大なチャクラは一瞬の間を経て、急速に失われていった。脱力感に見舞われた畳間は、目前に迫る大刀を防ぐ術が無く―――。

 

「―――瞬身の術」

 

 河豚鬼から少し離れ、先ほど投擲したまま転がっていたクナイの場所に、飛んだ。大幅なチャクラの減少による脱力感に、畳間は思わず膝をついた。

 

「それが、二代目火影が得意としたといわれる、時空間忍術か。なるほど確かに、知らなければ、凄まじい速さの瞬身と見えるだろう」

「―――ちィッ」

 

 今の攻防で本体のチャクラが乱れたことにより、残りの二人の相手をしていた影分身は動きを鈍らせ、殺された。畳間はそれを、目前に迫る双刀と大刀の存在により理解する。

 畳間は迫る攻撃から身を守るため、素早く印を結んだ。

 

「土遁・土砂崩れの術」

 

 畳間を中心にして、土砂が円状に噴き出した。畳間を守るように波打つ土砂は、津波のような獰猛さを以て、二人の忍を飲み込もうとなだれ込む。だが、悲しいかな。双刀は纏う雷を以て迫る土遁を打ち破り、大刀はその破壊力を以て、土遁の波を吹き飛ばした。

 だがその一連の攻防は、一寸の隙を生み出した。畳間はさらに印を結びあげ、空気を胸いっぱいに吸い込み、

 

「―――火遁・双炎龍火の術」

 

 畳間の口腔から吐き出された火の龍は、畳間を守るように蜷局(とぐろ)を巻いた。

 砂浜が、地獄絵図に代わる。すべてを焼き尽くさんとする灼熱の二頭を持つ龍火が、(あぎと)を開き、霧の忍びを襲う。

 たまらず、霧の忍び二人は後方へ飛ぶ。だが、同時に、河豚鬼が放った水遁が、畳間の炎を打ち消さんと押し寄せた。

 火龍は水龍と激突し、蒸発音とともに蒸気へ変わる。畳間の周囲は霧が立ち込め、霧隠れの忍びたちは交代し距離を取ると同時に、霧の中へ手裏剣を投擲する。

 手裏剣が、何かに突き刺さる乾いた音が鳴る。だがそれは、肉体に突き刺さったことを示すものではなかった。

 

「―――土遁は破壊され、火遁はかき消され、水遁は練度で劣る。すべてがダメだというのなら……」

 

 巨大な、影が生まれる。

 忍刀たちは、畳間の声を聴き、空を見上げた(・・・・・)

 

「―――喜べ。この術(・・・)を出すのは、貴様らが初めてだ」

 

 ―――ここに、畳間が昇り龍と呼ばれた所以が、降臨した。 

 霧の中から現れたのは、褐色の肌を持つ、龍。それは、木龍であった。立ち込めていた霧は振りかざした龍の尾により薙ぎ払われ、その全容が露わになる。

 霧の忍びたちは、唖然と、空を見上げた。見上げた先にある龍の頭部の上にいる畳間は、膝をついて、霧隠れの忍びを見下ろしたていた。

 

「これが木の葉の昇り龍の切り札―――。初代火影の木遁、木龍の術」

「違う。これは”オレの”龍だ。爺さんのじゃあない」

 

 木龍の頭に陣取った畳間が、不愉快そうに顔を顰め、瞑目する。

 

「西瓜山。貴様の大刀―――鮫肌といったな。それ(・・)は、忍術による遠距離制圧を得意とするオレとの相性が凄まじく悪いようだ。オレの手持ち術では、ちと、突破法を考えるのに苦労する。あるいは、忍術を扱う者たちすべての天敵と言えるかもしれん。同程度の忍では、その異能を突破することは難しいだろう。あるいは二代目火影や白い牙のような必殺の技を持つ者や、うちはや日向のように体術を見切り制圧する者たちならば話は別だろうが……。さて―――西瓜山」

 

 瞑目していた畳間が、見下すような視線を湛え、口の端を歪める。 

 

 

「聞かせて貰うが―――物理的かつ飽和状の攻撃を、どう防ぐ?」

  

 木龍の上に座り込んだ畳間が、ふいに腕をあげる。同調するように、木龍が咢を限界まで開いた。その口腔から生えだしたのは―――牙ではない。無数の、鋭利な枝。

 

「ほら、踊れ。―――木遁・挿し木の術」

 

 畳間が、腕を振り下ろす。

 同時に、無数の鋭利な枝が、木龍の口腔から解き放たれた。

 

 ―――かつて角都が畳間に行った、触手の雨による殲滅攻撃。ある程度の防御力を持つ相手には効果が薄いが、対人を想定した技に重きを置いている者に対して、それは非常に殺傷力のある、有効な技であった。畳間も木遁による強固な盾が無ければ、あの雨を防ぐことはできなかっただろう。

 

 鋭く研ぎ澄まされ、凄まじい勢いで降り注ぐ枝は、もはや槍と変わらぬ凶器。霧の忍びたちは、各々の忍刀を振るい、降り注ぐ挿し木を懸命に打ち落としていた。

 

「だが、これで終わりではない」

 

 それを見て、畳間は霧の忍びたちに見せつけるかのように、ゆっくりと印を結んでいく。その印を占めるのは、虎。

 畳間は、肺いっぱいに空気を吸い込むと、勢いよく吐き出した。畳間の肺の中でチャクラが練り込まれた空気は、畳間の口腔から飛び出した瞬間、急速に温度を高め、木を焼き尽くす業炎と化す。

 

「―――火遁・業火礫の術」

 

 畳間が吐き出した炎が、龍の吐き出す挿し木に直撃し、燃えあがる。火の槍と変わったそれらに、霧の忍びたちはより決死の防衛を始めるが、手数のある双刀使いと、その巨大な刀身で身を守れる大刀使いと違い、手数もなければ刀身も足りない鮫肌を振るう河豚鬼が、対応を誤る。

 火矢が一つ、河豚鬼の肩に刺さる。痛みに呻く河豚鬼。そしてそうなれば、もはや崩れ落ちるのみ。連撃が河豚鬼を襲おうとして―――。

 

「解放・ヒラメカレイ」

 

 大刀―――ヒラメカレイが、霧の忍び三人を覆い隠すほどの巨大な刀身へと姿を変える。巨大なチャクラの盾に、火矢のすべてが弾かれる。

 

「ヒラメカレイというのか、それは……。チャクラを流し込み形状を変える……。瞬間的に、そこまで大きくできるとはな。近接戦においてそれほど恐ろしい刀はないだろう」

 

 刃渡りを見切り、間合いを取っていたつもりが、気づけば体を両断されているという状況に陥りかねない。ヒラメカレイには、近接戦はご法度。だからこそ、遠距離忍術を軒並み封じる鮫肌と、三人一組(スリーマンセル)を組んでいるのかもしれない。

 

 チャクラを削る忍者殺しの大刀・鮫肌。

 

 瞬時に形状を変化させる体術使い殺しのヒラメカレイ。

 

 厄介な忍具もあったものだと、畳間は忌々しそうに眉根を寄せる。とはいえ、ここで情報を強いれることが出来たのは良かったとも言える。

 そもそも、ここで仕留めてしまえば―――。

 

「―――ッ。またかッ」

 

 畳間の思考は中断される。畳間は瞬時に、木龍の頭から飛び去った。原因は、新手の襲撃者による奇襲。

 直後、畳間が立っていた場所―――木龍の頭部が爆ぜる。頭部が吹き飛び、挿し木の術を中断させられた木龍が、力なく地に崩れ落ちる様を見ながら、畳間は着地し―――

 

「―――ッ!?」

 

 ―――目前に迫る水龍の咢に、飲み込まれた。

 

 水圧に押し流され呼吸もままならぬ中、畳間は体を丸め、水圧を受ける表面積を減らすと、全力で圏界を作り上げた。

 押し戻し、ついには弾き飛ばす形で水龍をかき消した畳間は、しかし勢いを殺しきることはできず、地面に数回叩きつけられる勢いで転がり、けれども最終的には体勢を整えて砂浜に両足をつける。両足を踏み込んだものの、砂浜は柔らかく勢いを殺すことが出来ない。畳間は腰を落とした体勢で砂浜を抉り取りながら後方へと滑り、その少し後に停止した。

 

 全身がずぶぬれになった畳間は、莫大な量のチャクラを消耗したこと、水龍の中で呼吸を止め、正常な体勢を取り戻すために激しく体力を奪われたことによって、息を荒げていた。

 一連の動作の中、衝撃で咥内を切ったらしい。畳間の口端から、わずかに血が流れ落ちる。

 

 畳間は口腔内の血を吐き出して、顎を伝う血をぬぐった。

 

「今のは……」

 

 爆発の寸前に見えた、新手の襲撃者。巨大な巻物を刀身に装着し、巻きつけた、異様な大刀。あれもまた、霧隠れの忍刀―――すなわち、新手の霧隠れ忍刀七人衆と見て、間違いないだろう。

 

「オレ一人に、忍刀七人衆の半分以上が動員されたということか」

 

 かねてより、命を狙われたことは何度かあった。だが、ここまで明確に、畳間一人を殺すために集められた集団を、畳間は知らなかった。

 

「敵も本気、というわけか」

 

 かつて、生前の二代目火影から、畳間は千手の持つ意味や、畳間の立場を何度も聞かされていた。幼少のころは聞く耳も持たず反抗ばかりして、拳骨を喰らったこともあったが―――畳間は今になって、柱間や扉間の本気の心配を、理解した。

 木の葉は畳間が物心ついたころから、他里からの干渉により、いろいろと被害を受けていた。そのたびに、歴代の火影たちが強硬策に出なかったのは、ひとえに、若き芽を守るためだったのではないかと、畳間は思った。仮に木の葉が強硬策に出て、さらにその報復として、名家の子供たちが狙われたとしたならば―――。少なくとも、写輪眼をはじめ多くの術を会得する前の畳間に、今の攻防をしのぎ切る力はなかった。

 

「二代目影たちが皆、同レベルの化け物たちだとするならば、という前提になるが……。叔父貴級の化け物が、岩と霧にあと二人、いるってことになるな……。それで、その下に就くのが次期三代目候補たち―――木の葉でいえば雲のときの精鋭クラスってぇなると―――あァ、嫌になるぜ。サクモに、修行、手伝ってもらおうかな」

 

 ため息を、一つ吐く。

 

「―――悲惨」

 

 周囲に視線を向けた。すでに、敵の気配はない。撤退したようであった。立ち上がり、着物に就いた砂埃を払った。

 

 畳間の目前には、変わり果てた海岸が広がっている。

 純白だった砂浜は、汚濁した土砂に覆われ、そこかしこが水に削り取られて凹凸が生まれており、打ち捨てられた枯れ木に燃え移った火よって、うす暗くなりつつある世界の中で、照らし出されている。

 

 自刃した渦隠れの者の亡骸はこの戦いで消し飛んだか、あるいは霧隠れの者が持ち帰ったのか、見つけることが出来なかった。

 渦隠れは肉体的な血継限界を受け継ぐ一族であるため、他里からすれば研究甲斐もあるだろう。そこに、内通者としての身内に掛ける情などは存在しない。他里のために自刃しようとも、利用し利用され、使いつぶされるだけの、忍の世。

 

 畳間は、すぐさま渦隠れの里へ帰還すると、縄樹を連れて、渦隠れの里を後にした。敵地やもしれぬ場所に、長く留まりたくなかったのである。

 

 ―――その数日後、渦隠れの裏切りと霧隠れの忍との内通の可能性を、千手畳間により示唆された志村ダンゾウは、渦隠れとの同盟の見直しを提案。

 同時に、渦隠れの里は、千手畳間が「渦隠れの忍びの誘拐」に関与している疑いがあるとして、出頭を命令。

 

 三代目火影は初代からの盟友である渦隠れを擁護したが、ダンゾウはこれを批判。畳間が再び渦隠れへ向かえば、霧と渦によって殺されかねないとして、これを無視することを三代目火影に進言した。

 うたたねコハル、千手畳間がダンゾウ派に回り、水戸門ホムラが中立を維持。また、親三代目である秋道トリフが、白い牙と共に前線に派遣されていたことにより擁護しきれなかった。

 また、うずまきの血を引く畳間が、木の葉のために第二の故郷を切り捨てる決断をしたこと。そして、ダンゾウがそれを強調し、三代目火影に迫ったことが決定打となり、三代目火影もまた、木の葉を守るため、決断を下す。

 

 ―――かくして、木の葉と渦の関係は徐々に冷え、希薄なものへと変わっていく。

 


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