綱手の兄貴は転生者   作:ポルポル

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差し込む光

 木の葉隠れの里と、渦隠れの里の関係に亀裂が入ったことで、渦隠れの里出身であるうずまきクシナの今後の処遇について、木の葉上層部は揉めた。

 これまで千手畳間にのみに任せられていた監視体制の強化、クシナに対しての、ダンゾウ率いる根による木の葉信仰への強制改心など、これからのうずまきクシナの処遇について、様々な議論が飛び交った。

 仮に渦隠れの里がクシナを内偵として育てていた場合、いずれ九尾の人柱力となったクシナが、強大な力を以て木の葉隠れの里に災いをもたらすことは必至。ダンゾウはこれを危惧し、木の葉を守るため、不安因子の排除を主張した。

 

 これに反対する三代目火影を擁護したのは、渦隠れの里についてこれまで沈黙を保ってきた当代の人柱力である、ミトであった。ミトは九尾の力をコントロールし、身に纏うことが出来る。九尾のチャクラは、それを纏った者に、人の悪意を読み取る力を与えるが、ミトはその力を使ってクシナを調べた際に、木の葉への悪意をまるで感じなかったとし、クシナの待遇悪化を止めるように、木の葉上層部に直訴した。

 

 ミトは、九尾のチャクラが持つ「憎しみという性質」の恐ろしさと、その危険性を強く主張。

 強制的な心の改竄は、必ずや憎しみの種をクシナの心の奥底に植え付ける。そして、クシナがやがてその身に九尾を宿したとき、その憎しみの種は九尾に付け入られる隙となり、一気に燃え上がる。今は里の関係性を忘れ、幼いクシナを「木の葉の忍」として受け入れること。そして、「木の葉に生きる子供」として愛し育むことこそが、本当の意味で木の葉の未来を守ることになる、と主張した。また、「子供を愛し育む」ことは、初代火影、二代目火影が目指した「本当の里」であり、始まりの里である木の葉隠れの里が進むべき道であると説いたのである。

 

 初代火影の死後、二代目火影の代からこれまで、長きにわたり政治に関しては沈黙を守り続けてきたミトが発した言葉は、初代火影、二代目火影から大恩を受けていた当代の木の葉上層部を大きく揺さぶった。また同時に、ミトは渦隠れの里への対応については一切口を出さないと宣言し、木の葉と渦の現状を黙認した。

 

 三代目火影はこれを受け、上層部全員に、さらなる意見を提示するように要求。うずまきクシナへの処遇については、あらゆる意見を聴いたうえで、対応を決定するとした。

 かつて猿飛ヒルゼンと共に、初代火影の下で修行に励んだ水戸門ホムラ、うたたねコハルは、うずまきクシナへの対応に関しては三代目派へと鞍替えを表明。孫である畳間は肉親の情で判断が狂うことを恐れ、中立を明言。

 ダンゾウは、幾度かの会談の末、それが木の葉のためになるのならば是非もないと、主張していた強硬策を取り下げた。

 

 ―――そして、時は流れる。

 

 渦隠れと木の葉の里の関係が冷え始めてしばらく、砂隠れの里が、木の葉隠れの里との小競り合いに業を煮やし、大隊を結成。これを小国での小競り合いに参戦させた。この戦いで、四人一組(フォーマンセル)を率いていた秋道トリフが仲間を逃がすため数十人の敵を相手に一人戦地に残り、戦死した。二代目火影の背中を追った男がまた一人、世を去ったのである。これに抗議した木の葉隠れの里へ、砂隠れの里は「公平なる領土拡大」を理由に宣戦を布告。ここに、砂と木の葉の二国間戦争が幕を開けることになった。

 畳間の同期である秋道チョウヤは、慕っていたトリフの戦死に激怒し、戦争の尖兵として志願した。三代目火影は秋道一族全体の怒りを汲み、これを了承。同時に、秋道一族の盟友たる山中一族、奈良一族の怒りもすさまじく、同期の山中、奈良一族の忍を援軍として派遣することを決定した―――。

 

 畳間の同期の山中一族とはすなわち、山中イナである。秋道、奈良、山中一族は、一族の境を越えて深いつながりを持つ。トリフのことを幼少期のころから兄貴分として慕っていたイナもまた、トリフの戦死には激しい怒りを抱えており、参戦に異議申し立てをすることは無かった。ダンゾウをはじめとした上層部も、情報部としてのイナと、医療忍者としてのイナの価値を比べ、前線に置くことの価値は高いと見ており、これに賛成。唯一反論したのは、イナの身を案じた畳間だけであった。だがそれは、明らかに私情による異議申し立てである。三代目火影は畳間の心情に一定の理解を示したものの、これを受け入れることは無かった。

 

 ―――徐々に狂っていく歯車に、誰も気づくことは無い。

 

 猪鹿蝶トリオが前線に派遣されてしばらく、心配に暮れる畳間に、吉報が届いた。はたけサクモの結婚である。サクモは戦争が始まり、自分がいずれ前線に派遣されることを考え、かねてより付き合っていた女性との結婚へ踏み切った。前線で戦うサクモの結婚式に、猪鹿蝶トリオは参加することができなかったが、そのしばらく後、元気な姿で一時帰還したイナを見て、畳間は自分の心配が杞憂で終わったことに胸をなでおろした。

 

 そして、また少し時は流れる。

 木の葉と砂の戦争は、小国での戦いにおいて一進一退の攻防を繰り広げていた。未だ戦火が本国へ届くことはなく、里に住まう者たちは戦争について楽観的な考えを持ち、日々を過ごしていた。

 畳間もまた同じであった。クシナの目付としてダンゾウに指名され、木の葉を離れることが無くなった畳間は、戦いとは無縁の生活を送っていた。

 友と語り合い、妹を労い、弟を鍛え、少女を見守る―――。そんな日々を過ごしていた畳間であるが、しかし、ある日、転機が訪れる。

 

「―――今年の下忍たちは、お前たちの代と同じか……あるいはそれ以上に厄介やもしれん」

「オレの代より厄介ってのは、相当だぞ。なんてったって、オレとアカリがいた。逆を言えば、問題児二人を押し付けられたカガミ先生だけが大変で、後は比較的楽だった可能性もあるがな」

「確かにな。当時、ワシはお主たちの担当上忍にだけはなりたくないと、二代目様に泣きついたものよ」

「今さらになって、ひでェこと言うぜ」

「はっは、心当たりだらけだろうに。―――ともかく、今年もまた厄介なのは事実。―――わかるな?」

「まあな……」

 

 木の葉隠れの里、火影の執務室。

 三代目火影の前に立つ畳間は気だるげに相槌を打ち、渡された資料をぱらぱらとめくっていく。それは、今年、忍者養成施設―――変わって、忍者アカデミーを卒業し、下忍になることを許された者たちの名簿である。

 

「千手―――縄樹に、うずまき。オレの代とは違って、猪鹿蝶の本家筋。油目一族の嫡男に、うちは一族の娘、他にも名家が何人か……。よくもまあ、ここまで被ったもんだ―――戦争中に」

 

 茶化す畳間に、ヒルゼンは鋭い眼光を向ける。

 

「今世代は”白い牙”と”昇り龍”を輩出したお主の世代と比べても、黄金期と呼べる逸材ばかりよ。だが、お主の言う通り、今、木の葉は戦争の中にある。第一次忍界大戦を知る者として、これ以上の戦火の拡大はなんとしても防ぎたい。だが、いかにワシと言えども、止まれなくなることもある。例えば―――」

「―――子供に危害が及んだとき、だろ」

 

 ヒルゼンは一つ頷くと、キセルから煙を吸い込んで、ゆっくりと吐き出した。

 

「この子たちを守ることは、あらゆる視点から見て、現状の木の葉における最重要案件となるじゃろう。絶対の信用を置ける者に、この子たちを任せたい。わかるな、畳間―――」

 

 

 忍者養成施設―――改め、忍者アカデミーのある教室に、3人の子供たちがぽつぽつと座っている。今日は、アカデミー卒業試験を通過した子供たちが、遂に担当上忍の下で、下忍となる日である。3人の子供たちは、それぞれの担当上忍と共に教室を去っていく友人たちの背を見送った。その後しばらく待たされている子供たちは、それぞれ頬杖をついてため息を吐いたり、手元の本をぱらぱらと捲ったり、あるいは色濃いサングラスに表情を隠していた。

 

「ちょっと長くない? いつまで待たせるつもりなんだってばね」

 

 赤色の髪の少女―――うずまきクシナが、頭上に腕を広げてうんと伸びをした。長く待たされたことに対する不満が、クシナを苛立たせている。

 

「……同感だ」

 

 サングラスの少年―――油目シビが、顔全体を隠すように手のひらを広げ、サングラスの位置を調整した。表情は変わらないが、クシナと同様に苛立ちを感じているらしい。

 

「新しく先生になる人なんだもの。色々と忙しいのよ、きっと」

 

 黒髪の少女―――うちはミコトが、本のページを捲るのを止めて、そのページのつらつらと文を読みながら、心ここにあらずというように呟いた。ミコトは苛立ちこそ感じていないが、待つことへの興味が薄れているようである。

 

「そうだ……! ぬふふ、いいこと思いついたってばね」

 

 立ちあがったクシナが、黒板へと向かう。それを目で追うミコトとシビが見たのは、黒板消しを持ち、少し開けた扉の隙間の天辺に挟む姿であった。

 

 シビとミコトは、それを見て見ぬふりをする。止めた方がいいという言葉は、待たされたことへの不満やら苛立ちやらで終ぞ出ることは無かった。

 

 ―――静まり返った廊下に、足音が響く。

 

 遂に、担当上忍が現れた。クシナは急いで自分の席に戻り、ミコトとシビは、少し興味ありげに、扉を見守った。

 扉の前で、足音が止まる。再び静まった廊下。現れない上忍の姿に、三人がいぶかし気に扉を見つめていたとき、突如、大きな落下音が教室に響いた。

 

 教室の前方、その中心にある教卓の上に、天井のタイルが落ちてきている。がらんがらんと乾いた大きな音を立てながら、タイルの動きとその音はゆっくりと沈静化していく。

 

「な、なんだってばね!?」

 

 驚愕に声を荒げたクシナに対し、ミコト、シビは席から勢いよく立ち上がり、見えない何かを警戒して前方に意識を向けて―――背後から感じる気配を察し、瞬時に振り返った。

 いつの間に侵入したのか。三人がまったく気づかないうちに、教室の最後尾、その真ん中に位置する机の上に、見慣れない大男が座っていた。シビとミコトは驚きに目を開き、大男を見つめた。蒼い着物の上に紫色の羽織を纏ったその大男の額には、古ぼけた木の葉隠れの額あて。どうやら、遅れに遅れてやってきた、クシナたちの担当上忍らしかった。驚きに逸る心臓の音を鎮めようと、ミコトは深呼吸をし、シビはずれていないサングラスの位置を直した。

 

「た、畳間さん!?」

 

 ―――あなたが担当上忍か?

 

 質問しようとしたシビとミコトを遮るように、クシナが叫ぶ。

 

「―――まさか……、”木の葉の昇り龍”?」

「なんでそんな人が……こんなところに?」

 

 畳間。

 その名を聴き、連想されるのは―――シビが驚きに呟きを溢した。ミコトは、思わぬ有名人の名に驚き、シビの下へと歩み寄る。

 

「オレがお前たちの担当上忍になる、千手畳間だ」 

 

 机から降りて立ち上がった畳間の下に駆け寄って、クシナは畳間を見上げた。

 

「畳間さんが私の先生になってくれるなんて、感激だってばね!!」

「みんな、長く待たせちまって悪かったな。色々と、準備をしていたんだ」

 

 クシナが親し気に話しかける姿を見て、シビとミコトが恐る恐るといったように畳間に近づいていく。畳間が皆を待たせたことを謝ったことで、シビとミコトは噂ほど怖い人ではないと感じて、畳間の下へ歩み寄った。畳間は周りに集まった子供たちと目線を合わせるためにしゃがみ込むと、それぞれの名を呼び、よろしくと声を掛けた。畳間の言動に緊張が解けた三人は、立ち上がった畳間をしり目に、わいわいと話し合う。特に、畳間のことを以前から知っている言動を見せるクシナに、二人はそれぞれの疑問を口にしていた。

 

「木の葉の昇り龍に師事できるとは……運がいい」

「畳間さんは優しい人だから!!」

「そんな雰囲気よね」

 

 仲の良さそうな三人の様子に、畳間は自然と口元が緩むのを感じた。

 思い出したのは、かつての畳間たち。カガミの下に集まりはすれども、一人はつんと明後日の方を向き、一人はそんな班員の態度に腹を立てていないものとして扱い、そんな二人に挟まれた畳間は、義務感半分気配り半分に関係を取り持っていた。今、かつての自分と同じことが出来るかと言われると、今の自分にはできないのだろうなと、畳間は思う。

 アカリは今頃何をしているのだろうかと、うちはカガミの死後、姿をくらませた友のことを思った。

 

 ―――心のままに生きた子供時代。

 

 ―――夢を追いかけた下忍時代。

 

 ―――悩み苦しんだ中忍時代。 

 

 ―――がむしゃらに駆け抜けた若き上忍時代。

 

 畳間は今、次の時代を育む世代へと至った。思い出す憧憬が、畳間の胸を打つ。あるいはカガミもまた、畳間たちを引き受ける際、同じことを思ったのだろうかと、今は亡き師の、もはや知ることのできない心情を思った。今度、ヒルゼンと酒を酌み交わしたいと、ふと、畳間は思った。千手柱間とも、千手扉間とも、うちはカガミとも、もはや酌み交わすことのできない成長の証。

 畳間は、今、目の前にいる子供たちが健やかに成長することを願った。いつか(畳間)と酒を酌み交わし、やがては木の葉の忍として、次代の構想を同じ目線で語り合う―――そんな、優しい未来への到達を。だがその前に、畳間は担当上忍として、やるべきことがある。

 

「お前たちには、これから―――下忍選抜試験を受けて貰うことになる」

 

 畳間の言葉に、三人は話すことを止め、いぶかし気に首を傾げる。 

 

「下忍選抜試験って、どういうことだってばね?」

「アカデミーを卒業したからって、そのまま下忍になれるわけじゃない……ってことね。聞いたことがあるわ」

「その通りだ。下忍になる前に、忍の適性を見る試験が存在する。失格になればアカデミーに逆戻りになるわけだが、お前たちなら大丈夫だろう。試験の内容だが……それは会場で話そうと思う。目的地は、体育館だ」

「さらっと……ものすごいことを言ったぞ」

「そんな試験ぱぱっと終わらせるってばね!!」

 

 畳間の言葉に、シビが表情を変えず、けれども言葉の節々から引きつったものが伝わってくる。

 クシナは畳間の言葉を聴いて闘志を燃やしたようで、背を向け、ばっと駆け出した。

 

「あ、ちょっと……」

「目指すは体育館だってばね!!」

 

 駆け出したクシナの背に、ミコトが手を伸ばす。クシナはそんなミコトに目もくれず、体育館へ向かって走っていく。そして、半開きのドアに手をかけて―――。

 

「あっ」

 

 誰のつぶやきか。

 それが聞こえて来たと同時に、クシナの頭の上に、黒板消しがぼふんと乗った。クシナの赤い髪は、その天辺を白く染められる。それはまるで雪の積もった山のような有様だった。クシナはその場に立ち止まると、屈辱に肩を震わせる。

 

「だっ……」

「だっ……?」

「誰だってばね!! こんなことしたのは!!」

「自業自得だ、うずまきクシナ」

 

 シビの無常な宣告に、クシナはがくりと肩を落とした。

 それを見た畳間は、わざわざ天井から入ってきた甲斐があったと思った。クシナの性格からして、こういった話をすれば、駆け出すのは必至。

 

「畳間先生もしかして、わざと……」

 

 ミコトの言葉に、畳間はにやりと口元を歪めた。

 

 その後、畳間はクシナの隣を通り抜け、廊下へと向かった。畳間の背中を、シビとミコトが付いていく。クシナは黒板消しを黒板に戻し、白くなった頭をはたきながら小走りで皆の後を追った。

 たどり着いた体育館。その中央に敷かれた円陣を、畳間は指さした。その後畳間が率先して円陣の中に入る。畳間が入ったことでひとまずの安全を確認できた三人は、けれども恐る恐るといった風に、円陣の中へと入った。

 

「―――下忍昇格のための試験だが、それほど難しくはない。内容は、簡単に言えば競争だ。これからお前たちには、誰が早くゴールできるかを、競って貰おうと思っている。ルールは特にない。先着順で合格とし、最後に残った者は失格となる」

「え……。ということは、合格者は2人……ということですか?」

 

 ミコトが首を傾げる。畳間は揚々と頷いた。

 

そうなるかも(・・・・・)しれないな。最後に残った者は残念だが、忍の適正無しと判断し、アカデミーへ戻ってもらう。場合によっては(・・・・)全員まとめてアカデミー戻りもあるから、気を付けろよ」

「ちょっ、えっ、それってどういう……」

 

 ―――飛雷神の術。

 

 次の瞬間、体育館にいたはずの四人は、深い深い渓谷の底に佇んでいた。光も満足に届かない薄暗い闇の中である。両側にそびえ立つ断崖絶壁。壁伝いに空を見上げれば、空に浮かぶ切れ目から、僅かに光が差し込んでいる。それはもはや渓谷というよりも、”大地の隙間”とでも言える場所だった。

 その異様さと威圧感に、子供たちは息を呑んだ。

 

「公平を期した試験を、オレなりに考えてみた」

 

 体育館にいたはずが、なぜ断崖絶壁に挟まれた凄まじい深度の渓谷の底に佇んでいるのか。子供たちは幻術を疑い、それぞれ触れ合ってチャクラを流し合うが、景色が変わることは無い。

 

「さて、試験の内容を説明する。お前たちはこれから、この崖を昇れ」

「―――!?!?」

 

 三人の、息を呑む音が重なる。

 断崖絶壁を見つめ、ゆっくりと視線を上へと向けていく。10,50、100、200、300メートル……。もしかすると、もっとあるかもしれない。それほどの高さを誇る巨大な壁を昇れなどと、ありえないだろうと、子供たちは思った。だが、畳間は試験の内容を説明することを、止めることは無かった。

 

「地上を最終到着地点とし、合格した者を随時、迎えに来る。これならお前たちの実力を、公正に判定することが出来るだろう。ナイスアイデアだと、自分でも思うほどだ。時間制限は無しとする。どれだけ時間をかけてもいいぞ。それこそ一週間でも一カ月でも良い。長期間になっても良いように飯と水はすでにある程度は準備しているし、定期的にこの地点へ転送する用意もある。餓死はしないから、安心してくれ」

「……え? ごめんなさい、畳間さん。ちょっと何言ってるか分かんないってばね」

 

 指先で”裂け目”を示す畳間に、クシナがドン引きした表情を向ける。シビは眼鏡がずれたままに天井を見上げ、ミコトはある程度察したのか、青ざめた表情で遥か遠い天井と畳間を見比べていた。だが畳間はいたって真面目な表情で、言葉を繋げる。

 

「忍にとって、任務の失敗は死に繋がる。試験に失敗してもアカデミーに戻れるなんて、そんな甘い考えが忍者を目指す者に通用するわけねェだろ。なにいってんだ」

 

 ―――お前が何言ってんだ。

 

 三人の心の声が一つになった。

 

「あ、あの、畳間先生……。先にゴールした二人が合格で、迎えに来てくれる……んですよね? 残りの一人は……」

「生きて木の葉に帰れるといいな。さすがに帰宅の邪魔はしない。オレも鬼ではないからな」

「じょ、冗談にしては笑えないってばね」 

「俺たちはアカデミーを卒業したばかりだ。いきなりこのレベルの試験―――さすがに頭がおかしいと言わざるを得ない」

「せ、先生。脅しうまいね」

 

 クシナが冗談だよねと空笑いし、シビが焦りを含んだ制止を掛け、ミコトが現実逃避を行うが―――。

 

「大丈夫だ。オレはガキの頃、重りをつけられた上に、地上から突き落とされた。登るだけなら問題ないだろう。少し険しい山登りだと思えばいい」

「険しすぎるってばね!! ほとんど90度じゃない! こんなの山じゃなくて壁だってばね!!」

「それだけ元気があれば大丈夫だ。オレの師も言っていた」

「畳間先生の師匠って……」

「二代目火影―――千手扉間さまと、聞いているが……」

「ちょ、絶対、絶対これ、おかしいってばね!! あ、そっか、先生が助言とかしてくれるんだってばね?」

「いや……試験はお前たち3人で(・・・)乗り越えろ。―――オレは飛雷神で帰る」

「え、ちょっ―――」

 

 クシナの悲痛な叫びに、畳間は軽やかに笑い手を振って―――直後、その姿が渓谷から消えた。

 

「あ……。あ゛あ゛あ゛あああああああ!!」 

 

 子供たちの叫び声が、渓谷に響いた。

 

 

「馬鹿か、お前は!!」

 

  子供たちを崖に放置してから数日後、畳間は友人、サクモの家を訪れていた。和室の中、机を挟んで座る二人。畳間から、畳間が新米たちに課した下忍合格試験の内容を聞いたサクモが、声を荒げる。

 

「そう怒鳴るなよ、サクモ」

「怒鳴るわァ!! あの崖に放り込んできた!? まだ下忍にもなっていない子供たちを!? 正気かお前!?」

「いや、チームワークを身に着けるにはちょうどいいかと思って」

「チームワークを身に着ける前に心が折れるだろ!」

「いや、鈴取合戦はひねりがないかなと思って」

「ひねりなんていらないんだよ!!」

 

 畳間を叱責するサクモ。けれども畳間はのんきに茶などすすっており、サクモは頭痛を堪えるように、頭を抱える。

 

「ふ、ふえぇぇええええ」

「ああ、ごめんよ」

 

 サクモの後ろに、小さなベッドが置かれている。その中から、小さな泣き声が発せられた。サクモは急いで立ち上がりベッドに駆け寄ると、その中からまるで壊れ物を扱うかのような慎重さで、何かを抱き上げた。

 

「でかい声を出して悪いな、カカシ(・・・)

 

 サクモの腕の中で、小さな赤ん坊―――カカシが、ぐずっている。その赤ん坊は、半年と数カ月前に生まれた、はたけサクモの長男であった。

 畳間が、次代の育成という三代目火影からの要請を引き受けたのは、はたけカカシの存在が大きい。同期の友が結婚し、子を設けた。新たな世代を、生み、育む側へと至ったのである。

 それはがむしゃらに生きて来た畳間に、「転換期」の訪れを、否が応でも認識させる出来事であった。今回、サクモが木の葉に帰還しているのは、担当上忍としての任務に就くためではなかった。出産時に妻を亡くし片親となったサクモに、戦争や別の子供を育てる担当上忍としての任務に就かせることは、決して良いことではないと、三代目火影が決定を下した。現在、サクモは長期休暇を取り、生まれたばかりの息子のために、妻を亡くした悲しみを乗り越えて、一人息子の育児に励んでいた。

 

 サクモはぐずるカカシを腕の中であやしながら、ゆっくりと座布団に座り直した。腕をゆりかごのように優しく動かしながら、視線は冷たく、畳間を見据える。

 

「畳間……。どこかズレているとは思っていたが、ここまでとは……。二代目様……とんでもないものを残して……」

「そういうな。オレにも、考えがあってのことだ」

「―――聞こう」

「ありがとう」

 

 現在、木の葉隠れの里は、戦争の真っ只中である。三代目火影が危惧し、今世代の下忍候補たちにそれぞれ精鋭の忍を付けたのは、子供たちを守るためである。それは、襲い来る外敵から守るためだけではない。己の身を己で守れるように、彼らを精鋭レベルまで育て上げるという意図もある。戦争は徐々に激しさを増し、いずれ本国へ戦火が及ぶ時が来るだろう。それはもしかすると、明日かもしれない。いつ何があってもいいように―――。

 畳間はうずまきクシナへのいじめを知っていたから、そこを心配していた。だが、クシナ、シビ、ミコトは、比較的仲が良いチームだった。放っておいても、チームワークは簡単に生まれるだろう。即席のチームワークを見る簡易な試験は、はっきり言って意味を為さない。

 

 だからこそ、畳間は考えた。

 必要なのは、まだ『真っ白』な今の時期に、世の中にいくつも横たわる圧倒的な障壁を知ることだ。己の力だけではどうしようもない現実を、団結しなければ決して乗り越えられない現実があることを知り、1人の力の限界を、仲間の大切さを、心に強く、強く刻み込むことである―――と。

 

 言い終わって、畳間はサクモの隣へ動き、座り込んだ。

 サクモの腕の中で、畳間へ向けて無邪気に手を伸ばすカカシ。カカシの手のひらに自分の指を近づけると、カカシがその柔らかい掌で、畳間の手をぎゅっと握った。畳間はその愛らしさに頬を緩め、優しく話しかける。

 

「サクモ、カカシはサクモによく似た顔つきをしているなぁ。お、気を抜いた時の柔らかい雰囲気は母親似か? 両親の特徴をよく受け継いでいる……。カカシ~! お前は強くなるぞ。なんたって、木の葉の白い牙の息子なんだからな」

 

 畳間の言葉と父性溢れる雰囲気に、サクモは嬉しくなった。

 

 サクモは、畳間の言葉に、納得した。

 担当することになった子供たちの将来を思った厳しくも優しい畳間の行動に、サクモは父として見習わねばならない、などと感じ入り―――。

 

 ―――だが、色々と突き詰めると、その説明には穴がある。

 そもそも3人と同時に会ったのは、試験を始める直前である。それにしては、事前準備が整い過ぎている。仲が良かろうが良くなかろうが、畳間はこの試験を決行するつもりだったということだ。だが、サクモはこの時点で、そんな裏事情は知りもしない。

 

 ―――後日、サクモは再び、畳間に説教をすることになる。

 


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